ポテト好きの氷川さん   作:主催

22 / 25
悶絶

「もうこんな時間か」

 

気怠い体を起こして目を擦る。結局昨日はあれからあまり寝付けずにいた。

 

「はぁ、氷川さんにどんな顔して会えばいいんだか」

 

 昨日の夜からアク抜きをしていたポテトをスティック状にカットする。

 

 油を火にかけ、温まったところに先ほどカットしたポテトを入れていく。

 

(なんだかもう作り慣れたな)

 

 いつの間にか作り慣れてしまった事実に驚かない自分がいた。

 

「よし、行こう」

 

 できたばかりのポテトを鞄に詰め玄関の扉を開く。

 

「雨か」

 

 もうそんな季節になっていたのか。少し憂鬱になった心に蓋をするように傘を開き雨の中に足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————————————

 

 

 ジリリリリリリ!

 

 枕元にある目覚まし時計がけたたましい音を立てて部屋に鳴り響く。

 

「・・・・・うるさいわね」

 

 音の鳴る方に手を伸ばす。

 

 結局はあまり寝れなかった。寝ようと思い布団を被ったら昨日の一ノ瀬さんの言葉が頭の中に浮かんできた。

 

「・・・紗夜好きだ」

 

 その言葉を思い出すだけで顔が熱く、心臓の鼓動が早くなる。邪念を振り払うように布団からでる。

 

 そのまま洗面台に行き顔を洗う。そもそもなんで私が一ノ瀬さん如きにここまでドキドキさせられなきゃいけないのよ。

 

 そう、落ち着いて考えてみれば別になんでもないわ。一ノ瀬さんなんて。

 

「・・・紗夜好きだ」

 

「あぁッ!」

 

 膝を抱え込み悶える。

 

(もうなんなのよなんなのよ!!)

 

 昨日からずっとこの調子だ。考えないようにすればするほどぐるぐると頭の中をかき乱される。

 

(やっぱり私は一ノ瀬さんのこと)

 

 いや私は風紀委員。その風紀委員自ら風紀を乱すようなことは。いや、風紀を乱すとは何かしら。そもそも風紀とはなに?

 

「・・・はぁ」

 

「一ノ瀬さんにどんな顔して会えばいいのよ」

 

 そんなことを考えながら学校に向かった。ふりしきる雨がまるで私の心情を表しているようだった。

 

 

 

——————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございますー!」

 

 学校に着くとこんな天気だというのに風紀委員が校門に立ち元気に挨拶をしている。

 

 その脇を見えないように通り過ぎようとしたところ目の前に氷川さんがいた。

 

「ひ、氷川さん。どうしてここに」

 

「お、おはようございます。一ノ瀬さん」

 

「えぇ、おはようございます。氷川さん」

 

「昨日はありがとうございました。おかげで体調も良くなりました」

 

「そう。・・・それならよかったわ」

 

「「・・・・・・」」

 

 き、気まずすぎる。そもそもなんでここに氷川さんがいる。いつもならど真ん中にいるはずなのに今日に限ってこんな脇の方にいるんだ。

 

「それじゃあ自分は教室に行きますね」

 

 その沈黙を無理やり破り氷川さんの横を通り抜けようとしたら、腕を掴まれる。

 

「ひ、氷川さん。どうかしましたか?」

 

「・・・ですか」

 

 もごもごと口を動かす氷川さんの仕草がなんとも可愛らしく見えた。じゃなくて!

 

「えっと、聞こえなかったんですけど?」

 

「昨日・・・・ですか?」

 

「昨日がどうかしましたか?」

 

 ついに聞き取れない自分に嫌気がさしたのか氷川さんは大声で言った。

 

「ですから昨日の言っていたことは本当なんですか!!」

 

「昨日?」

 

 昨日言ったこと?昨日は氷川さんに保健室に連れて行かれてから、家まで送ってもらって、看病までしてくれた。思い返してみるが特にこれといったことが思い出せない。

 

「すみません。昨日は氷川さんに迷惑ばかりかけて、もしかして自分氷川さんに失礼なことでもいってしまいましたか?」

 

「覚えていない?・・・・いや、たしかにあれは意識がはっきりしている時に言ったはず」

 

 少し考えた仕草をした後に氷川さんは答えた。

 

「いえ、覚えていないのなら大丈夫です。さ、それよりも早く教室に行ってください」

 

 そう言って氷川さんは自分の背中を結構な力で押してくる。

 

「ちょ、ちょっと氷川さんそんなに強く押さないでくださいよ」

 

「いいから早く!」

 

 そのまま無理やり昇降口まで運ばれた後に氷川さんは自分の持ち場に戻っていった。

 

「全くなんなんだ?」

 

 氷川さんの態度に疑問を持ちながら教室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、あれから時間も経ち昼休みになった。今日の氷川さんはどこか少しおかしい。ここ最近なら意味もなく休み時間は自分の席によってきてなにかしらぐちぐち言ってくるのに今日はそれが一度もなかった。

 

 だけど時折、いや頻繁に視線は感じる。なんだこのむず痒さは。言いたいことがあるならはっきり言う。それが氷川紗夜という人間のはずじゃないのか。

 

 もしかしなくても自分の好意が氷川さんにバレたとか?

 

 いやまさかそんなことはないと思うが。・・・いやもしかしてそれが原因だとしたら。そのことに何かしらの形で氷川さんが気づいたとして、自分との距離を置こうとしているとか。

 

 朝、意味深なことを聞いてきたのもそういうことだったのかもしれない。

 

(あれなんだか無性に悲しくなってきた)

 

「はぁ」

 

 大きなため息をつき机に突っ伏した。

 

「そんな大きなため息をついてどうかしたんですか?」

 

「えっ」

 

 顔を上げると目の前に氷川さんがいた。

 

「ひ、氷川さん。どうしてここに!?」

 

「どうしてもなにもいつものことじゃない」

 

 いや、たしかにここ最近は一緒に食べているけど。

 

「えっと、氷川さんは自分のことが嫌いになったんじゃなかったんですか?」

 

 そう言うと氷川さんがぽかんとした顔になった。

 

「一ノ瀬さんあなたなにを言っているの?」

 

「だって今日の氷川さんの態度おかしかったですし」

 

 はぁ。と、大きなため息をつかれた。

 

「あのねぇ一ノ瀬さん私がいきなり理由も無く嫌いになるはずないじゃない」

 

「そ、そうですか」

 

 氷川さんのその一言が素直に嬉しかった。

 

「納得したのなら早く食べましょ」

 

 そう言って氷川さんはいそいそとお弁当を広げ始める。

 

「さっきからなにじろじろ見て?」

 

 ずっとじろじろ見てきたのは氷川さんの方などと言えるはずもなかった。

 

「なんでもありません」

 

「全く今日の一ノ瀬さんはどこかおかしいですよ」

 

 それこそ氷川さんの方がおかしいですよ。と言えない情けない自分が恥ずかしかった。

 

「氷川さんこれ食べます?」

 

 そう言って朝から揚げてきたフライドポテトを差し出す。

 

「一ノ瀬さん急にどうしたんですか?なにが目的です」

 

「いや単純に昨日のお礼のつもりなんですけど」

 

「・・・・見え透いた嘘ですね。大体最近の一ノ瀬さんは私をなんだと思っているんですか。軽々しくいきなり名前で呼んできたり、人のことを可愛いとか簡単に言ってきて」

 

「いや、そんなことは」

 

 今になってここ最近の行動を振り返ってみると自分がどれだけのことをしてきたのかわかった。それが今になってとてつもなく恥ずかしく思えてきた。

 

「あんな態度私だから別にいいですけど、他の人には絶対にしないでくださいよ。あなたは顔はいいのだからそれで勘違いする人がいてもおかしくないんだから」

 

 氷川さんは顔を赤くして詰め寄ってくる。

 

「わ、わかってますよ。大体氷川さん以外にはやる相手なんていませんよ」

 

「いえ、わからないわ。一ノ瀬さんは目を離すとすぐに女の人を口説くんだから」

 

「いつ自分が女の人を口説いたんですか。変な言いがかりはやめてください」

 

「そうですね」

 

 そう言って氷川さんは少し考えてから答えた。

 

「体育の時に白金さんをその後に食堂で丸山さんを、そのあとあまつさえ日菜を口説いてたじゃない」

 

「いや、それはただの世間話程度でしょう」

 

「その世間話がダメなのです!」

 

「そんなこと言われても」

 

「それに他の女性には優しいくせに私は雑な態度で扱って」

 

「いや、決してそんなことは」

 

 ない。とは言い切れなかった。

 

「一ノ瀬さんは最低です」

 

 そう言いながらポテトを高速で口に運んでいる。

 

「それはすみませんでした」

 

「・・・・一ノ瀬さんは私のことどう思っているんですか」

 

 微かに聞こえる声でそう言ってきた。

 

 なんと思っているかだなんて、氷川さんは自分にとって。

 

 そこから先は考えるだけでも顔が熱くなってくる。

 

「一ノ瀬さんどうしたんですか顔をそんなに赤くして。・・・もしかしてまだ具合が悪いのですか!?」

 

「まぁ、これも一種の病みたいなものですよ」

 

 そう言ってポテトにかじりついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人生で一度は経験するであろう出来事とはなんだろうか。そんなことをどんどん強くなっていく雨を見つめながら考えていた。

 

 もう一度よく探してみるが見つからない。

 

「はぁ。なんだか最近ついてない気がする」

 

 季節はもう梅雨に入ったのかここ最近は雨が多い。そんな日は気持ちも必然的に暗くなる。そして憂鬱なまま学校や職場まで向かうことだろう。

 

 そこで必要不可欠になってくるのが傘というわけだ。今の季節は嫌でも出番が多くなる。

 

 そして今その傘がなくなっている。これじゃあまた風邪を引くかもしれない。

 

 母さんに迎えにきてもらうか悩んだが、今日は数年ぶりに友達と会ってくるとか朝から言ってたから迎えにきてもらうのは無理だろう。父さんに限って言えば、まだ仕事中のはずだ。

 

「・・・しょうがない。もう少し待つか」

 

 重い足取りで図書館に向かった。

 

 なんだかここにくるのも久しぶりな気がする。ここ最近はなんだかんだ言って氷川さんにつきまとわれて放課後はそのままダラダラ過ごしていたからな。

 

 あたりを見渡してみると自分と同じで図書館に来ている人はいつもよりも多く感じた。

 

 久しぶりの定位置に座り教科書を開く。そこからひたすら教科書とノートを見つめ問題を解き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計を見てみるとあれから90分もたっていた。

 

 なんだか久しぶりに集中してできた気がする。

 

 帰ろうとリュックに教科書を詰めながら窓の外を見てみるとさっきより雨が強くなっていた。

 

「結局意味なかったな」

 

 近くのコンビニまで走ってそこで傘を買おう。そう決めて昇降口に行くとそこに氷川さんと白金さんがいた。

 

「あら、一ノ瀬さんあなたまで残っていたの」

 

「そうですよ。傘がぱくられましてそれで少し待ってみたんですけどやむ気配がないんでコンビニまで走ろうかと」

 

「それは災難でしたね」

 

「それじゃあ」

 

 走ろうとした時に肩を掴まれた。

 

「少し待ちなさい。近くのコンビニまで行くのなら一緒にいきましょう。私が白金さんと一緒に帰りますから一ノ瀬さんはこれを使ってください」

 

 そう言って氷川さんは自分の傘を差し出してきた。

 

「いやそれは悪いですよ」

 

「いいから受け取りなさい。また風邪でも引かれたら迷惑ですから」

 

「そうは言われても」

 

 そんなこんなで氷川さんと言い合っていると隣から小さな声が聞こえてきた。

 

「・・・あ、あの」

 

「どうしたの白金さん?」

 

「・・・わ、私用事を思い出したので先に帰ります」

 

 そう言って白金さんは急ぎ足で外に走って行った。

 

「ちょ、ちょっと白金さん待って」

 

 氷川さんが言い切る頃には白金さんの背中はずいぶん遠くまで行ってしまっていた。

 

「・・・行っちゃいましたね」

 

「・・・そうね」

 

 お互い思っていることは同じなのだろう。だけどなかなか言い出せない。勇気を出せ自分昨日まではさらさらと口から出てきただろ。

 

「ひ、氷川さん良かったら入れてください」

 

「しょ、しょうがないわね一ノ瀬さんは。また風邪を引かれると面倒だし特別に入れてあげるわ」

 

「ほら、早くしなさい」

 

「は、はい」

 

 雨は憂鬱になるがたまにはいいなと思いながら氷川さんと一緒に帰った。

 

 

 

 

 




あるいつもの朝パソコンをつけたら奴は息絶えていた。

バイト頑張ってiPad Proやっと買えました( ; ; )


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告