ダンジョンでコミュを築くのは間違っているだろうか 作:FNBW
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5層、昨日とは違い、ダンジョンの広い通路を使いここまで順調に降りて来た。
モンスターと何度か遭遇したがメイスも短刀も持っていたためほとんど無傷だった。
広い通路は人通り多いらしい、おそらく何度もここを利用している熟練の冒険者が踏み鳴らしているからだ。
入り組んでいるダンジョンで道なりという言葉は正しくないだろうが、地面を見ると多くの人々が行き交った足跡がある。
それを見ながら進んでいる。
もちろん足跡はモンスターらしいものまである。
すれ違う他の冒険者が何人もいたことを考えると広い通路はあまりモンスターが湧かないらしい。
怪物祭の始まる前にガネーシャファミリアがモンスターの輸送を行っていたのもこういう広い通路だったと思い出した。
人の痕跡、モンスターの痕跡、じっくりと見る機会はなかったが調べてみると面白くも思う。
ここで遭遇し、戦闘が行われたとか、装備の欠片が散乱していて、ここで逃げ帰った、など。
天井からたまにこちらに落ちてくるダンジョン・リザードをメイスでホームランさせながら周囲を観察して歩き続けた。
昨日にはなかった心の余裕というものが実感できた。
ヘスティアと話さなければ昨日と同じような結果になっていたに違いない。
我ながらチョロいと内心舌打ちしつつも、体はかつてないほど軽かった。
妙な胸騒ぎがしたのはそんな探索を満喫している時の事だった。
背中が熱くなっていることに気が付く。
熱源はロッドからだった。
火傷はしないが、明らかに自分の体温よりも高い。
見た目は何も変わっていないが、握るとロッドが脈打つのが手に伝わった。
ペルソナ
しん、と間が訪れる。
もしかしたら魔法が発動するのでは、と期待したがそんなことはなかった。
自分ではなく、ロッド側に何かが起きているということだろうか。
ヘスティアが言っていた、この武器には人間同様にステイタスが刻まれていて、持ち主と共に成長する生きた武器、だと。
文字通り生きているのだろうか。
ただの比喩のようなものだと思っていたが。
どうなっているのかしばらく地面に置いて見つめていたが何もわからない。
魔法を使う専門家がいればわかるかもしれないが、いないものは仕方がない。
使い手の身を危険にするほどではない、と思う。
とりあえず背中に背負い直して探索を続けようとすると、強い風が背中を突き抜けた。
通路の端へ飛び退いてメイスを両手で構える。
飛び退いた瞬間、先ほどまで立っていた場所に砂埃を撒き散らしながら何かが地面を滑走した。
砂埃が止むと剣を腰に差した金髪の少女が立っていた。
ヴァレンシュタインさんだ。
「あの子はどこにいますか?」
彼女は口早にそう言った。鬼気迫る、といった表情だ。
昨日の今日でまた何かあったのだろうか。
あの子とはベル以外にいないだろう。
こちらも探していることと、何をそんなに急いでいるのかを聞くと。
「ソーマファミリアの厄介ごとに巻き込まれてるみたい」
どうやら緊急事態らしい。
ソーマファミリアとはなんだったか。
例のサポーターが所属しているところだろうか。
辺りにベルがいないことを確認するやいなや、彼女の周りに風が吹き荒れる。
魔法の類か、風を操り移動速度が上がるのだろう。
つまり魔法を使わなくては間に合わないかもしれない状況ということでもある。
「あの子の到達階層を伺ってもいいですか?」
言い方にやや堅苦しさがある。これも他人に聞いてはいけないことなのだろうか。
だがそんなことを気にしている場合ではない。
彼女は少なくともベルにとっては敵ではない。伝えても問題はないはずだ。
だが自分の知っているベルの到達階層は5層までだ。
今は知らない。
ただ、怪物祭の際にシルバーバックを単身で倒していることを考慮するべきだろう。
彼女にそう伝えると眉間に皺を寄せながらわかりました、と頷いた。
彼女は一歩風を纏わせた足で踏み込むと跳ねるようにダンジョンの奥へと跳んでいった。
暴風が吹き荒れ、彼女の姿は見る見るうちに遠くなっていく。
自分も探さなくては、と慌ててその背を追いかけた。
速すぎてすぐに見失ったが下の階層へ行ったであろうことは予想できた。
幸いにも彼女の通り過ぎた地面を抉るような風の痕跡はわかりやすかった。
それに続くように走って階層を降りる。
ヴァレンシュタインさんは道中で会ったモンスターを瞬殺しているのか、ゴブリンらしき残骸が通路に散乱するように落ちていたり、魔石を回収するまでもなく突き進んでいる。
お陰でこれまでモンスターと遭遇していない。
他の冒険者が呆然として立っていたりと彼女の特異性が見て分かる。
それを横目に風の痕跡をひたすら辿り走る。
しばらく時間が経ち、7層への階段に差し掛かった頃。
ロッドの熱が収まった。
見た目は変わりないが、熱はなくなり通常時のそれに戻っている。
背中の温度の変わりに若干の気持ち悪さを感じるが今は気にしている場合ではない。
階段を駆け降り7層を走った。
時間が経ったからかそれとも人通りがあったからか、風の痕跡は見つけ辛くなった。
隠れてやり過ごしたり最低限の戦闘で終わらせているが、戦闘を避けた結果、挟み撃ちを受けるのも時間の問題かもしれない。
明らかに群れで行動するモンスターが増えている。
戦えばわかるだろうが、おそらくこの階層のモンスターは今の自分では容易に倒せないだろう。
1対1で負けはしないだろうが、連戦は鬼門だ。
8層への階段を見つけて降りている途中で立ち止まる。
もっと下に降りている可能性も十分に考えられるが、帰りにベルと出会う可能性もある。
これ以上進むのならば死ぬ覚悟で行かなければならない。
おそらくヴァレンシュタインさんはこの下へ向かったはずだ。
ただ言うならば風の痕跡は見当たらない為、この階段を使ったかどうかは定かではない。
別のルートで下へ行った可能性が高い。
「……のっ、糞ホビットがあっ!」
踵を返し引き返そうとした時、階段の下から声が聞こえた。
遠くからでも聞こえるくらいの荒々しい声。言い争いだろうか。
誰がいるのか、確認する必要がある。
階段を降りてすぐ近くのルームで中年の冒険者が少女を殴っていた。
衣類を剥ぎ、彼女の持っている道具を物色しながら少女に暴行を加えている。
足音を立ててその場に歩み寄ると彼は少女を殴るのを止めた。
「あぁ?」
少女の胸倉を掴んだまま男はこちらへ振り向いた。
俺の姿を確認すると舌打ちして目を細めた。
「こっちの事情だ、部外者は失せろ」
吐き捨てるように彼はそういった。
苛立っているのがすぐわかる。
――見てしまった以上、見過ごすことはできない。
この現場を目た以上、彼はこちらを無視することはできないだろう。
ギルドに報告すればどうなるかは自分でも予想ができる。
口封じをしなければ地上へは戻れないはずだ。
メイスを握り構える。
「別にいいぜ? なんたってこのコソ泥は人殺しも同然なんだからなぁ。
ギルドにはワケを話せばいいだけだ」
人殺しか。
少女を見る。
男に散々暴行を加えられたのか、雑に放り投げられた彼女は地面に倒れ、鼻血を出して震えている。
見たところベルよりも更に幼く感じるが、先ほど男が言っていたホビットというのはおそらくパルゥムの蔑称だろうか。
ならば、見た目以上の年齢なのかもしれない。
「あぁそうだ。今日もこいつは白髪のガキに付き纏ってたんだぜ? だが、今ここにはこいつ一人だけだ。
これがどういうことか分かるか?」
……どういうことだ。
白髪のガキ、その言葉に嫌な予感がした。
「罠に嵌めて殺したんだろうがよ。今まで何度もやってきたんだろう。
金目の物を巻き上げてから捨てたんだよ」
本当か?
「…っ……!」
少女は目を逸らして黙り込んでいる。
否定しないところを見るとどうやら彼の言葉は本当らしい。
確信を持ったが確認は必要だ。
続けて喚く男の言葉を無視して少女を見る。
お前はソーマファミリアか?
「…はい」
お前が騙して死なせたのは…ベル・クラネルで間違いないか。
「……え?」
目を見開いて少女は俺を見た。
ベル・クラネルは俺のファミリアの団長だ。
「……そう、ですか。貴方が」
何層にいる?
「10層です。でも、もう」
彼女は顔を伏せた。
もう遅い、そう言いたいのだろうか。
今にも舌打ちしそうになる口を引き締めた。
こちらにはお前を殺す理由がある。それは理解できるか。
「……はい」
今すぐに10層へ向かう。
ベルの死体を確認するまでお前は道案内をしてくれ。
少女の下に近付こうとすると剣を抜いた男が立ち塞がった。
「おいおいおい、こいつは今から俺が殺すんだよ。
何勝手に連れて行こうとしてんだ?」
道案内が必要だ。
今すぐに。
邪魔するなら相手になるが?
メイスを再び握り締め、男と向き合った。
「ちょっと待ってくれねぇか、お二人さん」
ルームの別の通路口から声がした。
見ると獣人の男がにたにたと笑みを浮かべながらこちらを見ている。
気が付けば別の通路口にも人影が見える。
「おー、早かったな」
誰だ、と話す前に目の前の男が機嫌よくそう返した。
どうやら彼一人で少女を探していたわけではなかったらしい。
「丁度良い所に来た。
カヌゥ、この男を殺すぞ。
分け前の話はその後だ」
「そのことなんですがねぇ、ゲドの旦那。
申し訳ないんですがね」
下卑た笑みを浮かべているカヌゥと呼ばれた獣人は手に持っていた何かを俺と男の間に投げた。
モンスターの残骸だろうか。
「キ、キラーアント……!?」
持ち運びやすいように下半身を断たれた蟻のモンスター。
まだ動いている。
それが追加で二つ分、計三つが俺と男の前に投げ込まれた。
虫の羽音のような、生物ではあまり聞きなれない音がルーム内に響き渡った。
「しょ、正気かてめえらぁあああああああああっ!?」
男が叫ぶやいなや、別の通路口から蟻のモンスターが出て来た。数は五匹。
大型犬程度の大きさだ。
今はまだ五匹だが、まだ奥から増えてきている。
男が絶叫した理由が分かった。
キラーアントは瀕死の状態だと仲間を呼ぶのか。
三匹が呼び寄せるのだ。
このルームに一体どれだけのキラーアントが押し寄せるかわからない。
キラーアントが来た通路とは別の通路へ一目散に男は逃げる。
少しして断末魔が聞こえた。
その声を聞いて頬に冷や汗が流れるのを実感した。
「あんたは逃げねぇのかい? 一応言っておくが、ゲドの旦那が通った通路はやめた方がいいぜ?」
俺は彼女に用がある。
今死んでもらうわけにはいかない。
ゲドという男は運がなかったが、彼の即断は自分も思いついた手だった。
集結する前に逃げるのは悪くはない。
ただ言うならばその通路に一体どれだけのキラーアントがいるかわからないところだ。
自分一人ならおそらく彼と同じ通路を使って逃げていただろう。
二人いれば彼も生き延びたかもしれない。
もう手遅れだが。
なによりもそれを実行しなかったのはまだこの場に留まる理由があるからだ。
飛びかかってメイスを獣人に振るう。
舌打ちして彼は飛んで回避した。
どうせ彼らはこの子を助けるつもりもないだろう。
「助けるさ。なんたって俺はアーデと同じソーマファミリアだからなぁ」
本当に助けるつもりなら、こんな回りくどい手は使わない。
脅しのシチュエーションとしては最高だが。
「…部外者が、ふざけた口を」
取り繕い方でモロバレなんだが。
彼女自身を生け捕りにしなくてはならない理由があるのだろう。
キラーアントに囲まれつつあるこの状況なら良い脅しになる。
通路口の一つからにじり寄ってくるキラーアントを横目に少女の下に駆け寄る。
ゲドという男に散々嬲られたのか、自力で立てないほど消耗している。
背負うしかないようだ。
「…らしくないですねカヌゥさん。そんなに私の金がほしいですか」
「…あぁ?」
幾分か余裕が出たのか、彼女は倒れたまま獣人の同僚に向かってそう言った。
あからさまに男の顔が歪む。
どうやら予想通りだったらしい。
「なるほど脅しですか。…もしも私がこの場で全部情報を話せばその後は用済みですね?」
助けるから情報を寄越せ、そういう筋書きだったのだろう。
そういう意味ではこの男のプランは完璧だったのだろう。
部外者の第三者がいて、誠に申し訳ないな。
「……クソがっ!」
ルームの通路口では彼の仲間がキラーアントが雪崩れ込んで来るのを防いでいる。
皮肉にも彼は自ら1対1になる状況を作ってしまったわけだ。
3人いれば労せず自分を殺せただろう。
「魔剣を使って下さい。何度も使えませんが、当たれば必ず彼を倒せます」
俺にだけ聞こえるような小声で少女は言った。
散乱する道具の中にある剣を手に取る。
こちらは使い方をまず知らない。脅しくらいにしか使えない。
だが明確にカヌゥの顔色が変わった。これがどういう物なのか知っているらしい。
「潮時だ。
お前ら、行くぞ」
憎々しい表情で彼らは去っていった。
すぐにキラーアントが俺と少女を囲うようにルームを埋め尽くした。
腕を肩に回せるか。
魔剣を片手にキラーアントを制しながら少女を背に乗せる。
地面に散らばった他の道具は捨てるしかない。ポーションを飲ませる暇もない。
背中に背負うロッドとバックパックの上に乗せるような雑な乗せ方だが、
首に回された手に確かな力を感じた。
立ち上がってメイスと魔剣を両手で持って周りを見回す。
あの男たちは俺がこのルームに入って来た通路を使った。
つまりは上の階層へ行ったことになる。
だがこちらはその方向とは逆だ。
下の階層へ行くが、覚悟はいいな?
「……はい。どちらにせよ、死ぬのは覚悟していましたから」
お前には選択肢が二つある。
一つはこのまま俺と共に10層へ向かってベルの死を確認してから俺に殺されるか、もう一つはその途中で俺を殺してモンスターに殺されるかだ。
「……っ」
ぶるり、と背で少女が震えたのが分かる。
結局彼女の結末は変わらない。
だが、それくらい、彼女ならばわかったはずだ。
>どうしてこっちを選んだ
聞かずにはいられなかった。
余裕のない状況だというのに。
「こっち…というのは、カヌゥさんと貴方ということですか?」
脅されることが分かっていれば情報を盾に生きてダンジョンから出られる可能性はあったはずだ。
彼女を生かすメリットさえ考え付ければ彼はこの場で彼女を死なせなかっただろう。
五体満足とはいかないかもしれないが。
ベルが死んでいるのを確認した瞬間にお前を殺してやる。
必ずだ。
「…はい」
ならどうして。
「どうしてでしょうね?」
質問をそう返されるのは予想していなかった。
迫ってくるキラーアントの一体の頭をメイスで潰す。
今にも全員が一斉に飛びかかってきそうだ。
「きっと、もう、どうでもよくなったんですよ。
何もかもが。
もう、全部終わりにしたい」
死にたい、と彼女は続けて言った。
ベルを死なせて後悔したのか。
「……はい」
彼女の置かれた環境を俺は知らない、だがカヌゥを見る限り、彼女の立場は悪いのだろう。
命を狙われるほどに。
なら、お前は死なせない。
「…なぜ?」
お前は死ねば楽になれると思っているだろう。
なら殺さない。
生きて地獄を味わえ、ベルを死なせた仕返しだ。
飛びかかってくる三匹をメイスで横に薙ぐ。
互いに衝突し合い群れの中に押し戻した。
まずはソーマファミリアを抜けてヘスティアファミリアに来い。
ヘスティアがお前を許すなら、そのまま一生俺の下で働け。
状況は刻一刻と悪くなっている。
魔剣を使えば切り抜けられるだろうか。
…とはいえ使い方がわからない。
ベルならお前を死なせないだろう。
生きろと言うはずだ。
俺がそう思うからな。
「それは…どういう―――」
「―――ファイアボルトオオオオオオオオオオオオッ!!」
瞬間、爆炎がルームに立ち昇った。