ポテト好きの氷川さん 作:主催
氷川さんと帰った翌日学校に行くと氷川さんはいつも通りに自分の席にいた。
「おはようございます氷川さん」
「・・・おはようございます。一ノ瀬さん」
昨日のことがあってお互いに顔が合わせづらい。氷川さんの目なんかまだ赤く腫れているし。
「一ノ瀬さん。昨日のことは忘れてください」
「無理ですね」
そう言うと氷川さんは絶望した顔色に染まった。
「なんでですか!昨日は少し気が動転してしまっただけで、有る事無い事言ってしまっただけです!だから決してあんなこと思っていません!だから忘れてください!!」
「それはできませんね。だって氷川さんが初めて自分に心の底から話してくれたじゃないですか。だから忘れることなんてできません」
「・・・・・なら勝手にして」
氷川さんは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
「それじゃあ今日はここまでね」
4限の終了のチャイムが鳴り、みんなが食堂に一斉に走り出す。今日は月に一回のセールの日だからいつもよりも食堂と購買が混むわけだ。
いつもなら自分の席で食べるところだが今日は違う。弁当を持って目的の場所まで向かう。
「氷川さん。一緒に食べましょう」
「い、一ノ瀬さんどうしてここに?」
「昨日氷川さんが来いと言ったんじゃないですか」
「それは昨日の話です。今日は別にいつも通りでいいです!」
早く自分の席に帰れと言ったふうなジェスチャー付きで言ってくる。
「そうですか。でも自分が氷川さんと一緒に食べたいと思ったんですよ」
「///なっ///」
「ダメですか?」
「べ、別にダメなんか言ってません。一ノ瀬さんがそうしたいなら勝手にしたら」
「ならここで食べますね」
そう言って氷川さんの机に弁当を広げる。そのまま会話もなくお互い食べている。だけど時折氷川さんがこちらの方をチラチラ見つめてくる。
「どうかしましたか?」
「なにか、今日の一ノ瀬さん少しおかしいわ」
氷川さんは思っていたことをやっと言えたかのような表情で言ってくる。
「そうですか?別にいつも通りだと思いますけど」
そんなことが嘘だとわかっているのよ。といった目で見つめてくる。
「そんなことよりも氷川さんこれ食べますか?」
弁当袋から取り出したそれはいつかのタッパーに入ったポテトだった。
「それは」
「ポテトです」
「そんな物見ればわかります」
「氷川さんが食べると思って朝から揚げたんですよ。食べませんか?」
「そ、そう朝から揚げてくれたのならもらわなくちゃ失礼よね」
そう言って氷川さんは光の速さでタッパーを取り上げてポテトを食べ始めた。
「相変わらずポテトのことになるとすごいですね」
「そんな事ないわ。一ノ瀬さんがせっかく作ってくれたものを無下にしたくないから食べているのよ」
「そうですか」
そんなこと言っているがポテトを食べている氷川さんはとても笑顔だった。
あれから大丈夫だったか心配だったけどこの様子なら大丈夫かな。
「それじゃあ今日は前から予告していた通りに体育祭の種目決めだから体育委員は前に出て進行の方よろしくね」
遂に来たかこのときが。そろそろ近づいてきた体育祭の種目決めだ。これだけのために今日学校に来たと言っても過言ではない。
「さて、今年はどうするか」
体育委員の話を聞く限りでは今年も去年と変わらず一人最低2種目は出ないといけないらしい。
(2種目って案外多いんだよな)
さて肝心な種目だがまず絶対に短距離は嫌だ。そもそもクラスの中で下から数えたほうが早いんだから選ばれることはないと思うけど。
そして次に嫌なのは二人三脚だ。なんでかなんてわかるよな。ボッチが二人三脚できると思うなよ!!
「それではこの中から決めたいと思います。少しの間自由に話し合ってください」
するとクラスの大半の連中が動き始める。その時氷川さんと目が合った。そのまま氷川さんは席を立ち上がりこちらの方までやってくる。
「一ノ瀬さんはどれに出るのか決めましたか?」
「短距離と二人三脚じゃなければ最悪なんでもいいです」
「そうですか」
「そう言う氷川さんはどれにするんですか?」
「そうですね。多分出れるものにはほとんど出ると思います」
「あ、そうですよね」
忘れていたが氷川さんは学年の中でもトップクラスの運動神経の持ち主だった。
「それじゃあ、決めた人から黒板に名前を書いてください」
体育委員の声で黒板の前に一斉に人が集まる。まぁ早いものがちではないのだけれど先に書いておいたほうが後に人が書きづらくなるのはわかる。
「それじゃあ、書いてきますね」
氷川さんはそう言って黒板に向かって行った。すると黒板の前にいた生徒が氷川さんに気づきさっと場所を開ける。それもそうだろう。氷川さんが出しているプレッシャーがとんでもないことになっているんだから。
日菜さんといい、氷川家は特殊な血筋なのだろうか。
氷川さんは宣言通りに風紀委員の仕事時間がかぶる競技以外は名前を書き込んでいく。すると二人三脚のところにデカデカと一ノ瀬、氷川と書き込んだ。まるでここに書き込んだらどうなるかわかっているだろうな、と背中から物語っていた。
「ふう。まあこんなものですかね」
氷川さんは清々しい表情で席に戻ってきた。
「いや何やっているんですか!!」
「何ってただ書いてきただけですけど?」
「いや、二人三脚のところですよ。自分は無理って言ったじゃないですか!」
「それは知らない人との話でしょう。私となら大丈夫だと思ったんだけれど」
「いや、それはそうだとしても本人の許可無く普通書きますか!?」
「もう私と一ノ瀬さんの仲なんだから別にいいでしょ」
「もう好きにしてください」
結局氷川さんと二人三脚に出ることになってしまった。
さてと帰るか。教科書をカバンにしまって教室を出ようとしたら氷川さんに例のごとく呼び止められる。
「一ノ瀬さん。一緒に帰りましょう」
「氷川さんあなた今日バンド練習があるとか言っていませんでしたか?」
「だからライブハウスまで送ってください」
まためんどくさいことを言ってきた。
「なんでそんなめんどくさいことしなくちゃいけないんですか」
「いいですか。私と一ノ瀬さんは二人三脚に出ることはわかっていますよね」
「そうですね。氷川さんのせいで出ることになりました」
「そこで私達の息を合わせるために常に一緒に行動するべきだと思いました」
「何を言っているのか理解できませんね」
「これから一ノ瀬さんは常に私と行動してくださいね」
「いやだからなん「わかりましたね」
こうなった氷川さんはもう誰にも止められない。渋々頭を下げて了承してしまった。
「では行きましょうか」
「わかりましたよ」
二人で並んでライブハウスまで向かう。いや、近くね。心なしか距離が近い気がする。
「氷川さん。なんか距離が近くないですか?」
「二人三脚はこれよりも近い間隔で走るんですよ。だからこれくらいで戸惑っていたら話になりません」
「いや、そういう問題じゃない気がするんですけど」
「一ノ瀬さんは私との距離が近いと迷惑ですか?」
その聞き方はずるいだろう。そんな事言われて断れる男子がこの世に何人いるのか。
「いや、迷惑ではないですけど」
「なら、いいですよね」
「・・・・・はい」
遠くでカラスの鳴く声が木霊する。なんだか考えられないな。こないだまでは氷川さんと犬猿の仲だったのに一緒に帰るようになるなんて。
「それで一ノ瀬さんはギターの練習はしているんですか?」
「まあ、ちょくちょくやっていますよ」
「少しは弾けるようになりましたか?」
「いや、やって見てわかったんですけど。改めて氷川さんの凄さがわかりましたよ」
「ふふ、そうですか」
氷川さんは嬉しそうに答えた。その後は二人で他愛もない会話をしていた気がする。
「着きましたね」
「そうですね」
「・・・・・」
氷川さんがじっと見つめてくる。きっと考えていることは同じなんだろう。もう少し話していたかった。それほどこの時間が心地よかった。
「それじゃあまた明日」
「はい。それじゃあ」
そのまま氷川さんはライブハウスに入って行った。
「帰るか」
一人で歩く帰り道にはなれているはずなのになんだかいつもより寂しく感じた。
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