四十二歳の異世界冒険記   作:ショウキン

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第四話「異世界生活ってホントに大変だ」

「どうか、よろしくお願いします」

 

 長髪デビレンとの戦いから三日後、森の中でボクはおじいさんに正式に弟子入りした。

 

 これからは、一緒に旅をしながら鍛えてもらえることになった。

 

 まずは、体力と腕力を磨くための訓練からはじまった。

 

 内容は筋力トレーニング、走り込みといった今までやったことのないものばかり。

 

 これを繰り返していけば、下級のデビレンくらいなら余裕で倒せるようになるらしい。

 

 しかし、四十二歳の運動音痴であるボクは思うように息が続かず、開始早々で体が悲鳴を上げ始めた。

 

「ぜぇ、ぐぐ、はぁ。あの、どれくらい繰り返せば強くなれるんですか?」

 

「気の早い事を言うでない。時間をかけてコツコツ積み上げてこそ強くなれるんじゃ」

 

「ひーっ!」

 

 訓練はその後、八時間近く続き、ようやく待ちに待った食事の時間がやってきた。

 

 しかし、食べられるのは、この前食べたまずいキノコのような強烈な味のものや触るのも嫌な虫の類ばかり。

 

 おじいさんは、悪食も訓練の一つだと思っていればその内に慣れてくると笑い飛ばしていたから、さすがだ。

 

 そして、食後は少しだけ休憩した後、また八時間ほど訓練し、その後に就寝の時間となる。

 

 すでにここまで何日も体験していたが、ここでの就寝時間はまともに休めるようなものではない。

 

 デビレンによる奇襲に備えるためにおじいさんと交替で休まなければならない上、しつこくたかってくる虫たちがことごとく安眠を妨げる。

 

【挿絵表示】

 

 そんな辛い時間が終われば朝が来て、厳しい訓練で自分を鍛え、まずい食事を採り、中途半端な睡眠をとる。

 

 おじいさんによると、これがほとんどの異世界冒険者の基本らしい。

 

「きついじゃろうが、年寄りのワシでもこなせているんじゃ。若いお前さんがこなせないはずはなかろう。気をしっかり持つんじゃ」

 

「は、はい。あ、でも、足がふら、つい、て」

 

「しっかりせい。ほら、もう少しなんじゃから」

 

「もう少しって何が、ん? おお」

 

 ボクの視線の先には、村の入り口と出入りする人々の姿があった。

 

 ようやく、辛い野宿生活から解放される時が来たようだ。

 

 しかし、おじいさんが最初に向かったのは食堂でも宿屋でもなく換金所。

 

 ここで生け捕りにしたデビレン、もしくはデビレンを倒した証である黒い玉を引き渡すと、報奨金が手に入るのだという。

 

 今回は捕えた長髪デビレン、倒した並みのデビレン二十体分の黒い玉を引き渡し、三十万ザディン手に入った。

 

「明細には長髪デビレンが十万ザディン、他のデビレンは一万ザディンと書いてありますね。ん? ところでザディンって何ですか?」

 

「この世界の通貨じゃ。日本円にすると、一ザディンが一円じゃな」

 

「へぇ、森で活動した日数を考えれば、かなり高収入じゃないですか」

 

 しかし、実際はそうはいかなかった。

 

 おじいさんによると、この世界の物価は現実世界の物価に比べて異様に高く、ちょっと食事や寝泊まりしただけで無一文になるケースも珍しくないのだという。

 

 これは、この世界の資源が限られているうえ、よく採れる場所は縄張り化されて一部の人間ばかりが販売を独占しているからだそうだ。

 

 その影響か、どのジャンルの店も店主の態度が異様にでかく、気持ちのいい接客などは元から期待しない方がいいのだとか。

 

 そして、寝食以上にこの世界で悩みの種となっているのがケガや病気だ。

 

 保険などあるはずもなく、骨折一つ治療するだけで全財産が吹っ飛ぶなんて事例もあるらしく、デビレン狩りをする者にとっては大きな脅威といえる。

 

「ま、デビレンとの戦いに余裕で勝てれば何も問題はないんじゃがな。はっはっは」

 

「全っ然笑えないんですけど。はぁ、これからはうかつにケガもできないな」

 

 なんて言っていると、さっそくスプーンのようなものが飛んできて、ボクの頭に命中した。

 

 どうやら、近くの食堂にデビレンが攻め込んで暴れているようだ。

 

 おじいさんは槍を装備して走り出し、ボクも後に続いた。

 

「お、おじいさん、こんな村の中にまでデビレンが現れるんですか?」

 

「奴らが現れんと保証できる場所などない。気をつけろ、この殺気はレベルスリーのものだ」

 

「うう。日本の漫画喫茶でうたた寝していた頃が恋しいよ」

 

 ボクはおなかを押さえながら、おじいさんと共に食堂に突入した。

 

 すると、いきなり燭台と共に人が飛ばされてきて、前にいたおじいさんがよけたためにボクの顔面にぶつかった。

 

 戦闘前だというのに、鼻から大量出血し、口の中を切り、もう散々だった。

 

「う、うう」

 

「ニシくん、そんな調子じゃ命がいくらあっても足らんぞい」

 

「あんたがよけるからでしょう。で、この人は一体?」

 

 飛ばされてきたのはガタイのいい色黒の男だった。

 

 厨房やカウンターにも同じような男たちが何人も倒れており、奥に犯人らしきデビレンがいた。

 

 外見は真っ赤な赤髪で小柄なおとなしそうな少年風といったところ。

 

 だが、やはり他のデビレンの例に違わず、ボクらと目が合った途端に声を荒らげながら襲いかかってきた。

 

「てめぇら、奴の仲間か!」

 

「ぬっ」

 

 おじいさんは槍を振りかざし、激しい戦闘が始まった。

 

 しばらくは互角の展開だったが、少しずつ赤髪デビレンの方が押している感じだ。

 

 ボクも加勢すべきかもしれないが、これほどのレベルの戦いとなると、さすがに手を出すわけにはいかなそうだ。

 

「うう、二人ともすごいな。それにしても、あのデビレンの異様な殺気は一体?」

 

「ふむ、デビレンの兄さんよ。お前さん、興奮しすぎじゃぞ。奴の仲間がどうとか言うとったが、奴とは誰の事じゃ?」

 

「刀を二本背負った黒髪を結った若い女だ。この村にいたという情報もあったし、お前らの仲間なんじゃないのか?」

 

「見てのとおり、ワシはそっちのムサイ男と二人旅じゃ。若いおなごは仲間におらん」

 

「おじいさん、ずいぶんはっきり言うんですね」

 

「うう。お前らじゃなかったら誰が知ってんだよ。俺の相棒と部下二百人を理由もなく潰しやがったんだぞ。こんなことが許されて良いのか」

 

「なーにを言うとる。デビレンも理由なく人間を襲っとるじゃろうが。ちょうど、お前さんがこの店の者たちにしたようにの」

 

「ああ。たしかにお互いさま......なわけねーだろ! 俺らは良くてもお前らはダメなんだよ。高貴なデビレンと下等種族を一緒にするな!」

 

 赤髪デビレンは背負っていた太い鉄パイプを手に取り、さらなる猛攻をはじめた。

 

 ただ暴れているだけかといえばそうでもなく、床を破壊して粉塵で視界潰しを狙うなどの戦法も混ぜてきた。

 

 そして、真正面から攻撃するふりをして下方向から蹴りを浴びせ、おじいさんをダウンさせた。

 

 それと同時に後方からはガサガサと音がし、雑兵と思われるデビレンが侵入してきた。

 

 その後は近くにいたボクへと向かっていたが、途中でおじいさんたちの戦いをじっと見はじめ、銃を構えた。

 

 このままにしておけば、いくらおじいさんでも対応しきれない。

 

 ボクは近くに落ちていたナイフを拾い、雑兵めがけて突進した。

 

 しかし、到達する前に銃弾で足を負傷し、壁際に追い込まれてしまった。

 

「ぐぐ」

 

「ん? 何だ、あの雑兵。俺の獲物を横取りする気か」

 

「何をよそ見しとるんじゃ」

 

 おじいさんは赤髪デビレンの背後に素早く回りこんで槍で突くと同時に懐からナイフを取り出して投げ、雑兵に命中させた。

 

 雑兵は残骸と化していき、赤髪デビレンも再生を終える前におじいさんに捕縛された。

 

 その瞬間にボクの腰は抜け、滝のような汗を流しながら倒れこんだ。

 

「はぁ、はぁ。あ、危なかった」

 

「さっきは助かったぞい。礼を言わせていくくれ」

 

「い、いえ。は、はは」

 

「ほれ、行くぞ」

 

 ボクとおじいさんは再び換金所に行き、食堂での戦い分の報酬を手に入れた。

 

 食堂の店主からも謝礼として一万ザディン受け取り、この村で得た金は計三十一万ザディンになった。

 

 その半分はボクの取り分としてもらえることになり、ようやく無一文から解放されたのだった。

 

「あ、ありがたいですけど、いいんですか? ボク、そんな大した働きはしてないですけど」

 

「そう謙遜するな。仲間が一人いるというだけでワシは目の前の強敵に集中できる。こんなに心強い事はないじゃろう」

 

「おじいさん」

 

「ん? ああ、そういえば、まだ名を言っておらんかったの。ワシの名は管(かん)マンジロウ。マンジイとでも呼んでくれ」

 

「はい。マンジイ、これからもよろしくお願いします」

 

「うむ。さぁ、また長い旅がはじまるんじゃ。心してついてくるんじゃぞ」

 

 こうして、村にほんの半日足らず滞在しただけで、ボクはまた苛酷な旅へと突入する事になった。

 

 本当はもらったお金をパーッと使いたかったが、今はその時ではない。

 

 おいしい食事やあったかい布団が欲しければ、強くなって稼げるようになるしかない。

 

 そう自分に言い聞かせながら、振り向かずに足を進めるのだった。


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