鼓草の魔術師と兎の弟子   作:おま風

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第一章 鼓草の魔術師 01

「・・・・ただいま」

 後方でぎぃっばたんと、耳障りな音をあげながら玄関の扉が閉まる。見慣れた木造の箱。天井は低い。歩を進める度に足元からぎしぎしと悲鳴が聞こえる。埃っぽい空気に微かに香るカビの匂い。生活に必要な最低限の物資のみを配置した、装飾の全くない空間。私は、背負っていたリュックを壁から不自然に飛び出した大きめの釘に引っ掛けると、玄関を進んで右手側にあるリビングの先、朝食で使用した食器の残骸達が流し台の中で無残に放置されたキッチン内の冷蔵庫から、紅茶の入った瓶を取り出した。そして、思わず顔をしかめる。

「うわ。ぬるっ。全然冷えてないじゃんか。まーた、魔力回路が故障したのかな・・・」

 すぐには修理する気が起きず、常温の瓶を片手にリビングまで戻ると、ぼすんとソファに飛び込んだ。ぶわっと埃が舞う。けほっけほっと咳き込んでから、瓶の口を咥える。薄いフレーバー水が喉を通過し、ここでようやく『帰宅』を実感した。

「おぉ、おかえり。人生最後の学校生活は楽しめたのか?」

 自宅の感覚にほっとする私の背後から、聞き慣れた声がした。

「これが、楽しめた人の顔に見えるの?」

 ソファに深々と腰を埋めたまま、上半身だけを捻って振り向く。そこには、ぼさぼさと清潔感の欠片もなく髭を伸ばした体格の良い強面のおじさんがいた。長身のドワーフのような姿で、頭をぶつけないようにかがみながらリビングへと入ってくると、隣にどすんと勢いよく座った。反動で私の体は数センチ飛び上がり、元の位置へと着地する。

「ははは。すまんすまん。親代わりとしては、娘のことが気になって仕方ないんだよ」

 豪快に笑いながら、ごつい掌でごしごしと私の頭を撫でる。

「痛いってば! ランドルフ! 耳はデリケートなんだから、優しく撫でてって何回言えば分かるの?」

 ばっとランドルフの手を払いのけ、きっと睨みつける。が、当の本人は全く意に介した様子はなく、再び頭を撫でまわし始めた。

 『ランドルフ・ロバート・エイデン』

 戦争孤児であった私を拾ってくれた育ての親である。昔は、著名な魔術師であったらしいが、今は田舎のボロ小屋で魔道具を制作する薄汚いおやじだ。ランドルフ曰く、ある事件がきっかけで魔術に関する力のほとんどを失ってしまったそうだ。確かに、物心ついたころから彼が魔術を使用している姿を見たことはない。

「物覚えが悪くてすまんな。がははは」

 大気が振動するような声量で笑う。私はがくんがくんと頭を振り回されながら、大きくため息を吐いた。

「だーかーらー。いい加減にしてってば!」

 思いっきり、ランドルフの腹部にボディブローを放つ。「うっ」と短く呻くが、その脂肪の大盾の前では一体どれほどの効果があったことやら。むしろ、私の拳の方がじんじんと痛んだ。しかし、拳の犠牲により暴力的な、『よしよし』は無事に中断された。ぐしゃぐしゃにされた髪の毛を手櫛で簡単に整え、ついでに頭部から天高く伸びた二つの耳が折れ曲がっていやしないか触診しておいた。

「で、実際どうだったんだ? 師匠は見つかったのか?」

 ランドルフがおずおずといった風にこちらの様子を伺った。

「いんや。魔術適正第壱級の私に師匠なんて付くわけがないでしょ。誰も眼中にないよ。せっかく六年間も遅刻も欠席もなしに学校へ通ったのにね」

「・・・そうか。残念だったな」

 ランドルフは、腕を組んで「うーん」と唸る。

 この世界では、全ての人間が魔術を使用できる権利を持って産まれてくる。その才能にはもちろん個人差があるのだが、六年制の魔術学校を卒業するころにはほぼ全ての生徒が応用魔術を使用できる程度のレベルである、魔術適正第弐級に到達する。そして、卒業式と同時に行われる『契りの儀』、生徒たちの間で言うところの『マッチング会』にて、外部の魔術師と師弟関係を結び、より高度な魔術を学んでいくのだ。師弟の契りが交わされると、契約魔術によりミドルネームに師の名が刻まれ、そこでようやく一人前の魔術師として認められる。

 ちなみに、私の階級である魔術適正第壱級は定義上、基本魔術の使用ができる程度のレベルに相当し、これは魔術学校への入学に必要な最低ラインと規定されている。つまるところ、入学時から何も成長していないのである。

 同級生は本日、私を除き全員が名を得た。『名無し』は、私のみだ。何となく予想はしていたが、ショックでないというと嘘になる。

「やっぱり亜人の私には無理な話だったのかな・・・・」

 ふかふかの白い毛で覆われた膝小僧に肘をつき、頬杖をしながら呟く。

そもそも、亜人族は純粋な人族と比較すると魔術適正が極端に低い。大多数が魔術師となる人族とは逆に、魔術師になれる亜人族は一握りしかいないと言われている程だ。

「そんなことはないさ。ルナは十分な成果を上げているよ。俺の知っている亜人で魔術に精通しているのはお前くらいだ。立派なことだよ。学校側ももっとそこは評価してもいいと思うのだが・・・・」

「ランドルフ、学校の大人たちは種族の違いなんて見てないよ。大事なのは魔術が上手く使えるか使えないか。魔術適正が高い生徒なら、亜人とか関係なしに評価されるんだよ」

「ふむ、そうか」

「とはいっても、所詮は落ちこぼれの種族。魔術適正があるって分かった時にはちょっと、ほんの少しだけ期待したんだけど、見えない壁は私の想像よりも遥かに高いんだね・・・・」

「まぁ、何も魔術師になることだけが全てではないさ。ここで、俺の仕事を継ぐのも一つの生き方だよ。そう気を落とすな。ルナ。お前は素晴らしい存在だ」

 ばつが悪そうにもごもごとした口調で励まそうと試みるランドルフ。全く、図体だけはでかいくせに、こういう時にはとても気が小さいのだ。だが、その優しさが私には嬉しかった。

「・・・ありがとう。ランドルフ」

「・・・・お、おぅ」

 見た目とは裏腹に意外と硬い体に身を預ける。幼いころからずっと注がれ続けた父親の愛情に、心が落ち着くのを感じた。将来の事は、これから真面目に考えていかなければ・・・・

いつまでも、ランドルフの優しさに甘え続ける訳にもいかない。家業を継ぐにしろ、魔術の師匠を見つけるにしろ。早く恩返しをしてあげたい。独り立ちをして、毎日朝から晩まで働くこの巨人に楽をさせてやりたいものだ。

 師匠・・・・か。

そこでふと、あの女の事を思い出した。どうして、今まで忘れていたのか不思議なくらいではあるのだが。

「ねぇ、ランドルフ」

「ん? どうした? 高い高いでもして欲しくなったのか?」

「違うわ。私をいくつだと思ってんの」

「我が子はいつまでも可愛いままなんだよ。それで? 何だ?」

「そういえばさ、今日一人だけ声をかけてくれた魔術師がいたんだよね」

「ほぉ。それは良い目をした奴もいたものだな」

「なにそれ。皮肉?」

「いや、本心だよ。で、何て声をかけられたんだ?」

「私の元へおいでって」

「それは、願ってもない申し出じゃないか。でも、さっき師匠は見つからなかったって」

「何でなのかは分からないけど、断っちゃったんだよね」

「それまたどうして?」

「何というか、嘘の音が聞こえたというか・・・」

「・・・・嘘の音か。たまにお前が言うやつだな」

「やっぱり、今思い返すとすごくもったいないことしたなって・・・」

「まぁ、そうかもしれんな。でも、直感もあながち馬鹿にならないぞ。もしかしたら、そいつはとても悪い奴だったかもしれないし。断って正解だったのかもな。がはははは」

 大きな口を開けて笑う。拍子に目視できるサイズの唾が数滴テーブル上に散布された。和やかな雰囲気が流れる中、私は続けた。

 

「それがさ。その人、『創造の魔女』だったらしくてさ」

 

「っ!」

「え?」

 そこまで話して、空気が一変したのを感じ取った。バチっと何かがはじける音が聞こえる。さっと顔をあげると、ランドルフの表情は今まで見たこともない程に真剣なものになっていた。どくんっと心臓が高鳴る。

「ランドルフ?」

「それは、本当か?」

「えっと、多分。皆が言ってたから本当だと思うけど。きっと、他の誰かと勘違いして私に声をかけちゃったんだろうね」

「そうか・・・」

 ランドルフは、ふぅーっとゆっくりと息を吐いて、両手で顔を覆った。明らかな動揺。逞しい腕が小刻みに震えているのが確認できた。

「大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。なぁ、ルナ。その選択をお前は正しいと思うか?」

「えっと、ちょっとだけもったいなかったかなって、向こうの勘違いだったとしても、お金持ちになれるチャンスだったからさ」

「頼む。真面目に、答えてくれ」

「あ、え、うん。私は、間違っていないと思う」

「もし、再び彼女がお前に手を差し伸べたとしたら、どうする?」

「また、同じように断る、と思うよ?」

「本当にか?」

「うん」

「後悔はしないか?」

「しないよ」

「絶対にか?」

「絶対に」

「・・・・・そうか。よし。分かった。それがお前の選択なんだな」

 ぱんっと自らの顔面を両手で叩く。腕の震えはおさまったようで、手をどけた後に広がる表情も平常時のランドルフのそれであった。

「一体、何だったの?」

「あぁ、気にするな。年寄りの戯言だよ」

 

――――『嘘の音』が聞こえた。

 

「それとさ、その魔術師さ。私の母親にすごく似てたんだよね」

「っ、またその話か・・・」

「ランドルフ、この話だけは信じてくれないよね」

「そりゃそうさ。お前は十五年前に、戦争で焼け落ちた名も無き村で拾ったんだ。お前の言う二ホンなんて言う大陸は存在しないし、トウキョウと名の付く都市も聞いたことが無い。なにより亜人のお前の母親が純粋な人族である訳がないだろう?」

「だから、当時の私は人だったんだよ。こんな長い耳なんて生えてなかったし、下半身がふわふわの毛で覆われても無かったの! そもそも、こんなファンタジーな世界に生きてはっ」

「夢の話は勘弁してくれ。お前の名は『ルナ・エイデン』。兎人族の孤児で、落ちぶれた老兵に育てられた、ただの魔術師見習いだ」

 まただ。また、この音だ。人が人を騙すとき、陥れる時、真実を都合の良いように捻じ曲げようとする時。必ずこの音が聞こえる。

 『嘘の音』

 ランドルフは、私に何かを隠している。それは私にとって重要な秘密なのだろう。

「何で、信じてくれないの?」

「信じるとか、そういう問題ではないんだよ」

ランドルフは嘘吐きだ。

「教えてよ。何か知ってるんでしょ?」

「頼むよルナ。俺を信用してくれ」

 きっと、私を守るための優しい嘘吐きだ。

「信用してるよ。信用してるからこそ、本当の事を教えてほしいの!」

 でも、それでも、私は知りたい。真実を。確かに魂に刻まれている、母との思い出の正体を。ただの夢である筈がないのだ。ただの夢で、こんなに心が苦しくなる訳がないのだ。

「ルナ!!」

 バチバチバチ

 一際大きな声に、はっと我に返った。ランドルフの放つ怒気にびくんっと体が震える。

「・・・ごめん」

「・・・いや、謝るのは俺の方だよ。情けない父親で本当にすまない」

 ランドルフは、そっと私の肩に手を置いた。私はその手に自分の手を重ねる。

「あと少しだけ待って欲しい。お前の選択を絶対に無駄にはしない」

「・・・分かった。もう少しだけ待ってみる」

「すまないな・・・・色々とあって疲れただろう。今日はもう寝なさい」

「でも、冷蔵庫がまた故障しちゃって。それに食器も洗わないと」

「あぁ。それなら俺が何とかしておくよ。夕食は、お前の部屋にパンが置いてあるからそれで済ませなさい」

「・・・・分かった」

「さぁ。お休み」

「お休み、ランドルフ」

 乗せた時と同様にそっと肩から手が離れる。私は、ソファから立ち上がると二階の自室へと続く階段の方へ歩を進めた。リビングを出る直前、ランドルフが私に声をかける。

「ルナ。俺の娘よ、いつまでも愛しているぞ」

「私もだよ。ランドルフ」

 そう言って振り返るが、見えたのは大きくて弱弱しい少し曲がった背中のみだった。

 

 

――――――――――――

 

 

 ※※※

 ランドルフは冷却能力を失った無能なガラクタから、アルコールの入った瓶を取り出し、口いっぱいに含んだ。特有の苦みが舌を刺激する。流し台をちらりと覘くが、見て見ぬふりとでもいう様にすぐにそっぽを向いた。ふぅっと小さく息を吐き、ルナのいなくなったリビングに戻ると、アルコールをもう一口堪能してから、瓶をテーブルに置いた。そのまま、窓の方へ歩いていき、取手に手をかける。

「『豚のシチューはいかが?』」と、早口で呟く。すると、ガチャリと窓の鍵がひとりでに開いた。取手を握った拳に力を加える。ぎぃーっという不快な音を発しながら、外の世界と繋がった。すっかりと暗くなった外界から心地よいそよ風が流れ込んできた。

「何の因果か、まさか俺の人生を奪った彼女達に助けを求める日が来るとはな・・・・」

 ランドルフは、ゆっくりと目を閉じると、何かを決心したように頷いた。一度、窓を離れテーブル上の瓶の残りを一気に内臓に流し込む。

「本当にこれで良いんだよな。ルナ・・・・」

 虚ろな瞳でそう呟くと、再度開け放たれた窓へと進み、胸の前で右の手の平を天に向けた。パチ、パチと右手の周囲に小さな火花が生まれ、そして消える。次第に火花の数は増え、その内のいくつかが消えることなく手の平の上に集まってくる。ランドルフは、その様子を穏やかな表情で眺めていた。そして、拳大位の大きさの炎が完成した所で潰さないようにふわりと握り、額の前で左手も添え祈るような恰好をする。

「頼んだぞ」

 しばらく、そのまま黙り込んでから、右手を窓の外に突き出す。

「小さき女神よ。この便りを届けておくれ。『ジャーマンアイリス』」

 バチバチバチバチ

一段と大きな燃焼音が響き、ランドルフは閉じていた拳を開いた。すると、みるみる内に炎は妖精のような容姿の翼が生えた小さな人型へと姿を変え、しゅんっと何処かへ飛び立ってしまった。無言でそれを見つめ、完全に見えなくなったところでがっくりと項垂れた。

 

「君の判断は、賢明とは言い難いんじゃないかい?」

 突如、背後から声が聞こえランドルフは静かに振り返った。

「オルグレンか・・・」

「ひどく疲れているようだね。いつにもまして、酷い顔だ。」

「相変わらず、一言多い奴だ。何しに来た?」

「何しに来たとは心外だね。あの子の将来に関わる重要な分岐点だろ? まさか、僕を抜きにして決定するつもりではないだろうね」

オルグレンと呼ばれた男は、にこりと笑うと、ソファに座ろうとしてその汚さに気付き、一瞬顔を強張らせる。

「この前僕が掃除してあげたのに、どうしてほんの数日間でここまで汚すことが出来るんだい? 本当に君達は、僕がいないと何もできないね」

「あぁ、ルナの換毛期なんだ。それで余計だろう」

「いや、それだけじゃないね。君、ビールか何かこぼしただろう。この前はこんなシミなかったはず・・・・」

「まったく、口うるさい奴だな」

「旧友として、君の事が心配なんだよ。それに、あの子の事も。僕にとっては妹みたいなものだからね」

 オルグレンは、ソファを避け、その隣に配置された木製のぼろぼろな椅子に腰を掛けた。そして、笑みを消す。

「あの子の元に、『創造の魔女』が現れたんだろう?」

「どこまで知ってる?」

「君が知っている程度のことかな。その場に居たわけではないから、詳しい話は知らないよ」

「・・・・あぁ、『あの方』が仰ったそうだ。『私の元へおいで』と」

「それで、あの子は断ったんだって?」

「そうだな」

「なんてもったいないことをしたんだろうね」

「俺もそう思うよ」

「君は、それで良いのかい?」

「どういうことだ?」

「さっきの魔術。あれは、彼女たちに宛てたものだろう。その意味をきちんと理解しているのかい?」

「ちょっと待て」

 ランドルフは、どしどしと急ぎ足でテーブルまで歩を進めると、その上の小さな熊の置物に手を乗せ、「『宝石の海を魚が泳ぐ』」と唱えた。

「なんだい?」

「音が外部に漏れないようにした。ルナの耳は特別だからな」

「君の作成した魔道具か・・・・相変わらず、へんてこな呪文だ」

「ありきたりな呪文だと、万一盗まれた時に悪用されるだろう。俺は用心深いんだよ」

「音消しを使ったってことは、真面目に話し合う気はあるってことだよね」

「聞くだけ聞いてやる」

「何で、彼女たちを呼ぶんだい? あの子は、『創造の魔女』の元にいた方がきっと幸せになれる。『ルナ・クローディア・エイデン』。良い名じゃないか。親としても鼻が高いだろう?」

「そうだろうな」

「それとも、僕が仲介しようか? この『導きの魔術師』が。いや、いっそのこと僕があの子の師匠になるのも良いかもね。『ルナ・オルグレン・エイデン』。うーん。ちょっと語呂が悪いかな。でも、それはそれで味になるよ、きっと」

「確かに、その方がルナは幸せに暮らせるだろうな」

「そこまで理解しているのに、どうして彼女達なんだい。よりによって、君から全てを奪った彼女達に・・・・」

「力を奪われたのは、当然の報いだよ。因果応報っていうやつだ。それに、彼女達でないと駄目なんだ」

「彼女達に会えば、いずれあの子は秘密を知ることになるよ。その先にあるのは、最悪の結末だけだ」

「分かっている」

「分かっていないね。真にあの子の幸せを願うなら、この選択は絶対に間違っている」

「お前の言う通りだ」

「君は、最愛の娘を不幸にしたいのかい?」

「違う」

「今ならまだ、僕の魔術で君の飛ばした炎を打ち消すことができる」

「それは駄目だ」

「どうして?」

「駄目だ」

「君は、やっぱり何も分かっていない」

「幸せだけが、正しいとは限らない。正しいと思っていたことが、後になって過ちだったと気付くこともある」

 バチバチと、ランドルフの周囲に火花が散り始める。

「急に何を言い出すんだい?」

「ルナの過去が歪んだのは、俺達の犯した愚かな過ちが原因だ。だから、隠してきた。その真実は、ルナにとって幸せとは対極の位置に存在するから」

「だから、生涯を懸けてあの子を守ると約束したじゃないか」

 唐突にランドルフが、テーブルに拳を叩きつける。どしんっという衝突音が響き、それに呼応するかのように火花が舞った。

「ルナが自分で選んだんだ。『あの方』と過ごす幸福に満ち溢れた未来よりも、自らの過去に立ち向かうことを・・・・娘の選択を、無駄にしたくはない。例え、それが過ちだったとしても、親としてルナの選択を、あの子の背中を支えてあげたいんだよ」

 そう言って、オルグレンの瞳をじいっと見つめる。オルグレンは、少しの間何かを考えたようなそぶりを見せたが、すぐににこりと笑みを作った。

「決意と勇気、それと深い愛情、素晴らしい瞳だ。まるで、オコビスのドラゴンのようだね。分かったよ。僕の負けだ。君の選択を称賛し、我が名に誓って導こう。この『導きの魔術師、オルグレン・ロック・エンジェル』がね」

 やれやれとオルグレンが肩をすくめる。ランドルフは、安心したようにほっと胸を撫で下ろした。

「良かったよ。これで、俺がいなくても・・・・」

「ん? なんか言ったかい?」

「いや、気にしないでくれ」

「そうかい」

「あぁ、大したことではない」

 そして、ランドルフは開け放たれた窓に向き直った。その先、暗黒に包まれた外の景色を睨みつける。

「オルグレン。早速頼みがあるんだが」

「なんだい?」

「・・・・彼女達が現れるまで、絶対にルナを外に出さないでくれ」

「え? それってどういうっ!」

 オルグレンが言い終わるよりも先に、甲高い少女の声がこだました。

「古びた英雄みーつけた!」

「なぜ、奴が?」

「誰?」

 ランドルフが身構え、オルグレンも椅子から立ち上がろうと足に力をこめる。が、

「じゃあ、死んじゃってー。轟け。『レッドスパイダーリリー』」

 かっと眩い閃光が走ると同時に、けたたましい轟音が鳴り響いた。

 

 

――――――――――――

 

 

 ジャーマンアイリス : 花言葉『焔、情熱』、別名『ドイツアヤメ』、特徴『虹の花と称される程に様々な色彩の花を咲かせ、欧米ではヒゲアイリスとも呼ばれる。また、アイリスの名は、ゼウスの妻ヘラに仕えるイリスが虹の女神となった際の逸話が由来している』

 

 

――――――――――――




おま風です。

この作品に登場する魔術には全て『花』の名前が与えられています。なぜ、その魔術にこの花の名が与えられたのか?

この物語を読み進めるうえで、一つの楽しみになるのではないかと思い、そういう世界観にしてみました。今後、少し特殊な世界観が幾つか出てくるかとは思いますが、全部ひっくるめて楽しんでもらえたら幸いです。(語彙力のなさやばいw)

また、近いうちに更新予定です。
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