マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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2話 神に薔薇を投げるんじゃない

 

 

 赤、白、黒、鮮やかな色をした美しい薔薇の群れが、毒の雨となって俺を襲う。

 

「あぁぁぁぁッッ!! この鬼! 悪魔! アフロディーテッ! 俺を殺す気か!」

 

「なんだ、避けられているではないか。その調子で頑張れ」

 

「俺は投げナイフの的じゃないんだよ! ひっ──!?」

 

 紙一重で避けたと思った黒薔薇の花びらが、突如として拡散し、俺を取り囲むようにして渦を巻いた。

 こ、こんな薔薇があってたまるか・・・! 

 なけなしの小宇宙を操って、どす黒い花びらを燃やしていく。

 

「ほお、意外とやるな。薔薇に込める小宇宙を減らせば対処ができるらしい・・・また一つ、君の正体の謎が増えたな、自称太陽神よ」

 

「さっきから白い薔薇が心臓を狙ってきてるように見えるんだけど!?」

 

「あぁ、それはブラッディローズといってな。奥の手ゆえ、本来は何発も放つことはないのだが・・・フッ、動く的が得られるとは、私も運が良い。感謝するぞ、ヘリオス」

 

「こんなことで感謝されたくないわ・・・!」

 

 泣き叫びながら悪魔の薔薇から逃げ続ける。

 こんなことになるのなら、勝手にアフロディーテの薔薇に触れなければよかった・・・! 

 数刻前の己の行動を思い返し、深く後悔する。

 

「・・・君が私の魔宮薔薇(デモンローズ)を勝手に手に取り、毒の香気をムカつく程の満面の笑みで吸い出したときは怒りと焦りとで頭がどうにかなりそうだったが・・・まさか、毒が効かないとは・・・ふ、ふふ、これで私も心置きなくストレス発さ・・・鍛錬ができる」

 

「おい今ストレス発散って言ったろ・・・! 正体見せたなこの野郎! こんな幼気な姿になって弱った神を虐めて楽しいか──!?!?」

 

 ザクザクザクザクッッ──!! 

 嫌な予感がして屈んだ瞬間、後ろの岩から聞こえてはいけない音が鳴り響いた。

 

(・・・しっ、死ぬ・・・! このままじゃ確実に殺される──!!)

 

 滝の様に流れる汗と涙がグチャグチャに混じり合い、正直言って気持ち悪い。

 こんな顔、死んでも可愛い姉妹には見せられないぞ。

 一瞬にして兄としての尊厳が死に絶える。

 

「アポロン、父上・・・! 太陽(そこ)に居るのなら助けてくれ!!」

 

 駄目元で太陽に向って叫ぶ。

 しかし、天高く輝き、眩い陽光を放つ光球からは、何の答えも返ってこない。

 

 はは・・・もしかして俺は、友にも親にも見限られて、天界を追放されてしまったのだろうか。

 

「! ・・・しまっ──」

 

 柄にも無い一瞬の無駄な思考が、仇になったのだろう。

 眼前まで迫った赤黒い薔薇に、対処が遅れる。

 岩をも貫く魔の薔薇だ、真面に食らえば一溜まりもないだろう。

 

「・・・ふむ、まぁ、こんなところか」

 

 前方から、緊張感のない声が響いた。

 硬直する俺の目の前で、赤薔薇がピタリと停止する。

 

「・・・あ、あれ?」

 

「今日はこのぐらいでいいだろう」

 

 色白い指で赤薔薇をくるくると回しながら、アフロディーテは満足そうに言った。

 離れた場所にいたはずの少年が、一瞬で俺の目の前へと移動している。

 どうやら、投擲した薔薇よりも早く移動して、掴み取ったらしかった。

 

「鍛錬とはいえ気を抜けば命を落とす。肝に銘じておくのだな」

 

「・・・・・・」

 

 なるほど、真理だ。

 だが一つ問題がある。

 

「お前にとっては鍛錬かもしれないが、俺にとってはただの拷問なんだよ・・・!」

 

 良い運動したなあ、といった風の、巫山戯た顔をした少年へと抗議する。

 確かに、勝手にアフロディーテの薔薇へと手を伸ばした俺にも、負い目はあったかもしれない。

 だけど、それにしたって酷すぎる。

 暴力反対! と声を上げると、聖闘士候補生の少年は、俺の訴えを却下するかの如く鼻を鳴らした。

 

「ふん、居候が何を言うか。・・・しかし、青銅聖闘士なみの実力を持っていたとはな、正直驚いたぞ。捨て置くには勿体ない・・・どうだ? この地上の平和のために、私達と共に戦う気はないか」

 

「女神の聖闘士になれって? ・・・冗談だろ、何度も言うが、俺は太陽神ヘリオスなんだ。アポロンを馬車に乗せてペガサスの手綱を引くことがあっても、戦神アテナのために戦えるわけがないじゃないか」

 

 至極まっとうな理由でもって、アフロディーテの提案を退ける。

 そもそも我が父と母様は、大神クロノスを王と崇め、忠誠を誓っているティターン十二神なんだ。

 それなのに、後裔の俺がアテナの戦士になってみろ・・・消し炭では済まないぞ。

 

「全く・・・また太陽神設定(それ)か。何度も言うが、それは君が自らの存在を守るために創り出した、妄想のようなもの。記憶が戻ってから悶えたくなければ、その穴だらけの設定は捨てさるべきだ」

 

「・・・俺が慈悲深い神でよかったな、アフロディーテ。我が父ヒュペリオンに同じ事を言ってみろ、直ぐさま紅炎大剣(プロミネンスブレイド)の餌食になるぞ」

 

「はぁ・・・相も変わらず意味のわからんことを・・・もういい、小屋に帰って夕食の準備をするぞ、三流神ヘリオス」

 

「こ、こいつ・・・! 俺が一番気にしている言葉をッ・・・!!」

 

 全身をわなわなと震わせながら、俺は先を行く少年の背中を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻腔に流れてくる草花の心地よい香りが、俺の胸を満たしていく。

 遠い空を眺めながら、眩しい陽光に目を細める。

 

 アフロディーテに拾われてから、一月余りの時が流れた。

 

「そろそろ真面目に、天界に戻る方法を探さないといけないな」

 

 虚空に一人呟いて、溜息を吐き出した。

 時間が経てば元の力も戻ってくるだろうと思い、地上での日々を楽観的に過ごしていたのだが、どうやらそろそろ動き出さねばならぬらしい。 

 未だ太陽神としての力は回復せず、あるのはその残りかすのような儚い小宇宙だけ。

 力を殆ど失ってしまった理由も、地上に落ちてしまった原因も、何もかもが分からないままだ。

 

「・・・父上達のみならず、馬車を引いてくれるペガサス達も、呼びかけに答えてくれないとはな・・・流石に洒落にならなくなってきたぞ・・・」

 

 というか、ほぼほぼ詰んでしまっていて、笑えない。

 力が戻ってくれさえすれば、簡単に天界の神域へと転移ができるというのに。 

 残るあては地上に降臨している神に、天界に戻る手助けをしてもらうくらいだろうか。

 

「・・・女神アテナはまだ降臨してないって話だったし・・・はぁ、他の神がどこで何をやってるのかなんて知らないぞ、ちくしょう・・・」

 

「・・・先程から一人で何を呟いているんだ、君は」

 

「あぁ? こちとら目の前の悪魔から一秒でも早く逃げるために必死になって帰る方法を考えてるんだよ、邪魔しないでくれ」

 

「ほう、どうやら今突き刺さっている薔薇では足りないらしいな?」

 

 アフロディーテは、誰もが見とれてしまうような美しい微笑を浮かべて言った。

 右手で凶器(バラ)を弄びながら。

 

「な、納得できない・・・こんな顔面詐欺暴力男が、地上の平和を守る聖闘士の候補せ──痛ッ! 刺すな! その薔薇で俺の頭を突っつくな!!」

 

「フッ、脳内お花畑の君のことだ・・・頭に直接薔薇を生やすのが本能なのではないかと思ってな」

 

「発想が恐ろしすぎるわ!」

 

 ゼーハーと荒い息で突っ込みをいれつつも、身体に刺さっている忌々しい薔薇を抜き取っていく。

 ええい、誰だ、この少年にこんな恐ろしい技を授けた者は。

 こういうときはビシッと言ってやらないと、この少年の将来のためにもならないだろう。

 

「いいか、アフロディーテ。薔薇は投げるものでも神に突き刺すものでもない。・・・花は愛でてやるものだ。だからもう俺にその毒々しい凶器を向けるのはやめような?」

 

「花は愛でるもの・・・? あぁ、なんだ、言っていなかったか。私が目指す魚座の聖闘士はな、代々魔の薔薇を操ることによって女神へと続く道を守り、邪悪なる者達と闘ってきたのだ・・・この毒の薔薇は魚座の聖闘士としての象徴であり、誇りだ。けして譲ることはできない」

 

「・・・なぁ、一ついいか」

 

「なんだ?」

 

「ここ数日のスパルタ勉強会で言ってたよな? 『この世に邪悪が蔓延るとき、己の肉体()()を武器として、女神の元で闘うのが聖闘士である』・・・と」

 

「そうだな」

 

「武器を使うのは無粋だとか卑怯だとか、女神なりに拘りがあるんだなあって流して聞いてたけど・・・薔薇を武器をして使っているだけでなく、毒で敵の動きを止めたりするのは、その・・・大丈夫なのか? めちゃくちゃ卑怯なんじゃ・・・」

 

「・・・・・・」

 

 純粋な疑問を口にした瞬間、スウッ、とアフロディーテの目の色が変わった。

 まるで、大切なものを馬鹿にされた者が、静かに牙をむき出すような。

 ──不味い、本気で怒っている。

 無言で白薔薇を取り出し、小宇宙を燃やし始めた少年を前に、脳内で警報音が鳴り始めた。

 

「ここにいたのか、アフロディーテ。ヘリオスも一緒だったのだな」

 

「ば、バンダナの男っ! 丁度良いところに・・・!!」

 

 突如現れた救世主の存在に、安堵の声が漏れ出た。

 なんて良いタイミングで現れてくれるんだ、神か、お前も神だったのか! 

 悪魔から逃れるためにも、飛びつく勢いでバンダナの男の元へと駆けていく。

 すると、男の後ろに隠れるようにして、金髪の少年が佇んでいたことに気がついた。

 年齢はアフロディーテよりも僅かに幼いくらいだろうか。

 

「・・・・・・射手座のアイオロス・・・その後ろにいる者は?」

 

「私の弟の、アイオリアだ。獅子座を目指し修行中の身の上でな。直に魚座となるであろう、お前の鍛錬の様子を見せてやろうかと思って来たのだ」

 

「・・・兄さん、どうしてこの人は頭に薔薇を生やしているのだ?」

 

 明らかに不審な人物を見る目で、金髪の少年アイオリアは俺を指さした。

 バンダナの男──アイオロスは、弟の質問に答えようと口を開くが、俺の頭部に視線を移すと、困惑顔で閉口してしまう。

 

「・・・・・・兄弟揃って、そんな目で俺を見ないでくれ・・・」

 

 純粋そうな人間の、可哀想な者を見る目は割と効く。

 アフロディーテめ、物理的にだけでなく精神的にも俺を痛めつけてくれるとは。

 恨みの籠もった目線で悪魔を睨めつけるが、少年は素知らぬ顔で髪を梳いていた。

 ・・・こ、この野郎、覚えておけよ.

 抜き忘れていたらしい薔薇を引っこ抜いて、俺は泣きながら心の中で呪詛を吐いた。

 

「ふむ、報告を聞いてはいたが・・・毒の薔薇をものとはしないとはな・・・」

 

「? 何か言ったか、我が救世主、アイオロスよ」

 

「・・・いや、独り言だ、気にしないでくれ。・・・それよりも、先程は何やら面白い話をしていたようだな」

 

「面白い話・・・?」

 

 聞き返すアフロディーテに、アイオロスは朗らかに笑って話しを続ける。

 

「"薔薇は武器に入らないのか"、"毒は卑怯にはならないのか"、というヘリオスの言葉が少々気になってな。・・・確かに、不思議に思っても仕方のないことだ。聖闘士は、己の身体を武器として闘う者を指すのだから」

 

 自らの右拳を胸の前に掲げながら、男は「だが、」と言葉を置いて、雄々しい顔で俺に言った。

 

「薔薇も、毒も、全てが魚座の──アフロディーテの小宇宙によって形作られたもの。つまり、その魔の薔薇は、我々聖闘士の拳と何ら変わらず、闘士の身体に等しい存在なのだ」

 

「・・・? えっと・・・毒も薔薇も、その全てを含めて、聖闘士という一つの武器として完成する、という事か?」

 

「あぁ、その理解で合っているよ。私の纏う聖衣とサジタリアスの弓矢も、私の小宇宙がなければ物言わぬオリハルコンの塊なのだからな」

 

「なるほど・・・目に見える形だけで判断してはならないんだな」

 

 なんとも、聖闘士とは奥が深い存在なようだ。

 唸るように喉を鳴らし、納得していると、アイオロスは微笑を湛えながら、今度はアフロディーテに視線を移した。

 

「フッ、分かって貰えたようでなによりだ。・・・故にこそ、"卑怯だ"と言われて憤ってしまったのだろう? アフロディーテよ」

 

「・・・えぇ、仰るとおりです」

 

「そ、そうだったのか・・・いや、そういえば"譲れない誇りだ"って言ってたもんな。・・・何も考えず卑怯だとか言って悪かったよ、誰だって大切なものを否定されたら、怒るもんな」

 

 心の底から、少年に謝罪する。

 自覚の無い間に、俺はアフロディーテの誇りを傷つけてしまっていたのか。 

 神だとか人間だとか、そういった話は関係ない。

 他者の価値観は頭ごなしに否定してはならない、尊重するべきものだと父上から教わったのだった・・・あぁ、まだまだ俺は未熟な神だ。

 

「・・・・・・はぁ、君という奴は・・・」

 

「?」

 

 悩ましげに、アフロディーテは小さく息を吐き出した。

 謝罪の言葉が足りなかったのだろうか、と顔色を伺っていると、少年は俺の目を見据えて、言葉を発した。

 

「・・・・・・私も、聖域に来てたった一月の者に対して取る行動としては、稚拙が過ぎた・・・済まなかったな」

 

「・・・えっ?」

 

「・・・なんだ、何か不満でもあるのか?」

 

「い、いや・・・お前の謝罪の言葉とか、初めて耳にしたから・・・純粋に驚いた」

 

「君、そういうところだぞ・・・!」

 

 そういうところって、どういうところ・・・? 

 眉間に皺を作るアフロディーテの言葉に、首を傾げるが、幾ら考えても答えは出てくれない。

 

「ふむ・・・人馬宮に来るアフロディーテが毎度毎度死んだ魚の様な目をしていたため、食い合わせが悪かったのかと心配していたが・・・この様子なら何も問題はなさそうだな」

 

「「──!? 問題しかないッッ!!」」

 

「・・・ヘリオス」

 

「・・・アフロ」

 

 バチバチと、俺と悪魔との間に火花が舞う。

 

「・・・私の真似をするな! 自称太陽神の駄目神が!」

 

「こっちのセリフだ! この不敬者ッッ!」

 

「「──今日という今日こそは、その曲がった根性を叩き直してくれるッッ!!!」」

 

 掴み合いの取っ組み合い、男と男の戦いが始まった。

 九割九分結果が見えていようとも、譲れないものの為に、俺は邪神アフロディーテに立ち向かっていく。

 熱い涙を撒き散らしながら。

 

「はははっ、元気な者達だ」

 

「に、兄さん、止めた方がいいんじゃ・・・」

 

「アイオリアよ・・・男はな、己の信念をかけて、闘わなければならぬときがあるのだ・・・例えどれほど下らな・・・小さな理由であろうともな・・・。そら、決着がついたようだぞ」

 

 戦闘時間、一分にも満たず。

 勝者は両手をはたき合わせ、埃を落とす邪神アフロディーテだった。

 ハリセンボンのように、背中に薔薇を生やしながら、俺は涙で地面を濡らした。

 

「こ、の・・・ッ! そんなに強けりゃ俺を的に鍛錬なんかしなくても、余裕で魚座になれるだろ!」

 

「何を言うか、魚座になるのがゴールではないのだぞ? 地上の平和を守るためには、聖闘士となってからも修行を続ける必要がある」

 

「ぐっ・・・」

 

 正論過ぎて何も言い返す事が出来ない。

 ・・・いや、それでも俺がアフロディーテの鍛錬に付き合う必要はないはずだ。

 やきもきしながら、俺は言葉を発する。

 

「・・・大体、どうしてお前達は戦うんだ」

 

「なぜ、戦うのだと? 何度も言っているだろう──」

 

「──地上の平和を守るため? それは、本当にお前達がやらなければならないことなのか? 傷に塗れて、痛みを堪えて・・・人間は神とは異なり、不死ではないんだぞ。それなのに、何故、命を懸けられる? ・・・死が、怖くはないのか」

 

 予てよりの疑問を口にする。

 死ねば、そこで全てが終ってしまうというのに、なぜ、戦うのか。

 人間たちの考えは、心底理解することができない。

 いつかは寿命を迎えて死に行く運命なのなら、生き急ぐことになんの意味があるのだろうか? 

 

「・・・フッ、まるで神のようなことを宣う・・・理由など、問うほどのものではないさ」

 

 穏やかに、射手座の男は優しく微笑む。

 エメラルドの眼を、夜空の星のように輝かせながら。

 

「私達人間には、譲ることの出来ない信念がある、誇りがある・・・そして何よりも、"守りたいものがある"」

 

 自らの傍らに立つ弟の頭を撫でながら、その者は言う。

 

「私は、その大切なものを、この手で守りたいと切に願うのだ・・・どこかの誰かでもなく、己自身の覚悟と勇気で。・・・故に、私は女神アテナに誓った。例え、何度倒れ、膝を突き、熱き血潮で大地を汚そうとも、守るべきもののために、全身全霊を懸けて、この拳を掲げ続けると」

 

「・・・死んでしまっても、構わないと言うのか?」

 

「戦う以上、命を落とすこともあるのだろう。死を恐れていないわけではない・・・だが、命を懸けてでも守りたいものがあるのだと、この胸が叫ぶのだ。だからこそ、私は前へと進み続ける、後悔のない未来を紡ぎ出すためにも」

 

「・・・・・・命を懸ける、価値のあるもの・・・」

 

「ヘリオスよ、君にもあるはずだ。自らの全てを懸けてでも守りたいと希い願う、大切な存在が」

 

「・・・・・・」

 

 全てを懸けてでも、守りたいもの。

 そんなもの・・・考えてみたこともない。

 不死の存在であるこの俺が、神が、己よりも何を優先する? 

 

『────相も変わらず、お前は神としての自覚が足りていない』

 

 ふと、記憶の底に埋もれる、誰かの声が蘇った。

 

『──神が守るべきモノとは、己を信じる民──そして、理想郷を生むために想いを分かち合う同胞だ」

 

 漆黒の長髪、威厳の籠もった力強い言の葉。

 しかしながら、その紅蓮の瞳はどこまでも温かく、見ているだけで、ちっぽけな俺の魂を安寧へと誘ってくれる。

 

『いいか、ヘリオスよ。信じるものがあってこその世界・・・そして、守るべきものがあってこその未来なのだ。想いの伴わない未来になど、幸福は在らず。・・・お前は未だ、崇める王も、守るべき民も持たぬ自由な存在だが・・・私に報告するぐらいの、掛け替えのない友ができたのだろう?』

 

 悲しげな微笑みを湛えながら、その者は言葉を紡ぐ。

 

『努々忘れるでないぞ? ・・・失ってからでは遅いのだ。譲れぬほどに価値を見いだしたものが出来たのなら、最後まで守り抜け・・・──私の息子であるのなら、それくらいは造作もないことのはずだ』

 

「そ、の声は・・・ちち、うえ・・・?」

 

 なんだ、この記憶は。

 なぜ父上は、これほど悲愴な表情をして──、

 

「・・・────リオス、おい、ヘリオス!」

 

「──っ!」

 

 両肩を思いきり掴まれて、意識が現実へと引き戻される。

 

「・・・・・・アフロディーテか、どうしたんだ」

 

「どうしたのかではない・・・! 声を掛けても反応がないどころか、死者のように肌が真っ白ではないか」

 

「・・・お前の薔薇のせいなんじゃないのか」

 

「血は抜けていないだろう。・・・何を思いだした?」

 

「・・・・・・」

 

 忘れてはならない、父の言葉を。

 そう口にしようとするが、どうせ言っても信じてはくれないのだろうと、言葉を変える。

 

「別に、何も・・・ただ、アイオロスが言ったことの意味は、少しは理解できた・・・俺にも、守りたい者達がいた」

 

 偉大なる父上、優しい母様、可愛らしい妹達、そして、三流神の俺を対等に扱ってくれた、大切な朋友。

 俺は、痛いのは嫌いだし、戦いも好まない。

 父上や友に比べれば、力のない神だ。

 だけど、大切な者達のためなら、俺はきっと、拳を握ることが出来る。

 不死の命を、懸けられるのかもしれない。

 

「感謝する、射手座のアイオロスよ・・・本来ならば、大切な事を思い出させてくれたお前とその弟に、加護を増し増しで与えたいところなんだが・・・この礼はいつか必ずしよう」

 

「ははは、それはそれは、これからが楽しみだ。・・・ヘリオスよ、今日はもう帰って休むと良い。鍛錬の様子はまた別の機会に拝見するとしよう」

 

「んん? ・・・アフロディーテは元気そうだけど? 今見ていけばいいんじゃ・・・」

 

「先程のお前達を見て分かったのだが、ヘリオスを相手にする方が、普段よりもアフロディーテの動きに切れが生まれるらしくてな。アイオリアに見せるのなら、断然動きの良い方がいいだろう?」

 

「──!?」

 

「なるほど、それならば後日」

 

「うむ、それではな」

 

 金髪の少年を連れて、バンダナの男、もとい裏切りの救世主は何処かへと消えていった。

 

「・・・・・・これが、人間のやることかよ・・・」

 

 遠い天界(こきょう)を想いながら、俺は人の恐ろしさを心に刻み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




エピソードG読了した影響かは知らないんですけど、アイオリアとアイオロスの話し方が迷走してます。アフロディーテも敬語キャラでしたし、うん。
ところで黄金魂ってレンタル屋さんにありますかね・・・。
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