十花さんに引っ越しの挨拶をしたその後、俺は上階と真下の部屋住んでいる方の3家庭に挨拶を済ませ、次はいよいよ富樫家の番。
ここが魔法使いの新たな拠点かーと言っていた智音も連れて、いざ参らん!
ピンポーンとチャイムを鳴らすと、はーいという少女の返事が聞こえる。智音はまだ気づいていないようだが、十中八九この声は樟葉ちゃんだろう。
参考までに軽く説明すると、樟葉ちゃんとは富樫勇太の上の妹で、料理上手なしっかり者だ。確か勇太と3歳離れていたはずだから、ちょうど勇太や俺たちが高校生になるタイミングで樟葉ちゃんも中学生になるはず。
ちなみに、勇太の下の妹は夢葉ちゃんといってまだ5歳の幼稚園児だ。
そんなことを思い出している内に、ガチャという鍵の開く音がして、私服姿の樟葉ちゃんが顔を出す。
「どちら様でしょうか、って智音ちゃん?」
「樟葉? 樟葉だー!」
樟葉ちゃんが気付くと智音も思い出したようで、智音は樟葉ちゃんをその胸に抱きしめて再会を喜ぶ。
「樟葉、久しぶり! こんなに大きくなっちゃって!」
「だって3年ぶりだもん。そういう智音ちゃんはあんまり変わらないね」
樟葉ちゃんは、智音に抱きつかれたときは驚いていたものの、すぐに嬉しそうな表情になって智音と会話を交わす。
「いやー、びっくりだよ! このままだと、魔界無節足虫くらい大きくなるね!」
「む、無節足?」
いきなり中二病ワードを会話の中に盛り込まれて、困惑の表情を浮かべる樟葉ちゃん。智音らしいと言えば智音らしいのだが、『中二病でも恋がしたい!』において唯一と言っても過言ではない常識人に、そういうことを言うのはやめてあげなさい。
「あの、それでお兄さんは……?」
二人の再会もひと段落したところで、それを横で眺めているだけの空気と化していた俺のことを拾ってくれる樟葉ちゃん。あぁ、優しさが身に染みる。
「魔法使いは、私と共に旅するパートナーで、前世からの因縁で結ばれた魂の契約者だよ」
「智音、何も伝わってない。えーと、今日上の階に引っ越してきた文月です。智音とは前の学校で知り合った仲で、富樫勇太という方の話をよくされていたので、もしかしたらと思っていたのですが――」
「はい。富樫勇太は私の兄です」
もちろん、分かっていましたよ。むしろここで、勇太なんて人知りませんとか言われたら『中二病でも恋がしたい!』というストーリー自体が崩壊しかねないから、存在してくれて本当に良かった。
「ちょっと待っててください。今、呼んできますね」
樟葉ちゃんはそう言うと、勇太を呼びに一度家の中に入っていく。
あ、生きているキャラに会えるという嬉しさが先走りすぎて、挨拶品を渡しそびれてしまった。失態を犯したなと心の中で反省していると、智音が俺に話しかけてきた。
「魔法使いは、やっぱり魔法使いだね」
「なんじゃそりゃ」
「にーはっはっ! 分からないならそれでいいのさ! ……私にとって柊くんが大切な存在だっていう、ただそれだけのことだから」
突然、智音が真面目な口調で愛をぶつけてくるものだから、俺は驚いて智音を見つめてしまう。
そこには、顔を赤くするわけでもなく、寂しそうな顔をするわけでもなく、ただいつも通りの笑顔でいる智音の姿だけがあったのであった。
「そうか。俺にとっても、智音はこの世で一番大切な存在だからな」
共用階段でバカップルの会話を繰り広げていると、奥から半信半疑な表情を浮かべる勇太が現れる。髪型と服装を見る限り、一応中二病は卒業(仮)していることが窺い知ることができる。
「あ、勇者だ。おーい、勇者!」
「七宮!?」
智音が勇者もとい勇太に手を振ると、ようやく智音がいる実感を得たようで慌てて駆け寄ってくる。
「勇者、久しぶり!」
「お前、今までどこにいたんだよ」
「各地で天使との戦いに身を置いていてね。いやー、どこも激戦だったけど新たな仲間も増えて、ソフィアちゃん大勝利!」
勇太と智音は、積もる話もあるのだろう。すぐに止め処なく語り始める。
このような再会の邪魔するのは大変気が引けるのだが、敢えて言わせてもらおう。
「あのー、俺の事も忘れないでもらえませんかね」
「「あ」」
勇者と魔法魔王少女は同時に、気まずそうに返事をしたのであった。
その後、折角だからということで富樫家にお邪魔させていただくことになった俺と智音。
そこでは昔の話で盛り上がる智音に、合の手を入れる樟葉ちゃん。そして、黒歴史に悶え苦しむ勇太の姿があった。俺? アニメでも見たことのない光景が目の前に広がっていることに感動しながら、でも若干の疎外感を覚えつつ聞き役に徹しているよ。
ちなみに夢葉ちゃんは今、お母さんと一緒に出かけているらしい。そのお二方にも会ってみたかったのだが残念だ。
「そ、それよりも、七宮と文月さんはどこの学校に?」
遂に黒歴史に耐えられなくなった勇太は、話題を自分から俺と智音に移そうとする。さすがに勇太が可哀そうだから、その話題に乗っかるかな。
「同い年だし、さんはいらないよ」
一方的とはいえ、知っている人から他人行儀な呼び方をされるのは心にクるものがあるので、俺は勇太にそうお願いをする。
「分かったよ、文月」
「それで、学校だっけ。俺も智音も私立銀杏学園に行く予定」
そう。小説版でもアニメ版でも、智音は勇太や六花の通う私立銀杏学園とは別の高校に進学していた。しかし、様々な要因が重なった結果、智音も一緒にその学校に通うことになった。
これが原因で一体どのような化学変化が引き起こされるのか。楽しみな反面、ちょっと怖かったりする。主にモリサマーがどうなるのか……。
「あぁ、やっぱりそうなるのかぁ」
勇太は俺たちの進学先を知って、頭を抱えて悩み込んでしまう。
まぁ無理もない。勇太は、中二病時代の自分を知る人が誰もいない環境に行きたくて、私立銀杏学園に高校を決めたんだからな。そこに智音という、自分の中二病の師匠がいるとか発狂してもおかしくない。
結局、六花がいるから変わらないんだけどな。
「ドンマイ、富樫」
「……そういう文月はどうなんだよ。七宮と一緒だっていうことは、文月も中二病を患っていたんじゃないのか」
俺が勇太を慰めると、思いを共有できる仲間が欲しいのか、俺を道連れにしようと尋ねてくる。だが残念だったな。こちとら魔法が生活の一部になっているんだよ。
「俺は現役魔法使いだからな。あいにく、富樫の悩みを分かってあげることはできないんだ」
そう答えると勇太はコイツもか! といった目で俺を見てくる。だって俺もなんでか分からないけど、本当の魔法を使えるんだもん。
とはいえ、ここで下手に勇太に魔法を見せてしまっては、中二病を再発させてしまう可能性がある。もし万が一そんなことになったら、勇太と六花の物語が進行しなくなるかもしれないので、しばらくは勇太の前で堂々と魔法を使うのは控えよう。それに、黙っていた方が後々面白いことになりそうだからね。
勇太に軽く失望された後、智音がそろそろ帰らなきゃということで、楽しかったこの雑談会も終わりを迎える。
勇太と樟葉ちゃんは、よければ夕食を食べていかないかとありがたいお誘いをしてくれた。しかし、智音は家族と用事があるようで、俺も周辺の主要地点を『ルーラ』の行先に登録する作業をしておきたいので、今日のところはおいとまさせていただく。
それにしても、本当に優しい兄妹だ。智音がいたとはいえ、今日初めて会った俺にまで声を掛けてくれるなんてな……。六花は勇太のこんなところにも惹かれたのだろうか。なんとなくそんな感じがする。俺も見習わねばな。
「とても楽しい時間だったよ。ありがとう」
「それじゃあ勇者、樟葉、またね!」
玄関まで見送ってくれた勇太と樟葉に挨拶をして、俺は智音を家に送り届けてから寄り道をしつつ帰路につく。魔法は使わずに電車と歩きだ。
これから通うことになる高校や、近くのスーパー、それからアニメで度々登場する公園など、聖地巡礼気分でまわっている内にあたりはどんどん暗くなってくる。
そろそろ本当に帰らないといけないなと、一度スーパーでいくらあっても困らない類の調味料を調達してから『ルーラ』で家の近くまで飛ぶ。そして、3階の部屋までの階段を上がっているその時、俺は何者かに話しかけた。
「遅かったな、文月柊」
そこには、壁にもたれかかりながらこちらを見下ろす十花さんの姿。まさかの状況に俺は気が動転してしまい、焦って返事をしてしまう。
「……十花さんでしたか。なぜ、そんなところに」
「文月柊。お前に聞きたいことがある。……だがその前に、なぜお前は私の名前を知っている?」
「十花さんこそ、なぜ俺の名前を?」
ぼろを出した俺に、十花さんはすぐさま鋭い目になって質問をしてくる。正直言って、美人にこんなことをされると凄く怖い。
けれども、ぼろを出したのは十花さんも同じ。実際には、質問を質問で返すのは悪手なのだが、今の俺にはそれしか方法がなかった。まさかこの世界が、パラレルワールドでは創作上の物なんですとは口が裂けても言えない。
十花さんはしばらくの間沈黙していたが、やがて射抜くような目つきを止め、ピーンと張りつめていた空気は穏やかなものへと様変わりした。
「まぁいい。それよりもあのピンク髪のことだ」
「智音のことですか」
「お前は見たところ普通のようだが、ああいう類のやつとどうやって仲良くなったんだ?」
どうやら十花さんは中二病患者、つまり六花と仲良くなる方法を知りたいらしい。
言葉や行動から勘違いされそうだが、十花さんは心から六花の幸せを願っているんだ。上手くかみ合わずに空回りしている部分もあるが、根っこの部分は六花が大好きなのだろう。
こうして中二病のことを理解しようとしているのがその証拠だ。時に厳しい事を言ったりもするが、それも不器用な姉なりの優しさだったのだろう。
「俺の場合は、智音の中二病なところも含めて大好きだから付き合っているんです」
「直したいと思ったことはないのか?」
「一度もないです。――誰かに迷惑を掛けない生き方は嫌だ。だって誰かに迷惑を掛けないって、誰とも一緒に居ないことと同じだから。……俺は、尊敬しているんです。そんな信念を持ち続ける彼女を」
俺は、前世では七宮智音というキャラクターの外見的な可愛さから入った人間だった。そして、小説やアニメを見ていくうちに、その生き様に憧れるようになった。そういう意味では、俺は勇太や丹生谷と同じなのかもしれない。
しかし今世で智音という血の通った人物と出会い、俺は彼女を幸せにしたいと強く願うようになった。
なまじ頭が良いだけに、智音は自分一人で悩みを抱えて、自分一人で解決に導こうとする傾向がある。だからこそ、そんな智音を隣で支えてあげたい、守ってあげたい。そんな思いを今は持っている。
そんな俺の心情をどこまでくみ取ったのかは分からないが、十花さんはそれ以上何か反論することはなかった。
やっと十花さんとの会話が終わると安堵していたら、お礼だと言われてタッパーに入ったおかずを貰ってしまった。一瞬いいのかなと思ったが、くれるというのでその日の晩に美味しくいただきました。
これを機に、十花さんとの交友関係ができたというのはまた別の話。
<智音ちゃん設定>
小学5年生 柊の影響で中二病の土台が作られる
中学1年生 勇太を中二病に罹患させる
中学2年生 丹生谷を中二病に罹患させる
中学3年生 柊と恋人契約を結ぶ
『中二病でも愛してる!』第12話をお読み頂き、ありがとうございました。