風のガンファイターと氷の狙撃手 作:シュツルム
『
2022年にサービスを開始した、完全な仮想現実による世界初のVRMMORPG。フルダイブVRゲームの登場に多くのゲーマーが歓喜し、そして伝説となり得たこのゲームは、サービス開始と同時にログアウト不可・ゲームでの死=現実の死となるデスゲームと化した。
約1万人のプレイヤーが閉じ込められ、2年後のゲームクリアによってプレイヤー達が解放されるも、それまでの犠牲者は4桁にも及んだ。
『SAO事件』と称されることになるこの事件だが、これで終わりではなかった。解放されたはずのプレイヤー約300人が意識を取り戻す事無く、眠り続けていたからだ。
このプレイヤー達は、SAOのサーバーを丸ごとコピー・流用して作られたMMORPG『
SAOクリアから二ヵ月後にこれが発覚。囚われていたプレイヤー達も目覚め、本当の意味で全ての
立て続けに起こった二つの事件により、VRMMOは衰退・消滅すると思われた。
しかし、その予想は覆された。
『ザ・シード』
VRMMORPG作成・制御用のソフトがネットに無料公開され、拡散。これによって個人ですらVRMMOの運営が可能となり、多種多様な仮想世界が生まれ、今なお爆発的に増え続けている。
『
ダダダダダダダッ!
空が赤く染まる夕暮れの荒野に、絶え間ない銃声が響く。
「くそ、チョコマカと」
アサルトライフルを撃ちながら毒づく男の視界の先には、動く影があった。いや、影では無い。フードを被り、上から下までの色彩を黒で統一した人間だ。ゲームの仕様なのか、フードの中は真っ暗で顔を確認することは出来ない。
なおも銃弾を撒き散らし続ける男。躱し続けるフードの人物もやられっぱなしではない。両手の拳銃を男に向け、光弾をいくつも発射する。しかし、それは男の周りに現れた光の膜を通過すると同時に小さくなり、男に着弾するも、細かい粒子となって弾けた。
「無駄無駄ぁ! その距離からの光学銃じゃ威力は半減以下! それじゃオレの防弾装備は貫けないし、貫けても大したダメージじゃ無い! だから」
自分の優位性を疑っていないのか、男は余裕そうに話す。事実、余裕なのだろう。フードの人物が予想外にしぶとい為に苛立っているが、自身の勝利は確実だと疑っていない。
「いい加減死ね!」
アサルトライフルの上部からグレネードが発射される。通常のグレネードランチャーの弾丸は山形の軌道なのに対し、このグレネードは銃弾の様に水平に発射された。
しかし、フードの男はそれを待っていたかのように、発射されたグレネードを光弾で撃ち抜く。グレネードはその場で爆発、炎と爆風が周りに撒き散らされた。
「くっ!?」
咄嗟に顔を庇う男。煙で視界が塞がれ、銃撃も止めてしまう。その煙を突き破るように、フードの人物が空中から飛び出してきた。
「なあっ!?」
すぐさまライフルを向けようとするが、フードの人物が男の肩を支点に片手で倒立、勢いのまま男の背中に回る。
男が振り返ろうとするが、その前にフードの人物が男のこめかみに銃を当て、そのまま接射した。
「がっ!?」
反動で男の頭が弾かれるも、銃撃は止まらない。男の頭部に向かっていくつもの光弾が数瞬で放たれ、程なく男はオブジェクト片となって弾けた。
「…………ふぅぅ」
フードの人物が緊張を吐きだす様に息を吐き、銃を持った腕を下ろす。
「装備が硬くてVITが高いだけならまだしも、なんだあのアサルトライフル。所々油断してくれたのと、山が当たって助かったな」
声からして、黒フードの人物は男だったらしい。目の前にメニューウインドウが現れ、プレイヤー撃破によるドロップ品が表示される。
「うおっ、さっきのライフル!? …………これならシノンが使えそうだな。いやでも、あいつのスタイル考えると、どうだ?」
とりあえず渡しておこうと考え、GGO首都のSBCグロッケンに足を進めるフードの男。
ドロップした銃が『XM29 OICW』というレア武器で、渡された人物が使おうか迷い始めるまで、あと30分。
それからおよそ一カ月後。
「それで、待ち合わせに遅れた弁明は?」
「ありません、ごめんなさい」
空色の髪と藍色の眼を持った、どことなく猫を連想させる女性の不機嫌な雰囲気と言葉に、フードの男が謝罪の言葉と共に頭を下げる。
それを見た女性は、くすくすと笑った。
「冗談よ。怒ってないわ、ヴィント」
「そう言ってもらえると助かる。けど遅れたのは事実だし、ちゃんと出来る限りの償いはする」
「そう? じゃあリアルの高級スイーツセットで手を打ってあげるわ」
「…………訂正。GGO限定スイーツでご勘弁くださいシノンさん」
「素直でよろしい」
シノンと呼ばれた女性が、ヴィントと呼ばれたフードの男の言葉に満足そうに頷く。要はからかわれていたわけだ。
「けど珍しいわね、あんたが遅れるなんて」
「軽くMob狩って戻ってくるつもりだったんだけど、襲撃受けた」
シノンの疑問に、ヴィントが疲れを隠さずに零す。
「待ってる時間がもったいないからってソロで行った俺も悪いかもだけど、こっちの都合も考えろと言いたい。補充しても十分間に合うはずだったのにこれだ」
「ご愁傷様。私としては悪びれなく奢ってもらえるから、感謝するべきかしら?」
「えぇ……」
「そういえばあんた、BoBはどうするの?」
「…………どうするかなぁ」
BoB。正式名称
GGOで定期的に行われる大会で、内容は『GGO最強のプレイヤーを決める対人・個人戦』。1対1の予選トーナメントと、それを通過した30名によるバトルロイヤルの本大会で構成され、景品としてゲーム内アイテムや実物のモデルガンを手に入れる事が出来る。
そのBoBのことで、ヴィントは盛大に悩み中であった。理由は、数日前の『MMO-ストリーム』というネット番組でのことだ。
『本日の【MMO-ストリーム】のゲストは、GGOで開催された第二回BoB、その優勝者の闇風さん、準優勝者のゼクシードさんをお招きしています。どうぞ!』
司会の獣耳女性の言葉と共に、2人の男が現れる。
マントとゴーグルを身に付け、左目に電子回路のような刺青が入っているのが見える、赤髪を鶏冠のようにした男、闇風。
服装を白と青で統一し、サングラスを身につけ、爽やかさとスタイリッシュさを演出している青髪の男、ゼクシード。
番組の主要場面とリアルタイムの掲示板スレの抜粋した一部がこれである。
『やはり、闇風さんは連覇、ゼクシードさんは闇風さんへのリベンジが、次のBoBの目標ですか?』
『勿論です』
『いえいえ、私の目標は優勝です。闇風さんへのリベンジは、その過程に過ぎませんよ』
≪脚組んで偉そうに話してるけど、ゼクシードって準優勝者だよな?≫
≪こういうロールなんだ、許してやれ≫
『確かに、AGIは重要なステータスです。速射と回避、この二つを突出させていれば、強者足り得ました。優勝した闇風さんのようにね。ですが、過去の最強が、現在の最強とは限らない。ステータスも同じですよ。AGI特化型は、GGO内で装備が充実し始めたこの先、通用しなくなるでしょう』
『……しかしですね、ゼクシードさん。ステータスはあくまで強さを構成するパーツの一つに過ぎません。強力な装備の多くがそれなりのSTR値を要求するのは事実ですが、それでAGI型が通用しなくなると断言するのはどうかと』
『ははは、AGI型である闇風さんが認めたくない気持ちはわかりますがね、これは確定した未来ですよ』
≪はあぁっ!?≫
≪ざけんなゼクシード!≫
≪煽るなぁ≫
≪闇風も分かりやすく不機嫌になってるな≫
≪そりゃ自分のステ構成完全否定されてるしな≫
『ここで、宣言しましょう! 次の第三回BoB、この場にいる闇風さんとこれを見ているであろうヴィントさん。高名なAGI型でもあるお二人を撃ち倒し、AGI万能論なんてものは、もはや過去の話だと証明するとね!』
≪公共電波でトンデモ発言したぞおい≫
≪ていうか、AGI万能論広めたのって確かゼクシード……≫
≪闇風は分かるけど、なんでBoB不出場のヴィント?≫
≪噂では、MoB狩りをしていたヴィントをゼクシードが襲撃するも返り討ち、レア装備をドロップしてしまったらしい。これがBoBの敗因だとか≫
≪自業自得じゃねぇかw≫
≪ないわ~≫
『そもそもですね、プレイスタイルなんて千差万別なんですから、他人の情報を鵜呑みにして構成するなんてナンセ……うっ』
『? ゼクシードさん?』
『あ…………か………………っ!!?』
≪なんだ?≫
≪ログアウト……にしては変だな。回線が切れた?≫
≪機材トラブル?≫
『え、あの……え~~、回線トラブルのようですね。いずれ回復すると思いますので、番組を続けます』
≪ちょっとうろたえたけど、すぐに持ち直したな司会ちゃん≫
≪さすがのプロ意識≫
『ゼクシードさんに便乗する形になりますが、私も、あいつと決着を付けたいと思っています』
『では、闇風さんも?』
≪お?≫
≪くる? くる?≫
『ええ。私もここで宣戦布告します。第三回BoBで、ヴィントと雌雄を決します』
≪きたあああああああ!!!≫
≪まさかの前回BoBトップ2人から宣戦布告!≫
≪こりゃ受けなきゃ男じゃねぇぜ!≫
≪ヴィントがこれ見てなきゃ意味ないし、そもそもあいつがBoB出るとは限らんけどな≫
≪それ言ってやるなよ……≫
『お二人の仰っていたヴィントさんですが、闇風さんは一時期コンビを組んでいたとか』
『その情報は少し違いますね。私とあいつはよく狩り場がかち合ってたんです。幾度か銃弾を撃ち合いましたが決着が付かず、そのうち弾の無駄だと不戦となり、共同戦線を張ったりした事もありました。その事からコンビを組んでいると思われたのでしょう』
≪なんだ、違うのか≫
≪そういえば、街で2人一緒にいたの見た事無かったな≫
「出たくないのが本音だけど、ここまで盛り上がっちゃうとなぁ……」
「GGO関連の掲示板も、あんたとゼクシード、闇風のバトルを期待するスレばかりね」
ヴィントがテーブルに突っ伏してぼやく。BoBはあくまで任意の参加制だ。『参加しない』という選択も当然の権利としてある。だが
「これで出ないってなったら、あんたへの批判大殺到ね」
「うへぇ……」
シノンの言葉通り、参加しなければヴィントへの批判は避けられない。ヴィント自身に落ち度はないが、こういう状況では慰めにもならない。批判だけならまだしも、そこから根も葉もない悪評となったら目も当てられない。
加えて
「BoBはゼクシードのせいでもあるけど、シノンとコンビ組んでることまで言わんでもいいだろうよ闇風ぇ……」
『そのヴィントさんですが、今はGGO指折りの女性スナイパー、シノンさんとコンビを組んでいると言われていますが、これに関しては?』
≪あ、それは俺も見た≫
≪オレも≫
≪闇風と同じパターンだろ≫
≪冥界の女神様だぞ? そんなわけ≫
『ああ、それは間違いありません。少し前に2人と共闘の機会があったのですが、どちらも認めています』
≪ヴィント氏ね≫
≪俺、BoB出場してヴィント撃ち殺すわ≫
≪いっそグレネードで爆破しろ≫
≪ゼクシードみたいに返り討ちに遭う未来が見えるぜ≫
≪シノンさんのお尻を間近で視姦できるとかテラウラヤマシス≫
≪シノンに撃ち殺されてこい≫
≪運営さん、こいつです≫
殺伐とした世界観からか、GGOは女性プレイヤーが少ない。その中で、アバターとはいえカッコよさと可愛さを併せ持つ人形めいた少女の容姿、クールさを感じさせる性格、さらにトッププレイヤーに名を連ねるほどの腕前を持ったシノンの人気が出るのは必然だった。
シノンがそれをどう思っているかは別として、そんなシノンとコンビを組んだプレイヤーがいれば、それに向けられる嫉妬は推して知るべし。
「…………シノンは、第三回も出るんだろ?」
「勿論」
シノンが「なに当たり前のこと言ってるの?」と顔に出しながらヴィントに答える。
「今更だけど良かったのか? あの銃売って。お前から見ても、かなり強いやつだったんだろ?」
かつてヴィントがシノンに渡した『XM29 OICW』。この時シノンはアンチマテリアルライフル『PGM・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ』を入手していたが、BoBでは近接戦闘が主になると考え、XM29で出場。現実では運用面でいくつもの問題が挙がったプロトタイプであるが、GGO内ではプレイヤーのステータス次第でその問題をクリアできる高性能銃となった。
予選・本大会と数々のプレイヤーを屠ったが、いよいよ終盤に差し掛かろうという時にゼクシードと遭遇。シノン曰く「自分を見て酷く苛ついていた」そうだが、そこはGGO初期からプレイしているトッププレイヤーの1人。シノンをほぼ完封し、敗北させた。
BoBでは、死亡したプレイヤーの身体はそのまま残り、使っていた武装もその場に残る。それらは他のプレイヤーが回収でき、大会内のみでのアイテムとして使用できる(当然、大会終了後は本来の持ち主に戻る)。ゼクシードもその例に則り、XM29を回収したが、自身の銃撃で破損していたそれを、苛立ちを隠さずに地面に叩き付けていた。
なお、戦闘を見たヴィントが
【こいつ、
と、呟き、それを大会終了後に知ったシノンが
【え、じゃあなに? あんたに返り討ちにされてドロップしたのと同じ銃を私が持ってたから、あれだけ苛ついてたってこと? ……ちいさ】
と、ゼクシードへの印象を固めていた。
大会のラストは、闇風がゼクシードを一騎討ちの末に下し優勝。シノンの順位は11位であった。
直後に、シノンはXM29を売りに出し、MMOゲームでは高額な部類になるGGOの接続料(月3000円)を数か月気にせずに済むようになった。また、額が額だったため、半額分は無理矢理ヴィントに押し付けた。
「そんなに嫌だったか? ゼクシードの銃だったのが」
と、ヴィントは真面目に考えていたが、シノンの答えは全く違った。
「ドロップ品にいちいち目くじら立ててたら、このゲームはプレイできないわよ。そうじゃないわ。確かにXM29は凄い銃だったわよ。けどあれだと、強いのはあの銃であって私じゃないわ」
ヘカートや他の銃だったら、あの時の自分では順位はもっと下だったとシノンは言う。
事実、あの銃はある程度のプレイヤースキルの差を覆せてしまう物だ。ヴィントはゼクシードの慢心の隙を突いて撃破したが、そうでなければ勝敗は逆だったろう。闇風も、ゼクシードがXM29で武装していれば、敗北していたのは彼だったはずだ。
ただ単に勝つのが目的ならあの銃でもいいが、それはシノンの目的とは合致しなかった。
「…………まあ、当日まで受け付けてるし、もうちょい考えるさ」
「そ。出るんだったら、私があんたを撃ち抜いてあげるわよ?」
「出ない方に考えが傾いたぞ、おい」
シノンが微笑みながら口にした言葉に、ヴィントが即座に返す。さほど親しく無い人間からすれば、シノンの言葉はその態度から冗談のように聞こえるかもしれないが、実際は本気の言葉だ。
尤も、ヴィントもそれは良く分かっているが。
「それじゃあ、行きましょうか」
「ん」
話は終わりとばかりに2人が席を立つ。目指すのはレアアイテムドロップの情報があるダンジョン、その奥に存在するボスモンスター。
残念ながらダンジョンでめぼしいアイテムは入手できなかったが、襲撃して来た
筆が乗ったらまた投稿します。いつになるかは未定ですが。