俺たちは今、『ルーラ』の移動した先である、とある駐車場の人気のない隅っこに居た。
「え、あれ? 今、家から出たはずなのに……え、何が起きたの?」
俺の隣で智音は、突然周囲の景色が変わった事に混乱している。
確かにそんな反応になってしまうのも無理ない。もし、俺が今の智音と同じ立場だったら、智音と同等かそれ以上に狼狽えてしまっている事だろうからな。
だから、俺は智音の疑問に答えて、少しでも安心してもらおうと現状の説明を始めた。
「えっとな、今日は智音と一緒に動物園に行こうと思っていたんだ。それでここは、動物園の近くの駐車場。何で家から出たばっかりなのにここに居るかというのは……そう、魔法でね」
智音には、その髪をピンクに変えたりだとかの魔法を見せた事はこれまでに何回かあったものの、『ルーラ』、分かりやすく言えばテレポートのように、これぞ不思議な力! みたいな魔法を見せたのは、小学生の頃以来だ。
だから、智音の混乱が治まるまでには、もうしばらくかかるかな? と思っていたのだが、その予想に反して智音はすぐに適応したようで、
「さすが魔法使い! 空間移動まで身に付けているとは恐れ入ったよ!」
と言って、俺の魔法を受け入れてくれたようだった。
「ありがとう、智音。じゃあ、早速行こうか!」
「うん!」
……智音と手を繋いで、動物園の入園ゲートへと向かっている途中、俺は、こんな不思議な力を持った人物を怖がらないでくれる智音や両親、クラスメイトといった周りの人々に、心の底から感謝の気持ちが湧きあがってくるのであった。
さて、俺の心情はとりあえず横に置いておき、俺と智音は日本で最北に位置する動物園に入った。
まずは、もうじゅう館から。
「おー、百獣の王だ!」
「やっぱり動いていると迫力あるな!」
普通、昼でも大体寝ているライオンだが、今日は珍しく、のそのそと動き回っているのが強化ガラス越しに見えた。
隣の方に目を移すと、智音は楽しそうにポーズを取っていた。
「ユキヒョウだ! ふわふわしていて、抱き締めたら気持ちよさそう〜」
「それに、あの肉球もぷにぷにしていて触り心地が良さそうだな」
一般的に動物園では、動物の姿形を見せることを主眼とした「形態展示」をとる所が多い。
しかし、この動物園では動物の行動や生活を見せる「行動展示」を
導入していて、例えば、空中に迫り出した檻を作ることで、ユキヒョウがそこまで岩を登る様子を見る事が出来たり、ユキヒョウを真下から観察する事が出来るのだ。
「はぁ〜、ユキヒョウ可愛いな〜。使い魔にして使役できないかな?」
「もし使役出来たら、岩山とかを颯爽と駆け上がれるかもな」
どうやら智音はユキヒョウを気に入ったようであった。
とはいえ、さすがに本物のユキヒョウを捕まえてくる事は、いくら呪文を使っても不可能なので、せめて後でぬいぐるみを買ってあげよう。
……ここで、智音の方が可愛いよと言ったら、それはさすがにキザすぎるだろうか。
あー、でも言ったら智音はどんな反応を返してくれるのかな。気になる。
俺がそんな好奇心との狭間であれこれ考えていると、智音はいつの間にか次の展示へと歩を進めており、
「おーい魔法使い! 見て見て、ヒグマだよ! 大きいねー」
と言って、既に檻の向こう側に立っているヒグマの巨体を見上げて感嘆の声を上げていた。
「おぉ! まさに山オヤジって感じで威厳があるなー!」
俺は智音にそう答えながらも、智音に可愛いと言い損ねた事を少し残念に思ったのであった。
この後、俺たちはクロヒョウが木に登る姿を見て、その軽い身のこなしに感動したり。
ペンギン館の水中トンネルで、ペンギンが空を飛んでいるように泳いでいる姿に見とれていると、物凄い勢いで目の前を横切ったペンギンがいて、智音と二人一緒に驚いたり。
クモザルとカピバラが同じ放飼場で生活している混合展示に感心していると、クモザルとカピバラが、目と鼻の先で昼寝をしているのが見えて微笑ましく思ったり。
とにかく、動物園ってこんなに楽しい所だったっけと考えてしまう程に、俺たちは心から楽しんだのであった。
……楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、いつの間にか動物園に入ってから3時間が経過していた。
時計を見るともう昼の1時を回っていて、さすがにお腹がすいてきた。
「智音、そろそろ昼御飯を食べに行かないか?」
俺がそう提案すると、智音も同じ考えだったようで、
「そうだね。いくら魔力を使って空腹を凌ぐことができる私といえども、さすがにお腹ぺこぺこだよ」
と言って、お腹に手をあてる。
「折角だから、何かこの辺の美味しいものを食べていくか。智音は何がいい?」
俺がそう聞くと智音は、腕を組んで、うーん、と可愛く唸りながら考え込む。
すると、智音は何か思い付いたようで、勢いよく、
「ラーメン!」
と言ったのだった。
「ん〜! 美味しい〜」
ずるずると豪快に麺を啜りながら、幸せそうな顔をしてそう言う智音。
しかし、何だ。智音がラーメンを好きだとは知らなかったな。
俺がそう思っていると、智音は俺の心を読んだように、
「ラーメンは好きなんだけど、ラーメン屋に一人では入りづらいんだよね……。だから、今日は魔法使いと一緒で良かったよ!」
と、笑顔で言った。
まぁ、智音が喜んでいるようだし、新しい智音の一面も見れたから俺も良かったよ。
「「ごちそうさまでした」」
ラーメンを食べ終わり、ぶらぶらと近くを歩き始めた俺たち。
ちなみに動物園からラーメン屋までは『ルーラ』でひとっ飛びしてきた。
あのラーメン屋は、俺の前世で食べた時に美味しかった店だったのだが、今世でもあって良かった。
さて、智音と会話を楽しみながらしばらく街を歩いていると、ゲームセンターがあるのが見えた。
「あ、ゲーセン発見! ねぇ魔法使い、ちょっと寄ってかない?」
「いいね。腹ごなしに遊んでいくか!」
そうして乗り気でゲーセンに入っていった俺たち。ゲーセンの中は結構広く、多種多様な機種が置いてあった。
「それじゃあ魔法使い。勝負だよ!」
ゲーセンに入った途端に、俺にそう告げる智音。
「いいだろう。その勝負、受けて立つ」
それに対して俺は、ノリノリで答えたのであった。この後、ぼろ負けするのも知らずに……。
「いやいや、完璧だと思っていた魔法使いにも弱点はあったんだね」
「くっ! テトリスだったら負ける気はしないのに!」
勝ち誇る智音に対して、負け惜しみを言う無様な俺。
言い訳をさせてもらうと、ゲームがあまりにも進化していて驚いたんだよ! 何だよ、手を上にあげる動作って! それを認識できるなんて、凄い技術だな!
俺が大人げなく、勝負に負けたことを悔しがっていると、智音は俺に無慈悲な宣告をする。
「じゃあ、勝った魔王の命令を、一つだけ魔法使いに聞いてもらいましょう」
やや芝居がかった口調でそう言う智音。
そんなの聞いてない! と、ここで言ってしまうのは、さすがに無粋ってもんだろう。
「分かった。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
そんな事言いつつ、本当にそうされたら即刻『リレミト』で脱出だななんて頭の片隅で考えていると、智音が口を開く。
「魔法使いは、魔王に永遠の忠誠を誓いなさい」
……その言葉に、俺は一瞬理解が追いつかなかった。
これはどういう意味だ? 忠誠ってどういう事だ?
頭の中で、ぐるぐると智音の言ったことについて考えていると、俺は智音の顔が真っ赤になっているのに気付いた。
あぁ、そうか。智音は……智音は、ずっと俺と居たいって言ってくれているんだ。
それなら、俺もそれに応えないとな。
「はっ、私は永遠に貴方様のお傍に……」
ちゅっ
俺は跪き、智音の手の甲にキスをした。
そのまま顔を上げて智音の方を見てみると、智音は嬉しそうな表情をしているものの、どこか残念そうな表情も同時に浮かべているようだった。
勿論、そんなの分かっていたさ。実質プロポーズしたようなもんなのに、その反応じゃ不満だよな。
でも、こんな不特定多数の人が集うゲームセンターなんかで智音へのファーストキスをするのは嫌なんだよ。俺の勝手な我儘だけどな。
……俺が忠誠を誓ったあの後、俺たちは恥ずかしくなってしまい、ゲームセンターをすぐに出て、『ルーラ』で家へと逃げ帰ってきた。
もうそろそろ日が暮れる。楽しかったデートも、これで終わりだ。
「……」
「……」
しばらくの間、二人とも無言のまま沈黙が続く。
「あ、あの」
「あのさ、」
タイミングが良いのか悪いのか、二人の言葉が被ってしまう。
「あ、智音から先にどうぞ」
「う、うん。えっと、魔法使い。今日は凄く楽しかった! ありがとう!」
智音はそう言って、ぺこりと頭を下げた。そして、そのまま俺が何か言うのを待たずに、踵を返して帰ろうとする。
「智音!」
俺が大声を出したのに驚いたのであろうか、智音は肩をビクってさせ立ち止まる。
「智音、俺の言いたい事がまだ残っている」
「……うん」
俺は、一つ深呼吸をして智音に言う。
「さっき、俺が智音に忠誠を誓った時、手の甲にキスをしたのはそれが忠誠の証だからだ」
そこで、俺は一度言葉を切る。
自分の心臓がバクバクとうるさい位鳴り響いているのが良く分かる。
さぁ、伝えなければ。俺の想いを智音に!
「俺は智音が大好きだ。愛していると何回言っても足りない位、智音を愛している。だから、」
チュッ
その言葉を聞いて、こちらに振り返った智音。
俺はその瞬間、智音の唇を奪った。
「俺は未来永劫、智音を愛し続けると約束する。これは、絶対不変の契約魔法だ」
俺がそう言い切ると、智音はその双瞳からぽろぽろと涙を零し始めた。
「もぅ、そんな事言われたら私、柊くんの事もっと好きになっちゃうよ……」
智音はそう言うと、俺の唇に自分の唇をあて、セカンドキスをした。
「これは、私からの契約。柊くんを永遠に愛し続ける誓いのキス。これで私たちはずっと一緒だよ」
まだその瞳からは涙が流れているものの、心の底から幸せそうな微笑みを浮かべた智音。きっと俺も、同じような表情をしている事だろう。
そして、そのまま俺と智音はどちらともなくお互いの唇を合わせ、その愛を確かめ合うのであった……。
『中二病でも愛してる!』第7話をお読み頂き、ありがとうございました。
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