マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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14話 この手よ、届けと

 

 

 

 

 闇夜を、ひた歩く。

 

 予想外に、帰りが遅くなってしまった。

 アネモスはもう眠りについてしまっただろうか。

 俺の帰りを持って未だ起きているのなら、早く帰ってやらないと。

 

「・・・・・・少し、遠いなあ、新しい塒は」

 

 暫くは此処に住むようにと用意してもらった小屋は、聖域の端に位置している。

 何でも、今の人の世において天馬は夢幻と等しい存在であるらしく、アネモスは聖域の人間が相手であっても、なるべく知られぬように過ごさなければならないらしいのだ。

 俺の呼びかけに応え助けてくれた友には悪いが、聖域にいる限りは窮屈な思いをさせることになる。

 

 まあ正直、俺達を受け入れてくれただけでも、僥倖だろう。

 

 "記憶が混濁した子供"と"忠する女神と無縁の太陽神"では、対応も変わってくるのだから。

 今なお滞在を許してくれる人間達に心の中で感謝をし、痛む身体を引きずりながら、俺は硬い地面を踏み締めていった。

 

 

「・・・遅いぞ、やっと帰ったか」

 

「アフロディーテ? お前、どうしてこんなところに居るんだ」

 

 やっとこさという思いで帰路につくと、機嫌の悪そうな少年の悪態が俺を迎えた。

 宮に滞在しなければならない者が、何用で聖域の端まで来たのだろうか。

 懐疑的な視線で見やると、少年は呆れたように腕を組んで言葉を漏らした。

 

「君に用があるから赴いたのだ」

 

「俺に?」

 

「そうだ」

 

「? ・・・なんだ、俺が本物の神だと知って、ようやっと敬意を表する気にでもなったのか?」

 

「・・・・・・逆に聞くが、今さら畏まった態度で接せられたいのか、太陽神ヘリオスよ」

 

「・・・・・・・・・」

 

 ──気味が悪いから止めて欲しいに決まっている。

 恭しい少年の姿を想像し、俺は思わず表情を歪めた。

 

「・・・その顔が答えだな? まったく・・・本題に入るぞ」

 

 怒りを取り越して、呆れたといった様子でそう言うと、アフロディーテは組んでいた腕を解いて、妙に畏まった態度で身を向けた。

 

「私は一度、()()()()()()。そう長い期間にはならないが、私が居ない間に何かあれば、アイオロスを頼るようにして欲しい」

 

「お前も・・・? なんだ、故郷にでも帰るのか」

 

 少年の発言に、思わず困惑混じりに問い掛ける。

 今はアテナが降臨した、大切な時期だったはずだ。

 黄金の幼子たちが修行で聖域を離れる以上、聖域の守りは固めるべきではないのだろうか。

 首を傾けると、アフロディーテは小さくかぶりを振った。

 

「帰郷ではない・・・──グリーンランド、私が君と会う前に居た、修行の地へと向う。新しく黄金となった者たち同様、私も初心に戻り、鍛え直す必要があると思ったからな」

 

 らしくなく、焦燥の滲んだ声音で言うと、アフロディーテは俯き気味に続けた。

 

「自らの力に疑いなど無かったというのに・・・ロドス島の一件で思い知らされたのだ。今の私では、とても聖戦まで生き残ることなど出来ないのだと。だから、神を打倒してみせたアイオロスのように、神の支配に抗い続けたアルバフィカのように・・・私も、強くなりたいのだ」

 

「・・・・・・」

 

 吐露するように述べ連ねられた言葉に、俺は小さく息を呑んだ。

 ──あの瞬間、

 あの薔薇園で無力さを嘆いていたのは俺だけではなく・・・お前も一緒だったんだな、と。

 毅然とアルバフィカとアベルに向って行く最中、お前もずっと、悔しさを押し殺して戦っていたのか。

 

「人間・・・いや、アフロディーテ」

 

 言い直し、真っ直ぐと眼前の戦士に視線を注ぐと、俺はハッキリとした口調で言葉を放った。

 

 

「──ロドス島の民達を守ってくれて、ありがとう」

 

 

 一瞬、目を瞠った少年に微笑み、言葉を続ける。

 

「思えば未だに、きちんと礼を言っていなかったな。・・・心の底から感謝する。お前が命を懸けて拳を掲げ続けてくれたから、民達を・・・アルバフィカやアベルを、あの瘴気から救うことができたんだ」

 

「・・・別に、民を守るのが私の務めなのだから、君が礼を言うようなことではない。・・・寧ろ、礼を述べるべきは私の方だ。君があのとき力を取り戻していなければ・・・今頃私は、物言わぬ骸となっていたのだろうからな」

 

「はは、じゃあお互い様ってことにしよう」

 

 アフロディーテが守ってくれたお陰で、俺は今もこうして生き長らえているのだから。

 

「・・・あぁ、違いない」

 

 僅かに肩を下ろした少年は、和らいだ口調でそう返した。

 恐らく、アベルとの戦いからずっと、気を張っている状態なのだろう。

 少しでも早く、今よりもずっと強い聖闘士になりたいのだと。

 だが、

 

「なあ、アフロディーテ・・・──焦るなよ」

 

「焦り・・・?」

 

 鸚鵡返しに呟くアフロディーテに頷きつつ、俺は率直な感想を告げる。

 

「どうも、今のお前を見ていると、"天界に戻ろうと焦っている俺自身”と被るんだよ。『すぐさま真実を知らねばならない』、『今すぐにでも、強い戦士になりたい』・・・って部分が特にな」

 

「・・・・・・君から見た私は、焦っているように見えるのか?」

 

「あぁ、いつものムカつく余裕が感じられないのは確かだ」

 

 夜空を見上げながら、静かに言葉を続けた。

 

「・・・きっと、焦ること自体は悪くない感情だとは思うんだ。だけど、お前たち聖闘士の鍛錬は、じっくりと地道に積み重ねて、自らを高めていくものなんだろう? だったら、逸る気持ちはぐっと堪えて修練に打ち込んだ方が、得られる成果は大きくなる」

 

 俺も昔、父上から最低限の稽古をつけてもらったことがある。

 攻撃の避け方、防御や受け身の方法など、守りに一貫した鍛錬ではあったが、それでも、父上は戦いに不得手な俺のために、かなりの時間をかけて身を護る術を教授してくれた。

 

「自らを守る術を学ぶだけでも相当な時間がかかるのに、他者の命も背負うとなればその比重は計り知れない。・・・だが、だからこそ長く険しい道の半ばで疲れ果ててしまわないように、自分に合ったペースを見つけて、お前らしく強くなればいいんじゃないか」

 

「・・・私、らしく・・・・・・」

 

 長い睫毛を瞬かせ呟くと、アフロディーテは少しの間黙りこくり、やがて苦笑い混じりに鼻を鳴らした。

 

「フッ・・・簡単に言ってくれるな。だが確かに、急いても事をし損じるという言葉があるのもまた事実。・・・私も、君に倣って、もう少し気を緩めるべきか」

 

 息を吐き出すと、少年は考え込むようして遠くの空を見やった。

 静寂が満ちて、夜風が肌に染み入り始める。

 これ以上の長話になるのなら小屋に入って話すべきか、と思考したところで、神妙な面持ちをしたアフロディーテが言葉を放った。

 

「ヘリオス・・・現状、天界に戻る見立てはあるのか」

 

「・・・・・・そうだな」

 

 重いため息と共に、言い連ねる。

 

「正直・・・状況は絶望的だ。相手があのアポロンだと判明した以上、俺が全ての神力を取り戻したとしても、足りるかどうか・・・。戦神アテナや海皇ポセイドン達のような、一級神の助力を得られれば、何とか力技で戻れるかもしれないが・・・」

 

「・・・そうか」

 

 首肯すると、少年は真剣みの増した眼差しで言った。

 

「もしもこの先、君に戦力が必要になった時は、私も任務に支障がない範囲で手を貸そう」

 

「・・・いいのか?」

 

「無論だ。あの日の夜に言っただろう、気にせず助けを求めればいいと」

 

「そう、だったな・・・気を使わせて済まない、感謝する」

 

 少年の厚意に礼を述べるが、俺は口端を引き結んで沈黙した。

 今の俺にとって、アフロディーテの提案は、またとない程に有り難いものだ。

 

 だが、つい先刻、女神と冥王の戦いに関わらぬように彼等との間に一線を引いた俺が、少年の力を一方的に借りるのは・・・かなり、卑怯ではないか? 

 

 俺は是が非でも、天界に戻らなければならない。

 だが、為すべき使命があるのは俺だけではない・・・アフロディーテにも、聖闘士としての務めがあるのだ。

 だというのに。

 この少年の善意を一方的に享受するというのは、余りにも・・・、

 

「まったく、また何か悩んでいるな? 君も一部とはいえ力を取り戻して、今や()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、もう少ししゃんとしたまえ」

 

「・・・ああ・・・・・・」

 

「・・・ヘリオス?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 気遣いの混じった声音で名を呼ぶ少年を見据えると、俺は、自らの心に問いかけ続けた。

 

 ──こんなとき、父上ならどんな選択をするのだろうか。

 ──どのような道を選択すれば、後悔のない未来を掴めるのだろうか、と。

 

「・・・・・・そうか、」

 

 考えること、数秒。

 その答えは、拍子抜けするほどあっさりと浮き出てきた。

 思わず苦笑しながらも、囁く。

 

「・・・ここが、腹の決め時か」

 

 俯き気味だった姿勢を戻しつつ、俺は自らの願いと、在るべき姿を定義した。

 

 ──彼らと共に戦おう。

 

 受けた恩義に報い、自らの目的も達成する──それが大切な血族と自身に恥じぬ、俺の進むべき道だ。

 

 だから、女神の助力が得られるかどうかじゃない──女神に協力し、意地でも力を借りられるべく行動する。

 それが、俺の進むべき未来の道筋だ。

 

 女神アテナに与する以上、冥王ハーデスを筆頭とする冥界神と抗戦することにもなるのだろう。

 だが、それが、どうしたというのだ。

 俺は既に、アポロンを、遙か高みの一級神を相手にしているじゃないか。

 今更、何を縮こまる必要があったのだろうか。

 

「アフロディーテ、ここで少し待っていてくれ」

 

 自らの方針を決定した俺は、少年に一言告げ、一旦小屋へと入る。

 そして、うつらうつらと船をこぐアネモスを発見し、その背に毛布をかけると、先刻、オルフェとユリティースを襲った悪意ある現象を書にしたため封に入れた。

 

「これは?」

 

 小屋を出て(ふみ)をアフロディーテに手渡すと、俺は躊躇いなく言った。

 

「教皇さんに宛てた手紙だ。俺は十二宮を出禁になってしまったからな・・・どうか、よろしく頼む」

 

「・・・なるほど、承った。早急に届けるとしよう」

 

 凜とした声音で了承すると、少年は文を懐にしまい歩き出す。

 

「暫くは会えなくなるが・・・私がいないからと言って、皆に迷惑はかけるんじゃないぞ、ヘリオスよ」

 

「お前は俺をなんだと思っているんだ。大丈夫だ、お前が居ない分は特別に、このヘリオスが聖域を守護してやるから、安心して研鑽してくるんだぞ、アフロディーテ」

 

「・・・・・? 君が、この聖域を守ると・・・そう言ったのか?」

 

 立ち止まり困惑混じりに問うた少年に、俺は大きく頷いた。

 

「あぁ、()()()()()()()()()、そう言った」

 

「・・・・・・・・・そうか」

 

 アフロディーテは、ぽつりと一言零すと、月光に照らされる道を再度進み出した。

 

 

「最後に、良い知らせを聞けた」

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 数日が流れた。

 

 黄金の幼子達とアフロディーテは己の修行の地へと行き、聖域に残った者達はその穴を埋まるように忙しない日々を送っている。

 俺はといえば、未だ癒えぬ傷に四苦八苦しながらも、先日()()()()()()()()()()()()()()()を探して聖域内をうろうろと彷徨っていた。

 

「・・・ここも、異常なしか」

 

 殆どの場所は捜索したのだが、芳しい成果は無し。

 俺の文を読んだ教皇さんも、信頼の出来る者に、極秘裏に調査するよう命じたらしいのだが、空振りが続いているようだった。

 小さく息をつき、眩い空を仰ぐ。

 

 ロドス島で使用した探査の術を用いても、反応は無し。

 俺の力が不安定な影響か、はたまた見つからないように何かしらの策を施してるのか・・・もしくは、その両方か。

 

「・・・()()()()()()()・・・どうやって聖域に侵入したんだ」

 

 死の運命を司る女神、ケール。

 それが、ユリティースの身を蝕む毒から感じた、小宇宙の所持者だった。

 その神とは天界で擦れ違ったことがあるくらいの関係しかないが、小宇宙の在り方は記憶していたため、正体を突き止めるに至ったのだ。

 

 何を企んでいるのかは定かではない。

 しかし、放置する訳にもいかないだろうと、聖域内を探索しているのが現状だ。

 残念ながら、証拠らしい証拠は未だになし。

 これだけ探しても見つからないのなら、既にこの地を離れている可能性もあると考えるべきなのだろうか。

 

「・・・そして、今日も、カノンは訪れないか」

 

 自然と辿り着いていた釣り場で、俺は重く声を漏らした。

 数日前サガと言葉を交わすと言ったきり、カノンは一度も姿を表していない。

 後押しをしたのは俺だが、正直かなり心配だ。

 

「・・・・・・」

 

 俺は両手を胸の前に翳して、朗々と声を発した。

 

「──陽光よ、我が手に集いて道を示せ」

 

 言葉に反応するように、茜色の燐光が、俺の手を包みこむ。

 だが、それ以上の変化はなし。

 ロドス島の時のような力強い灯火は生まれず、今にも消えてしまいそうな儚い光が、淡く揺れるだけだ。

 

 ・・・やはり、ケールの探知同様、術が上手くいかないのは、俺の神力の問題なのだろうか。

 

 そう思考した瞬間、

 ドッッ!! と、唐突に、天まで届きかねない勢いで、茜色の炎が噴出した。

 

「っ・・・なんだ、いきなり・・・!?」

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()燃える火柱に驚愕していると、その先端が突き穿たんばかりの勢いで、とある方角を指し示した。

 

 ──スニオン岬。

 

 聖域の端に位置する、かつて、海皇ポセイドンの神殿があった場所だ。

 

 そこにいるのか、カノン。

 通常有り得ない挙動をした火柱を打ち消して、俺は大地を強く蹴り、目的の地へと向った。

 

 空を切り、風を置き去りにして、駆け続ける。

 

 身体の痛みに表情を歪めながらも、スニオン岬の崖下に辿り着いた俺は、呼吸を整えながら辺りを見渡した。

 そして。

 荒波が容赦なく岩場に衝突し、水飛沫が視界を遮る崖の下で、俺は確かに、藍色に緑を溶かし込んだような、見知った色の長髪を見つけ出した。

 

「カノン・・・!!」

 

「っ・・・・・・お前、何故ここに・・・」

 

 海に浸かる、崖をくりぬいて作られた岩牢の中で、男は動揺混じりに声を漏らした。

 

「なぜって、いつまで経っても姿を表さないから、探知の術を用いて探したんだ」

 

「術だと・・・まさか、()()()()()()()が言っていた忌々しい太陽神とは・・・お前だったというのか」

 

「神を名乗る、小娘?」

 

「・・・・・・つい先程まで、冥衣と特徴の一致する、黒曜にも似た鎧を纏う小娘がそこにいたのだ。悪霊だかなんだか訳の分からんことを宣い・・・最後に、太陽神の術が鬱陶しいと吐き捨てて去っていった」

 

「なっ・・・その小娘ってまさか、冥界の女神ケールじゃないだろうな」

 

「ケール・・・あぁ、確かに、そんな名を口にしていたな」

 

 内と外を隔てる鉄格子の向こうで、カノンは厳しい表情で口を噤んだ。

 そして、眉に深い皺を刻むと、一言、

 

「去れ」

 

「・・・・・・え、」

 

「早々に、ここから立ち去れと言っている」

 

 有無を言わさぬ鋭い眼光で、男は俺を睨めつけてきた。

 思わずひゅっ、と、嫌な音を立てて息を飲み込んだ俺は、その恐ろしいまでに()()()()()()に唇を震わせた。

 

「な、なんでだよ・・・確かに、俺はお前の忌み嫌う神ではあるが、お前を助けるまでは梃子でも動かな──」

 

「違う」

 

「・・・は?」

 

「・・・察しが悪いな・・・俺は、一刻も早く立ち去らなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう警告しているんだ」

 

 焦燥にも似た声音で発せられた言葉に、俺は今度こそ完全に硬直した。

 

「・・・・・・冗談、だよな? まるでその口振りだと、サガがお前を岩牢に閉じ込めたみたいじゃ──」

 

「──みたいではなく、それがこそが真実なのだ」

 

「・・・・・・・・・」

 

 そんな、馬鹿な。

 あの、サガが。

 仁、智、勇を兼ね備え、善性の一言が当てはまる、優しくも雄々しいあの聖闘士が──実の弟であるカノンを、牢屋に閉じ込めた・・・? 

 

「・・・何が、何があったんだ」

 

「・・・・・・」

 

「カノン!」

 

「・・・ふん」

 

 カノンは皮肉気に失笑を零した。

 そして、諦念に満ちた空気を醸成し、緩慢に口を動かす。

 

「結局は・・・俺も、お前も・・・サガのことなど、微塵も理解していなかったということよ」

 

「・・・どういう、意味だ」

 

「・・・教皇が退位を表明していることは知っているか」

 

「教皇さんが? いや、そんな話は初めて聞くが・・・」

 

「・・・退位に向け、教皇は自らの後継を任命するべく、サガとアイオロスの二人を宮に招集し、あろう事か・・・次の教皇として、アイオロスを選んだのだ。・・・──それが、サガと俺の希望を打ち砕く選択だと知らずにな」

 

「え・・・?」

 

「・・・サガは教皇になるという野望を、そして俺は、正式に双子座を継げる可能性を失ったということだ」

 

 淡々と、カノンは語り続ける。

 

「・・・俺は諦めてなるものかと、サガに提案した。教皇に考えを改めさせるべく、共に教皇宮へ向かおうと。・・・だが、サガは、教皇が考えを変えることは無い、アイオロスこそが次期教皇として相応しいのだから・・・"諦めろ"、と、俺の言葉を撥ね除けた」

 

「・・・・・・カノン」

 

 か細くその名を呼ぶと、男は静かに、己の現状を作り出した、決定的な一言を口にした。

 

「・・・・・・気づけば、俺は、サガに拳を向けていた」

 

 己を理解しようとしない兄に、怒りと、悲しみと、様々な感情が巻き上がり・・・・・・気づいたときには、手が出てしまった。

 そして、サガも逆上し、カノンをこの岩牢に閉じ込めた。

 そういうことなのだろう。

 

「・・・お前は前に、『俺の声は必ずサガに届く』と、そう言っていたな? ・・・フッ、フフ・・・何も、何も届きはしなかった。あの男は結局、俺の慟哭に傾ける心などは、持ち合わせてはいなかったのだ」

 

「っ・・・」

 

 カノンの言葉が、深く胸に突き刺さった。

 俺はサガを、測りかねていたのか。

 そして、己の判断を正しいと疑わないばかりに、カノンの背中を押し・・・あろうことか、こんな、最悪の未来を作り出してしまった。

 まるで、魂を抉るような残酷な現実に、俺は言葉をなくし、呆然と立ちつくした。

 

「・・・小僧、最早、お前が何者であろうとも関係ない。・・・・・・もう、俺たちの問題に関わろうとするな」

 

「っ・・・嫌だ! それに、お前が投獄された原因の一端は俺にもある・・・絶対に、無関係なんかじゃない!!」

 

 悲鳴混じりに叫びをあげて、俺は拳を強く握りしめた。

 

 全てが噛み合わず、拗れに、拗れた。

 だけど、カノンが牢に居なければならない理由は微塵も存在しない。

 こんな理不尽な境遇・・・絶対に認めてなるものか・・・! 

 

「まずは、お前をここから救い出す・・・!」

 

 確固たる決意と共に、目の前の鉄格子を標準した俺は、右手に破壊の力を凝縮し──解き放った。

 ドッッ!!! と衝撃波じみた大音響が炸裂し、辺りを震わせる。

 

 ──しかし、

 

「・・・嘘だろ、今ので壊せないのか」

 

 鉄格子には、亀裂一つ生じていなかった。

 

「・・・無駄だ。この岩牢は神話の時代、アテナが捕らえた敵を閉じ込めた場所。人間の力では、破ることはできん・・・諦めて、さっさと帰れ」

 

「諦めてたまるか・・・一撃で足りないのなら、全ての小宇宙を収束した瞬間最大火力で・・・!」

 

「馬鹿者め、小宇宙を使い果たし気を失えば最後、サガに見つかり・・・下手をすれば、殺されることになるのだぞ」

 

 心底理解できない、といった様子で溜息を吐きだすと、カノンは憐憫の混じった眼差しで俺を見た。

 

「もう、十分だ・・・ヘリオス」

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()、踵を返して別れを告げる。

 

「お前の気持は、よく分かった・・・だが、もういい・・・お前は、お前の居場所へと帰れ」

 

「っ・・・」

 

 男は、光の届かない岩牢の奥へと進み出した。

 

 何も、十分なんかじゃないだろう。

 悔しさが沸き起こり、唇を強く噛み締めて、俺は衝動のままに小宇宙を燃やし始めた。

 

 ──絶対に、カノンを、独りにはしない。

 

 燃えろ、

 燃えろ・・・! 

 限界を通り越した彼方まで、俺の小宇宙よ、燃え上がれ──ッ!! 

 

 ──瞬間、世界を照らす、永遠の輝きが顕現した。

 

 右腕に宿った鮮烈な光芒は、巌窟の奥まで光を届けてみせた。

 いける。

 この力を叩き込めば、確実に、戦神アテナの鉄格子を破壊することができる。

 制御の安定しない小宇宙を必死に押さえ込みながらも、俺は、カノンを岩牢から出してやれる未来を、疑いなく確信した。

 

 

 バキンッッ!!! 

 

 唐突に、光に照らされた巌窟の奥から、岩を砕くような破壊音が轟いた。

 

「な・・・カノン・・・?」

 

 突然のことに混乱し、俺は鉄格子越しに奥を見やった。

 すると、そこにはまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、カノンの姿があった。

 

 ──あの鉾、どこかで。

 

 神々しく輝く三つ叉の鉾に、俺の意識は縫い止められた。

 見たことがあるはずなのに、記憶の底に埋もれてしまったかのように、思い出すことが出来ない。

 まるで、時が引き伸ばされたかのようにして動く人の姿を眺めながら、俺は掬うことのできない過去の記憶に困惑した。

 そして、カノンが黄金の鉾を手に掴み、引き抜いた瞬間。

 

 カッ!! と、鉾が、凄まじい極光を解き放った。

 

 眠りから覚めるようにして放たれる光を起点とし、膝まで浸かっていた海水が蜷局となって荒立ち始めた。

 

「なっ、なんだ、この光はッ!?」

 

「っ──カノン!!」

 

 不味い。

 あの鉾を、封印しなければならない。

 俺は全ての小宇宙を込めた右手を突き出して、岩牢へと突進した。

 そして、ベキィッ!! と鈍い音を立てて消えた鉄格子の破片を身に受けながら、必死に突き進み、

 

「──ヘリオスッッ!!」

 

「えっ──」

 

 突然叫んだカノンに驚き喘いだその刹那──背後から、叩きつけるような衝撃が発生した。

 鉄格子の消えた入り口から、荒波が洞窟内へと侵入したのだ。

 岩窟の奥まで押し寄せた海水は俺とカノンを飲み込むと、その荒々しい勢いのまま、スニオン岬の崖下まで俺達を押し出した。

 

 このままでは、海に、連れ去られる。

 

「ぐっ・・・」

 

 ──身体が、思うように動いてくれない。

 全ての小宇宙を込めた一撃が、ここにきて影響を及ぼすか。

 

 だが、諦めない。

 

 諦めた瞬間に、大切なものはこの手を零れていくのだと、少年が俺に教えてくれたのだから。

 虚脱し、碌に力が入らない腕を叱咤して、俺はカノンへと手を伸ばした。

 

「──この手を取るんだ!!」

 

「・・・・・・」

 

「カノンッッ!!」

 

「・・・・・・ヘリオスよ」

 

 朦朧と霞み始めた景色の先で、カノンは、小さく笑った。

 

 

「一生を孤独に生きる俺へ、手を差し伸ばす者が存在していた・・・それだけで、俺は十分──」

 

「っ────」

 

 男は、穏やかに最後の言葉を紡ぐと、

 

 

 ──手を伸ばす俺を、自らの小宇宙で突き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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