白と黒の世界   作:水鏡 零

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8話

ずるずると引きずられるように、身体が後方へと引き寄せられる。

それに逆らうように、るりは手すりにしがみついた。

振り返れば“仮面”がこちらをじっと見ている。

前方では、大きな音を立てて水しぶきのようなモノが“透明な壁”に打ち付けられていた。

その先には、小鳥の姿がかろうじて見える。

「さぁさぁ手を放して、“こちらへ”どうぞ・・・どうぞ。」

「ひっ!!」

気味の悪い道化師のような笑みが彫られた“仮面”の中から、くぐもった男の声が聞こえる。

るりは小さな悲鳴を上げるが、首を横に振った。

吸い寄せられるように強風が全身を包み、腕の力がそがれてゆく。

 

“仮面の男”の後方には、ゆらゆらと身体を動かしてバケモノたちが見えていた。

男自身も真っ黒なローブを着こんでおり、“仲間”だと一瞬でわかる。

 

「やっと“見つけた”と思えば・・・。困ったものですね。えぇ、実に困った。」

男は大きなため息をつくと、腕をぐるりと回す。

同時に風が更に強くなり、るりは手すりから腕を離しそうになる。

しかし、後方に見える“彼ら”を考えると、とてもではないが手を離すことなどできない。

「(息が・・・・できな・・・)」

顔に打ち付ける風のせいで、呼吸をするにも難しくなってきていた。

大きく顔をあげれば、恐らくもう息を吸うことはできないだろう。

 

何故自分に執着しているのか。

何故他の生徒たちのように、彼らは自分に攻撃してこないのか。

それどころか、仮面の男の後部に控えているバケモノ達は、こちらに一歩も寄ってこない。

「困りましたねぇ・・・。困りました。」

男はまるで言葉とは裏腹に、何故か笑いだしている。

それどころか、面白がっているようにも思えた。

「 “狂神の姉”でもあろう方が、まさかまさか・・・人間に“悟られない”ように、“力を抑えている”とは面白いものですねぇ・・・。」

仮面の男は気味の悪い笑い声をあげて、るりの先にいる小鳥を指差して笑う。

小鳥は彼の動きが見えているのか、歯を食いしばって怒りの表情を向けていた。

るりの知る限りでは、あのような表情を小鳥がするのは始めてだ。

授業をさぼろうとした学生を叱っている姿は見たことがあるが、いつものように微笑んでいる姿しか見た事が無い。

 

まるで、別人だ。

 

ふと、強風の先で小鳥が“上空”を見上げた。

 

「おや?」

 

男の声が次に聞こえた瞬間、るりは眼を見開いてしまう。

小鳥は小さく微笑むと、“その場を後にしてしまった”のだ。

「え・・・。」

思わぬ状況に、るりは悲痛な声をあげてしまう。

小鳥は体育館の入り口にたたずむ教員たちの背を押して、中へと姿を消してしまう。

教員たちも困惑した表情ながら、姿を消すと“入り口を閉めてしまった”。

「なん・・・で?」

るりは姿の見えなくなった小鳥に、思わず声をかけるように口を動かす。

しかし、一向にその扉が開く気配はない。

背中の方で、仮面の男が笑う声が響いてきた。

「あぁあぁ可哀想に・・・可哀想に・・・“見捨てられた”のでしょうか?」

「(見捨てられ・・・た?)」

強風にあおられながら、るりは男の声にヒヤリとする。

笑い声が重なり、更に不安感がのし上がってきた。

「自らの力が及ばない事を悟り・・・一人の命よりも多くの命を取ったのですねぇ。」

「・・・・。」

「そうですよ。そうですよお嬢さん?・・・・あなたは、見捨てられたのですよ??」

「・・・。」

更に強さを増した風に、思わず足が後方へと引きずられる。

手に力を入れたつもりが、全身の震えが酷くなり、これ以上は“無理”だと悟った。

そしてなおも笑い続ける男の声が耳の中をえぐるように響き、手を放しそうになる。

「可哀想に・・・可哀想に・・・。さぁさぁ、もう悩む必要はないのです。」

「そんな・・・。」

「何を悩む必要が?見捨てられたんですから、もう“絶望”するだけでしょう?」

「・・・・っ。」

靴の音が響き、後ろを振り返る。

仮面の男がゆっくりとした動きで、片手に剣を握って歩いてきていた。

しかし、強風は止まらない。

恐怖で脳が静まり返り、るりは男を見ていることしかできない。

 

「そのまま手を放してごらんなさい。」

 

嫌だ・・・

 

「ほら。一突きで終わりますよ?」

 

いやだ・・・

 

「貴女は後は、死ぬだけ・・・」

 

「いや・・・だ・・・!」

 

男が一言呟くごとに、るりは首を大きく横に振る。

目から大粒の涙があふれ、風に舞ってゆく。

 

まだ、“彼”に質問していない。

まだ、“何”もわかっていない。

 

まだ・・・。

 

るりの手がずるりと力を無くし、手すりから手が離れる。

目を見開いた彼女は、思わず“赤い石”を両手で握りしめた。

 

強風にあおられて身体が、自然と後方へと吹き飛ぶ。

足が宙に浮き、地面の感覚がなくなった。

 

男の笑い声が近づいてゆく。

目の前にあった体育館の入り口が遠ざかり、景色がぐるりと反転する。

 

あぁ・・・こんなところで・・・

 

「アリスさんにまだ会えていないのに・・・。」

るりは思わず“一度しか会っていない”彼の名前をぽつりと呟いた。

 

 

「会えるよ。お嬢さん。」

 

瞳を固く閉じたるりの頭の中に、聞いたことがない声がこだまする。

風に飛ばされた身体がぴたりと止まり、打ち付けていた風が止まった。

背中に刺さるであろう痛みも感じず、不思議な感覚が全身を包む。

 

「あぁぁぁ!!!貴様っ!!」

 

仮面の男の罵声が聞こえ、るりは勢いよく瞳を開ける。

眩しい程の光が目の中に入りこみ、思わず片手で光を遮った。

同時に、“誰か”の声が耳に入り、顔を動かす。

「え・・・。」

そこには、“青”がまた広がっていた。

 

「あと少し・・・あと少しだったのに・・・お前・・・貴様・・・あぁぁぁ!!!!」

 

悲痛な程の奇声に驚き、るりは顔を動かす。

先まで剣を構えて歩み寄ってきていた仮面の男が、腕を抑えて震えているのが見えた。

押さえた腕からは、赤い血が滴れている。

その前には、黒いストールをたらした青年が姿勢を低くして立っていた。

銀色の髪、そして長い耳が後ろから見える。

「間一髪というやつか。」

「・・・。だろうな。」

頭の上から声が聞こえて、るりはゆっくりと声の主の顔を見上げた。

思わず手で口元を覆い、彼女は震える手を抑える。

それは恐怖ではなく、言葉に言い表せない感情だ。

「あ・・・あり・・・あ・・・・。」

「えっと。俺はアリス。ありあさんではない!」

「・・・・っ。」

冗談交じりに“アリス”は笑うと、ゆっくりと抱えていたるりを降ろした。

足が震える彼女を心配してか、彼はるりの身体を自分へと寄せる。

「っ・・・。う・・・っ。」

急に眼がしらが暑くなったるりは、溢れてきた涙を手でぬぐう。

「もう。大丈夫だ。怖かったよな・・・。大丈夫。」

「ひっ・・・うっ・・・。」

何度も頭を縦に振って、彼女は止まらない涙を手で押さえた。

頭上で響くアリスの声が酷く優しく聞こえ、耳が痛くなる。

「 “あの先生”は、俺達が見えたんだろうな・・・。」

「他の“現世”の者に見せないように、配慮してくれたのだろう。」

「気が利くもんだ。」

「え・・・。」

るりは、はっとした表情で脳裏に小鳥の姿を思いだす。

「(あれは・・・見捨てたわけじゃない?)」

状況が未だ良くは分からないが、“敵”の言っていた事が“ウソ”だとわかり、彼女は少し気持ちが落ち着く。

アリスはるりの頭を撫でると、目の前の“男”を睨みつける。

未だ止血できていない仮面の男は、うなり続けていた。

「おのれ“魔族”め・・・。お前に私が倒せるとでも思っているのか!!」

「言ってくれるねぇ。テメェの前にいるのは“魔族”じゃないぜ?なぁ、ディル?」

仮面の男をあざ笑うように、アリスは鼻で笑うとディルの名前を呼ぶ。

名前を呼ばれたディルは、小さくため息をつくと流れる様な速さで動く。

姿勢を低くしたまま走りだした彼は、仮面の男をすり抜け後方でうごめくバケモノ達を切り刻む。

一瞬の動きについて来てないバケモノ達は、避けることも応戦することもできず、ただ散り散りに消えるしかなかった。

「・・・・。」

涙をぬぐったるりは、その彼の動きを見て瞬きさえもできない。

最後の一体にとどめを刺したディルは、何事もなかったように身をひるがえし、アリスの隣へと飛び戻った。

ディルの顔を見上げたるりは、表情がつかめない鋭い眼光を見て思わず目を逸らす。

彼女の視線に気が付いたディルは、小さく小首をかしげた。

「なんと・・・あぁ・・・貴様・・・“暗殺一族”か。」

「馬鹿を言うな。俺達の仕事は“護衛”だ。お前らの相手など、一つの“護衛”の為だけにしたことだけだ。」

「あぁいえば・・・ぎぃぃ。」

感情のこもっていないディルの言葉に、仮面の男は剣を握りしめて身体を震わせる。

相当怒りに溢れているのか、笑ったような仮面と真逆の鋭い視線をるりは感じた。

「お前さん。この“残党”を指揮しているんだろ?“監視者”のお姉さんから聞いたぜ?」

「なっ。なに・・・!」

歯を見せて笑ったアリスは、あざ笑うように手をふる。

仮面の男は矢に撃たれたようにぴたりと止まり、そしてまた震えだした。

「おのれ・・・おのれおのれ・・・我らが“計画”をそぎ落とす“監視者”どもめ・・・!!」

男が思い切り剣先を地面に立てると、るり達を囲むようにバケモノ達が姿を現す。

うめき声の様な声をあげて、真っ黒なローブの先から鋭く黒い爪を出している。

人の形をしているはずなのだが、バケモノ達は身体を前のめりに倒し、獣のようにゆれていた。

まるで、獲物を定めようとするかのように、“見えない眼”にヒヤリとする。

「ヤケになりやがった。」

「・・・計画が台無しなんだろうさ。」

ディルはぽつりと呟くと、両手に短剣を構えて、戦闘態勢に入る。

るりを抱き寄せたアリスは、軽く手を振るとその腕に“太刀”を出現させた。

鮮やかな水色の刃先が、るりの瞳に映る。

先とは違った真剣なアリスの表情に、彼女は見上げることしかできない。

「アリスは“お嬢さん”を守るのに徹しろ。数減らしは俺がやる。」

「・・・おう。もう少し“王子様”気分を楽しませてもらうわ。」

「え・・・。」

大きく太刀を振るったアリスは、歯を見せて笑うと更にるりを抱き寄せる。

身体が密着するような位置になり、思わずるりの心臓が高鳴った。

「俺から離れないようにして。“るり”ちゃん。」

「っ・・・?」

アリスの口から自分の名前が発せられ、るりは大きく目を見開いてしまう。

彼に名前を教えた覚えがない彼女は、心臓の高鳴りが破れるほど強く感じる。

何故自分の名前を知っているのかと、思わず質問をしようと顔を上げるが、この状況下ではとても会話になりそうもない。

それ以外にも、彼にはたくさん聞きたい事がある。

この後がどうなるかは全くわからないが、成り行きに任せるしかないようだ。

「気が付かずに傷を負わされていた屈辱・・・私は絶対に許しませんよ・・・えぇえぇ。許すことなどできるはずもない・・・!」

仮面の男が地面を蹴り上げて剣先をこちらに向けて突進する。

姿勢を更に低くしたディルが、同時に迫ってきたバケモノを蹴散らし、男目掛けて短剣を投げた。

男を守るかのように出たバケモノに刺さり、短剣は地面へと落ちる。

ディルはそれを足先で軽く蹴りあげ、振り上げた男の剣先を自分の短剣で受け止めた。

金属がすりあう音がしたと思えば、二人は一歩後方へと下がった。

互いの位置を確認し、再度地面を蹴り上げる。

「俺にこいつら全部倒せってかっ??!」

片手で太刀を振り払ったアリスは、るりをかばいつつバケモノを確実に仕留めてゆく。

自分の死角に回り込んだバケモノを避ける様に、彼はるりを抱えて大きく飛ぶ。

もつれる足を必死に抑えながら、るりはアリスにしがみつくように動くしかない。

一体倒せば、同じように地面から一体バケモノが這い出てくる。

それは、アリスへと襲い掛かる者もいれば、ディルの方へと向かう者もいた。

仮面の男は、人が変わった様にローブをひるがえしながら身をひねる。

長いローブが風に舞うと、その下に隠れる服が見えた。

どうやら、彼は他のバケモノと違い“ヒト”の姿があるらしい。

「らちがあかねぇ!」

「大元にトドメをささない限りは、こいつらは消えないんだろうな・・・。」

「お前はほんっとに・・・あっさりと言うよなぁ。」

互いの背を守るように立った二人は、小声で会話をするとすぐにその場を動く。

雄叫びのような声をあげて突進してくるバケモノに、二人は淡々と剣先を突き立て続けた。

しかし、何度も同じように倒したとしても、地面から這い出てくるバケモノは無くならない。

「えぇえぇ。いつまで耐えられるものか。見ものでございますね。見ものでございます。」

バケモノ達の間をぬうように、仮面の男が薄気味悪い声をあげて後方へと下がる。

それを追うように走ったディルだったが、急に増え始めたバケモノの数に、足が止まった。

「逃げる気かっ?!!」

「いえいえいえいえ・・・。そのようなことは・・・。」

るりに手を伸ばしてきたバケモノに、アリスは身をひねって太刀をふるう。

校舎の方へと後退してゆく仮面の男に対して罵声をあげるが、彼は小さく笑うだけだ。

男は手に持った剣を引きずる様に下がってゆく。

剣先が当たっている地面からは、うっすらと“影”のような物が溢れていた。

「あれ・・・。なんだろう・・・。」

「えっ?!!」

「っっっ!」

るりはアリスにしがみつきながら、男の方へと指を向ける。

その指が差す方には、泡のように湧き出てくる黒い塊が見えた。

塊が進む方向には、仮面の男が立っている。

「やっべっ!!」

「きゃっ!」

その塊を見るや否や、アリスとディルは身をひるがえしてその場から離れる。

アリスに無理やり抱かれたるりは、二人と共に体育館の入り口へと飛び移った。

瞬間、大きな音を立てて、地響きがおこる。

「お前な!!“現世”のモノをぶっ壊すのは反則だろがっ!!」

「知ったことではありません。えぇえぇ。」

まるで地震のように地面が揺らぎ始め、あちらこちらから生徒の悲鳴が響きだした。

どうやら、この地響きや揺れは体育館の中でもわかるらしい。

パラパラと小さな瓦礫が落ちる音がしたと思えば、校舎がひしゃげるような嫌な音がする。

「この距離ならば、“殺せる”でしょう。えぇえぇ・・・。」

「野郎・・・。ほんっとに“撃つ”みてぇだな。」

仮面の男の足元から這い上がる様に黒い塊が剣へと流れ込んできている。

それは腕さえも飲み込み、禍々しい程の気を放っていた。

離れた場所に立っているとはいえ、るりは少し吐き気を覚えてくる。

「間に合うか?」

「・・・やってみるさ。」

ディルはアリスに呟くと、手に持った短剣を強く握りしめる。

小さな稲妻を帯びだした剣先は、次第に赤く光り出した。

彼の銀色の瞳に映った赤が、更に血のように濃くなってゆく。

横に立ったアリスは、るりを自分の後ろに隠す様に動いた。

彼も手に持った太刀を強く握りしめる。

青い光が足元から這い上がり、同じように輝き始めた。

「・・・・。」

二人の行動に戸惑いながら、るりは手を握って祈るしかない。

何か考えられない状況が覆いかぶさり、この状況が異常であることよりも、難を脱することだけを祈ってしまう。

足元から風が巻き上がり、服が音を立ててはためく。

「 “マーラ”様のお力がある限り、我々の勝利は明白なのですよっ!!」

「ほざけっ!!“死神”なんざもういねぇんだよっ!」

アリスの怒鳴り声が響き、両者の間で“力”がぶつかりあう音が響く。

辺りを見てみれば、校舎や地面がひび割れを起こしていた。

「 “魔族”風情が強がりよって!!!」

大きく剣先を振りかざし、仮面の男が一歩前に出る。

それと同時に、アリスとディルの二人も動く。

強風が全身を包んだと思えば、足がその強さに耐えられずに引きずられる。

るりは目を開けていられなくなり、思わず片手で顔を覆った。

「っっっ??!」

その瞬間、るりは空いた片手に違和感を覚え、視線を落とす。

引き寄せられるように”誰か“の手が彼女を引っ張る。

姿勢を崩したるりは、その“子供の手”に引き寄せられるように動いた。

 

 

――

 

 

 

パトカーのサイレンは鳴りやむどころか数が増えている。

優志たちが到着してから数十分と経つが、その数は道を塞ぐほどに膨れ上がっていた。

「とりあえずは、第一部隊は校庭から突入。その他は裏門から入れ!」

現場で指揮を執っている警察官は、続々と集まってきている他の者達に指示を出している。

「本署から来たんですが、今はどうなってるんですか?」

優志は上司に促されるように、指揮を執る警察官へと問いかけた。

彼は小さく挨拶をすると、一つの地図を出して話し出す。

「学生と引率の教員たちは、今は体育館へと避難をしている状態だそうです。我々が目視出来る限りでも“やつら”はこの辺に陣取っているようですな。」

「なるほど・・・なるほど・・・。」

優志の横から顔を出した上司は、警察官が出した地図を見て頷く。

自分たちが立っている位置よりも、体育館の位置は先にある。

数台のパトカーが走りだし、狭い路地を通ってくのが見えた。

その後ろから、武装した警官たちが走ってゆく。

さながら、テレビで見るか大型の訓練でしか見た事のない“武装”に、優志は言葉を無くしてしまった。

「まるで“テロリスト”でもいるかのような・・・。」

大げさすぎる対応に、彼は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

署内で見た映像からすれば、市民が発砲や武装していることもあって、“このような警察の動き”があってもおかしくはないのかもしれない。

だが、“平和”なこの国にはまるで“必要のない”状況に、優志は平常心を保っていられない。

彼の表情に困惑したのか、指揮を執っていた警察官が、優志の上司に耳打ちをする。

上司は小さく彼にうなずくと、地図を戻した。

「優志。俺達もこの部隊に同行するぞ。」

「っ・・・ほ、本気ですか?!」

丸腰同然の優志たちとは変わって、目の前の警察官たちは守備攻撃共に完璧な装備をしている。

何かあった時には、彼らに守ってもらう状況しか考えられない。

情けないような返答をした優志に、複数の警察官が顔を見合わせている。

振り返れば、一緒についてきた後輩たちも、自分を見て困惑した表情を向けていた。

 

何かがおかしい。

 

校門の錠前を外した警察官を見つけ、上司は彼に駆け寄って優志の方を見る。

その警察官は何度か上司に質問をぶつけると、大きく校門の柵を開け放った。

しんと静まり返った校舎と校庭が目の前に迫る。

「本署の方々は、“飛勇”部長から離れないように気を付けてください。特に武田さん。」

「え・・・?!」

突入の合図が入る前に、指揮官からぴしゃりと優志は声をぶつけられてしまう。

思わぬ一言に水をかぶった様に驚いた彼は、隣に立つ上司“飛勇”を見た。

しかし、飛勇は何も言わず、愛用の上着のポケットに手を入れているだけだ。

気が付けば、自分を他の警察官たちも見ていることに気が付く。

「我々は今から“校舎内の排除”に向かう。どのような“レベル”の者がいるかは未知数だ・・皆、くれぐれも無理をせず“生き抜く”ことを第一目標とする様に。」

「な・・・ん・・・?」

指揮官の一言に更に驚いた優志は、思わず身体を震わせてしまう。

静まり返った校舎の中で、何が起こっているかは理解できない。

だが、それ以上に彼から発せられた言葉に、驚きを隠せないのだ。

まわりの警察官たちは、気合を入れる為なのか大きく深呼吸をしている者もいる。

後輩たちも口々に何かを話しているが、耳に入ってこない。

「(生き抜く?・・・本当にこの中にテロリストでもいるのか?)」

ゆっくりと前進しだした部隊に紛れる様に、優志たちも校庭へと走り出す。

上空を見上げれば、どこかのテレビ局が出した中継ヘリが見えた。

ここに大量の警察官が導入される事を嗅ぎ付けてきたのだろうか。

しかし、強風が吹き荒れているのか、すぐに位置を変えて飛び去ってしまう。

「ありゃぁ。きっと、怒られるだろうな・・・。」

「上司が“こっち側”の人間だったら、雷落とされるだろうさ。」

「(何の話をしているんだ?)」

横を走り抜けていった警察官たちの話に、更に優志は困惑する。

“こっち側”とは何なのか。

そして、“何”がこの学校内で動いているのか。

検討さえもつかない情報に、優志は思わず頭を押さえた。

 

 

校舎内は乱雑になり、学生たちの私物が所々に散乱している。

窓ガラスは粉々に飛び散り、形を成していない机や椅子が教室から廊下へと転がっていた。

何かを突き立てたのか、壁には大きくえぐれた跡がある。

ただ、どこも静まり返り、遠くでざわめくような声が聞こえるだけだ。

「武田!こっちだ。遅れるな!」

「は、はい!!」

部屋の隅々まで見ていた優志に、飛勇の声が頭上から響く。

階段を駆け上がり、二階へと移動すると、更に状況は悪化していた。

まるで戦争映画の世界に入り込んだような惨状に、優志はぽかんと口を開けてしまう。

「学生の移動と一緒に“奴ら”も動いているのかもしれないな。」

「二階にも、影も形もありませんね。」

「・・・。」

窓の外へと身を乗り出してみると、校庭を警察官たちが走ってゆくのが見えた。

皆、体育館の方へと向かっているのだろうか。

廊下に投げ出された机を見て、優志は言葉が出なくなる。

刃物で綺麗に真っ二つにされたように、板版は割れていた。

壁には炎でも当たったのか、黒い燃えた跡がある。

床へと視線を移せば、黒板が剥がれおちバラバラになったチョークが見えた。

割れた窓から風が吹き込み、敗れたカーテンが静かに揺れている。

「先輩。大丈夫ですか?」

「・・・これが、大丈夫に見えるか?」

平然とした表情で話しかけてきた後輩に、思わず優志は悪態をついてしまう。

自分だけが取り残されたような感覚に陥っており、ため息がでた。

「あ。すみません。」

「・・・いや。俺も・・・すまない。」

急に表情を暗くした彼に、優志は首を横に振る。

仕事中に感情的な会話をするのはよくない。

ふと冷静になった頭に、言葉をかけてくれた後輩に礼をする。

後輩は小さくうなずくと、他のメンバーの方へと走り去って行った。

誰もいなくなった教室に残され、優志は近くにあった椅子に座る。

幸い、何も傷が付いていないようだ。

「武田。どう思う?」

「・・・・。」

淡々と他の教室を調べていた飛勇が、真っ二つになった机の破片を手に持って優志に近づく。

「工業器具を使わない限り、そこまでのような破損はできないかと。」

「・・・まぁ。普通に考えれば・・・な。」

近くに破片を置いた飛勇は、大きくため息をつくと壁に寄り掛かる様に立つ。

「何が何だかさっぱりわかりません。これが一体どういう状況なのかも。」

「そうか。」

遠くで大人の声が響き、それを皮切りに更に大きな声が校舎を駆け抜ける。

別の部屋にいた警官が廊下を走り、通信機を片手に声を荒げて過ぎていくのが見えた。

「まぁ。実際にどういう事なのかは“市長”が何らかの形で“公言”するだろうさ。・・・信じてもらえるかは別としてな。」

苦笑いを浮かべた飛勇は、血相を変えて走ってきた警官から情報を聞いて背伸びをする。

後輩たちもいつの間にか廊下に集結していた。

「 “目標”は体育館側の校舎にて発見。直ちに応戦できる者は“排除”に徹するように。とのことだ。・・・まぁ。俺達も参加している以上、ここにとどまる理由もない。」

「あぁ。緊張するなぁ。」

「大丈夫かなぁ。」

口々に不安げな声をあげる後輩に、優志は何も言うことができない。

彼らが何を心配しているのかは、今の優志にとっては“理解”できないのだ。

飛勇も身体を大きく動かすと、通信機に耳を傾けながら腕を動かす。

その合図で、後輩たちが窓ガラスや資材が散乱した廊下を走りだした。

「俺たちはこのまま、外に出て体育館に行くぞ。“外”にも出てきやがったみたいだからな。」

「了解です。」

「こちらですね!」

渡り廊下を淡々と走り抜け、体育館側の校舎へと入ってゆく。

ふと階段側から怒声のような声が響き、優志は振り返る。

 

「なっ・・・。」

大きな音を立てて“漆黒のローブ”が階段から転げ落ちてくる。

全身を震わせ、上部にいるであろう人物を見上げた瞬間、“それ”は音もなく泡のように黒い塊となって消えた。

遅れて、上の階から武装した警官が姿を現す。

「お勤めご苦労さまです。」

「・・・は?」

平然とその警官に挨拶をした飛勇に、優志は眼を見開いて二人を交互に見る。

後輩たちは先に階段を降り、校舎の外へと飛び出していた。

上の方からは、他の警官の声なのか、罵声が聞こえる。

「ここから上は、我々が“排除”をしています。本部の方は、体育館の方へ向かってください。」

「了解です。」

「・・・。」

警官は端的に言葉を発すると、振り返ることなく階段を駆け上がっていく。

残された優志は、淡々と歩きだした飛勇の背中を見るしかない。

「今見たのが“現実”だ。署長から何言われたかはわからんが、これからもっと“現実”を突き付けられるぞ。・・・覚悟しろ。」

ふと、立ち止まった彼は、振り返らずに低く言う。

色々な疑問が優志の頭をよぎったが、その真剣な声に反論する気は起きない。

「・・・わ。わかりました。」

優志は震える声を抑えて、走りだした飛勇を追いかける。

昼前に遭遇した“バケモノ”は、現実味を全く帯びておらず、ただただ“困惑”する種の一つであった。

が。今まさに目の前に起きている状況からすると、理由や説明を“省いて”受け入れなくてはいけない事なのだろう。

階段を駆け下り、すぐに見えた外への出口へと走る。

青空が広がる中庭に出ると、優志は更に言葉が出なくなった。

 

先に外へと出た後輩たちの手には、まるでアニメや漫画で見たような武器が握られている。

槍や剣に混じって、杖のようなものもあった。

 

そして彼らの目の前には、つい先に見たバケモノが揺れ動いている。

だが、獣のうなる様な声、ローブから見える真っ黒な爪は、先のモノとは違っていた。

「部長・・・。やっかいな奴ら・・・ですね。」

「こりゃぁ、“強化型”か?」

「そうだと思います。」

淡々と喋る飛勇は、あっけに囚われている優志を置いて、後輩たちの前に出る。

ポケットから手を出すと、彼の手には署内でも見たことのない“銃”が握られていた。

赤い装飾が施され、胴体は銀色だ。

よく見れば、後輩たちの手に光っている“武器”も同じように“赤い装飾”が施されている。

喉の奥が痛いくらいに乾いて、優志は眼を泳がせるしかない。

「武田!しっかり見ておけ!これが、俺たちがこれから“解決”しないといけない“現実”だ!」

姿勢を低くした飛勇は、優志の返答を待つことなく引き金を引く。

身をひるがえしたバケモノが、その銃弾を避ける。

しかし、立ち止まることなく何発も放った弾丸たちは、一体のバケモノを貫く。

弾丸が貫いた場所を大きく膨らむように空洞を作られると、はじけ飛ぶようにバケモノが消えた。

更に追ってくる他のバケモノに向かって、後輩たちの攻撃が当てられる。

悲鳴さえもあげず、ただただバケモノは“影”となり“泡”となり消えた。

気が付けば、辺りに静寂が訪れる。

校舎の上部からは、まだ警官たちの声が響いていた。

「これを・・・“受け入れろ”っていうのか??」

優志は体育館へと走りだした飛勇達の背中を、震える声で追った。

 

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