翌朝、ランニングの日課をこなした俺は、昨晩の内に炊いておいたお米でおにぎりを握っていた。
このおにぎりは、俺の朝食兼、両親が仕事から帰ってきたときに食べられるようにと置いておく軽食だ。
「やっぱり、呪文って便利だよな」
両親用のおにぎりに『ホイミ』をかけながら、独り言を呟く。
最近、『メラ』による調理や、『ヒャド』による冷凍など、本来攻撃呪文であるはずの魔法さえ、ただの便利道具と化した使い方をしている。
何だか、呪文の無駄遣いをしている気がしないでもないが、光熱費の節約にもなるので、良しとしよう。
「さて、おにぎりは作り終わったから次は『バギ』」
ドラクエの設定では、真空の刃を打ち出して敵を攻撃する呪文であある『バギ』だが、少しだけ改良してやるとあら不思議、小さなつむじ風で家中のゴミを集める便利呪文へと早変わり。
……偶には掃除機も使って、きちんと掃除した方がいいのかな?
そんなとりとめのない事を考えつつも、俺は朝食のおにぎりを頬張りつつ『バギ』を操作して、家中をぴかぴかにするのであった。
「よし、もう9時だな。そろそろ智音ちゃんの所に行くか」
あの後、更に筋トレと呪文の練習を終えた俺は、自分に『ホイミ』をかけて体力を回復させながら、お隣へと向かう。
ガラガラ
例によって鍵がかかっていない引き戸の玄関を開け、
「おはようございまーす! 柊です、遊びに来ました!」
と、呼びかけると、何やら居間の方からドタバタという音が聞こえてきて、次の瞬間、すごい勢いで俺の方目掛けて智音ちゃんがやってきた。
「おはよ、柊くん!」
目の前に現れた智音ちゃんは、半袖と短パンという暑さに強く動きやすい格好をしていて、やや細身ながらも、子供らしい健康な肢体を存分に見せつけてくれていた。
昨日に引き続いて思わず見とれていると、智音ちゃんは、
「柊くん、今日は外で一緒に遊ぼ!」
と、ぴょこぴょこ跳ねながら元気よく、そう告げるのであった。
その後、早く遊びたい智音ちゃんを少し引き止めて、島ばあちゃんに挨拶をする。
それから俺と智音ちゃんは、夏の強い日が差している外へと出た。
外に出るとすぐに駆け出した智音ちゃんは、道路の少し先に行ってからこちらの方を振り向き、
「柊くん、はやくはやく!」
と、手招きをする。
智音ちゃんは行動が一々可愛いなぁ、と思いながら俺は、
「ちょっと待ってー! 『トヘロス』『トラマナ』」
と、自分と智音ちゃんに2つの呪文をかけてから追いかけた。
ちなみに、『トヘロス』は自分より弱い敵が出て来なくなる呪文であり、ここでは虫除け魔法として機能する。
蚊や蜂なんかも出てこなくなるので、夏、秋に屋外で活動する際にはこの呪文は欠かせない。
尤も、蜂に刺されたところで『キアリー』による毒消しがあるのであまり問題はないがな。
もうひとつの『トラマナ』は、元は毒の沼地や溶岩によるダメージを受けなくするという呪文なのだが、試しに使ってみたところ、日焼け止めにもなる事が分かったので、今日みたいに日差しが強い日には必要だ。
特に、智音ちゃんの綺麗な肌を日焼けさせる訳にはいかないからな。この呪文は念入りにかけておく。
「おー! 柊くん足速いんだね!」
智音ちゃんが手招きしてから数秒後には追いつくと、智音ちゃんはそう言って褒めてくれた。
「これでも毎日ランニングしているからね。足の速さと持久力には自信があるよ」
とはいえども、それは呪文を使って身に付けた能力だから自慢にはならない。
若干の後ろめたさを感じながらも、話題の転換を図ろうと、
「そういえば、今日は外で遊ぶって言ってたけど何処で遊ぶか決めているの?」
と尋ねると、智音ちゃんは、
「おばあちゃんが、山には面白いものがいっぱいあるよ、って言ってたから山に行こうと思うの!」
と返答してきた。
いやいや、ちょっと待て島さん。あなた、孫をなんでそんな危険な場所に行かせようとしてんですか!
「さ、智音ちゃん。山に行くのは少し危ないんじゃないかなぁ、って思うんですが……」
「え、でもおばあちゃんは、一人なら危ないけど柊くんと一緒だったら危険なんて何もないって言ってたよ?」
小首をかしげながら、そう言うと智音ちゃん。
島ばあちゃんよ、確かに俺は山の中で呪文の特訓をしていますし、ヒグマが出ようとも大丈夫ですが、流石にそれは買い被り過ぎではないでしょうか……?
島ばあちゃんからの無駄に厚い信頼に頭を抱えながらも、保護者の許可が出ているならと、俺は智音ちゃんと山へと向かうのであった。
「はぁはぁ」
「智音ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ」
山に入ってから15分。
智音ちゃんの要望で、景色の良い所まで行こうという事となり、それならばと、俺が普段呪文の特訓をしている所へと案内していたところ、智音ちゃんがバテてしまった。
本人は大丈夫だと言っているものの、これでは着けそうにないなと思った俺は、智音ちゃんに『ホイミ』をかけてやる。
「あれ、疲れがなくなった? もしかして、柊くんが何かしてくれたの?」
「さぁ? 山の神様が何かしたんじゃないかな?」
呪文の事を知られてしまっては困ると考えている俺は、こうして聞かれてもシラを通すようにしている。
突然疲れがなくなった事に驚いているものの、智音ちゃんは俺の様子を見て察したのか、
「えへへ、ありがとう。柊くん」
と、嬉しそうに言うのであった。
智音ちゃんはどうやらとても聡い子のようだ。
その後、数回『ホイミ』による体力回復を施しながらも、俺たちは見晴らしの良い地点へとやって来られた。
「わー! 綺麗な景色!」
「そうだね、智音ちゃん大丈夫? 疲れてない?」
「うんと、ちょっと疲れちゃったかな」
それは無理もない。『ホイミ』はあくまでも肉体的な回復呪文であり、精神的な疲れは取り除けないからな。
「それじゃあ、智音ちゃん。丁度いい時間だしお昼ご飯にしようか」
「え? でも、私何も持ってきてないよ?」
そう言って不安そうな顔をする智音ちゃん。
大丈夫。そんな心配しなくても、俺には『ふくろ』という色んな食料が入っている倉庫があるのだ。
おろおろしている智音ちゃんを尻目に、何か無いかな? と、『ふくろ』の中身を取り出すべく虚空に手を突っ込むと、
「ひ、柊くんの手が消えちゃった!」
と、隣から驚く声が聞こえた。
この動作、他人からはそんな風に見えていたんだ、と一人納得していると、昨月貰ったきゅうりを見つけて、『ふくろ』から4本取り出した。
「はい、お昼ご飯にこれだけっていうのもちょっと変だけどいいかな?」
そう言って、智音ちゃんにきゅうりを差し出すと、智音ちゃんは何も言わずにフリーズしてしまった。
少し色んな事を起こしすぎてしまっただろうか?
そう思っていると、突然智音ちゃんが目を輝かせながら、
「ま、魔法だー!」
と、大声で叫ぶのであった。
「ねぇねぇ、柊くん。今きゅうり取り出したのも、さっき私の疲れを取ってくれたのも魔法なんでしょ! もしかして、柊くんって魔法使いなの?」
フリーズが解けた途端、矢継ぎ早に質問を浴びせかけてくる智音ちゃん。
まさか、こんなに反応してくれるとは予想外だった。
さて、これはどう返せばいいのかなと考えた結果、俺は
「あぁ、そうだよ。俺は魔法使いなんだ」
と、言うのであった。
この言葉を聞いた智音ちゃんは、更に一段と目を輝かせたのであった。
「はぁ、子供の体力を完全に舐めていた……」
この後、智音ちゃんにせがまれて炎や水を出したりして遊んだ俺は、かつてない程に疲労を感じていた。
「すぅすぅ」
智音ちゃんは、山登りの最中はあんなに疲れていたのに、どこにそんな体力があったんだという程、元気に遊んでいたのだが、電池切れしてしまったようで今は俺に膝枕をされながら、すやすや眠っている。
「……そろそろ暗くなってきたな」
時計が無いから分からないが、空がだんだん夕焼けに染まってきており、もう6時近い時間になっているだろう。
「気持ちよさそうに眠っているなぁ。起こさずに帰るか」
智音ちゃんの寝顔を見た俺は、そのあまりに安心しきった表情を崩すのが気が引けたため、体勢を変えて智音ちゃんを背負うと、
「よし、『ルーラ』」
島ばあちゃんの家の前に瞬間移動するのであった。
さて、それからというものの、俺と智音ちゃんは毎日毎日これ以上無いぐらいに楽しく遊んだ。
時に水風船をしたり、またゲームをして遊んだり、何日目からかは智音ちゃんが朝のランニングに付いてくるようにもなった。
俺の親からも何度か冷やかされたりしたりもしたが、智音ちゃんも満更でもなさそうにしていたので、きっと智音ちゃんも俺と同じ気持ちだったんだろう。
……しかし、どれだけ楽しい時を過ごそうとも、出会いがあれば別れがある。
智音ちゃんがおばあちゃんの家に居る、1週間という期限はあっという間にやってきたのであった。
「ぐすん、まだここで柊くんと一緒に居たいよ……」
今にも涙が零れ落ちそうな表情をしながら、そう言う智音ちゃん。
しかし、帰りの飛行機の時間もあるので、もう少ししたら空港へと行かなくてはならない。
「俺も智音ちゃんと遊んでいる時は、凄く楽しかったよ」
「うぅぅぅ、柊くんとお別れなんてやっぱり嫌だよー!」
そう言って智音ちゃんは、俯いて涙を零し始める。
……智音ちゃんの気持ちは痛い程よく分かる。だって俺も同じ気持ちだから。
でも、どうしようもないことはあるのだ。隣を見れば、島ばあちゃんが困ったような顔つきをしている。
どうしたものかと思っていると、俺は前世で読んだある小説の言葉をふと、思い出した。
「智音ちゃん。俺たちは世界のどこかに必ず居るんだから、これは別れじゃない」
智音ちゃんはその言葉を聞き、俯いていた顔を上げた。
「だからね、智音ちゃん。またね!」
そう告げると、智音ちゃんは俺の言葉を理解したようで、
「うん、柊くん。またね!」
と、泣きながら笑顔で言ってくれるのであった。
俺は、智音ちゃんの乗った車を見えなくなるまで見送りながら、さっきの自分の言葉を思い出していた。
あの言葉は、中二病でも恋がしたい! の七宮智音が言っていた台詞だ。奇しくも、あの少女も智音という名前である。
「……まさかね」
『中二病でも愛してる』第3話をお読み頂き、ありがとうございました。