ポテト好きの氷川さん 作:主催
おかしい。何かとは言わないがおかしい。氷川さんの様子が朝から変な感じだ。例えるなら妙に優しいと言うか、親切というか、とにかくいつもの氷川さんじゃない。
「一ノ瀬さん。どうかしたんですか?」
「い、いや何でもないですよ」
「そうですか。もし体調が悪かったら言ってくださいね。保健室に連れて行きますから」
「大丈夫ですよ。それよりも氷川さん何かありました?」
「別に特になにもないけれど。それがどうかしたの?」
「いや、何もなければいいんですけど」
嘘だ。絶対に何かあったに違いない。そもそもいつもの氷川さんなら体調の心配なんか絶対にしてこないはずだ。
もしかして日菜さんが入れ替わっているとか。そうじゃなければこのおかしな状況が説明できない。
「もしかして日菜さんですか?」
「何を言っているの一ノ瀬さん。本当に具合が悪いの?」
そう言って氷川さんはおでこに手を当ててくる。案外氷川さんの手って小さいんだな。じゃなくて!!
「顔が赤いですよ一ノ瀬さん。大丈夫ですか?」
「氷川さんの距離が近いんですよ。いくら氷川さんであろうとこの距離はいやでも意識してしまいます」
「そ、そう。ごめんなさい」
明らかに落ち込んだ様子で氷川さんは離れる。
「あ、いやそんなうざいとかそんな理由じゃなくて」
「いいわよ。私も急にやりすぎたと思うわ」
そう言う氷川さんの表情は少し寂しそうだった。
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少しやりすぎたかしら。昨日今井さんに言われた通りに少し優しく接してあげようと思い急に距離を縮めすぎたかしら。
(嫌われてないかしら)
ちらりと一ノ瀬さんの方を見てみると、教科書を机に広げて勉強していた。その姿に少し苛立つ。私がこんなにも悩んでいるのに一ノ瀬さんは何事もないように過ごしている。
このままじゃ本格的に嫌われるかもしれない。一度その事を考えてしまうとどうしようもなく気持ちが落ち込んでしまう。
(はぁ、なんなのかしら一体)
結局この胸のもやもやが晴れる時は来るのだろうか。一ノ瀬さんを見つめながら考えていた。
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視線を感じる。明らかに氷川さんの方からだ。氷川さんが急に距離を縮めてくるから心を無にしようと教科書を開いたがこうも視線を感じたら全く集中できない。
大体どうしたんだ氷川さんは。昨日まではいつも通りだったのに今日になったら距離感が近い気がする。もしかしてなにかしてしまったのだろうか。なにかしてしまったのか思い返してみるが心当たりがない。
(これは自分で気づけってことなのか)
そもそも氷川さんが近いと心臓に悪い。氷川さんは顔だけはいいんだから近づかれるとドキドキする。性格の方も最近はなれてきてそんなに嫌でもなくなってきている。むしろ氷川さんといると楽しいまである。
その氷川さんが急に距離を縮めてきたら誰だって焦るだろう。
(もしかして自分以外の人にもこんな事をしているのだろうか)
もしそうだとしたら嫌だ。なんとなくだが嫌だ。
顔を上げて氷川さんの方を見てみるとさっと目をそらされる。そのまま問題に目を戻すとその問題で手が止まる。その問題とは現代文の心情問題だった。
(主人公のヒロインに対する感情か)
わからない。主人公がヒロインに対する感情なんて本人でもわからないんだから自分たちがわかるわけ無いだろ。
そんな事を考えながら次の問題に進んだ。
昼を知らせるチャイムが教室に響き渡る。今日は来るかもしれない。ふと顔をあげると氷川さんが眼の前にいた。
「なっ!」
「何をそんなに驚いているんですか氷川さん」
「だっていきなりあなたが顔を上げるからびっくりしたのよ!」
「それは失礼しました」
今日はなんとなく来るかもと思ったが本当に来るなんて。
「それで何のようですか」
「一緒に食べようと思って来たのよ」
そう言って氷川さんは弁当を広げ始める。
「何をしているの一ノ瀬さん。早く準備しなさいよ」
「自分が断らない前提なんですね」
すると氷川さんは当たり前だと言わんばかりに答えた。
「一ノ瀬さんが断るはずないじゃない。それとも一ノ瀬さんは私とお昼を一緒に食べるのは嫌かしら」
何だ今日の氷川さんは。いつもなら「別に何でもいいでしょ」とか言って答えるはずなのに。
「別に嫌じゃありませんよ」
そう言ってカバンから弁当を取り出して広げる。いつもなら会話のひとつもないが今日は違った。氷川さんは事あることに何でも質問してきて、自分がそれに答える。その繰り返しだった。
「一ノ瀬さん。今日放課後うちに来ませんか」
「そうですね」
「それじゃあ、放課後お願いしますね」
「そうですね。えっ!」
待て。いまとんでもないことを言わなかったかこの人は。
「えっと氷川さんもう一度聞いてもいいですか?」
「何をですか」
「今日の放課後自分が氷川さんの家に行くんですか?」
「いま一ノ瀬さんが行くと答えたじゃありませんか」
おかしな人ですね。と言わんばかりの返事だった。
「えっとなんのためにですか?」
「はぁ。全く一ノ瀬さんは人の話を聞いていたんですか」
「すみませんでした」
「一ノ瀬さんがギターをどのくらい弾けるようになったか私が見ると言ったじゃないですか」
「あ、確かそんな事言っていた気がする」
「気がするじゃありません!」
「す、すみませんでした」
「今後は気をつけてください」
「はい。以後気をつけます」
結局その後はいつもとおりの食事風景になった。
「さて、行きますよ。一ノ瀬さん」
「はいはいわかりましたよ」
そしてやってきた放課後。今から自分は氷川さんの家に連行される。もしかして人体実験でもさせられるんじゃないだろうか。氷川さんの家には日菜さんもいるからあながち間違いじゃないかもしれない。
「一ノ瀬さんそんなに震えてどうしたんですか」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうですか。具合が悪くなったら言ってくださいね」
「気遣いありがとうございます」
そのまま氷川さんの後を追うようについていく。
「ここです」
でかい。それが最初に感じた印象だった。
「何を突っ立ているんですか。入りますよ」
「あ、はい」
そのまま氷川さんの後をついていくと一つの部屋の前で止まった。
「ここで待っていてください」
「わかりましたよ」
氷川さんは部屋に入り何やらやっている。どうせ急いで部屋の片付けでもしているんだろう。氷川さんみたいなタイプは案外部屋が汚いことが多いからな。
「どうぞ」
部屋の扉から顔を出し手招きしてくる。
「失礼します」
氷川さんの部屋はなんとも氷川さんらしい部屋だった。必要のないもの以外は置いていない。そんなシンプルな部屋だった。
「なんですかその顔は」
「いえ、別になんでもありませんよ」
「そうですか。なら早く初めましょう」
そう言って氷川さんはギターを取り出した。
「これは?」
「これは私が昔使っていたものです。一ノ瀬さんはこれでやってください」
「わかりました」
「つ、疲れた」
「お疲れ様です一ノ瀬さん。いま飲み物でも持ってきますね」
「お願いします」
疲れた。とにかく疲れた。氷川さんはギターのことになると容赦ないからな。細かいミスをしたら最初からやり直しだし。最後なんて氷川さんと簡単な曲ならセッションできたし。
その後の氷川さんの顔はどこか勝ち誇った表情だった。まあ、純粋に成長を喜んでくれたんだろう。・・・・多分。
「おまたせしました。一ノ瀬さんはブラックでも大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」
氷川さんからマグカップを受け取り口につける。おいしい。練習後の一杯は祝福のひとときだな。その後は氷川さんと今日出された宿題を二人で片付けた。
「そろそろ帰りますね」
「もうこんな時間でしたか。そうですね」
氷川さんの部屋からでたときにその人はいた。これまた厄介なものに目をつけられたな。
「ユッキーじゃん!どうしてうちにいるの!」
「日菜さん。自分は氷川さんの忘れ物を届けに来ただけですよ」
「ふーん。それなのにお姉ちゃんの部屋で何やってたの。何時間も」
終わった。氷川さんの方を見てみると手で顔を覆っていた。
「その後一緒に宿題をしていたんですよ」
「・・・・おねーちゃんとユッキーは別に一緒にやる必要ないでしょ」
「氷川さんがどうしても一緒にやりたいと言ってきたんですよ」
「・・・・本当おねーちゃん?」
氷川さんと一瞬でアイコンタクトをとりうなずく。
「ええ、本当よ日菜。それにもう一ノ瀬さんは帰るところだったから見送りましょう」
「えぇー。あっ、そうだ!せっかく何だからユッキーご飯食べていきなよ!!」
「いや、そんな迷惑かけられませんよ」
「大丈夫だよ。お母さんにも言ってくるから!」
「いや帰ります」
そのまま玄関に急いで向かう。このままここにいたら絶対に厄介なことになる。そのまま靴に手をかけたその時向こう側の腕が掴まれる。
「どこに行くのユッキー」
「ちょっ、離してくださいよ日菜さん」
「ダメだよ。ユッキーがこのままいたほうが絶対にるんってするもん!」
「しませんよ。氷川さん助けてください!」
「日菜!一ノ瀬さんから離れなさい」
「いくらおねーちゃんのお願いでもそれは聞けないなぁ」
「行くわよ一ノ瀬さん!」
氷川さんに反対側の腕を掴まれ引っ張られる。
「何やってるんですか氷川さん!」
「いいから帰るわよ!」
そのまま二人に腕を引っ張られる。
「痛いですよ二人とも!」
「ほらユッキー痛がってるよ。おねーちゃん離してあげなよ!」
「それはこっちのセリフよ日菜。あなたこそ一ノ瀬さんから離れなさい!」
そのままジリジリと二人が睨み合っていると、玄関の扉が開いた。
「ただいま~。ん?」
「お、お邪魔してます」
それは氷川さんのお父さんだった。氷川さんのお父さんは可愛そうなものを見る目で見つめてきた。
「おかえりなさいあなた。あらあら」
そう言ってリビングから顔を出してきたのは氷川さんのお母さんだった。氷川さんのお母さんは面白そうなものを見つけたような子供の顔をしていた。
「お、お邪魔しました」
「今日の夕飯一食分増やさないとね~」
「さっすがお母さんわかってる!」
そう言って日菜さんとお母さんはウキウキのままリビングに向かって行った。
そのまま氷川さんのお父さんはポンっと肩をたたいて言ってきた。
「互いに苦労するな」
そう言った顔から今までの苦労がにじみ出ていた。
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