マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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15話 星に誓いを

 

 

 

 

 波の音が、聞こえる。

 

「ぅ・・・ゲホッ・・・」

 

 節々が重く、怠い。

 身体が、悲鳴を上げている。

 

 朦朧とする頭を揺らし、俺は、ゆっくりと瞼を開けた。

 

「────・・・?」

 

 瞼を、開けたのだが。

 視界に現れたのは、ただの、暗闇だった。

 何故。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──、

 

「・・・ま、さか」

 

 次第に血の気の引いていく手を握りしめると、俺は、勢いよく上体を起こして空を仰いだ。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 足下から、逃げ場を奪うようにして絶望が這い上がった。

 

「・・・俺はずっと、意識を失っていたのか・・・? っ・・・嘘だ、嘘だ!」

 

 目の前の現実を否定するべく、辺りを見渡す。

 しかし、判明するのは覆しようのない現実だけ。

 昼は夜に。

 荒々しい海流は、傍らに居たカノンを連れて、既に消えて失せていた。

 

「・・・・・・嘘だと、言ってくれよ」

 

 魂が崩れていくような虚脱感とともに、身体の力が抜けていく。

 

 

 ──届かなかった。

 

 

 俺の手は届かなかった。

 届く寸前に、明確なカノンの意思で拒絶されたのだ。

 俺を、海流から救い、生かすためにと。

 

「・・・馬鹿だ」

 

 ぼろぼろと溢れ出る涙を、手の甲で拭うと、俺は闇に染まる海面に向って、叫んだ。

 

「・・・お前は馬鹿だ、大馬鹿野郎だ!! なにがっ・・・なにが『俺は十分、()()()()』だよ!! たった十数年しか生きていない人の子がっ・・・どうして手を差し伸ばされただけで、満足したような顔ができるんだよッ!?」

 

 小さな拳を岩場へと叩きつけて、嗚咽を漏らして泣き叫ぶ。

 悔しい。

 悔しい。

 あの人間に、"報われた"などと言わせてしまった、己の無力さが、何よりも悔しかった。

 

「・・・こんな終わり、俺は、絶対に認めないぞ」

 

 震える足を奮い立たせて、俺は立ち上がった。

 

 過ぎ去った時は、戻せない。

 俺は愚かで浅はかで、何度も、選択を誤ってきた。

 だけど。

 だとしても、こんなところで諦める気は更々ない。

 何故ならば、

 

 ──カノンは、必ず、生きている。

 

 人間は脆く、儚い存在だ。

 だが、あの人間は、黄金聖闘士の中でも屈指の実力を誇るサガと、競い合うほどの逸材なのだ。

 だとすれば、海底に引きずられた程度では傷を負うことはあっても、命に別状は・・・ないはずなんだ。

 

 自らに言い聞かせるようにして気持の整理をつけると、俺は、新たに生まれた驚異──岩牢の奥から出現した、()()()()()()()()()()()()()()()()()について、思考を巡らせ始めた。

 

「・・・カノンを連れ去った荒波は、あの三叉鉾(さんさそう)によってもたらされた現象だと考えるのが順当だ。・・・しかし、全く以て訳が分からん。何がどうしたら、聖域の岩牢から、海皇の小宇宙を放出する(ブツ)が出てくるんだよ・・・!」

 

 許容を超える現実に、苛立ちを込めて吐き捨てる。

 

 冥界神ケールに、海皇ポセイドン・・・今までは片鱗も見せなかった神が、次から次へと。

 間が悪いにも程があると毒づきたいが、全く以て忌々しいことに、今の俺一柱では、到底対処はできないのが現実だ。

 ここは素直に・・・いいや、意地でも、教皇さんに協力して貰わなければなるまい。

 

 細かい事情は知らないが、教皇さんは、地上の平和や聖戦の為にと、双子の片割れを秘し、間接的といえども、岩牢に投獄されるまで追い込んだ当事者でもあるのだ。

 陰で生きてきたカノンを救うべく動くのは、当然の責務と言えるだろう。

 

「・・・待ってろよ、カノン」

 

 決意を込めて呟くと、俺は拳を強く握りしめた。

 

 気がつけば、言葉を交わし合う隣人となっていた、双子の片割れ。

 双子座のカノン。

 多大な努力は人知れず、不条理な運命に翻弄され、孤独に生き・・・そして、俺を何度も助けてくれた、優しい人の子。

 俺は、お前の優しさに報いたい。

 本当の意味で、お前に幸せになってほしいと切に願うんだ。

 

「足は、きちんと動くな・・・よし!」

 

 自らを鼓舞するようにして、虚脱する身体に力を入れる。

 そして、今直ぐにでも飛び込んでしまいたい衝動を抑え、惣闇の海面を一瞥すると、俺は踵を返して地面を強く蹴った。

 

 さあ──教皇さんの元へ、急ぐぞ・・・! 

 

 ──と、そのとき。

 

『クオォォォォォン!!』

 

 月を背に。

 鮮やかな弧を描いた一対の白翼が、一陣の風となり飛翔する。

 風を司る盟友、天馬のアネモスだ。

 

「っ・・・アネモス! 良いところに来てく──うわあっ!?」

 

 ざぁっ!! と、荒々しい突風となった天馬は、下降の勢いを上乗せして迫ると──あろうことか、俺を掻っ攫い、己が背へと乗せてしまった。

 突然のことに訳も分からず、抗議の声を上げようと口を開くが、白翼は有無を言わさず上空へと急上昇。

 俺はただ、振り落とされぬようにと、アネモスにしがみつく他なかった。

 

「あああ、アネモス!? どこに向う気なんだッ!? カノンが海に連れ去られてっ・・・俺は、今から教皇さんの元へ行かなければならないんだッ!!」

 

『ヒヒーンッ!!』

 

「っ──!?」

 

 雄々しい嘶きと同時に、天馬の周囲を突風が舞った。

 俺ごと包み込むように、幾重にも幾重にも合わさった空気の層は、やがて光の屈折率を変え、内部を透明化する不可視の防御壁を形成する。

 

 (アネモス)の奥義が一つ──風王結界(インビジブル・エア)

 

 物理的な防御と、視覚的な気配遮断を同時に為してみせる、滅多にお目にかかれない技だ。

 繊細な小宇宙制御能力と、極度の集中力が必要なため、余程の事情がなければ扱うことはないはずなのだが・・・。

 

「アネモス、何があったんだ。教えてくれ、お前はどこに向っている・・・!?」

 

『・・・・・・』

 

 鬼気迫る勢いで疾駆する友に問いかけるが、返答はなく、

 

「アネモ──ッ!?」

 

 ──答えは、別の形となって現れた。

 

 突如として、月と、星明かりが支配する夜闇の世界に、()()()()()()()()()()()

 

(──こんな足場もない空に、なぜ、影が・・・?)

 

 一瞬の動揺と、薄く引き伸ばされたかのように、停滞する思考。

 そして、

 

 ドスンッッ!! と、目の前に、刹那の衝撃が発生した。

 

「ぁ・・・っぐ・・・」

 

「なっ──きょ、()()()()!?」

 

 影と、衝撃の正体は、空から降ってきた──否、落ちてきた人間だった。

 

 どうして空から人間が、と、俺は振り向き、遠ざかっていく景色を確認した。

 そこに在ったのは、夜闇に座する、物々しい渓谷の群れ。

 天を穿つように屹立する岩崖(がんがい)の地──スターヒルだった。

 

「確か、聖域の教皇が星見をする高台だったか・・・? まさか、足でも滑らし・・・ッ!?」

 

 視線を人間へと戻した瞬間、俺は思わず目を瞠った。

 

 呻き声を上げる人間の左胸──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 致命傷だ。

 黒の法衣を纏っていてもなお、その赤は余りにも鮮烈で、瞬く間にアネモスの純白の背を汚していく。

 

 直ぐさま傷口を治療しなければ、この人間は──死ぬ。

 

「不味い、このままではっ・・・アネモス、教皇さんを治療する! 俺に小宇宙を分けてくれ!!」

 

『クォォォーン!!』

 

「感謝するッ!」

 

 意識のない人間の傷口に手を押し当てると、俺は腹の底からあらん限りの力を込めて、咆吼した。

 

「──聖なる癒しのその御手よ、輝き燃える猛き炎よ、彼の者に、壮麗たる抱擁の力を──ッ!」

 

 ドッッ!! と、白銀に輝く炎が、結界内に迸った。

 

 鮮烈なる光は、冷たくなっていく人間の身体を包み込むと、やがて赤黒い傷口へと渦巻くように寄り添い、凝縮していった。

 

 治癒の術──知の女神である母様から教わった、呪文の一つだ。

 その効果は絶大で、致命傷であれど、傷跡を跡形なく抹消してみせる恐ろしい術なのだが──、

 

「ぅ・・・ゲホッ!! 小宇宙がっ・・・」

 

『クォーン・・・』

 

「ちくしょう、やっぱり足りないかッ!!」

 

 血を吐きながら、俺は唸り声を上げた。

 そう、術を成功させるためには、膨大の小宇宙を消費する必要があるのだ。

 神であれば、そう問題のある量ではないのだが・・・今の俺達の小宇宙では、完全に教皇さんを救うには至らなかった。

 

「・・・・・・そ、の、声は・・・ヘリオスか・・・?」

 

 生気の感じられぬ瞳が、俺の黄金の眼へと向けられた。

 

「っ目が覚めたのか!! そうだ、俺だ! ヘリオスだ!!」

 

「そう、か・・・ああ、最期の瞬間を、太陽神に看取られることになろうとはな・・・」

 

「っ──何を弱気な・・・! お前には、カノンを助けてもらわなくちゃいけないんだ! それに、俺はまだお前の恩に報いていない!! 死ぬなよ! 俺がなんとかしてみせる・・・だから、生きることを諦めるなッ!!」

 

「っ・・・カノン、だと? お前、いつの間にカノンと知り合って・・・」

 

「事情は後で話すし、後で聞く!! ・・・──アネモス!! 一旦地へと降りるぞ!!」

 

『ヒヒィィィーンッ!』

 

 力強く啼くと、アネモスは風王結界(インビジブル・エア)を解除し、地上へ足を着けた。

 俺は直ぐさま、浅い呼吸を繰り返す人間を仰向けに寝かせると、再び小宇宙を燃やし、白銀に輝く手を傷口へと翳した。

 

「頼む、治れ、治ってくれ・・・!」

 

 魂の力を絞り尽くすかのように念じ、術を維持し続けた。

 だが、人間の命そのものである赤い液体は、いっこうに止まろうとしない。

 小宇宙が、絶望的に足りていないのだ。

 

「足りないのなら、俺の命を燃やして補えば──!」

 

「・・・・・・太陽神、ヘリオス・・・」

 

「喋るな、今は生きることだけを考えるんだ!」

 

 自分の力が儚いことを理由に、目の前の命から目を逸らしたくない。

 もうこれ以上、取り零したくない、失いたくない。

 後悔は、したくないんだ。

 

「ぅ──ゴホッ・・・ゲホッ・・・!」

 

「っ・・・ヘリオスよ、お前も十分ぼろぼろではないか。また血を吐いて・・・()()()()。例えこの傷穴が消え、一時の延命が叶ったとしても、老いぼれたこの身体では、この先を生きる体力が持たぬだろうよ」

 

「・・・・・・教皇さん」

 

「・・・なんだ?」

 

「俺は、『()()()()』っていう言葉を、日に二度も聞きたくはなかったよ」

 

 口元から溢れ、地へと滴る霊血(イーコール)を朧気に眺めながら、弱々しく言った。

 

 この聖域に生きる者達は、皆一様にそうなのだろうか。

 自分が、一番傷だらけで、誰かに助けを求めるべき局面のはずだというのに。

 カノンも、教皇さんも、俺を気遣って『もう良い』と口にする。

 

 分かっている。

 

 それが優しさから生まれる言葉だという事実は、嫌と言うほどに理解している。

 ──だけど、

 

「結構、悔しいんだよ、頼りにされないのって。・・・確かに俺は、頼りない神かもしれないが・・・だけど、それでも、死にそうなときぐらいは、目の前の俺をあてにしたって、罰は当たらないだろうよ」

 

「・・・だがこれ以上は、お前が・・・」

 

「・・・・・・」

 

 教皇さんの言うとおり、このままでは、小宇宙も体力も尽き果てて、衰弱の一途を辿ることになる。

 だが、ここで術を止め人間の死を見届けるなど、到底許容できない。

 考えろ、考えるんだ。

 きっとなにか、この窮地を脱する方法が──、

 

「っ・・・そうだ、いや、だが・・・」

 

「ヘリオス?」

 

「・・・・・・なあ、人間。今此処に、一つだけ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──な、に」

 

 息を呑み、双眼を見開く人間を前に、俺は僅かに逡巡してから、ゆっくりと唇を動かした。

 

「俺は、『太陽神』であると同時に、『誓約の守護者』でもある。故に、力を失った今の状態であっても、浄化の小宇宙を操れるように──誓約の守護者としての、権能を振るうことが出来る」

 

 徐々に力を失っていく教皇さんの眼を覗きながら、俺は言葉を放った。

 

「名を──()()()()。人が、神の使者となる古の契約だ。一度結べば、眷属となった人間は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。擬似的な不老不死の存在となる」

 

「・・・そ、れは・・・」

 

「分かっている。戦神アテナに仕える人間・・・それも、聖域の教皇に対してする提案ではないことは、十全に理解している。だから決して、強制はしない。それに、現状、この契約には致命的な問題があるんだ」

 

「問題とは・・・?」

 

「・・・これは、俺がアポロンに力を封じられている影響で生じた欠陥なんだがな。──現状、この契約は、俺が完全に力を取り戻すまでは、破棄することが出来ない状態にある。つまり、ここで契約をし、教皇さんが十分に快復したとしても・・・直ぐに元の人間に戻ることはできないという訳なんだ」

 

「・・・ふむ」

 

「さあ、選んでくれ。女神を奉ずる聖域の教皇よ。冥界へと旅立つか、俺の手を取り、生きて戦い続ける未来を進むか──二つに、一つだ」

 

「・・・・・・」

 

 真剣な声音で告げると、俺は、右手を前へと突き出した。

 片手は教皇さんの傷口へと翳した状態を続けているが、正直そろそろ体力も限界に近づいてきた。

 残された時間は、あと僅かもない。

 だが、少しでも、目の前の人間に、己の未来を考える時間を作って──、

 

「では、結ぼうか」

 

「・・・へ?」

 

 血塗れの小さな右手を、氷のように冷たく、同時に陽だまりのように温かい人の手が、優しく握り返した。

 躊躇いなく発せられた一言に困惑し、顔を上げると、教皇さんが唇を動かした。

 

「我が名は()()()牡羊座(アリエス)の黄金聖闘士として前聖戦を戦い、過去と次代を繋ぐ(かすがい)として、聖域を統べる教皇なり。地上の平和の為に死していった同胞達に報いるためにも、私は戦う。・・・これまでも、そして、()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ──」

 

 瀕死の賢者は、青白く血の気の失せた顔で、穏やかな笑みを浮かべて言い切った。

 どこまでも澄んだ紫の瞳が、きらきらと光を湛えて、俺を見つめている。

 それが、教皇さん──()()()の、答えだった。

 

「・・・お前の覚悟、(しか)と受け取った」

 

 歴史を紡ぐ人の子よ。

 過去の想いを継ぎし戦士、教皇シオンよ。

 ()()()()()()()()()()()()()()、お前が未来を望むなら、俺は応えよう。

 深く瞑目すると、俺は両手でシオンの手を包み込み、

 ──高らかに、(うた)った。

 

 

「天を駆ける、闇夜の星々よ。混沌を束ねる、古の契約よ。太陽神ヘリオスの名の下に、我此処に汝らに誓う。

 ・・・天空(そら)のいましめ解き放たれし、凍れる黒き虚ろの流れよ。我が力、我が身となりて、共に滅びの道を歩まん──ッ!」

 

 瞬間、光が生まれた。

 凄烈なる陽光は、粒子となって舞い上がり、やがて一点に集うと、

 

「ッ──!」

 

 彗星の如き軌跡を描きながら──シオンの心臓を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 







閲覧並びに、お気に入り登録や評価、はちゃめちゃに温かい感想など、本当に有難うございます。
ランキング載っててびびりましたが、励みに頑張りたいと思います。

二つに分岐するルートのうち、どちらを選ぶかで大変時間を要しました。
今後ものんびり投稿になると思いますが、読んでいただけると嬉しいです。
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