マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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13話 彼らと、道と

 

 

 

 

 

「──・・・以上が、ロドス島における任務の詳細です」

 

「・・・うむ。報告、ご苦労であった」

 

 教皇宮の間にて、聖域を統括する教皇──シオンは、難しい表情で口を開いた。

 

「・・・前聖戦を生き残り、二世紀を超える年月を生きてきた私ではあるが・・・・・・まさかこの年になって、本物のペガサスを目にするとは思わなかったぞ」

 

「・・・・・・はい。・・・その、教皇様。今後の太陽神ヘリオスの処遇については──」

 

「そう憂いた顔をするな、アフロディーテよ。太陽神ヘリオス・・・いや、ヘリオスについては、先日から引き続いて、離れの小屋で過ごして貰うこととする」

 

 僅かに表情を緩めて、教皇シオンは言葉を続ける。

 

「十二宮への出入りは禁じ・・・暫くは窮屈な思いをさせることになるが、今我らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『アテナの都合が良くなるまで待つ』と言った、ヘリオスの言葉に甘えるとしよう」

 

「・・・僭越ながら、一つ宜しいでしょうか」

 

「なんだ?」

 

「ヘリオスは太陽神、我らが相手取る冥界の神ではありませんが・・・教皇様はなぜ、あの者を一切疑われないのですか」

 

「なにも、全てを信じているわけではない。事実、私はヘリオスに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「・・・それはそうですが・・・とても、そのようには見えません」

 

「ふむ、そうさな・・・確かに、女神に代わって聖域を預かる私が、女神の許可も無く他神の滞在を許すことに、危惧する気持も分からんでもない・・・だがな、アフロディーテよ。ヘリオスについては、お前が一番よく理解しているのではないか」

 

「・・・・・・私は・・・」

 

 空色の瞳を小さく震わせる少年に、聖域を統括する男は静かに微笑んだ。

 

「フッ・・・異界の神に、異界の魚座・・・そして、神らしからぬ小さな神。流石のお前も、此度の疲弊は相当だと見える。暫くは、養生するが良い」

 

「・・・・・・」

 

 労いの言葉に、僅かに沈黙をし、少年は力強い眼差しと共に口を開いた。

 

 

「お心遣い、感謝いたします・・・ですが、私は──」

 

 決意に満ちた声が、教皇宮に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 釣り糸を慎重に垂らしながら、傍らの男へと声を掛ける。

 

「あぁ、そうだ。未だきちんと紹介をしていなかったな。先に話した通り、俺とアフロディーテの危機に駆けつけてくれた、ペガサスの(アネモス)だ。(フォティア)(ヒュドール)(エザフォス)・・・四頭のペガサスの中では、一番の機動力を誇っている、俺の自慢の盟友だ」

 

『ヒヒーン』

 

「・・・・・・」

 

「カノン? どうした、死んだ魚のような目になっているぞ」

 

『クォーン・・・?』

 

「・・・・・・・・・」

 

 俺と、心配そうに啼くアネモスを視界に納めるやいなや、カノンは小刻みに肩を震わせた。

 怪訝に思いその相貌を覗き込もうとすると、男はぶつぶつと口から言葉を漏らす。

 

「お、お前のような・・・」

 

「ん?」

 

「お前のような神が居てたまるか──ッッ!!!」

 

「うわあっ!?」

 

 ドボーンッ!! 

 

 突如として叫んだ人間は、あろう事か、釣りに興じていた俺を勢いよく海面へと叩き込んだ。

 

「い、いきなり何をするんだ!!」

 

 傷口に海水が染みて滅茶苦茶痛い。

 未だ激しい運動が出来ないほどに、身体中傷塗れだというのに、何てことをしてくれるんだ。

 死にそうな思いで岩場にしがみつくと、柳眉をつり上げた男と視線がかち合った。

 

「・・・巫山戯るなよ・・・仮に、お前が本物の太陽神であるというのなら・・・何故、神を恨む俺に近づこうとする。封印だか何だか分からんが、神の力を取り戻したのならさっさと天界へ帰ればいいだろう!」

 

「っ俺だって、戻れるのなら今すぐにでも戻りたい・・・!! だけど、駄目なんだ・・・神の道を通って帰ろうとすると、アポロンの障壁に邪魔をされて、押し戻されるんだ」

 

 突き刺すような視線を向ける男に、俺は言葉を続ける。

 

「それにだな・・・お前が恨む神とは、お前の自由を縛る者のことでは無かったのか? まさか、この世に存在する神全てを憎んでいる訳ではないよな?」

 

「ふん・・・人を軽んじ、平気でその命を奪う悪逆非道で傲慢な連中・・・神など、人間からすれば災厄以外の何ものでもない。毒にしかならん連中を嫌わぬ理由など、あるはずもない」

 

「・・・なるほど、神という存在そのものが、嫌気の対象だったのか」

 

 その気持は、分からなくもないが・・・俺が言っても説得力に欠ける。

 アネモスに風素を生成して貰い、濡れた衣服を乾かしながらも、俺は何と返すべきかと小さく呻いた。

 

「・・・そうだ」

 

 妙案が思いつき、俺は口端を上げてカノンを仰ぎ見た。

 

「お前が神を恨むのなら、俺が神の代表として、カノンに神の良いところを知って貰えば良いんだ」

 

「・・・・・・もう一度海に叩き込まれたいのか?」

 

「フッ、一度見た技は聖闘士には通じな・・・いや、冗談だ、ちょっと言ってみたかっただけだから小宇宙を燃やすのを止めてくれ」

 

 重圧を纏い小宇宙を練り始めたカノンに、俺は慌てて制止の声を掛けた。

 

「た、確かに、お前の言葉にも一理ある。神々は基本的に自分の欲に忠実で、手段を厭わないきらいがある・・・俺自身、その例に漏れない性格なのだと自覚している」

 

 自嘲的に言葉を連ねるが、俺は、傍らの人間を真っ直ぐと見据えながら言った。

 

「だが、だからこそ、カノンには、神々の他の側面も知っておいて欲しいと思うんだ。・・・神を好いてくれとは言わない、嫌いなままでも良い。だけどせめて、俺の父上や母様達のような、素晴らしい神が居ることを記憶に刻んで貰いたい」

 

「・・・何故俺が・・・そもそも、そんなことを知っても、不毛なだけだろう」

 

「無駄なものか。母様だって言っていたぞ、『相互理解こそが共生への道』なのだと」

 

「はあ・・・お前の妄想か、はたまた本物の女神の言葉なのかは判断がつかんが・・・どちらにせよ、俺は神と共生したいとは思わん」

 

 いつの間にか数匹の魚で籠を埋めていた男は、先程までの重い空気は何処へやら、用は済んだとばかりに背を向けて歩き出した。

 

「なんだ、もう行くのか? 気をつけて帰るんだぞ」

 

「・・・この俺が何に気をつけるというんだ、お前は」

 

「慢心はよくないぞ、お前は人間基準で見れば最高位に近い実力者ではあるが・・・っと、そうだ、一つ聞き忘れていた」

 

 立ち去ろうとするカノンに、俺は言葉を投げかけた。

 

「お前、結局サガとは話し合えたのか?」

 

「なに?」

 

「今のカノンの"役割"や"待遇"についての話だ。お前が現状を打開したいと願うのなら、避けては通れない問題だったはずだろう」

 

「・・・・・・俺は一言も、お前の助言に従うと言った覚えはないのだがな」

 

「なっ、なんだって・・・!?」

 

 ガガン、と、雷に打たれたかの如き衝撃が全身を駆け抜ける。

 てっきりカノンは兄であるサガと、未来(これから)について言葉を交わすものだとばかり思っていたが・・・いや、確かにサガと話し合うと、明言はしていなかった。

 硬直し、早とちった自らの思考回路を大いに反省していると、カノンが振り返き口を開く。

 

「・・・丁度、今日の夜半、あの兄は任務から帰投することになっている」

 

「・・・へ?」

 

「サガに悪を囁き続けた、この俺の言葉が届くものかと、諸々全てを諦めていたが・・・フッ、あれだけ壊滅的に釣りの出来なかったお前が、今では辛うじて一匹の魚を捕まえられるようになった。・・・ならば、例え不可能な事象であれど、挑むだけの価値は存在しているということなのだろう」

 

「っ・・・カノン・・・!」

 

 俺の釣りの手腕を不可能レベルのものだと思っていたのか。

 

 とんでもない人間だ。

 失礼を通り越して悲しくなってきたぞ。

 眼前の人間の不敬度を上方修正しつつも、俺はやれやれと言葉を紡いだ。

 

「じゃあ、数日後、ここで結果を報告して貰うからな、頑張ってこいよ」

 

「・・・ふん」

 

 声援に鼻を鳴らして応えると、カノンは踵を返して、今度こそ去って行った。

 背を向けるその瞬間、その唇は、僅かに弧を描いていたようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の光球が沈む前に、なんとか一匹の魚を釣り上げることに成功した俺は、アネモスを小屋に送り一人ぶらぶらと聖域内を歩いていた。

 酷く儚いが、霊血(イーコール)による再生能力のお陰で、傷だらけの身体でも何とか日常は送れそうだ。

 ただ、この身に宿る不死の力が働かない以上、ロドス島で行ったような戦いは避けるべきなのだろう。

 

「・・・()()()()()()()()()()()()()()、人として降臨した赤子である以上、今はまだ意思疎通は不可能なんだろうな」

 

 藍色に染まる空を眺めながら、俺は独りごちた。

 

 "戦神アテナの降臨"。

 教皇さんは俺にその事実を隠したいようだが、聖域へ戻った瞬間に、懐かしい女神の気配を感じ理解した。

 とうとう、女神が地上に姿を現したのだと。

 

 だが正直、見通しが甘かったと思う。

 今までは、アテナが降臨してさえくれれば、後は交渉するだけだと考えていたのだが・・・十二宮の先から感じられる女神の小宇宙は、驚くほどに微弱だった。

 極めつけに教皇さんがアテナを隠そうとしている以上、今のアテナは守らなければならない、小さな存在なのだと察しがついてしまう。

 

「・・・いいや、どちらにせよ、相手があのアポロンであると判明した以上、覚醒した女神の力を借りても足りない可能性があるな」

 

 戦神アテナは、オリンポス十二神に名を連ねる女神だ。

 その強大さは俺もよく理解している。

 ・・・だが、アポロンは、アテナを凌駕する小宇宙を所持している一級神なのだ。

 であれば、友が地上の平和を脅かす存在にならない限り、アテナが俺に協力してくれる可能性は低いと考えるべきだ。

 

「・・・・・・」

 

 さて、どうしようか。

 

 駄目元でアテナに頼るにせよ、女神が成長するまで待つ必要がある。

 しかし、何もせずに聖域に滞在していても、時間の無駄だ。

 地上を巡り、力を取り戻す方法を探すか。

 それとも・・・天界に戻れないのなら、いっそのこと冥界に赴くのも一つの手か。

 

 ・・・・・・駄目だな、太陽神が冥界へ赴けば、九割九分追い出される未来しか見えない。

 

 冥王ハーデスは太陽の光を忌み嫌う。

 力の弱い今の俺でもその例には漏れないだろうし、『太陽神は冥界に来るな』という冥界神共の言葉を無視すれば封印されても文句は言えない。

 ・・・そもそも、それ以前に、冥王の誘拐事件をデメテルに密告した俺に、良い顔はしてくれないだろう。

 

「はあ・・・アポロン、気づかない間に、俺はお前に嫌われることでもしてしまったのか」

 

 先行きが定まらず、長々と溜息を吐き出した。

 

 異界の太陽神アベルとの戦いによって、俺は神の力を一部取り戻した。

 だが、結果として、力を取り戻す前よりも絶望的な事実を知ることになった。

 まさか、あのアポロンが俺の前に壁となる日が来ようとは。

 

 ・・・今はただ、少しずつでも前に進めている現実を、喜ぶべきなのだろうか。

 

 

「──君は、何だ」

 

「・・・ん?」

 

 思考に没頭していると、唐突に、前方から声がかかった。

 どこかぼんやりとした頭で視線を向けると、そこには黄金の輝きがひとつ。

 

「ん? その鎧・・・まさかお前は、黄金聖闘士なのか?」

 

 金の長髪に、閉ざされた眼、皺の刻まれた小さな眉間。

 アイオロスの弟、アイオリアと変わらぬ年齢であろう少年が、警戒心を露わにして屹立していた。

 じろじろと観察していると、ぎゅっと眉根の皺を三割増しにした子供が口を開いた。

 

「もう一度言う。隠そうとしているようだが、私にはわかるぞ。君からは私に近い・・・ゆうなれば、"神の力"を感じる。・・・答えろ、君はいったい、なんなのだ」

 

「何だって? それはこっちのセリフだ。黄金聖闘士はアフロディーテと、アイオロスと、サガと、デスマスクと・・・その他二人の合計六名で構成されていたはずだ。他者にその正体を問う前に、自らの正体を開示したらどうなんだ」

 

「ムッ・・・業腹だが、一理なくもない。・・・私は乙女座の──」

 

「──こんな所に居たのか、()()()

 

「! その声は、アイオロスか」

 

 久方振りに耳にする声音に首を動かす。

 すると、ぞろぞろと、射手座のアイオロスを筆頭とする金ぴか集団が出現した。

 

「集合場所に現れないと思えば・・・ヘリオスと一緒だったのだな」

 

「アイオロス、貴方は、この得体の知れぬ者のことを知っているのか」

 

「うむ、ヘリオスは双魚宮の従者を務めていた拾い子だ。・・・諸般の事情により、今は暇を出されているが・・・」

 

 アイオロスはちらり、と視線を俺に向けながら、困ったような表情で言う。

 なぜそんな微妙な顔で俺を見るのかと小さく首を傾けると、黄金の鎧を纏ったアイオリアが歩み出た。

 

「・・・得体の知れぬとは聞き捨てならないな。ちょっと変なところもあるが、ヘリオスは私の鍛錬に付き合ってくれた、良い奴なのだぞ」

 

「アイオリア・・・しかし、」

 

「シャカよ、ヘリオスは少々特殊な事情を持って聖域に滞在していてな。()()()()()()()()()()()()()()()、諸々の対応については教皇様が全て把握しているがゆえ、その点については安心してほしい」

 

「教皇が・・・そうか。少々解せないが、了承した」

 

 渋々と言った様子で頷いたシャカは、瞳を閉ざしたまま俺を()()()、のんびりとした歩調でアイオロス達の元へと向って行った。

 どうやらこれで、俺の話は終りにしてくれるらしい。

 小さく溜息を吐き出した俺は、視線を先頭の男にずらして、予てよりの疑問を口にした。 

 

「あー・・・アイオロス? この者達は、黄金聖闘士なのか?」

 

「うむ、先日、黄金聖闘士となった、獅子座のアイオリア、牡羊座のムウ、牡牛座のアルデバラン、乙女座のシャカ、蠍座のミロ、水瓶座のカミュだ。此方の、山羊座のシュラは既に知っているだろう?」

 

「あぁ、直接話したことはないが、聖剣の担い手であるという面白い噂は聞いている。・・・そうか、とうとう黄金聖闘士が揃ったんだな」

 

 新たに黄金聖闘士となった人の子達を見ながら、感慨深げに言う。

 しかし、少し驚いた。

 全員アフロディーテよりも幼く、小宇宙も小さい子供ではないか。

 自ら戦う道を選んだのか、はたまた神の運命に絡め取られたのか。

 真摯な眼差しでアイオロスを仰ぎ見る少年達を観察し、俺は何とも言えない気持になった。

 

「アイオロス」

 

「あぁ、済まない、本題に入ろう・・・といっても、お前達の意思は定まっているのだろう」

 

「えぇ・・・私達は黄金聖闘士になったとはいえ、まだまだ半人前。故に、修行の地へと戻り、技の総仕上げをして参りたいのです」

 

 丸い眉をした、桃色髪の少年がそう言うと、周りの少年達も同調するように深く頷いた。

 そんな幼子達にアイオロスが微笑むと、黒髪の男──山羊座のシュラが、言葉を放った。

 

「頼もしい奴らです・・・アイオロス、我らも、彼等が鍛錬に集中できるように──」

 

「うむ、()()()()調()()()()()()()()()()。アイオリア、ムウ、アルデバラン、シャカ、ミロ、カミュ・・・お前達は安心して修行に打ち込むがいい」

 

「有難うございます・・・! 一人前の黄金聖闘士としてお役立て出来る者になるため・・・全力で励んできます」

 

「兄さん、有難うございます・・・!」

 

 ほっとした面持ちで少年達は礼を述べる。

 

 ふむ、人手不足を気にして先輩聖闘士に許可を取りに来るとは、真面目な子供達だ。

 アフロディーテに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだ。

 ・・・というか、サガは具合が悪いのか。

 カノンの話だと任務に行っているとのことだったが・・・大丈夫だろうか。。

 

 ぐるぐると、少し離れた所で考えを巡らせていると、話が済んだのか、幼子達は別れの言葉を継げて去って行った。

 

「では、アイオロス。俺もここで失礼します」

 

 やがて山羊座のシュラも宮へと戻ると、アイオロスとアイオリア、二人の兄弟だけが残る。

 そろそろいいだろうか。

 事の成り行きを静観していた俺は、獅子座となった少年の元へと歩み寄った。

 

「おめでとう、アイオリア! 驚いたぞ、いつの間に獅子座の位を授かったんだ?」

 

「有り難う、ヘリオス。貴方が任務で聖域を留守にしている間に、正式に獅子座の聖闘士となれたのだ。貴方には、何度もライトニングボルトの的になって貰って・・・」

 

「・・・ああ、本当に・・・あの頃は死ぬかと思ったぞ」

 

 じとり、と諸悪の根源その一へと恨みがましい視線を送る。

 

「ははは、そう怖い顔をするな、ヘリオスよ。さて、そろそろ太陽が沈みきる。暗くなる前に帰るとしよう」

 

「お前、アイオロス・・・・・・惚けたって無駄だからな、覚えてろよ」

 

 快活に笑い去ろうとする男に、低い声で答える。

 すると、アイオロスは歩む足を止め、眉尻を下げながら小さく呟いた。

 

「・・・太陽神・・・まさか、お前がな・・・」

 

「兄さん?」

 

「・・・あぁ、アイオリアにはまだ話していなかったな。アフロディーテとヘリオスは、先の任務で太陽神と戦ったのだ」

 

「なっ、神と・・・!?」

 

「・・・アイオロス?」

 

 言葉の意図が読めずその名を呼ぶと、男は穏やかに微笑み言った。

 

 

「ヘリオス・・・ロドス島における任務の詳細を知るのは、私を入れて四人のみだ。だが、全ての人を代表して礼を言わせてほしい。我らの女神以外にも、人を信じる神がいてくれた・・・この喜びを、私は一生涯忘れないだろう」

 

「え・・・?」

 

 思わぬ謝礼にぽかんと口を開けると、「ではな」と言葉を残して、黄金の兄は弟を連れて、自らの居場所へと帰っていた。

 

「・・・・・・」

 

 人を信じる、か。

 

 一人残された俺は、その言葉を心の中で反芻した。

 

 俺は別に、人間を信じているわけではない。

 あの時はただ、俺を信じてくれた魚座の戦士達と、あの島の民を守りたかったから、戦う道を選んだんだ。

 失いたくないと願ったから。

 抗うことが、俺に課せられた神としての義務であり、また、後悔の無い選択だと思ったから。

 

「・・・それに、サガにも、困っている人を助けると約束したしな」

 

 囁くように呟いて、俺は地上に落ちてからの日々を思い返した。

 気が付けば、俺を取り巻く世界も、大きく変わったように感じる。

 少年に救われて、様々な人と出会い、異界の神と戦って。

 停滞の中に生きていた時間が嘘のように、良い意味でも、悪い意味でも、毎日が劇的で。

 

 遠い昔、世界に光を届ける最中、見下ろしていた景色は、表面上のものでしかなかったんだな。

 

「今なら少し、戦神アテナの気持も理解できるような──」

 

 

「──ユリティースッ!! お願いだ、目を開けてくれ・・・!!」

 

 

「っ──」

 

 突如として、悲鳴にも近い声が空間に木霊した。 

 知った名に、俺の両足は痛みを無視して疾駆する。

 

「オルフェ・・・ごめんなさい」

 

「嫌だっ・・・僕を置いて、逝かないでくれ・・・ユリティース、ユリティース・・・!!」

 

 白銀の鎧を纏う男の膝に、知った顔の女人が身体を預けていた。

 そう、俺がロドス島へと向う少し前に、財布を届けてくれた親切な人間だ。

 

「どうした、何があったんだ!」

 

 声を荒げ、俺は二人の元へと駆け寄った。

 すると、ユリティースは薄らと瞳を開き、小さく唇を動かした。

 

「・・・貴方は、確か・・・魚座様の従者の・・・ヘリオス、ですね?」

 

「っ双魚宮の・・・浄化の小宇宙を持つ少年か・・・!」

 

 白銀の男は、はっとしたように目を瞠ると、鬼気迫る勢いで俺の肩を掴んだ。

 

「頼む、君の力を貸して欲しい!! 毒蛇が、ユリティースの足を噛んで──」

 

「っ──分かった、任せろ!!」

 

 男の言わんとする意図に気づき、俺は身に宿る小宇宙を鳴動させる。

 毒の除去、それは俺の専売特許だ。

 両手をユリティースへと翳し、極限まで高めた力を放出していく。

 

「聖なる活力よ、来たれ──ッ!」

 

 闇夜に沈みつつある世界に、小型の太陽が顕現した。

 

 眩い陽光は女人を包みこみ、その身を蝕む毒を検出していく。

 

「・・・ん? この毒、いや・・・毒から感じる、この気配は・・・」

 

「ぅ・・・この、光は・・・?」

 

「・・・浄化の小宇宙だ。ユリティース、もう少しの辛抱だからな」

 

 掠れた声を出す女人を励ますように微笑み、俺は一瞬浮かんだ思考を断ち切った。

 噛まれた箇所は足だけのようだが、最早毒は全身へと廻ってしまっている。

 慎重かつ入念に毒を浄化していき、ついでとばかりに、弱まった分の生命力も活性化させていく。

 

「よし、もう大丈夫だ」

 

「ユリティース!! あぁ奇跡だ・・・!」

 

 男は顔色の良くなった女人を、壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめると、静かに涙を流した。

 ・・・間に合って良かった。

 涙を流す二人の人間を眺めながら、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 

「驚きました・・・有難うございます、ヘリオス。貴方のお陰で、私はオルフェを一人残して死なずに済みました」

 

「僕からも、最大級の感謝を。・・・魚座の従者が、巨蟹宮の壁の魂を浄化したという噂は本当だったんだな」

 

「あぁ・・・俺も、恩人の危機に気づくことが出来て、本当によかった。・・・なあ、一つ聞きたいんだが」

 

「なんでしょう?」

 

 不思議そうな顔をする二人に、俺は僅かに躊躇ってから言葉を放つ。

 

「ユリティースを噛んだ蛇は──本当に、ただの毒蛇だったのか?」

 

「えっ?」

 

「僕は直接その蛇を見てはいないが・・・それが、どうしたんだ?」

 

「・・・・・・いやちょっとな・・・」

 

 言い淀み、俺を口を閉ざした。

 

 毒から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などと言えば、混乱を招くことになる。

 教皇さんには報告するべきなのだろうが・・・俺には、俺の為すべき事がある。

 どこまでこの聖域の問題に首を突っ込むのか、考えておく必要があるな。

 小さく息をついて、俺は話題を転換した。

 

「そうだ、ユリティース、お前にこれを渡しておこう」

 

「これは・・・髪飾り、ですか?」

 

「あぁ、友と共同制作した、いわゆる魔除けのようなものだ」

 

 仄かに温かい、純白の燐光を放つ"翼の髪飾り"を差し出しながら言った。

 材料はアネモスから離れた翼と、俺の浄化の小宇宙だけだが、その辺の悪霊程度なら余裕で退ける一級品だ。

 

「財布を届けて貰った礼をしていなかったからな・・・何が良いかと悩んだ結果、身を守る品が一番だと思って創作してみたんだ」

 

「まあ・・・ですが、お礼ならば命を助けて頂いただけで十分・・・」

 

「んん、そう思うのなら、なおさら受け取って欲しい。恐らくだが・・・()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!? ヘリオス、何故そんなことが分かるんだ・・・!?」

 

「・・・すまないが、きちんとした説明はできない。だけど、今のお前達を引き裂こうとする神・・・いや、悪意在る運命が在るとだけは言っておこう」

 

「・・・悪意在る、運命・・・・・・」

 

 険しい表情で声を揺らす男に、俺は心の中で謝罪した。

 ここが、今の俺に出来る最大限のラインだ。

 これ以上の干渉は、女神と冥界神の戦いに参入することを意味する。

 先行きが定まっていない上に、不死の力が封じられている以上、一級神共の戦いに関わるのは危険すぎる。

 

「──分かりました。此方の髪飾りは、大切に扱わせて頂きますね」

 

「・・・しかし、」

 

「大丈夫よ、オルフェ。私には貴方がいる・・・そして貴方には、私がいるもの。どんな運命にだって負けはしないわ」

 

 彼女は、気高く咲き誇る花のように微笑み、凜と紡いだ。

 

「っ・・・ユリティース・・・──分かった。相手が何者であろうと、君は必ず、僕が守ってみせる」

 

「ふふ、頼りにしているわ・・・さて、日が暮れてしまったことですし、今日はもう帰りましょうか」

 

「ああ。・・・ヘリオス、非礼を詫びよう。僕の大切な人を救ってくれた大恩、決して忘れはしない──」

 

 ──ありがとう、と。

 最後にまた一つ、感謝の言葉を述べて。

 二人の人は、固く手を繋いで、夜の帳へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

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