秋時雨に傘をは何度見直しても泣ける
相変わらず今日も今日とて雨が降り続いている。だがこんな天気も来週から晴れる見込みらしい。傘はパクられ、風邪を引くわこの季節は何一ついいことがない。早く梅雨明けになって貰いたいものだ。
そろそろ夏休みに入ることだし氷川さんとも一ヶ月近く会えないことになる。
確か去年の夏休みはバイトと家に帰って勉強の往復だった。
一ヶ月。それは人生の中で見てみればとても短い時間だけれど学生のうちの三年間でみればとても長く感じる。
もういっそ告白でもした方がいいのではないか。
いや、でももし断られたら今までみたいに接することができるのだろうか。もしそのまま話さなくなってしまうかもしれない。そしてまた一人ぼっちの学園生活を送ることになるかもしれない。
それこそできれば避けたいことだ。だけどいつまでもこの気まずい関係のままでいいのか。その考えが頭の中でぐるぐると駆け巡っている。
「とりあえずいくか」
わざわざ昨日コンビニで買い直した傘を広げて学校に向かった。
「おはようございます。氷川さん」
最近は恒例となった挨拶を氷川さんにかける。
「・・・・・・・」
だがいつまで経っても返事がない。
「氷川さん。聞こえてますか?」
「・・・・・はぁ」
口が開いたと思ったら今度は大きなため息をつかれる。
「氷川さん!」
「ッ!!一ノ瀬さん。いつからいたんですか!?」
「いやさっきから声をかけてましたけど氷川さんが全然反応してくれないんじゃないですか」
「そう。それは悪かったわ。ごめんなさい」
「いや、そんな謝らないでくださいよ」
おかしい。いつもなら絶対にこんな些細な口喧嘩でも氷川さんから謝ってくるはずないのに今日に限って謝ってくるなんて。
「もしかして、朝ごはん食べてきてないんですか?」
「いきなり何を言っているのあなたは」
「いやだってあきらかにいつもよりも元気がないじゃないですか」
「別に私はいつも通りよ」
絶対嘘だ。こないだ一緒に帰った時はいつも以上に口煩かったのに今日はいきなりこのテンションだ。この土日の間に何かあったに違いない。
「そうですか。氷川さんが話したくなければ別にいいですけど」
「そうして頂戴」
これ以上は聞かないで頂戴と言わんばかりに氷川さんは話を終わらせた。
あきらかにおかしい。今日の氷川さんはどこか調子が悪いのか朝から暗い顔のままだ。授業中に当てられてもボーとしていたし。移動教室の時も気がついていないのか教室に一人で座ったままだし。
普通に心配になってくる。
「氷川さん。もう昼休みですよ」
昼休みに入ったのに一行に動かない氷川さんの机にお弁当を持って隣の席に座る。
「・・・ああ。もうそんな時間だったのね」
「・・・本当どうしたんですか。いつもの氷川さんらしくない」
「ねえ、一ノ瀬さん。いつもの私って一体なんなのかしら」
「え?」
一日中ボーとしてたと思ったらいきなり何を言い出してんだこの人は。
「いつもの氷川さんは規則正しくてやたら自分にだけ厳しく接する人じゃないですか」
「なら、日菜は?」
「日菜さんですか。日菜さんはいつもやかましくて周りの人を巻き込んで、それでいてやることなすことなんでも簡単に遂げちゃう人って感じですかね」
「そう」
聞きたいことは聞いたのかそのままお弁当を開けて食べ出す。
「・・・あの、氷川さん」
「・・・・・」
無視。まるでそこに誰もいないかのようにただ黙々とお弁当を食べ続けている氷川さんがなんだか無性に悲しそうな顔をしているように見えた。
「終わった」
ただ今頭の中にある言葉はそれだけだった。あの日から氷川さんに避けられる態度を取られて早3日。もう精神的に苦しくなってきた。もしかして今度こそ何かやらかしたのか。そう思い氷川さんに謝ったら。
「一ノ瀬さんには関係ないでしょ!!もうほっといてください!!」
と、教室のど真ん中で思い切り怒鳴られてしまった。それからと言うもの自分も魂が抜けたように過ごしていた気がする。
「おい、幸村。ケータイ鳴ってるぞ」
「・・・」
「幸村!」
「ッ!!すいません別にサボっていたとかじゃなくて」
「そんなことは別にいいからよ。それよりもケータイなってるぞ」
そう言われてケータイを投げ渡される。
ディスプレイに映し出された文字は日菜の二文字だった。
「日菜さん」
「どうしたさっきからずっとなりやまないから早く出た方がいいんじゃないか。今なら誰もいないからよ」
「すみません。ありがとうございます」
一応断りを入れてから画面をタップする。
「もしも「ユッキーやっとでた!」
「いきなり耳元で大声出さないでくださいよ。それでなんの用事ですか」
「あのね。おねーちゃんがいなくなっちゃったの!!」
「・・・・は?」
氷川さんがいなくなった?こんな雨の中?今の天気はまるで明日からの晴れに抵抗するかのようにここ最近の中で一番の勢いで降り続けている。
「おねーちゃん。今日練習があったのに傘を持っていかなかったからスタジオまで届けたら友希那ちゃんにおねーちゃんはいないって言われちゃってそれから探してるんだけどどこにもいなくて」
「そんな」
この雨の中傘も持たずにどこに行ったんだ。
「家に帰ったとかは」
「さっきお母さんに聞いたけれどいないって言われて」
「そうですか」
やっぱりここ最近少し様子がおかしかったのも関係してるかもしれない。
「日菜さん。ここ最近家での氷川さんの様子はどうでしたか?」
「え。いきなりどうしたの?」
「いいから教えてください!」
「実は」
そこから日菜さんはポツリポツリと話し始めた。
「この前おねーちゃんと一緒にテレビ見ようって誘った時にいつもなら部屋でギターの練習してるはずなのに、その日はしてなくて。その後にギターはもう弾かないって怒鳴られちゃったの」
「いつからそんな態度になったんですか?」
「えっとこの前の休みの日には一緒にテレビ見てくれたからその時までは普通だったと思うけど」
「・・・そうですか」
こないだまでは一緒にテレビを見ていたのにいきなり日菜さんに強くあたることなんてあり得るのか。
「確かその時は一緒にパスパレのライブ映像を見たっけ」
「ライブ映像?」
「うん!この間やったライブがテレビで一部だけ放送されるから一緒に見たんだよ」
「・・・・まさか」
もしかしなくてもここ最近の氷川さんの様子がおかしくなったのは日菜さんのライブ映像を見たから。いやそんなことありえるのか。でも氷川さんにとっては日菜さんの才能は何よりものコンプレックス。あながち間違いじゃないのかもしれない。
「自分も探しに行きます」
「本当!」
「当たり前です。このままじゃ氷川さんが危ないですよ」
「わかった見つけたら連絡して!」
「わかりました。必ず見つけ出します」
「うん。ユッキーありがとね」
「それじゃあ、後で」
と言ったもののバイトが終わるまではまだまだ時間がある。
「行ってこい。幸村」
「・・・マスター」
「もうすぐつぐみも帰ってくるだろうし、それにこの雨の中彼女一人で待ってんだろ」
「ありがとうございます!!」
急いでロッカールームで着替える。
「おい、幸村」
「なんですか?」
「男になってこい」
「え」
「ほら、行ってこい」
そのままマスターに背中を押されて飛び出した。
「はぁはぁ、クッソどこにいるんだ」
あれから学校、図書館、楽器店、ファストフード店、など色々回ってみたがどこにも氷川さんはいなかった。
もしかして家に帰ったのではないか。そんな考えが浮かんでくるほどに探し回っていた。こんなに走り回ったのはいつ以来だ。足の感覚がなくなってきた。自販機でコーヒーを買い気持ちを落ち着かせる。
空になった缶をごみ箱に投げ入れるが外れ奥の方まで転がっていった。
「はぁ。こんな急いでいる時に限って」
缶を追いかけて路地裏に入るとそこに彼女はいた。なにもせずただ雨に濡れて立ち尽くしていた。
「・・・・風邪引きますよ」
「・・・・一ノ瀬さん」
久しぶりに正面から見た彼女の顔は雨のせいだろうか泣いているように見えた。
「ほら、帰りましょう。みんな心配してますよ」
「やめて!!」
「・・・・氷川さん」
「もう、私のことはほっといてと言ったはずでしょう!!」
「今この状態の氷川さんを見てほっとけるはずないでしょう」
「あなたには関係ないことよ」
「・・・・日菜さんですよね」
「・・・・」
「日菜さんから聞きました。こないだ一緒にパスパレのライブ映像を見たって」
「・・・・」
「その日からですよね。氷川さんがおかしくなったのって」
「・・・・日菜は関係ないわ」
「嘘です」
「嘘じゃないわ」
「・・・・ならどうしてさっきよりも泣きそうな顔をしてるんですか」
「・・・・どうして・・・・どうして」
「一ノ瀬さんはこないだ行った七夕まつりを覚えてますか」
「・・・忘れるわけないじゃないですか」
「・・・私はあの日短冊に、日菜とまっすぐ話せますように、って書いたんです」
「・・・・・」
「その日から少しずつですが日菜と昔のように話すようになったんです」
「でも、日菜の演奏する音を聞くのが怖かった。自分への劣等感、それに・・・日菜への憎しみが増していってしまうから」
「そして久しぶりに日菜の演奏を聴いて・・・日菜の音は、私の譜面通りに弾く音とは違い技術にとらわれない魅力的な音に聞こえたの」
「あれは『音楽を楽しんでいる』・・・そんな音に聴こえた。日菜に負けないように、ただひたすら技術を磨いてきたけれど、私の音なんて・・・その程度の『つまらない音』なのだとはっきりと感じてしまった」
「いくら私が努力したって本物の天才の音には敵わない。勉強も運動だってそう昔から何一つ日菜には勝てなかった。もう・・・もう全部嫌なのよ、『つまらない音』を奏で続けている自分も、短冊の願いから遠ざかっている自分も、全部・・・全部!」
「ふざけないでください!!!」
「ッ!!」
「前にも言ったじゃないですか!自分は日菜さんが天才でギターの技術が上でも氷川さんの音の方が好きだと!!」
「自分は氷川さんの音が大好きです!こないだ一緒にセッションした時も前よりも、もっと魅力的に聴こえて・・・ずっと一緒に弾いていたいって思わせるような音でした!!」
「人をここまで魅力できる音が『つまらない音』なわけないじゃないですか!あの日氷川さんのライブを見てからこんな音を自分も出せるようになりたいと思って、ギターを始めたんですよ!」
「天才には敵わない?ふざけないでください!!自分は氷川紗夜以上の天才を知りませんよ!」
「自分に勉強が敵わないからと言って毎回毎回死ぬ気で勉強して、それでも勝てなかったらまた死ぬ気で勉強し直して。ギターも部活も風紀委員も平行しながらですよ!」
「これを努力の天才って言うんじゃないんですか!!」
「だから・・・ギターを辞めるだなんて絶対に言わないでください!!!」
「い、一ノ瀬さん・・・わ、私」
今まで溜まっていたものが溢れ出るように氷川さんの瞳からポツリポツリと涙が溢れ落ちてきた。
そんな氷川さんを優しく抱きしめる。
「氷川さんが今話してくれたことを日菜さんに話してください。きっと自分と同じことを言いますよ」
「・・・・」
氷川さんは腕の中でコクリとうなずく。そこから二人で雨の中抱きしめあっていた。
次回最終回