ダンジョンでコミュを築くのは間違っているだろうか 作:FNBW
□
肌を撫でる心地の良い風が部屋を吹き抜けていた。
目を開けると、否、いつからか目は開けていたらしい。
次第に目の焦点が合っていくと天井が見えた。
見覚えのない天井だった。
目を泳がせてみると白で彩られた部屋が見える。病室のような清潔さがあった。
ここはどこだろうか。少なくとも教会地下ではない。
身を起こすと腰に鈍痛が走った。
誰かが着替えさせてくれたのか、買った覚えのない服を着ていた。
寝台から靴を履いて立ち上がる。
体が重いし固い、外でストレッチでもすれば解れるだろうか。
首を傾けると関節から大きな音を鳴った。
一体どのくらい眠っていたか分からないが猛烈に喉が渇いている。
水を飲みに井戸か水場に行かなくては。
部屋を見渡すが。水らしいものは花の入った花瓶くらいしかない。
部屋を出る。
長い廊下に出た。やはりというか、看護婦らしき女性が廊下を歩いていた。
話をすると俺の主神呼ぶのでしばらく部屋で待機するようにと言われた。
喉が渇いた旨を伝えるとシャワー室を使わせてもらえることになった。
そこで水を飲めと申すか。
まぁ丁度いいのだが。
廊下から階段を降りると見たことのある風景があった。
どうやらここはシャワー室があるバベル内らしい。
ベルと何度も利用しているので途中からは迷わず真っ直ぐシャワー室まで行くことができた。
シャワー室で汗を流すと同時に水を飲んだ。
今度は猛烈に腹が減ってしまった。
我ながら単純なものだと内心苦笑いしながら病室へ向かう。
どこかで腹を満たせないか。
日本なら適当にぶらつけば安いファストフード店に辿り着けたがこの世界ではそうはいかないだろう。
そして自分は飯を食べるところというと豊饒の女主人しか知らないのだった。
あそこは値段が高い、だが日本の飲食店のようにモーニングでもやっていないだろうか。
今は昼間だろうけども。
淡い期待をしつつ、病室の前から踵を返し、バベルから出た。
西のメインストリートを歩く。
途中で幾つかの酒場が見られたが夜にしか営業していない店が多いらしく、鍵がかかっていたり店前の店員に準備中だと入るのを断られた。
冒険者は昼間大概ダンジョンに行っているのだから客足は必然的に少ない。
日本でも昼間は営業しない店は存在する、人の営みが昼間と夜間で分かれている以上それは世界共通だった。
豊饒の女主人の前までやってきた。丁度中から客らしい人が出ていくのが見えた。どうやら営業しているらしい。
店の前に立てかけてある小さな黒板にメニューの名前が値段と共に書かれていた。
読めないが数字だけは自分のステイタスを見て教えてもらっているので理解している。
以前ベルと来た時と違ってゼロの桁が少ない料理がいくつも書かれている。
これは想像通りかもしれない。
「……昼間は夜と違い、料理の種類が違うのです」
黒板と向かい合っていると後ろから声をかけられた。
振り向くとエルフの姿があった。
たしか、リューさんだったか。
「夜は酒場、昼間は食堂として切り替えをしています」
だから値段が安いのか。
納得した。だが早いところ文字が読めるようになりたいな。
「クラネルさんから大怪我をされて昏睡状態だと聞きましたが」
さっき起きた。
と、言葉短めに伝えた。
「……怪物祭(モンスターフィリア)から今日まで眠っていたのですか?」
深く考えていなかったが結構な時間が流れたらしい。
何日経ったのだろうか。
「10日です」
一週間以上も寝ていたのか。
通りで腹が減るはずだ。
もしかして病室で待っていれば病院食でも出たのだろうか。
そこまでしっかりしている病院かどうか怪しいが。
まぁ腹が減ってるから普通に食べても大丈夫だろう。
「物によっては嘔吐するかと」
あ、そう。
流石に店で吐きたくない。次から来にくくなるし、あのネコ女に弱みを握られるかもしれない。
踵を返す。
「どこに行かれるのですか?」
ファミリアの家(ホーム)で食べることにしよう。
「待って下さい。胃に優しい料理もあります。祭での一件もありますので」
真面目な人だな。
何か狙いがあるかと思ったがそんな様子はなさそうだ。
祭の一件というとシルさんに財布を届けるよう頼んできたことだろう。
騒動があったとはいえ財布を渡すというお願いは果たすことはできなかった。
自分は意識を失ったからその後の顛末を知らないのだが、ベルはシルさんに財布を渡せたのだろうか。
「騒ぎもあり、その日の内には無理でした。
ですが翌日にクラネルさんがここに来てシルに財布を渡したので」
大丈夫です、と彼女は頷きながら言った。
祭には間に合ってないのだが、それでいいのか。
二度断るのも気が引ける。素直に彼女の礼を受けよう。
他人の奢りで食べる飯は美味い。が、特に親しくないのに加えて女性の奢りで食べる飯は美味いのだろうか。
案内されるがまま店内に入り、席に座った。
「あの時のクソ生意気ニャおっさんニャ。
くたばってニャかったのかニャ」
自分はまだ24だ。おっさんと言うにはまだ早い。
案の定ネコ女に絡まれた。無視して店内を見回すがシルさんはいなかった。
祭の時どこにいたか聞いておきたかったが仕方がない。
腕を組んでこちらを見るネコ女に顔を向けず返事をして、テーブルに置いてあるメニューを開く。
お腹に優しそうな料理はどれだろうか。
…ああ、読めないんだった。
「んん? もしかして文字が読めニャいのかニャ?」
察しがいいネコだ。
「メニュー、上下逆さまニャ」
……そっか。
言い逃れができない。
「ニャはは! お客様は文字をお読みにニャれニャいのでございますかぁ!!」
「アーニャ、周りのお客様に迷惑です」
腹を抱えて笑い始めたネコ女がいつの間にか地面に伏せていた。
早すぎて目で追えない一撃だった。
やはりエルフの彼女はただ者ではないのだろう。元冒険者だろうか。
日常風景で行われる早業に戦慄していると少しして料理の入った皿が置かれた。
白いお粥みたいな…スープだろうか。湯気が上がっていて熱そうだ。
「ミズイシさんは東国の出身なのだろうか」
スープを啜っているとリューさんがそう切り出した。
文字が読めないから聞いたのだろうか。
わからない、と答えた。
「…どういう意味でしょう?」
転移してきたことと、オラリオを知らないくらいの遠くにいたことを伝えた。
彼女は少し考える素振りを見せた。
「では、帰るためにファミリアに入ってお金を稼いでいるのですか?」
彼女の疑問は尤もだった。
当然の帰結、転移してきたのだから元いた場所へ帰るのが普通だろう。
異世界から来たとは言わない、信じてもらえるか分からないし、これ以上変に疑われて心証を悪くしたくもない。
ヘスティアは他の神の玩具にされる可能性があるので言わない方がいいと言っていた。
ただ、神に対して嘘は吐けない、そのため嘘ではない範囲でぼかして言うしかないだろう。
じっくり一分ほどスープを啜りながら考えて、帰ろうとは思っていない、と答えた。
「そうですか。……お代わりは必要ですか?」
二つ返事で答えてその後二杯お代わりした。
□
「ボクがどうして怒っているか、わかるかい?」
向かい合って、俺を見上げる形になったのが気に食わなかったのか、彼女はベッドの上に立った。
それでも俺を見上げることになると分かると指で床に座るように指示した。
床に正座する。
どう答えるべきか、どう切り出しても怒られる未来しか見えない。故に沈黙を保つ。
「あと二週間は寝ていろとお達しが来たよ。本来はもっとかかるだろうけどその様子だと早くしてもらって正解だったみたいだね」
――ありがとうございます。マイゴッド。
「…その言い方は不快だから金輪際やめること」
ベッドの上に立って俺の主神は言った。
腕を組んで俺を見下ろしている。
豊饒の女主人から出てすぐに病室に戻ったが、すでにヘスティアは病室にいてこの調子だった。
体感だが起きてから豊饒の女主人でご飯を食べてここに戻るのに一時間半ほど経過している。
携帯などの連絡手段がないがヘスティアがもう来ている可能性があった。
それでも自分はまだまだかかると思っていた。
いつ病室に着いたのか。
「一時間半ほど前! 今ボクはバベルの上層でアルバイトをしていてね。すぐ来たよ。す!ぐ!」
激おこだった。更に怒りを助長させてしまったかもしれない。
前の業界だと首切り案件だぞ、猛省しろ、俺。
「でも、怒っているのはそのことじゃない。言わなくても、わかるだろう?」
わかっているつもりだ。死にかけたからだろう。
自分はあの後どうなったのか。
どうしてまだ生きているのか。
自分でも死んだと思ったのだが。
「直接見たわけじゃないけど、ボクが聞いたのは君が暴走したモンスターに襲われて瀕死の重傷を負った後、ロキファミリアがそのモンスターを討伐したらしい。
エルフの少女が魔法で瞬殺さ。ロキのヤツが君にありったけのエリクサーをぶっかけてここに運び込まれて今日に至るってわけ」
――エルフの少女か。
あの子だろうか。
抱きかかえた感触が蘇る。華奢で、か弱い印象だった。だがそれでもあのモンスターを倒したのか。
――すごいな。
そういえば、自分はあの時魔法を使えたのだろうか。発動したような感覚はあったのだが。
『一度来れたのですから、次もあるでしょう。またのお越しを』
瞬間、頭が割れるように痛くなった。同時にベルベッドルームでのやりとりを思い出す。
発動はした、自分はペルソナ使いとして覚醒した。
詳細はわからないが。
「なんだいそれは。ボクは聞いてない。…しかし、なるほど。少し合点がいったよ」
顎に手を当てて考えるような仕草をして、彼女は言った。
「三日ほど前にロキのやつが君のことを聞いてきたよ。
そして礼がしたいと言ってきた。
ただの見舞いに許可を求めるなんて、あからさまにおかしいと思った」
礼か。助けられたのはこちらだというのに。
「君には悪いが蹴らしてもらったよ。
あまりにもあいつは胡散臭い。
貧乳だし」
最後のは余計だったが、それも含めて同意する。
といっても俺が警戒しているのは俺の世界のロキという神であって彼女ではない。
もしかすると性別と共に180度逆の性格をしているかもしれないし。
関西弁だし。
だが、エリクサーを使ってくれたのが彼女ならば、自分が起きた今、礼には応じなければならないだろう。
それが社会の礼儀なのだから。
ヘスティアは蹴ったと言っているがまた近い内に何かあるかもしれない。
神ロキはどういう神物なのだろうか。
「暇すぎて神々同士で殺し合いを始めさせるようなやつだよ。
彼女を恨んでいる神も多い。
地上に降りてきて丸くなったと聞いたが会ってわかったよ。
あいつは何も変わってない。くれぐれも、注意するように」
彼女にしては珍しく、念を押すように言った。
殺し合わせた、か。俺の知ってるロキのイメージと同じだ。
「ああ、ボクが渡した杖だけど。
とりあえずそこの鏡の前に置いているよ」
見ると布で全体が巻かれたロッドがボロボロになった防具と一緒に置いてあった。
メイスとバックパックは祭の時に豊饒の女主人に置いて行ったが返してもらうのを忘れていた。
先ほどまでいたというのに、聞くことも忘れていた。
ベルがあの店に行った時に持って帰ってくれているだろうか。
どういう理屈か知らないが、あのロッドのお陰で魔法が発動できたらしい。
どんな魔法だったか何もわかっていないが。
「早速役に立ったみたいだね。渡した甲斐があったよ」
あの杖は他の杖とは何か違うのだろうか。
「他の杖とは概ね同じだけど、大きく違うところはボクの血と髪を混ぜて作ったことだね。
材質もミスリルで滅多に砕けない上に、使い手である君やベル君と共に成長する。
製法は違うけど同時に作ったナイフとは姉妹みたいなもの、ベル君の持つナイフは君にも扱うことができるし、君の持つロッドはベル君も扱うことができる。
ただ、別のファミリアの人間は使えない」
まるで説明書をそのまま音読するように彼女は言った。覚えさせられたのだろうか。
「端折って言うと、この武器はボクのファミリア以外に使えないってこと。
壊れ難いし君と一緒に成長していくからメンテナンスフリー」
――で、値段は?
「………………」
ヘスティアは口を閉ざした。
新たな借金の予感。
だがそうまでしてくれたお陰で自分は今生きている。
値段がいくらか知らないが教会に匹敵するほどの値段ではないはずだ。
彼女もバイトをしているらしい、ファミリア全員で借金を返していこう。
「で」
はい。
「ボクが怒っていることに対して、何か言うことは?」
>>申し訳ございませんでした。
土下座をする。
「君が死んだら悲しむ人がいる、ということだけはどうか忘れないでくれるかな。
――さて! 待ちに待った神の恩恵の更新といこうか!」
手を叩いて、ヘスティアはベッドから降りた。
ベッドを叩いてこちらを見ている。寝転がれということだろう。
寝転がるとヘスティアが背中に乗った。甘い香りが鼓動を早くする。
頭を振って冷静さを保った。
血が背中に垂れ、部屋が少し光輝いた。
「――終わったよ」
しばらくして彼女は疲れたように息を吐いた。
背中を叩かれ起き上がって服を着る。
写しに書かれた文字は相変わらず読めないが、また消したような跡がある。
少し、疑問に思った。ここには何か書かれていたのではないか、と。
ヘスティアの方を向こうとすると、背中に衝撃があった。
見ると、ヘスティアが背中を抱き締めていた。
「ああ…生きていてくれて、本当に良かった」
安心するような、落ち着くような、今まで聞いたことのない言葉だった。
今までこんなことを言われたことはなかった。
親がいればヘスティアのようなことを言ってくれるのかもしれない。
それから看護婦さんが部屋に入ってきて、気まずい雰囲気になって、彼女はホームへ帰っていった。
■
トロウ・ミズイシ
Lv.1
力:I 0→I 100
耐久:I 0→G 220
器用:I 0→I 12
敏捷:I 0→I 80
魔力:I 0→I 80
《魔法》
【仮面(ペルソナ)】
・心の具現化
・任意発動
・アルカナにより形状変化
・詠唱式【―――】
《スキル》
【塔:XVI:RANK ● 】
・自身の心の形、16番目のアルカナ
・自身の在り方で性能変化、ランクにより性能強化
・他者に対する絆でランク上昇
・対象スキル自動更新