風のガンファイターと氷の狙撃手 作:シュツルム
BoB予選を映す大画面パネル。その内の1つを、ヴィントが見つめる。そこでは、つい先ほど知り合ったプレイヤー、キリトの予選映像が映し出されていた。
最初はヴィントから見ても、これと言って特筆するところはなかった。シノンの話で、キリトがガンマンゲームの弾丸を避けられるのは知っていたが、ハンドガンの連射とライフルのフルオート射撃は全く違う。
自分に向かってくる予測線の多さに面食らったのだろう、キリトが一瞬動揺した顔を見せ、すぐさま退避。
数発被弾しながらもなんとか物陰に隠れるが、弾丸の雨によって身動きを封じられていた。だがその状況は長く続かなかった。別角度から攻撃しようとしたのだろう、相手は射撃を中断し、隠れながら移動を開始する。
狙いの場所にたどり着いたのか、再び姿を見せて攻撃しようとしたが、その場所をわかっていたかのように、その前にキリトが突撃。
だが距離があったために、相手はキリトに近づかれる前に射撃を行えた。
普通なら、キリトが蜂の巣にされて終了、となるだろう。だがしかし、キリトは弾丸を光剣で斬り捨てるという離れ業を行った。
相手は目に見えて動揺するも、空になったマガジンの交換には淀みがない。そんな相手に対し、キリトがファイブセブンを向け、数発の弾丸を放つ。キリトが銃初心者なのに加え、走りながらの不安定な物だったが、距離が近くなっていたこともあって、銃を持っていた腕に命中。
そしてキリトは、疾走の勢いをそのままに、全力の直突きで光剣を相手に叩き込んだ。数秒の後、相手は無数のオブジェクト片と姿を変え、同時にキリトの勝利が確定した。
その様子を見ていたヴィントが目を見開いて驚愕し、同時に、わずかな動揺も宿っていた。
勝敗が決まったためだろう、キリトを映していた画面が別の戦闘を映す。同時にヴィントの身体を青い光の柱が包み、転送される。
入れ替わるようにキリトが待機エリアに戻って来た。シノンとヴィントがいるか周りを見渡すが、シュピーゲルがいまだパネルを見ていたことから戦闘中だと判断する。
ならば自分もと、パネルに向かって足を進めようとする。
そんなキリトの背後に、幽霊と見紛うような装いのプレイヤーが佇んでいた……。
一回戦を危なげなく勝利し、待機エリアに転送されたシノンがまず目にしたのは、ベンチシートに座って顔を俯けているキリトだった。
1日どころか半日にも満たない付き合いだが、転送前とはあまりに違いすぎる姿に面を食らった。
「……何うなだれてるのよ。そんなに強い相手だった?」
シノンの問いかけにもキリトは答えず、沈黙を貫く。いささかムッとしたシノンだが、そもそも答えるかどうかはキリトの自由だと、あっさり割り切った。
「まだ1回戦よ? しっかりしなさい」
ポン、とキリトの肩を叩き、その場を去ろうとしたシノンだが、それはできなかった。キリトが突然、シノンの手を両手で包んできたからだ。
「ちょっと!? 何す……」
即座に叫び、腕を引き抜こうとしたシノンだが、その考えはすぐに霧散した。キリトの手が、いや、キリト自身が怯えるように小刻みに震えており、まるで自分に縋ってるように見えたからだ。
「……なにかあったの?」
シノンが膝を折り、下からキリトの顔を覗き込む。ようやく見えた顔には、深い深い恐怖が刻まれ、その眼はシノンに向いているはずなのに、シノンが映ってはいなかった。
再び声をかけようとしたシノンだが、その前にキリトの体が淡い光に包まれ、消え去った。
対戦相手が決定し、バトルフィールドに転送されたのだ。
「…………なんだってのよ」
先ほどまでキリトが縋っていた手を見ながら、シノンは困惑した。先ほどのキリトの姿。それは、かつての自分をシノンに思い出させたからだ。
「…………あの様子じゃあ、勝ち残るのは無理ね」
どんな事情があるにせよ、BoBは止まらない。対戦相手が手加減してくれることもない。ましてや、勝ち進めば進むほど、残るのは強豪たちなのだ。
それ以前に、すぐにでもログアウトしたほうがいいとすらシノンは思った。
そんなシノンの予想は、大きく裏切られた。
それは、常軌を逸した戦い方だった。シノンがキリトの剣を見たのは、ガンショップでの1度きり。それでも、今シノンが見ている戦いが、キリトの普段の戦い方ではないのはわかった。
弾道予測戦があるとはいえ、弾丸を剣で斬り防ぐのも驚愕だが、これはまだいい。だが、致命傷、または命中すれば動きに制限が出されるだろう弾丸のみを斬り捨て、それ以外のダメージを完全に無視し、そのまま相手に突撃して切り伏せる、まさに捨て身の特攻戦法。
そのあまりに荒々しいその戦い方に、キリトの対戦相手だけでなく、パネルを見ていたプレイヤー達も怯んでいた。
だが、シノンにはそのキリトの姿が、何かを振り払うように必死に逃げようとしているように見えた。
そしてもう1人、明らかにおかしな戦い方をしているプレイヤーが、シノンの見るパネルに映っていた。
「…………どうしちゃったのよ、ヴィント」
ヴィントの対戦相手は『ギャレット』。テンガロンハットをトレードマークに、ウィンチェスターライフルを愛用するプレイヤーで、GGOでも実力者として、そしてそれ以上に洒落者として知られている。
だが、本来ならヴィントが手こずる相手ではない。本人のこだわりか、ギャレットはアンティークのレバーアクションタイプの銃を愛用しており、AGI型と戦うのは苦手なのだ。
もちろん、本人にとって苦手なものが、他者にとって突ける隙であるとは限らない。だがヴィントであれば、その隙を隙として捉えられるのだ。
本来であれば。
「それは、あんたの戦い方じゃないでしょ……」
相手の弾幕を掻い潜り、近距離まで近づいて攻撃を叩き込む。過程に違いはあれど、それがヴィントの戦い方だ。
だが、映像の中のヴィントは明確に距離を保っていた。光弾の威力が半減以下になる距離には下がっていないが、頑ななまでにそこから先に踏み込もうとはしなかった。踏み込もうとした瞬間、ヴィント自身が無理やり止めているようにも見えた。
ヴィントをよく知らない者は慎重になっている、と評するだろう。だが、シノンを含めた少数は、そう思わせる戦い方自体が異常だと考えていた。
パネルには、ギャレットが左手にもライフルを持ちだした場面が映っている。レバーアクションタイプは両手で弾丸の再装填を行うが、スピンコックという銃を1回転させて再装填させる特殊射法を使えば片手でも可能。
ただし、機関部に
それでも、ジリ貧の今の状況を覆すには、リスキーな賭けが必要とギャレットは判断したようだ。
同時に、または交互に、リズムを一定にすることなく両手のライフルを撃つギャレットだったが、その悉くをヴィントは躱す。
間もなくしてギャレットの攻勢が止み、ヴィントが反撃しようとした時、ギャレットは思いもよらない行動に出ていた。
ライフルを地面に落とし、両手を挙げていた。つまり降参の意思表示だ。ヴィントは警戒を緩めず銃を向け続けていたが、ギャレットは慌てることなく『リザイン!』と叫んだ。
その後も、BoB予選は進む。キリトもヴィントも戦い方が変わることなく、しかし確実に勝ち進み、シノンもまた危なげなく勝ち続けた。幸か不幸か、3人が待機エリアでかち合うことなく。
そして迎えたFブロックの決勝、シノンとキリトの対決。
結果は、シノンの勝利。
程なくして両名が待機エリアに転送されてきた。しかし、勝利したはずのシノンの顔に笑顔はなく、キリトを見つけ出すと怒りを隠すことなく走り寄り、その胸倉を両手で掴んだ。
決勝のステージは≪大陸間高速道≫。1キロ四方の戦場こそ設定されているが、実際に移動できるのは中央を東西に貫く幅100メートルのハイウェイのみというステージ。
路上に放置されているいくつかの自動車、墜落したヘリコプターなど隠れる場所もあるにはあるが、狙撃手にとっては好条件とは言えないステージ。
幸いにも2階建車両の大型バスを発見し、その2階部分でキリトを待ち伏せていたが、当のキリトは思いもよらない行動を取っていた。
剣も銃も抜かず、隠れることすらせず、ゆっくりと歩いていたのだ。その姿に激高しかけたシノンだが、深呼吸を繰り返して頭を冷やした。
そもそもシノンは、戦闘が終わって気を抜いていた上、さらに死角からの狙撃を避けてみせた男を知っている。
キリトもその類だろうと当たりを付け、普段と変わることない動作で狙撃を敢行。
バス前面の窓ガラスを粉々に砕きながら放たれたへカートの弾丸は、キリトの胸部に直撃、上半身を吹き飛ばした。
勝利が確定したにも関わらず、シノンは呆然としていた。だがすぐに、奥歯を噛み締めた。
さきほどシノン自身が切って捨てた可能性。それこそが正解だったのだと気づいたからだ。
キリトは
「…………どういうつもり?」
静かにキリトに問いかけるシノン。怒りが収まっているわけではない、だが恐怖に震えるキリトを見ていたからか、かろうじて感情を爆発させなかった。
「…………俺の目的は、明日の本選に出ることだ。もう、この予選で戦う理由はなかった」
それも、キリトの言葉を聞くまでだった。右手を放し、その手を大きく振りかぶり、躊躇いなくキリトの左頬に掌を炸裂させた。
「…………あんた言ったわよね? 決勝で会っても全力で戦うって。その全力がこれ!? ふざけるのも大概にしなさいよ!!!」
頬をぶたれても、キリトは碌に反応を示さない。その様が、ますますシノンの癇に触った。
「所詮ゲームになにをそんなに熱くなってるって言いたいの? ええ、そうね。たかがVRゲームのたかがワンマッチ、しかも本大会出場が決まってる消化試合も同然。けどね! 目的は違くても、誰だって真剣に戦ってるのよ! 今! ここで! この世界で!!! あんたは違うの!!?」
その言葉を聞いたキリトが、目を見開き、続けてきつく閉じられ、しばらくした後に、開かれた両目が正面からシノンを見た。
「すまない。俺が間違っていた。…………俺は、本選で確かめなきゃいけない事がある。だから、それが終わった後に、俺に償いの機会をくれないか?」
「償い?」
「本気で、君と戦う」
「…………それを信じろって? 1度蔑ろにされてるのに?」
「信じてもらうしかない。俺には、保証する手段がないから。それに、君の言葉で思い出した」
「なにを?」
「……全力を尽くさなきゃ、この世界で生きる意味も資格もない、って事」
キリトがその眼をシノンに真っ直ぐに向け、シノンもまたキリトの眼を見返す。5秒、10秒と経ち、視界の端に転送の光を認めながら、シノンはゆっくりとキリトから手を放す。
「………………これ以上、失望させないようにするのね」
理解も納得もできたわけではないだろう。だがシノンは、矛を収める選択を選んだ。
「すまない。ありがとう」
「謝罪も感謝もいらないわ。あんたがすべきなのは有言実行。それだけよ」
キリトから身体を背け、シノンがウインドウを開く。映った予選トーナメント表を確認し、いまだヴィントの決勝戦が終了していないことを確認すると、シノンは中継モニターに足を進め、ヴィントの姿を探す。
「……………………なに?」
「いや、あの、俺も偵察ぐらいはしようかなって……」
その隣に、キリトが陣取っているが。
「あんた、面の皮厚いって言われない?」
呆れと共に吐かれたシノンの言葉に、キリトは困ったように頬を掻く。
その後方で、声を掛けることができなかったシュピーゲルが、2人の背中を見ていた。
「…………全力を尽くさなきゃ、この世界に生きる意味も資格もない、か」
暗闇の中に六角形パネルと小さなホロウインドウが浮かんでいるだけの空間。バトルフィールドに転送されるまでの1分間、各プレイヤーはここで準備の最終確認を行う。
そのパネルの上で、ヴィントは先ほどキリトが言った言葉を反芻していた。シノンとキリトは互いしか見えていなかったために気づいていなかったが、ヴィントもあの場にいたのだ。
そして会話が終わる直前に対戦相手が決定し、転送されたのだ。
「…………お前は、やっぱり『お前』か、キリト」
何かを確かめたような口ぶりと共に、ヴィントが青い光と共にその空間から消えた。
ヴィントの決勝の相手は『夏侯惇』。古代中国の隻眼の武将と同じ名前のそのプレイヤーは、右目に眼帯型の照準補正デバイスを、防弾ヘルメットやアーマーもそれ風にカスタマイズされており、銃ではなく剣や槍のほうが似合うのでは、という風貌だ。
第2回BoBでも本大会出場を果たした猛者でもある。
夏侯惇もヴィントの名前は知っていた。聞いていた戦い方と違ってはいたが、BoBに合わせて変えたのだろう程度に考えていた。が
「うっそぐほっ!!?」
ヴィントが壁も天井も関係ないとばかりに、時に駆け、時に跳び、縦横無尽に空間を移動しながら接近。至近距離からの銃撃もすり抜けるように躱され、勢いそのままに、カスタムされた双銃でぶん殴られた。
驚愕と衝撃でおかしなうめき声を上げながらノックバックする夏侯惇だが、ヴィントは即座に再突撃。夏侯惇のアーマーの隙間に銃を押し付け、そのまま連射。今度は声を上げる間もなく、夏侯惇はオブジェクト片へと姿を変えた。
「…………遅いのよ、まったく」
見敵から数分とかからず決着した決勝戦を見て、シノンが安心と呆れを含めて呟く。シノンも数回しか見たことがない打撃まで晒したのはやりすぎでは、とも思ったが、戦い方が戻ったので良しとした。
「で、あんたは何か収穫あった?」
続けて、隣で観戦していたキリトに感想を聞こうとシノンは視線を向ける。
「え、あ、ああ……」
それに対したキリトの反応は、煮え切らない態度だった。何を言おうか迷っている、いや、自分の考え自体が纏まっていないのかもしれない。
「……悪いシノン。俺、落ちる」
「は?」
唐突にキリトはログアウト操作を実行し、そのままGGOから消えた。それから間もなく、決勝戦を終えたヴィントが待機エリアに転送されてきた。
「おかえり。ずいぶんスロースタートだったわね?」
「…………まあ、な」
皮肉も込めたシノンの言葉に、ヴィントはこれと言って反論しなかった。そのままキョロキョロと辺りを見渡し、誰かを探す。
「……キリトは?」
「あんたの戦い見終わったら、さっさとログアウトしちゃったわ」
「そっか」
目当ての人物がいないことに、ヴィントはホッとしたような、残念なような、複雑な態度を見せた。
「…………あんた、今日はもう落ちたほうがいいわよ」
「ん?」
「ん? じゃないわよ。何かあったんでしょ? 予選も終わりだから、大人しく戻って整理しなさい」
シノンの言葉にヴィントも思考するが、答えはすぐに出た。
「悪い、そうさせてもらう」
「謝罪はいいわよ。ほら早く」
ログアウトするまで見張るつもりなのか、シノンがヴィントから視線を外そうとしない。それに苦笑しながら、ヴィントは操作を実行、先ほどのキリト同様、GGOから姿を消した。
「まったく……」
呆れと、それ以上に心配を滲ませたシノンが、続けてログアウト操作を行う。
「あ、シノ『ごめんなさいシュピーゲル、またあとで』……ぁ」
シノンが1人になったことで、ようやく話しかけることができたシュピーゲルだったが、シノンはその言葉を遮り、早々にログアウトしてしまった。
伸ばしかけた腕を力なく下ろしたシュピーゲル。だがしかし、抑えこもうとした感情が漏れ出したかのように、その手は、拳へと形を変えていた。
せめてコロナを気にしなくていい情勢には、なってほしい……。