タイガーマス〇のテーマをエンドレスで聞きながら書きました。
プロパーテ大陸の王都より、少し離れた位置にある遊技都市キュベテス。
この大陸に於いて、得る事の出来ない享楽はないとすら言われる都市にある闘技場にて、一つの催しが行われていた。
『お集まりの皆さま!今宵もこの時がやって参りましたぁ!!』
割れんばかりの歓声にも負けないアナウンスが、夕暮れの闘技場に響き渡る。
血で血を洗う戦いの舞台、その中央に立つのは一人の獣。
碌に武具すらも身に着けていない……全身を傷跡だらけの毛皮に覆われ、その頭部は最早『虎』そのものと表しても遜色ない筋骨隆々にて巨躯の男が佇む。
『無敗記録更新中の破壊王スカー!この獣を止める勇者の登場です!』
アナウンスが響くと共に歓声が更に強くなり、中央に佇む虎頭の男に観客から耳を覆いたくなるかのような罵詈雑言すらも投げかけられる。
しかし、泰然自若とした風体を巨躯の男は崩すことなく、ゆっくりと開くゲートへと視線を向ける。
開かれたゲートから現れるのは、完全武装した剣闘士の集団。無手の相手へぶつけるには余りにも惨い相手であるもの。
スカーと呼ばれた虎面の男は、ゆっくりと両手を開き。まるでかかってこいと言わんばかりに凄惨な笑みを浮かべて対戦相手達を挑発した。
男の行為に激しいブーイングが巻き起こり、鼻白んだ対戦相手達に濃厚な殺意交じりの敵意が満ち始めていく。
やがて、開始の合図と共に完全武装の集団達が各々の得物を手に、虎へと殺到し長剣や長槍による殺意をぶつけるべく襲い掛かる。
それらの行為に対して虎は逃げるような事はなく、むしろ対戦相手達めがけて一歩深く踏み込み突き出された長槍を紙一重で避け、振り下ろされた長剣の根元を自らの肩で受け止める。
虎の毛皮に覆われた肩口に血が滲むも、最早慣れた痛みに虎は構う事無く長剣を持った男に密着した姿勢で、兜をかぶった男へ躊躇う事なく強烈な頭突きを叩き込み。
金属で作られた完全防備であるはずの兜が凹む痛打を浴びせられた男は、くぐもった悲鳴を上げながらゆっくりと崩れ落ちた。
一瞬の攻防にて、一人戦闘不能へと追いやられた集団は自分達を睥睨する虎の視線にたじろぎ、無意識に後ずさる……が、響き渡る歓声に後押しされるかのように各々が手に持った武器で虎を討ち取らんと突進する。
しかし。
突き出された槍の穂先を掴まれた長槍使いは、得物を手放す一瞬の躊躇の間に虎から放たれた前蹴り一発で昏倒させられ。
フレイルを叩きつけようとした男の一撃は虎の突進を止める事には威力が足りず、突進を受けた末に投げ飛ばされて闘技場の内壁へと叩きつけられて気絶。
残った挑戦者達は、手傷こそ負わせたものの虎を仕留めるには実力不足であった。
今や、死屍累々と言わんばかりに、呻き声を上げながら地へと倒れ伏す集団。
それらを蹴散らした虎は、血と傷に塗れた姿を誇示するように片腕を突き上げて、勝利の咆哮を上げ……。
闘技場全体にブーイングと、その中に僅かな歓声が混じった声が響き渡った。
言葉の奔流に身を任せるかのように虎はゆっくりと両手を広げ、そして身を翻して自らが出てきたゲートへと向かう。
闘技場内にゴミを投げ込まないで下さいと必死に訴えるアナウンスを背後に、今日の興行も大盛り上がりで終われた事をほくそ笑んでいると。
ゲートの向こうで待っていた、片目に眼帯をし右足から下が義足になっている腐れ縁とも言える付き合いの長さの付き人から声をかけられた。
「ようスカー、今日も見事だったな。怪我してるみてーだが、治療しなくていいのか?」
「いつもの事だ、そんな事より血も滴るステーキを食わせてくれ」
「変わらんなぁ、テメェは」
歯引きをしてない刃を、威力が低くなる根元で受けたとは言え血が滲んでいる肩口に目を向けた付き人の言葉に、虎は掠り傷と言わんばかりに応えると。
眼帯の男は愉快そうに笑いながら、毛皮に覆われた虎の背中をバシバシと無遠慮に叩くと共に用意させてあると虎へ伝えると、虎の隣に並んで歩き始める。
そんな付き人の様子を見ながら、虎の胸にふと……とある想いが去来する。
かつては一日の食事にすら難儀していた自分が、今や良い身分になったものだ。と。
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スカーと呼ばれる虎面の男はその風貌、そして体からこの大陸では被差別対象である獣人であると彼を知らない人物には認識されている。
しかし、ソレは大きな誤りで……彼自身は人なのだ。
生まれ持った属性が『獣』である事によって、人の身でありながら獣人と比べて何ら遜色のない外見をしているというだけで。
遊技都市キュベテスの、ゴミが散乱し今にも命脈付きそうな不良者達がたむろしている路地裏。
富も享楽も最も程遠い吹き溜まりが、スカーと言う男の原風景であった。
彼を産んだ娼婦である娘は異形の子であるスカーを愛そうとした、しかし愛せなかった。
こんな筈じゃない、アンタ何か私の子供じゃないと酒を飲むたびに暴れ、そして自らを傷付ける母を。
だがそれでも、母から名前すら与えられなかった男は必死に愛されようとしたが、彼の想いは結実する事なく母は暴飲によって体を壊して一度たりとも愛情を子へ注ぐ事なくこの世を去った。
そして、名前の無い……愛を知らない虎が一匹だけ残された。
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「相変わらず良く食うなぁテメェは、それで何皿目だ?」
「これで8皿目だな」
「食いすぎじゃねぇか、って言いたいところだがテメェには稼がせてもらってるからなぁ」
両面を軽く焼いただけの、塩胡椒のみをかけられた香ばしい匂いを放つ血の滴るステーキを、ナイフとフォークを使って器用に平らげていく虎を見て眼帯の男が呟き。
返って来た虎の言葉に、見てるだけで胸やけしそうだぜなどと愚痴りながらジョッキの中身を上機嫌そうに呷る。
彼らのいる部屋は闘技場の剣闘士用の食堂、などではなくスカー専用とも言える控室だ。
この闘技場の看板選手の一人と言えるスカーを路地裏に居た頃のように邪険に扱うような輩は、表向きは早々いないし虎自身もその手の扱いにはもはや慣れたものだ。
しかし、飯の時間ぐらいは丸わかりな敵意からは無縁でいたい程度には、彼の精神は人間であった。
肉汁で汚れた口周りをべロリと舌で舐めつつ、湯気を立てている白パンを一つその大きな手で掴んで齧り付き、肉の味一色に染まった口の中で仄かに甘みを感じるパンを味わいながら咀嚼すると。
透き通るような、微かに脂が浮かんだスープを器ごと掴みスプーンですくう事無く、口をつけて豪快に飲み干していく。
「で、飯中に悪いがビジネスの話だ。さっき連絡が来たところなんだがな、なんでも今日のグランドフィナーレの前座をやる予定だった選手がドジって戦えない状態らしいぞ」
「その代打として俺と言う事か……しかし、朝から続いて4回目か。中々ハードだな」
「断るか? 今日のテメェの仕事ぶりは上も大満足だろうしな」
眼帯の男の言葉に、虎は飲み干した器をテーブルに置いて少し考え込み。
二つ返事で了承の意を伝える。
「おいおい、いいのか? 今日の試合相手みてぇな粋がった雑魚相手じゃねぇぞさすがに」
「何構わんさ、ソレにそういう相手など昔からやってきてるしな」
「ちげぇねぇ、じゃあ上にはそう伝えておくぜ」
ジョッキに注がれたワインで喉を潤し、獰猛な笑みを浮かべる虎の様子に眼帯の男は肩を竦めて席を立ち。
話の間に完食した虎もまた、少し遅れて席を立つ。
名前も愛も与えられなかった虎は、数奇な因果の果てにこの闘技場で名を与えられ。
そして、自らの役割と居場所と言う愛をこの闘技場で受け取った。
故にこそ、虎は望まれる限り戦い続ける。
その命が闘争の中で果てる、その瞬間まで。
ノリと勢いで一本書き上げてしまいました。
しかし、戦闘シーンとかがやっぱり難しい、精進せねば……。
ちなみにとららーマスクこと、スカーさんの属性は『獣』一本です。