時刻は丁度、夕飯時。
日はとっぷりと暮れ、街頭の明かりが家々から出る団欒の香りをチカチカと照らしている。
その日常を見つめる影が一人。
街の北部、稲火山にそびえる鉄塔にその人影は立っていた。
影は、中空に浮かぶ月を背に受け天を指す。
「おばあちゃんが言っていた……。人が歩むのは人の道、その道を拓くのは天の道。」
ただ一点を見つめ、そう呟く。
その言葉に呼応してか否か、異変はすぐさま姿を見せた。
視線の先、星空と月明かりが捻じれ、空間の中央に吸い込まれたかと思うとぽっかりと空いた穴から緑色の歪な生物が数体這い出してきたのだ。
それらは『ワーム』。
天から湧き出した人に害なす虫たちは街に向かって落下していく。
影はワームを追い、駆け出した。
「クロックアップ」
残像も残さずに。
それは大きな欠伸だった。
俺、
とはいえ時刻は21時。駅からほどほどの位置のこの店は、閉店一時間前にすでに蛍の光状態だ。彼以外の店員は皆、バックヤードに引っ込んで店仕舞いの真っ最中。
そんな中、一人レジに縛り付けられていれば、それは欠伸も出るというものだ。
ぼちぼちと締め作業でもしながら暇を潰そうか、とレジの方に向き直ると、ふと、呼ばれたように店の入り口方面の一面のガラス窓に目がいった。
こんなことは日頃絶対にあり得ないことだった。
俺は、訳合ってその窓をできる限り見ないようにしていた。
別に幽霊が映るとかそういうわけじゃない。
子供の頃の思い出というのは良くも悪くも大人が思っている以上に残るもので、なんてことのない一瞬が今の好き嫌いに繋がっている。
俺だってそうだ。
そんな古傷が現実となって、目の前に現れるとは思いもよらなかった。
思えるはずもない。
窓に目をやった、その時。
俺は、巨大な蜘蛛のような機械がこちらへと迫って来ることに気づいたのだった。
不安と恐怖がどっと押し寄せ、キンと耳鳴りが脳を揺らす。
一目見て分かった。それは間違いなく俺が『鏡』を嫌いになった原因だった。
「仮面ライダー龍騎」の敵、ミラーモンスター。幼少期に培った俺のトラウマだ。
驚く間もなく、店内の静寂を爆音が切り裂いた。
蜘蛛は勢いをそのままに、店内へと突っ込んできた。
「えぁっ!?はっ??ちょ...!!」
そこでようやく声が出る。巨体の進行方向に俺はいた。
商品が、陳列棚が空を舞いひしゃげた塊へ変わっていく。
思考が止まる。逃げなくてはいけないというのに、体がこのあり得ない状況に追い付かない。
視界が全て金属の塊に覆われた時、生きようとするかのように無意識に脚が動いていた。後の事なんて考えていない。カウンターを飛び越え、転がり落ちる。
轟音を背に受けて俺の意識は自分が助かったことを知った。
振り返ると、先ほどまで自分が居たレジカウンターは根こそぎ引き抜かれ青果コーナーに突き刺さっていた。
あそこにもし居たら、と息を吞む。
それも束の間、窮地は終わっていない。
先ほどまで猛進していた巨体は動きを停止していた。
いや、違う。狙いを定めたのだ。
蜘蛛はゆっくりとこちらへ振り返る。
その目は確実に俺を捉えていた。