ポテト好きの氷川さん 作:主催
日菜さんと色々あった翌日学校に行くと校門前で仁王立ちしている人がいた。それは氷川さんだった。何をやってるんだろう。
「おはようございます。氷川さん。朝から何をやっているんですか?」
「あら、ようやく来たわね一ノ瀬さん」
そう言ってバキボキと指を鳴らす。
「えっとどうしたんですか?」
「あなた昨日の放課後何をやっていましたか?」
まさか日菜さん昨日のことを話したわけじゃないよな。
「えっと昨日は放課後真っ直ぐに家に帰りましたけど」
「なるほど真っ直ぐに家に帰ったのね」
「はい。もちろんです」
「ならこれはどうゆうことかしら」
そう言って氷川さんが見せてきたのは昨日の日菜さんと話している時の写真だった。
「ど、どこでこれを」
「それは昨日のバンド練習の帰りのことです」
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「それじゃあ私はこっちなので」
「うんまたね~紗夜」
みんなに別れを告げて一人になる。その瞬間ある目的地の場所まで早足で向かう。
「ポテトLサイズ3つで」
「はい。かしこまりました」
ああ、早くこないかしら。練習帰りのポテトは何よりもの楽しみなんだから。
「おまたせしました」
「はい。ありがとうございます!」
ポテトを受け取りいつもの席につく。ここなら誰か来ても見つからないし安全だわ。
「いただきます」
山の中から一本を掴み口まで運ぶ。するとココ最近の一ノ瀬さんへのストレスやその他諸々が解消されていくのがわかる。
(ああ、やっぱりこの時間が一番の至福ですね)
そこからは流れ作業のようにポテトを口に運ぶ。ものの五分で食べ終わった。
そろそろ帰ろうかしらと席を立とうとしたときに店の入口が開いて見知った顔がいた。
(あれは一ノ瀬さん。なぜここにいるのかしら)
しかもその横にいたのはどう見ても日菜だった。
(あの子何やっているのかしら。ウィッグまでつけて)
そして二人は注文を頼むと適当な席につき会話をしだした。
その光景を見たときに何故かイライラした。それは一ノ瀬さんがなぜ日菜といるかと言うものよりも日菜のことを私だと思っていることに腹がたった。
(絶対一ノ瀬さんのことだから私と日菜の区別なんてついていないわよね)
そっと近づき二人の会話を盗み聞く。
「氷川さん。いえ、あなたは誰ですか?」
え、まさか一ノ瀬さん私じゃないと気がついたの?いつもの一ノ瀬さんなら絶対に気がつくはずないのに。
「まだいいますか。ならあなたが氷川さんじゃない理由を言ってあげましょう」
ごくりと喉を鳴らす。
「1つ目。いつも言い合いをするのに今日はひとつもなかった」
「2つ目。氷川さんなら絶対に放課後ゲームセンターなんかには寄りません」
「3つ目。クイズゲームに負けたときにリベンジをしてこなかった。負けず嫌いな氷川さんならありえません」
「4つ目。あなたは自分の目の前でポテトが好きだと言った。これも無駄にプライドがある氷川さんならありえません」
「5つ目。あなたは今日。自分の名前を一回も呼んでいなかった」
す、すごい。一ノ瀬さんがまさかこんな注意深く私のことを見ているなんて。そう考えると少し胸がドキドキした。
「そして6つ目。これが一番の理由です。本物の氷川さんはそんなに胸は大きくありません」
あ?
何を言っているのかしら一ノ瀬さんは。さっきまで少しは見直してあげたというのにその一言ですべてが消し飛んだ。明日必ずオハナシをすることにした。
(それにしても何なのよ!確かに私のほうが日菜よりも胸はないと思うけど。それでも日菜よりも身長も高いし、スタイルだって自信がある。それなのに判断材料が胸ってどうゆうことよ!)
その後二人が帰ったあとに店を出て家に帰った。明日一ノ瀬さんに何をしてあげるのか楽しみで仕方がなかった。
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「と言うわけです」
「そ、そそ、そうですか」
「あらどうしたのですか一ノ瀬さん。膝が笑っていますけど」
「そ、そんなことな、ないですよ」
「体まで震えてきてしまって、もしかして体調でも悪いんでしょうか?」
そう言って氷川さんが近づいてくる。すると体が無意識に後ろに下がった。
「あらあら、どこに行こうと言うのですか」
「すみませんでした!!」
ひと目も気にせずに土下座をかます。この際プライドなんてものはない。今はただ生きて明日を迎えられるようにするんだ。
「顔を上げてください一ノ瀬さん」
「そんな事はできません。自分は氷川さんが心の底から許してくれるまで顔をあげれません!」
「じゃあ、なんでもしてくれるということでいいのかしら」
「はい。氷川さんが望むならどんなことでもします」
「ふふ、そうですか顔を上げてください」
「は、はい」
「それじゃあ。教室に行きましょうか」
「え、ボコらないんですか?」
「あら、私がそんな酷いこと一ノ瀬さんにするはずないじゃない」
よ、よかった。なんとか一命はとりとめた。
このときはまだ自分がとんでもないことを約束しただなんて思いもよらなかった。
あれから時間は立ち昼休みとなった。いつものように自分の机で弁当を広げようとしたら、氷川さんと目があった。そのまま無視して食べようと思ったら。
「一ノ瀬さん。何をしているんですか?早く来てください」
「え」
「二度も言わせないでください。早く来てください」
言われた通りに氷川さんのところまで行く。
「えっと何のようですか氷川さん?」
「何のようですかじゃありません。早くお弁当を持ってきてください」
「わかりましたよ」
自分の席に戻り弁当を持って氷川さんの机に行く。
「早く座ってください」
早く動けと言わんばかりの目線で指示を出してくる。椅子を持ってきて氷川さんの正面に座る。
「それで何の用事ですか?」
「用事などありません」
じゃあなんでわざわざ呼び出したのだろうか?
「えっとそれならどうして」
「はぁ。もう朝の出来事を忘れてしまったのですか」
「朝の出来事」
もしかしてあの約束のことか?
「えっとこんなことで使ってしまってよかったんですか?」
すると氷川さんはキョトンとした表情で答えた。
「何を勘違いしているかわかりませんが、その約束は継続してますよ」
「え?」
「当たり前じゃないですか。一ノ瀬さんは自分から許してくれるまでと言ったんですよ」
「確かに言いましたが」
「言っておくと私はまだ許したわけじゃないですから」
「それって屁理屈なんじゃ」
「あら、それとも一ノ瀬さんはオシオキのほうが良かったのかしら」
「すみませんでした。氷川さんの気が済むまでこき使ってください」
「ならそうさせてもらうわね」
そう言って氷川さんは笑顔で弁当を食べ始めた。最近忘れていたが思い出した。氷川さんはやっぱりやばい人だということを。
それから何をするにしても氷川さんが何かを言ってくる。例えばだ移動教室のときもわざわざ一緒に行くように言ってきたり。ケータイの連絡先を教えろとか。あとは弓道場まで送れとか。あまつさえその部活が終わるまで待ってろだとか。
逆らうこともできず今は図書館で勉強して時間を潰している。そろそろ部活動が終わる時間になってきた頃にスマホが震えた。確認してみると氷川さんから早く迎えに来いというものだった。
「全く人使いが荒いというかなんというか」
弓道場の前まで来てみると氷川さんはすでに待っていた。
「遅いですよ。連絡したら3分以内に来てください」
「これでも急いできたんですけどね」
「まあいいです。次からは気をつけてください」
「え!次もあるんですか!?」
「当たり前でしょう。ほら帰りますよ」
「はぁ、わかりましたよ」
二人で並んで歩く。太陽がちょうど地平線に隠れるところに差し掛かったところで話しかけられた。
「それで、昨日はなんで日菜と一緒にいたの?」
「なんて言うか、日菜さんが最近氷川さんと一緒にいる男が誰なのか調べるために近づいて来たらしいですよ」
「あの子何か迷惑かけ無かったでしょうか?」
「まぁ色々ありましたけど大丈夫でしたよ。あと日菜さんすごく氷川さん思いなんですね」
そのことを聞くと氷川さんの顔が曇った気がした。その表情は昨日の日菜さんにそっくりだった。
「えっと、氷川さんもしかして日菜さんと何かあったのでしょうか?」
「どうしてそう思ったの?」
「昨日日菜さんも氷川さんの話題を振ったときに同じ表情してましたから」
「そうですか」
よほど触れちゃいけないことだったのか氷川さんはそれっきり話さなくなってしまった。
「それじゃここで」
「まって」
「どうかしました?」
「一ノ瀬さん。このあと時間ありますか?」
「わかりましたよ。あそこでいいですか?」
「はい」
自販機で缶コーヒーを2つ買ってから公園のベンチに座った。
「それでどうしたんですか」
「昨日日菜と一緒にいてどう感じました?」
「どうと言われても」
「一ノ瀬さんの感じたままでいいです」
「そうですね。自分が感じた事はお姉ちゃん大好きっ子ぐらいですかね」
「それだけですか?」
「まあ、そんなもんですね」
「そうですか」
「それで氷川さんと日菜さんは何があったんですか?」
「それは」
「それを自分に話すために呼び止めたんじゃないですか」
「・・・・・」
「案外話してみるとすっきりするもんですよ」
すると氷川さんはぽつりぽつりと話しだした。
「あの子は昔から何でもできる天才だったんです。それに比べて私は何をするにしても追い抜かれて。そうしたら自然と周りの人も日菜はすごいすごいって。それでもあの子はお姉ちゃんお姉ちゃんって言って私のことを慕ってくれたんです」
「・・・・・」
「その重圧に耐えきれなくなった私はいつしかあの子のことを避けるようになったんです。ギターを初めたきっかけもあの子に比べられたくないから、そんな理由でした。なのにあの子は最近私の真似をしてギターを初めたんです」
「・・・・・」
「私は中学からギターをはじめました。だけれどその私にすぐに追いつかれた。なぜあの子はいつもいつも私の真似ばっかりしするの!憧れるほうがどれだけ負担に感じるか!自分の意志はないの!姉がすることが全てなら自分なんていらないじゃない!!」
氷川さんは言いたいことを言ったのか肩で息をする。
「氷川さん泣きたいときは泣いたほうがいいです」
「私は別に泣きたくなんて」
「ならどうしてそんな泣きそうな顔してるんですか」
すると氷川さんの目からひとつまたひとつと涙が出てきた。その氷川さんを優しく胸に抱きしめる。
「今は我慢しなくてもいいんです」
「自分はこうやって話を聞くことや胸を貸すことぐらいしかできないですけどそれくらいはさせてください」
そう言うと氷川さんは泣きじゃくる子供みたいに泣き続けた。
あれからどのくらいの時間が立っただろう。太陽はすっかり沈みあたりは完全に真っ暗になっていた。
「氷川さんそろそろ大丈夫ですか?」
氷川さんは首をブンブンと降る。
「ほら、そろそろいい時間ですし」
胸から氷川さんを引き剥がそうとすると腕を回されて抱きしめられる。
「何してんですか」
「こんな顔一ノ瀬さんには見せられないわ」
「そうですか」
「「・・・・・・」」
まるでここだけが世界から切り離されたようだった。そんな二人だけの空間に冷たい風が差し込んできた。
「氷川さん一つだけ言わせてください」
「何かしら」
「日菜さんがいくら天才で氷川さんのギターの技術を超えたとしても、自分は氷川紗夜のギターが一番好きです」
「・・・・・」
「ただそれだけです」
「・・・・・」
「そろそろ帰りますか」
そう言って立ち上がるが氷川さんが離れてくれない。
「氷川さんこれじゃあ歩けませんよ」
「ならこのまま帰ります」
「いや危ないですよ」
「ならおんぶしてください」
「いやそれはいくらなんでも」
「おんぶしてくれたら、昨日の発言のことは許してあげます」
「はぁ、わかりましたよ」
そのまま氷川さんをおんぶして家まで送って今日は家に帰った。なんだか初めて氷川紗夜という人間のことを知れたのかもしれない。そんな一日だった。
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