味方の姿に変身して主人公たちに近付いて、油断させて不意討ちをしかけてくる敵キャラクターっていますよね…
小さい頃に…あれを…見た時ですね
「ホントにこのまま主人公たちを仕留めちゃったらどうなるんだろう」「このまま誰も気づかないままだったらどうなるんだろう」って子供心ながらにドキドキしていたんですよね…

そんな場面を想像しながら書いたんですが途中で「なんか変な方向イったぞ」と思いつつ完成しました
こういった話を楽しめる人は楽しく、そうでない人はそれなりにお願いします


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僧侶に化けて勇者のパーティに潜入したんだけど事態は深刻だった

 

「グヒャハハハハ!」

 

 僧侶は戦慄した。

 自分を拉致した小汚い男が、下品な声で笑ったかと思うと、身体中の関節をあらぬ方向へと曲げ、皮を突き破らん勢いで骨が蠢き、肉をすり潰すかのようなおぞましい音を上げた。やがてその姿は変形し、変化し、変貌した。

 目の前には、まるで鏡写しであるかのような、自分の姿があった。しかし、鏡ではない。

 

「グヒャハハハハ! どうだ? どこからどこをどう見てもお前の姿だろう、僧侶?」

 

 自分と寸分違わぬ高く美しい声が、自分と似ても似つかぬ下劣な口調で喋りかけてきた。

 

「手前味噌だがな、俺の変身は完璧だ。顔や体はもちろん匂いまで完全に再現できる。たとえ肉親でも見分けがつかねえだろうよ。もちろんあの勇者の小僧も、戦士の若造も、魔法使いの小娘もな」

「そ、そんな……」

「安心しな。お前は"まだ"殺さねえよ。お前は万が一の場合に備えての人質にさせてもらう。心配するな。勇者どもが油断しきったところをスパッと殺した後で、お前もきっちり殺してやるからよ」

 

 偽僧侶は、歌でも歌うかのように小気味よく語り続ける。

 

「冥土の土産に教えてやるぜ。俺は魔王様直属の部下、イミタス。戦闘能力という点では他の脳筋バカ魔族どもの足元にも及ばねえが、こと変身能力に関しちゃ俺の右に出る者はいねえ。暗殺、暗躍は俺の十八番で独壇場。正攻法じゃあ敵わねえが、搦め手で俺に敵うやつはいねえ。さあ、わざわざ俺が出向いてやったんだ、喜べよ。お前らはいよいよ魔王様を本気にさせたんだからな。もっとも、お前らの愉快な冒険の旅も、もうすぐ終わっちまうんだけどな、グヒャハハハハ!」

 

 口が裂けそうなほど口角を吊り上げて邪悪に笑うイミタスを見て、僧侶は下唇をかんだ。

 自分を捕らえた魔物は楽しそうに自分と同じ衣服を纏い、道具袋を肩にかけ、手にしていた杖を持った。

 

「『これで今日から私が"僧侶"ですね』。どうだ、似ているだろう? 聖職者の正体が皮を被った魔物だなんて、まったくお笑いだぜ!」

「…………」

「勇者どもと何食わぬ顔で合流して、後はタイミングを見計らって殺す。なーに、たったこれだけのことだ。しかし、世界が変わる瞬間というのは往々にしてあっけないもんだぜ」

 

 

 

 深い森の中で、勇者が声を上げた。

「僧侶!」

「勇者様」

「一体どこに行ってたんだい? 怪我はない?」

 勇者は慌てたような声だった。

「申し訳ありません。道に迷ってしまいまして……」

「敵にさらわれちまったのかと思って、探し回ってたんだぜ」

 戦士はほっと一息ついたというような声色だった。

「ご、ご心配をおかけしてすみません。ですが、この通り大丈夫です」

「でも見つかってよかったわ。僧侶さんがいなくなったら、あたしたちやっていけないものね」

 魔法使いがしみじみとつぶやいた。

「そ、そんな……おおげさな」

「そんなことないよ。僧侶がいないと、ボクたちはダメなんだ」

「勇者様……ありがとうございます」

 

 潜入はつつがなく成功した。イミタスはほくそ笑んだ。

 このパーティの中で、年長者の僧侶は精神的支柱であった。

 並外れた才能の持ち主だがまだ幼い勇者と、腕っぷしは国一番だが剣を振るう以外に能の無い若い戦士と、魔力は満ち溢れているがコントロールしきれていないお転婆な魔法使い。戦闘に関しては言うコト無しだが、それ以外は生活力さえ怪しい面々だ。その中で僧侶は、みんなのお姉さんともいえる立ち位置だった。

 

(食事に毒を入れるもよし。薬と偽って毒を飲ませるもよし。同士討ちさせることができたらさぞ最高だろうが、この調子なら案外アッサリできちまうかもな)

 

 イミタスは、勇者たちを暗殺する機会をうかがった。

 やがて夜が来て、一行は洞窟の中で夜を明かすことになった。

 彼らは火を焚き、食事を摂り、今後の予定や敵の幹部のことについて話し合った。

 

「そういえば、敵の中には変身して姿を変えるやつがいるそうだな。家族や友人でも見分けがつかないほどにそっくりらしいが……」

 戦士がそう口にすると、得意げな表情で魔法使いが答えた。

「いくら見た目をそっくりに化けたからって、気づかないわけないでしょう。もし仮にそういう敵が誰かに化けて出てきたとしても、勇者も戦士も僧侶さんも、あたしなら絶対に見分けつくわ!」

(バァ~~カ! 今目の前にいるのが、その敵だよ! とことん間抜けだなオメーは! グヒャハハハハ!)

「僧侶? どうかしたか?」

「いえ……そうですね、もしそういう敵が現れても魔法使いさんが一緒なら安心ですね」

「でしょでしょ!」

「ふふふ、頼りにしてます」

 

 イミタスが戦士と魔法使いと話している間、勇者は姿が見えなかった。どこかに行ってしまったのだろうか、と僧侶が周囲を見回していると、戦士が声をかけてきた。

 

「勇者か?」

「ええ、姿が見当たりませんので、ちょっと心配になって」

「そうか、もうそんな時間か。早く持っていってやったほうがいいんじゃないか?」

「持っていく……?」

「なに言ってるんだ? いつものことじゃないか」

("いつものこと"? なんだ? 一体何のことだ? メシは食い終わったはずだし、何か特別な習慣か? まさか……)

「あたしたちはまだ余裕あるけど、勇者はけっこう切らしてたから、行ってあげたほうがいいと思います。僧侶さんがいなくなって一番不安がってましたし」

(切らしてた? 余裕がある? なんだ? 薬草かなにかか?)

「そ、そうですね……ちょっと私、行ってきますね」

 

 予想外の事態に戸惑いながらも、イミタスは僧侶から奪った道具袋を持って洞窟の外に出た。

 すると、どこからか剣を振るうような音が聞こえてきた。

 

(潜入に不測の事態はつきものだ。だが、想定の範囲内だ。それにちょうど勇者と二人きりになれることだし、むしろチャンスといってもいいだろうよ)

 

 自分に言い聞かせながら、音のするほうへ近づいていく。ゴクリと喉を鳴らして、木の影から覗き見ると、勇者と目が合った。彼は剣を降ろして近寄ってきた。

 

「勇者様、ここにいらっしゃったんですか」

「僧侶……」

「鍛錬をされていたのですね。お疲れ様です」

 

 剣技の稽古に集中していた反動なのか、どこかぼうっとしている雰囲気だった。

 彼はぼんやりとした口調で話し出した。

 

「さっきまでそこに居たんだ……」

「そこに居た? 魔物ですか?」

「いや……魔王」

「魔王?」

「うん……」

「…………えーっと、それはどういうことしょうか?」

「たくさんいたんだ。切っても切っても出て来るから……とりあえず切りまくったんだけど……そしたら一体の頭がパカって割れて、中からたくさん月桂樹の葉が飛び出してきて、お父さんとお母さんが言うから、おじさんが友達だったんだ……」

「……はい?」

 

 支離滅裂な言動だった。

 そもそも魔王様がこんなところにいるわけがないし、いたとしてもあのお方は分身なんて使えないし、月桂樹やらおじさんやら、何が何だかもう分からなかった。これなら知恵のないゴブリンどものほうが、まだ話が通じる、イミタスはそう思った。

 

(こいつ、こんなにおかしなやつだったのか? いや、しかし昼間は普通だった。こんなじゃあなかった。今日、こいつと話してきたが――)

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。ボク、ちゃんと魔王を倒すから。絶対に魔王をブッ殺してみせるから。だから、酷いことしないで!」

「勇者様!? だ、大丈夫ですか?」

「ごめんなさい……ごめんなさい……ボク、がんばるから……"アレ"を、ちょうだい」

「はい……? "アレ"?」

「ちょうだい、ちょうだい、ちょうだい」

 

 今度はいきなり泣き出して、縋りついてきた。

 イミタスは完全に動揺していた。もしかしたら勇者は自分の正体にとっくに気づいていて、自分を試しているのだとしたら――などという風には見えなかった。目の前にいる勇者は、すっかり自分を僧侶だと思い込んで、信じ込んで、こうして頼み込んでいるのだ。何かを――"アレ"と称するモノを求めている。まるで乳を求める赤子のように。

 暗殺のことなどすっかり抜け落ち、恐る恐る道具袋の中をまさぐる。これほどまでに勇者が欲するものとは、一体何なのだろうか。検討もつかない。イミタスがしどろもどろしていると、勇者がぬっと道具袋の中を覗き込んできた。

 

「あった……!」

「え?」

 

 勇者が手にしたのは、瓶だった。中には乾燥したキノコが入っている。

 獣のような荒い息遣いで、勇者はキノコを口にした。そして、その表情は一変した。

 

「…………あッ! あッ! あッ! ああァァァ~~~~~~!! ウヒッ! ウヒヒヒヒッ!」

「ひっ!」

「キタキタキタキタェ~~~~!! 僧侶ォ~~~~! 最高だよォ~~~~! ウヒヒィ~~~~!!」

「な……なんなんだお前ェ!」

 

 素の口調に戻ってしまっていたが、勇者がイミタスの正体に気づく素振りはない。興奮し、目は充血し、腕に血管が浮き出ている。犬のように舌を出し、身体をのけぞらせている姿は、とても正気の沙汰とは思えなかった。

 勇者は後ずさるイミタスの腕を捕まえる。

 

「ボク、がんばるよぉ! かんばって魔王をブッ殺すよぉ! そうすればもっともっともっともっとたくさんたくさんたくさんたくさん"コレ"が手に入るんでしょ~~~~?」

「や、やめてくれ……」

「僧侶がいなくて、ボクたち、死にそうだったんだよぉ? だって僧侶がいないと、"コレ"が手に入らないからぁ!」

「こっちに来るなァーーッ!」

 

 道具袋を置いて、イミタスは駆け出した。

 まともな人間の目とは思えなかった。魔族の中にだって、あんな目をするような者はいない。

 蜘蛛の巣にかかるが如く欲に絡め取られたような、狂気を孕んだ目。

 一度だけちらりと後ろを確認する。かの勇者は死肉を貪る獣のように道具袋の中身をまさぐっていた。

 

 命からがら洞窟の中へ逃げ戻ってきたイミタスを待っていたのは――

 

「クソっ……こいつらもか……」

 

「…………死ぬのかなぁ……俺は死ぬのかぁ……怖いよ……」

「あ、僧侶さんおかえりなさい」

 

 二人は、串に刺したキノコを火で炙って食べている。戦士のほうは虚ろな目でうわごとをぶつぶつとつぶやいている。魔法使いは喋り方はまともだが目の焦点が定まっていないし、手が小刻みに震えている。

 イミタスはどうにか僧侶としての姿を思い出して、丁寧な口調で尋ねた。

 

「ど、どうして……どうされたんですか二人とも?」

「どうって? 別に、いつも通りですけど」

「これが、ですか……?」

「どうしたの僧侶さん? 今日、なんだか顔色悪いよ」

「嫌だ……死にたくない…………死にたくないよ…………ウヒッ……」

 

 そこでイミタスはハッと気がついた。

 彼女たちが口にしているキノコ、そして勇者が口にしたキノコ。

 それはマジックキノコとよばれるキノコだ。幻覚作用があり、幸福感や満足感を得られる一方で、高い依存性を持ち使用者の心身を蝕む。

 その危険度の高さから、魔王様が魔族全体に禁止令を出した代物だ。もっとも、魔族の中にも隠れて使用している者もいるそうだが、そういった者は発見次第断罪されている。

 まさか、と思った。

 

「あの、ひとつ確認してもよろしいですか?」

「えー? なんですか?」

「皆さんは、コレを、いつも使っていらっしゃるんですか?」

「ウヒヒヒッ! いきなり何言ってるんですか? 使うも何も、僧侶さんが教えてくれたんじゃないですか」

「なっ、この僧侶が?」

「魔王を倒せば"コレ"がいっぱい手に入るんですよね? 嬉しいなあ、嬉しいなあ……」

 

 イミタスは絶句した。

 この勇者どもは、狂っていた。いや、狂わされていた。

 

 

 

 すぐさま僧侶を監禁している小屋へ向かい、イミタスは彼女を問い詰めた。

 

「おいテメー、あれは一体どういうことだ?」

「あ、あれは……その……」

「洗いざらい吐きやがれ! 素直に教えねえと、どうなるか分かってるよな?」

「お願いですっ! 全部言います! 言いますから! 殺さないでください!」

 

 首筋にナイフを突き立てると、僧侶は目を潤ませて命乞いをした。僧侶はぽつりぽつりと事の真相を語り出した。

 

 

 話を聞けば、そもそも、魔王討伐の命を下した王がイカれていたという事実が明らかになった。元がマジックキノコの密売や人身売買で財を成した男で、金で身分を買い、前王に取り入って、挙句クーデターじみた形で前王を国外追放。王の座に就いた直後は、経済政策や外交政策の活発化などによって民からの支持を得ていたものの、金と裏切りで生きてきた男が真に民を慮る政治などするはずもなく、求心力は次第に低下していった。

 そんな彼が支持率回復のために打ち出したのが、魔王討伐だった。世界平和と国の名誉のためという大義名分だったが、その裏には浅ましい理由があったのだ。魔王討伐の命を出し勇者を送り出せば「魔王を討伐した、たとえできなくとも魔王に果敢に挑んでいった英雄を輩出した国」として諸外国よりも優位に立って外政を進められる。また、魔族が統治する領土の利権を手に入れることができれば、さらに国力を増やすことができる。などといった具合に、王は目論んでいたようだ。

 

 数多くの志願者達の中から選び出されたのが勇者、戦士、魔法使いの三人だった。

 

「事の発端は、王の指示でした……。魔王討伐は過酷な旅です。どんなに勇気ある者でも、途中で投げ出さないとは限りません。勇者が途中で逃げ出したら、それは国の恥を世界に晒すことになる、と王はお考えになられました。なので……その……」

「逃げ出さねえようにクスリ漬けにしたってワケか」

「く、クスリ漬けだなんて……そんな、私は…………」

 

 僧侶は、王お抱えの修道女だった。王は、奴隷だった彼女を教育してシスターとして育て上げた。彼女は、王のいいなり――都合のいい手駒だった。

 あの三人は年若く、老練な冒険者に比べて知識・経験の足りない連中だ。気付けになる薬、とでもいって飲ませていたのだろう。大方、疑うこともしないで飲んでいたんだろう、とイミタスは想像した。

 

「…………あのキノコには、たとえまやかしであっても苦痛を和らげる効果があります。ですが、その代償として失うものはあまりにも多く、大きいのです。パーティの皆様は、倫理や道徳といったものがちぐはぐになりかけています。特にもっとも使用量の多い勇者様は、『魔王を倒すこと』『戦うこと』『マジックキノコを使うこと』これらの整合性や因果関係がまったくおかしくなってしまっています。それを、彼の内なる"聖なる力"によってかろうじて正気を保っている状況です。もし何かのきっかけでそのバランスが崩れてしまったら、きっと、魔王よりも恐ろしい災厄に成り果ててしまうでしょう……」

「一から十まで、クソみてえな話だな……」

「……あなたに捕まった時、これは天罰だと思いました。仮にも神に仕える身でありながら、このような所業に手を染めていたことに対する罰なのだ、と。

 …………ですが、同時に、もうこれ以上罪を重ねなくても良いのだという気持ちがあったことも事実です」

 

 僧侶は涙を流しながら告白した。これまで隠していたことを口にして、彼女は己の行ないの愚かさを改めて思い知り、悔い、嘆いた。

 

「ニンゲンどもってのは、どうしてここまでクソな連中しかいねえんだろうな……」

 

 イミタスは呆れたようにつぶやいた。目の前の女が話したことの、どこからどこまでが事実かは不明瞭だが、少なくとも、あの勇者たちの尋常ならざる様子を見るに、あの一行がマジックキノコの中毒患者であると察するのは容易なことだった。

 人類の希望にして、我等魔族の脅威にして、傲慢な王の犠牲者。

 数々の同胞を殺し、あれだけ憎かったはずの勇者たちが、今はなぜか哀れに思えてならなかった。

 イミタスは髪をかき上げて言った。

 

「今ここでお前らを殺しても、どうせお前の王とやらは、またクスリ漬けにした第二、第三の"勇者"を送り出すだけだろうよ。それじゃあ堂々巡りだ」

「では、一体……」

「まずは魔王様に報告だ」

 

 

 

 イミタスからの報告を受け、魔王は即断即決した。

 魔王軍の部隊が勇者の母国を強襲。緊急事態に、勇者のパーティも帰国したが、その時には既に魔王軍は撤収済みだった。

 

「クソッ! まさか本国が攻め込まれるとは! 勇者どもはいつまでチンタラしているんだ! とっとと魔王をブッ殺して――」

「王、少しよろしいですか?」

「何の用だ! こんな時に……いッ……?」

「お前のような、クソみたいな"王"がいることに、魔王様はお怒りだぜ。だが、朗報だ。今日でお前はクソみたいな王から、ただのクソに早変わりだ」

「……な……なぜ私が…………死ななければ……ならない……」

「"天罰"だよ」

 

 この動乱の最中、国に紛れ込んだイミタスは王を暗殺。王の死によって、魔王討伐の命令は凍結となり、勇者達は僧侶とともに治療施設で療養することとなった。

 

 

 

 それから、幾つかの月日が過ぎた。

 

 

 陽光のもと、かつて"勇者"と呼ばれた少年は畑を耕していた。鍬を振るい、種を撒く姿は、かつて狂気に堕ち剣を振るっていた姿とはかけ離れている。

 そんな彼の元を訪ねる女性がいた。かつて共に旅をした僧侶だった。

 

「こちらにいらっしゃったんですね」

「やあ僧侶」

「立派な畑ですね」

「そうかなぁ。苗が枯れちゃったり害虫が出たりで、まだまだ勉強することが多くて大変だよ。……だけど、大変だからこそ、やりがいはあるね」

「さすがは"勇者様"です」

「やめておくれ。ボクたちはもうそんな大層な存在じゃないさ」

 

 勇者ら三人は、今は治療施設からほど近い家に住んでいる。施設を出たとはいえ、まだ自立のための援助を受けているのが現状だ。本当の意味で彼らが新しい人生を歩み出すのは、まだ先のことになるだろう。

 

「修道院のほうから差し入れを幾つか持って参りましたので、玄関のほうに置いておきました」

「ありがとう。……その、いつも世話になってるのに、ロクにお礼もできなくて、ごめんね」

「いえいえ、勇者様達が元気でいらっしゃってくれたら、私はそれだけで満足です」

 

 僧侶は手を振って勇者に別れを告げた。

 

 

 その後、修道院に戻った僧侶を出迎える人物がいた。

 

「おかえりなさいませ。勇者様のご様子はいかがでした?」

「ああ。スッカリ農民が板についている様子だったぜ。これなら魔王様に盾突くなんて気は起こさねえだろうよ」

 

 それは、"僧侶"だった。鏡写しであるかのような姿。出迎えた彼女が丁寧な口調であるのに対して、帰ってきた僧侶の口調や表情は清廉さの欠片もなくなっていた。

 つい先程勇者と会っていた『もう一人の僧侶』の正体は、言わずもがな魔王の配下たるイミタスである。

 魔王は、魔族である誇りと矜持を重んじる王だった。魔王は、勇者達が再び魔王に剣を向けるようであれば即刻暗殺すべしという命令をイミタスに出していたのだ。しかし、それは同時に、種族は違えど、宿敵ながら薬物――マジックキノコの犠牲になった彼らを哀れに思ってのことであり、かつて宿敵であった者達への、最初で最後の情けともいえた。

 経過観察はもう必要なさそうだった。

 

「クスリも抜けたみてえだな。顔に生気が戻ってやがった。お前も、相当世話を焼いたんだろ?」

「はい……それが私にできるせめてものの罪滅ぼしですから……」

「そうかい。まあ、俺には心底どうでもいい話だ」

「その……ありがとうございます、イミタス様」

「おいおい、聖職者が魔物に頭を下げるなんざ、まったくお笑いだぜ! いよいよお前も頭イっちまったのか?」

 

 僧侶は、穏やかな微笑みを称えている。

 そんな彼女の顔を見て、イミタスは盛大に笑った。

 

「グヒャハハハハ!」

 

 



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