教室で本を読んでいた少女に見惚れてしまっていた俺は彼女の声で現実に引き戻された。
「平塚先生。入るときにはノックを、とお願いしていたはずですが」
いかにも良家のお嬢様を彷彿とさせるような立ち振舞いである。
「ノックしても君は返事をした試しがないじゃないか」
「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ」
彼女の瞳は俺と比企谷に向けられる。
「それでそのぬぼーっとした人たちは?」
初対面の人にぬぼーなんて言えるなんて、どれほど度胸があるんだよ。
彼女は俺のことは知らないだろう。かなり地味な方だし。しかし、俺は彼女を知っている。彼女は二年J組、雪ノ下雪乃。
成績優秀、容姿端麗で文句のない有名人であるが、俺が会話したことはない。有名人であるほど近づくのは面倒なのだ。というか、理由がない。
「比企谷と南野。入部希望者だ」
平塚先生に促され俺たちは頭を下げる。
「二年F組南野薫です。よろしくお願いします」
「二年F組比企谷八幡です。おい、入部って何だよ」
それは思った。そもそも何部なんだ、ここ。
「君たちにはペナルティとしてここでの部活動を命じる。異議反論抗議質問口答えは認めない。しばらく頭を冷やせ。反省しろ」
すごい勢いだな。よく噛めずに言えるものだ。
「という訳でこの腐っている二人に人との付き合い方というのを学ばせてやってくれ。それが私からの依頼だ」
「それなら、先生が殴るなり蹴るなりして躾ればいいと思いますが」
「私だってできるならそうしたいが、今は肉体への暴力は許されていないんだ」
雪ノ下はすぐさま答える。
「お断りします。そこの男の下卑た目を見ていると身の危険を感じます」
その目線の先にいたのは、比企谷である。良かった、俺じゃなくて。
「安心したまえ。比企谷は目と性根が腐っているだけで、自己保身とリスクリターンの計算はかなりのものだ。南野は人と関わるのを恐れるビビりだから、お前に迷惑をかけることはないだろうな」
「何一つ褒められてねぇ……。常識的な判断はできると言って下さいよ」
比企谷は呟くが、雪ノ下は納得したようだ。
「まあ、先生の依頼であるならば、無下にできませんし、承りました」
雪ノ下は心底嫌そうに答えると、先生は満足したように、
「そうか。じゃあ、後のことは頼む」
そう言って帰ってしまった。
雪ノ下は読書を続けている。比企谷はぽつんと突っ立っている。何もすることはないので、俺はガムを口に放り込んだ。
どれくらい時間が経っただろうか。比企谷は雪ノ下をがるるるるーっと威嚇し始めた。その威嚇するなよ。気持ち悪いだけだから。
「そんなところで気持ち悪い唸り声あげてないで二人とも座ったら」
「えっ、あ、はい。すいません」
雪ノ下の一睨みで野生化しかけた比企谷はおとなしくなった。というか、言っちゃうんですね、気持ち悪いって。
それからさらに時間が経った。お互いに話すことなどはない。黙って座っているだけである。だが、こんな生産性のない時間が嫌いという訳ではない。
「何か」
沈黙を破ったのは雪ノ下だった。それに答えるのは比企谷である。
「いや、悪い。どうしたものかと思ってな」
「どういうこと?」
「訳わからん説明だけでここに連れてこられたから」
彼女は不愉快そうに文庫本を閉じる。
「なら、ゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「そうこの部が何か当てるゲーム」
それに答えたのは俺である。
「分かった。望むところだ。ここの部員は他にはいないのか?」
「ええ、私一人よ」
しばらく俺は考えてみた。正直、答えは二つまで絞り込めた。賭けに出てもいいが、片方を比企谷が潰すことに期待して先に答えてもらおう。