現地には二年ほど前に友人と行き、その時の記憶を頼りに書きました。
ここは沼津の内浦にある『三津シーパラダイス』。クラゲの特別展示やセイウチやイルカのショーが有名だ。
最近では地元の学校のスクールアイドルとコラボしたPVでさらに有名になった。とくにセイウチをモチーフにしたマスコットキャラクター『うちっちー』はそのグループの一人が中に…ではなく、その一人と友達らしく一気に知名度が上がった。
そしてそんな三津シーパラダイスの入り口で一人佇んでいるのは伊豆の方からはるばるやって来た夢が丘高校ダイビング部の“弟くん先輩”こと二宮誠だ。
「姉さん遅いなぁ…」
誠は腕を組ながら
(…まぁ、拒否したところで引きずってでも連れてかれるんだけどね)
基本的に二宮姉弟の力関係は姉>弟なのである。しかし、仲が悪いわけではなくそういった仲の良さなのだ。姉によく蹴られたりするが、まぁスキンシップのいっかんだ。
「姉さん、遅いなぁ…」
実際はそんなに時間はたっていないのだが、待つと長く感じるものだ。あと、初めは乗り気ではなかったがいざ来てみると楽しみになるもので誠はワクワクしていた。だからこそ待っていると長く感じてしまう。
「…ん?」
誠の視線がふとあるものを捉える。
「うゅうゅ」
赤い髪の毛を左右で二つに結んだ女の子が走ってくる。ピンクを基調としたこれまた可愛らしい服を着ている。結んだ髪を揺らしながらとても楽しそうな様子で走ってくる。
(見た感じ…中学生…かな?なんかどこかで見たような…?)
あまりマジマジと見ると不審がられるのですぐに目線を外したが、何故か頭に残る顔だった。誠自身はそこまで女の子に興味を持つ性格ではないのだが、その女の子は不思議と頭に残った。
(はて?どこで見たかな?)
顎に手をあて記憶を辿る誠。その女の子は体を少し弾ませながら入り口に向かっていく。そして誠の前をちょうど通りすぎる時にバランスを崩した。
「うゅ!?」
「危ない!!」
咄嗟にその女の子の肩を掴んで引き寄せた。なんとかその女の子は転ばずにすんだ。誠はほっと胸を撫で下ろした。
「大丈夫?」
「…」
返事がない。まさか足でもくじいたのかな?心配になってその女の子の前に移動し顔を見ようとした。
「…」
「…」
その女の子と目があった。怪我はないようだった。だが、その女の子は真っ青な顔をしていた。誠は直感で感じた「あっ、これヤバイな」と
「ぴぎゃあぁぁぁぁぁ!!??!」
「うわぁぁ?!」
なんの前触れもなく女の子は涙を流しながら半狂乱で叫び始めた。
「おねいちゃあぁぁぁぁん!!!」
「ちょ、ちょっと…!」
これはマズイ。端から見たら『女の子をいじめて泣かした男』だ。いや、悪くしたら『女の子をさらおうとしたヤバイ男』と思われる可能性もある。
「えと、あの、ごめん?俺悪いことしたのかな?」
「おねぃちゃあぁぉ……ん…」
少し落ち着いてきているようだった。
(よし、この調子でなんとか…)
ドサッ
不意になにかが落ちる音がした。その音は泣いている女の子の後方、誠の目の前からだった。
「ルビィ…?」
その女性は多分誠と同じくらいの年齢だろう。長くて綺麗な黒髪と口許のほくろが特徴的だ。白いワンピースを着ていて、落としたのは同じ白色ハンドバッグだった。細い肩がふるふる震えている。
「あなた…?」
(ひぃ…!)
黒髪の女性から敵意、いや“殺意”をひしひしと感じる。目付きがヤバイ。
「あの、これはですね?」
なんとか状況を説明しようとしたその時、背後にも気配を感じた。そちらの気配は誰かすぐにわかった。
「姉さ…」
後ろを向いたらすでに姉は走っていた。目線を前に戻すと目の前に先程の女性。赤い髪の女の子はその女性によってすでに誠の前からいなくなっていた。「おねいちゃん!違うの!」どうやら完全に落ち着いたらしく必死に止めようとしてくれている。だが、時すでに遅し。誠はフッと微笑み天を仰いだ。
「なんともないようでよかったよ」
次の瞬間、姉のドロップキックと黒髪の女性の渾身のビンタが同時に誠に炸裂した。
「申し訳ありませんでした!!」
頭を下げる赤い髪の女の子と黒髪の女性。
「いいわよいいわよ!いつものことだから!」
「…あぁ、気にしないで」
何故姉さんが先に言うんだろう?という疑問は飲み込んでまだヒリヒリする頬をさすりながらできるだけ気にしていない顔をする。黒髪の女性、黒澤ダイヤが真面目そうな見た目そのままに何度も深々と頭を下げる。
「いえ、そういうわけにはいきませんわ!ろくに状況を確認もせずに人様に暴力を振るってしまうなんて…」
「おねいちゃんは悪くないよ!ルビィが助けてもらったのに、なのにビックリして泣いちゃったから…」
「いえ、だからこそ姉であるわたくしがしっかりしなければいけなかったのですわ!」
お互いを思いやるがゆえの言い合い。赤い髪の女の子の名前は黒澤ルビィ、黒澤ダイヤの妹だ。収拾がつかないので誠がどうしようか迷っていると誠の姉の愛が進み出て二人を抱き締めた。黒澤姉妹は驚いて固まった。
「え?ど、どうしましたの!?」
「う、うゆゆ?」
混乱する二人から離れた愛はにかっと笑った。
「とりあえずお近づきのハグ!落ち着いたでしょ?」
「ええ、まぁ、重ね重ねすいません」
「だから気にしてないって(笑)謝るの禁止!」
「はい、申し訳…あっ、わかりました」
「よしっ!」
(さすが、姉さんだな)
こういうときは本当に凄いと思う。誠が感心しているとルビィが誠のそばによってきた。
「あの、さっきは…ありがとうございました。あの痛くないですか?」
まだ顔は赤いが少なくとも警戒はされていないようだった。誠は頬を擦るのをやめ膝に手をあて目線を下げる。
「大丈夫だよ」
できる限りいい笑顔を作って“大丈夫”をアピールする。ルビィはそれを見て安心したように笑顔になった。
すぐあとでわかったのだが黒澤ルビィは高校一年らしい。誠は初めこそ中学生だと思っていたが、早めに高校生だと感づいていたのであまり驚かなかった。愛は目を真ん丸にして驚いていた。
それはともかく、せっかく知り合ったので四人で中に入ることになった。「誠は荷物持ちにでも使ってね」と誠の承諾なく黒澤姉妹に告げる愛。
「姉さん、せめて一言くらい俺に確認してくれよ」
「うっさいわね、弟で男なんだからゴチャゴチャ言わない!」
「いって!」
尻に蹴りをいれられ飛び上がる。それを見た黒澤姉妹はビックリしていた。
四人で中に入りまずはじめにセイウチの水槽の前に立った。水槽の中ではセイウチがボテーッと寝転んでいる。ふと四人に気づいたのかじっと四人を見た。そして少し考えた後いきなり水槽内の水に飛び込んだ。
「わひゃっ!?」
ルビィが驚く。セイウチは約5mくらいの距離を往復し、岩場に登りひと休みすると、また泳ぎ始める。これを何度も何度も繰り返した。
「…」
「…」
四人はなんとなくそれを十分ほど見ていると、一人ずつ我にかえる。
「は!?なんかつい見ちゃったわ!」
「…セイウチさん大きい」
「入り口であまり時間を使うのはよくありませんわ」
「次に行こうか」
セイウチに別れを告げて四人は先へ進んだ。
生き物に触れるコーナーでは二宮姉が尻込みする二宮弟を強引にサメに触らせたり、七色に輝くクラゲのコーナーでは二宮姉がダイヤ、ルビィの三人で写真を撮った。二宮弟は一人で撮ろうと思ったが、ルビィが気を使ったのか一緒に撮った。
外への出口付近ではヌタウナギの水槽があった。
「うゆ?うなぎさんはどこ?」
四人はヌタウナギを初めて見るため、その見た目が本格的なお店で食べるとすごい値段になるうなぎを想像していた。なかなか見つけられずにいると、水槽の中の泥に同化していた見た目が想像していたうなぎとはかなり違う長い体の生物が水槽のガラスにビタンと張り付いてきた。
「ぴぎゃあぁぁぁ~!?」
「ちょっ、ルビィ!?」
ルビィが驚いて走り出してしまった。それを追いかけるダイヤ。
「ええ!?ちょっ二人とも!!」
さらに黒澤姉妹を追いかける二宮姉弟。といっても出口はすぐだったのですぐに追い付いたのだが。
出口付近にカワウソがいたので、それを見て心を和ませた。
外に出ると海に浮かんだ桟橋のような場所に出る。少しいくとショーをやっている場所がある。もうすぐ次のショーが始まるようだった。
「よーし!ルビィちゃん!席取りにいくわよ!!」
「は、はい!p(^-^)qルビィ!」
「なにそれ……めちゃかわいいわね!!」
いつのまにか仲良くなっていた二宮姉とルビィの二人でショーの会場へとかけていった。
「ルビィ!急に走ると転びますわよ!」
心配そうに声をかけるダイヤ。「だいじょーぶー」とかすかに聞こえてきた。「まったく…」とため息をつくダイヤの表情は嬉しそうだった。
「さて、わたくしたちも行きましょうか」
「あ、先に行ってて。俺はなにか飲み物とか買っていくから」
「あら、でしたらわたくしもお手伝いいたしますわ」
「え、でも…」
「遠慮なさらないでください。入り口でのお詫びもしたいですし」
「もう気にしてないけど、でもさすがに持ちきれないからお願いします」
「はい」
誠とダイヤはショーの会場の前にあるファストフードの販売店に向かった。
「誠さんのお姉さまはとても明るい方ですね」
突然話を振られ少し考える誠。
「うーん、まぁそうかな?」
「あら?なんだかはっきりしない反応ですわね?」
「姉さん、あぁ見えてかなり涙もろいし繊細なところもあるから」
「感受性豊なんですわね」
「そういう捉え方もあるか、あ、あとかなりの照れ屋」
「ふふ、思ったよりチャーミングな方ですね」
「弟としては心配な部分もあるんだけどね」
顔を少ししかめて「困った」顔を作りながら腕を組んだ。ダイヤは微笑みながらその横顔を見つめる。誠が話を続ける。
「でも、もうその“心配”もしてないんだけどね」
「あら?どうしてですの?」
「いい後輩に恵まれたから」
「…!」
誠の言葉にダイヤはハッとなった。
「俺達の先輩が卒業して二人だけになった部活にまず二人が入ってくれた。そこからさらにその後輩が入ってきて、最近では正式ではないけど男の後輩も入ってきた。始めの二人との出会い方は独特だったけどね」
二宮姉弟と二年生の後輩の出会いの話をするとダイヤはおかしそうに笑った。
「ふふふ、おもしろい二人ですわね」
「でもその二人が入ってから姉さんは今まで以上に笑うようになったし、気持ちをより素直に出すようになったと思う」
「誠さんはお姉さんの事がお好きなんですね」
「ム…」
その通りなのだが、改めて言われると恥ずかしい。顔が赤くなる前に話題を変えることにした。
「き、兄弟といえば、ダイヤさんの妹も可愛い…」
「でしょう!?」
食い気味に答えた上に目をキラッキラッさせて顔を寄せてくる。誠は身を引いて少し距離をあける。
「本当にルビィはできた最愛の妹ですわ~!!」
先ほどまでの“落ち着いたお姉さん”はどこへやら。今のダイヤは自分の宝物を誉められた子供みたいだった。
「本当にルビィはかわいくて…」
ここから三分ほどダイヤのルビィ自慢が続いた。初めは面食らっていた誠も妹を心から愛しているダイヤの様子にほほえましい気持ちになった。だが、急にダイヤのトーンが下がった。
「でも最近までわたくしはルビィをわたくしから遠ざけていましたの」
「え?どうして?」
急に様子が変わったダイヤに戸惑う誠。ダイヤは話を続けた。
「詳しくは省かせていただきますが、わたくしとルビィには共通の趣味がありまして、とある事情からわたくしはその趣味をやめなければならなくなりましたの」
「うん」
「ルビィに理由を聞かれましたが答えませんでした。ただそれによってルビィはわたくしの前ではその趣味の話をしなくなりました。わたくしもその趣味から離れていたくてその話をしませんでした。それからルビィとの会話も減ってしまい、このまま卒業を迎えるのだと覚悟していました」
ダイヤはその時の事を思い出しその瞳が寂しそうになった。だが、それも一瞬だった。
「しかし!そんなわたくしたちを救ってくれる人物が現れましたの!」
「え?う、うん?」
表情がコロコロ変わるダイヤに気圧される誠。ダイヤは気にせず続ける。
「少しドラマチックに言い過ぎましたが、その人物というのはわたくしの一年後輩の二年生で、その二年生が立ち上げたある部活のおかげでわたくしとルビィは昔のように共通の趣味を心から楽しめるようになったんですの」
ダイヤは体ごと誠の方を向いた。
「それにルビィ自身も大きく成長できました!その子がいなければわたくしとルビィは今だにギクシャクしていたかもしれません」
「お互い、いい後輩に恵まれたってことだね」
「いいえ」
ダイヤは首を横に振って腰に手をあてる。まさか否定されるとは思っていなかった誠は少し驚いた。誠の様子を見たダイヤはいたずらっぽく微笑んで右手の人差し指をほっぺに当てると、
「わたくしの後輩のほうがいい後輩ですわ」
と片目をつむった。誠はポカンとダイヤを見つめていたが、フッと笑いだしながら。
「俺の後輩逹だって負けてないよ!」
とダイヤと同じポーズで胸をはった。しばらくその状態でお互い張り合っていたが、すぐにどちらからともなく笑いだし、突如始まった「どっちの後輩がすごいか対決」は幕を閉じた。
二人は四人分の軽食(主にフライドポテト)と飲み物を購入し、二宮姉とルビィが待つ会場へと向かった。
残りの話は頭のなかにはできているので早めに書ければと思っています。