風のガンファイターと氷の狙撃手 作:シュツルム
GGOからログアウトし、詩乃が照明の消えた暗い部屋で目を覚ます。着けていたアミュスフィアを外し、傍に置いてあった携帯端末を取り、電話を掛ける。
数度の呼び出しの後、相手が電話に応えた。
『……もしもし』
「大丈夫?」
話しながら眼鏡を掛け、ベッドから立ち上がり部屋の照明を点ける。
『悪い、心配かけた』
「そんなのはいいわよ」
相手から謝罪の言葉が届くが、詩乃は気付いている。相手は、自分の質問に答えていないと。
誤魔化そうとしたのかはわからないが、予想よりも堪えているらしい。
「今からそっち行こうか?」
『…………気持ちだけ受け取っとく。明日の本大会に備えるべきだろ。俺なんかに構ってる場合か』
「………ん、わかった」
じゃあな、と一方的に相手は電話を切った。
「…………俺
一言呟いた詩乃が端末を机に置き、ハンガーラックから衣装を取っていく。外出用の服装に着替え、靴を履き、外に出て部屋の鍵を掛けた。
それから徒歩で10分もせず、詩乃は目的のアパートに到着。詩乃が住んでいるアパートと違い、年季が入っている建物だ。
その一室に視線を向けた詩乃だが、住人不在なのか電気が点いていない。が、詩乃は構わずその部屋に向かい、扉の呼び鈴を鳴らす。
「…………」
数秒ほど待つが、部屋から音はしない。詩乃は再度、呼び鈴を鳴らす。再び数秒待つが、それでも動きはない。3度、4度と繰り返すと、ガチャリと解錠の音が響く。焦るように扉が開かれ、中から高校生ほどの男が1人出てきた。
「おま、なん『こんばんは、先輩』え? あ、こん、ばんは……」
「上がっていいですか?」
「……あ、ああ」
戸惑っている部屋の主の言葉を遮り、挨拶をする詩乃。そのまま許可を取ると、家の中へと入る。
「いや待て、ちょっと待て」
「はい?」
が、我に返った家主にすぐに呼び止められた。
「年頃の女の子が、1人暮らしの男の部屋に夜1人で訪ねてくるとか不用心過ぎるだろ」
「そうね、確かに。ごめんなさい」
男の指摘に、詩乃が反論もせず頭を下げる。
「けど、来たことは間違いじゃなかったわ」
「なに?」
「だって、いつもの先輩なら私を家に上げるはずないもの」
玄関で会っても、そのまま私を家まで送ってた、と詩乃は言う。
「……そう、か?」
「そう」
「…………そうか」
男は自分の行動に呆れ、額に手を置いて天を仰ぐ。あー……、と零しながら男が何かを考えている。少しの間それを続けた後、男は顔を詩乃に向け、言い放つ。
「…………夕飯、食べてくか?」
出された座布団に座り、食後のお茶で喉を潤しながら、詩乃は台所で洗い物をしている男を見る。予定ではなかった2人分の夕飯を最初は確かめるように、しかしすぐに手慣れた様子で調理していた。
食卓に並べるときに
「自分以外に作ったのは久しぶりだ」
と、言っていたので、元々料理をするタイプだったのだろう。食べたことがある人間が他にもいるのかと詩乃は考えたが、すぐに家族だと思い至った。そのままご馳走になり、洗い物ぐらいは、と申し出るもあっさり断られ、結果、詩乃は男を見ることに専念している。
男はそれに気づいていながらも気にすることなく、手を動かし続けた。
「…………お待たせ。朝田、送ってく」
洗い物を終えた男が、詩乃に帰りを促す。詩乃もそれに反対することなく、帰り支度を始めた。
詩乃のアパートへの帰宅中、男と詩乃の間に会話はなく、黙々と歩き続ける。
「…………俺と」
だが、道半ばほどで、男は口を開く。詩乃に視線を向けず、足も止めないまま。
「俺とキリトの関係は、たぶん、『戦友』、だと思う」
正確には『だった』だけど、と、男は言う。
「戦友……それじゃあ、あいつも?」
詩乃の問いに、男はコクリと頷いた。
「けど、それならなんで」
「…………あいつ自身が理由じゃない。あいつに感謝こそすれ、嫌う理由も憎む理由も俺にはない」
話している間、男は無表情を貫いている。しかし、言葉に嘘はなく、悪感情も含んでいないことは詩乃にもわかった。
「けどあいつは、間違いなくアレを象徴する1人なんだ。少なくとも、俺にとっては」
「あいつ等と会わないようにした。あの鉄の城に関わろうとしなかった。逃げてるって自覚はある」
「最初は名前が同じだけだと思った。けど予選映像を見て、キリトがアイツって考えが浮かんだだけで、ああなるとは俺も思わなかった」
「
「…………先輩は、キリトがそう思ってるって考えてるの?」
「…………そういう奴じゃないと思ってる。けど、違うとも言い切れないんだよ、俺は……」
男は再び口を閉ざす。詩乃もそれに対し何も言わず、黙々と歩き続ける。数分の後、詩乃のアパートに。男はその前で立ち止まり、詩乃が前へと歩き進める。
「ありがとう、先輩」
「ああ。次はGGOで」
「ええ」
詩乃が振り返り、男に礼を言う。男が簡素に返し、それを受けて詩乃も自分の部屋へと向かう。
「朝田」
その前に、詩乃は男に呼び止められ、再度振り向く。
「ありがとな、来てくれて」
「…………別に。本調子じゃない先輩に勝ったって、なんの意味もないもの」
「それでも、ありがとう」
男の言葉に一瞬面食らった詩乃だったが、すぐに単純な善意ではないと言う。それに対し、男はやはり感謝で返した。
「まあ、受け取っておくわ。それじゃあまたね、先輩」
「ああ」
今度は男も引き留めることなく、詩乃はアパートに歩いていく。自分の部屋の鍵を開けたと同時に、アパート前にいる男を見る。詩乃がペコリと頭を下げ、男が手を上げると同時に踵を返し、帰路に就いた。
男が少し離れたところで詩乃も部屋に入る。電灯も暖房も止めて行ったために暗く、外ほどではないが冷たい。先ほどまでいた男の部屋との差を、嫌でも感じさせた。
直ぐに灯りを点け、暖房を動かし、外套だけ脱いでベッドに座った。
「あの様子だったら、大丈夫かな」
詩乃がさっきまで会っていた男を思い浮かべ、とりあえず安堵した。訪ねて部屋から出てきた時はお世辞にも顔色がいいとは言えなかったが、食事を終えた時点で大分マシになっていた。
溜め込んでいたものを吐き出したことも、プラスに働いたはずだ。
「………………あれ? 私、とんでもないことしてない?」
同時に、詩乃は自分の行動を振り返った。以前、詩乃は恭二を家に招いて夕飯をご馳走したことがある。それ自体は楽しかったのだが、そのあと恭二の目に熱が籠っていって冷や汗を掻いたのだ。
『招いた』と『赴いた』の違いはあるが、さっきのは正にそれと同じ状況なわけだ。男が『不用心』と言って、詩乃はあっさりと返していたが、それこそそっち方面に流れる可能性もあった。いや、自発的に行った分、男がそう考えるのも十分ありえた。
「………………ない、ないないない。先輩は『相棒』だから心配しただけで、私はそんな感情持って」
詩乃が自身の行動に言い訳している時、突然音楽が鳴った。
「ひゃわっ!? え、あっ、電話?」
不意を突かれた詩乃が小さく悲鳴を上げるも、着信音だと気づく。慌てて端末を取り、表示される名前を確認した。
「新川くん?」
そこに表示されていたのは、友人の名前だった。何の用だろうと思った詩乃だったが、GGOでシュピーゲルの行動を強引に遮ってログアウトしたことを思い出し、なかなかに気まずかった。
なぜこのタイミングなのかと気にもなったが、まずは電話に出ることにした。
「もしもし」
『あ、朝田さん、ちょっといいかな?』
「大丈夫。どうしたの?」
『明日、ちょっと会えないかな。本大会の前に』
恭二からの要望に、詩乃は思案する。本大会は午後8時、学校の課題も今日中に終えられる。GGOにも、BoB以外でログイン予定はない。先輩とも、『次はGGO』と念を押されたので、会う予定はない。
「うん、大丈夫。時間は? どこで会う?」
『それじゃあ……』
そしてこれが、見えなかった溝を浮き上がらせる切欠となった。
BoB本大会2時間前。詩乃がシノンとなってGGOにログインした。すでに陽が落ちているリアル同様、GGOも夜となっており、グロッケンの街が人工の光で煌めいている。
「…………」
しかし、シノンはそんな光景に心動かされることは無い。すでに見慣れているのもあるが、BoBへの緊張感と、少し前の友人との一件が尾を引いていたからだ。
「あ、シノン……」
そんなシノンに、すでにGGOにログインして待っていたのだろうシュピーゲルが声を掛けた。
「…………」
シノンはそれを意図的に無視し、シュピーゲルの横を素通りしようとする。が、その前にシュピーゲルはシノンの腕を掴み、それを阻止した。
「…………放して」
そんなシュピーゲルに対し、シノンは冷たく突き放す。明らかに友人に対する態度ではなく、普段のシノンでは考えられない物だ。相手が、先ほどシノン/詩乃の感情を逆撫でした当人であるシュピーゲル/新川でなければ、だが。
「朝田さん」
とんでもないマナー違反に、さすがのシノンも仰天した。シュピーゲルがアバター名ではなく本名で呼んできたことを咎めようとしたシノンだが、それだけ必死なのだろうと無理矢理自分を抑えた。
なにより、友人を敵視し続けるのは、シノンとしても本意ではない。
「なに?」
「その、さっきはできなかった大事な話があるんだ。大会が終わった後に、リアルで会えないかな」
「…………いいよ。大会が終わったらね」
「ほ、本当っ!!?」
断られることも考えの内に入っていたのだろう。シュピーゲルが驚きと歓喜の混じった声を上げた。
「こんなことで嘘つかないよ。じゃあ、今度こそ放してくれる?」
「あ、ご、ごめん」
シノンの指摘に、シュピーゲルが素直に手を放した。
「…………大会、頑張って」
「うん」
一言に収めたシュピーゲルからの激励を受け、シノンがコクリと頷き、総督府へと歩みを進める。
総督府前の広場では、無数のプレイヤーが飲み物食べ物を片手に騒いでいる。BoBの観戦前にも関わらずの大盛り上がりの理由は、BoB本大会を対象とした運営公式のトトカルチョの為だ。
一説では、このトトカルチョでGGO内に存在する通貨の半分以上が飛び交っているというのだから凄まじいものである。
そんな広場を無視し、総督府前の階段を上るシノン。そして上りきったところで。
「シノン」
シノンは、キリトと邂逅した。
「キリト。待ち合わせ?」
「いや、シノンを待ってたんだ。ここにいれば確実だろ?」
微妙にドヤッてると言えなくもないキリトに、シノンが内心でイラッとした。
「はいはい。で、なんで私を待ってたの?」
「訊きたいことがあるんだ」
「……なに? まさか、今度は本大会のルール説明させようってんじゃないでしょうね」
「ち、違う違う! 今回はちゃんと覚えてきたって! いやルール確認したい気はあるけど、訊きたいのは別のことだ」
ジト目で見てくるシノンに対し、キリトが慌てて弁明する。
「…………酒場ゾーンなら開いてるわ。エントリーして、そこへ行きましょ。ついでに、本題の前にルールも聞いてあげるわ」
待機エリアはイベント開始の1時間前でなければ立ち入ることができない。それに対し、総督府地下1階の酒場ゾーンは常時解放されている。酒場自体はグロッケンの至る所にあるので、わざわざ総督府に足を運ぶ者は普段ならそういないのだが。
「今日に限っては、
闇風をはじめとした強豪をプレイヤー達が激励し、ダインといったスコードロン所属プレイヤーがトトカルチョは自分に賭けろと自信満々にメンバーに勧め、ゾーンの一角でそのトトカルチョにプレイヤー達が熱気を発していた。人数の関係で広場ほどではないが、それでも相当なものである。
ランキングを見れば、シノンは15位、キリトは大きく下がって27位となっている。
それに対し、ヴィントは6位。初出場ではあるが、前回優勝者の闇風が決着を付けると宣言したこともあり、かなり上位となっている。
「ふん……」
シノンがそれを見て不機嫌そうに鼻を鳴らす。相棒として誇らしくはあるが、自分の方が下と見られているのはやはり気持ちの良いものではないのだ。
「ルールに関してはこれで終わり。それで、あんたが本当に訊きたいことって?」
適当な席に座り、キリトのルール確認に捕捉を加えながら付き合ったシノンの質問に対し、キリトはウィンドウを開き、シノンに見せる。それは、本大会出場者のリストだった。
「この中に、シノンが知らない名前は幾つある?」
「……なんでそんなこと訊くのよ」
「大事なことなんだ、頼む」
訝し気なシノンに対し、キリトは真剣な表情を見せる。言葉にも、焦りが滲み出ているように感じる。
「…………それは、昨日の予選で、急にあんたの様子がおかしくなった事と関係あるの?」
「…………ああ、そうだ」
予選1回戦を終えたキリトは、かつて同じVRMMOをプレイしていたプレイヤーに声を掛けられたらしい。
だが、決して友人や仲間ではない。その真逆、本気で殺し合った敵だった、と。ゲームであるにもかかわらず、
そのプレイヤーが所属していた組織は決して許されないことをし、そして和解もあり得なかった為に、剣で決着をつけるしかなかったのだと。
「そのことを後悔はしていない。…………でも俺は、負うべき責任から眼を逸らし続けてきた。自分の行いの意味を考えようともせず、無理矢理に忘れて、今日まで来てしまった……」
シノンへの説明ではあるが、キリトはむしろ自らへと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「だから、もう逃げることは許されない。今度こそ、正面から向き合わなきゃいけないんだ」
「…………そう」
何かを言おうとしたシノンだったが、それを飲み込み、改めて本大会出場者のリストに目を通す。
「それなりの強者ならGGOで名前が知れてくるし、BoBも3回目だから出場者は決まってくるわ。その上で、私が名前も知らなかったのは、あんたを除けば『ペイルライダー』と……『スティーブン』、でいいのかな? この2人」
GGOでは日本語で名前を付けることもできるが、この2人はアルファベット表記だ。だが、シノンはペイルライダーの名前はすんなり読めたが、逆にスティーブンはぎこちなかった。
それを聞いたキリトは、2つの名前を口の中で繰り返す。それを見たシノンが口を開こうとした時。
「何してるんだ?」
知った声が、2人の耳に届いた。声の方向に視線を向けると、案の定、そこに立っていたのはヴィントだった。ヴィントを見たキリトがビクリと肩を跳ね上げ、そのすぐ後に安堵していたのはシノンもヴィントも気づいていたが、何も口にすることはなかった。
「ヴィント。なんでここに?」
「時間潰し。カスタムもそこまで時間要らないし、狩りにでも出てうっかり死にでもしたら目も当てられないからな。そろそろ下に行こうとしたらお前らが見えた。で、何してたんだ?」
「私が知らない名前があるかって訊いてきたのよ、こいつ」
「知らない名前?」
シノンがリストをヴィントに見せ、2つの名前を指差した。
「……『ステルベン』か。ずいぶん直球な名前にしたもんだ。まあ、そういう意味じゃ『ペイルライダー』もか」
そしてリストを見たヴィントが口にした名前は、シノンが発した物とは違っていた。
「ステルベン? それスティーブンじゃないの?」
「意図してこのスペルだったらな。ドイツ語なんだよ、これ」
今表示されているスペルは『Sterben』。スティーブンであれば『Steven』のはずなのだ。
「それで、そのステルベンはどういう意味なんだ?」
キリトがヴィントに対し、急かす様に問う。それに対し、ヴィントは淡々と答える。
「命が消えるってこと。『死』だよ」
その返答に、キリトとシノンが息を呑んだ。本来のシノンであれば、その名前に意見の1つでもしたかもしれないが、キリトの話の後だった為に、そのような気は起きなかった。
「……それじゃあ、ペイルライダーは? 似たような意味があるみたいに言ったけど」
「ペイルライダーは黙示碌に出てくる『【死】を司る騎士』の名前だ。俺の記憶違いでなければ、だけどな」
「騎士……」
ヴィントの返答に、キリトが再び考え込む。
「…………キリト」
「え?」
そんな様子のキリトに、ヴィントが躊躇いがちに声を掛ける。だが、そのあとに言葉が続くことは無く、酒場の喧騒だけが響く。
「…………悪い、なんでもない。2人とも、俺は先に降りてる」
シノンとキリトの返答を聞くことなく、ヴィントは酒場ゾーンのエレベーターに足を進める。
「…………なにしてんだ、俺」
後悔と自身の情けなさが滲んだ一言を呟きながら、ヴィントは酒場ゾーンから姿を消した。
『硝煙の匂いが大好きなバトルジャンキー達! 準備はい~い? VRMMOで最もハードな【GGO】最強プレイヤーが、今夜決定~~~!!! MMOストリームは完全生中継で、戦いの模様をお送りするよ~♪』
グロッケンに無数に展開されたパネルの中で、司会進行役の猫耳少女がマイクを通して視聴者を煽るように声を上げる。そしてそれに応えるように、パネル前のプレイヤー達が歓声と共に盛り上がりを見せる。
『さ~あ、カウントダウン! いくよ~~!』
開始まで10秒を切り、少女のカウントダウンが始まる。
『5……4……』
外の喧騒とは正反対に、待機エリアのプレイヤー達は例外なく静かだった。目を閉じている者、他者に視線を向ける物、パネルに映っている観衆を見る者と様々だが、誰も言葉どころか物音も発しようとはしない。
『3……2……』
各々が思い浮かべるのは強敵との戦い方か、信じて疑わない自らの勝利の栄光か、はたまた過去と向き合う覚悟か。
『1……』
そして、待機エリアの全プレイヤーが光に包まれる。
『
少女の宣言とグロッケンで大量に上がった花火と共に、BoB本大会が幕を開けた。
ヴィントが去った後で、「BoB本大会前の一幕」と続きます。