空と海の境界   作:黒樹

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影を重ねて

 

 

 

最初はあった陸への不安がいつの間にか消えていた。消えた不安はいつか期待に変わっていて私は学校に来るのが凄く楽しみになっていた。相変わらず、光は陸の人が気にくわないみたいだけど。私やマナカはそこそこ陸の人と仲良くできているとは思う。皆よくしてくれるし、エナが乾きそうな時は学校の焼却炉の近くに小さな水浴び場があることを教えてくれた。

問題があるとしたら、やっぱり光のことだろうか。要もマナカも仲良くなろうと頑張ってはいるし、要自身少し関わろうとしないスタンスだけど、嫌がってはいないみたいだった。

 

光の行動に一喜一憂している私にも友達はできた。いつも机で寝ている同級生の男の子。潮留詠君。彼が寝ている姿を見ていると何故だかほっこりする。

 

今日も詠は机で寝ていた。ホームルームの時間にぐっすり寝ている彼を教卓にいる先生は起こそうともしない。授業中も寝ているのに放置することもある。

 

「皆、今年のお船引がどうなったか知っているかな?」

 

その中で上がった議題は毎年行われる『お船引』のことだった。お船引は伝統的な儀式だ。毎年、海と陸で合同で行われる海神に嫁いだ女の話を再現している。

 

「中止じゃねぇのー」

「だよね。割と楽しみだったんだけどなぁ」

「カップルで見ると永遠の愛が約束されるってやつ」

「あ、あるねー。そんな噂」

「特に男子とかお船引で彼女作るんだって張り切ってたよね」

 

そう。今年は中止のはずだった。何やら長年の間に変なジンクスが出来ているけど、それがまゆつば物だったことを私は知っている。所詮は迷信でしかないのだ。

 

「実は、学校でやろうと思ってね。有志を募ろうと思うんだけど……誰かやりたい子いないかな?」

 

そんな頼りなさげな教師の声にすっと手が上がる。詠の横、木原君が手を挙げていた。

 

「おお、一人上がったね」

「わ、私も、やりたいかなぁって…」

 

そこでマナカも手を挙げた。意外で私は少し驚いた。マナカがあんな風に自己主張するなんて初めてのことだ。いつも私達に合わせているマナカが自分からやりたいだなんて言うとは思わなかったのだ。

 

「チッ」

 

光が不機嫌そうに手を挙げた。

 

「私もやります」

 

二人が手を挙げたので私も手を挙げた。

 

「じゃあ、ボクもやろうかな」

 

これで海村全員が揃った。

 

私はチラリと眠る詠を見る。相変わらず、気持ちよさそうに寝ている。その姿を眺めていると木原君が私の視線に気づいたかのようにもう一度手を挙げた。

 

「先生、詠も参加でよろしいでしょうか?」

「…え、や、詠君はどうかな…忙しいと思うけど」

「たまに手伝って貰う形で。こいつ多芸だし木彫り上手いんで」

「うーん。本人がいいんならいいけど」

「じゃあ、決定で」

 

なんか寝ている間に勝手に決められているけど、いいのかな?

私は不安に思って木原君に声を掛けた。

 

「だ、大丈夫なの?勝手に決めて」

「こうでもしないとこいつはやらないからな」

「あ、無理やりなんだ……」

「嫌なら嫌って言うだろう。それに息苦しそうなこいつ見てるとなんかお節介したくなってな」

「あぁ、なんか大変そうだもんね……」

「そういう意味じゃないんだが……まぁいいか」

 

 

 

ホームルームが終わっても一向に目を覚まさない。そういえばいつも木原君が起こすかクラスメイト達が起こしているらしい。先生が起こしてやってと言うのはホームルームが終わってから。いつもの光景なので私も起きるのを待った。そうしていると木原君が私の席に来て言う。

 

「今日から比良平が起こしてやってくれ」

「え、私……?」

「多分、その方がこいつも喜ぶ」

 

と言われたので眠る詠の肩を揺する。

 

「詠、もう放課後だよ。起きて」

「んぅ……もぅそんな時間?」

 

ゆっくりと瞼が開く。その奥から青い宝石のような瞳が私を見た。あどけない表情で詠は顔を上げた。端的に言うと凄く可愛い。長い髪が女の子みたいで何処か中性的な印象を受ける。それに睫毛も少し長くて本当に女の子みたいだった。それに顔もよく見たら中性的な美形って感じで男らしさというより美しさを感じた。

 

「……どうしたんだ?」

「あ、ごめんね」

 

思わず見惚れていたなんて言えない。何処かカッコイイし優しいし誰かに似て理想のタイプなのだ。これは私の初恋が原因なのかもしれないけど。

 

「実はさっきのホームルームで学校で有志を募ることになったんだけど……」

「僕はいい。多分、殆ど参加できないから」

「……その、実は木原君が勝手に推薦して詠はもう引くに引けない状況というか……」

「なら、仕方ないな。出来るだけ時間は空けよう」

 

木原君の言った通りだった。渋々ながらも詠は引き受けてくれた。

 

「今日は四時半までしかいられないが、何をするんだ?」

「まず材料集めかな……オジョシサマを作る」

「他には誰が参加しているんだ?」

「海村の全員と木原君と詠だけだよ」

「そうか。ま、喧嘩にはならなそうだな。……ちょっと不安材料があるが」

 

私と詠は苦笑した。

思うところは同じなんだろう。

 

 

 

 

 

 

放課後、特に何事もなく作業を終えた。詠は時間になるなり校舎を出て呼び止める間も無く去って行った。他にもいろんなことを話したかったけど仕方ない、詠だって忙しい中、私達に付き合ってくれたのだ。

下校中の帰路、私達は堤防沿いの道を歩いていた。四人揃って昔から変わらない。変わったことがあるとすれば、内陸の方へ引っ越して行った彼のこと。

海滝詠、彼も同じ空の下を歩いているのかなと思うと少しだけ嬉しくなった。

 

「あれ、あの人……」

 

そんな時、マナカが何かに気づいた。

堤防沿いの道の先に釣り場となる場所がある。

そこに車が一台走っているのだ。

そして、先の方で止まった車から出てきたのは……。

 

「あ、アカリさんだ」

 

光の姉である先島アカリ、その人だ。助手席から出てきたということは運転手があるはずである。運転手は見慣れない男性だった。遠目に男性としかわからないけど、顔は少しだけ窺えた。

 

「誰かな?」

「きっと彼氏さんじゃないかな」

 

私はなんとなくそう言ってみる。その瞬間だった。

 

「わぁっ!」

「なっ、はぁ?」

 

アカリさんが車の中にいる男性に顔を近づけたのだ。流石にちゃんと確認出来たわけではないけど、私達はその行動が何をしていたのか想像に難くなかった。思春期だとたまに考えるかもしれない。キスだ。

思わず、顔を真っ赤にして狼狽えるマナカと光。かくいう私も他人事ながら、初めて見る他人の行為に興味もあるわけで少し顔を赤らめながら凝視していた。

 

慌てて堤防から海に落ちそうになりながら走り去って行く車を見送るアカリさん。手をひらひらと振り、車が見えなくなると自分も家に帰るため海に飛び込んだ。

 

その一部始終を見てしまった私達は硬直していた。

 

「やっぱり恋人なのかな……」

 

私はそれがとても羨ましいと思った。誰か好きな人がいて、その想いがあって、幸せそうな表情をしている姿を見ていると私は私の初恋を思い出す。未だに冷めやらない熱を私は心の底から溢れてくるのを感じていた。

 

「あ、ありえねぇだろ、地上の男だぞ!」

 

光は否定するけれど、あれは実際に見た出来事だ。簡単には否定できない。そうでなければ一体相手は何なのだろうか。

 

「ぜっっったいに上手くいかないに決まってる!」

「私はそんなことはないと思うけど……」

「だとしても上手くいかなくなって絶対に帰ってくる。つーかそんな素振り今まで見せたことねぇぞ!」

「どうなるにしても心配だよね」

 

ううん。違う。心配してるんじゃない。私は自分の口から出た言葉の奇妙さに首を傾げていた。そんな私にマナカが首を傾げて、安心させようとこんなことを言う。

 

「大丈夫だよ。アカリさんなら大丈夫だよ、ちーちゃん」

 

無邪気に励まそうとしてくるマナカに私は苦笑い。多分、上手く笑えていないと思う。そんな私の代わりに要が口を開いた。私の懸念を代弁するかのように、

 

「違うんだよ。陸の人と結ばれると海を追放されるんだ。掟で決まってる」

 

そう言った。

 

「はっ、なんだよそれ?物騒すぎるだろ」

「そ、そうだよ、おかしいよ」

 

二人して私と要の話を否定したいのか食いかかってくる。そんなことお構いなしに私は続けた。ただ一人、此処からいなくなった幼馴染の姿を瞳に写して。

 

「昔、詠って男の子がいたでしょ。彼のお父さんが再婚したの陸の人らしいんだ。だから、彼も海に帰ってこれなくなっちゃった。きっと事実だよ」

「詠って……誰だっけ?」

「ひーくんがよく喧嘩してたの覚えてないの?みぃくんだよ」

「因みに光が言い負かされてよく泣いてたよね」

「うっせ!俺は負けてねえ、力で勝てねえからって卑怯なんだよ!」

「覚えてるじゃない」

 

ようやく二人とも思い出したのか、覚えていたのかはわからなくとも私は少し嬉しくなった。彼は未だに私達の中で共にいるんだと。思い出となっているけれど、確かにそこにいたことがわかって本当に嬉しかった。口元が緩む。こんな話をしている最中なのに。

 

「じゃ、じゃあ、みぃくんが帰って来ないのも掟のせいなの?」

「……うん、多分、ね」

 

その時の私はとても辛そうな顔をしていただろうか。他人の感情に感化されやすいマナカの表情が辛そうな表情に変わったのだ。

 

「そんなの絶対におかしいよ!親の再婚で追放されて戻って来れないのも、陸の人と結婚するだけで海を追い出されるのも、帰ることができないのも、村の人達は意地悪だよ!なんでそんなことをするのかわからないよ!」

 

マナカの叫びが海と陸の狭間に響いた。

私だってわからない。どうしてそんな掟があるのか。

私達のそんな想いなんて関係ないというように光が割って入る。

正確にはマナカに対する秘めた想いの暴走だけど。

 

「なぁ、それってお前も地上の男とくっつきたいってことか?」

「え、エッチなこと言うひーくんは嫌いだよ!」

「俺だってエッチなこと言うマナカは嫌いだ!」

「言ってないもん!」

 

それから子供の喧嘩のような罵詈雑言が飛び交う。けれど結局、いつも終わりは光の言葉なのだ。

 

「だいたい陸のやつらなんかと連んで気持ち悪いんだよお前ら!」

 

どちらが勝っても、どちらが負けても、誰かが涙する結果になる。それが誰に向けた言葉でも人一倍傷つきやすいマナカには心を傷つける刃となる。

最後の一言で涙目になったマナカは走り出し何も言わず海に消えた。

 

「光、流石に言いすぎじゃない。陸の人達と仲良くなるのは悪いことじゃないんだし。そんなのだと友達一人もできないよ」

「おまえも毎回大人ぶってうぜぇんだよ。あいつがいなくなってピーピー喚いてたくせに、今度は陸の同じ名前のやつに尻尾振って気持ち悪いんだよ」

「そ、そんなつもりは……」

「よかったなぁ、代用品が見つかって!」

 

私の心にストンと何かが落ちた。私の空虚さを埋めるために演じていた私が剥がれるのを感じる。きっと私は詠という人間に初恋の相手の影を重ねていただけなのかもしれない。

 

「っ」

 

反論することができず、私は海村とは別の方向に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処を走ったのかよく覚えていない。気がついたら知らない道を歩いていて、夜になって、私は一人迷子になっていた。

 

「……ここ、どこだろう」

 

お母さん、お父さん、心配してるかなぁ。そう思うものの帰りたくない私がいる。

そういえばお腹も減った。喉もカラカラだ。腫れた目元を擦り私は知らない道を一人歩く。随分、鴛大師から離れた見知らぬ土地に私は不安で胸が一杯だった。

車も通らないし、人もいない、民家が点々とあって、そこから溢れる淡い光と談笑する声が温かく感じた。

まるで揺らめく蝋燭の炎のようだ。篝火もいつもあんな感じだった。どこか安らぐ気持ちを与えてくれるのだ。

数分ほど歩いていると、初めて人が来た。どうやら自転車に乗っているらしくライトがゆらゆら揺れて見え、チェーンが軋む音が聞こえた。思わず立ち止まって見ているとその人は私の隣で急停止した。

 

「おまえ、こんなところで何をしてるんだ?」

 

聞き慣れた声だった。少しライトの光で相手の顔が見えなかったけど、今はわかる。潮留詠が自転車に跨り私を見ていた。

 

「えへへ、道に迷っちゃった……」

「道に迷ったって……ここ、海村から10キロは離れてるぞ」

「え、そ、そんなに?」

「しかもこんな夜遅い時間に女の子が出歩くな。変なやつがいないとも限らないし」

「ごめんね。時間がわからなくて」

「午後九時半ってところか」

 

サァッと私の顔から血の気が引く。きっと両親は心配している。早く連絡しないと。

 

「まぁ此処からなら僕の家が近いから、来るか?今から帰らせるわけにもいかないだろう。泊まっていけよ」

「うん。ごめんね」

「じゃあ、乗れ」

 

自転車の荷台に腰を掛ける。そうして私を乗せた自転車は走り出した。

 

特に何も詠は聞いて来なかった。

会話もなく十分ほどで何処かの一軒家に到着する。

此処が詠の家なのだろう。

明かりが灯っていて、中から声が聞こえていた。

 

「どうしたの詠?」

「あぁ、客が来てるみたいだな」

「えと、帰った方がいい?」

「別に問題はない」

 

一瞬、ドアの前で止まっていた詠はノブを回して入っていく。まず初めに玄関で靴を確認してしまう。誰だってやる癖だ。大人の女性の靴が二つに女の子くらいの靴。それが玄関に揃えて置いてあった。棚にはビシッとしたキャリアウーマンが履くような靴も置いてある。

 

「ただいま」

 

その声に返ってきたのは二人分の「おかえり」。

姉と二人暮らしと聞いていたから、片方が客なのだろうか。

なら、小学生くらいの女の子が客なのだろうか。

靴からして、私は憶測でどんな人がいるのかを想像した。

 

「取り敢えず、チサキの両親に連絡した方がいいよな」

「あ、うん」

 

部屋に入って行く詠の後を追う。靴を揃えてから彼が消えた部屋に向かうと、そこはリビングで小学生くらいの女の子がテレビを見ながら帰って来た詠にじゃれついていて、その姿を見てにこやかに邪魔しちゃダメよ、と注意するお姉さん。そのお姉さんの方が私を見て、少し吃驚した様子でまじまじと見てから近づいてきた。

 

「海村の子だよね。その制服」

「あ、はい……私、潮留君の友達で比良平チサキです」

「私は潮留ミヲリ。私も海村出身なの。で、あの子が美海ね。私の娘」

「え、あれ……詠のお姉さんですよね?」

「あー、ごめんね。お姉さんは二階にいるから。私はどちらかというと叔母さんってことになるかな」

 

その時の私は海村出身の人がいることで僅かな疑問を先送りにしていた。彼がどうして私の家の番号を知っているのか。それを知るのはまだ先のことである。

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