ポテト好きの氷川さん 作:主催
夏休み前最後の登校日となった朝。何故だかいつも以上に清々しい気持ちで通学路を歩いていた。今日の終業式が終わると明日から夏休みだ。
まぁ、どうせ今年の夏休みも家に引きこもって勉強とバイトの往復だな。そんなことを考えながら校門をくぐる。
「おはようございます一ノ瀬さん」
「おはようございます氷川さん」
いつものルーティンとなっている挨拶をする。これも恒例行事も一ヶ月の間のお別れか。
「一ノ瀬さん。今日の学年代表の挨拶は考えてきましたか?」
「ええ、昨日徹夜してバッチリ考えてきましたよ」
「そうですか。期待していますよ」
「期待しててください」
そう、この花咲川は終業式ごとに各学年の代表が壇上で一言ずつその学期の反省の振り返りを話すと言うものだ。これも毎回毎回氷川さんと自分が交互にやっていることだ。前回は氷川さんだったので今回は自分の番というわけだ。
「それじゃあ先教室に行ってますね。風紀委員頑張ってください」
「はい。頑張りますね」
そのまま昇降口で靴を履き替え教室に向かう。
「結局告白出来なかったな」
あの日のことが頭によぎってきた。
もうどれだけの時間が過ぎたのだろう。傘も投げ捨て二人雨に打たれ続けている。このままだと二人して風邪を引いてしまうかもしれない。そんなことが頭の片隅で浮かんでいた。だが二人して、ただ抱きしめあっているそれだけなのにこの時間がなんとも心地よかった。
だけどいつまでもこのままでいるわけにはいかない。そろそろ日菜さんに連絡をしようとスマホをポケットから取り出して見てみるとこの雨の寒さからか充電が切れていた。
「どうしよ」
とにかく氷川さんを説得して家に帰らないと。
「氷川さんとりあえず帰りましょう。このままだと二人して風邪を引いてしまいます」
「・・・・いや」
「嫌じゃなくて。日菜さんも両親も心配してますよ」
「・・・・いや」
「わかりましたからとりあえず離れてくださいよ」
「・・・・いや」
さっきから子供のように嫌々を繰り返し続ける。これはいつしか見た甘えん坊モードなのか。いやそんなはずはない、と思いたい。
「とりあえず屋根があるところにはいきましょうよ」
今度は少し間が空いてからこくりと頷いてくれる。その体制のままで近くの小屋に入る。
「・・・氷川さんスマホはありますか」
「・・・家」
「・・・そうですか」
「とりあえず。公衆電話で連絡してきますね」
氷川さんを引き剥がしてから外に向かおうと思い振り解こうとしたら捕まってくる力がさらに強くなる。
「ちょっと氷川さん離してください」
「・・・・置いてかないで」
これはもうあれだ。今まで溜まっていたストレスとかもろもろが重なって幼児退行してしまっている。
「自分はどこにも行きませんよ」
そのまま氷川さんの頭を撫でる。
「・・・・ん」
なんかいつもとのギャップが激しくていつも以上に氷川さんが可愛く見える。
「それじゃあ一緒に行きましょう」
氷川さんに抱きつかれたまま公衆電話に向かおうと小屋を出ると先ほどより少し雨が弱まった気がする。傘をさして外に出る。そもそも公衆電話ってどこにある。最近はめっきり見なくなってしまった気がする。
・・・とりあえず商店街まで行こう。そう思って外に足を踏み出すと聞きなれた声が聴こえてきた。
「おねーちゃん。ユッキーどこー!!」
まるで近所のことなど考えていないような大きな声で自分と氷川さんの名前が呼ばれる。
「日菜さんーこっちです!!」
こちらも負けじと声を出して呼びかける。するとこちらに気が付いたのか駆け足でこちらに近づいてくる。
「ユッキー!お姉ちゃんは!?」
「氷川さんなら後ろに」
ふと今気がついたら抱きつかれている感覚がなくなっている。
「あれ?」
後ろを振り返ってみると氷川さんが腕を組んで立っている。
「おねーちゃん!心配したんだよ」
「・・・ごめんなさい日菜」
「ううん。あたしこそごめんなさい」
「氷川さんさっき自分に言ったこと日菜さんにも話してあげてください」
「・・・・・ええ」
「それじゃあ自分は帰りますね」
「え!ユッキー帰っちゃうの?」
「・・・あとは二人で家でゆっくり話し合ってください」
そう言い残し帰宅路についた。
先日のことを思い出しながら教室に向かう。その途中にいつしか見た夢を思い出す。
「あなたが私に告白してきた日よ」
大人になっている氷川さんに言われた言葉を思い出す。
そんなことを考えていると段々とクラスメイトが教室に集まってくる。
「はーい。それじゃあみんなそろそろ集合時間だから体育館に時間どうり集合してね」
担任の先生が黒板に大きく集合時間を書き教室を出て行った。時計を見てみるとあと十分近く時間はある。・・・氷川さんを待つか。
少し待っていると氷川さんが小走りで教室に入ってくる。
「遅いですよ氷川さん」
「一ノ瀬さんあなたまだいたの!」
「氷川さんを待っていたんですよ」
「もうとっくに集合時間過ぎてるわよ!?」
「え」
恐る恐る時計を見てみると黒板にデカデカと書かれた時間から五分も過ぎていた。
「ほら、走りますよ!」
「ちょ、待ってくださいよ!」
氷川さんに手を引かれて体育館まで走る。
なんとか氷川さんのペースについて行き中を覗いて見ると、もうすでに全校生徒が整列して座っている状態だった。そんな中生徒会が並んでいる列まで手を引かれて連れて行かれる。
そう、学年代表生徒はわざわざ生徒会の列の隣に並ばないといけない。そして生徒会の列は最前列の脇にある。そうなると必然的に全校生徒の目に晒されることになる。
いつかの食堂の時のように氷川さんは周りを気にしていないのか平然とした顔で最前列まで進んでいく。その途中で耳を澄ますとヒソヒソとした声が聞こえてくる。
「すみません遅れました。一ノ瀬さんは私の隣に座ってください」
「・・・わかりました」
終業式は最初に校歌を歌い、校長のありがたいお話を聞いてから最後に学年代表の話がある。
「それでは最後に二年生代表一ノ瀬幸村さん壇上に上がってください」
「はい」
氷川さんに呼ばれて壇上まで上がる。
「一学期を振り返って。二年代表一ノ瀬幸村」
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私が名前を呼び彼が壇上に上がっていく。
「一学期を振り返って。二年代表一ノ瀬幸村」
一ノ瀬さんと話すようになって一学期が経っている。
(なんだかこの数ヶ月早いようで短かったわね)
ライブに来てもらったり。クッキーを一緒に作ったり。体育祭で一緒に走ったり。七夕祭りを一緒に回ったり。彼が家に来たり。
それから日菜と真っ直ぐ話せたこと。
あの日家に帰ったらお父さんもお母さんもすごく心配していた。その後日菜とゆっくり話し合った。お互いが思っていることを話している内に最後は日菜も一ノ瀬さんと同じことを言ってきた。
そのあとはいつも以上に日菜が甘えてくるようになりその日は私の部屋で一緒に寝てしまった。
(本当一ノ瀬さんには敵わないわね)
結局夏休み前最後のテストはいつも以上に勉強にしたつもりだったがそれは彼もそうだったらしく一点差で負けてしまった。
(一ノ瀬さんはこの一学期の出来事をどう話すのでしょう)
少し楽しみな気持ちで彼の話を聞き始めた。
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「一学期を振り返って。一ノ瀬幸村」
「まず最初に言って言っておきたいことがあります。自分はこの花咲川に入学して一年間友達がいませんでした」
「それもそうです。自分たちの代の男子生徒は両手で数えられる程度です。そうなると必然的に友達もできないものです」
「ですが友達もいない自分に去年からテストごとに絡んでくる人がいました。その人はテストが終わると毎回毎回必ず絡んできました」
「いつも今回はどのくらい勉強をしたのか、いつ頃からテスト範囲をやり始めたなど、小一時間ほど詰め寄ってくる人でした」
「今年の春クラス名簿を見た時その人の名前を見つけてとてもうんざりした記憶があります」
「案の定彼女はより一層絡んでくるようになりました」
「そこからの今日この日まであっという間に時間が過ぎました」
「彼女のライブに行ってその音に一目惚れしたこと。バイト先で一緒にお菓子を作ったこと。体育祭で一緒に走ったり、七夕祭りに一緒に行ったこと。そのほかもいろんなことがありました」
「そんな日々を過ごしているとなぜだか学校に行くのが少しずつ楽しみになっていきました」
「そして一緒に出掛けた時にその彼女が知らない人に絡まれているのを見てとても不快な気持ちになりました」
「その時に自分の気持ちに気づきました。自分は彼女のことが好きなのだと」
ここまでやったんだ今更引くわけにはいかない。
すぅ、と小さく息を吸う。
「2年B組氷川紗夜あなたのことを世界で一番愛しています!!好きです付き合ってください!!!」
体育館が震えた気がした。やってしまった。もしかしたら今までの関係も今日この瞬間終わってしまうかもしれない。
興奮している生徒たちを先生たちが落ち着かせようとしているとマイクを持った彼女がステージ前まで歩いてくる。
すると先ほどまで震えていた体育館がまるで映画館のように音一つ聞こえない空間になる。
そしてゆっくりと口を開いた。
「・・・あなたは勝手な人です。いつもいつも私のことをからかって」
「大体人の気持ちも考えずになんですか。いきなりこんな場で告白なんてしてきて。本当に大馬鹿ものです。だけどそんな大馬鹿ものに惚れてしまった私も大馬鹿ものなのでしょうね」
「私も幸村さんのことが大好きです」
氷川さんのその一言でまたコンサート会場のような空間に戻る。
「ああ、よかった」
震える体育館で誰にも聞こえないような声でそう呟いた。
「失礼しました」
頭を下げてドアを閉める。結局あのあと教室に戻ってから生徒指導室に連行された。
先生からたっぷりとありがたいお言葉をもらって帰ろうとしたら、逆に先生の愚痴を嫌々と聞かされていつの間にか夕日が顔を見せる時間になっていた。
校門まで行くと彼女がやっと来たのねとした顔で待っていた。
「・・・遅いですよ」
「すみません」
「「・・・・・・」」
何故だろう氷川さんの顔がまともに見れない。二人して黙っているとなんともかわいらしく空腹を知らせる音が氷川さんのお腹から聞こえてくる。
「・・・ポテト食べに行きますか」
「・・・ええ」
「・・・幸村さん」
「なんです」
「ん」
頭が真っ白になる。
「・・・・氷川さん」
「・・・名前で呼んで」
「・・・・紗夜」
「ほら、行きますよ」
「ちょっと待ってくださいよ」
そう言って走って行く背中を追いかけて走り出す。
最後に見せた夕日に照らされた彼女の顔は何よりも綺麗に見えた。
これにてポテト好きの氷川さんは完結です!
こんな拙い文章を最後まで見ていただきありがとうございました!!