鼓草の魔術師と兎の弟子   作:おま風

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第一章 鼓草の魔術師 04

「絶対に認めない!!」

 私は、両手で力の限りテーブルを叩きつけ、断固とした拒絶の意志を示したのだった。パトリスの襲撃から三日が経ち、私たちは彼の所有する別荘の内の一つに身を移していた。

「あぁ! それは、かなり高価なアンティークだからもう少し丁寧に扱って!」

 それを見て顔面蒼白となるオルグレン。腕を中途半端に持ち上げた格好でにじり寄ってくる。ネルの治癒魔術により一命をとりとめ、体調も回復して、現在は瀕死の状態であったことが夢幻のようにぴんぴんとしていた。より重傷であったランドルフも、彼女の献身的な看病のおかげで、死の危険を無事回避することができた。彼女には感謝してもしきれない。とても返しきれない程の恩を受けてしまった。何度もありがとうと述べたのだが、この気持ちがどれだけ伝わったものか・・・・

 そして、私はと言うと・・・・

「だから、何で私が貴方と一緒に行かないといけないの! 確かに、危ないところを助けてもらったけど、だからって、はい分かりましたって簡単について行く訳にはいかないの。というか、弟子になれって一方的に言われても、貴方のこともろくに知らないのに、承諾するわけないでしょ!」

 テーブルを挟んだ正面にて、偉そうに腕を組みふんぞり返る白装束の俺様系魔術師、グラディスと絶賛論争中であった。あの怒り狂った雷帝をワンパンKOした張本人だ。初めての邂逅時に装着していた気味の悪い仮面を外した彼女は、その言動からは想像できない程に、端正な顔立ちをしていた。吊り気味で切れ長の瞳に、すっと通った鼻筋、シャープに整った輪郭。左の側頭部を刈り上げた激しいアシメの短髪で、眉毛には剃りこみを入れている。女性にしては、かなり奇抜なスタイルだが、不思議と違和感がなく、お世辞抜きに似合っていると感じさせるのはその美貌のなせる業なのか。だが、その容姿に対する尊敬はおろか、嫉妬の感情さえ微塵も芽生えてこないのは、性格に幾何かの難が見受けられるためなのだろう。

「そう言われても、お前の親父から直々に許可も貰っているんだけどなぁ。お前も見ただろ。あの手紙をよぉ。今更、そんな事言われても、世の中そんなに甘くないぜ?」

 靴を脱ぎもせずに、組んだ両足をどすんっとテーブルに投げ出すグラディス。

「っ・・・・」

 オルグレンは、その粗暴な行動に唖然として口を開けたままフリーズする。だが、直ぐに観念したかのように大きなため息を漏らし、一言も発することなく部屋の隅に設置された高級そうな革のソファに腰を下ろして、俯いてしまった。

「ぐっ。いくらランドルフが許可したからって、私が嫌なの!」

「あぁ? お前の意志なんか聞いてないっての」

「何それ? 私の意志は関係ないってこと? 当の本人の意見は無視なの?」

「そう言ったつもりだったんだけど、理解できなかったのか?」

「ほんっとうに、貴方って最悪な人だよね。言って良いことと悪いことの区別もつかないの!?」

「人の顔ばっかり伺って、都合の良いことしか喋らない奴よりは良い性格してると思うぜ?」

「っ。そういう事が言いたいんじゃなくて・・・・」

 ランドルフたちの無事が確認できてからというもの、ずっとこんな調子である。売り言葉に買い言葉。論点はずっと水平線上を辿り、終着点はまだ見えない。私は早朝からの数時間、休むことなく怒り散らしていたためか、ひどく疲れを感じた。一度冷静になろうとテーブルに乗り出した体を引き、椅子にぼすんと腰を下ろした。

すると、聞き慣れた足音が聞こえてきた。ぴくりと耳が反応する。

「まだやっていたのか。二人とも元気なことだな」

 隣接する寝室からのっそりと姿を現したのは、ランドルフであった。昨夜よりも、随分と顔色が良くなっている。

「ランドルフ! もう体は大丈夫なの?」

「あぁ。おかげさまでな。グラディスも色々すまなかったな。世話をかけてしまって」

「んぁ? 気にするなよ。俺が好きでしたことだ。その分の報酬も頂いたことだしな。まぁ、その報酬が言うこと聞かない駄々っ子で困っているんだけどよ」

 意地悪い口調でそう言って、じいっと私の顔を意味深長に見つめる。

「なっ。報酬って、人を物みたいに言わないで!」

「まぁまぁ、そう怒るなルナ」

「怒るなって、もとはと言えば、ランドルフがあんな手紙を勝手に書くからこんなことになったんでしょ?」

 今度は、横から入ってきたランドルフに噛みついた。

「うっ・・・・それは・・・・」

 熊のような巨体を縮ませて、口ごもる。

「はは。お父さんは大変だな」

 グラディスは、にやにやと他人事のように笑っていた。

 そんな私たちに痺れを切らしたのか、また別の人物が口を挟んできた。

「もう。皆して、何を悠長に話しているの?」

 別の部屋で眠っているはずのネルであった。若干呆れ気味な口調に聞こえたのは、きっと間違いではないだろう。がらがらと木製の引戸を開け、姿を現す。

 白い肌にふわふわの長い金髪。特徴的なのは、両目を隠すように巻かれた白い包帯。産まれつき盲目とのことらしいが、何故包帯で隠しているのかは、あえて掘り下げるような話でもないかと思い聞いていない。亜人であり、その証拠に側頭部からはえている耳はエルフの様に尖がり、羽毛で覆われている。鳥人族と呼ばれ、私の種族である兎人族と同様に、容姿はほぼ人族のそれである『近人種』だ。そのため、差別の対象とされることはほとんどないのだが、亜人特有の強力な身体能力を持たない弱小種のため、生存能力が低く個体数はかなり少ないと言われている。目鼻立ちについては、言うまでもなく美形の領域内に入るのだろう。人形のような小顔で、瞳の形を伺い知ることは叶わないが、白く艶やかな肌と整った各パーツ。グラディスが『かっこいい』寄りの顔であると例えるならば、ネルは『可愛い』という雰囲気の美女であった。

「おう。もう起きたのか?」

「まぁね。あれだけ騒がしくされたら、嫌でも目が覚めるわよ」

 ネルは、目が見えないとは微塵も感じさせない程に自然な動きでこちらまで歩いてくると、ぱんっと手を叩いた。

「それじゃあ、皆勢ぞろいみたいだから、もっと建設的な話をしましょうか」

 たったの一言。それだけであるのに、ここにいるどの大人よりも頼もしく見えた。あぁ、もし弟子になるならこんな人の下が良いなと心の中で呟き、見えていないことは承知の上で尊敬の念を込めた眼差しを送っておいた。

 

 

――――――――――――

 

 

「と、いうところかしら。グラディスの肩を持つわけではないけど、少なくともここに残るよりはずっと安全だと思うわ」

 一通り話し終えて、ネルはにこりと微笑んだ。瞳が覆われているのにも関わらず、こちらの位置を完璧に把握しているようで、きちんと私を正面に捉えていた。

 つまりは、こういう事であった。 ――――今回、パトリスを撃退できたのには、彼女がネルたちを『鼓草の魔術師』として認識していなかったことに大きな要因があり、次回は無傷で対処できるという保証はなく、下手をしたら死者がでてしまう可能性もある。それが無関係の人間であってもおかしくない。

 そして、中央都市にはパトリスの他にも、同等の力を持った四人の『元帥』が存在する。同志であるパトリスがやられたとあって、万が一にも報復が決行された際には、到底勝ち目がない。こちらの主戦力はネルとグラディスの二人しかいないのだ。私はもちろんのこと、転移魔術の専門家であるオルグレンも戦闘に関しては心もとない。それは、ランドルフも同様だ。かなり衝撃的な事実なのだが、ネル曰く、ランドルフはかつて『炎王』という通り名を持つ中央都市の『元帥』の一人であったらしい。しかし、当時の様な圧倒的な力は既に失ってしまっているとのことで、戦いについては全く役に立たないそうだ。

 そこで、この窮地を脱するために、中央都市を抜け、『鼓草の魔術師』のホームがある『北の地』に移り住もうというのがネルたちの提案であった。確かに、ここにこのまま身を隠し続けるのには無理がある。ネルの提案は実に合理的だった。

 ――――だが、

「どうして、私だけなの?」

 なぜか、ランドルフたちは連れていけないとのことであった。

「そうね。ルナちゃんはずっとこの地で生きてきて、外の世界を見たことがないものね」

「うん。そうだけど・・・・」

「簡単に言うと、中央都市と北の地は、恒常的に戦争状態にあるの。理由は、中央都市が建設された時代からの遺恨に関係しているのだけど。そういったことがあって、例え幹部クラスの魔術師であっても、ここの人間が北の地に足を踏み入れることはとても難しいのよ。それが、かつて『元帥』であった程の存在であれば、言うまでもないわね。見つかれば、唯じゃすまないわ。もしかすると、ここにいるよりも危険かもしれない。ちなみに、オルグレンも『中央都市の魔術師』として指名手配されているから同じことね。だから、二人には悪いけど、一緒に行動することはできないの」

 申し訳なさそうに眉尻を下げる。私は俯き、「そう・・・・なんだ」とこぼした。私たちの置かれた状況から考えて、これが最善の策なのだろう。それは十分に理解できた。後は、その為の決心というか、決め手というか。それだけであった。

 すっと顔を上げて、ネルを見る。そして、心の奥に引っ掛かっている最大の疑問を口に出した。

「どうして、貴方たちは私を守ろうとするの? メリットは何?」

 私と、彼女たちを繋ぐ接点。どうしても思いつかなかったのだ。何の得も無しに私に執着する訳がない。何の見返りもない事に時間を割く訳がない。必死に守ろうとしてくれる訳がない。何か秘密にしている理由がある筈だった。

案の定、「それは・・・・」と呟き、困ったように口を閉じてしまった。そして、しばらくの沈黙の後に、ゆっくりと口を開く。

「それはね」

「それはなぁ。お前が必要だからだ」

「グラディス!?」

 突然、今まで沈黙を守っていたグラディスが横やりを入れた。ネルは、驚いたようにグラディスの方を振り向く。明らかに不自然なネルの反応に、何かが怪しいと直感した。

「良いから、良いから。どうせ適当なこと言っても、こいつには意味がないんだろう?」

「でも、貴方は言葉を選ばないから」

「あぁ? 駄目なのか?」

「時と場合っていうものがあるでしょう」

「はは。じゃあ、今は俺の方が適任ってことだな。どうせいつかは話さないといけないんだ。それに、俺がこの世で一番嫌いなことが何か知ってるだろう? 仲間に、『嘘』を吐くことだ」

「私は別に、嘘をつくつもりは・・・・」

 ネルはグラディスからそっと目を逸らし俯く。注意深く思慮しているように見えた。彼女なりの考えがあるのだろう。

「都合の良いことだけ摘み上げて伝えるのも、俺にとっては『嘘』と一緒なんだよ」

 だが、グラディスのその一言を聞いて、諦めたようであった。

「・・・・全部お見通しって訳ね。はぁ。良いわよ。貴方が話しなさい」

「悪いな」

「何を今更。最初からそのつもりだったんでしょ。ルナちゃん。ごめんなさいね。別に騙そうとか、そういうつもりはなかったんだけど、まだ全部話すのは早いかなって思ってね」

「え、う、うん。別に」

 私は、二人の会話に若干ついていけていなかったが、とりあえず返事だけはしておいた。

 

――――幸いにも『嘘の音』は、微塵も聞こえなかった。

 

「十五年前、俺たちの師匠がこの中央都市で死んだ」

「え?」

 思いもよらぬ一言に、声が漏れた。構わずに続けるグラディス。

「当時は、『南の地』にホームがあってな、師匠の死を伝えに来たのが『創造の魔女』だった。詳しい話は何も教えてはくれなかった。死因も、場所も、時間も、何一つとしてな。ただ、死んだという事だけを伝えて、直ぐに帰っちまった。納得できる訳ないよな。だから、俺たちはこっそり中央都市に忍び込んだんだ。そこで俺たちは、『何か得体の知れないモノ』を見つけた。巨大な機械みたいだった。土地勘も無かったし、まだ幼かったから、この都市のどこにあったのかは覚えていないが、とても重要なモノだったんだろう。その証拠に、奴は俺たちを殺そうとした。そして、失った・・・・」

 グラディスの顔に影が差す。

「失ったって、殺されたって、こと?」

「あぁ。目の前でな。当時俺たちは四人だったんだ。だけど、一人は殺されて、もう一人はその後直ぐに道を違えちまった」

 あの、万物を愛し全てを赦すと言われる『創造の魔女』、クローディアが人を殺した? にわかには信じがたい話だが、元『元帥』のランドルフが無言を決め込んでいるところをみると、あり得ない話でも無いのだろう。

「そうまでして、秘密にしたかった何かだ。あくまで直感だが、それは師匠の死とも関係してる。そんな気がした」

「でも、だからってなんで私が?」

「『創造の魔女』は、きっとその秘密を知っている。だが、奴の力は絶大だ。俺はこの目で見た。いくら俺たちでも太刀打ちできない程に奴は強い。そんな相手に正面から力ずくっていう訳にもいかないだろ。だから、お前を利用する。師匠の死と同じ十五年前に拾われ、ランドルフの保護の下に育てられ、何よりも『創造の魔女』から直接手を差し伸べられた。あまりにも不自然すぎると思わないか? お前は俺たちにとって、奴との間を繋ぎ止めることの出来る唯一の鎖なんだ。奴の隠す秘密を暴く、残された鍵なんだよ。俺たちの目的が、師匠である、『モニカ・メイジ―・ワイアット』の死の原因の解明である限り、お前のことを何があっても守る必要がある」

「つまりは、私に利用価値があるから、助けてくれたってこと?」

「そうだ」

「利用価値がないって分かったら?」

「・・・・それでも守りつづけるさ。お前はもう、俺たちの仲間だからな。まぁ、優先順位は落ちるかもしれないけどよ」

「そう・・・・」

 グラディスの言う通り、私自身腑に落ちない不自然な点は幾つかあった。なぜ、クローディアは私を選んだのか? 人族でもなければ、飛びぬけた魔術の才能を持つわけでもない。平凡と言うのもおこがましい位の落ちこぼれ。一つ思い当たるとしたら、彼女と夢にでてくる母が瓜二つであることくらいだが・・・・。それに、ランドルフがこの人達と私を引き合わせたことにも合点がいく。その十五年前の出来事は、きっと私の過去と関係しているのだろう。私が、知りたいと願ったから。だからランドルフは、あのような手紙を記したのだ。でも、何故自分の口から伝えようとしないのか?

 私は、テーブルから少し離れたところで椅子に腰をかけ、こちらを心配そうに眺めるランドルフの方を向いた。視線が合うが、彼の表情に変化は見られない。

「そいつに聞いても無駄だぜ」

「どうして?」

 その質問に答えたのは、ネルの方だった。

「『沈黙の呪い』。とても古い、強力な呪術よ。対象の物事に関する情報を口にしたり、何かに記したりして他人に伝えることを禁ずるものね。いわゆる口封じよ。魔術の発展したこの時代に、こんなものを使用できる呪術師がいるなんて正直驚きだけど、どうやら彼等からは、十五年前に起こったであろう出来事に関する一切を開示する権限が剥奪されているみたいなの」

「誰がかけたのかは知らねぇが、誰の意志でかけたのかは容易に想像ができるな」

「・・・・『創造の、魔女』」

「そういうこった。全く、いけ好かない野郎だぜ」

 ちっと舌打ちをするグラディス。そして、机から脚をどかすと、すっと立ち上がった。

「まぁ、こちら側の事情はそんなところだ」

それを見て、他の皆も一斉に立ち上がる。私は、訳も分からず周囲を見回した。

「で、どうするんだ?」

 グラディスの瞳が私をしっかりと捉えていた。

「どうするって言われても・・・・」

「お前が選択するんだ。俺たちの要望は伝えた。後は、お前がどうするかだ」

 すっと差し伸べられる腕。その掌は決して暖かそうではなかった。むしろ、硬くて冷たそうだ。明るい未来なんてとてもではないが連想できない。幸福どころか、思いもよらないような不幸が突然降りかかってきてもおかしくない。この手を取れば、絶対に後戻りはできない。私の運命を左右する重要な選択になるのだろう。この人達と進む未来は、きっと苦悩と困難に溢れている。

 でも、この人は、絶対に『嘘』を吐かない。

 確信があった訳ではない。だが、グラディスのどこか癪に障るにやけた顔は、私を安心させるには十分に足るものであった。

「私は、貴方たちについて行く。でも、絶対にグラディスの弟子にはならないから」

 クローディアの時にはあれだけ重かった自分の腕が、驚くほど軽く持ち上げられた。そして、グラディスの手に触れる。

「上等だ」

 がしっと力強く掴まれ、そのままぐいっと引っ張られる。

「うわっ」

ふわりと両足が地面から離れ、テーブルを飛び越えてグラディスの懐へとぽすんと抱き寄せられた。

「はは。軽いな。もっと食べろよ。ネルみたいになれないぞ」

「ちょっとグラディス。それってどういう意味? それによっては、説教コースが待ち受けているわよ」

 ネルの質問を、「ははは」と軽くいなしながら、がしがしとめちゃくちゃに頭を撫でまわされる。

「耳は、デリケートだから、強く撫でないで!」

 強引につき飛ばそうとするが、びくともしなかった。そして、ぐるりと強引に体の向きを変えられ、ランドルフ達の方を向かされる。

「そら、お別れの挨拶だ」

「え? お別れってっむぐ!」

 次々と襲い掛かる衝撃。今度は何だと頭を動かすと、ランドルフが私を抱擁していた。いつもなら、背骨が軋むような怪力で抱きしめられるのだが、今回はやけに弱弱しい。そこで、本当にお別れなのだと悟った。いつまでも続くものだと、心のどこかで思っていた親子の時間が一旦幕を閉じるのだ。悲しいかと言われると、意外なことにそうでもなかった。また会えると、確信しているからだろう。

「ルナ、いつまでも愛しているぞ。俺の最愛の娘よ」

 その声は、震えていた。慰めるように、大きな背中に手を回す。

「私もだよ。お父さん」

 すぐ耳元で鼻水をすする音が聞こえた。泣いている? のだろうか。本当にこの人は、見た目とのギャップが凄いのだから・・・・

「また、会おう」

「うん」

 しばらくそうして抱き合っていたが、落ち着いてきたのかランドルフの方からそっと離れていった。もじゃもじゃの髭の至る所に水滴らしきものが見えた。瞳も湿っている。

「元気でな」

「そっちもね」

続けて、オルグレンが私に向かって右腕を差し伸べた。私は迷わずにその手を握る。

「また、近いうちに何処かで」

「そうだね」

 お互いの目をしっかりと見つめ、短く約束を交わす。

「よし。じゃあ、そろそろ行くか」

「グラディス・・・・もっと気を遣いなさいよ。ルナちゃんにも心の準備っていうものがあるんだから」

「あ? 今生の別れっていう訳でもないだろ? これくらいで良いんだよ」

「うわっ!」

 後ろから襟首を掴まれ、半ば強引に引き戻される。と、同時に魔力の流れる音がした。音源はグラディスの右手からのようだ。

「あ、そういえば、君たちの脱出方法なんだけど、僕の転移魔術を使わないって言ってたけど、もしかして?」

 穏やかな表情から一変して、オルグレンの顔に不安が宿る。

「いやぁ。さすがは転移魔術の専門家だよなぁ。こんな素晴らしい立地に別荘建てるなんてよ」

「はは。まさかね」

 明らかに動揺するオルグレン。その視線がテーブルへと下ろされる。

「ごめんなさいね。転移魔術は追跡されやすいからって、使いたがらないのよ。そうなると、一番安全なのはこの道しかなくて・・・・」

「ちょっと待って。それなら、テーブルどかすから!」

「もう遅い。あまり近づくと怪我するぜ」

「そんな。嘘だろ」

 オルグレンは、絶望したように頭を抱える。ええーと。今から何が起こるの? 前言撤回だ。私、この人達について行かないほうが良いかも・・・・

未知の未来に怯える私の耳元に、グラディスが顔を寄せた。

「あぁ、それと、お前を弟子にしたいっていうのは俺の個人的な願望で、それも、お前を守る理由の一つだ。パトリスに向かって行ったあの勇気に、俺は未来を見出した。あと、俺好みの顔をしているっていうのも本当な」

「え?」

 すっと肩にグラディスの手が回り、胸元へ引き寄せられる。身長差のせいか、ふっと体が宙に浮く。直後に鳴り響く轟音と、オルグレンの悲痛な叫び。グラディスが床に拳を振り下ろしたのだ。

そして、訪れる浮遊感。も束の間、全身に強力な重力を感じながら、私の体は暗い闇の底へと自由落下を開始した。

「いやぁぁぁぁぁ!」

 自分でも初めて聞いたのではないかという程の大音量の悲鳴が、体の奥底から自然と漏れ出した。

 

 

――――――――――――

 

用語解説

魔術について: 自らの体内に宿る有限の魔力を、体外に存在する半無限の魔力に干渉させることで様々な現象を引き起こすことが可能な技術。その種類は、基本魔術と応用魔術から成る詠唱を必要としない『名無しの魔術』と、詠唱を必要とし魔術適正第参級以上の上位魔術師のみが使用できる『名持ちの魔術』の二つに分けられる。

魔術の発動は、『魔術陣の形成』、『魔力の集約』、『魔術名の詠唱』、『魔術の展開』の四工程を踏むことで行われる。(『名無しの魔術』の場合は『魔術名の詠唱』を要しない)

 

・『魔術陣の形成』: 形成は基本的に術者の頭の中で行われる。魔術の土台となる部分であり、設計図のようなもの。強力な魔術になれば、それだけ複雑な魔術陣が必要になる。この際のイメージが十分でないと、上手く発動しなかったり暴発してしまったりする。

・『魔力の集約』: 体内と体外の魔力を混ぜ合わせ、操作することで、肉付けをしていく段階。この際の魔力が多すぎても少なすぎても上手く発動しなくなってしまい、微妙な調整が必要になる為、見習い魔術師が最初に躓く関門である。

・『魔術名の詠唱』: 上位魔術とされる『名持ちの魔術』を使用する際、その強大な魔力を制御するために、集約された魔力の塊に『役割』を付与し、使役する必要がある。これを魔力の『本質』に『名』を与えると言う。古くからこの『名』には花名が使用されている。

・『魔術の展開』: 設計図通りに肉付けされた魔力を、事象として発現させる段階。上記の工程が正確に行われていれば、問題なく魔術が発動する。

 

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