鼓草の魔術師と兎の弟子   作:おま風

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第一章 鼓草の魔術師 06

 ずどん

 全身を貫くような振動を感じ、底に着いたのであろうことを察した。同時に掛かっていた重力もなくなる。どれくらい落下したのか。頭上を見上げても、光源は見えない。周囲がどうなっているのかも分からない、一筋の光も存在しない完全な暗闇だった。

 心臓が激しく踊っている。叫び過ぎたせいか、喉も痛かった。

「おし、着いたぞ」

 耳元で声がした。落下の時間から考えて、かなりの高さだったと思うのだが、特に痛がる様子も無かった。足腰は一体どうなっているのだろうか・・・・鋼か何かでできているのか?

 その後すぐに、地面を踏む感触が足裏に広がる。降下時はずっと抱きかかえられていた為、下ろされたのだろう。落下の恐怖から解放されたためか、足元がおぼつかなかったためか、はたまたその両方によるものなのか、よろめいて倒れそうになるが、すぐ近くにあった布らしき物にしがみつき体勢を整えた。それが、グラディスのローブであることは状況的に見えなくても分かるが。

「おいおい。急に甘えん坊になったな」

 イラっとした。

「ちょっとふらついただけ!」

 すぐに手を放し、グラディスから間隔を置く。すがりつく物がなくなり、少々不安を感じたが、すぐに慣れるだろう。それにしても、微かに聞こえるこの音は・・・・

「大将が到着したみたいだぜ」

「え?」

 大将? と一瞬困惑したが、すぐにそれが彼女のことを指しているのだと理解した。こつんっと静かにネルであろう人物が傍に着地したのを感じた。

「大将って誰のことよ?」

 案の定、ネルのようだ。声色は少し怒気を含んでいた。

「はは。さて誰のことだろうな」

「はぁ、常に誰かを怒らせないと気が済まないのね。本当に子供なんだから」

「あぁ? 俺が餓鬼だと?」

 思わぬ反撃を食らうグラディス。すぐさま、突っかかる。売られた喧嘩はどんな些細なものでも残さず拾う、そういうところだよ。と、指摘をしたくなったが、火に油なのでやめておいた。そんなグラディスの相手はお手の物のようで、ネルは全く焦った気配もなく魔術を唱えた。

「『ガーベラ』」

 使役詠唱を伴わない『名持ちの魔術』。世で言う『共有魔術』と呼ばれるものだ。個々の魔術師が本来持つ自らの魔力の本質に名を与えた『固有魔術』とは異なり、ある一定の素質があれば、誰でも使用可能な魔術である。といっても、魔術適正第参級以上の上位魔術師のみが使用できる『名持ちの魔術』の一種だ。実際に詠唱するのは初めて拝見した。

 ぱっとネルを中心に周囲が明るくなる。

「おわっ! 眩し!」

 さすがのグラディスも、明暗のギャップに怯んだようであった。右腕を顔の前にかざし目を細める。

「はいはい。さっさと行くわよ。私の魔力が尽きる前に、ホームに戻らなくちゃ、でしょ?」

「そうだったな」

 それは、私達三人を包み込む球体状で、光の結界の中に閉じ込められているような不思議な感覚に陥った。光源の近くは、ほのかに暖かかった。周囲は、狭い通路のようになっており、見渡せる範囲に分かれ道はない。下水道かと思ったが、それらしき匂いはしないし、水滴の一つも見当たらない為、恐らく違うのだろう。

先程まで居た別荘が第四階層にあたるので、中央都市の構造上、ここは第四階層と第五階層の間に位置するのだろうか? こんな空間が設けられていたとは。一体、何の為に?

「進むぞ」

「あ、うん。って、そっち?」

 何の躊躇いもなく歩み始める二人。私は、前を行くネルのローブの袖を握り、引き留めた。顔が自然とひくつく。二人が進もうとしている通路の奥、暗闇に包まれた先から、聞いたことのない奇妙な音が聞こえるからだ。ずりずりと、大量の何かが地面を這うような・・・・

 二人は、一瞬きょとんとしたような顔をしたが、直ぐに私の言葉の意味を理解したようであった。

ネルが、私の頭を優しく撫でながら「大丈夫よ」とほほ笑む。

「へぇ。さすがだな。この距離から、もう聞こえるのか」

 グラディスは、にやりと笑った。

「この先に何があるの?」

「『ウィード』だ」

「えっと、何それ?」

「行けば分かるさ」

「え。ちょっと、行きたくないかも・・・・」

「心配すんな。危険は・・・・そんなにねぇよ」

「何で、今ちょっとだけ黙ったの? そんなにってことは、少しはあるんだよね?」

「良いから良いから。とりあえずついて来いって」

 ばんばんと私の肩を叩いてから、進行を再開する。

「痛っ。力強すぎだってば」という私の苦情に、「わりぃ」とこちらを振り向きもせずに答え、右手を顔の横でひらひらと振ってみせた。その言動にカチンときたため、背後からドロップキックでもお見舞いしてやろうかと考えたが、避けられるのがオチなので実行には至らなかった。ネルも、グラディスの後を追うように進み始めた。

「本当に大丈夫よ。直ぐにちゃんと説明するから。ほら、早くおいで。置いて行っちゃうわよ?」

 数歩進んだ所で一度止まり、躊躇する私に手招きをする。

「分かった・・・・」

 一抹の不安が残ってはいたが、まぁネルが言うのなら、大丈夫だろう。という確証の無い理由で、重たい足を動かした。

 それから、一時間くらい行き止まりのない真っ直ぐな通路を進んだ。先頭はグラディスで、その次にネル、最後尾に私の順に並んでいる。いくら歩いても代り映えのしない狭い道。心地の悪いあの音も、どんどんと近づいてくる。明かりが無かったら、発狂してしまいそうだった。ネルは、時折こちらを振り向き微笑みかけてくれた。私を心配してのことだろう。その優しさに幾分か心が安らいだ。グラディスの方はと言うと、そんな事など気にもかけない様子であった。自分のペースでずんずんと突き進んでいる。

しばらくして、ふとその歩を止めた。それに続いて、ネルも立ち止まる。あまりにも急停止であったため、私は彼女にぶつかりそうになったが、寸前で踏ん張った。

「ルナ。お待ちかねだ。これが『ウィード』だぞ」

 現在の位置からでは、何も見えなかった為、恐る恐るグラディスの隣まで移動する。

「落ちないでね」とネル。

 グラディスの立つ位置から、ちょうど一歩分の距離、そこでこの永遠に続くとも思われた狭く殺風景な通路は終了していた。その代わりに広がるのは、これまた先が見えない広大な空間。ただ、少し違うのは、ほんのりと明るい点だった。とはいっても、通常の生活をするのに不十分な程度には薄暗かった。天井もかなり高いようで、どうやら光はそこから発せられているようだ。ネルの忠告通り、通路と空間の境目から先に足場は存在しなかった。高低差は、どれくらいだろうか。少なくとも誤って落下すれば怪我では済まないだろう。そして、『ウィード』の姿も確認できた。

「なに、あれ?」

 空間の底をびっしりと埋め尽くすように、真っ黒な物体が無数に蠢いていた。大きさはまちまちで、数十センチ程度から、中には数メートルにも及ぶ個体もいた。腕や目などの目立つ器官はなく、形は丸い。ある程度の伸縮性があるようで、ぶよぶよとした形状はスライムを連想させた。それが、何層にも重なってあたり一面を覆い隠しているのだ。あまりのおどろおどろしさに吐き気を覚え、思わず口元に手を添えた。

「いつ見ても寒気がするな。ここの『ウィード』は」

「生き物なの?」

「いや、正確には違う。魔力の絞りカスみたいなもんだ。外の世界には、うじゃうじゃいるぜ? つっても、これ程の数が集まるのはここくらいだけどな」

 うじゃうじゃって・・・・考えただけでも鳥肌物だ。夜中にふと目が覚めて、目の前にこんなのがいたら、卒倒してしまうだろう。

「なんでこんなに・・・・」

「『ウィード』はなぁ。魔術の副産物なんだよ。魔術使う時って、魔力を使役するだろ? そん時に、消費されずに余った魔力は行き場を失う。そんな中途半端なのが一定以上集まると、実体を持ち失った魔力を求め彷徨うようになるんだ。特に中央都市は馬鹿みたいに魔道具使うから、とんでもない量のあれが生成されんだよ」

「じゃあ、十分な魔力を与えたら元に戻るの?」

「いんや。いくら吸収しても、ただ肥大化するだけだ。満たされることは絶対にない。ちなみに、お前みたいな鼻垂れがあれだけの『ウィード』の群れに飛び込んだら、一瞬で魔力を搾り取られちまうぜ」

「鼻垂れって・・・・でも、それならどうやって処理するの? 放っておいたら勝手に消えてなくなるとか?」

「それも違うな。理由は知らねぇけど、『ウィード』は極端に光を嫌う。強烈な光を浴びせて灰にするんだよ」

「光・・・・」

 そこで、私は気付いてしまった。なぜこの道を進んできたのか。まさか、私にこの光景を見せたいが為という訳でもないだろう。そして、『ウィード』は光を嫌う。この近辺で光と言ったら・・・・

 おずおずと、ネルの方を振り返る。ネルは、なぜか恥ずかしそうに赤面していた。

「ねぇ、本当にあれをやるの? ルナちゃんもいるし、少し恥ずかしいのだけれど・・・・」

「あ? 他に良い方法があるのかよ? 別々に着地したら、俺がやられちまうだろうが」

「・・・・そう、よね」

「ほら、さっさと来いよ」

 ネルは、ちらっと私に目をやってから、はぁとため息を吐くと、グラディスの側へと寄った。それを確認したグラディスは、彼女の腰に右手を回しグイッと持ち上げた。出来の悪い御姫様抱っこのような状態になる二人。ネルは両手で顔を覆っている。

「ネル、お前少しふとっ・・・・」

「それ以上言ったら、張り倒すわよ」

 両手の隙間から殺気が漏れる。グラディスは、慌てて口を噤んだ。

「ルナ。分かるよな?」

「降りるんだよね・・・・あの中に」

 にいっと、口の端を吊り上げるグラディス。

「ご明察。ほら、行くぞ」

 見事に予想が的中し、逃げ出したい衝動が体を駆け巡った。あんな気持ちの悪い塊に飛び込むなんて、言語道断だ。

 だが、グラディスは空いた左手で私の襟首をがしっと鷲掴みにすると、間髪入れずに跳躍した。

「ぐえ。痛い痛い! って、いやぁぁぁぁ!」

 本日二度目の大絶叫が、幽幽たる世界にこだました。

 

 

――――――――――――

 

「うぅ・・・・」

 前後左右どこを見ても、『ウィード』だらけであった。私は、込み上げる嘔吐感を無理くり押し込めながら、前方を行くネルの背中にしがみついていた。グラディスの述べた通り、光を厭忌する性質があるようで、光の壁を隔ててこちら側に侵入してくる気配はないのだが、ほんの一メートル先をグロテスクな物体が覆っているのだ。もちろん、上空もである。ろくな魔術も使えない私としては、心中穏やかではいられなかった。そういえば、オルグレンの別荘で転移魔術は追跡されやすいからとか何とか言っていたが・・・・中央都市の警備も、まさかこのような経路で出入りされるなんて思いつきもしないだろう。

「うへぇ。気持ちわりいなぁ」

「そうね。私もここはあまり好きではないわ。さっさと抜けましょう」

「ねぇ。いつまで続くの?」

「あと、一時間位だ」

「一時間も!?」

 衝撃で、耳がピンと立ち上がる。目的地に辿り着く前に、精神を病んでしまいそうだ。私は、少しでも不安を落ち着けようと、何か話をすることにした。

「外の世界ってどんな感じなの?」

 ネルは、常時魔術を展開しており忙しそうなので、というよりは、下手に集中力が途切れて生命線がなくなってしまっては困るので、彼女の背中からひょいっと顔を出し、グラディスに尋ねた。

「ここよりも、千年くらい遅れた技術で生活しているようなところだ」

「・・・・」

「・・・・」

 ・・・・っそれだけ!?

 思いのほか、話が広がらなかった。負けじと、別の話題を振ってみる。

「ホームがあるっていう、北の地はどんなところなの?」

「犯罪と戦争が絶えない弱肉強食の世界だよ」

 え? 何か今さらっと凄い事を聞いたような・・・・そんな恐ろしいところに、今から連れていかれるのか・・・・

「魔獣とかも沢山いたりして?」

「いや、都市が発展してるから、西とか東に比べたら、ほとんどいねぇな。その代わり、頭のぶっ飛んだ魔術師がわんさかといるぜ。はは」

 そこは、笑うところなのかと、疑問に感じる。

「他の地域にも行ったことあるの?」

「まぁな。仕事の関係で、大陸の隅々まで旅したぞ」

「仕事?」

「あ? そうか。言ってなかったな。俺達の収入源は、何でも屋だ。探し物から、盗賊や魔獣の討伐、犯罪の解決に要人警護まで、お金さえ積まれれば大体のことはやるぜ? ただし、殺しだけは請け負わないけどな」

「なんか、凄く大変そうだね・・・・もちろん、私も手伝わないといけないんだよね?」

「当然だろうが。働かざる者、食うべからずだ」

「うぅ。私なんかにできるのかな・・・・落とし物の探索位ならいけるかもしれないけど」

「その為に、これから俺達が鍛えてやるんだよ。中にはかなり危険な依頼もあるからな、真面目に修行しないと、直ぐに死んじまうぜ?」

「もう、あまり脅さないの。ついさっき、守ってやるって担架を切ったばかりじゃない。ルナちゃんが不安になるでしょ」

「修行か・・・・でも、グラディスの弟子には、絶対にならないけどね」

 見えていないだろうと思い、べっと舌を出す。

「いいや、お前は絶対に俺の弟子になる。分かるんだよ」

「何を根拠に・・・・」

 学校でいくら学習をしても上達することの無かった私に、一体どのような修行が有効だというのか? そもそも、その事実を二人は知っているのだろうか? いざ、魔術の鍛錬を開始した時に、がっかりさせてしまうのではないか?

 自分の才能に対する不信感と、それでもまだ少しばかり残っている未来への期待が頭の中でせめぎ合う。もしかしたら、ネルのように立派な魔術師になれる日が、私にも来るのかもしれない。その為の努力であれば、いくらでもする覚悟があった。パトリスと対峙した際に感じた、強大な力を前に大切な人々を守ることができない惨めさ。もう、あんな経験はしたくないのだ。誰かに守られるのではなく、誰かを守ることの出来る力。今の私には、喉から手が出るほどに手に入れたい物であった。

 それから、グラディス達が発見した各地の美味な料理や、絶景ポイント等、二人の思い出話に花が咲き、あっという間に時間が経過した。途中からは周りのぶよぶよ共も気にならなくなった。体感的に、そろそろ一時間経つ頃だろう。そこで、ふと第二階層に置いてきたランドルフ達のことが気にかかった。

「そういえば、ランドルフ達と随分仲が良いみたいだったけど、どういう関係なの?」

 その瞬間、すっと明かりが弱まったように感じた。と、同時に二人の笑い声が消える。空気の変化に気付いて、慌てて口を塞いだ。これ、聞いたらいけないやつだった? もしかして、地雷だった?

 グラディスは、ちらりと私を一瞥すると、低めの声で囁いた。私の耳でなければ、拾えない位の声量だった。

「あいつは、俺達が初めて未来を奪った魔術師だ。仲は良くねぇよ」

 その声からは、後悔のようなものが感じ取れた。

「あの? この話題は、あまり良くなかったかな? ごめん、あれだったら、別の話をしようか・・・・」

 こっそりとネルの表情を伺う。悲しそうな表情だった。

「いや。この際だから話しておくよ。お前の過去ともどこかで繋がるかもしれねぇし、何よりもこれから魔術を学んでいくうえで、知っておいて欲しい教訓だ。強い力を求めているお前には、特にな」

 どくんっと一際大きく心臓が鼓動した。『強い力を求める』。言葉にしていない筈の私の気持ち。彼女は気付いているようであった。

「何でそれを・・・・」

「俺が見込んだ餓鬼のことだ。大体予想はつくさ。大切なものを守るには絶対的な力が必要。俺もお前と同じ経験をして、同じことを考えた。何回もな」

「・・・・」

「少しだけ長くなるぞ? 良いな」

「う、うん」

 グラディスの背中を遠くに感じた。私が触れる余地がない程に、強く見えたのだ。それでいて、とても危なっかしい。今にも背負った重圧に潰されてしまいそうな・・・・逞しさの裏側に潜む脆弱さ。彼女の背中は沢山の絶望を乗り越え、その分傷だらけなのだと思った。支えてやるには、今の私はあまりにも弱い。

グラディスは、こちらを振り返ることもせず、足を止めることもせず、ただ前だけを向いて、独り言のように話し始めた。私は少し俯きながら、耳を傾ける。

 

 

「師匠が死んで何年か経った後にな、一度だけクローディアを倒そうとしたことがあったんだ。兄弟子が目の前で殺されて、躍起になっててな。毎日寝る間も惜しんで修行して、奴を倒せる程の力を手に入れたと思っていた。でも、甘かった。何千年も生きている化物の力は俺達の想像を遥かに凌いでいた。結局は、全く歯が立たなくて、ずたぼろになりながら退却したんだけどよ。その時に、俺達の前に立ち塞がって、奴との決戦を食い止めようとしたのがランドルフだった。モニカ繋がりで、元々知り合いでな。モニカが死ぬ前は、ホームに顔を出すこともよくあった。何回か魔術の手ほどきを受けたこともあったな。そういった思い出もあったからだろう。どうにかして、俺達がクローディアと戦うことを阻止しようとしてた。あの頑固親父、お人好しの癖に不器用だから、障害になることでしか止められないと考えてたみたいだ。でも、当時の俺達は怒りに支配されてて、その真意を汲み取る余裕も無くて、本気で衝突した。いくら格上の魔術師だとは言え、こっちは三人だ。勝負は目に見えていた。もちろん俺達が勝った。そして、止めを刺した。命にではなく、魔術師としての人生に。ネルの固有魔術は特別なんだ。モニカの『ダンデライオン』よりも強力で、魔術だけではなく、魔術師の才能でさえ打ち消すことが出来る。その後クローディアにボロ負けして、仲間とも喧嘩別れして、全部が終わって、そこでようやくその罪の重さに気付いたよ。やり方はどうであれ、俺達を守ろうとしてくれた奴の全てを奪っちまったんだ。とんでもない大罪だ。魔術は使い時を誤れば、取り返しのつかないことになっちまう。その怖さを思い知った瞬間だった。それから、俺達はネルのその力を使わないことに決めた。仲間を守るために、どうしても必要になった時以外はな。まぁ、そんなことになる前に、俺が何とかするから、一生使う時はこないんだろうけどな・・・・だから、ランドルフは、俺達が犯した罪の最初で最後の被害者なんだ。どれだけ憎まれていても仕方がない。お互いに表には出さないがな。分かるか? 強大な力を求めるということは、同時にそれに見合った責任と代償を背負うことだ。お前には、俺達のような失敗はして欲しくない。これから、そのことだけは心に刻んでおいてくれ」

 思いもしていなかった告白に、上手く言葉が出てこなかった。こういう時は、どういう言葉を返すのが正解なのだろうか?

「うん。何か、ごめん・・・・」と、明らかに場違いな言霊が紡がれる。素直に『任せてよ』と言えない自分がどこか腹立たしかった。自信が無かったのか。または別の理由によるものか。ただ、いつかこの瞬間のことを後悔する日が来る。そんな予感がした。

「何で謝るんだ?」

「いや、何か・・・・」

 私はもごもごと口ごもった。説明のできない複雑な感情が絡みあう。

 

 ちょうどその時、ネルの魔術とは異なる光を前方から感じた。

グラディスは、ころりと声色を変えて歓喜する。ネルの表情も一瞬にして晴れやかなものに変化した。

「おぉー! 着いたぞ。息苦しかったなぁ」

「やっとね。もうへとへとよ」

「あと、ひと踏ん張りだ。頼むぜ」

「はいはい」

 私は、そんなグラディス達の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。ああいう重々しい空気は昔から苦手なのだ。

 光は歩を進める度に強くなっていき、それに合わせて周囲を囲む『ウィード』達も減っていく。そして、ドーム型の空間に出た。と、同時にネルが魔術の展開を中止する。出口らしきものは見当たらない。私には、唯の行き止まりにしか見えなかった。背後を振り返ると、楕円状の通路が確認できた。『ウィード』に取り囲まれていたため気付かなかったが、いつの間にか、ここを進んでいたらしい。目を凝らすと、先刻まで纏わりついていた黒い塊が、奥にびっしりと詰め込まれていた。ぶるっと身震いして、顔を背ける。この部屋の明るさを嫌ってだろうが、侵入してくることはなさそうだった。

 止まることなく中央まで歩いていく二人に、とことこと着いて行く。グラディスが、くるりと反転した。

「そろそろ時間だな。準備はどうだ?」

「歩いている途中に陣までは形成しておいたわ」

「上等だ」

「ねぇ。何の話?」

 嫌な予感がして、間に入っていく。

「転移魔術だ」

「え!? ネルって転移魔術も使えるの?」

「あまり得意ではないのだけれどね」

「いや、使えるだけで凄いよ!」

「ネルは、魔術の才能だけは誰にも負けないからな」

「だけってどういう意味?」

 また、余計な一言を皮切りに痴話喧嘩が始まってしまった。既にこの展開には慣れっこだ。気にせずに自分の質問をぶつけた。

「でも、転移魔術は追跡されやすいからとか言ってなかったっけ?」

「あぁ。それなら心配ないわ。魔力が大好きな子達がすぐに、証拠隠滅をしてくれるから・・・・」「それって、どういう?」

すると、襟首に何かが触れた。「ひえっ」と、声が漏れ、瞬時にグラディスの手だと悟る。

「来るぞ」

 その言葉と同時に、ごごごと、重々しい音が響き始めた。地面も小刻みに振動している。

「え? 何々?」

 突然の出来事に慌てる私。首筋を鷲掴みにされているため、辺りを見渡すことが出来ないが、この状況はついこの前も体験したような・・・・

「なぁ、ルナ。ここは中央都市の外壁の中にあるんだぜ」

「へ? そうなの? というか、そんな事よりも、今何が起こってるの?」

 がががと天井が円状に開いていく。周囲も徐々に暗くなっていた。

「外壁に作った理由は簡単だ。層状になっている中央都市の構造に関係なく、一直線に最下層、そそしてその先の地上まで貫くことができるのが、外壁だけだからだ」

「最下層・・・・まさか!」

 背後で、にやっと笑うグラディスの気配がした。見なくても分かる。先程通った『ウィード』で溢れた巨大な施設。もしも、あれが一時的な格納施設だと考えたら、ここは・・・・

 がこっと足場が消える。あぁ、またか。本日三度目の落下である。ひとりでに涙が溢れだしてきた。そして、「いやぁぁぁぁぁ!」

 世界が線状に変化した。じたばたと暴れる私を胸元に抱き寄せるグラディス。落ちているのは筒状の滑走路。彼女の言葉が本当なら、このまま行けば最下層である第十階層を超え、外の世界だ。さすがのグラディスでもそれだけの高さであれば、ぺしゃんこになってしまうだろう。体中の毛が逆立ち、ぞくぞくと嫌な感覚が駆け巡る。最悪の展開だった。さらに、はるか上空から、予想通りあの音まで聞こえてきた。

「『ウィード』!?」

「分かったか。はは。そうだ。ここは『ウィード』の廃棄路だ。今頃、さっき通ってきた巨大な格納施設が照らされて、行き場を無くした奴等が上の部屋に流れ落ち始めている頃だろうな。見えるか? 壁の魔術陣。って、そんな余裕無さそうだな」

「やばいんじゃない? 転移は? グラディス! これ、本当に大丈夫なの?」

 半狂乱になって、グラディスにしがみつく。頭の中は恐怖でぐちゃぐちゃであった。

「まだだ。オルグレンの転移魔術とは違って、共有名を使用するから、目標地点までの『繋がり」が必要になる。全階層が開くまでは発動できないんだ」

「ひぃぃ」

 風を切る音が鼓膜を刺激し、喉の奥から聞いたことの無い音が出る。その間にも、『ウィード』が落下してくる音が刻一刻と近づいてきた。上も下も地獄。気を失ってしまいそうだった。すると、グラディスが私の顔を自らの胸部に力いっぱいに押し付けてきた。ふかふかの柔らかさの中に、視界が埋もれる。

 次の瞬間。遮られていても分かる程の強烈な光を感じた。恐らく、魔術陣がどうとか言っていたため、周囲の壁から発せられているのだろう。上空から『ウィード』のものと思われる悲鳴のような甲高い断末魔が聞こえた。あまりの明度に瞼を開けることが出来ない。

「やつらは、消滅した後に灰になる。そのカスを捨てるために、外界へと続く噴射口が設けられているんだ。その先は、東の地の湖中に繋がってる。そこと連結した川は北の地の山脈から流れてきてるんだ」

「あー! 分かった! 分かったから、早く終わってぇー!」

 視界を奪われ、落下の恐怖が最高潮に達していた。自分でも何を言っているのか分からない。

 そして、

「繋がった」

 ネルの声がした。すぐさま「よし、やるぞ!」と反応するグラディス。ふっと、彼女の胸部から顔が離れた。薄目を開けると、拳を振りかぶる姿が見えた。照準は、私の背後にいるであろうネルへと向けられている。

「せーの!」

 グラディスが叫び、拳を振り下ろす。それがネルの体にめり込む瞬間。

「『インパチェンスバルサミナ』」

 ぱんっという破裂音が鳴り響いた。

 

――――――――――――

 

 

ガーベラ : 花言葉『神秘、光に満ちた、希望』、別名『ハナグルマ、アフリカセンボンヤリ』、特徴『すんと真っ直ぐに伸びた花茎から、沢山の花を咲かせる。色や花形も多彩。色毎に複数の花言葉も持つ。

 

用語解説

 名持ちの魔術: 魔術適正第参級以上の上位魔術師のみが使用できる強力な魔術。複雑な魔術陣と、高度な魔力操作を必要とする為、魔力に役割となる『名』を与え使役する。

自らの魔力の本質に名を与えた『固有魔術』と、魔術研究などにより開発され、適正があれば習得することの可能な『共有魔術』が存在する。見分け方は、名を唱える前に使役詠唱を伴うかどうかであり、一般的に固有魔術の方が優れた効果を持つ。

(例: 固有魔術「打ち消せ。『ダンデライオン』」 共有魔術「『インパチェンスバルサミナ』」)

 

固有名は、原則一人に一つであり、例え同じ名を冠していても、術者毎にその性質は異なる。

 

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