「はぁ」
目の前にある鏡を覗き込んでみると、そこにはいつも以上にやつれた顔をした自分が写り込んでいた。こうなった理由は明白だ。結局昨日あのまま寝付けずに学校に来たらこのざまだ。
顔を洗う。これで少しは見れる顔になっただろうか。そのままトイレを出ると見知った顔が待ち構えていた。
「氷川さん。どうしたんですかこんなところで?」
氷川さんは大きなため息をつき答えた。
「あのねぇ、朝から一ノ瀬さんの様子が悪そうだったからついてきたのよ」
「別に自分は具合が悪いなんてことは」
だが、体の方は限界が来ていたのか軽いめまいがして少しふらつく。
「一ノ瀬さん!」
咄嗟に氷川さんが体を支えてくれる。ち、近い。ただでさえ今日は氷川さんに近づかないように意識していたのにこうも近かったら嫌でも意識してしまう。
「は、離れてください」
すると氷川さんは強い口調で言ってきた。
「病人はおとなしくしなさい!」
「・・・・はい」
これに関しては言い返すことはできなかった。
「それじゃあ失礼しますね」
そう言って氷川さんに体を持ち上げられる。それはいつしかのお姫様抱っこだった。
「ひ、氷川さん下ろしてください!」
「良いから黙っていなさい!」
抵抗虚しく保健室に連行された。
保健室に来てみると誰もいなかった。それを確認した氷川さんにベッドまで運ばれる。
「少しここで休んでいてください」
そう言い残し氷川さんは保健室を出ていってしまった。
「はぁ。やっちゃたなぁ」
結局氷川さんに具合が悪いことがバレてしまった。こんなことになるなら今日は無理せず休めばよかった。それにしてもまた抱っこされるなんて。普通は逆だよな。いや、氷川さんを抱っこできる力なんてないけど。
その時扉が開いて氷川さんが入ってきた。
「どうしたんですか今は授業中のはずですよね?」
「帰りますよ一ノ瀬さん」
「・・・・えっとどういうことですか?」
「言ったままの意味です。早退しますよ」
「いや、でも今日は親もいないのでこのままじゃ帰れませんよ」
「はぁ、本当にこういう時は察しが悪いのね」
氷川さんは心底呆れた顔で言ってくる。
「私が一ノ瀬さんと一緒に帰ります。ほら行きますよ」
「でも、氷川さん授業はどうするんですか?」
「授業なんかよりも、今は一ノ瀬さんのほうが大事です」
その一言で心臓の鼓動が早くなるのがわかる。全く人の気持ちも考えてほしいものだ。
「わかりました。それじゃあ行きましょうか」
結局氷川さんに付き添われて家まで帰った。
「ここが一ノ瀬さんの家」
「いま鍵出しますね」
カバンから鍵を取り出そうとするが意識が朦朧としてなかなか鍵が取り出せない。
「貸してください」
それを見かねた氷川さんがカバンと取り上げる。
「これですか?」
「・・・・それです」
鍵を開け中に入る。
「一ノ瀬さんの部屋はどこですか」
「・・・二階の一番奥の部屋です」
「わかりました」
そのまま肩を借りて階段をのぼる。やばい結構限界近いかも。
「一ノ瀬さん。もう少しです頑張ってください」
扉に手をかけ部屋に入ると同時に倒れ込んだ。
--------------
どうも一ノ瀬さんの様子がおかしい。朝から顔色も悪く見える。それに心なしか避けられている気がしてならない。
ふと、一ノ瀬さんの方を見てみると具合が悪そうな顔で教室を出ていった。気になってその後を追いかけると保健室には向かわずにトイレに入っていった。
それから少し待っているとますます顔色が悪くなって出てきた。
「氷川さん。どうしたんですかこんなところで?」
全く人がどれほど心配しているかもわからずにどうしたんですか、じゃないわよ。思わずため息が出る。
「あのねぇ、朝から一ノ瀬さんの様子が悪そうだったからついてきたのよ」
「別に自分は具合が悪いなんてことは」
すると、その時一ノ瀬さんの体が少しふらつく。
「一ノ瀬さん!」
咄嗟に手を伸ばし体を支える。
「は、離れてください」
その一言でムッとなる。人が心配しているのに離れろ、だなんて。
「病人はおとなしくしなさい!」
「・・・・はい」
ようやく理解したのかやっとおとなしくなる。
そのまま一ノ瀬さんを抱っこして保健室まで運んだ。・・・・相変わらず軽いと思った。
保健室に一ノ瀬さんを置いて教室に戻り先生に事情を話しカバンを持って教室を出る。
その後はほぼ強引に一緒に帰らせた。一ノ瀬さんを支えやっとの思いで家までたどり着く。鍵を開け中に入る。
「一ノ瀬さんの部屋はどこですか」
「・・・二階の一番奥の部屋です」
「わかりました」
「一ノ瀬さん。もう少しです頑張ってください」
扉に手をかけ部屋に入ると同時に一ノ瀬さんが倒れた。
「一ノ瀬さん!一ノ瀬さん大丈夫ですか!」
声を掛けるが返事がない。
「どうすれば。・・・とりあえずベッドに運んで」
なんとか一ノ瀬さんをベッドまで運ぶ。そのまま額に手を当てるととても暑かった。
「とりあえず、タオルと飲み物を」
急いで脱衣所に行きタオルを濡らし一ノ瀬さんの額に乗せてあげる。
「後は、冷たい飲み物を」
するとその時腕を掴まれる。振り返って見ると一ノ瀬さんが腕を掴んでいた。
「一ノ瀬さん。聞こえますか」
だが返事はなく息苦しそうに呼吸をしている。無理やり手を離そうとするが力が強くなかなか離してくれない。するとかすかに声が聞こえる。
「・・・・行かないで」
「・・・・大丈夫ですよ一ノ瀬さん。私はここにいますから」
そう言って優しく頭を撫でると安心したのか少し柔らかくなった表情で寝息を立て始めた。
--------------
「・・・・暑い」
ゆっくりと目を開けるとそこは見慣れた天井だった。頭の上に乗っている物が滑り落ちてくる。
「これはタオル?」
ふと横を見てみるとそこには氷川さんが手をつないだまま眠っていた。・・・・これはどんな状況だ。もしかして倒れた後に氷川さんが運んでくれたとか。それしか考えられない。
全く今日はどれだけ氷川さんに迷惑かけたんだ。
「氷川さん?起きてください」
体を揺するがまるで起きてくれる気配がない。それにつないでいる手も離してくれない。
それにしても可愛い寝顔だな。好きだと自覚してから今まで以上に氷川さんがキレイに見える。
「紗夜好きだ。・・・・・なんてな」
「はぁ、こんな簡単に言えれば苦労はしないんだけど」
氷川さんも起きないしもう一眠りしよう。掛け布団を氷川さんに掛けてから再度目を閉じた。
「・・・ん」
起きてみるとあたりは真っ暗になっていた。スマホで時間を確認してみると時刻は八時過ぎだった。
部屋の電気をつけてみると氷川さんはもう帰ったのかいなかった。机の上を見てみると達筆な字で書かれた紙が置いてあった。
「しっかり休んで体調を直すこと!」
なんとも氷川さんらしい内容だった。体調の方は昨日の寝不足が原因だったので一眠りしたら、すっかり体の方は良くなった。
「明日はポテトでも作って行こうかな」
そんな事を考えながらリビングまで降りていった。
--------------
すっかり暗くなった夜道に一人の少女が歩いていた。その足取りはどこか少しおぼつかないように見える。
「一ノ瀬さん」
声に出して呼んだ名前はいつもよりしおらしく聞こえる。
「はぁ、これからどうやって接していけば良いのかしら」
まるで何かを思い悩むように口にする。
「い、一ノ瀬さんが私のことを好きだなんて」
動揺して思考が鈍くなる。早く帰って今日は寝たほうが良いのかもしれない。おぼつかない足取りで自宅までの道のりを急ぐ。
だが、先程から考えれば考えるほど体が熱くなって行くのを嫌でも感じる。もしかして彼からの風邪が移ってしまったのだろうか。そんな考えが頭によぎる。
なんとか家にたどり着きシャワーを浴びる。普段なら夕ご飯を食べるのだがあいにく今は喉を通る気配がない。そのまま自分のベッドに飛び込んだ。
その邪念を払うかのように布団をかぶる。いつもならばそのまま眠れるのだが今日はなかなか寝付けない。
その時彼との思いでが頭によぎった。
ライブを見に来てくれたこと。お菓子作りをしたこと。テニスで頭にボールをぶつけてしまったこと。体育祭で一緒に走ったこと。七夕祭りを一緒に回ったこと。うちに泊まりに来たこと。遊園地に行ったこと。私の音が好きと言ってくれたこと。
そして、私のことを“好きだ”と囁かれたこと。
その言葉に顔が熱くなる。鼓動が早くなる。背中がむず痒くなる。
彼のことを考えれば考えるほど体中が熱くなる。
きっとこの暑さは気温のせいだ。最近は夜でも暑くなってきている。自分にそう言い聞かせる。だけど胸も鼓動は収まってはくれない。
その時スマホが震えた。それは、今日は有難うございました。と彼からの連絡だった。
その時にようやく気がついた。いや、無理やり気が付かされた、と言ったほうが正しいのだろうか。
「・・・・・一ノ瀬さん。私もあなたのことが」
“好き”
このとき少女は人生初めての恋に落ちたのだった。
本当にどうでもいいことだけどシャルルよりメーベル派の人自分以外におる?