ダンジョンでコミュを築くのは間違っているだろうか 作:FNBW
恥の多い生涯を送った。
自分の一生を振り返り、最後にそう結論付けた。
家族もなく、孤児院にも味方はおらず、自分を示すものは暴力だけ。辿り着いたのは
何もないからどんなことでもできる。それは力の源だった。
死んでも処理が楽だから、その理由で死地へ送られた。自分のいる組織では使い勝手のいい鉄砲玉として扱われた。
指を切ったことも一度ある。一度失敗しても二度目で必ず仕事を終わらせた。
気が付けば自分の隣には共に酒を飲み合う友がいて、後ろには自分を慕う部下がいた。
気が付けば、何もないとは言えなくなっていた。
騙され、売られ、自分の腹には幾つもの短刀が生えた。
ヤクザの殺し屋が幸せを願った末路だった。
よくあることだ。こんなこと、この業界では特に。
「ようこそ、ベルベットルームへ」
最初に聞こえたのはその声だった。
しゃがれた年寄りの枯れた声。
白で埋め尽くされた視界が次第に定まり、辺りを映し出す。
そこは階段だった。
それはどういう仕組みなのか、青い石畳だけが宙に浮かび、連なるように螺旋を描いている。上も下も果てが見えず、ただ青い螺旋階段と青い踊り場があるだけ。
石畳の上に、いつの間にか自分は腰を下ろして座っていた。
老人はそんな螺旋階段の踊り場になぜかある、黒いチェアに腰かけている。
怪しい老人だ
この奇妙な空間に自分を連れてきたのはこの老人だろうか。
「私の名はイゴール……お初にお目にかかります。夢と現実、精神と物質の狭間にある場所…“ベルベットルーム”の主を致しております」
長い鼻が特徴的な白髪の老人が異様に大きな目でこちらを見据える。
「ここは何かの形で契約を果たされた方のみが訪れる部屋……。貴方には近く、そうした未来が待ち受けているやも知れませんな」
未来……
老人の言葉に鼻で笑う。自虐的な虚しい笑いだった。
「ご心配には及びません…ここは“あの世”ではない…貴方はまだ、生きていらっしゃる」
信じられない。
幾つものナイフで刺され、確かに死んだはずだ。
「貴方は確かに亡くなりました。……しかし、その魂はまだ、生きている。ここは、貴方の行く先を示す、次の部屋」
次など要らない。
老人との距離を肉薄にし、右腕をしならせる。ボディブロー。
しかし、その手は老人に当たる前に半透明の壁に止められた。
ミシリ、という手の痛み。まるで鉄板を殴ったかのようだ。
舌打ちをして距離をとる。
「フフ、血気盛んなお方だ。次など要らない、それも一つの選択でしょう…私の役目は貴方を導く手助けをすること…その先々で貴方が選ぶ答えが死であったとしても」
老人の手が淡く輝く。数枚のカードが現れた。
「“占い”は、信用されますかな? 常に同じにカードを操っておるはずが、まみえる結果は、そのつど変わる…。フフ、まさに人生のようでございますな」
老人がこちらを見て笑みを浮かべる。今すぐ立ち去るか黙らせたいがどちらもできない。
「ほう…近い未来を示すのは“塔”の正位置」
宙に浮かぶタロットカードが捲られ、塔を指し示した。
「貴方はこれから大きな災いに晒されるようだ…そして、その先を示すのは“運命の輪”の正位置…“人生の分岐点”、“宿命”、“出会い”」
運命を指し示すカードが捲られ、老人はカードを消した。
「災いの中にも出会いがある。どうやら貴方は自らの死を望んで尚、出会いに恵まれておられるようだ」
手が自然と握り拳になる。老人のセリフは不快だ。
自分の
また壁に阻まれるだろうが、拳が砕けるまで振るってみようか。
「どうやら時間が来たようですな」
老人が螺旋階段の上を見てそう呟いた。釣られて上を見上げると一枚のカードが降ってきた。
「どうやら貴方の力は“愚者ではない”…いずれ訪れるであろう災厄に立ち向かう力を手に入れるのです。さすれば、いつの日か“愚者”をその手にここへ来ることがあるでしょう」
“愚者”の描かれたカードは老人の手の内で光となって消えた。
「では、未来のお客様。貴方の旅路に意味があらんことを」
老人は恭しくこちらに向かって一礼すると景色が一変した。
螺旋階段が地鳴りと共に下へと落下する。
立つことができないほどに揺れ動きついに階段から落ちた。
風を切りながら闇の底へ落ちて、落ちて――光が見えた。