氷川さんの家に泊まった日から数日がたった。あの日見た夢のことを未だに忘れられない。自分が氷川さんに告白をするか。
大人になった氷川さんがそう言っていたが本当なのだろうか。そもそも自分はともかく氷川さんは自分のことをどう思っているのだろうか。そんな事を移動教室に行く道中に考えていた。
「どうしたんですか一ノ瀬さん。さっきからぼーっとして」
ジーッと、氷川さんの顔を見つめる。
「な、なんですか。私の顔になにかついていますか」
「いや、キレイな顔だなと」
「い、いきなり何を言っているんですか一ノ瀬さん!セクハラですよ!」
ただ容姿を褒めただけなのになぜこんなにも言われなくちゃならないんだ。
「いや、思い返してみれば氷川さんの顔をよく見たことがなかったと思って」
「だからってなんでいきなりそんな事してくるんですか!」
「なんでと言われましても自分にもわかりません」
お返しとばかりに今度は氷川さんがこちらの顔をじっと覗き込んでくる。こちらも負けじと見つめ返す。すると段々と氷川さんの顔が赤く染まっていき顔をそらされる。
「そらさないで」
氷川さんの顎を持ち上げ見つめ直す。氷川さんは逃げようとするが壁際まで追い込んで逃げ道を塞ぐ。
「氷川さん。いや、紗夜キレイだよ」
「な、な、何を言って。よ、呼び捨てで」
「紗夜が呼び捨てで呼べと言ったじゃないか」
「わ、私はそんなこと・・・・言っていません」
「それなら氷川さんのほうがいいですか」
「べ、別に嫌だとは・・・言っていないわ」
「そうですか」
そのまま氷川さんを見つめながら聞いた。
「紗夜キスしてもいい?」
「い、一ノ瀬さん何を言っているの。正気に戻って」
「自分は正気ですよ。逆に今までがおかしかったんです。こんな近くに魅力的な女性がいるのに何もしないなんてて。それよりもイエスかノーで答えてくださいよ」
「・・・・・」
「何も答えないと言うことは肯定と同じ意味ですよ」
氷川さんは受け入れたのかゆっくりと目を閉じる。そのままゆっくりと顔を近づけ耳元でささやく。
「まぁ、これ全部ウソなんですけどね」
「えっ」
そのまま氷川さんから離れる。
「氷川さん今どんな気持ちですか」
なんでもネットで調べてみたところ、異性にこうしてみると相手が自分のことをどう思っているのかがわかるらしい。
「・・・・・・よ」
氷川さんが小さな声で何かをつぶやく。
「氷川さん?」
「こんな事をしておきながらどんな気持ちですかって、最悪よ!!」
氷川さんは拳を振り上げ、気がついたときには腹に衝撃が来ていた。
「そこで反省していなさい!!」
そのまま氷川さんは先に行ってしまった。
「やばい完全にやらかした」
ふらつく足取りで教室に向かった。
「氷川さんこれどうぞ」
そう言って購買から買ってきたポテトを差し出す。氷川さんはそれを光の速さで奪い取りもぐもぐと食べ始める。
「氷川さん先程はすみませんでした」
「・・・・・・」
氷川さんはこちらを見つめてくる。
「許しません」
「もう一個買ってきます」
「早くして」
そう言ってもう何回目になるかわからないやり取りをして購買に向かう。
「あら、あんたまた来たの」
「すみません。ポテトください」
「あんたねぇ、さっきので売り切れちゃったよ」
そ、そんなばかな。ここでポテトを買っていかなきゃもう氷川さんは本気で許してくれなくなるだろう。
なんて言えばいいのかその事を考えながら教室に戻ると氷川さんは遅いっといった目で見てくる。
「遅いわよ」
「すみません」
「それよりも早く頂戴」
「もう売り切れてしまいました」
「そう、それじゃあさようなら一ノ瀬さん」
「許してください氷川さん。何でもしますから見捨てないでください」
「ふーん。いまなんでもって言ったわね」
「はい。氷川さんが望むことならどんなことでもします」
「一ノ瀬さん週末は暇よね」
「えっとその日はバイトが」
「さようなら一ノ瀬さん」
「嘘です!暇です」
「そうそれなら週末10時に駅前にきなさい」
「わかりました」
はぁ。マスターに週末休むって連絡しなくちゃな。そのあとは氷川さんの機嫌も戻り少しは安心した。
そしてやってきた週末。約束通りに駅前まで来た。しかも集合時間よりも三十分も早くだ。どうせ自分のほうが早くこないと氷川さんはグチグチ言ってくるからな。
集合場所の時計台のしたにはすでに見知った顔があった。嘘だろ。これでも三十分も早く来たのに。
「あ、おはようございます。一ノ瀬さん」
「おはようございます。氷川さん。早いですね」
「どうせ一ノ瀬さんが私よりも早く来るだろうと思って先に来て待ってました」
「そ、そうですか」
あぁこれはグチグチ言われるパターンのやつだな。
「それよりも一ノ瀬さんなにか言うことはありませんか」
ほら来た。どうせ自分から先に謝れってことなんだろう。
「すみませんでした」
「どうして謝るんですか」
「え。氷川さんよりも遅く来たことに怒っているんじゃないんですか」
「そんな訳ありません」
それじゃないとしたら何かあったか。すると氷川さんは着ててたスカートの裾をパタパタとしている。
「もしかして暑いんですか」
「はぁ、一ノ瀬さん本当にあなたはデリカシーがないわね。これなら昨日のイケメンモードの方が良かったわ」
「今日の紗夜の服装とても似合ってるよ」
「え!」
「本当は気がついていたけれど素直に褒めるのが照れくさくて。すみません」
「い、いや。気がついてくれたのなら別にいいけれど」
「それなら良かった。それじゃあ行きましょか」
「一ノ瀬さんもしかして今日はずっとそのままなの」
「紗夜はこっちのほうが好みでしょ」
「ま、まあいつものデリカシーのない一ノ瀬さんよりはいくらかましよ」
「なるほど。じゃあ戻りますね」
そう言っていつもの状態に戻る。
「あっ」
「どうかしましたか氷川さん」
「べ、別になんでもないわよ」
「そうですか。なら行きましょうか」
そのまま二人で駅の中に入って行った。
や、やばい。人が多すぎる。休日だからなのか妙に若者が多い気がする。
「氷川さんこれどこに向かっているんですか」
「ネズミーランドよ」
「嘘ですよね」
「本当よ」
本気で行っているのか氷川さんは。ネズミーランドは氷川さんが絶対に行かないである場所ナンバーワン候補だぞ。
「急にどうしたんですか」
「別に何でもいいでしょ」
そう言って氷川さんは投げやりに返す。スマホでネズミーランドイベントで検索をかけるとトップに出てきたのはわんわんフェスティバルというイベントだった。
「もしかしてわんわんフェスティバルですか」
そう聞くと氷川さんはびっくとなる。
「なるほど本当は行きたいんですけど一人でネズミーランドに行く度胸はなくて自分を誘ったわけですか」
「そんなわけないじゃない」
そんなこと言っているが顔が明らかに動揺している。
「まあ、今日は氷川さんの言うことは聞きますよ」
「そうして頂戴」
「やっと入れた」
入場券を氷川さんのぶんまで購入してからやっと園内に入れた。それにしてもカップルが多い。正直言って居心地が悪い。
「ほら、行きますよ一ノ瀬さん!」
「待ってくださいよ氷川さん」
やばい氷川さんのテンションがいつも異常に高い。氷川さんもこういうところでは女の子なんだな。
「それで最初はどこに行くんですか?」
「まずはあそこです」
事前からどこから回るなどは予め調べてきているらしい。氷川さんの後をついていくとそこはわん助の家という場所だった。
「ここは」
どうやら中にいるわん助と写真を取れるとか。
「一ノ瀬さん早くしてください!」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
列に並ぶこと20分弱やっと中に入れた。
「はーい。カップルさんですね。どうぞー」
「いや、違います」
「あ、そうでしたか。頑張ってくださいね」
いや、何を頑張ればいいんだよ。
「わん助。かわいい」
氷川さんがポテトを目の前にしたときと同じ顔をしている。
「ほら、彼氏さんも入って入って」
「いや、自分は」
「ほら、一ノ瀬さんも早く来てください。迷惑がかかるでしょう!」
「はぁ、わかりましたよ」
言われたとおりに氷川さんと並んで写真をとってもらう。取り終わった写真を現像してもらうと顔が死んでいる。それとは対処的に氷川さんはニコニコして差がひどい。
「一ノ瀬さんはもうちょっと笑えないですか」
「パリピの男以外はこんなもんですよ」
「なら、パリピになってください」
「それだけは無理ですよ」
「それで、次はどこに行きますか」
「そろそろお昼にしましょうか」
時間を確認してみると一時になろうとしているところだった。
「わかりました。どこで食べますか」
「それなら予約していた店があります」
氷川さん準備良すぎるだろう。
「なら、行きましょか」
「ちょっとその前に行きたい場所が」
「どこですか」
「察してください」
「・・・・早く行って来てください」
「・・・・・・・遅い」
確かにテーマパークの女性のトイレはアトラクション並みとは聞くが三十分近くは長すぎるだろう。お腹も減ったし。
「電話かけるか」
スマホを開き氷川さんの番号に電話をかける。だが何コールしてもつながらない。
「はぁ。どこ行ったんだ」
とりあえずメインストリートに戻るか。最悪そこで迷子放送でもかけてもらえばいいか。
「見つけた」
氷川さんらしき人は見つけたが明らかにめんどくさいことになっている。何やらどこぞのカップルに目をつけられたのか絡まれている。
その時男のほうが氷川さんの腕を掴む。その光景を見た瞬間に走り出していた。
「人の連れに何やってんだ」
そう言って男の肩を掴む。
「一ノ瀬さん!」
「なんだお前」
「何があったかは知らないけど女に手を出そうとしている時点でお前は男として終わってるよ」
「何言ってんだお前」
「しらばっくれんなよ。今紗夜に何しようとしたんだ」
「何を勘違いしているか知らんが彼女には落とし物を拾ってもらったからそのお礼をしようとしただけだ」
「言い訳もここまで来ると白々しいな。もうちょっと良い言い訳は思いつかなかったのか」
そのときにおもいっきり後頭部を叩かれる。
「紗夜何して」
「一ノ瀬さんその人たちが言っていることは本当です」
「・・・・・嘘ですよね」
「本当です。そちらの彼女さんが財布を落としていたので拾ってあげたんです」
「そ、そのありがとうございました!」
「ふふ、これも何回目のやり取りでしょうね」
「す、すみませんでした!!」
そう言って彼氏さんの方に頭を下げる。
「まあ、良いってことよ。俺も逆の立場だったら同じことしてたと思うしな」
「一ノ瀬さんが迷惑をかけました」
「嬢ちゃんは気にすんなよ。それにこいつはいい男だからちゃんと首根っこ掴んどきな」
そのカップルはそう言うとそのまま行ってしまった。
「はぁ。やってしまった」
「遅れてしまってすみませんでした」
「いや、氷川さんが無事で良かったです」
「それにしても一ノ瀬さんさっきはかっこよかったですよ」
「からかうのはやめてください」
「そうですか。それよりもレストランに急ぎますよ」
その後は閉園時間まで氷川さんに園内を連れ回された。
「それじゃあここで」
「はい。また明日」
氷川さんと別れて暗くなった夜道を歩く。それにしても今週はやらかしすぎた。何かと氷川さんにちょっかいをかけては余計なことになって。
あまつさえ今日は公衆の面前で恥かいたし。あれはいくらなんでもないだろ。あれじゃあただのイキリトだよ。
いやあれは氷川さんが遅かったから自分は悪くないし。
「なんなんだよ全く」
今までの氷川さんとの思い出を思い返してみる。
ライブを見に行ったこと、お菓子作りを一緒にしたこと、体育祭で一緒に走ったこと、七夕祭りを一緒に回ったこと、氷川さんの家に泊まったこと、今日遊園地に一緒に行ったこと。
それに今日の氷川さんが他の男に掴まれたときにカッとなったこと。
(ああ、そうかやっぱり)
「氷川さんのことが好きなんだなぁ」
生まれて十数年。友達さえろくにできたこともなかった自分がまさか人を好きになるなんて。
無意識にスマホを開き天気のアプリを開く。来週の天気は雨だった。
誤字報告、感想、評価ありがとうございます!