ポテト好きの氷川さん 作:主催
そろそろ七夕の季節だ。織姫と彦星は年に一回この日にしか会えない。そんな日だ。
「氷川さんどうしたんですかそんな浮かない顔して」
「ああ、一ノ瀬さんいたんですか」
「なんですかその眼中にも入っていない感じは」
「そう、ごめんなさいね」
そう言って氷川さんはまたため息をつく。なんか前にも同じような事があったような。
「何か悩み事ですか?」
「悩み事って言うのかしらね」
「バンドのことですか?」
「バンドは別に関係ないわ」
なら氷川さんが悩むことってなんだろうか。
「最近ポテト食べていないんですか?」
「ああ、そう言えば最近食べていないわね」
そうは言っているが、氷川さんの顔色は晴れない。後残された選択肢があるならひとつしかない。
「もしかして日菜さんのことですか」
その質問をしたときに少し体が動いた気がした。
「また何かあったんですか?」
「別に日菜のことじゃないわよ」
「またそんな変な意地を張って。日菜さんのことになるとすぐにわかりますよ」
「別に一ノ瀬さんには関係のないことよ」
「それで何があったんですか」
「それは」
じっと氷川さんの目を見つめる。すると氷川さんは観念したのか渋々話しだした。
「そろそろ七夕の時期なのはわかりますよね」
「そうですね。それがどうかしたんですか?」
「実はその七夕の日に商店街でお祭りがあるんです」
「それで」
「そのお祭りに日菜に一緒に行こうと誘われたんです」
「一緒に行けばいいじゃないですか」
「それは」
氷川さんは歯切れの悪い顔をする。
「どうせ氷川さんのことだから日菜さんに私はいかないとか言ってきつく断ったんでしょう」
「・・・・ッ」
どうやらそのようだ。
「なんで断ったんですか。せっかく日菜さんが誘ってくれたのに」
「別に。人混みが嫌いなだけよ」
「そんなの行けば大丈夫ですよ。それに祭りならフライドポテトの出店もあるんじゃないですか」
その発言に氷川さんは少し揺れ動いたのかピクリとする。
「だからそんなもの私は好きじゃありません!!」
「そうですか」
本当にそろそろ認めてもいい頃合いだと思うのに。
「それでなんて言って断ったんですか」
「他の友達と行ったほうが楽しいって断りました」
それは考えられる中で一番最悪の断り方じゃないか。きっと日菜さんは他の人じゃなくて氷川さんと一緒に行きたかったんだろうな。
「まぁ、氷川さんが行きたくないのなら無理に行かなくてもいいんじゃないですか」
「そうよね」
そう答えた氷川さんの横顔は少し寂しそうに見えた。
それから時は立って週末になった。今日はバイトもないし一日自由だ。贅沢に昼過ぎまで寝直すか。そう思い布団をかぶり直したらスマホがけたたましくなりだした。
「全く。人の休日を邪魔するのは誰だ」
枕元に置いてあるスマホに手を伸ばし見てみると液晶に映し出された文字は日菜だった。無視するか。そのまま放置しておくが一向に鳴り止む気配がない。
「はぁ。もしもし」
「あっ、やっと出た。もう!どうせ気がついていたんでしょ!!」
「今気が付きましたよ。それで何のようですか日菜さん」
「あ、そうだった。ユッキー今日暇でしょ」
「なんで人を勝手に暇扱いしてるんですか」
「だってユッキーお姉ちゃん以外に遊ぶ相手いないでしょ」
その一言に心がえぐられる。
「そ、そんな事ないですよ。自分だって遊ぶ相手ぐらいいますよ」
「ええ、じゃあお姉ちゃん以外で誰か上げてみてよ」
「えっと」
そう言われて考えてみるが氷川さん以外となるとどうも思い浮かばなかった。
(あれもしかして自分氷川さん以外友達いない)
その現実を叩きつけられて更にむなしくなる。
「もう、ユッキーが友達いないのはわかっているから大丈夫だよ!」
「いや、そんな事ないですよ」
「まあそんなことは置いておいて」
そんなことって言われた。
「今すぐにいつものお店来て。早くね!」
「えっ、ちょっと待ってくださいよ」
その返事が届くことなく通話がきられる。ここで無視をしてしまったらあとが怖い。
「はぁ、行くか」
しょうがなくベッドから出て着替え始めた。
「あ、おーい。ユッキーここだよー!」
「そんなに大声出さなくてもわかりますよ」
「もう、ユッキー遅いよ!」
「これでも急いできたんですけどね」
本当にこの姉妹は根本的なところでは似てるんだよな。
「それで何の用ですか」
「決まってるじゃん!今日は何の日でしょうか」
「7月7日。七夕の日ですね」
「正解!」
「それで、七夕祭りに付き合えと」
「なんだー。ユッキーわかってたのかぁ」
「まあ、なんとなくは」
「なら話は早いね」
「でも良かったんですか?氷川さんは誘わないで」
その質問をしたときに日菜さんは少し寂しそうな顔をした。
「あはは、今日も最後に誘おうとしたんだけどお姉ちゃんギターの練習してたからさ。邪魔しちゃ悪いと思って」
「そうですか」
「「・・・・・」」
「まあ、氷川さんですしね。それじゃあ氷川さんのぶんまで楽しみましょうか」
「おー。ユッキーわかってるね。それじゃあレッツゴー!」
そのまま日菜さんに腕を掴まれて商店街まで連れて行かれた。・・・・財布の中身足りるよな。
それで商店街についたわけだが人が多いのなんの。
「これは下手をすれば迷子になりますよ」
「まっさかー。もう高校生だよ。迷子になんかなるわけ無いじゃん」
「それが命取りになるんですよ」
「そっかーなら」
そう言って日菜さんは腕を絡めてくる。
「・・・・。何してるんですか」
「これなら迷子にならないでしょ!」
「はぁ、好きにしてください」
ここ最近はこの姉妹に振り回されるのにもなれてきた。
「それじゃあ、最初は何をしますか?」
「そうだねー。あ、たこ焼きだ。ユッキー行こ!」
「はいはい。わかりましたよ」
「おじさん。たこ焼きひとつ」
「はいよ。何だ兄ちゃん。可愛い彼女つれて羨ましいこった」
「えへへ、私彼女だって」
「はいはいそうですねー」
「可愛い彼女さんには一個おまけだ」
「わー!おじさんありがとう!」
「おう、祭り楽しめよ!」
店主のおっちゃんから袋を受け取り日菜さんに渡す。日菜さんは早速それを取り出しフーフーしながら食べている。
「あっちち。うーん。おいしー」
「それは良かったです」
「あ、ユッキーにもあげるね」
そう言って日菜さんはたこ焼きを食べさせてくる。
「あっつ!!もう、いきなり口に入れないでくださいよ!」
「あはは、ごめんごめん。でもユッキーってやっぱり面白いね!」
「そうですか」
「ユッキーといるとるんって感じがする。きっとお姉ちゃんも同じだよ」
「前から気になっていたんですけど、るんってなんですか?」
「えー、るんっはるんだよ」
るんはるん。感情から察するに楽しいとかそんな感じなのだろうか。
「それじゃあ次はどこに行きますか?」
「そうだなぁ。あ、『短冊に願いを』だって、あれ書こうよ!」
「わかりましたよ」
短冊に願い事か。こんな事するのは小学校以来かもなぁ。
「日菜さんは何を書いたんですか?」
「ふふーん、そんなの決まってるじゃん!」
まぁどうせ氷川さん関連のことだろう。
「そう言うユッキーは何を書いたの?」
「自分が書いたのは」
言おうとしたときにここ最近嫌というほど聞き慣れた声が聞こえてきた。
「日菜?一ノ瀬さん?」
「おねーちゃん・・・・!?」
「氷川さんどうしてここに?」
「二人して何をしているの?」
「あはは・・・・おねーちゃんに断られちゃったからユッキーと一緒に七夕まつり回ってたんだ。おねーちゃんは?」
「私はお母さんから買い物を頼まれたから。七夕まつりに用はないわ。二人して何をやっていたの?」
「えっと今は日菜さんに連れられて短冊に願いごとを書いていました」
「そう・・・」
「「「・・・・・」」」
き、気まずい。もしかして二人でいるときもずっとこんな感じなんだろうか。その時日菜さんの持っていた短冊を一匹の鳥が加えて持っていってしまった。
「待ってー!!あたしの短冊ー!!」
そのまま日菜さんはその鳥を追いかけて行ってしまった。
「あ、日菜!!」
「どうするんですか氷川さん!?」
「とりあえず追いかけるわよ」
そのまま氷川さんと一緒に日菜さんを追いかけていった。
はぁ、はぁ、はぁ。し、死ぬ。それにしても日菜さん速すぎるだろう。それに負けず劣らず氷川さんも速いし。
「一ノ瀬さん。大丈夫ですか?」
「はぁ、はぁ。氷川家は一体どうなっているんですか」
「ほら呼吸を整えて」
氷川さんが優しく背中を擦ってくれる。
「あ、ありがとうございます」
「それで、一ノ瀬さん。ひとつ聞きたいのだけれど」
「はぁ、な、なんですか?」
「あなたさっき商店街にいたとき日菜と腕を組んでいたわよね」
「それは日菜さんが無理やり組んできたんですよ」
「本当に?」
「本当です」
「そう、だけれどもう一つあるわ」
「なんですか?」
「たこ焼き屋で、日菜のことを彼女かと聞かれたときに否定しなかったわね」
「そうでしたっけ?」
「とぼけないで!!」
「は、はい。確かに否定しませんでした」
「いい、一ノ瀬さん。いくらあなたであろうと日菜に手を出したらわかっているわよね」
「は、はい」
「確かに日菜の方が魅力的に見えるのはわかるわ。だけど私の見ている前で日菜にちょっかいかけたらどうなるか覚えておきなさい!!」
「は、はい」
なんだ。結局口ではなんだかんだ言ってても。氷川さんは日菜さんが大切なんじゃないか。
「なにをニヤニヤしてるのですか!」
「いやー。なんでもありません」
「ほら、日菜を追いかけますよ!」
「わかりましたよ」
日菜さんを追いかけてきてみると、そこはいつしかの公園だった。
「はぁ、はぁ・・・・ふたりとも速すぎますよ」
やっと二人に追いついたと思ったら二人して公園のベンチに座っていた。
「なに二人してたそがれているんですか?」
「やっと来たのね一ノ瀬さん」
「遅いよー。ユッキー!」
「これでも全力で走って来たんですけどね」
自分が遅すぎるのもあるだろうが二人が速すぎることもあるだろう。
「それじゃあ戻ろっか」
「ええそうね」
「え、もうですか!?」
「うん。早くおねーちゃんとお祭り見て回りたいし!」
なんだかよくわからないが二人の仲が少し良くなっている?
「なら、自分はこのへんで帰りますね」
そう言って帰ろうとしたら肩を掴まれる。
「あら一ノ瀬さんあなたも行くのよ」
「なんでですか!姉妹二人で楽しい時間を過ごせばいいじゃないですか!」
「そのことなんだけれど日菜から報告があるらしいのよ」
報告?何のことだ。
「おねーちゃん。あたしあのとき無理やりユッキーに腕を組まされたんだよ」
「は?」
何を言っているんだ日菜さんは。
「あの時は日菜さんが無理やり組んできたんじゃないですか」
「一ノ瀬さん。私はさっき日菜に手を出したらどうなるか忠告したはずよね」
「ちょ、ちょっとまってください氷川さん。日菜さんと自分が言っていることどちらを信じるですか!!」
「もちろん日菜に決まっているじゃない」
「おねーちゃん。大好き!」
そう言って日菜さんは氷川さんに抱きつく。
「氷川さん。自分は無実です!」
「犯罪者の言うことなど信じられないわ」
「信じてください」
「そうねえ」
氷川さんは顎に手をつけて考えニヤリと笑った。
「日菜。あなたお腹は空いていない?」
「めーちゃ。空いてるよ!」
「あーあ。なんだかポテトが食べたい気分だわ」
おいおい。まさかこの流れは。
「おねーちゃん。たしか屋台にフライドポテトの屋台があったよ!」
「あら、そう。ならそこで食べていきましょうか」
「わーい。そうと決まれば速く行こう!」
そのまま日菜さんは自分と氷川さんの腕をつかみ商店街の方に走り出した。ああ、さようなら今月のバイト代。
その時ポケットから短冊が落ちた気がした。でも、もう拾う気力もなくなっていた。
その落ちた短冊には氷川姉妹が仲良くお腹いっぱいポテトを食べられるように。と書かれていた。
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