ポテト好きの氷川さん 作:主催
眩しい。朝日がカーテンの隙間から顔を照らす。その光を避けようと体を動かすと、何かに当たる感覚がある。その感覚が何なのか確かめようとゆっくりと目を開ける。
眼の前にいたのは女の人だった。その人は生まれたままの姿で朝日に照らされている。その光景は中世の有名画家が絵に収めたくなるような美しさだった。
「んっ」
その女性はゆっくりと眼を開いた。その顔はこの世の何よりも美しいと感じた。
「もう朝ですか。おはようございます」
「・・・・・」
「どうしたの変な顔をして」
もしかしてこれは夢なのではないだろうか。そもそも昨日自分は氷川さんの部屋で寝たはずだ。この景色には覚えがない。
その時ムッギュっと頬を掴まれた。
「どうしたの。そんなほうけた顔して」
「あ、いえ。なんでもありません」
「そう。ならいいのだけれど」
そのまま枕元にあったスマホで時間を確認すると時刻は8時32分だった。
「もうこんな時間!急がないと!」
そのままベッドから飛び出して部屋をでていった。そのまま置いていかれた自分は何をすることもなく布団をかぶった。どうせ夢ならばいいものを見させてもらった。すると先程部屋から出ていった女性が勢いよく扉を開いた。
「何をしているの早く準備しなさい。幸村」
「えっ」
どうやらこれは夢ではないらしい。
部屋から出てなんとなく隣の部屋のクローゼットを開くと、そこにはメンズ物の服が並んであった。そのまま服を着替え洗面所に向かう。なぜだかこの家の構造がわかっていた。
その目の前にあった鏡に映っていたのはなんともドラマの二枚目をやっていそうな顔をした青年の顔がそこには映し出されていた。
「これが自分か」
なんとも不思議な感じはしたが変に違和感がなかった。
そのまま顔を洗い、髪をセットする。その後ダイニングに行くとトーストの焼けた匂いとコーヒーの香りがたちこめていた。
「全く遅いわよ。早く座って」
「ああ、すみません」
そう言って催促してきたのは先程の女性だった。エプロンを身に着けサラダとスクランブルエッグが載った皿をキッチンから運んでくる。
席に座りトーストをかじる。
「おいしい」
「そう。今日は時間がないから簡単なものしか作れなかったけど」
「いや、すごく美味しいです。このサラダだってとても新鮮で美味しい」
「ありがとうございます」
「「・・・・・」」
そのまま会話もなく食事を続ける。あたりに響き渡るのは食器の音とテレビの音だけだ。
その時不意に顔を上げると眼の前の女性と目があった。
「どうかしましたか」
「幸村。あなたもしかして具合でも悪いの?」
「いえ、別に特には」
「嘘ばっかり。言葉使いだって昔に戻っていて、それにさっきから全然私の顔を見ないように避けているし」
そんな些細なことで違いがわかるのか。すごい人だな。
そのときテレビの方から気になる音が聞こえてきた。
「なんと遂にあの2つのバンドが対バンを行うとのことです!」
やけにテンションが高いニュースキャスターの声がダイニングに響き渡る。
「あら、もう発表したのね」
どうやら目の前にいた女性は何のことだかわかるらしい。
「いやー、遂にこのときが来ましたね。全国のファンはどれほど待ち望んだことでしょか」
「そうですね。なんと言っても今の音楽業界で今一番勢いのあるRoseliaとNamelessが遂に対バンを行うとなれば一大ニュースですよ!チケットの倍率の方もすごいことになるでしょう」
「それではここで二組のライブ映像を御覧ください!」
そう言って今度は過去のライブ映像らしきものが流れた。Roseliaならあの喜びようはわかるけれどもう一つのNamelessというバンドは何なのだろうか。
Roseliaのライブ映像を見てみると自分が知っている演奏技術とは比べ物にならないくらいうまく見えた。それにメンバーの顔つきも大人に見えた。
(そうならばあれは氷川さんなのだろうか)
テレビに映し出されたのはギターのソロパートを弾いている氷川さんらしき人だった。どうやらファンの人達からはサッドネスメトロノームという相性で親しまれているらしい。それに男性ファンも多いのだとか。
「やっぱりここのところミスしてたわね」
「えっ」
「どうしたの幸村。そんなに驚いた顔をして」
テレビの氷川さんと目の前の女性の顔が一緒に見える。
「もしかして氷川さん」
「何を言っているの幸村。私はもう氷川さんじゃないわよ」
「何を言って」
「はぁ、まだ寝ぼけているの。私の名前は一ノ瀬紗夜よ」
一ノ瀬紗夜。確かに目の前の女性はそう言ったのか。どうやら冗談を言っているようには見えない。
「続いてはNamelessのライブ映像です!」
そう言って映し出されたのは先程洗面台で見た顔がギターを弾いていた。テレビのテロップには一ノ瀬幸村と書かれていた。
「嘘・・・だろ」
「何が嘘なのよ」
「いや、だってなんでテレビに自分が」
「当たり前じゃない。Namelessのギターはあなたでしょ。全く本当にどうしたのよ。これから会議があるのに大丈夫?」
どうやらこれは最悪の夢を見ているらしい。
「すみません遅れました」
そう言って氷川さんが会議室2と書かれた扉を開いた。
「あ、もう~。紗夜遅刻だぞ~」
「すみません今井さん。ちょっと起きるのが遅れてしまって」
「紗夜が寝坊なんて珍しいね」
こちらの方をチラリと見られた。
「ふ~んそっかぁ。昨晩はお楽しみだったわけね」
「今井さん!!」
「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ」
「はぁ、全くあなたのそういうところは何年たっても変わらないのね」
その時扉が開きスーツを着た女の人が入ってきた。
「皆さん。そろそろ会議の方を初めますから席に」
そう言い全員が席に着く。
「一ノ瀬さん。どうかしましたか」
いやどこに座ればいいんだよ。
「おい、幸村何突っ立てんだよ。こっち来いよ」
そう言ってきたのはチャラいイケメンだった。言われた通りに席に着く。
「どうした幸村。そんなに昨日は激しかったのか」
「何言っているんですか!」
その一言で部屋が静粛に包まれる。
「わ、悪い悪い冗談だよ。でもどうしたんだ急にいつもならお互い様だろと嫌味のひとつで返すところだろ」
「あ、いや。こちらもすみませんでした」
「ごほん!そろそろ初めたいのですがよろしいですか?」
「すみません。二人には後で言っておきますので」
そう答えた男の顔に見覚えがあった。
(神宮寺正宗。どうしてここにいる)
その後の会議は日程や場所などが事細かく話し合われた。
「このような内容で大体は進みますが大丈夫でしょうか。なければ最後は一ノ瀬さんに締めてもらいますが」
そう言って全員の視線が集まる。
「え、自分ですか?」
「そうですよ。いつも会議の終わりは一ノ瀬さんがまとめて締めるじゃないですか」
「えっと」
どうしよう。こんなことになるなんてわからなかったから何も考えてなかった。
「すみません。今日の幸村は少し具合が悪いので変わりに私がやりますね」
「そうでしたか。それならば紗夜さんお願いします」
そのまま氷川さんが今日のまとめを話し会議は終わった。
「さっきはありがとうございました。氷川さん」
「別にあなたの具合が悪いのはわかっていたから。あといつもみたいに名前で読んで」
「すみませんでした。紗夜さん」
「はぁ、さんはつけるのね。まあいいわ帰るわよ」
「はい」
地下に止めてあった車に乗り込む。もちろん助手席だ。この体の一ノ瀬幸村が運転できたとしても自分はできないからな。
「帰りにスーパーに寄って行きたいのだけれど」
「別に大丈夫ですよ」
「そう」
そのまま氷川さんが車を動かす。車の中は静寂でお互いに会話のひとつもなかった。
「・・・・・今日何が食べたいかしら」
「紗夜さんが作るのだったらなんでも美味しいから何でもいいですよ」
「何でもいいが一番困るのよ」
そのままスーパーにより食材を買い込んでいく。氷川さんはさり気なくかごの中に冷凍ポテトを入れている。こういうところは年をとっても変わらないな。
「どうしたの」
「いや。変わらないと思って」
「・・・・悪い」
その反応も変わらないな。
レジで会計を済ませ食材を車に乗せる。今思ったけれどこの車いいやつじゃないのか。それに朝いた高層マンションだって最上階だったし。
「ほら、早く乗って」
「ああ、ごめん」
そのまま車に乗ろうとしたところでポツポツと雨が降ってきた。
「タイミング良かったわね」
「そうですね」
そのまま家まで車を走らしている途中に氷川さんが口を開いた。
「思い出すわね」
「何をですか」
「あなたが私に告白してきた日よ」
「えっ!」
「まさか忘れたなんて言わないわよね」
「そ、そんなわけないですよ」
「そうよね。忘れてたなんて言ったらどうしようか考えたところよ」
あ、危なかった。それにしても自分から氷川さんに告白するなんて。一体何があったんだ。
「本当にあのときの幸村は今までで一、二番目にかっこよかったわ」
「そうですか」
その時氷川さんは急に車を止めた。
「どうしたんで」
その言葉を言い切る前に口をふさがれた。
「ひ、氷川さん。なにを」
「一ノ瀬さん。私をよろしくお願いしますね」
「何を言って」
段々と目の前が暗くなり意識がなくなった。
「これだけヒントを上げたんだから頑張りなさい」
そう言って頬にキスをされた。
「ほら、いつまで寝ているんですか一ノ瀬さん!!」
「ん。氷川さん」
眼を開けるとそこには氷川さんがいた。
「どうして氷川さんが」
「どうしても何もあなたが昨日私の部屋で寝たんじゃない」
「そう言えば」
段々と昨夜の記憶が戻ってきた。
「朝食も準備してますから。早く起きてください」
「わかりました」
やっぱりあれは夢だったのだろか。それにしても氷川さんがあんなに美人になっているなんて。一体何を考えているんだ自分は。
「どうかしましたか。一ノ瀬さん」
「何でもありませんよ。すぐに行きますね」
「早くしてくださいよ」
そう言って氷川さんは部屋を出ていった。
将来氷川さんもあんなに美人になっているのだろうか。そんな事を考えながらリビングに向かった。
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