村から近いこともあって、狩場まではそう時間はかからなかった。キャンプにつくと、イウェンは荷車から荷物を下ろして整理していった。
キャンプの準備は手慣れたものだ。クエストの成功回数は別として、クエストの受注回数自体はそれなりに多い。
フィーナはアプトノスを木に繋ぐと、大きなタル爆弾を抱えてゆっくりと下におろした。
「これ、どうします?」
タル爆弾は強力だ。だが、その分大きくて重い。抱えたまま戦うのはあまりにも危険なので、狩りが始まる前にポイントを決めておき、そこまでモンスターを誘導して使う――罠のような使い方が一般的だ。
「そうだな……とりあえず、このあたりまで運んで罠を仕掛けたいが……」
マップを指さしながら言うと、イウェンはキャンプから顔をのぞかせてあたりをうかがった。
シルトン丘陵のふもとに位置するこのキャンプの周辺は比較的穏やかで、大型モンスターもほとんど寄り付かない。
大きな川の傍であるこの場所は、いつもならアプトノスの群れが水を飲みながら草を食んでいるはずだ。
だが、今日は彼らの姿は無い。
アプトノスは敵の気配に敏感だ。彼らは臆病故に周辺の異常に敏感に反応する。おそらくは敵の気配を感じ取り、この場所を離れたのだろう。
となれば、すぐそばまでランポスたちが迫っている可能性は極めて高い。
「センパイ、手伝ってくださいよ」
キャンプのベッドのシーツを替え終えたフィーナが、支給品の携帯食料をイウェンに投げつけた。
イウェンはそれをキャッチすると、包み紙を剥がしてかじりつく。
相変わらずひどい味だ。
固形状のそれは、口に含むとボソボソと崩れて口の中の水分を急速に奪っていく。保存は効くし栄養価も高く、持ち運びにも便利なサイズだが好きにはなれない食べ物だ。
最も、書士隊時代には随分と世話になったが。
「私コレ苦手なんですよねえ……」
フィーナは、携帯食料を少しずつかじりながらちびちびと食べている。あの様子では食べ終わるのにどれだけかかるかわかったものではない。
見かねたイウェンは水で口の中の携帯食料を流し込むと、水筒をフィーナに投げ渡した。
「一気に口に入れてほぐした後水で流し込め。時間をかけると辛くなる」
フィーナは軽く頷くと、残った携帯食料を一気に頬張った。フィーナの顔が次々と変化し、その味のひどさを表現する。やがて口の中の携帯食料を水で流し込んだフィーナは大きく息を吐いた。
「コ、コレはコレでキツいじゃないですか!」
「そうか? それより準備ができたら行くぞ。まずはランポスの数を減らす」
イウェンは鉄製の双剣、ツインダガーを背に携えると、大タル爆弾に紐を通して肩に担いだ。
フィーナは慌てて支給品の中から使えそうな道具をポーチの中に押し込むと、シビレ罠を手にしてイウェンの後に続いた。
キャンプを出て、丘を登る。
イウェンは、自分の背よりも大きいタル爆弾を担いでいる為か、汗をダラダラ流してゼイゼイと荒い呼吸をしている。
「セ、センパイ……ちょっと大丈夫ですか?」
「こ、この爆弾は全部返品だ……もう二度と使わんぞ……」
ハンターたるものがこれくらいで根を上げるのはどうかと思うが、自分でも同じことになりそうだったので口には出さなかった。
途中で一度休憩をはさみ、ようやく丘の中腹あたりへとたどり着くと、ちらほらとランポスの姿を見かけるようになった。
彼らは首を上げてキョロキョロとあたりを見回しながら、何かを探している。
「かなりの数がいるな。これ以上進むのは難しいか……」
イウェンはそういうと、担いだタル爆弾を地面に置いて床に隠した。フィーナは、イウェンに指示された通りにシビレ罠の用意をする。
「そんなに多いんですか? せいぜい3匹くらいだと思いますけど」
「ランポス種は言葉でコミュニケーションをとることができる高度な知性を持っている。耳をすませてみろ。巡回中の奴らが仲間に状況を伝える声がそこかしこから聞こえてくる」
「ええ……それじゃ、私らってもうバレてます?」
「ああ。奴らは俺たちの存在に気付いている。早いとこ数を減らした方がいいな」
言うが早く、イウェンはポーチから取り出した閃光玉をランポスたちへ向かって投げつけた。
「ちょっ!?」
慌ててフィーナが顔を伏せると、激しい閃光があたりを白く染めた。
「その美しい肌を切り裂くのは心が痛むが、俺もハンターなのでな!」
閃光玉のショックで混乱状態に陥っているランポスの喉へ、ツインダガーの刃を走らせる。
鮮血が走り、ランポスが倒れる。イウェンはツインダガーを手に構えたまま、次のランポスへ向かって駆けていく。
イウェンの双剣術はかなり個性的だった。
ハンターズギルドの推奨する双剣術とは良くも悪くもかけ離れている。
身体を回転させながら地を滑るように移動し、両手に持った双剣で斬りつける。
回避と攻撃が一緒になったと言えば聞こえはいいが、実際のところはどちらも中途半端で動きはど素人そのものだ。
モンスターの身体を知り尽くしている故に的確に急所を攻撃できているのが唯一の救いか。
日頃からロクに武器もふるわずモンスター観察に明け暮れていた愚か者の成れの果てだ。
その点、フィーナはキノコ集めでもアプトノスやファンゴ相手にしっかり武器を振るっていた。
自分の片手剣術は着実に上がっている……はずだ。
フィーナは腰のハンターナイフを抜くと、おたけびをあげてランポスへと駆けていった。