好きな人を幸せにする能力【一話完結】   作:月兎耳のべる

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何百番煎じか分からないくらいうっすい小説です。
とある画像に触発されて息抜きに書きました。
(オリジナリティなんて)ないです。

□2019.05.29追記
 沢山の反響、過分な程の評価、本当にありがとうございます。
 皆さんの感想を見てこちらも毎日ニヤニヤさせて貰っています。
 質問があったのでこの場で言いますが、二次創作(絵・小説)についてはご自由にどうぞ、とだけ。報告して下されば必ず見に行きます。

□2020.04.03追記
 すん様から頂いた超エモイラストを文中に掲載させて頂いております。
 閲覧設定を挿絵ありにするとより没入頂けると思います。すん様本当にありがとうございました…!



チート: 好きな人を幸せにする能力

 Q:自分の状況を30文字以内で説明しなさい。(30点)

 A:トラック転生したら見覚えのあるゲーム世界に居ました。(26文字)

 

 コンビニ帰りからのトラックのダイレクトアタックからのー。

 真っ白い世界で神様がメンゴ☆ってしてからのー。

 異世界転生! 多分体感時間2分もない衝撃的な流れだった。

 

 有無を言わせぬ選択肢の連続は死んだ自分に取っては何がなんだかで、

 はいはいはいよと、ただ頷く機械になっていたんだが……気付いたら異世界に飛んでいた。

 神曰く馴染みのあるゲーム世界に飛ばせてくれると聞いていたが……飛ばされた場所がヤバイ。

 

 開幕早々見てよこの圧巻の光景。

 見晴らしの良い城壁の上に居ると思ったら、見える景色は見渡す限りの魔獣の群れ。群れ。群れ。蟻の絨毯みたいにうじゃうじゃしたのが一斉にこっちに目掛けて進軍してるんだぜ?

 兵士達が銃とか大砲を放って抵抗をしているけど、傍目で見ても抵抗のての字も成していないってわかる。これ無理だゾ。

 

 理解が追いつかないけどとりあえず逃げ出さないと行けないと思った俺は、早々に城壁から降りようとするが……。

 

「撤退は許されておらんぞ!! さっさと持ち場に戻れ!!」

 

 いや俺ほら、ただの通りすがりの異世界人なんですけお!

 だけどよくよく自分の格好を見ればあら不思議、他の兵士さんと同じ全身鎧をつけてるじゃありませんか。しかも手には銃を持ってるっていうおまけつき!

 

 何これ撃った事もないし重いし、ちょっと無理です!って言ったら偉そうな人にビンタされた。いたい!!

 

「甘ったれた事を抜かすな!! ディオルド様が到着するまで我々は何としても持ち応えねばならんのだ!! ひたすら弾を込め、敵を撃て! 殺せ! 帝都50万の臣民達がみすみす殺されてもよいのか!!」

 

 胸ぐらを掴まれて指揮官の激と涎のダブルコンボを顔面に浴びた俺は、言われるがままに城壁から顔を出して、銃を撃つしか道はなかった。

 ただ、ありがたい事に使い方も分からずに「撃てませぇん!!」ってなる事はなく、何故か頭の中にはこの銃の撃ち方や性能に関しての知識があり、自然にリロードが出来るし自然に敵を倒すことができていた。

 しかも着弾すると広範囲に爆発するし、一発で大体敵を5体倒せるくらいの威力もあるし、射程は目算で5kmくらいあるし、しかも10発連射出来るチート銃だ。

 すげー銃……これ俺が使うために生まれてきたでしょ。

 

 まあいかんせん、敵の数が膨大過ぎて全然焼け石に水なんだけどな!!

 

 そうなるとひたすら弾を込めて照準も決めずに撃ちまくる機械となるしかない。

 一応地上では前線部隊……これまたでっかい二足歩行の蜥蜴に乗った竜騎兵かな? まあそいつらの軍団が魔獣の波を押し留めてるんだけど、やっぱり物量には勝ちきれずにじわりじわりと戦域が狭められていっている。

 

 しかも竜騎兵もスコープ越しに見てボロボロ。疲弊しているのが目に見えている。

 何かしらの切っ掛けで前線崩壊するのは秒読みだ。やばいやーつ。

 

 早く無敵のディオルド様とやらの力で何とかしてくださいよォーっ!!

 って内心で悲鳴をあげながら撃ちまくっていたんだが、その時ふと思った。

 ディオルドって何か聞いたことある名前だな? 確かそれってあのゲームのキャラの名前…。

 

 次の瞬間、俺の視界一面が白く染まり、耳が聞こえなくなった。

 

 すわ、何事だ!? と思って目をごしごしさせて再度戦場を見返してみたら……わぁお。

 すげぇ。魔獣の群れが一面真っ黒い消し炭になってやがるぜ。

 

 城壁の全面から響き渡る驚嘆と喜びの声。

 そして続く「戦雷卿!! 戦雷卿!!」のコール。

 

 ……あぁようやく思い出した。

 どうやら俺は大好きなゲーム「クリムゾンレッドファンタジア」の世界に来てしまったようだ。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 クリムゾンレッドファンタジア。通称クリファン。

 

 ソーシャルゲームとして発表されたそのソフトは、いわゆるタワーディフェンス型のゲームだ。

 老若男女、種族を問わない個性的なキャラ達が率いる軍勢で押し寄せる魔獣達を追い返せ!的なコンセプトで、配信開始から6年以上経っても根強い人気がある。

 

 世界観は……まあよくあるギルドありーのダンジョンありーのドラゴンありーの魔王ありーのなファンタジーで、主人公たるプレイヤーは伝説の軍師の息子として、軍を率いて並みいる敵を跳ね除けて世界平和を目指すのが目標になっている。

 

 そんな主人公に付き従う……いわゆる物語に絡むネームドキャラ達は基本的に部隊長を務め、彼らは部隊を率いて敵と戦う。そしてその部隊には様々な種類がある。例えば――

 

 攻撃防衛なんでもどうぞ! 遊撃に優れる剣士部隊。

 遠距離からひたすらチクチクしてやるぜ! 弓兵部隊。

 この鉄壁の防御、越えてみせよ! 重装部隊。

 メディック?呼んだ?今行くよ! 回復部隊。

 ひゃっはー!敵ごと更地にしてやるぜ! 魔法部隊。

 

 ……などと言った感じだ。

 

 さて、ここで自分について考えてみよう。

 

 見た所自分の立ち位置は銃を使っているということは特殊クラスの狙撃部隊のようだ。

 しかもこの威力と連射力は30LVくらい……分かりやすく言うと中堅レベルの存在。(MAXは50)

 この発射エフェクトと着弾後の爆発を見るに、マジックアーチャーの爆裂装備と言った感じか。原作でもかなり使えるキャラとして名を馳せていた部隊でありがたい限りだ。

 

 ――しかしながら、しかしながらだ……致命的な問題が一つある! 

 

 俺は残念ながら指示する立場ではない!

 固有ユニット部隊の中の、兵士の1人でしかないのである!

 

 ネームドキャラが部隊長ならば、我々兵士は言わばそのキャラの付属品だ。

 部隊は10~1000までの兵士を受け持っており、当然ながらこれらは戦闘によって目減りし、戦闘終了後、ホーム画面にて補充することが出来ると言ったシステムだった。

 

 お分かりだろうか。

 補充できるのだ。

 兵士は言ってしまえば消耗品なのだ。

 

 クリファンが人気の理由はシステムやキャラの魅力ももとより、その絶妙な難易度にある。

 初心者にはお手軽に。上級者にもギリギリクリアできる敵を用意している。

 ただ先ほどの城壁から見下ろした光景を見るに、難易度はHELL。まさに廃人以外お断りの難易度に違いなく、そして難易度HELLは「犠牲が出て当たり前。捨て駒戦法をしてようやくクリアできるレベル」だ。

 

 い、いや…! ゲーム上では分からなかったけど、実際の所兵士の補充に関しては傷を負った兵士を回復させて使いまわししてる可能性だって……!!

 

「メルドラン部隊、生存者は……重傷含めて200です」

 

「半数以上は戦死したか……いや、そこまで残れたのが奇跡と言うべきか」

 

「ヒーラー! 早く来てくれ! 血を流しすぎていてこいつがもう……!」

 

「今行きます! 部隊長スクリットから伝達。北西広場にて重傷25! ヒーラー5人……いえ、3人でいいから寄越して! 今すぐ!!」

 

 あの絶望しか見えなかった地獄の戦闘が終わった城内部。

 ここは今や地獄の続きが繰り広げられておりました。

 

 うめき声と怒声と泣き声の混ざったオーケストラ。

 汗と血と焦げた匂いのミックスフレグランス。

 こんなダブルパンチ受けたら陰鬱になるっきゃないね。まじないね。

 

 ……ダメだわコレ。はっきり死んでますわ。復活の目処なんてどこにもありませんわ。

 うわー、ゲームの裏ではこんなエッグい事になってたんだぁ。

 今までお金と素材渡してはい補充、なんて軽い気持ちでやってて何かごめんなさい。

 

 しかし何でよりによって難易度HELL世界で転生するかなぁ!? 

 はい死んだ!俺の未来死んだよ!

 

 なんて、城内の異様さにひたすら気圧されながら狙撃部隊に混ざって兵士の詰所に移動していく俺。隊列の最後である俺が古ぼけた詰所に入ろうとした所、急に首根っこを掴まれて地面に引き倒された。

 

 ぐえぇ、なんばしよっとね! 

 俺だって疲れたんで休ませて欲しいんですけど!

 

「――敵前逃亡しようとしたドブネズミはあんた?」

 

 と、顔を上げればそこにはピンク髪ツインテの気品と気位がカンストしたかのようなお嬢様がいらっしゃった。

 誰、とは言わないし思えない。

 自分が飛ばされた世界を思えば、自分の知るキャラクターがいるのもまた当然の話なのだから。

 

 彼女はシードスナイパー「ミストルティン」。

 

 苛烈な物言いと確かな実力、そして大胆なツンデレで人気を博したキャラだ。

 

 そんな彼女がこちらを微生物どころか道端の汚物を見るかのような目線を向けている。よ、よせよ嬢ちゃん、俺のマゾヒズムをくすぐる気かい?なんて茶化す事もできなさそうだ。

 

 あ、あーいや、違うんです。ちょっと初陣で気が動転してしまって、そのー……ね?

 

「言い訳なんて聞きたくないわ。私のアリアドネ部隊は一騎当千、一発の無駄弾もなく、一撃で敵を葬る最強の狙撃部隊である……それは口酸っぱくなる程言ったわよね? ドブネズミ」

 

 この有無を言わせぬ圧力!

 間違いなくこちらの世界では聞いてないですけど、多分そう言ったら拗れるんだろうな。

 

「ただでさえ劣勢を強いられている状況なのよ、あんたみたいな奴が一人居るだけでも部隊全体の士気に関わるのよ。ねえ、分かる? あの程度の魔物見て怖気づいてどうするの、怖気づいてる暇あったら銃を取って撃って当てて殺しなさい。動く相手がいなくなるまで、銃身が焼き切れるまで撃ちなさいよ」

 

 イエスです。仏教徒ですけどイエスですと内心頷いておく。

 しかし原作でも苛烈だと思ってたけど、リアルで彼女の弁を聞くと何倍も苛烈だ。

 美少女なのにプレッシャーが半端ではない。頭ではなく心に直に響くような感じがする。 

 

「それとももう戦いたくない? もう銃を撃つのは嫌? なら今すぐ担いでる銃をその場に置きなさいな。そして前線放棄して逃げたお偉方と一緒になって尻尾巻いて今すぐ立ち去りなさいな。臆病者一人を囲うより、追い出した方が何倍も何倍も得だもの」

 

 しかし美少女ってどんな衣装でも似合うのがずるいと思う。

 ベレー帽なんて高度なオシャレアイテムも美少女が被ると様になるもん。

 俺も特徴的なアクセサリつけたらネームド扱いにならないかな……。

 

「――ちょっと聞いてるのコバエ!? 返事ぐらいしなさいよ!」

 

 あ、すみません。なんというか貴方にお目見え出来た事が光栄すぎて言葉を失っていました。

 決して聞き逃していた訳では――ひぇっ!? ひぇっ!? ひぇぇっ!?

 

「仮にも部隊長の私にタメ口で失礼な言動……救いようのないウジ虫ね」

 

 さっきから俺の名前がどんどん小さくなっていくのは置いておいて、この人撃った! 地面めがけて本気で撃った! あっぶな、それ当たったら足なんて簡単に吹っ飛ぶんですよ!?

 あんたに良識ってものはないのか!?

 

「軍の規律すら守れないウジ虫に良識を問われるなんて世も末だわ。で、選びなさいよ」

 

 な、なにを……?

 

「話すらもロクすっぽ聞けないなんて……ウジ虫でももうちょっとマシよ? まあいいわ。もう一度言ってあげる。この場で平身低頭して謝罪し、私の部隊で居残って粉骨砕身するか。この場で軍を辞めて、臆病者として街から脱出するか――あるいは、私に歯向かって撃ち殺されるか」

 

 早く選びなさい? なんて深い笑みを讃えたミストルティンが銃口をこっちに向けて問いかける。

 実際の所いきなり放り込まれた俺的には非常に理不尽に聞こえて仕方がない。こちとらいきなり戦場に放り込まれて訳もわからず戦ったんだぞ、手伝っただけ感謝して欲しいぐらいだ! なんて面と向かって言ってやりたい気持ちはあるが、発せられる圧――これが殺気ってやつだろうか? それに晒されてしまえば体は勝手に萎縮し、口すらもうまく開けない。

 

「……ごーぉ、よーん……」

 

 えっ、しかもカウント制!? 聞いてないしそもそも考えまとめさせて!

 この人生ハードモードの世界でろくすっぽ宛もない状態で放り出されるのはまじで辛いけど常に死が全力ダッシュして追随してくる戦場も嫌だ! だからって世界に放り込まれた直後に死ぬのも絶対にノゥ!

 

「……にーぃ、いーち……」

 

 ちょっ、カウントやめて! 引き金に指を置くのもやめて!

 答えます、答えますから! ついでに殺気も収めて! それされるとマジで口がうまく回らなくてあぁぁぁぁぁあ!!!!!!

 

「――ぜー……」

 

「はい、そこまでだよミスト」

 

 ミストルティンの銃が急に下げられる。

 それを為したのはまるで全身黒で赤紅色のラインの入った装甲に身を包んだ、フルフェイスの人物だった。

 

「……どういうつもり」

 

「どういうつもりも何も、味方を味方が傷つけるのは不毛だろうに」

 

「これはうちの部隊の方針なの、放っておいて頂戴」

 

「あっはっは、少なくともアタシの眼の前ではそれは控えてくれないとね。大体この子、多分戦場は初めてだろ? だとしたら逃げたくなるのも仕方ないさ」

 

 声は少しハスキーボイス気味だがはっきりとした女性らしさを感じさせ。それでいて棘棘しくなく、聞く人を落ち着かせるような声色で。

 オレが幾度となくゲームで聞いたボイスでもあった。

 

「……お人好しディオルド」

 

「なんとでも言いなよミストルティン。さって立てるかい新兵。いつまでもアタシらを見上げるのも辛いだろう?」

 

 彼女が自然な様子でフルフェイスを取れば、その下から現れるは背中まで伸びる少し跳ねの多い黒髪ウルフヘアー。そしてツリ目がちな眼差しと、特徴的なギザっ歯。そして好戦的にも見える笑顔。

 オレはそんな彼女を見て、胸のときめきを止めることは出来なかった。

 

 唐突に現れたその人物……それは戦雷卿、アリア=ディオルド。

 

 クリファンで幾千幾万人のプレイヤーからの愛と人気の大半をかっさらう、屈指の名NPCキャラクターだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 戦雷卿、アリア=ディオルド。

 特徴的なウルフヘアーにギザッ歯。さりとてスタイル抜群な彼女は21歳の重装騎士だ。

 天性の直感と判断力、そして戦闘能力を買われてありとあらゆる戦場で引張りだこ。

 戦雷卿とまで称される由来になった彼女得意の雷魔法は超強力で、他の追随を許さない。

 黒いフルプレートアーマーに全身を包み、武装としてウォーハンマーを持ち、更に全身に紫電を纏って攻撃すれば一撃一撃が範囲攻撃&麻痺属性に早変わり。しかも攻撃力は全キャラ中トップレベル。

 その上魔法効果で重装騎士なのに異常な程の速さがあり、必殺技として脅威の全体殲滅力を誇る「キュムロニンバス」を持ち、全戦場に神の怒りかと見紛う程の雷の雨を降らすことができる。

 

 攻撃よし守備力よし速さよしと走攻守が揃った超強キャラ、それがディオルドだ。

 如何せん強すぎるので恒常的に使用出来る仲間キャラというよりかは、イベントのみで使用可能なNPCキャラにはなっているが。

 

 だがゲーム上の性能面だけでは彼女の人気の理由は説明出来ない。

 プレイヤーからの人気の本来の理由は……そのキャラクターと、そのストーリーにある。

 

 ディオルドは男勝りで姉御肌な人間だ。

 最初は見た目通りの喧嘩っぱやさを見せているが、内面はあくまで理性的。

 人様のプライベートエリアにずけずけと入り込む遠慮のなさはあるが、初対面の人とも秒で打ち解けられる天才的な社交スキルも持っており、非常にスキンシップ過多。(重要)

 その上で嘘を許さず、約束は遵守する事を理念として持っているのだ、周りからの信頼は篤く、軍の中での人気も人望も当然ながら高い。

 

 ストーリー上ではディオルドは戦災孤児として軍に入り、親代わりにミグルドと呼ばれる魔法戦士に育てられ幼い頃から戦闘を経験してきたという。彼女は戦場の中でメキメキと頭角を現し、やがて劣勢になった戦場をすべてひっくり返す戦雷卿と呼ばれるようになる。

 主人公たちとの出会いもそんな戦場での事だ。

 まだレベルが低く、ようやく戦力が集まってきた、という時期に訪れる理不尽なまでの敵の増援。万事休すか、と諦めかけてきた時に現れるのがこのディオルドなのだ。

 彼女はあっという間に敵を屠りさり、主人公を救出してしまう。

 そして、まだまだ未熟な主人公達をサポートするかのように一時的に仲間に入ってくれる。

 

 その頼もしさと行ったら筆舌に尽くしがたい。

 戦闘は言わずもがななのだが、イベント会話でもそうだ。

 敵には苛烈だが味方には甘い彼女は、事あるごとに気楽なノリで接してくれてパーティを盛り上げる。

 メインヒロインである幼馴染を守りきれず、重傷を負わせてしまい凹んだ主人公に対しても真摯に相談を受けたりと、往年のRPGの相棒ムーブをこれでもかと噛ましてくれるのだ。

 

 そして時折主人公から離れたり再会をしたりを繰り返していくうちに、よりディオルドの内面を知る事ができる。

 実はみんなで騒ぐより一人でいる方が好きと思っていたり。

 実はぬいぐるみが好きなんだけど、外面に似合わないから所持出来ないとぼやいたり。

 実は将来の夢は花屋を開くことで、似合わないよなと自嘲したり。

 実は自分の口調が男勝りなのは周りから舐められないためだと呟いたり。

 実は血を見るのは嫌いで、体についた血が流れ落ちないと何度も水浴びした事があったり。

 

 そしてとあるイベントでディオルドが絶対絶命のピンチになった時に主人公が逆に助け出すと、ディオルドが主人公に恋ムーブを始めるのだ!

 いつもよりスキンシップが減って、主人公の前だけまともに返事ができなくなって、目を合わせると顔を赤らめて逸らし、ひょんな事で主人公と手を握り合うと、後ほど物陰で両手で顔を伏せて恥じらいまくったり、と「誰だコイツ!」ってくらいに豹変する。その変わりようにはユーザーも驚愕。

 そして最終イベントではついに恋心を自覚したディオルドはこの戦場が終わったら主人公に告白しようと決心するのだが……。

 

 そう、今嫌な予感がした方、大正解だ。死亡フラグだったのである。

 

 主人公らの戦力が更に整ってきた物語の大詰め。

 とうとう敵軍四天王の一人である「ベオ・ウルフ」ら率いる軍との戦いを迎える事になるのだが……敵将は破竹の勢いで敵を屠るディオルドを危険視し、彼女を罠に嵌めてしまう。

 その罠というのが人質作戦だった。

 まずは戦場でディオルドだけを孤立させ、そして襲撃した村の子供を縛り上げて攻撃を封じ込み、この子供の命が惜しければと定番の降伏を要求する。

 当然ながらディオルドはその要求に応じてしまうが、敵が隙を見せた瞬間に神速の勢いで子どもたちを救出し、逆に敵を屠りさってしまう。ここまでは良かった。

 

 だが助けるべき子供自体がそもそも魔物だった事は見抜けなかった。

 

 抱えあげた子供は目の前で魔物に変化し、ディオルドの腹部を爪で貫き、重傷を負わせてしまう。そして機を見計らっていたのか現れる敵将ベオ・ウルフの精鋭部隊。奴らはここで一気にディオルドを亡き者にしようと画策する。

 

 だがディオルドは最後まで諦めなかった。

 彼女は重傷ながらも普段以上の力で健闘し、なんと単一の部隊だけでベオ・ウルフらの軍を半壊まで追いやり、とうとう撤退させてしまうのだ。

 しかしその代償はあまりにも大きく、主人公ら増援が辿り着いた頃には既に精根尽き果てたディオルドは……息を引き取っていた。

 

 衝撃的な展開にユーザーらは激怒した。

 

 よりによってもっとも人気であるキャラをここで殺すとは何事だと。実は生きてるんだろう? 告白イベント完遂させろよ! どうして死ぬキャラならここまで愛着もたせた!とユーザーフォームには連日質問が相次いだ。

 そんなユーザーらに対する運営の回答は冷酷な一言だった。

 

「開発当初からディオルドが死ぬ事は決定していました。これはストーリー上の展開上やむを得ない事です。ディオルドの復活は考えておりません」

 

 その一言にユーザーらは紛糾した。

 いいから早く復活させろという過激派と、ストーリーを盛り上げる上で仕方のないという肯定派、そして死してディオルドは尊いよ……という神格派に別れてあーでもないこーでもないと連日連夜議論が行われる程であった。

(ちなみに彼女の死のあと、運営はディオルドの過去編イベントや実は思いを綴った手紙が後から発見されるというイベントを小出しにしてきて、その時は流石に全ユーザーが荒れた)

 

 ちなみに俺は神格派の一人だ。それも重度の。

 ディオルドと主人公と仲間らと過ごす合間合間のイベント……本当に尊い。何度見返しても尊い。周りに振りまく気さくさは彼女なりの不安の表れであり、そして気分転換でもあり。主人公にだけ本音を吐露する強さに相反する内面の弱さは余りにも儚く、そして彼女なりの勇気を絞った瞬間なのだと思うと涙を禁じ得ない。

 そして告白を決意したものの死して果たせなかったその思い――もう鼻水や涎、失禁すら抑えられない。

 ディオルドは最終イベントがあったからこそ我らとは一次元も二次元も違う高位次元存在になったのだと思う。

 あまりの尊さに会場を借りてディオルドオンリーイベントを開いたらめちゃくちゃ食いつきがあり、そこで同好の士達と何度も語り合ったものだった。(ちな今年で5回目を迎えてなお衰えない人気イベントである)

 

 じゃあ本当に死んで良かったのかと言えば――当然NOだ!

 可能であるならば彼女には本当に幸せになってほしい!主人公に思いを遂げて少女のように毎日を愛でいっぱいに過ごして欲しい!そんな思いで一杯だ。

 

 

 

 故にディオルド様の幸せのために俺はこの軍で尽くします。

 

 

「は? いきなり一人で来て何なのウジ虫……正直気持ち悪すぎるんだけど」

 

 という事でこの世界に来たのは彼女を救えという信託だと認識した俺。他ならぬ神格オーラを放っている(ように見える)ディオルドに助けられた事で内なる信者の心が芽生えて、粉骨砕身する事を我が部隊長……ミストルティンに伝えた。

 願わくばディオルドの部隊に配属したいけど、俺のステータスは多分近接じゃなくて遠距離ビルドだろうからなぁ。遠く離れても彼女が救えるように頑張るよ。

 

「独り言キモッ、それに誰が誰を救うって? ウジ虫が、他ならぬアリアを……? 笑わせんじゃないわよ! このミジンコ!」

 

 うわ、ついに俺の存在が微生物クラスに突入した。

 

「さっきまで逃げようとしていたアンタがどうしてアリアを――ディオルドを救えるっていうのよ、クソ雑魚以下のゴミジンコ! そもそもディオルドの力を知ってて救うって? 烏滸がましいと思わないの? あんたの力なんて借りなくてもディオルドは一人で障害は突破出来るわよ!!」

 

 勿論そんな事は分かっておりますサーイエッサー。

 こんなか弱い俺が出来ることなど微細な物。しかしながら俺という力でディオルド様を助けられるというのであれば全力を尽くす所存ですサー。最初は出来ずとも徐々に出来るように頑張りますサーイエッサー。エンヤコラ。

 チート能力とかもらってないけど頑張りますサー、エンヤトット。

 

「――ま、たそんな軽々しい発言ッ……他ならぬ私に二度も舐めた態度を取って……ッ! 大体なにがサーイエッサーよ! 言うならイエスマムでしょ!? い、いいわ。そこまで言うんだったらこうしましょう? 新兵のあんたには特別メニューを課してあげるわ、まずは城壁を50周してきなさいな。日が暮れるまでに。フル装備で。そんな事も出来ないのならあんたにディオルドは」

 

 サーイエッサー。ハードッコイショ。

 

「救えないって事。分かる? まあ新兵以下のあんたなら出来て10周でしょうね。ここの城壁の外周はおよそ5Kmだから――っていない!? あ・い・つ……あいつ~~~~~ッッ!! 出来なかったら絶対撃ち殺してやるわ!!」

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 さ、さー……できませんでし、た……さぁ……。

 

「――呆れた。あんだけ救うって言っておいて、日暮れまでに45周までしか出来ないなんて……ふん、身の程を知ったんだったらちゃんと私の言うことを聞きなさい。ウジ虫」

 

 ……さーどっこいしょー……。

 

「やっぱりその場でくたばりなさいミジンコ。 ――………ふんっ、誰か! このゴミ以下のやつを兵舎までつれてきなさい!」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「今日は狙撃訓練よ。全員粉骨砕身の勢いで的を打ち抜きなさい。敵との交戦距離は5km。一発でも撃ち漏らしがあったら……わかってるでしょうね?」

 

「イエスマムッ!!」

 

 さーいえっさー。えんやこら。

 

「――ウジ虫。あんたは別メニューよ? 交戦距離8km。10の的を全部撃ち倒しなさい」

 

 さーいえっ……あの装弾数5発しかないんですけど。

 

「それが何か?」

 

 みすとるてぃん隊長……毎日の激務で算数も出来ない程酸素欠乏症になって……!

 

「人を病気扱いするなウジ虫ッ!! その5発で工夫して的を撃ち抜けっていってるのよ!!」

 

 出来るわけないじゃんッ! 出来るわけないじゃんッ!

 的と的との距離が離れまくりじゃん! 重なってるならまだしもさぁ!! 俺にはチート能力ないんだぞ!!

 

「ふん、最初から出来もしないと諦めるの? やっぱりあんたは口先だけのミジンコね。そんなんじゃアリアを救うなんて到底ムリね」

 

 ――んだと?

 

「本当の事でしょう? だって私なら出来るわ。ほら、こんな風に」

 

 は? ……はーーーーー? なにあれ、一発の弾丸がなんであんなくねくね曲がってる!? しかも1発で10個の的撃ち抜いてる!? キモッ!

 

「キモいって何がよ!! ふん、上級スナイパーなら弾道を操るくらい当然よ」

 

 操るってレベルじゃねえ、人入ってるよアレ。

 

「ま、出来ないならさっさと諦める事ね。アリアにも言っておくわ、ウジ虫があんたに近寄ろうとしてるから気をつけてって――」

 

 あ、でも何か弾道操作出来るな。こうか。

 

「はぁっ!?」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「敵部隊確認! 重装甲部隊です!」

 

「ただの的ね。……いい事。下僕、そしてドブネズミ。接近戦をさせる前に全部撃ち抜きなさい。なぁに、簡単な事よ、あのヘルメットに空いた穴、あそこに当てればいいだけよ」

 

 さー、あれ3cmの隙間ないと思うんですがさー。

 

「出来ないの? あっそ、ならあんた帰って」

 

 あ、出来ました。

 

「勝手に撃ってんじゃないわよ! あーもう、いいわね下僕共! 全員撃ち漏らしなんて許すものですか! 各々1マガジンで30体ずつ打ち抜きなさい!」

 

 まーた滅茶苦茶言ってる……まあ出来なくもないんですけどね。

 

「――ヤドリギの力を見せてやれっ、ファイアッ!!」

 

 ふぉいあーっ! あとその掛け声可愛いっすね。

 

「いちいち茶化さないと気が済まないのこのドブネズミッ!? 最近訓練成績いいからって、調子に乗るなッ!」

 

 で、出たー! 隊長の1発で10体倒す離れ業ッ!

 そこにシビれる憧れ……え、今12体倒した? キモッ。

 

「褒めるつもりないでしょあんたっ! ふん、さっさとしないとあんたらのノルマがなくなるわよっ!」

 

 えぇぇぇーっ、理不尽。おらっ、しゃあねえ俺の陰陽弾を受けてみろ!

 

「――一発で6体? ふんっ、雑魚ね!」

 

 うおっ、まぶしっ。

 

「せめて応えるフリしなさいよ!!」

 

「……いや、一発で6体って普通に凄くね?」

「俺も出来て最大3体だぞ……なんであんなくねくね曲がるんだ……」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「よぉ新兵、最近頑張ってるようじゃないか!」

 

 ――!! ディオルド様! またもお目にかかれて光栄です!

 

「……あれ? 何か聞いてた話と違うぞ? ミストはタメ口聞く生意気な奴って言ってたけどな、何を緊張してんだ?」

 

 他ならぬディオルド様の前だけ、俺は……いえ私はどこまでも傅きましょう。

 

「うおおいやめろって!? 何かむずむずするなぁ!? ミストみたいなノリで接してくれていいって、本当にさ。アタシとしてもそれが助かるっていうか」

 

 そ、そうですか……で、では…………だ、駄目です!

 すみません私にはできそうもありません!

 

「なんでだよ!? んー、まあいいか。それより聞いたぜアタシを救うんだって? へへ、最初聞いた時はびっくりしたぜ」

 

 ――っ! す、すみません出過ぎた真似を、

 

「あーいい、いいって! いやアタシとしてはすっげー嬉しいぞ? やっぱりみんなに頼りにされてる分あいつなら大丈夫だろーって印象ついてるかんな~、心配されるってのは滅茶苦茶嬉しいもんだ」

 

 ディオルド様……。

 

「だけど、な。大丈夫だぜ新兵。今そう思ってくれてるだけであたしは救われた。そんな事よりお前さん結構頑張り過ぎてるみてーじゃねえか、あたしを救うのもほどほどにして自分も救ってやれよ」

 

 っ、い、いえ! 自分は大丈夫ですので!って肩に腕っ!? 肩組まれた!?うわっ、うわわわっ!!?

 

「無理すんなって、夜も寝ずに訓練してんだろ? ミストが休めって言っても休まないつってたぞ? 何だかんだでアイツもお前さんの事心配なんだ。な? アタシの顔を立てると思って休んでくれよ」

 

 顔近っ、近いでっ、あっ、あっ、あっ! は、はいっ、わか、わかりましたっ!

 

「うっし、言質取ったぞ! じゃあお前は今から休みを取れ! ミストには言っておくからなー!」

 

 ディオルド様……ディオルド様の温もり……気安さ……そして仲間思い……と、尊い……。もうこれだけで俺は千年以上戦えそうだ……。

 

 

 

 

 

 

「…………ふんっ」

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

「常戦常勝! 我らアリアドネ隊の活躍を祝って――「「「「「乾杯~~!!」」」」」」

 

「ふん。当然よ下僕ども。私とあんた達の力があったらあんな敵なんて倒せない訳ないじゃない」

 

 きゃーミスト△。

 

「ちょっとドブネズミ、心が籠もってないわよ心が!!」

 

 いやーまじで祝ってますって。

 そのどや顔とか超似合ってます。いよっ、大社長。

 

「何よ社長って! 罰としてあんたはこのビール樽全部飲み干しなさいよねッ! 隊長命令ッ!」

 

 うわー、横暴だ~。こんな隊長が存在していいのか~。

 チート能力のない一般兵士にこんな事をさせるだなんて~。

 

「副長手伝いますぜ」「副長の罰は俺らの罰ですよ!」

 

 うん。ありがとう。

 でもそう言って俺が受けるガチめの罰は全員肩代わりしないよね。不思議だよね。

 

「いやーあの地獄のシゴキ堪えられるの副長だけですって」

 

「まあ堪えたからこそ半年も立たずに副長任命される事になるんですよねっ」

 

 副長命令で今度こそお前らにも本当の連帯責任を見せてやろう……ッ!!

 

「うちの部隊はミストルティン隊長に全権があるので命令拒否させていただきやしょう」

 

「えぇ。私も従う必要ないわと言っておくわ。ねーぇドブネズミ」

 

 悪魔! 鬼畜! 無乳!!!

 

「あ!? あんた今なんて言った、殺されたいわけッ!?」

 

 何も言ってません、大平原が見えますとか言ってませんサーイエッサー。

 

「――殺すッ!!」

 

「あーあーあー!! ほらビールを飲みましょうお二方っ! 乾杯!!」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「敵軍の掃討を確認。今回は特に他愛もなかったようですね」

 

「ふん。私達の力の凄さに恐れいったのよ。当然の結果よ当然の!」

 

 …………。

 

「……やけに静かだと思ったら……子豚、何まだスコープなんて覗いてるのよ。さっさと帰るわよ、あんたのアリア覗きも大概にしなさい、バレバレよ」

 

 …………。

 

「こーぶーたっ、いい加減にしなさいよ! というか……アリア見るなら遠くからじゃなくて近くから見なさいよ、うじうじうじうじとストーカーみたいな事してあの子が喜ぶ訳――」

 

 ちっ、やっぱり――敵増援確認! 

 

「なっ!?」

 

「う、っそだろ!? お前ら全員配置につけ、弾込め早く!」

 

 くそっ、あいつら正気か!? 崖の上から飛び降りてきやがったッ!!

 案の上……やっぱり狙いはディオルドか! 信号弾装填――ファイアッ!!

 

「不覚だわッ――アリアドネ隊構えッ!! ヤドリギの力を見せてやれッ!!」

 

 全員、一匹たりともディオルド様の元へ届かせるな!!

 一匹でも通したら俺が直々に撃ち殺してやるからなァッ!!

 

「「「「「応ッ!!!!」」」」」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「助かったぜ○○! お前の活躍で、あたしらの部隊に被害が一切出なかったぜ」

 

 と、当然ですディオルド様。というよりあれは我々の不覚です。

 最近の連勝に浮ついてしまって、敵の発見に遅れかけてしまった……隊長に代わり謝罪します。

 

「あーあーもう、ミストからは直々に謝罪受けたって。というかあいつの立つ瀬なくなるからそういう事言うのやめろって、な? あいつもあいつで頑張ってんだからさ」

 

 はぁ……。

 

「しっかしお前もすっかり新兵らしさが抜けちまったな、そりゃよい事なんだが、なんつーか先輩としてはちょっと寂しい限りだぞ~?」

 

 いえ、自分はまだまだです。

 こんな事では到底ディオルド様を救える事なんてありませんので。

 

「あっはっはっは! まだアタシの事を救ってくれる気持ちがあったのか? ありがとな○○! でもそう自分を卑下するもんじゃないぜ、お前は強くなった」

 

 ……そうでしょうか?

 

「実感ないか? でも半年で副長……それもミストの隊のだ。それに上り詰めるってのは尋常じゃあねえ。それは異様なまでの観察眼を持つ、評価の厳しいアイツが認めてるって事だ。それにだぞ、ここだけの話だが……前まではしょっちゅうお前がどう駄目だとか、どうクズだとか愚痴って来てたけど、最近は愚痴った後に『まあ、実力は認めるけど……』的な事言ってるんだぜ?」

 

 …………あざっす。

 

「……ぶッ! ○○……今お前照れてるか? 照れてるんだよな? くくっ……」

 

 ち、ちゃいます。

 そんな事ないですって。

 

「あっはっはっはっはっは!! おーいミストー! ○○がお前さんに認められてること照れてるぞー!!」

 

 わぁあぁあぁあぁあッ?!

 

「はぁぁあああぁぁあッ!? ってあんた何喋って――アリア! あんた覚えてなさいよ!」

 

 

 

 § § §

 

 

 

「私達の上がすげ代わったわ」

 

 はい……?

 

「指揮系統が変わったって事。最近敵の攻勢が厳しくなったでしょう? 更に今まで無軌道な攻めだったのにより小賢しく攻めて来てるじゃない。それで急遽軍師を雇ったそうよ」

 

 ――軍師ですか。はぁ。……って、あーもしかして……伝説の軍師の息子?

 

「……何であんたがそれを知ってるのよ?」

 

 い、いや、何となく隊内で噂になっていたんで。ちっこい子供が来たって話も。

 

「何が軍師だか……しかもお子ちゃまが来て戦況が良くなるなんて到底思えないんだけどもね」

 

 ミストも背丈はあんま変わらないじゃないっすk、へい降参です降参。

 銃口向けられて生きている心地がしないっす。

 

「……兎に角、上層部からの命令だから一応は従うけど、おかしな命令だったら従わないって事は覚えておきなさいよ子豚。軍師より私の命令遵守。伝えておきなさい」

 

 いんや、大丈夫っすよミスト。

 

「何?」

 

 あの子なら大丈夫です。きっと良いように導いてくれる筈。

 

「……何でいきなりあのお子ちゃまに信頼を置いてるのよ、見たことも会った事もないのに?」

 

 だって主人公だから。正真正銘のチート持ちの。

 

「意味分かんないわよッ!?」

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「クリストさん、先程は見事な指揮でした」

 

「お兄ちゃんありがとう~、お蔭でミルモの隊もほとんど傷つかずにすんだ~」

 

「クリスクリス! うちらも助かったぜ、気付いたら挟み撃ちになってるなんて、すっげーなー!」

 

「ううん、こちらこそいきなり変な指揮をしたのに従ってくれてありがとう。信頼してくれたからこそ勝つことが出来たよ」

 

 

 ……………。

 

「下僕、またアリアでも見てるの……って珍しいわね。何? 今度は天才モテモテ軍師様にご執心な訳?」

 

 ちゃうわい。

 

「ふーん。まあ鞍替えされた方がアリアも不要な視線を受けずにほっとすると思うんだけどねぇ」

 

 ディオルド様は神。

 神を見ることは不敬なれど、気付けば視界に収めてしまうのは神故の力也。

 

「出た、あの子への無駄な神聖視……それいい加減にしなさいよ、何をどうしたらそんな目で見る事になったのかは知らないけど……あんた、いい加減気付いてるんでしょ?」

 

 ……何をですか。

 

「あんた、あの子が好きなんでしょ――ちょ、汚いわね! ビール噴出さないでよ!」

 

 だ、誰が……誰を好きですって。

 

「あんたが、アリアの事をよ」

 

 す、すすすす好きって……いや、そりゃ好きですよ!?

 だけど異性を好む的な奴っていうよりかは憧れの存在であって、俺がそういった目を向けるのは烏滸がましいっていうか……!!

 

「……あっきれた。何その考え方、ほとんど病気に足片一方突っ込んでるわよ」

 

 いや、だって……その、ディオルド様ですよ!?

 

「だから何よ、あんたアリアの事をずーっと見てきたんなら分かるでしょ。あの子は普通の女の子よ、どこにでもいるね! 大体下僕、他の男がアリアに絡んでいくのを見て射殺さんとする程睨みつけてたじゃない! その感情が嫉妬じゃなかったら――もがっ!?」

 

 だー! こ、声が大きいです声がー!!

 

「~~~~ッ! は、はなしなさいよっ、ば、馬鹿下僕っ!」

 

 げふっ!

 

「はぁっ、はぁっ……と、兎に角っ! その考え改めてさっさと思いを告げてきなさいよ」

 

 …………。

 

「このご稼業じゃいつ死ぬかも分からないのよ、後悔だけ残してくたばるなんて、死にきれないわよ」

 

 …………でもディオルドは。

 

「そうね、多分断ると思うわ。でもそんな一回言われただけで挫けるのがあんただっけ? 馬鹿下僕。私には到底思えないけど……あ」

 

 

「おー! 今日は大活躍だったなクリスト! いやーちっこいのにやるじゃねえか、ほら! お姉さんが抱っこしてやるぞ~~っ!」

 

「わぁぁぁぁっ!?」

 

「あ、いいなぁ……」「むぅ、お兄ちゃん」「あたしもやりたいやりたいっ!」

 

 

「……あんた、その目やめなさいよ本当。周りドン引きしてるわよ」

 

 ……性分なんで。

 

「生まれつきディオルドに近づく男性を睨みつける気質があるって? 余計気持ち悪いわ」

 

 うっさい。

 

 

 

 

はぁ……本当、何であたしこんな事アドバイスしてるんだろ

 

 何か言ったか?

 

「なんにも」

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「…………」

 

 ミスト、ここに居たのか、みんな探してたぜ。

 

「…………」

 

 別にあれはお前のせいじゃない。俺らは万全だった。

 だけど、それ以上に敵が上手だったんだ。それに――あの子はまだ生きている。

 

「………うっさい」

 

 気に病むくらいなら前に進めっていったのはミストだろ?

 それに責任があるとしたらミストだけの問題じゃない、あんな事態を起こすまで静観していた俺にも責任がある。

 

「うるさい、うるさいうるさい……っ」

 

 それに、俺がミストだったら同じく撃ってただろうさ。

 だからミスト、こんな所に居ないで早く――。

 

「うるさいのよ馬鹿下僕ッ!! ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと、いいから放っておきなさいよッ!!」

 

 …………。

 

「私は、私はクリストの、クリストの大事な幼馴染を撃ってしまったのよ!? 実際に撃ってもないのに訳知り顔しないでっ、私の、私の弾が味方を――ッ、あ、あぁぁっ、あっ!」

 

 ……ミスト。

 

「どうして私は、私はあんな単純な罠に引っかかって……っ、私は誓ったのに、もう殺させないって……誓ったのに……!」

 

 ミスト。

 

「馬鹿で愚図でっ、あんな愚かな事をっ……味方に迷惑をかけるくらいなら、死んだ方がマシって、いつもっ言ってたのに、本当、最低な……死ぬなら私が死ねばよかったのにっ!!」

 

 ミストッ!!

 

「…………ッ!」

 

 そんな事を言うな。確かに、確かに撃ってない俺にはお前の気持ちは分からない。

 だけど、だけどだ……まだあの子は死んでいない。

 だからそんな気を病む必要はないんだ。

 

「そんな、そんなの……詭弁よっ、だって……胸を撃ち抜いて……死なないわけがないじゃないのよぉッ……!」

 

 いーや、大丈夫だ。俺を信じろ、絶対に助かる。

 ま、まあ医者でもないけど……仕方ないから今だからこそ明かす。俺にはチートはないって言ってたあれ。あれは実は嘘だ。

 本当は俺には未来を見通す力があるんだ。

 

「……何よ、それ」

 

 その俺の未来視によれば、あの子は助かる。

 つい最近味方になった魔女『キキ・ドロウシー』が魔道具を使って、疑似心臓を作成してたんだよ。それを移植すれば、あら不思議。前より強くなった幼馴染が新登場だ。

 

「…………」

 

 あ、信じてないな? いや、マジでこれだけは100%の確実さを誇るからな。

 

「…………馬鹿に、しないでよ」

 

 してないね。俺は嘘はつくけど、ついていい嘘と良くない嘘はしっかり分別してるんだ。

 ――ほら、聞こえたか?

 

「聞こえたって何が……ん?」

 

 みんなの歓声、下から響いてるだろ。

 

「…………ッ!」

 

 行って見てこいって、そしてごめんなさいもしてこようぜミスト。

 そしたらきっと八方よしの結末になって……いってぇマジで突き飛ばしやがったな!?

 この野郎、今回だけは許してやる!!

 

 

 

 ……はは、あー。しかし、ミストって結構体柔らかいんだな。びっくりしちまったぜ。

 俺はディオルド様一筋っていうのに、いかんいかん。超い~匂いした……いや、いかんいかん。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「よっしゃ○○! 一緒に飯でも食いに行こうぜ! ちなみにこれは上司命令だから拒否権はないぞ!」

 

 へっ。でぃ、でぃでぃでぃでぃおるど様っ、今なんと……っ!?

 

「メーシーだ。飯! 丁度ミストからすっげえ美味しい店を教えてもらってさ。他ならぬミストが○○と一緒に行ってこいだなんて言うんだぜ? ぎこちなさの解消してやって欲しいってさ」

 

 み、ミストめ……よ、余計な…いや、ナイス? ナイスで味な真似をしやがって……!

 

「悔しがってんのか嬉しがってんのかよくわからん顔だな~、ほらさっさと行くぞ。おねーさんと親睦を深めようじゃないかっ!うりうり!」

 

 う、わわわっ! ち、近いですって近いですって!

 大丈夫です一人で歩けますからっ!?

 

「あっはっはっは、堅いぞ堅いぞ~。今日は酒込みだからな~、コリッコリの関係がふにゃふにゃにほぐれるまでほぐしきってやるから覚悟するんだぞ!」

 

 うお、おぉぉぉ……おっ、おぉ……!! こ、これは神の昏れたもう試練か…それこそパライソか……!

 お、あっ、み、ミスト! ミストー! テメェなんて事を!!

 

「あーらチキン○○じゃないの、良かったわねー憧れのディオルド様とのお食事出来て。後で感想聞かせて欲しいわね~」

 

 誰が感想なんていうか、こ、このっ!

 

「よーぉ、ミスト。ナイス情報ありがとな~」

 

「ふん。いいのよ、最近のレーションの不味さは知ってるでしょ? 将たるもの少しの豪華は許される筈だもの。モチベーションアップは大事だわ」

 

「はっはっは、そりゃそうだ。ならミスト、お前さんも一緒に行こうぜ!」

 

「……はぁ!?」

 

「飯は一人より二人、二人より三人だろ? 大体○○の事を深く知ってんのはミストだろ、今日はみっちり三人で語り合おうぜ!」

 

「ちょ、いや、そりゃそうだけれども……きょ、今日は私はその用事がね!?」

 

 ないですよね隊長。今日は久々の休暇日だって昨日ぼやいてましたし。

 

「は!? ○○あんた……ッ!!?」

 

「ははは! なら決定だな、よーし! 今日は朝まで飲み明かすぞー!」

 

(ば、馬鹿○○ッ!! せっかくお膳立てしたのに本当にチキンになってどうするのよっ!)

 

(神が間近に居て常に迫ってくるなんて嬉しすぎて憤死するわ! 死なば諸共じゃぁぁぁあっ!)

 

「さっさと行くぞ~、ほら馬に乗れ乗れ~」

 

 わあああああああ!!

 

「きゃあああああああ!?」

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「……あんたね。夜哨ならもっと夜哨らしい事しなさいよ。ガチ覗きじゃなくて」

 

 …………夜哨です。

 

「ならどうして城壁の外を見ないで内側を見ているのかしらね~。……へぇ。クリストとアリアで二人っきり、ね。一体何を話してるのかしら」

 

 『……アタシの夢は将来花屋を開くことなんだって、知ってたか? いや、知るわけないよな。っていうかさ、似合わないよな! こんなアタシが花屋を望むなんて……って』感じですね。

 

「は? 今すっごく寒気がしたんだけど……何それ、読唇術? 気持ち悪すぎでしょ」

 

 俺の隠れたちーと能力です。

 というかディオルドの台詞ならそらで言えるわ。

 

「こわキモッっ、ていうか前言ってた未来視の設定どこいったのよ。……でも、へぇ。あの子、そんな事をクリストに言うくらいには信用してるのね。危ないんじゃないの○○、クリストにアリアが取られちゃうわよ」

 

 …………。

 

「まごまごしてたからこうなっちゃうのは当たり前じゃないの。もう今更しらばっくれたりしないで、早く好意を伝えなさいな。アリアも大概鈍感な子よ、言われないと気づかないタイプのね」

 

 …………。

 

「言ったらきっと意識してくれる、それだけは保証してあげてもいいわよ。なんならお膳立てだってしてあげるから、さっさと」

 

 ……いいんだ。

 

「告白を…………今、なんて?」

 

 ディオルド様が幸せなら俺は別にいいんだ。

 

「ちょっと風が強すぎたせいでよく分からなかったけど、別にいいって言った? 私の聞き間違い?」

 

 いいや違う。別にいいんだ、俺は二人の仲を応援する。

 

「――はぁ!? あんた、正気!? 何をトチ狂ってんのよ!」

 

 ……言った筈だろミスト、俺はディオルド様を救うために軍に尽力するって。

 救うって事は彼女を幸せにするって事だ、ただ命があってよかったねで済ますだけじゃ駄目なんだ。

 クリストと結ばれる、それこそがディオルドの最上の幸せなんだ。

 だから俺は二人が結ばれるように全力で応援する。

 

「~~~~っ、な、ん、で、あんたはそこで拗らせるのよ……ッ!!

 あんたはアリアの事が好きなんでしょ! どうしてそこで諦めちゃうのよ、クリストに渡していいの!? あんたの気持ちは忘れてもいいのっ!?」

 

 いい。

 

「良くないっ! それでアリアが百歩譲って救われたとしても駄目じゃないのよ!」

 

 何も駄目じゃない。いいか、俺はチート持ちだ。そのチートで好きな人を幸せにするっていう目標があるんだ、だったらそのチートを使う他ないだろう?

 そのチートで俺は好きな人を幸せにして何が悪いって言うんだ!

 

「いっつもいっつも二言目にはチートチートって……! 何がチートよ! そんなの持ってる持ってないは関係ないでしょ! それじゃアリアが幸せになったとしても……ッ」

 

 

 

「――あんたは幸せになれないじゃないのッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ……ディオルド様の幸せは俺の幸せだ。

 

「自分に嘘を吐かないで。そんな滅私奉公でアリアが喜ぶと思っているの?」

 

 これが完全な自己満なのは分かってる。

 だけど今更目標を変えることなんて出来やしない。もう帰れる場所もないんだ。

 だったら……俺は俺の使命を全うするだけだ。

 

「……それってどういう」

 

 ……………。

 

「あ、待って……待って○○っ! 待ちなさいよ!」

 

 

 

 

 § § §

 

 

「あ、○○さん。○○さん」

 

 …………どうしたんですかクリスト軍師。ミストルティン隊長をお探しですか?

 

「いえ、そういう訳ではないんです。その……ちょっとお聞きしたい事がありまして」

 

 はぁ……。

 

「えっと……こほん、その、最近ディオルドさんが何かよそよそしくなってですね」

 

 …………。

 

「以前ならすぐに『クリストー!』って言ってハグしたり、連れ去られそうになったり、抱きまくらにされたりとかしてたんですが……目があってもそらされますし、こっちに触れてくる事もなくなったんです。でも気付いたら近くにいるから、嫌われてる訳ではなさそうなんですが…」

 

 ……へ、へぇ~。そ、そうなんですか。それで……自分に何が聞きたいんでしょうか?

 

「うん。えっと、聞きたいのはどうしてディオルドは急にそんな振る舞いをするようになったんだろう、って事です。いや、本当は軍師たる身として仲間の状態くらい把握してくのは当然なんですけど……こればっかりは理由も思いつかなくて、ミーナとか、色んな人に聞いても『自分で考えなさい』ってみんな辛辣なんです……」

 

 …………。(ヒクヒク)

 

「だからいつもディオルドさんを見てる、詳しそうな○○さんなら何か理由を知ってるんじゃないかなって思、いったぁぁあぁああっ!?」

 

「ば、馬鹿クリストっ! よりによって何で○○さんにそんな事質問してるのっ!?」

 

「い、いたいよミーナ……だってキミが教えてくれないから」

 

「こ、こればっかりは分からなかったら分からないままでよかったのっ! ご、ごめんなさい○○さん……その、クリストが変な事を言って」

 

 ……は、はは。い、いや……き、気にしなくていいですよ、ミーナ、さん。

 じ、自分は全然、えぇ全然気にしてませんから。(ヒクヒクヒク)

 

「え!? 今度は○○さんが不機嫌に……ボク何か変な質問を!?」

 

「あ、あぁもうー! 兎に角行くわよクリストっ! ○○さん本当ごめんなさい、私が言い聞かせておきますからっ!」

 

「いた、いたたたたっ!? え、えっと○○さんごめんなさい~~~~っ」

 

 

 ……手、手が出なかった自分を褒めてやろう。うん、今日は飲みまくってやる。

 

 

 

 それにしても……そっか、やっぱりディオルド様は……いや、分かっていた事じゃないか。それが一番、ディオルド様の幸せになるんだ。だから俺は……。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ミスト。これクリストから。

 四天王「ベオ・ウルフ」の大規模攻勢についての秘密作戦の密書だってさ。

 

「そ。ご苦労さま○○……どれど」

 

 あ、いや開けるのは駄目! 何か戦況が膠着したら読めってさ!

 今見てしまうと作戦の意味がなくなってしまうらしいよ?

 

「はぁ? ……まあクリストって結構突飛な作戦思いつくし、あの子なりに何かしらの考えがあるのかしら……」

 

 で、俺はその秘密作戦で別働隊として動くことになったんで、今回は別行動です。

 

「――何よそれ! 聞いてないんだけど!?」

 

 うわっ、別にそんな怒らなくとも。

 

「流石に越権行為が過ぎるわ! 仮にも私の副長を勝手に……そんなの部隊長たる私に声をかけるのが筋ってもんでしょ!」

 

 あ、あーいや。それなんだけど……ミスト。

 

「何よ!?」

 

 ごめん、それ俺が勝手に志願した。だからクリストを怒るのはやめてくれ。

 

「…………理由は」

 

 この秘密作戦がディオルド絡みだからです。

 どうしてもディオルドの役に立ちたいからです。

 

「……………………………はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~っ……」

 

 だ、駄目でしょうか?

 

「……勝手にしなさいよ、クソウジ虫」

 

 うわー久しぶりに下等生物まで評価下がったな~、傷つくわ~。

 

「私に撃ち抜かれたくなかったらさっさと出ていきなさいっ!!」

 

 ひえっ! はっ、はは~いぃ!

 

 

 

 

「……馬鹿○○。ふん、何よアリアアリアって、勝手にずーっと言ってなさいよ。ばーか」

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ついにこの時が来てしまった。

 四天王ベオ・ウルフ。初の攻勢の日。これは忘れもしないディオルド様崩御イベントの日である。

 原作では為す術もなく、ただ弱り倒れるディオルドを見るしかなかったが、この世界では俺というイレギュラーがある。今まで死に物狂いで鍛えた鋼の肉体と技量、そして尽きぬ信仰心の集大成を見せる時だ。

 

 予めミストには単独行動をすると伝えてあり、もしもの時のために手紙も渡してきた。

 これで思う存分動けるってものだろう。

 ……うん、思う存分。これで……。

 ………………って何を怖がってる○○! 今日この日の為に動くって誓っただろう!

 

 では心を再度バーニングさせてさっさと作戦開始だ。

 

 まずは早馬を使って付近の村まですっ飛ばす。攻勢が始まるから早く退避しろと伝えて住民を逃したら、到るところに罠を仕掛けて待ち伏せだ。

 敵の増援パターンは目で見なくても分かるくらいには何度もシナリオを繰り返した。

 爆薬や落とし穴、そして槍や多種多様なトラップを仕掛けておく。

 ディオルド様には念の為変身タイプの魔物の目撃情報があると伝えてあったが、念には念を入れて罠を潰さなければ。

 

 それこそ全滅させるつもりでかかってやる。

 ……ただ勿論、この作戦は一人では限界があるかもしれないが、陽動程度になれれば十分だ。

 人質作戦でディオルド様が孤立するまでに敵の動きを乱してやるくらい、今の俺には朝飯前の筈だ!

 俺は一人、山程の弾薬を持って見晴らしのよい村の見張り台を陣取り、敵の動向を見守る。

 

 

 ―――朝になった。 まだこない。

 

 ―――昼になった。 まだこない。

 

 ―――夕方になった。 動きがあった。

 

 

 地平線の先に大軍団が我々の陣地目掛けて移動しているのが見えていた。

 一匹一匹の目の赤い光が瞬いて、それはまるで火事が移動しているような圧巻の光景だ。

 しかしてあれが実は陽動部隊だというのが全くの恐ろしい所だ。 

 本体は村の森の奥に潜んでいる。超重武装のハイオーガ突撃隊。耐雷属性をこれでもかと纏い、再生能力も強いというディオルド様に対する天敵とも言える存在だ。

 

 あいつらは俺が直々に仕留めてやる。

 

 そうこうして、ついに前線部隊と敵大軍団が衝突を始めるのが見えた。

 結論から言えば……鎧袖一触といっても良い結果だ。

 味方の軍の攻撃はあっというまに敵を片付けてゆき、特に勢いのあるディオルド様はその手応えのなさから突出してしまう。そうこうしていくと、敵魔術師軍団を発見してゆく。

 

 魔術師軍団はディオルド様を見て一目散に逃げ、ディオルド様はそれを見て追随してしまう。

 そうしておびき寄せられたディオルド様は村まで辿り着いて、そこで人質に出会ってしまい……というのが原作の流れだ。

 

 だが、今の俺がいるからにはそうはさせない。

 陽動作戦が始まったのを皮切りに、俺は村に忍び込もうとした敵を発見する。ので、撃ち殺す。

 

「ギャッ」

 

 もう自由自在に操れるようになった弾丸は、まるで蜂のように敵の目に突入して頭部を貫き、また別の敵を貫き殺す。二体、三体、4、5、8、12、15体! 最高新記録だ!

 

「ウギャガギャガァ! アギギギガァ!!」

 

 敵襲に騒ぎ立てる敵の騒音を耳障りに思いながら次弾装填。ファイア。

 混乱してる相手に何度となく弾を撃ち込む。打ち込む。射ち込む。

 

 っと、流石にあんだけ撃ってたらバレるか。

 敵部隊が大挙としてこちらに襲い掛かろうとするが、到るところに仕掛けたトラップは容易に敵を殺傷していく。

 落とし穴、落石、火炙り、爆発。本当なんでもござれだ。

 正直足止め出来たら俺の狙撃の餌食。どんどん村に死骸が積み重なっていく、もう何も怖くないッ!

 

 で、有頂天になっていたら見張り台めがけて複数体のオーガが突撃してきた。……再生能力持ちだとは言え、見敵必殺の俺に三体は少ないんじゃないか!?

 木そのものから掘り出したような銃身から新たに飛び出した銃弾は、余すことなくオーガの目を貫き、その動きを止める……が、やはり再生能力が半端ではない。脳を撃ち抜かれたのにまだ生きてやがる。

 

 流石にオーガ相手には焼夷弾で頭を焼き飛ばす必要があるか……。

 と、そう考えていた時だった。

 

 

 ―――見張り台めがけて、巨大な斧が飛んでくるのが俺の視界に入った。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 それは今までに見たことのない大軍だった。

 だが正直虚仮威しかとしか考えられなかった。なにせ構成しているのはゴブリン、スケルトン、オーク、スカベンジャーの混成部隊。歴戦の戦士達を相手取るには余りにも力不足。

 噂に聞くベオ・ウルフの勇猛も所詮は噂に過ぎなかったのかしら? 瞬く間に千の敵が葬りさられ、万の敵すらも消え去りそうな、そんな状況で、全軍には余裕すらあった。

 

「敵魔術師部隊発見!」

 

「目視確認! ミストルティン部隊狙撃用意!」

 

「――待って、狙撃中止! 反射硬性膜だわ! あれを撃つと味方に反射しちゃう!」

 

「ちっ、敵さんも考えてるって事か……」

 

 私は歯噛みする。

 最近になって敵が使用し始めたこの魔法は狙撃手キラー。

 詳しい理屈は知らないけど弾丸を撃った威力そのままに返すっていう反則そのもの。

 

 あれを突破するには物理攻撃が一番なんだけど……。

 ふと、考えていると私の全身に影がさした。

 

「なーら、アタシの出番って訳だね。ミスト」

 

「アリア……えぇ。お願いするわ」

 

 そこに居たのはいつものフルフェイスを被ったアリアだった。

 やっぱりこういうのは一番速度がある部隊が突貫するのが一番よい。

 アリアの速さは速度特化のペガサス騎兵隊ティエリアに続いて我が軍で二番目の速さだ。重装部隊なのに頭おかしいと思うが、味方としては頼もしい限りだ。……ん? アリア……?

 

 

「……ねえアリア、○○は? ○○はあんたの所にいないの?」

 

「○○? 変な質問をするもんだねミスト、○○はあんたの部隊だろ?」

 

「え、えぇそうだけど……ほら例の秘密指令がどうとかって……」

 

「んん~~~っ? 秘密、指令……? いんや、あたしは聞いたことないね」

 

 秘密指令を知らない? ○○はディオルド絡みだって言ってたのに。

 クリストは本人にまでこの作戦を秘密にするんだろうか。どこかがおかしい気がする。

 

「ま、アタシは少なくとも○○の事は聞いてないよ。それに――」

 

「それに、何よ」

 

「いや、何。ミストがご執心の人をあたしの傍に置いたら、ミストに嫉妬されちゃうかもだろ? そんな事ぁしないさ! にひひひっ」

 

「なっ! ……なっ、なっ、なぁぁっ!?」

 

「あっはっはっはっは! 顔真っ赤っか、叱られそうだからあたしはこのまま行くよ、それじゃあまた後でな~!」

 

「こ、この馬鹿アリア~~~~~っ!!」

 

 アリアは手をひらひらとさせながら颯爽と軍馬に乗って部隊と共に突撃していってしまった。

 う、うぅ……馬鹿アリア、本当後で一言言ってやらないと……気が済まないんだから。

 それもこれも○○っ、全てあいつのせいっ! 後で文句言ってやらないと仕方がないんだから!

 

 そうこうして私は一度○○の事は忘れて次なる障害を撃ち抜こうと戦場に意識を戻した。そう戻してしまった。

 

 

 ――もしも、あの時もっと○○の事を怪しんでいたら……別の結末になっていたかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 命からがら民家の屋根へと脱出した俺だが、あそこに溜めていた弾倉をなくしてしまったのは正直惜しい。

 と言うか後ろから迫る大量のオーガ部隊がマジで怖い。あいつらフルプレートってレベルじゃねーぞ、これ対ディオルド様向けのガチオーガ部隊じゃないのか!?

 

 試しに眉間を撃ち抜いてみたけど秒で復活してきたぞ、どうやって倒すんだアイツ!

 

 ええい、とやかく言わずにまずは逃げなければ。

 毎日の走り込みの成果を見せろ○○! 規定のトラップゾーンまで誘い込め。3、2、1……今っ!

 

 っしゃぁ! オーガ隊5人はボッシュートだ!

 麻痺薬をたっぷり塗り込んだ返し付きの槍の感触はどうだ!?

 

 あれ!? 皮膚が頑丈過ぎて刺さってないってパターン!? さいですかマジですか!

 あーもう無茶苦茶だよ、こんなんじゃとっておきの弾丸を使うしかないね! ヤドリギ弾!

 

 俺は全速力で森の中を走り抜け、ワイヤーを使って高枝まで飛び乗ると、その特殊弾倉を装填し――撃った。

 

 先ほどと同じくあっけなく目を貫く弾丸。

 オーガは当然一瞬足を止めるも、すぐに再生してこちらを追いかけようとして……気づく。両足が動かない。

 いや、体の全身がどんどんと硬化して、足だけじゃなく全身が動かない。

 オーガは混乱し、雄叫びをあげていくが……既に手遅れだ。お前はもう木になるしかない。

 

 最終的に出来上がるのはオーガの顔が残された巨木。

 そうヤドリギ弾は犠牲者のエネルギーを吸って成長する、特殊かつ強力な種子なのだ。

 まさかここまで大木になるとは思わなかったが……だが通用するというのは正直嬉しい報告だ。

 

 しかしながらこのヤドリギ弾は強力な分弾数が少ないし、貫通したら意味がない。

 でも残り4体につき、残り弾数は4発。今の俺にとっては十二分に勝算がある。負ける気がしねえ!

 

 オーガも半狂乱になってこっちに襲いかかってくるが、そんな地面にいる状況じゃ殺すのは無理だね。

 

 おらっ、まずは一体! この木なんの木オーガの木だ!

 

 そして地面への着地に合わせて襲いかかってくる二体目にヤドリキ弾をシュート! エキサイティン!

 

 はっはー! 三体目さんは武器の投擲ですか!?

 めっちゃ俺に効くからやめておくんなせえ! と腹這いになって避けながらミラクルリローディング。

 三体目もスナイプ、パーフェクトショッ!!!! ヒャッハーッ!!

 

 そしてとうとう一騎打ち。

 

 残されたリーダー格っぽい敵は、味方が次々と大木に変わるのを見てこちらを警戒しているようだ。最も弱い部位である目がいつでも守れるように、顔の近くに腕を置いている。

 

 ふっ、正直甘い。俺の弾道操作力なら空中でへのへのもへじを書いた後に目を貫く余裕だってあるんだZE。もうお前はチェックメイトだ。俺はヤドリキ弾を装填して、スコープを覗く。

 

 相手もこちらの自信を汲み取ったのだろう。破れかぶれになってこちらに突撃してきた。

 

 俺は余裕を持って覗いたスコープの先からオーガの目を狙い込む、息を吸って……吐いた瞬間に撃つ。いつものルーティーン。

 息を吸う、引きがねに指がかかる。息を吐く。引き金をひこうとする、もう勝利は目前だ。

 

 

 

 だっていうのに……俺は、迫りくるオーガの隣、遠い森を抜けた先でディオルドが子供を抱きかかえてるシーンを見てしまった。……()()()()見つけてしまった。

 

 

 

 

 

 ――だから俺は、それを迷わず撃った。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

「なっ、あっ!?」

 

 あたしは混乱の渦の中にあった。

 魔術師部隊を森の奥で追い詰めたかと思えば、そこに居たのは子供一人を人質に取った敵軍の姿だった。

 

 だからこそあたしは最初は従うようなフリをし、そして隙を見せた瞬間に……敵から子供を奪い取り、即座に武器で敵を屠りさった。

 なるほどこれが敵の策だったのだろう、人質を取ってあたしの力を無力化させようとするなんて太い野郎だ。だけど残念ながら今のあたしは無敵。なにせこの戦闘が終わったら……クリストに告白するって決めているから!

 年下だけどそれでも必死に知恵を絞ってあたし達を生き残らせようと、勝利を尽力させようとするあいつに。そして他でもないあたしの悩みを真面目に聞いてくれたクリストに、あたしは残りの人生を持って尽くしたい。

 そんな重要な告白をするためには、こんな場所で死ぬ訳にはいかなかった。

 ちらっと○○の事も脳裏に浮かんだけど……あいつの事は好きだけど、何というかあいつのあたしを見る目は神聖視って言ったらいいのか、尊敬の塊だ。異性としての好きという気持ちは、あいつにはないだろう。

 それに他でもなくミストがあんなに好んでるんだ、あたしよりあの二人こそぴったりくっついて欲しいと思う。

 

 そんな思いを胸に抱きながら、奪還し、泣きはらす子供を胸に抱えてあやしていると、唐突に悪寒がした。

 それも胸騒ぎの元は、なぜだかその子供に対して。

 瞬時にあたしの脳裏に○○の言葉が思い浮かんだ。

 『敵軍の中には子供に化けて騙そうとする存在がいるとの目撃情報が――』

 

 迂闊だった、咄嗟にアタシは子供を放り出そうとするが、相手はその腕を変身させ今にも腹部を貫こうとしており――

 

 

 

 ――瞬間。子供に化けた頭が目の前で吹き飛んだ。

 そして遅れて聞こえてくるのは森の隅々まで響き渡る一筋の発砲音。

 

 

 あたしはどうしようもなく理解した。

 これは、○○がやってくれたのだと。

 

「……っへへ、わっりぃな○○。後でご褒美にほっぺにちゅーしてやんないとな!」

 

 敵軍は失敗を悟った瞬間、雄叫びをあげて森の奥から増援部隊が現れる。

 全員がゴツイ装備をつけているこれが敵の本領部隊なのだろう。

 結構な数いそうだが、なんというか疎らだな? まあこれなら余裕を持って倒せるだろう!

 

「お姉様!! ご無事ですか!」

 

「お? おーアンリエッタ、よく来たな!」

 

「よく来たな、ではございません! あの敵は情報によれば耐雷装備を身にまとっています! お姉様では苦戦してしまいます!」

 

「うっそ、マジかよ」

 

「えぇマジです! 大マジです! 敵はお姉さまそのものを狙ってたんですよ! 不届き者の下等生物の分際で……ッ!!」

 

「はー……なるほどな、だけどアンリエッタが来たってことは。敵さん、炎耐性は?」

 

「ない、と聞いていますね。まああったとしても灰にして差し上げますが」

 

「おっけ。なら二人で行くか?」

「是非もございません」

 

 

 

 ――その後、戦場には雷と炎の嵐が吹き荒れ、虎の子のオーガ部隊は全て灰燼と化したのは言うまでもない事だった。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

『ミストへ。

 

 密書だとか嘘をついてごめんなさい。

 この手紙はもしもの時のための手紙です。

 もしもこの手紙が読まれて、かつ俺が生き残っていたらこの手紙の事でイジるのはやめてください。マジで泣きます。

 

 今まで伝えていませんでしたが、俺の出自についてです。

 俺はこの世界の生まれではありません。

 そして変なことを言うようですが……俺はこの世界での出来事を『物語』として知っていました。

 

 その物語で俺はディオルド様の大ファンでした。

 圧倒的な強さと気さくさを見せる彼女の活躍が大好きで大好きで大好きで。

 でもその物語でディオルド様が死んでしまうという事を認めながらも認められない、そんなしがないただの1ファンでした。

 

 

 だけど気付いたら俺はこの世界の中にいました。

 

 

 そして、幸運にも敵に抗う力を手に入れました。

 俺はこれをチャンスだと捉えました。

 

 最初はミストには馴れ馴れしくて本当に悪いことをしたと思ってるけど、俺も必死でした。

 何とか茶化さないとやっていけない程度にはギリギリでした。

 でもそれでもディオルド様を助けるんだと思えば、無限に力は湧いてきました。

 

 気付いたら俺は副長まで上り詰めることが出来ていました。

 これは俺を甲斐甲斐しくも面倒を見てくれたミストのお蔭です。

 そしてミストのお蔭で俺はディオルド様を守る、今日この日を迎えられたのです。

 

 そう。ディオルド様は本来なら今日死にます。

 敵の魔術師部隊を追撃するために突出して、村で待ち構えている人質の子供を助けて。

 その子供に化けた魔物に騙し討ちを受け重傷を負った後、敵軍の追撃を受けて死んでしまいます。

 その敵は超装甲に雷耐性を纏ったフルアーマーハイオーガ部隊です。炎耐性はない筈ですが、かなり強力な敵です。

 

 だから俺はディオルド様を助けるという目標を達成するために、単身で動きます。

 敵の罠を尽く潰して、全部が全部裏目になるように動きます。

 本当は最初から協力を仰ごうかなと思ったけれども……ただの俺の我侭に付き合わせるのも気恥ずかしくて、あと到底信じられないだろうと思って言い出せませんでした。ごめんなさい。

 

 終わったら何もかも謝罪します。お許しくださいミストルティン。

 

 そしてもしも俺がこの行動に失敗して死んだなら。

 ……うーんこんな事は本当は言いたくないですけど、一生のお願いです。

 急遽別地方の狙撃部隊に抜擢されて異動したと、言っておいてください。

 

 ディオルド様は今日の戦闘が終わったらクリストに想いを告白するというのも知っているからこそ、そんな最上の日を俺の事なんかで邪魔したくないのです。

 彼女には幸せになって欲しいんです。本当に。それくらい大好きなんです。

 ディオルド様と意中の仲になるのを諦めるくらいには、愛しているんです。

 

 

 最後になりましたが、ミスト。面と向かって言えないのでこの場で言わせてください。

 いつも我侭に付き合ってくれてありがとう。これからがあるなら、是非とも宜しくお願いします。 

 

                                    かしこ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何よそれッ、ふざけないで、ふざけないでっ、ふざけないで! ふざけないでっ!! ふざけないでっ!!!」

 

 

 私は部隊を置いて一人で単身森を突き進んでいた。

 罠の跡、足跡、敵の死骸から○○の足取りは分かっていた。

 

 村を進んで、森の奥を抜け、あいつはきっと樹上に飛び乗って狙撃を始めた。

 敵はハイオーガ。超再生能力持ちでは単純な狙撃は効果がないと分かったのだろう、途中途中で見つけた歪な木――苦悶の表情を浮かべた顔のある大木を見て、あいつがヤドリギを使ったのを理解する。

 

 しかしヤドリギは効果が強力な割に弾数は少ない。

 あいつの所持分で敵は全員倒せてるだろうか。

 

 そう歩かないうちに2体目、そして3体目も発見。

 

 ちょっと離れて4体目も見えた。

 

 そして――私は切り立った崖がある場所まで近づき……そして、言葉を失った。

 

 

 

「グルルルルル……グオォォォォォッ!!」

 

 

 

 どうして……どうしてあんたがいるべき場所で、敵がいるの?

 

 何で死んでいる筈の敵がそこにいて、あんたがいないの。

 

 ハイオーガ……片目を少し怪我しているそいつはあたしの姿を見ると突如武器を掲げて突撃してきた。それは瞬間的とは言えあまりにも早すぎる行動。

 

 ただ何十何百万と繰り返した私の手は勝手に愛銃にヤドリギの弾をつがえ、そして無意識にハイオーガを撃った。

 その弾は当たり前のようにハイオーガの目を貫き……そして、敵はそのまま物言わぬ木と化した。

 

 残されたのはタックルか何かで壊され、根本付近から折れた大木と……私のでも敵のでもない血だまり。ただ肉片がないのはきっとこの崖から墜ちたという事で。

 

 私は必死に崖から身を乗り出して、探した。

 

 声を荒げて、喉が枯れるまで大声をあげて、必死に探した。

 

 点になるほど小さな、分からず屋の副長の姿を。

 

 小憎たらしくも大事な副長の姿を。

 

 かけがえのない程重要な○○の姿を。

 

 

 憎たらしいけど支えてやりたいと思う、大好きで大好きで仕方がない――○○の姿を。

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「……? 今なんか聞こえたか、アンリエッタ」

 

「? いえ……きっと魔物の遠吠えでしょう、はぁ……雑魚は本当に悪知恵しか働かないから雑魚なんでしょうね、全くもって度し難い事です」

 

「あっはっはっは、いやそう言ってやるなって。今回ばかりはあたしも結構ひんやりしたぞ、焦った焦った! ○○が居なかったら死んでたかもな!」

 

「まあ! 笑えない冗談ですわお姉さまっ、お姉さまともあろう方がそんな事……って、○○さん……ですか? あの害虫、一体何をしたんですか?」

 

「何をしたっていうか助けてくれたんだよ、いい加減害虫呼びはよせよアンリエッタ!? 子供に化けた魔物をこう、ばきゅーんって!」

 

「ディオルド様に近づく男性はどんな存在であろうと害虫です! ……まあ、今回の件についてはちょっとは……ほんのちょーっとは評価出来なくはないですが……」

 

「相変わらず辛辣なこった……っと、おーい討ち漏らしははもうないな? そろそろ全部隊撤収するぞ、迅速に進めろー」

 

「我が部隊も同じくお姉さまに続いて撤退します。道中決して油断しないように――ん。この声は……」

 

「……クリスト! ははっ、どうしてこんな所まで来てんだあいつ!」

 

「何か慌ててらっしゃいますが……あぁ、お姉さまが罠にハメられたのを聞いて慌てて増援を寄越したという感じでしょうか。全く、いつもは優秀でしたけど今回ばかりは失策ですわね、まあお姉さまだからこそ今回は何とかなったのだけど、これは減点です。後でみっちり叱りつけてあげないと――」

 

「悪いアンリエッタ、あたしちょっとクリストの所に行ってくる!」

 

「ふぇっ……? お、お姉さま、ちょっと一体何をするつもりで――」

 

「にひひっ、何って? クリストに愛の告白をしてくるだけだっ!」

 

「………は、はぁあああぁぁぁああぁぁっ!? お、お姉さまあぁぁぁ!?」

 

 

 

 § § §

 

 

 

 ――……意識が覚束ない。

 

 全身は何一つ動かせないのに、痛みは全く感じなくて。

 それでいてゆっくりと体温が下がっていくような感覚がする。

 

 でも分かるのは黄昏時の日差しが非常に綺麗だっていう事。

 そして、俺は全てをやりきったって言う事。

 

 おそらくあの子供を撃ち抜いた事で、ディオルド様は状況を盛り返して生き残る事だろう。

 

 それは何よりも優先されることで。

 そして何よりも彼女の幸せにつながる事だ。

 

 ただ、不甲斐ないことに最後のハイオーガを倒せなかった事は……本気で申し訳ない。

 あいつ一人でもかなり強いし、野放しにしたらきっと大変な事になるだろう。情けない話だが俺はもう、動けない……それこそ指一つ。

 

 あぁ、これはもう駄目かもわからんね。

 

 そんな風前の灯火のような感覚を味わっていると、唐突に耳が何らかの振動をキャッチする。

 近寄る音……万事休すか。多分、ハイオーガなのだと思う。

 俺一人のために崖から降りてきたのか? 随分とご苦労な事だ……お前なんか本当は指先一つでダウンの筈だったんだぞ、今回はたまたまめぐり合わせが悪かった、続きは地獄でバトってやるぜ。

 

 なんてことを考えていたら、ふと、視界が持ち上がった。

 

 どうするんだろう、俺のことを食べるんだろうか。きっと美味くないと思うんですけど……! ……と思ったら、はっきりと声が聞こえた。

 

「……軍規違反の○○、こんな所で何をしてるのかしら?」

 

 あ……あ、えーっと……ミスト……さん?

 見上げた先にはジト目でこちらを睨みつける、敬愛すべき部隊長様がいた。しかも顔が近い。これは俗に言う膝枕というやつでは。

 

「ふん……喋らなくていいわ。私はただあんたを叱りに来ただけなんだから」

 

 ……という事は、ハイオーガはミストが倒してくれたか……いや、本当に助かった。

 

「喋らなくていいって言ってるのに……何が助かったよ、馬鹿。あんた、あんな手紙残すより先に正直に協力を仰ぎなさいよ。何、ケジメのつもり? 馬鹿なの? 馬鹿って奴は一度死なないと本当に治らないのかしらね」

 

 いや、そこはほら……今から一度死ぬという感じで直るか……ぐえ、頭握らないで嘘です。視界歪む。

 そ、そういえばディオルド様は? ディオルド様はどうなった?

 

「はぁ~~……ほんっと救えない馬鹿ね○○は……アリアなら勿論生きてるわよ。ぴんぴんしてハイオーガ共をアンリエッタと共に狩り尽くしてたわ。あの様子を見るに案外あんたの助けなんていらなかったんじゃないの?」

 

 ……うぐ、そう言われると弱いかもしれん。

 いやでも初志貫徹っていうか、俺は彼女を助けるために……。

 

「あーあーそういう妄言をまだ続ける気? 何がこの世界が物語よ、私達は生きてるのに物語な訳ないじゃないの……まあ偶然? 出来事は一致したかもだけど」

 

 いや、本当……本当なんだって。実はミストがぬいぐるみ大好きなのも最初から知ってたし、幼馴染を撃っちゃう事も知って……。

 

「はぁあぁぁぁっ!? あんた知ってんなら早く言いなさいよ、何!? 私は泣き損!?」

 

 あ、あー……あの時はマジでごめんなさい。すっかり忘れていたんです。

 

「……ったく、あんたアリアの事以外本当に頓着してないのね。何で私ったらこんな奴好きになったのかしら」

 

 す、好き……? って誰が誰を。

 

「私が、あんたの事をよ。どうせ気付いてなかったんでしょうけど」

 

 ……………。

 

「黙らないで喋りなさい、ちゃんと。気づかなかったからこっちから告白してやったわよ」

 

 ………あ、はは。ははは。

 

「朴念仁。ほんっとどうしよーもない○○ね、私がいなかったら何も出来なかった癖に」

 

 ……………はは、は……はは……あー……あ、あれ? 遠くで歓声が聞こえるなー?

 

「露骨に話を逸したわね、馬鹿○○……あら、あんたの死ぬ間際の幻聴かと思ったら本当ね……ほら、見てごらんなさい。なんかアリアとクリストが面と向かってるわよ」

 

 ……やべえ、ぼやけて見えん。疲れすぎた。

 

「……はぁ……ほら、支えてあげるからスコープでみなさいな。……ねぇ、なんて言ってる?」

 

 …………あたしは、これからずっと、くりすとの、そばに、いる。なんと、いおうとも。

 ……だから、よろしく……な、くりすと、だいすき、だぜ……。

 

「ま。大胆な告白ね、あんたと違って本当潔いわ……ねえ見てるかしら? あれ衆人環視よ。よりによって部隊のいる真っ只中で告白してんのよ、漢らしいったらありゃしな……んん? なに、○○泣いてるの?」

 

 ……そっか、でぃおるどさまは、こんなこくはくするんだ、な。

 はは、ははは……おめでとう、おめでとう…でぃおるど、さま……。

 

「……嬉し泣きといより、悔し泣きね……ねえ気付いてるかしら? あんた今酷いことしてるのよ。あんたの事を大好きな女性を眼の前にして、別の女性の恋に泣いてるんだから……」

 

 ……だって……だって、かのじょはしあわせになれた、んだ……おれのちからで……。

 

「――えぇそうね、あんたの力でアリアは幸せになったわ。誇りなさい○○、たとえ全世界の人が否定しようともあたしだけは絶対に認めてあげる……○○はアリアを救い、幸せにしたと。あんたがよく言う、ちーとって奴でね……」

 

 ……ちーと……?

 

「あんたが持ってる特殊な能力はきっと持って生まれた才能でも未来視でも、読唇術でもなんでもないわ……『好きな人を幸せにする能力』なのよ。きっとね」

 

 ………そっか……。いいのうりょく、もらった……な。

 

「えぇ、本当に…………ん、疲れてきた? もう寝ちゃう?」

 

 う、ん……ごめん、ミス、ト…………もうねむ……。

 

「そう……なら、眠っちゃいなさい……起きるまで膝枕してあげるから」

 

 ………ごめ……ん、おやす……み。

 

「謝らなくたっていいわよ、あんたは頑張ったんだから……ねえ○○……○○?」

 

 ……………。

 

「……おやすみなさい、○○」

 

 

 

 

 

 

 

 私は上半身しか残されていない○○を膝枕しながら、幸せそうに目を閉じた彼の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……『好きな人を幸せにする能力』、か。その『好きな人』に私が対象になっていたら、良かったのに」

 

 彼の顔に落ちる涙を拭うことも出来ずに、ずっと、ずっと。よく眠れるように、優しく。

 

 当然の事だけど……○○はそのまま目を覚ます事はなかった。

 

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「よっしゃそれじゃ戦勝記念を祝って~~~~っ!

 「「「「「「乾杯~~~ッ!!」」」」」」」」

 

 3日に続いて行われた四天王ベオ・ウルフとの戦いは、大勝に終わった。

 と言うより一日目でほぼほぼ勝負は決していたと言っても過言ではなかっただろう。

 

 敵の狙いはあたし一人に絞ったもので、それが失敗した時点で向こうに策がないのは当然の帰結と言えよう。残り二日間は数だけはいる有象無象どもを屠る作業と化していた。

 

 特にミストの活躍はすさまじい物だった。

 敵の指揮官を射抜く、射抜く、射抜く。親の仇でもあんな憤怒の勢いで殺したりはしないだろう。ただただ無駄なく、迅速に、敵の数を減らして敵の傷口を広げる事を続けていた。

 

 ただそんな連日の無理が祟ったのだろうか、ミストは今日の形ながらの戦勝パーティ(別名:どんちゃん騒ぎ)には欠席して休んでいるという事だ。

 まあなんつーか、ちょっとミストらしくない感じはするかな? あいつなら済まし顔でどんちゃん騒ぎするくらいの体力は計算で残してそうな気がしたし。

 

「まあ今は居ない人を考えてもしゃーないな! よっ、愛しのマイハニー飲んでるかー!」

 

「うわっぷ! や、やめてくださいよディオルドさんっ」

 

「なーんだよー、あたしの事はアリアって呼べって言っただろ? 罰としてぎゅってしてやるぞぎゅーって!」

 

「うわわわわ!! や、柔らか……っ!」

 

「ちょ、ちょっとディオルドさん! クリストに遠慮なさすぎじゃないですか!?」

 

「お、でたなあたしの恋敵一号。言っとくが恋に順番なんてないからな、もう自覚しちまったし告白もしたんだ、あたしは全力で正妻狙いに行くぞ! ミーナ!」

 

「な、なななな……!」

 

「え……ミーナって、ボクの事……?」

 

「く、クリストっ! か、勘違いしないでっ、これは別にその……でぃ、ディオルドさぁんっ!!」

 

「おい……信じられるかあのディオルド様のデレっぷり」

「ちょっと前まではめっちゃ乙女だったのにな……これじゃあ首ったけだった○○副長も血の涙を流しそうだぜ……」

「というか○○副長はどこ行ったんだ? いつもはいるのに」

「さぁなぁ、ミストルティン隊長もいねーし……案外二人で逢瀬を楽しんでたりな」

「ほほー。でもまあ誘い出すのはきっとミストルティン隊長だよな!」

「違いねえ!」

 

 おっと、あたしの耳が面白い話をキャッチした。

 あたしはすぐさまクリストを離すと、そそくさと場を後にした。

 

「うわ、戦雷卿、流石の行動力……あれ完全にデバガメする気じゃ……」

「今更止められねえよ、早すぎて……」

 

 

 

 

 さて、逢瀬となったらどこを狙うか。

 こんなにも綺麗な月夜が出てるんだったら……きっと……いたっ! やっぱり城壁の上っ!

 

 

 

「み~~~~~す~~~~~~と~~~~~~っ!!」

 

「わ、きゃぁっ!」

 

 背後から抱きしめてぐるぐると回ってやる。

 ちょっとやりすぎか?知るか、知るもんか、思いを遂げた乙女は無敵だ! とりあえずミストにも余すことなくのろけ………て……。

 

「……ミスト? あ、悪い。その、痛かったか……?」

 

「え……? えっ、いや、違うの! これはその、ホコリ! ほこりが入って!」

 

 べたべたな嘘をまたつくな……一体どうした事だろうか。

 彼女は眼を真っ赤にして泣いていたようだった。

 それにしても彼女のこんな取り繕いなんてめったに見ないが……まさか。まさかまさかまさか!

 

「もしかして……ミスト、○○は――――」

 

「ッ!!」

 

 

「○○はお前の事をフったのか!?」

 

 

「…………え」

 

 彼女の肩を掴んでまっすぐから顔を覗き込むと、ミストはびっくりした顔を見せたままぽろぽろと涙をこぼし始めた……。これは、間違いなくビンゴだな。

 

「ちがう、ちがうの……別に、これは、なんでもなくて……」

 

「……そっか。いや、そうだな。何でも無いよな。というか無神経な事を言ってごめん」

 

「……違うの、ちがうの……っ、そんなんじゃ……っ」

 

「……ごめん。でもちゃんと思いは○○に言えたんだろう?」

 

「いえ……いえたっ、いえたわ……いえたけどっ、彼はっ、○○はぁっ!」

 

「そっか……いや、なんて言ったらいいかもわかんないけど……何も言う資格もないけど……でも、よく頑張ったよミスト」

 

「う、あぁ、ぁっ、あぁぁっっ、あっ、あぁぁぁ」

 

「うん……よく頑張った、よく頑張ったなミスト。一杯泣こう、飽きるまで泣こうよ」

 

「うあぁぁああああぁぁぁぁっ、あっ、あっ、あぁぁああぁぁぁあああっ!」

 

 

 

 

「ああああぁあああっ、ああぁあああああッ!! あ、あぁぁあっ! うぁぁぁあああぁあ――あ、あぁあああああああああっ、あ―――――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 月夜が照らす城壁の上、あたしはミストが満足するまで胸の中で泣きつかせてあやし続けた。

 私は幸せになったけど、ミストがこんな思いをするというのは正直辛くて……私も少し、涙ぐんでしまった。

 ○○……後でちゅーしてやると約束したけど、やっぱり最初はビンタだな。

 

 

 

 

 

 

 その後。一言文句を言おうとした○○は急遽腕を買われて別の地方軍に抜擢されてしまい、あの戦場が終わった直後にここを離れてしまったとミストから告げられた。

 正直薄情な奴だと思う。一言くらい挨拶できればよかったのになー。

 

 ただその事を話すとミストが「きっと○○もそれを望んでいたわ、本当にね」なんて言うもんだから。あたしは怒るに怒れなかった、本当、○○ったらこんなに思わせておくなんて憎い奴だよ!

 

 ――絶対に次あったら文句を言ってやるからな! ○○め!


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