風のガンファイターと氷の狙撃手 作:シュツルム
現実であれば逮捕確実な爆走の末、3人を乗せたバギーは無事に総督府前に到着。3人はバギーから飛び降り、入り口に続く階段を駆け上がる。
GGOの首都であるSBCグロッケンは、『文明の滅びた地球に帰還した、移民船団の宇宙船』という設定があり、その艦橋部分・元司令部が総督府となっている。
キロ単位の全長を持つ船の艦橋らしく、その内部も広大。1階エントランスでは円形ホールの壁にスポンサーのCMやらイベント告知やらの巨大パネルモニタがいくつも設置されている。
そんな中、右奥の一角に、コンビニにあるATMなどと良く似た機械が数十台と並んでおり、3人はその前に立つ。エントリー終了まで、まだ8分ほど残っている。
「エントリーはこれでするの。よくあるタッチパネル式端末だけど、大丈夫?」
「はい、やってみます」
「ん。隣で私もやってるから、わからなかったら訊いて」
シノンと少女が話している間に、ヴィントはエントリー登録を進めていく。この際にリアル情報を入力しておくと、本大会に出場できた場合のみ、参加賞としてオリジナルモデルガンが郵送されてくる。
前回のBoBでは、GGOに存在する光学拳銃『プロキオンSL』のモデルガンだったそうだ。
第1回のモデルガンは不明だが、もし第2回と違う物であったなら、大会毎に別デザインのモデルガンが入手できるということ。そして、各モデルガンは国内で最大30丁しか存在しない激レア物となる。オークションにでも出せば、それなりの値段になるかもしれない。
「終わった?」
「ええ、なんとか……」
「ヴィントは?」
「もうちょい……できた」
シノンが少女に声を掛け、それに少女がなにやら無念そうな様子で返し、ヴィントも少しして完了の報告をする。
「!?」
途端、ヴィントが勢いよく振り返った。フードの奥で目を鋭くさせているのがわかるほどに警戒心を滲ませ、エントランスを見渡している。
「ど、どうしたの? 急に」
ヴィントの突然の豹変に、シノンが思わず声を掛けた。
「…………誰か見てる気がしたんだ……気のせいか?」
ヴィントの目に不審な者も物も映らない。だが、それでもヴィントは警戒を緩めようとはしない。
「そりゃ、BoB始まるって時に総督府にあんたがいれば見る人間くらいいるでしょ。そうでなくても、全身黒コートで目立つし」
「…………それもそう……か?」
やや腑に落ちないヴィントだったが、実際何も見つけられなかった為、おとなしく警戒を解いた。
「それより、予選のブロックはどこだった? 私はFの12番」
「Lの3番」
「あなたは?」
「Fの37番です」
「同じブロック…………あ、でも大丈夫ね。決勝まで当たらない」
「? 決勝まで当たらないと、何かあるんですか?」
ルールも知らずに出ようとしたのね、あなた……、と半ば呆れを交えながら、シノンが少女に理由を説明する。
「BoB本大会には、予選各ブロックの上位2人が行けるの。だから決勝まで進めれば、自動で本大会出場確定ってわけ」
「ああ、なるほど」
「だからって、決勝で当たっても」
シノンが少女に指鉄砲を向け
「手は抜かないけどね」
指先を跳ね上げ、撃つ仕草をした。
「もちろん、私も全力で戦います」
それに対し、少女は不敵な笑みと共に、シノンに宣戦布告を返した。
「で、結局この子誰よ?」
互いに宣戦布告し、話が終わったと判断したヴィントが、後回しにされていた少女の正体をシノンに求めた。
「あ、ごめん。忘れてたわ。えっとね」
それに対し、シノンは少女に声を掛けられてからの一連の流れをヴィントに説明した。
ヴィントはシノンが取った行動に、フードの奥で目をぱちぱちと瞬きした。
「今、珍しいなと思ったでしょ」
「正解。でも珍しいだろ実際」
「まあ、そうね。男だと下心丸見えにしてる奴ばっかりだから、まずしないし。かといってこのゲーム女性プレイヤー少ないし、初心者とは会った事なかったのよね」
「ああ、会うやつはみんな、銃弾撃ち合う位には熟練してるしな」
そんなシノンの言葉を聞いた少女が、なぜか口元を引き攣らせていた。
「そういえば、自己紹介してなかったわね。これ、私のネームカードね」
シノンがメインメニューからネームカードを実体化させ、少女の前に差し出す。ネームカードは名前と性別、所属していればスコードロンも表記されるが、シノンとヴィントはコンビを組んでいてもスコードロン登録してあるわけではないので、表記されているのは前2つのみである。
「じゃあ、俺も」
それに釣られるように、ヴィントもまたカードを実体化させ、シノン同様、少女の前に差し出した。
「あ、えっと……あの……………」
だがそれに対し、少女は急にしどろもどろになる。
「…………すみません! 自己紹介が遅れて! 私、いや俺はこういう者です!」
意を決したように、少女が勢いよく頭を下げながら、ヴィントとシノンの前にカードを差しだし、2人がそれを見る。
「キリ、ト。変わった名前………………………………Male?」
女性にしては変わった名前を確認し、その際に性別表記が目に入ったシノンが、半ば呆然とした声を出した。
女性であれば、性別表記は『Female』でなければならない。だが実際には男性の『Male』。つまり、少女改め、キリトは実は男だということだ。
「男の娘アバターがあるって噂は知ってたけど、本当だったんだな。………………で、なんで女のフリしてた?」
ヴィントの声が明らかに低くなり、敵意を隠さずにキリトに問いかけた。ハラスメント警告があるので過度な接触はできなくても、女のフリをして更衣室に潜り込み、装備解除によって下着姿や裸になった女性プレイヤーを見る等はできるからだ。
ハラスメント警告の穴も存在するが、街中で、かつこの短時間で初対面のプレイヤーにさせるのはまず不可能なので、あえて思考から外している。
「す、すみません。騙す意図はなくって。ただ、こんなアバターになっちゃったんで、男のプレイヤーに声かけてもまた面倒になりそうだったから。訂正したらしたで、ナンパ目的と思われそうだし」
「…………不純な目的は、何もなかったと?」
「は、はい。それは絶対に」
言い分を聞いたヴィントが、シノンに視線を向けて判断を仰ぐ。
「…………まあ、確認しなかった私にも落ち度はあるし、特に何かされたわけでもないから、私からは何もないわ」
「…………シノンがそれでいいなら、俺もこれで終わりだ」
「どうもすみませんでした……」
当のシノンがキリトを無罪放免したことで、ヴィントも話を終える。キリトは再び、2人に対して頭を下げた。
「それで、その…………大変申し訳ないんですが、この後のことも教えていただけると……」
「…………シノン、代わる」
「お願い」
キリトが男と判明したため、ヴィントが説明役の交代を買って出、シノンもそれに応じた。
「まずはエレベーターで地下20階。そこが待機エリアになってる」
ヴィントはエレベーターに向かって歩き始め、キリトが慌てて付いていく。そんな2人の後をシノンも付いて行った。
エレベーター内で、ヴィントがキリトに簡単に説明を行っていく。シノンはヴィントを挟んでキリトの反対側の壁に腕を組んで寄り掛かっているが、間違いがあれば指摘できるよう、説明を聞いていた。
・予選開始と同時に、待機エリアにいる1回戦を控えたプレイヤー全員が自動転送。自身と対戦相手の2人のみがいるバトルフィールドに送られる。
・フィールドは1キロ四方の正方形、地形・天候・時間帯はランダム
・送られたプレイヤーの位置もランダム。ただし、対戦相手とは最低500メートルの距離が確保されている
・勝利すると待機エリアに、敗北すると1階ホールに転送。敗北していても、再び待機エリアに赴くことは可能。また、すでに対戦相手が決まっている場合は、待機エリアに送られず、すぐに次の対戦が始まる
・決勝戦のみ、決着後は両名とも待機エリアに転送される
「GGOにもデスペナはあるけど、BoBでは発生しないから気にしなくていい。ただし、装備を『破損』じゃなく『破壊』されたらそのままロストだから注意」
「あと弾丸とかグレネード系とか、使い捨てた装備も戻らないから」
「はい」
そうこうしている内に、エレベーターは目的の階に到着、ドアが開く。1階ホールと同じくらいの大きさの半球形ドームだが、こちらは所々の照明でかろうじて全体がわかる程度の暗さだ。
そして、そんな暗さでも存在感を放つ大勢のプレイヤー達の目が、ヴィント達に向けられた。
情報を探ろうとする視線の強さに緊張したキリトだが、ヴィントもシノンも特に気にすることもなく、エレベーターから出ていく。キリトもすぐに気付いて、2人に追い付いた。
「ヴィントだ……」
「直前に名前が出たが、シノンもいるし間違いなく本人だな」
「一緒の可愛い子ちゃん誰だ?」
「知らん」
「両手に花かよ、妬ましい……!」
「落ち着け、排莢しまくってるぞ!?」
「…………花じゃないんだよなぁ」
そう呟きつつ、キリトはヴィントがある方向に頭を向けていることに気付いた。何かあるのかと、キリトもその方向に視線を向けると、無造作に座る1人のプレイヤーが、ヴィントを見て不敵な笑みを浮かべているのが見えた。
何かしらの関係があるのかと考え、同時に踏み込むのは良くないと思い、2人に付いていくことを優先した。
「更衣室で着替えたら、あとはバトル開始まで適当に。得物は出すなよ、さっきの奴らみたいに対策され放題になるぞ。まあ、メインでもサブでもないやつを出して、って手もあるにはあるけどな」
「あ、はい」
ヴィントとシノンが特に警戒もなにもしなかったのは、そもそもそれに値する存在ではなかったからだと、キリトもこの段階で気付いた。
「…………男と女は別室だからな。もし女の方に『い、行きません行きません! 絶対行きません!』ならいい。シノン、近くを取っとくから、終わったらきてくれ」
「ん、わかった」
「あれ、着替えないんですか?」
「これ、初めから戦闘用」
2人が更衣室に入るのを確認した後、ヴィントは空いているテーブル席に座り、2人を待つ。
「やあ、ヴィント」
だがそこに、銀灰色の長髪に迷彩柄の上下を身に着けた長身の男プレイヤーが声を掛けてきた。
「シュピーゲル。シノンの応援か?」
「うん、そう」
ヴィントの言葉に短く答えると、シュピーゲルと呼ばれた男がキョロキョロとシノンの姿を捜す。
「…………あいつなら更衣室だぞ」
「あ、そうなんだ」
ヴィントからの返答を聞き、シュピーゲルはこの場でシノンを待つことにしたらしい。その間、2人の間に会話は一切なかったが、どちらも気にすることはない。
シュピーゲルのリアルは、詩乃の知り合いである新川恭二なのだが、リアルでもGGOでも、ヴィントとシュピーゲルはシノンを介さなければ『知り合い以上友達未満』という関係だ。悪くはないが良くもない、それ以前という具合である。
一応アドレスの交換自体はしているが、詩乃/シノン関連以外で使われたことはほとんどない。
シノンはシュピーゲルを加えてトリオになることを「先輩も賛成してくれる」と言ったが、正確には「拒否しない」だ。そもそもシノンは、自分抜きでの2人がどういう関係か把握していない。
ヴィントが恭二の願いに対してさほど反応しなかったのも、そもそも相手の願いを聞き入れる程、2人は親しくないということだ。
「お待たせ。あら? シュピーゲルじゃない」
「やあ、シノン」
ミリタリージャケットやコンバットブーツと、先ほどとはマフラー以外共通点が無い戦闘用装備のシノンの姿を見つけたシュピーゲルが、ヴィントの時より明らかに上機嫌な様子で声を掛けた。
「ここにいるってことは、出場することにしたの?」
「ううん、違うよ。シノンの応援。ここだったら、大画面のパネルで中継も見れるしね」
ドームの天頂部には巨大な多面ホロパネルが設置され、BoB予選開始までのカウントダウンが表示されている。予選中、このパネルにはその中継のみが映るので、その点だけでもここに来る意味はある。
ピリピリしている参加者たちの中に混じれる胆力があれば、の話だが。
「けど、登録かなりギリギリだったよね。なにかあったの?」
「予定外の用事よ。簡単に言うと、後ろの人の」
シノンが後ろから付いてきていたキリトを親指で指差す。
防弾アーマーと防護フィールドの結晶を除き、ナイト・カモと呼べそうなほどに上から下まで黒で統一された装備だ。
4人中2人が黒ずくめという、傍から見ると奇異な4人組である。
「あ……、は、はじめまして。ええと、シノンのお友達さん、ですか?」
「…………やっぱり騙されるよなぁ……」
「え?」
その見た目から、キリトを女性と勘違いしたシュピーゲルが、たどたどしく挨拶する。その様子を見たヴィントが思わず呟き、それを聞いたシュピーゲルが疑問の声を上げた。
「この人、男よ」
「は?」
続けてのシノンの暴露に、呆けた声を出すシュピーゲル。
「どうも、キリトです。男です」
「あ、シュピーゲルです。え、でも男って……え?」
シュピーゲルがシノンとキリトを交互に見る。シノンが俺を初めて紹介した時もこんな感じだったな、と、ヴィントはシュピーゲルの反応を懐かしく思った。
「いやあ、シノンにはすっかりお世話になっちゃって。それはもう色々『懲りてないのかネカマ野郎』すみません、調子乗りました。このゲーム初めてだったんで、色々教示してもらっただけです」
「あ、そうですか」
シュピーゲルの反応を見てからかおうとでもしたのか、キリトが思わせぶりに言葉を発したが、即座にヴィントによって鎮圧された。
「へえ、別ゲームからわざわざコンバートを」
開始までわずかばかりの時間があったため、4人が親交を深める、というよりも暇つぶしに近い感覚で話をする。キリトだけ部外者に近いが、本人は特に気にした様子はない。
「今までファンタジー系のやつばかりだったから、たまにはサイバー系のやつもやってみようかな、と思って。銃の戦闘にも興味あったし」
「にしたって、いきなりBoBはどうかと思うけどな」
「あはは……、それシノンさんにも言われました。根性あるね、って。まあ、参加するだけしてみようかな、と思って」
「ふぅん……」
勝ち残れるとは思っていない、と取れるキリトの言葉だが、それが本心なのか疑わしいとヴィントは思った。
こいつは勝ち残る、そんな妙な確信がヴィントにはあった。なぜそんなものを抱いたのか、ヴィント自身にも説明できないが。
「……キリト」
「はい?」
「もうバレてんだから、演技の必要ないだろ」
「…………それもそう、いや、そうだな」
ヴィントの指摘に、キリトが口調を本来のものに変える。声のトーンも先ほどより低くはなっているが。
「……一応聞くけど、作ってないわよね?」
「ない。勝手に出る。リアルはちゃんと低いぞ」
正直、それでも女性で通用する高さだったので、シノンが思わず訊ねてしまった。キリト曰く、どうやらアバターの見た目に沿うよう、声がやや高めに変換されて出てしまうらしい。
「ところで、そのアバター、M9000番系だよね?」
「知ってるの?」
シュピーゲルがキリトのアバターについて何か知っているらしい。シノンが問いかけた。
「めったに出ないレアアバター群で、結構高額で取引されるらしいよ。バイヤーに声掛けられなかった?」
「あ~~~、入ってすぐに声掛けられた。5メガクレジット出すから売ってくれって」
「5メガって、そんなにするの、ソレ」
取引価格を聞いたシノンが、物珍しそうにキリトを見る。
「できれば変えたかったけど、コンバートだから諦めたんだよ」
「ああそっか、アカウントごとだものね」
余談ではあるが、シノンも現在使っているアバターを変えようとしたことがある。
始めた当初、シノンは屈強な女兵士然としたアバターを望んだが、実際には美少女のアバター。即座にアカウントを破棄し、新たにキャラを作ろうとしたが、シュピーゲルの猛反対で諦めた、という経緯がある。
「……時間だ」
『大変長らくお待たせしました。ただ今より、第3回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始いたします』
ヴィントの呟きに合わせるようにエレキギターのファンファーレが轟き、続いて女性の合成音声がドーム内に響き渡った。
同時に、盛大な拍手と歓声が沸き起こり、その中に自動小銃の作動音やレーザーの発射音が混じる。
「…………あれが、テンションに流されるアホどもです」
「えぇぇ……」
予選中、出場者はドーム内からバトルフィールドに転送される。逆に言えば、ドーム内にいなければ転送がされず、不戦敗となってしまうのだ。
そして、ドーム内では弾薬などを販売するショップは存在しない。つまり、ここで消費するということは、戦闘で扱える弾薬を減らすということだ。
知り合いに弾薬を預けてドーム内にいてもらい、戦闘が終わった後に補充する、という手もあるにはあるが、あまり推奨される方法ではない。
ちなみに、ヴィントの発言に対して、シノンも無言で頷いていた。
「さて、と」
シノンがすっくと立ちあがり、3人から距離を取る。そして3人に、いやヴィントに視線を向けた。
「ヴィント」
「ん?」
「本大会で」
シノンがヴィントに放った言葉はそれだけ。
「ああ」
そしてヴィントも、それに対して一言だけを返した。
次いで、青い光の柱がドーム内にいる出場者たちをそれぞれ包み、一際輝いて中にいた出場者たちの姿を隠す。光が消えると、ドーム内にいた出場者たちは皆姿を消していた。
一部の例外を除いて。
「……なんでまだいるの」
「俺、1回戦ないから」
呆れたように呟いたシュピーゲルに、ヴィントが返す。
BoB予選は人数制限がなく、エントリーしたプレイヤー全員が参加できる。人数が多かろうと少なかろうと、トーナメント形式に変更はない。そのため、人数が多ければ一部プレイヤーの試合回数を増やし、逆に少なければシードをシステムが作る。
今回は後者であり、ヴィントを含めた数名がいまだドーム内に残っていた。
「ほれ、シノンの応援と雄姿を見に来たんだろ。俺と話してる場合か」
「……ああ、うん」
いまいち納得しきれないシュピーゲルだったが、ヴィントの言う通りのため、大人しく中継モニターも見に行った。
「さて、と……」
ヴィント自身も、転送されるまでの時間潰しと、とある人物の観察のため、モニターに向かう。
名誉のために、レアアイテムを手に入れるために、強さを証明するために。様々な理由を持ったプレイヤーたちぶつかる一大イベント≪バレット・オブ・バレッツ≫。
【おまえ、本物、か】
そこで、キリト、シノン、そしてヴィントは、過去と対峙することになる。
UW編の放送も終わっちゃいましたよ……。