中二病でも愛してる!   作:松野椎

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 6月20日0時25分 加筆修正・一部表現の変更


運命の…分岐点(前)

 時は10月。

 北の大地では夏の猛暑もすっかり鳴りを潜め、代わりにやって来たのが実りの秋。

 俺は、農家さんや漁師さんから沢山の収穫物や漁獲物を、ありがたいことに頂いていた。

 

「おーい、柊の坊主! 米できたから持ってきな!」

 

 ある時は採れたての新米。

 

「おう、柊! 鮭持ってきたぞ!」

 

 また、ある時は脂ののった鮭。

 

 とにかく1年の内でも1,2を争う実りの時期である今は貰う農産・水産物もかなり多いので、ご近所さんにお裾分けをしたり、ジャガイモをくれた農家さんにシシャモを渡したりと、とにかく貰った物を美味しい内に誰かが消費できるように努めた。

 しかし、それでも残ってしまった物は『ふくろ』で保存して、今後美味しく頂こうと思う。

 

 

 そういえば、最近智音は島さん(智音のお祖母ちゃんだ)に料理を習っているらしく、この前智音が作ってくれた夕食はとても美味しかった。

 何て言うか、愛情がたっぷり詰まっていると言えばいいのだろうか、幸せを感じさせてくれる味であり、俺は完全に智音に胃袋を掴まれてしまった。

 その事を智音に伝えたところ、

 

「よしっ! 目標達成!」

 

 と小声で言いながらガッツポーズをしていたので、まぁ、なんだ。彼氏冥利に尽きるなぁ、と思う俺なのであった。

 

 

 他にも語っておきたい智音との思い出はいっぱいある。

 夏、余りにも暑くて智音とプールに行ったら、智音は身長に対してわりとたわわであるのが確認出来た事。

 

 登山に行った際に、便利な虫除け呪文である『トヘロス』をすっかりかけ忘れたせいで、二人揃って何箇所も蚊に刺された事。

 勿論すぐに『ホイミ』とか毒消しの『キアリー』とかを唱えはしたが……。

 

 それに、近くの神社の縁日にも行った。

 浴衣を着た智音は、普段のスポーティーでアグレッシブな格好とは打って変わって、お淑やかさとか清楚さの様な印象を受け、その普段とのギャップに俺はハートを智音に打たれてしまうのであった。

 ちなみに、智音は金魚すくいが大変上手だった。

 

 

 さて、そろそろ本題に入ろう。

 希望と絶望のバランスは差し引きゼロと言った魔法少女も居たものだが、世の中は諸行無常である事は確かであり、永遠なんてものは存在しない。

 全てのものは、必ずいつか終わりを告げるのだ。

 

 俺はこの事を、これから身を持って実感する事となる。

 

 

 最近、智音の様子がおかしい。

 

「魔法使い〜、ぎゅーっ」

 

 何がおかしいかというと、このように智音は自分のキャラを壊す勢いで俺に甘えてくるようになった。

 最初の頃は俺も智音に甘えられて嬉しいだけだったのだが、冷静になって考えると、智音がこうなったのには理由がある筈なのに、俺の知っている範囲では全く心当たりが無い事に気付き、不安になってきていた。

 

「なぁ、智音。最近何かあったのか?」

 

 俺は甘えてきた智音を抱きとめて、頭を撫でながら智音にそう質問する。

 

「んー? 別に天使も居なかったし、龍も見つからなかったよー?」

 

 いまいち、俺の質問の意図と合っていない答えを返す智音。

 俺は知っている。智音がこういうはぐらかした返答をするのは、決まって何か隠している時だ。

 

 でも、多分これ以上問答をしたところで、智音からの答え合わせは無く、今の会話の繰り返しになってしまうだろう。

 だって、智音は秘密に関しては、人一倍口が堅いし、どうやらこの質問には答えたくないような感じがするからな。 

 

「でも智音、困ったことがあるんだったら俺は全力でサポートするから、言ってくれよ」

 

 俺がそう言うと、智音は嬉しそうに笑いながら、

 

「ありがとう、魔法使い!」

 

 と言って、俺の胸に顔をすりよせるのであった。

 

 多分だけども智音の秘密の答えは、きっと家族のこととかであって、智音は俺に伝えるようなことでも無いと考えたために、さっきのように質問をはぐらかしたのではないかと、俺は予想は立てていた。

 

 だって俺と智音、ここ2,3ヶ月の間、おはようからおやすみまでとまではいかないが、朝7時から夜6、7時まで平日も休日もほぼずっと一緒に居て、最近では以心伝心で通じ合えるようになっているのにも関わらず、俺は原因が分からないんだぞ。

 それだったら、俺に関わりのない智音の家族、両親とかが原因であると考えるのが妥当だと思う。内容までは分からないけども。

 

 こうして俺は、ごろごろと猫のようにじゃれついてくる智音の相手をしつつこのような結論を下し、今はこの甘えん坊な智音を存分に可愛がる事に専念していれば、そのうち智音は元に戻るだろうと軽く考えてしまったのであった。

 

 本当は、これが自分と智音の今後を左右する重要な分岐点の始まりだったというのに……。

 

 

 柊くん、私にべたべたと甘えられてきっと困ってるよね……。

 でも、半年後には一緒に居られなくなるんだし、少しぐらいは許してね。

 ……はぁ、柊くんとずっと一緒に居られたらいいのになぁ。

 

 少女がそう暗澹たる気持ちでいたのには、数日前にかかってきた一本の電話に理由があった。

 

「えっ、引越し!」

 

 携帯電話に耳を当てながら、驚いた声を上げる少女。

 それを聞いた電話の相手は、クスクス笑いながら、

 

「何、驚いてんの。昨年私たちが海外出張する前に言ってたでしょ?」

 

 と話している。

 どうやらこの会話を聞くところ、電話の相手は少女の母親らしい。

 

「私とお父さんはもう少ししたら日本に帰るけど、智音は高校生になったらばあちゃんの家から戻ってくるんでしょ? 待ってるからね。じゃあまたね~」

「あ、ちょ、お母さん! ……切れちゃった」

 

 少女は、手に持った携帯電話を恨めしそうに睨みつけながら、嵐のような電話をかけてきた母親のことを思い、いらいらした口調で、

 

「もー! いっつもお母さんは私の言葉も聞かないままに電話を切っちゃうんだから!」

 

 と、怒ったような、それでいてゆっくり話せなかった事を寂しそうに思っているような事を言うのであった。

 しかし、その後すぐ、少女ははっとした表情をしながら、

 

「あれ? これってもしかして、高校生になったら柊くんとお別れ……?」

 

 と言い、しばらく呆然とした様子で座り込んでいた。

 普段の彼女からは想像もできないような意気消沈した少女の顔には、音もなく流れ出た一筋の涙が頬を伝っている。

 

「やっと、やっと大好きな人と会えたのに……。こんなのってないよぉ……」

 

 一言、少女がぽつりと独り言を口に出すと、少女の瞳からは悲しみの涙がとめどなく溢れてきて、堪えきれない嗚咽が部屋の中に響く。

 目元を真っ赤に泣き腫らし、誰が居るわけでもないのに駄々をこねる幼児のように、少女はいやいやと首を振り続けていた。

 

 

 ……そんな声なき悲痛の叫びを長時間にわたりあげ続けていた少女だったが、ようやく少し落ち着いてきたのか、ふうっふうっ、と息切れした時のような呼吸をしているものの、理性を感じさせる表情をしていた。

 

「すぅーはぁー……うん、もう大丈夫」

 

 大きく深呼吸をした少女は、自分に言い聞かせるようにして再度繰り返し、大丈夫、大丈夫と呟く。

 必死に自分を抑えようとするその姿は、見てて可哀想になるほど辛そうであった。

 

 そして、何度か言葉呟いた後、ふいに少女は口を開き、

 

「にーはっは! さすがのソフィアちゃんとはいえ、これには少しばかり動揺してしまったよ!」

 

 と、高らかに元気よく声を上げた。

 しかし、それが少女のやせ我慢であることは見て明らかなのに、少女は続けて、

 

「でも、もう問題ない! こんな経験、これまでだって何度もしてきたじゃないか! 勇者とだって、森様とだって……」

 

 と、そこまで言ったところで、少女は言葉を詰まらせた。

 

「……あぁ、そういえば、『世界のどこかに必ず居るんだから、別れじゃない』って言葉を教えてくれたのは、柊くんだったっけ。世界の理、連関天則って言っている内に、いつの間にかすっかり忘れちゃってたよ。にはは……」

 

 自分の根底にある考えが、自分の愛する人から貰ったものであることを思い出し、少女は力なく笑う。

 

「全く、柊くんはカッコいいんだから、ずるいよ。本当にずるい」

 

 言葉は責めるようなのに、少し口元を緩ませながらそう言っているために、少女はまるで自分の恋人のことを自慢しているかのような口調になっており、少女が心からその恋人のことを愛しているのが、いとも容易く感じ取れた。

 

「……うん。やっぱり柊くんには心配かけたくないから、来年の春までこの事は秘密だね」

 

 まぁ、柊くんにはバレちゃうかもしれないけど、と小声でぼそっと呟く少女。

 実は、少女の心の奥底では、柊くんに気付いて欲しいな、引き留めて欲しいな、と考えているなんて、その思考に蓋をしてしまった彼女自身ですら知らないのであった……。

 

 

 11月。冬も近づき、辺りには雪虫が飛び交っていて、もう1週間もしない内に初雪が降るだろうというこの頃。

 先月にも増して、智音の様子がおかしくなっていた。

 

「はぁ……」

 

 具体的に言うと、まずは日を経るごとに智音の溜息をつく回数がどんどん増えていっている事。

 ついでに言えば、智音は溜息をつくときには決まって、凄く寂しそうな表情をしている。

 

「智音、大丈夫か?」

「っ! 柊く、じゃなくて魔法使い。えと、ソフィアちゃんはいつだって無敵だから、全然平気だよ!」

 

 次に、このように智音は最近、空元気を出す事が非常に多くなった。

 智音が自分で分かっているのかは知らないが、そういった智音の言動は、その裏に隠された智音の本当の感情がもろに伝わってくるようであり、正直心配である。

 

 智音はそういうところで素直なんだから……。本当に不器用な子だよね、可愛いけど。

 

 でも、さすがに今の智音は見てて可哀想であり、俺の心が痛む。

 智音には申し訳ないけど、そろそろ強引な手段を取ってでも、智音から悩みを聞き出さなくてはいけないのかもしれない。

 例えその悩みが俺にはどうしようもない事だったとしても、智音の苦しみを理解してあげる事すらできないのは大変もどかしく、辛い。

 

「とはいえ、人に話しづらいことってどうしたら話してくれるんだろうな……」

 

 

 さて、こうして始まった柊と智音の勝負。

 自分を犠牲にしてでも柊の幸せを願う智音と、智音が悩んでいるなら半分背負ってあげたいと思っている柊の、お互いの優しさから始まったこの勝負は一体どうなることか。

 

 




 『中二病でも愛してる!』第9話をお読み頂き、ありがとうございました。

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