ポテト好きの氷川さん 作:主催
英語。それは体育の次に忌々しい授業だ。なぜかだって?そんなの理由はひとつしかないだろう。ペア学習があるからだ。ひとりぼっちにとってこの授業がどれだけ辛いことか。
「はーい。それではペアを組んで発音練習してください」
先生がそう声を掛けるとクラスメイトは椅子を動かし友達同士で集まる。自分はというと椅子を動かさずただ沈黙を貫いていた。この時間がまた長い。もういっそ寝てしまおう。そう思い机に顔を突っ伏したときだった。
「一ノ瀬さん。何寝ようとしているんですか」
「氷川さん」
それは僕と同じくぼっちの氷川さんだった。
「何のようですか氷川さん。悪いですけど自分はこの時間は耐え難いものなので寝ますよ」
「私の目の前で寝ると宣言しましたか。残念ですが一ノ瀬さんを寝させることはできません」
まためんどくさいことになりそうだ。氷川さんは一度決めたことは絶対に覆さない。
「なんでまた。まさか自分と一緒にやるとか言いませんよね」
「おや、察しが良くて助かります。では一ノ瀬さんはユウタの方を呼んでください」
仕方なく教科書を開いて読み始める。ここで下手に反論でもすればそれこそめんどくさいことになる。
「終わりましたね」
「ええ」
周りを見渡してみるとまだみんな楽しくおしゃべりをして時間を潰している。授業が終わるまであと20分はある。あの先生のことだからあとはこのままで授業を終わるつもりだろう。
「それじゃあ自分は寝るんで氷川さんは自分の席に戻ってください」
「嫌です」
ホント一体何なんだこの人は。ほんとあの日から氷川さんのことがわからなくなった。
「ここで私が自分の席に戻ってしまうと一人ぼっちに見えるじゃないですか」
「事実なんですからいいじゃないですか」
「それに一番前の席で一人で座っていると先生の目が可愛そうなものを見てくる目線なんです」
たしかにそれはわかる気がする。自分も教卓の前の席になってこんな感じの時間に一人でいると可愛そうなものを見てくる目で見られていた。
「はぁ、わかりましたよ。ここにいても別にいいですよ」
「ありがとうございます」
やっと会話を切り上げて寝ようと思ったらまた声がする。
「なんで寝ようとするんですか!」
「いや、ここにいることは許可したでしょう」
「そうだとしても私が横にいるのに寝ることがありますか普通!」
「なんですか。もしかして話し相手にでもなってあげればいいんですか」
「周りを見てください。楽しそうに話しているでしょう」
「確かに周りはそうですけど別に自分たちは友達でもないですし、別にいいでしょう」
「一ノ瀬さんはおかしなことを言いますね。私達はすでに友達でしょう?」
氷川さんは当たり前でしょうみたいな顔で自分の方を見てくる。
「すいません。いつから自分と氷川さんは友だちになったんでしょうか?」
「それは・・・」
「ほら、言葉に言い表せないなら友達じゃないんですよ」
「こうやって話し合っているだけでもう友達ではないのでしょうか」
「いやそれだけで友だちというには」
「もう何なんですか!私と一ノ瀬さんは友達これでいいじゃないですか!」
「・・・わかりましたよ。自分と氷川さんは友達これでいいですか」
「ふふ、ありがとうございます」
そう言って氷川さんは嬉しそうに笑った。
「そういえば氷川さん。ライブの映像見ましたよ」
すると氷川さんは驚いたのか目を見開く。
「私がバンドをやっていることをどこで知ったんですか」
「こないだ自分で言ってたじゃないですか」
そういえば、と顎に手を当てて考える仕草をする。
「それにしてもすごかったですよ。Roseliaでしたっけ。ボーカル、ベース、キーボード、ドラムの人たちもすごかったですけど、氷川さんのギターが一番すごかったです」
「あ、ありがとうございます」
ほんといつもこんな感じで素直になれば可愛いのになぁ。
「それで一ノ瀬さんは私のギターを聞いて具体的にどう感じましたか?」
「具体的にですか?」
具体的と言われてもなぁ。音楽の知識なんか全く無いからうまく答えられる自信はない。
「自分の感じたままでいいんですか?」
「はい。むしろそのほうが参考になります」
「そうですね。自分が聞いた感じだと、見ている人たちを惹きつけられるそんなギターに聞こえました」
「あとはないんですか?」
「あとですか。ライブ衣装の氷川さんはいつもと違って可愛く見えましたよ」
「か、可愛く。全く馬鹿にしないでもらえるかしら!」
「いやホントですって。いつも制服しか見たことなかったですけどライブ衣装は新鮮に見えました」
「そ、そうですか」
そう言ってうつむいてしまう氷川さん。なんだか気まずい。別に悪いことは言っていないはずなのになぁ。
「あ、お世辞じゃないですからね」
「わかったからこの話題はやめて頂戴!」
今度は顔を赤く染めて睨みつけてくる。
「わ、わかりましたよ」
「わかればいいのです」
「今度ライブとかするんですか?」
「そうね今週末にやるわね」
「それってまだチケットありますか?」
「なに。もしかして見に来るつもり?」
「はい。あのライブを生で見れるならぜひ行きたいです!」
「悪いけどチケットならとっくに完売したわよ」
「そ、そんな」
まさかもう完売しているとは。それもそうかあのライブを見たいと思う人はたくさんいると思うし完売しているのも納得だ。
「そんなに来たかったんですか?」
「そりゃあ行きたかったですよ。氷川さんのギターも見たかったですし」
「そうですか」
正直いつも突っかかってくる氷川さんだけど自分がやると決めたことは妥協は許さない性格だ。だからギターの技術にも妥協は許さないのだろう。
「ご、ごほん」
「どうしたんですか。その嘘がわかりやすい咳は」
「一ノ瀬さんが良ければですけど、このチケットいりますか?」
そう言って氷川さんが手渡してきたのはライブのチケットだった。
「これは」
「ライブのチケットです」
「完売したはずじゃ」
「もし呼びたい人がいるなら渡しなさいとリーダーからもらったのだけれどあいにく渡す相手もいなくて」
「いいんですか?」
「まあ、一人でも観客が増えたほうが私達も嬉しいですから」
「それならありがたくもらいます」
よっし!これでライブに行ける。あの演奏が生で入れるなんてほんとにラッキーだ。
「あ、当日ポテトの差し入れでも持っていきますよ」
「ポテト。はッ。別にポテトの差し入れなんかいりません。だいたいあんな生産地も不明で何日使っているかわからない油であげた化学調味料まみれのものを差し入れに持ってくるなんて一ノ瀬さんはどうかしています」
「そ、そうですか。余計なことをしようとしてすみませんでした」
「ですが、メンバーの中にそのようなものが好きという物好きな方がいますので持ってきてもらっても構いません」
「いや、ポテトなんてジャンクなものを楽屋に持っていくと氷川さんが怒ってメンバー間の空気が悪くなると思うのでやっぱりやめておきます」
「べ、別に私はそんなことじゃ怒らないわよ」
「え、じゃあ持っていってもいいんですか」
「ええむしろ持ってきて頂戴」
ほんと氷川さんてわかりやすいよな。好きなら好きと早く認めればいいのに。いつもはツンツンしているくせにポテトが好きっていうギャップが有るのが本当に面白い。
「はーい。そろそろ授業も終わるから自分席に戻ってー」
先生の号令がかかり皆自分の席に帰って行く。
「それじゃあ戻りますね。なかなか有意義な時間でした」
「自分もこんなに英語の時間が楽に感じたのは初めてです」
「あ、ポテトの差し入れ忘れないでくださいよ」
「わかってますよ」
そう言うと今度こそ氷川さんは自分の席に帰っていった。
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