「ドスランポス……!」
ランポスの群れを束ねる長だ。危険度は最低だが、単体の狩猟クエストが張り出される程度には危険である中型モンスターだ。
大量の仲間を率いたドスランポスは、場合によってはイャンクック以上の脅威にもなり得るという。
森丘の位置するアルコリス地方では決して珍しいモンスターではないが、フィーナは実際に対面するのは初めてだった。
「や、やばいですよ、先輩!」
「フフフッ……やはりハンターはいい。自然の素晴らしさを身を以て知ることができる。ランポス達は私たちの何を見て「敵」ではなく「餌」であると判断したのか……どのような方法でここまで高度な作戦を伝達したのか。研究欲が刺激される!!」
イウェンは変わらず「バカ」を発揮している。これでは期待できないだろう。ああ、自分の人生もここまでか。諦めに近い感情がフィーナを襲う。
だが、イウェンはそんなフィーナの期待をいい意味で裏切るかのように、真剣な面持ちになった。
「だが、このままでは餌になるな。俺はモンスターに食われてもいいと思っているが、その相手はお前らではない」
そういうとイウェンは、腰に下げたポーチから筒状のものを取り出した。この地域で見られるそれと比べるとやや奇妙な形状をしているが、おそらく閃光玉だろう。
普通、閃光玉は光蟲の特性を利用したものが一般的だが、それはどうやら何かの鉱石を素材としているように見える。
「ランポスは目がいい。障害物の多い森の中で、障害物に邪魔されることなく全力で疾走できるのはその為だ」
目を伏せろ。と、イウェンが手で合図をする。
閃光玉は凄まじい光でモンスターの視界を奪い、混乱させる道具だ。当然、直視をするとこちらも視界を奪われてしまう。
フィーナは軽く頷くと、腕で目を覆った。
フィーナが目を隠すのを確認すると、イウェンは閃光玉を自分の足元へと投げつけた。地面にぶつかった衝撃で陽光石とニトロダケが反応し、強烈な閃光が発せられた。
あたりを襲った光の衝撃が消えると、イウェンはフィーナの手を取って丘の方へ一目散に駆け出した。
「へっ!?」
ランポスの群れの方へかけていくことに、フィーナは思わず叫び声をあげてしまった。だが、ランポスたちは閃光のショックでふらふらしており、こちらに気付く様子はない。
「ランポスは目が良すぎる。本来は頭部の目の前で炸裂させなければ大きな効果を得られないはずの閃光玉が、背後で光ったとしてもショックで目がくらみ、動きを封じられてしまうほどにな」
「うっ……」
ランポスたちは一匹残らずみな視界を奪われ、まともに動けそうなものはいない。これなら、一網打尽にできるのではないか。思わず、腰のハンターナイフに手が伸びる。
「やめておけ。閃光玉の効果はそう長くない」
まるでフィーナの心を読んだかのように、イウェンがそれを止める。
――確かに、あの数ではランポスたちを全て仕留める前に閃光玉の効果が切れ、同じような状況になってしまうだろう。
走るイウェンの横顔を見ながら、フィーナは考えた。
結果的にではあるが、この男に救われてしまった。
初めて出会った時もそうだった。卵運搬のクエストでは、キャンプから出て数分でリオレウスが近くにいるということを教えてもらった。
閃光玉とて、ハンター生活には必須のアイテムだが、自分らのような駆け出しのハンターにとっては決して安いものではない。調合素材自体は比較的安全な地域で揃えられるものばかりだが、その調合素材自体はどれも需要が高く、また、まとめて集めるには手間がかかるという理由もあってかそこそこの値段がする。
回復薬すらまともに用意できず、支給品と薬草だけで済ませているのが現状の自分らにとってはかなりの高級品だが、彼はそれを惜しむことなく、そして最高のタイミングで使ってくれた。
(なんだか、ペアを解消し辛くなっちゃったな……)
そもそも、この男の知識はハンターたちからしてみれば喉から手が出るほど欲しいものだ。彼の知識は熟練のハンターすら寄せ付けない。
おそらく、この世界にある狩猟地域は全て頭の中に入っており、そこにどんなモンスターがおり、どんな素材がとれるのか。
そのモンスターの性質や弱点など、とにかくあらゆることを知っているだろう。
考えようによっては、何の取り柄もない駆け出しハンターの自分がこのような優秀な人間と組めたことは運のいいことなのだ。
「ハッハッハッハッ! ウンコがあるぞ! モンスターのフンだ!! なんのフンだ!?」
――アレさえなければ。
「っつーか! モンスターのフンを見つけるたびに漁るのやめてくださいって言ってるでしょ!! 草食竜のならともかく、肉食竜のフンだと臭くてたまんないんですよ!!」
「気にするな。それより、ランポスに目をつけられているのではキノコの採集も難しいだろう。危険だからここはクエストリタイアするぞ」
「は? ええええええええ!? あと5個じゃないですかあああ!!」
イウェンは、有無を言わさずリタイアしてしまった。
――初めて出会った時もそうだった。
雄火竜がいるとすぐにクエストをリタイアする。
やっぱりコンビ解散かな……
村へ戻る荷車の中で、フィーナは死んだ目で空を見上げた。
「あはは……また失敗ですか?」
「はい……」
ギルドストアの店員とこの会話をするのは一体何回目だろうか。周りのハンターたちも、もはやヤジを飛ばすこともしてくれなくなった。小さな村の集会所ということで、元々専属ハンターの数は多くないが。
ポーチの中から今回のクエストで採集した素材を取り出し、カウンターに並べていく。
ハリの実、カラの実、ペイントの実、はじけクルミ、ツタの葉、ニトロダケ、鉄鉱石……
クエストへ行くのだってただではない。契約金に加え、狩りに必要な道具もある程度は自分たちで用意しなくてはならないし、装備の手入れや、食事代などの生活費も稼がなくてはならないのだ。
クエストのクリア報酬が無いフィーナは、こうしてクエストの最中に集めた素材を売却して、何とか食つないでいるのが現状だった。
おかげで装備を強化するための資金どころか、素材すら満足にない。
ギルドマネージャーからは「この村のギルドストアは仕入れいらず」とまで言われるありさまだ。
ギルドストアの店員が、販売した素材の値段の計算している間、フィーナは失敗回数の増えた自分のギルドカードを見て大きなため息をついた。
クエストの受注回数は34回。
それに対して、クリア回数はたったの5回だ。
聞いたところによると、ハンターになってからたった半年でクエストをこれだけの数受けることができるハンターはまずいないらしい。
普通は怪我や疲労などでクエストに行けない期間が発生してしまうものなのだと。
なので、成功回数だけをみるのなら、半年でクエストクリアが5回というのは、少ない方だとはいえ決して珍しい数字ではないらしい。
確かに、イウェンと組んでから半年、大きな怪我をしたことは全くなかった。
そりゃあ小さなひっかき傷や打撲などは多いが、数日で完治してしまうような小さな傷ばかりで、一生痕が残るような傷など1つとしてない。
イウェンの方は一度、イャンクックに向かっていって火だるまにされたことがあったが、モンスターへの愛がそうさせたのか大した傷にはならなかった。
きっと、彼の防具がそこそこ優秀なバトル装備だというのも大きいだろう。
「はい。全部で300ゼニーです」
小さな巾着に入ったゼニー硬貨が差し出された。
これだけでも、節約すれば1週間前後の食費にはなるだろうが――命を賭けたクエストの収入としては見合ったものではない。
それこそ、強力な飛竜の討伐ともなればたった一度の狩りで一般人が働いて得る報酬の何倍もの金を得ることができるだろう。その時手に入れた素材も売れば、その収入はさらに何倍にも膨れ上がる。
ハンターとは過酷な職業ではあるが、巨万の富を築くことも夢ではない。
とはいえ、それは実力さえあればの話だ。身入りはいい。だが、安定した職業とはとてもいえないのだ。
狩りの時に負った傷で何か月も休まなくてはいけなくなることもある。場合によっては命すら落とすこともあるのだ。
それに、依頼をこなすという関係上、ハンターには信頼も大切になる。緊急性と確実性を要するクエストは、実力や成功率などに信頼のおけるハンターが任されるのだ。
そう言う点では自分らの信頼は地の底まで落ちているといえるだろう。
最初はランポスの討伐クエストなどを紹介されることもあったが、今となっては生肉やケルビの角、キノコの納品など、必要とされるが、緊急性の無いようなアイテムの納品クエストしか紹介されなくなってしまった。
つまり、今の自分たちのハンターとしての信頼は、駆け出しの新米ハンター以下ということになる。
「フィーナ。先に食べてるぞ」
アプトノスのステーキと銀シャリ草がこんもりと盛られた木皿を手にしたイウェンが、フィーナの肩を叩いてテーブルへと向かう。
その後ろ姿を、フィーナは恨めしそうに睨みつけた。
自分の信頼が地の底にまで落ちたのはあの男の所為だ。もし自分ひとりだったら、もっと難しいクエスト――それこそ、ドスランポスの討伐くらいは任されるようになっただろう。
なのにあの男、悪びれもせずあんな高い食べ物を頼んでいやがる。アプトノスのステーキはまだわかるが、銀シャリ草なんて高級品、それこそ駆け出しハンターが食べられるような食材ではないはずだ。おそらくは今日、フィーナが手にしたゼニーは吹き飛ぶだろう。
あの男、いくら持っているかは知らないが書士隊時代の給料がまだ少し残っているらしい。給料の大半は研究と希少な素材を手に入れるのに使ってしまい、少額しか残っていないと言っていたが、この様子だと実は結構持っていそうだ。
自分は今日も安価なアオキノコのソテーと米虫あたりで済ませようとしているのに恨めしい。
だが逆に――もし自分ひとりだったら生きてはいなかったかもしれない。今回のクエストでそれを実感させられた。
あの贅沢具合も、その金に見合った人間だったということになる。
そう考えると、怨みより感謝の方が大きいかもしれない。
(コンビ解消はまた今度にしようかな)
フィーナはアオキノコのソテーと蒸した米虫の盛られた木皿を受け取ると、イウェンの席へと向かっていった。