マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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11話 鼓動に委ね、全てを放つ

 

 

 

 

 小宇宙を振り絞り、浄化炎を維持しながら、思考する。

 

 アフロディーテが一人残り、アベルとアルバフィカをこの場に止める。

 そして、俺が聖域へ戻り、黄金聖闘士の増援を要請する。

 

「・・・・・・」

 

 それは、

 ──現状に即した、賢い選択だった。

 

 エジプトの任務にて、アポフィス神を打倒した射手座のアイオロス。

 神の化身とまで呼ばれる清い心と、確かな実力を持ち合わせる双子座のサガ。

 人の身でありながら自らを研ぎ澄まし、一振りの聖剣へと昇華させたという、山羊座のシュラ。

 ・・・そして、小宇宙を死の燐光へと変換し、魂へと直接干渉する術を持つ、蟹座のデスマスク。

 

 彼等の力があれば、この島の民達を守ることができる。

 この絶望的な状況を覆し、異界神アベルを打倒することが叶うのかもしれない。

 

 任務を遂げるために導かれた、お手本のように綺麗な解答だった。

 戦士という視点から判断するのなら、多くの命を救える、賢い選択だった。

 

 だから。

 

 

「──駄目だ」

 

 俺は、はっきりと、拒絶した。

 

 大勢の民を救うという目的は、正しいものだと断言しよう。

 だが、その過程で、切り落とされる者がいる。

 全を救う為に、個が──()()()()()()()()()()()()()

 

 そんなの、絶対に──許容できない。

 

 血の気の失せた掌から小宇宙を放出し、『クリムゾン・ソーン』防ぎながら、

 

「却下だ。そんな頼み、聞きたくもない」

 

「ヘリオス」

 

「お前は、理解しているのか。一人で、あの神とアルバフィカを相手取れば、いくらお前でも、」

 

「ヘリオス」

 

「・・・・・・きっと、何か、別の手段が、」

 

「ヘリオスよ」

 

「・・・・・・」

 

「最早、これ以外に、手段はないのだ」

 

 どこまでも透き通った瞳で、アフロディーテは毅然と言った。

 

 ──分からない。

 

 未だ十歳の少年が、どうして自分の命を切り捨てる選択ができるのだろうか。

 全てを悟ったかのような表情で。

 怒りもせず、嘆きもせず。

 粛々と、己の任務を遂げようとする。

 

 唇を噛み締めて、俺は叫んだ。

 

「──絶対に駄目だ!! 死んだら何も残らないんだぞ!? 今まで積み重ねてきた過去の努力も、これから続いていく未来も、全てが消えてしまうんだッ!! それなのに・・・なんで、どうしてそんな悟ったような目ができるんだよ!!」

 

「・・・・・・」

 

「・・・俺は、嫌だ。散々お前の鍛錬に付き合ったんだ・・・だから、立派な聖闘士になったお前を見る権利だってあるはずなんだ。それに、おかしいだろ。誰かの命を守るために戦うお前が、どうして自分の命を切り捨てる選択ができるんだ・・・そんなの、矛盾している」

 

 自らの無力さは棚に上げた、酷く醜悪で、無責任な言葉だった。

 ・・・いいや。

 最早それは、少年ではなく、無力な自分に向けた糾弾でもあった。

 

 少年は、地に落ちた俺を見つけ、助けてくれた恩人だ。

 力を失い天界へと戻れない俺に、地上での生き方を教授し、俺が無気力に打ち拉がれていたときは、道を示し、導いてくれた。

 

 自らも聖闘士として忙しい日々を送っているというのに、この生意気で不敬な人間は、常に俺を支え、助けてくれていたのだ。

 

 それなのに。

 そんな、大恩のあるお前を、犠牲にしろというのか。

 まだ何も報いていないのに。

 不死の神が、十年しか生きていない少年を、見殺しにするしか、道はないというのか。

 

「フッ・・・死ねば、何も残らないか・・・それは違うな」

 

「・・・は・・・?」

 

 深紅の猛流──クリムゾン・ソーンの余波で、空色の髪を靡かせながら、アフロディーテはきっぱりと言った。

 

「無駄になど、なるものか。死者の想いは継がれていく。私が守った命が、多くの人々の願いが、やがて新たな芽と息吹き、次代へと繫がっていくのだ」

 

 論するように、言葉を連ねる。

 

「ヘリオスよ・・・人間はな、不死の神とは異なり、定命の(サガ)を背負う存在だ。・・・だがな、だからこそ、全ての積荷を、独りで背負わなくて済む。他の誰かに、想いを託すことができるのだ」

 

「・・・・・・だから俺に、託すというのか」

 

「そうだ」

 

「・・・俺は、神で、人間ではないんだぞ。それなのに・・・人ではない俺に、託すというのか」

 

「フッ・・・私が言いたいのは、神だとか人間だとか、そういった類いの話ではない」

 

「・・・?」

 

「人間の、ヘリオスという少年でなくてもいい。・・・太陽神のヘリオスでなくてもいい。君が何者であろうとも、構わない。・・・ヘリオスよ、私が想いを託したいのは──共に時を過ごした、君という存在そのものなのだ」

 

「俺、だから・・・?」

 

 か細く聞き返すと、アフロディーテは深く、しっかりと頷いた。

 

「・・・・・・」

 

 ・・・奇妙で、不思議な感覚だった。

 小宇宙も、体力も限界で・・・全身が凍えるように冷たくなっていたはずなのに。

 

 ──どうしてこんなにも、熱い想いが、胸から溢れ出てくるのだろうか。

 

 

「・・・──ッ!?」

 

 

 グワンッ!! 

 

 突如として、視界が大きく揺れ動いた。

 

「──な、にが・・・ッ!」

 

 宙に浮く身体に、吹き飛ばされたのだと理解をし──強かに、全身を地面へと打ち付ける。

 一体、何が起こったというのか。

 痛む身体を叱咤して、直ぐ様状況を把握しようと目線を動かし、

 

「っ・・・アフロディーテ!?」

 

「ぐっ・・・」

 

 遠く離れた場所で膝をつく少年と──その左肩から溢れる、夥しい量の赤い血潮。

 身を守る聖衣を貫通し、地へと突き刺さった純白の薔薇。

 

 瞬時に理解する。

 アフロディーテは猛毒の奔流に隠れて迫る白薔薇に気づき・・・俺を突き飛ばして、庇ったのだ。

 

「おのれ・・・『クリムゾン・ソーン』を隠れ蓑に、『ブラッディ・ローズ』を放つとはな・・・このような死合でなければ、手放しで賞賛していたところだ──!!」

 

 ドッッ!! 

 

 猛毒の血流が、再び少年へと襲いかかった。

 大蛇のようにしてうねり、分かれ、獲物を狙うその様は、さながら怪物──ヒュドラを彷彿とさせる、巨悪さだった。

 ・・・いいや、触れたものを皆殺すという意味では、怪物の再来と言っても差し支えない。

 

 少年は、アルバフィカの猛攻を紙一重で避けながら、叫んだ。

 

「行け、ヘリオスッ!! 君を信じ、君に全てを懸ける!! 」

 

「っ・・・俺は、」

 

「君がこの場を私へと繋いだように・・・今度は私が、未来を、同胞達へと繋いで見せようッ!!」

 

「俺はッ・・・!!」

 

 

 ──お前の犠牲の上に成り立つ未来なんて、見たくないんだ!!!! 

 

 

 

『・・・──では、お前は、どのような未来を望むのか』

 

 

 ふと、唐突に。

 懐かしい声が、頭の中で木霊した。

 

「・・・その、声は・・・まさか、」

 

『何故、お前は力を求める。・・・天界へと戻る為か?』

 

「・・・違う」

 

『では、目の前の神を滅する為か?」

 

「違う!!」

 

 ──俺が、俺が求める力は・・・!! 

 

 虚無に沈んだ瞳で血流を操る、異界の聖闘士、アルバフィカを。

 そして、視線の先で戦う、小さな少年の姿を見て、その答えを口にする。

 

 

「俺を信じて、俺に懸けてくれた──同胞達を、守るための力だッッ!!!」

 

 

 ──パリィィィィィィンッッ!!! 

 

 

 甲高い破裂音が、世界に轟いた。

 同時に、魂の奥底から、熱く滾る小宇宙が放出する。

 

 ──今の俺なら・・・できる!!! 

 

 揺るぎない確信を胸に、咆哮する。

 

「──天を翔ける我が盟友よ! 雄々しき翼を携える者よッ!! 太陽神ヘリオスの名の下に・・・(いにしえ)の契約に従い、我が元へ現れ出でよッ!!」

 

 全身全霊の咆吼は、空の最果てまで響き渡り。

 ──ゴオッ!! と、純白に輝く柱が、天と地を繋いで屹立した。

 

 ──俺は、眩い輝きを放つ柱へと、飛び込んだ。

 

「!? ヘリオス──なッ!?」

 

 驚愕の声を上げる少年の元へと()()()()、その胴を掴み、自らの後ろへと座らせる。

 

「こ、これは、まさか──()()()()()()()!?」

 

「あぁ、俺の大切な朋友の、(アネモス)だ」

 

 珍しく取り乱す少年に笑いかけ、天馬へと話しかける。

 

「アネモス・・・久しいな。俺の呼びかけに答えてくれて、有り難う・・・感謝する!」

 

『ヒヒン』と優しく啼いて、アネモスは空を旋回する。

 純白に輝く翼がはためき、強風が生まれる。

 空を覆う深紅の花びらが四散し、美しい青空が、姿を現した。

 

「っ・・・その小宇宙は、まさか! おのれッ!! アルバフィカよ、あの天馬を打ち落とせ!!」

 

「っ──ブラッディ・ローズッッ!!」

 

 漆黒の闇を撒き散らして、アルバフィカは絶叫した。

 暗黒の小宇宙を纏った『ブラッディ・ローズ』が眼前へと迫る。

 

「──何もかもが、計算通りだ!」

 

「・・・!?」

 

 ドシュリ。

 翳した左手へと吸い込まれるようにして、白薔薇が突き刺さった。

 

「──自ら、白薔薇を・・・!?」

 

「・・・なあ、アフロディーテ、俺の策に乗る気はないか」

 

「・・・策、だと?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、言葉を放つ。

 

「目には目を、歯には歯を・・・相手が毒の血を使ってくるのなら、こっちは、神の霊血(イーコール)を使ってやろう」

 

「・・・・・・巫山戯ているのか?」

 

「いや、大真面目だ怖い顔をしないでくれ。・・・復活を続けるアルバフィカの肉体。正直、どうすれば勝てるものかと考えていたんだが・・・思えば、あの脅威の蘇生は、アベルとアルバフィカの間に、小宇宙の繋がり(ライン)があるからこそ成り立っている現象だ」

 

「だから」と言葉を句切り、俺の血を吸い赤く染まったブラッディ・ローズを眼前へと翳して、

 

「一撃で、その繋がりを断ち切ってしまえば・・・死者の蘇生を止め、アルバフィカを支配から解放させられる。このロドス島に積層した民の信仰と、俺達の力を束ねれば──必ず、届く」

 

「・・・君は、本気で、言っているのか?」

 

「本気の本気だ・・・だが、この策を成功させるには・・・アフロディーテ、お前の力が必要だ」

 

「・・・・・・」

 

 沈黙し、少年は俺の掌から、慎重にブラッディ・ローズを抜いた。

 一瞬きの後、唇に大きな弧を描いて、アフロディーテは言葉を放つ。

 

「面白い、私を試すか・・・良いだろう! あの神が不要と断じた、ロドス島の民の信仰心に・・・アルバフィカのブラッディローズ。そして、私の全身全霊の小宇宙に──()()()()()()()()()()で!! あの神を穿つッ!!」

 

「よし──決めてやれ、アフロディーテ!! アネモス、頼んだ!!」

 

『クオォォォンッ!!』と、天馬が咆吼を上げる。

 すると、俺達を包み込むようにして、球状に旋風が生まれた。

 

「この風の防壁は・・・成る程、この天馬(ペガサス)は、風を操れるのか・・・!」

 

「そう・・・これでもう、俺達の邪魔は出来ないぞ、アベルよッ!!」

 

 地上から、憎悪の籠もった目で俺達を見上げる、異界の神へと叫んだ。

 天高く輝く光球を背に、俺は口を開いた。

 

「・・・幾星霜と時を刻み・・・太陽(オレ)を信じ、祈りを捧げたロドス島の民達よ。お前達の信仰に目を向けず、この島の危機を知るまで、微塵も興味を示さなかった俺を・・・許してくれとは言わない。だがどうか、この島に生きる民達を救う為──俺達に、力を貸して欲しい!!」

 

 魂の底から、叫びを上げた。

 

 ──刹那。

 

 アフロディーテの握る白薔薇が、黄金(こんじき)の閃光を放ち、凄まじい轟音の圧力が、世界を震わせた。

 

 祈りが、届いたのだ。

 

「っ・・・感謝する、民達よ!!」

 

「フッ・・・これで──全てが揃った!!」

 

 苛烈に笑った少年は、黄金の薔薇をアベルへと標準し、絶叫する。

 

 

「──漆黒の瘴気を纏う、異界の太陽神アベルよ!! この世界を照らす太陽の輝きを貴様にくれてやろう! 全ての想いを束ねたこの一撃──受けるがいいッ!!」

 

強烈な閃光が、幾筋も迸った。

 

「──"陽光纏う終幕の薔薇(ルミナス・ローズ)"ッッ!!!」

 

「──ッ!!」

 

 

 全ての祈りと、願いが宿った黄金の薔薇は、異界神へと邁進し。

 

 ──波紋の如き衝撃波となって、ロドス島全域を包み込んだ。

 

 

 

 

 

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