あの事件で亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、被害に遭われた方々が1日でも早く回復なさることを祈っております。
智音がおかしくなった理由を、何としてでも聞き出そうと俺が決意したその日の夜。俺は自室で作戦を練っていた。
「まず第一に、智音が嫌がることはしない。とはいえ、そもそもこうして智音から聞き出そうと干渉する事自体アウトなのではとも思ったが、それを言ってはキリがなくなるので、それだけは目を瞑ることにする」
自分のこれからの行動指針を作るため、ノートに色々書きこみながらそう言う俺。
いつも元気いっぱいで、常に全力で何事も楽しんでいる智音が、近頃のように哀愁漂う姿で日常を過ごしているのは、見てていたたまれない。
俺は元の、というか普段の智音に戻れるように協力したいのだが、智音は話したくないというジレンマを抱えている。だから、俺が直接的に尋ねるような事をしてしまうと智音は嫌がるだろうし、むしろ心配させまいと思って笑顔を取り繕うようになってしまうだろう。
「という訳で、俺は智音から話すように仕向けるか、搦め手でいくしか方法がない、と」
そうは言ったものの、そんな方法なんて全然思い付かないのだが、果たして大丈夫なのだろうか……?
結局、それから一晩中ノートと睨めっこしていた俺であったが、ろくでもないアイデアしか出ることは無かったのであった。
例えば、俺がまず最初に思い付いたのは、鑑定呪文『インパス』をかけるという方法。
ただ、この『インパス』という呪文は、本来「モノ」にかける呪文であり、間違っても人に向かって唱えるような代物ではない。昔、一度自分にかけて実験したことはあるのだが、氏名と性別が表示されるだけであったので、仮に智音にかけたとしても大した情報を得ることは出来ないだろう。
「おーい、魔法使ーい?」
次の案は、智音を『メタパ二』で混乱させたり、『マヌーサ』で幻覚を見せたりしたらいけるんじゃないか……。
と、一瞬でもそう考えてしまった自分を激しく殴りたい。
「なっ! ここだけ時間が止まっているなんて!」
大体、俺が智音の誕生日にあげたペンダントには、ほぼ全ての呪文を無効化する仕組みが備わっているから、呪文で何とかしようと考えている時点で無理なんだよな……。
「やはり、この時空凍結魔法を解くためには天使を倒すしか……」
「出来れば、魔法魔王少女からの口づけの方が、俺としては嬉しいかな?」
智音の反応が少し気になったから智音の呼びかけに答えていなかっただけで、別に聞こえてなかったわけじゃないんだよ?
ちなみに、智音は昼休みになったから俺と一緒に昼食を食べようとして俺の元へやって来ただけである。
「え、えっと柊くん? あの、さすがに人がいっぱいいるこの教室の中での口づけは、いくらソフィアちゃんといえども、恥ずかしい、かな?」
俺からキスの誘いを受けた智音は、わかりやすく動揺していた。だが恥ずかしいと言いつつも、嫌とは言わないあたり、智音もキスをすること自体は満更でもないのだろう。
「最近、智音よく俺にべったりくっ付いているし、こういうことがしたいのかな? って思っていたんだけどな?」
「あ、あれはその……」
我ながら意地の悪い質問だとは思うのだが、智音の反応が可愛くて止めようにも止められない。
俺が智音の顔をじっと見つめると、逆に智音は俺に目を合わせないようにしているのだが、顔が真っ赤になっているのは当たり前だが隠せていない。
「仕方がない。智音が俺にキスしてくれないんだったら、今日はその気になってくれるまで智音を甘やかそうか」
……さて、この時俺は周りの状況を考える余裕が無かったことだけは伝えておく。
つまり何が言いたいかというとだ。今、俺たちが居るのは、昼休み真っ只中の教室であって、当然周りにはクラスメイトがわんさか居るわけだ。
そんな状況で、こんな台詞を言ってしまったら一体どうなるのか。答えはすぐに分かる。
教室は、キャアァァァァという黄色い声と、ヒューヒューと囃し立てる声が入り混じる、混沌たる空間と化した。
「柊くん、逃げるよ!」
この騒ぎに、一番の被害者であるにも関わらず真っ先に正気を取り戻した智音は、俺の腕を引っ張りながら勢いよく教室を飛び出した。
持ち前の素晴らしい運動能力を存分に発揮し、廊下を非乙女ダッシュで颯爽と駆け抜ける智音に、すれ違う人たちは呆気にとられているようで、生徒はおろか先生までも俺たちが過ぎ去るのを黙ってみていた。
勿論、そんなスピードだからクラスの人は追ってこないし、智音に手をつかまれている俺も足がもつれそうになっていたりする。
「『ピオリム』智音、どこまで行くんだ?」
素早さを上げる呪文を唱えつつ智音にそう尋ねると、智音は俺の方へと振り向きながら、にやっと不敵な笑みを浮かべてこう告げる。
「にっはっはー! ここは魔王らしく、魔法使いを我が居城へと連れ去らせてもらおうではないか!」
意訳すると、午後の授業サボって遊ぼうぜ、ということである。
「あぁ、もう! 今更あの教室に戻る気になんてなれないし、どこまでも付き合いますよ。俺の可愛いお姫様!」
「じゃあ、今日は戦略的撤退で決まりだね!」
久しぶりに、智音が心の底から楽しそうな笑顔をしていることに気付いた俺は、この後両親や先生にどれだけ迷惑がかかったとしても、今日ぐらいはこのまま智音のやりたいようにやらせてあげたいと思い、智音の提案に乗ったのであった。
あぁ、そういえば、いつぞやの七宮が言っていたっけ。
――迷惑を掛けるっていつも一緒に居ないと迷惑かからないでしょ。って。
……現在進行形で多方面の人に迷惑を掛けながらこの言葉を使うのは、何か間違っているような気がしてならないのだが、今まさにこれを実感中だ。
取りあえず、担任の先生には後で早退の連絡だけはしておこうと考えているうちに、俺たちは生徒玄関を出て校門前までやって来ていた。
「さぁ、いくよ魔法使い! ケルビム詠唱 セラフィム降臨 フィジカルリンゲージ!」
何故、詠唱をと思って智音の方を見ると、そこには地面から数十センチ浮かび上がっている智音の姿があった。よく見ると、手には俺が智音の誕生日の時にあげた、ハートのステッキが握られている。
「学校に持ってきていたのかよ、それ。というかどこから取り出した! ……まぁ、いいか。『レムオル』『フバーハ』『トラマナ』『トベルーラ』」
4つの呪文を連続で唱え終わると、俺たちの姿は一般人からは視認されなくなり、何の憂いもなく空を飛べるような状態になる。
「んー! やっぱり、空を飛ぶのは気持ちがいいね!」
「そうだな。今日はいい天気だし、これで学校をサボっているという事実さえ無ければ完璧なのが悔やまれる」
「にっはっはー! 過ぎたことを気にしすぎるのは、魔法使いの悪い癖だよ。過去を悔やむより、未来に希望を持たなきゃ!」
そう言った智音の顔は、どこまでも真剣で、どこまでも自信に満ち溢れていて……俺は智音のその言葉と表情に、心を打たれたのであった。
「まったく、智音はカッコいいな」
それを聞いた智音は、いつもの高笑いではなく、ふふっ、という軽い笑みを零しながら、
「私はただ、柊くんの真似をしているだけだよ。だから、本当にカッコいいのは柊くんの方だよ」
と言って、柔らかく微笑むのであった。
「……」
「あれ。魔法使い、照れてる?」
半分はその通りだ。智音がいつもの中二病モードではなく、偶にしか見せない乙女モードで告げる言葉には破壊力がありすぎて、不意打ちで言われてしまうと照れるというか、もうなんか、感慨深過ぎて言葉が出なくなる。
ちなみにもう半分は、さっきの俺は智音を甘やかすとか言っていたのに、逆に俺が甘い言葉を言われてしまったことへの悔しさだ。
「本当に、智音には敵わないな」
「にーはっはー! この魔法魔王少女ソフィアちゃんに勝とうだなんて、いくら魔法使いとはいえ千年早いよ!」
どうやら、智音は普段の中二病モードに戻ったらしく、高らかな笑い声と共に、そんな勝利ボイスで場を締めた。
そうして、このやり取りにひと段落つくと、話題は別な事へと移る。
「あ、見て魔法使い! あの山、燃えるような深紅に染まっているよ!」
北の大地は秋の到来が早いため、10月の中旬から下旬には山が完全に色づく。その中でも、智音が指差した山は周りの山よりも特段美しい紅に覆われていた。
「おぉ、上から見る紅葉も綺麗だな。智音、少し降りて見ていかないか?」
「オッケーだよ! 紅葉狩り、私も一回ぐらいしてみたかったし」
俺の提案に快諾してくれた智音。という訳で、俺たちはその山の開けた所に向かって降下していく。そして、地面に足が着いてふと周りを見渡すと、どこか見覚えのある景色がそこには広がっていた。
あれ、何だったっけと、記憶を辿って思い出そうとしていると、俺が思い出すよりも先に智音が、
「あ、ここって昔、魔法使いに連れてきてもらった場所だ」
と、声を漏らした。
あぁ、そうか。ここは智音と、小学生の時に遊びに来た山だっけ。何年も前の事だから、すっかり忘れてしまっていた。
「智音、よく覚えていたな」
「うん、まぁね」
俺にとって、智音と出会ったあの夏の思い出は、とても大切な思い出だ。
智音ちゃんの要望でやって来た、この山へのハイキング。
二人で、一日中熱中して遊んだファミコン。
その他にも、花火をしたりとか川に行ったりとか、色々な事をした。
一週間という時間が、あっという間に過ぎてしまったあの夏。
別れの時に俺が口にした、俺たちは世界のどこかに必ず居るんだから、これは別れじゃない。という言葉は、今思えば、自分自身に言い聞かせていたのではないかと感じた。
「そういえば昔、智音が地元に帰るって日にさ、智音ってば帰りたくないって連呼しながら、最近の智音みたいに憂鬱そうな表情していたよな」
その言葉に、智音はびっくりした顔をしている。何かまずいことでも言ったか、俺?
さて、ここまでの間、智音が近頃おかしかった理由を聞き出そうと考えていたなんて、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた俺だったが、今、自分の言った言葉で思い出した。
最近の智音は、あの時の智音ちゃんと同じような表情をしている? それって、もしかして……?
その疑問を抱いたら、後は早かった。
現在、俺たちは中学3年生で、来年はもう高校生だ。そして、智音と俺が同じ年齢なのを考えると、来年度になったら、中二恋の原作が始まる。
アニメ版では2期からの、2年生になってからの登場だった智音だが、小説版では大体、1年生の夏には既に富樫勇太や小鳥遊六花と関わっている。
さぁ、これが何を意味するかというと、少なからずそれまでにはというか高校入学の時点で、智音は中二病の舞台である滋賀県近辺へと引っ越すことになる、という事だ。
だから智音は、最近元気なかったのかな。
そうして下した結論の答え合わせとして、俺は智音に尋ねる。
「なぁ、智音。お前、引っ越すのか?」
俺の質問に何も答えない智音。でも、その沈黙が、俺の予想が正しかった事の何よりの証明だった。
それから、しばらく黙っていた智音だったが、ふいに口を開き、
「なんで、どうして魔法使いは分かったの?」
と、声を震わせながら聞いてきた。
「分かったというより、繋がったっていう感じかな。というか、智音が変だった時点で気付くべきだったのに、こんなに遅く気付くなんて……これじゃあ、智音の恋人失格だな」
ははは、と苦笑いしていると、智音がぎゅっと俺の腰に抱き着いてきた。
「そんなことないよ。本当だったら、何も言わずに進学するつもりだったのに、魔法使いは気付いたんだもん」
「何で、言ってくれなかったんだ?」
「別れは、別れじゃないから。さよならじゃなくて、またねだから。それが、世界の理、連関天則だから」
要するに、智音は寂しかったんだろう。別れが。
けど、連関天則によって定められた、俺が教えたその言葉が邪魔をして、素直に言い出せなかったんだ。これまでの間、ずっと。
「でもな、智音。我慢してばかりいると、それこそ、心と体がしんどいぞ。だから、もういいんじゃないか」
それが引き金となり、智音は俺の腰に抱き着いたまま、堰を切るように涙と言葉が溢れ出した。
「ひっく、魔法使いとお別れなんてやっぱり嫌だよ」
いつぞやと同じような台詞で嗚咽を漏らす智音。俺は、そんな智音の頭を撫でながら、
「でもな、智音。そんなに悲観することは無いぞ」
と言う。智音は顔を上げて、どうしてといったような顔をした。
「俺は魔法使いだぞ。智音の所まで瞬間移動する事も出来るから、毎日だって会える」
そうは言うものの、俺だって智音が居なくなるのは寂しい。だから、今回ばかりは自分の力だけでなく、他の人の力をお借りしようと思う。
さて、俺の言葉にきょとんとしていた智音だったが、少しして、
「にはは……。やっぱり魔法使いは、柊くんは凄いや。最初から、伝えていれば良かったな」
と言って、目から零れ落ちた涙を指で拭って、智音は自分の頬をぱんと叩いた。
智音は、本来内気な性格であり、それでいて極めて優秀だった。だから智音は、並大抵のことなら、自分で解決できてしまったのだろう。
智音はきっと人を頼ることを知らないのだ。そして、そんな智音を、俺は心の底から支えてやりたいと思うのであった。
澄み渡る秋晴れの中、俺は、時雨が降っていた智音の心を晴らす事は出来たのだろうか。
まぁ、終わり良ければ総て良し、となるようにもう少し頑張ってみますかね。
『中二病でも愛してる!』第10話をお読み頂き、ありがとうございました。