心地よい微風が頬を撫でる。
神殿の外れ、草花の生い茂る、美しい園にて、
俺は一柱、つい先日に発現した『浄化の小宇宙』を使いこなすための鍛錬に打ち込んでいた。
自らの胸の前で両手を翳し合わせ、魂の奥底に眠る小宇宙を呼び覚ます。
意識すると同時に、淡く、儚い光芒が、手の内に宿った。
『・・・はあ』
まだまだ弱い陽光だ。
俺は少し落ち込んで、小さく息を吐き出した。
こんなものでは、父上のような立派な太陽神にはなれやしない。
・・・しかし、鍛錬初日に比べれば、小宇宙の濃度は幾分か高くはなったか。
『着実に、成果は出ている・・・なら、落ち込むだけ時間が勿体ないな』
自らに言い聞かせるように言うと、俺は再び意識を魂の内へと集中させた。
静かな水面を少しずつ震動させることで、波紋を生み出し、やがて巨大な流れを創り出すかのような、力の流れを想像する。
小宇宙とは、命。
そして、命とは、宇宙なのだ。
小宇宙を燃やすこととは即ち、自らの命、自らの内に広がる宇宙を糧とし、思いを体現する行為に相違ない。
つまり、自らを知ることにより、小宇宙はより濃度が高く、また強大な奇跡を発現する力となってくれるのだ。
生まれ持った神の力だけに頼っていては、父上のような、偉大な太陽神にはなれない。
集ってくれた天馬達だけに頼っても、世界を照らすことは出来はしない。
だから、向き合うんだ。
己の命そのものである小宇宙と向き合って、俺は、前に進まないといけないんだ。
『随分と、励んでいるのだな、ヘリオスよ』
『・・・! 父上!』
背後から聞こえた声に、自然と口角が上がる。
勢いよく振り返ると、そこには大好きな父ヒュペリオンと、母ティアの姿があった。
『母様まで! どうしたのです、確か今日は、クロノス王の下へ用があるのだと伺っていましたが・・・」
『その用が早く済んだので、こうして、鍛錬に打ち込む息子の元に来たのですよ』
知の女神たる母様は、優しい微笑みを浮かべて言うと、俺の手に宿る小宇宙をじい、と見つめ始めた。
いつにもなく真剣な眼差しを向けられ、思わずたじろいでいると、父上が小さく呟いた。
『やはり、この小宇宙は・・・
『え?』
『父の言うとおり・・・ヘリオス、貴方は自らの力について、一度、顧みる必要があります』
『・・・母様まで・・・一体、俺の小宇宙のどこが危険だと言うのですか』
最愛の両親に突きつけられた言葉に、弱々しく返す。
すると、眉尻を下げた俺に向い、父上が口を開いた。
『ヘリオスよ、お前にとっての小宇宙とは、なにか』
それは、研ぎ澄まされた刃を彷彿とさせる声音だった。
『・・・俺にとっての、小宇宙? ・・・それは、以前にも申し上げた通り、"願い"です』
そう、願うこと。
それこそが、力の無い俺に許された唯一であり、適正だった。
"光に照らされた万物が、良き方へと導かれますように"
そんな想いが、やがて"浄化"という性質へと昇華し、今の俺の小宇宙となったのだ。
『では、ヘリオス。貴方の言う"良き方"とは一体、何なのですか?』
今度は、母様が問い掛けた。
『それは・・・』
僅かに口を噤んでから、俺は言った。
『・・・良き方とは、皆が困難や苦痛に支配されず、哀しい運命に慟哭を上げることもない・・・そう、誰もが笑顔で、明日に不安もなく、健やかに日々を生きることが叶う、平和な世へと向うことなのだと思います』
『それは、例えば?』
『呪いは祝福に・・・生者を苦しめる毒は、無害な物質に変えること。冥界へとたどり着けずこの世を彷徨う魂は、輪廻の輪へ送ること・・・そして、他者を傷つけ自らの益とする、邪悪なる悪徳を許さず、滅することです』
『・・・──なるほど、お前の考えはよく分かった』
父上は静かに頷くと、俺の眼前まで歩みを進めた。
導かれるようにして仰ぎ見る。
すると、形の良い口が開かれると同時に、深紅の瞳が俺を射貫いた。
『では、私は──お前の小宇宙により、滅ぼされることになるのだな』
『──っ!? な、んで・・・俺が父上を滅するなど、有り得ません!』
『お前が言う"善い"とは、そういう意味なのだぞ』
父上は草花の茂る地へと片膝をつけ、俺に目線を合わせると、言った。
『ヘリオスよ、この世には、絶対の正義も邪悪も、在りはしないのだ。皆が皆、自らの正義を持っている。故に、他者に邪悪と評される存在があったとしても、それもまた一つの正義の形でもあるのだ』
『・・・邪悪が正義? ・・・ですが、父上は邪悪なんかじゃありません』
『それは、お前がそうだと評しているにすぎぬことだ。私は正義でもあり、また我が大剣により死した者達にとっては、邪悪な存在でもある。・・・よいか、ヘリオスよ。まだ儚いが、お前が獲得した浄化の小宇宙は、お前が邪悪だと判じた存在を滅する恐れのある、一方的で、危険な力なのだ』
『そんな・・・俺は、そんなつもりじゃ・・・!』
『誰かを守る誓いの元に生み出された毒があるのかもしれない。自らの意思で冥界へと旅立たぬ魂がいる可能性もある。主観と見てくれだけを判断基準としていれば、気付かぬ間に、誰かの想いを踏み躙ることとなる』
『・・・・・・』
・・・違う。
俺は、誰かを排したいが為に、鍛錬をしていた訳じゃない。
弱い俺のせいで誹られる家族を、守りたかった・・・ただ、それだけなのに。
俯き、項垂れる。
すると、前方から小さく息をつく音が聞こえた。
『なに、私もティアも、お前を責めている訳ではない・・・寧ろ、誇らしいぐらいなのだぞ、ヘリオスよ』
『俺が、誇らしい?』
『そうだ』
誇りの宿った父の手が、戸惑う俺の頭に触れた。
どこまでも優しく、そして、どこまでも力強い光を瞳に映して、父上は言葉を紡いだ。
『お前は自らの未熟さから逃げず、向き合うことの出来る強い者だ。ならぱ、強きお前に必要なのは、憂いではなく経験だ。研鑽せよ、ヘリオスよ。万物を見極める目を培い、身に宿った力に相応しい、心を磨くのだ』
『っ・・・父上』
『貴方は我らの自慢の息子・・・安心なさい、守るべきものを持つ神は、気高く、強い。父に憧れを抱く貴方ならば、その意味を理解することは容易いでしょう』
母様は父上の傍らで身を屈めると、美麗な相貌を花のように綻ばせて言った。
『母様・・・』
反射的に緩む目元を乱暴に拭うと、俺は精一杯の笑みを唇に乗せて、言葉を放った。
『有難うございます・・・! 未熟な俺では、父上と母様がくれた言葉の全てとその真意は、まだ、知るよしもありません・・・だから、俺、強くなります。力だけじゃなく、心も強い神になって、セレネもエオスも、父上も母様も守ることができるような、立派な太陽神になってみせます!』
──だからどうかその時まで、この小さな太陽を見届けてください。
父上、母様。
俺は必ずや、貴方達の期待に応えてみせますから。
────
「・・・あぁ」
複雑な想いに耐えきれず掠れ声が喉から漏れ出た。
それは、余りにも、懐かしい記憶だった。
友に出会うよりも更に昔の、遠い遠い遙かな過去の断片。
魂の奥底に大切にしまわれて、気づけば埋もれてしまった、決して忘れてはならぬ、輝かしい理想郷。
──二度と戻らない、幸せだった日々の名残り。
「どうして・・・今までずっと、忘れていたんだ・・・」
自らの記憶に生じた異変に、小さく呟いた。
どんなに時が経とうとも、忘れようとしても消すことの出来ない、そんな思い出だったはずなのに、何故。
けっして見過ごすことの許されない異常事態に、俺は自らの記憶を巡り直さなければならないと結論を出して、
──閉ざされた目を、開いた。
「・・・──へ?」
しかしながら、視界に広がる世界を、直ぐさま理解することはできなかった。
それは、目慣れた風景ではあった。
だが、太陽としての役を担っていない今では、可笑しな光景だとしか判断のできないものだった。
「・・・・・・嘘、だろう」
何度も瞬きを繰り返すが、現実は変わらない。
・・・──蒼。
視界に映るのは、どこまでも広大な、深く透き通った蒼い空!
「っ──空・・・しかも、落ちてるのか、俺はあああ!?」
ゴウッ!! と、恐ろしい爆風に呑み込まれながら、
耳元で唸る、怪物の嘶きが如き重低音。
全身を切り裂かんと押し寄せる烈風に、全身を熱く貫く天の陽光。
状況の理解が追いつかない。
きらきらと、七色の光を反射し虚空に溶けていく結晶を視界に納めながら、俺は必死に思考を回し始めた。
・・・異次元の最果てに迷い込み、意識を失った瞬間までの記憶はある。
だが、傷だらけだった身体も、尽き掛けた小宇宙も、かなり回復してる。
(・・・治療の痕跡はない・・・だとすれば、サガの小宇宙と、俺の霊血により自然治癒が為されたと考えるのが順当だが・・・それでは、俺が感覚で掴んでいる以上に時間が経過していることになるな・・・!!)
異次元空間と現世の時の流れは同一ではない。
しかし、この訳の分からないうえに、シオンとアイオロスの姿がない現状は、正直言って致命的だ。
「契約主である俺が生きている以上、シオンもアイオロスも、生きてはいるのだろうが・・・!!」
二人は、無事なのだろうか。
途轍もない速度で地面へと降下していくなか、俺は吐き捨てるようにして声を荒げた。
全盛期の力があれば、眷属者を召喚する術を使用するだけでシオンとアイオロスの二名と合流することが叶うのだが、残念ながら今の俺にそんな神力はない。
「・・・っアネモス、カノン・・・サガ。・・・頼む、皆、無事でいてくれ!」
顔にかかる緋色の髪を手で払いながら、俺は奥歯を強く噛み締め覚悟を決めた。
一先ずは、着地の準備を・・・──自らが生き抜くことに集中するんだ!
俺は天に輝く光球を背にするようにして、身体を反転させた。
最早この命は、俺一柱のものではなくなった。
安易な死は許されてはいない。
俺は恩人たる戦士の命を繋ぎ止め、また自らの本懐を遂げる為に、生き続けなければならないのだ。
「陽光よ、我が意に従え──!!」
自らを奮い立たせるように吼えると、俺は両手を地上へ向けて翳し合わせた。
このまま落ちれば死は必然。
故に、地面に接触する寸前に特大級の浄化炎を放ち、落下の勢いを相殺しつくす。
かなり危険な方法ではあるが、宙に浮くことも転移もできない以上、それしかない。
両手に集めた小宇宙の煌めきが、空気の層を広範囲に叩き、僅かではあるが落下の速度を減少させる。
気休め上等、少しでも、生存率が上がればそれでいい。
目視による着地点の確認も終了。
このまま突っ切って問題なし!
浄化炎を放つ準備も万端に済み、地上までの距離が百メートルを切ろうとした、
──その時。
「っ──!」
俺は大きく目を見開いた。
最悪だ。
迫り来る地上に、突然、
恐らく、いや確実に、自ら達の上空に、俺が現れたことには気が付いてないだろう。
僅かな逡巡も許されぬ局面で、俺は毒づきたくなる衝動を抑え声を張り上げた。
「──そこのッ!! 頼む、動かないでくれッ!!」
「「なに!?」」
「──え?」
──このまま広範囲に小宇宙を叩きつければ、彼等が死ぬ。
普段とは異なり、今放とうとしていた浄化炎には、降下の勢いを相殺する程度の殺傷力があるのだ。
ただの人間に当たれば、助かることはまずないだろう。
だが、このまま何もせずに落ちれば俺が死ぬ。
ならば、小宇宙を操り、彼等に当たらぬように、広範囲に向ける予定だった炎を一点に絞るほかない。
・・・そう、シオンと力を重ねサガへと解き放った、真っ直ぐな光の軌道を、今度は俺が一柱で再現すれば・・・!
「──ハッ」
身体中痛むが、この程度の損傷具合ならば、やってやれないことはない。
俺は広げた両の手を握り合わせ、腕を真っ直ぐと伸ばすと、渾身の叫びを上げた。
「一点収束──光槍・
ドッ!! と轟音を響かせ、一条の光線が地面を深く抉り、赤く染め溶かした。
増しに増された降下の勢いも相殺され、俺は二回転を経て大穴の空いた地面の近くへと激突。
何とか落下死を防ぐことに成功した。
凄まじい余波に、三つの人影のうちの一つ──大柄の、
「よかった・・・何とか、人間を巻き込まずに済ん──」
「ッ──死ぬな!! エスメラルダッ!!」
「──、」
見えざる糸に引かれるようにして、俺は声のした方へ首を傾けた。
そこには、涙を流す黒髪の少年と、少年の逞しい腕に抱かれ力なく瞼を開ける、金髪の少女がいた。
荒野に咲く一輪の花のように美しい少女の腹部には、その白く柔らかい肌には似合わぬ、赤黒い血痕が現れ、広がっていった。
「お、のれ・・・拳が、僅かに逸れたか・・・フッ、だが、脆弱な娘の命では・・・そう長くは保たないだろうよ・・・」
「──何故だッ!! エスメラルダは俺の修行とは無縁のはず! なのに、何故、何故っ・・・彼女に手を下したのですか、師よ!!」
「バカめ、その娘は貴様が殺したのだぞ。敵にとどめをさせん、貴様の甘さがな・・・」
「ッ!」
鬼の形相で叫ぶ少年と、後方にて地に這う、仮面の男の口から放たれた言葉に、俺は目の前で起きた事態を僅かながらも把握した。
細かい事情は分からないが、仮面の男が少女──エスメラルダに拳を放ち殺そうとしたタイミングで、俺が現れ、その攻撃が逸れたのだということ。
そして、少女を狙った一撃が彼女らの不意を突く、不条理な一撃であったということを。
「・・・神も人も、変わらないな」
ふらふらと、師と呼んだ男の元へ憎しみと共に歩む少年の姿に、俺は自らの腹の底に生まれた仄暗い熱を押し止めると、死の淵に立つ少女の元へ駆け寄った。
少女の腹部から溢れる血量からして、まだ、治療を行えば、十分間に合う容体だと分かったからだ。
俺は浅く呼吸をする少女の傍らで片膝をつくと、その凄惨な傷口に触れようとした。
しかし、
「エスメラルダに触れるな、下郎ッ!!」
「!」
爆発的に膨れあがった殺気に、俺は瞬時に後方へと飛び退いた。
突然のことに思わず眉間に皺を刻み、殺気の在る方へ視線をやると、俺の心臓があった虚空に、少年の拳が鎮座しているではないか。
「っ何をするんだ! 危ないだろ──うわっ!!」
一撃、二撃。
正確に急所を標準し放たれる、容赦の無い少年の拳圧に、俺は思わず歯がみした。
こんなことをしている暇はないのだ。
奇跡的に一命を取り留めたとはいえ、今すぐにでも出血を止めなければ、エスメラルダという名の少女は命を落としてしまう。
錯乱したかの如く拳を振るう人の子に向けて、俺は必死に声を張った。
「頼む、話を聞いてくっ──ああこの!! 万が一でも死んだらどうするんだ!」
「此方はもとよりそのつもりだ!! いきなり上空に現れ奇襲を仕掛けるとは・・・怪しい輩め、名を名乗れ!!」
「──俺はヘリオス、太陽神ヘリオスだ! 人の子よ、非礼は詫びるが奇襲は誤解なんだ! 今は一刻を争う・・・俺に、その少女の治療をさせてほしい!!」
「っ──
黒髪の少年は弾かれたように肩を動かすと、やがて烈火の形相で俺を睨み、怒声を放った。
「この局面でその名を騙るか! ・・・やはり信用はできん、この
「はっ!? なんっ──」
「──問答無用!!
「!!」
業火を纏った爆風が、視界を紅く染め上げた。
少しばかり小宇宙を理解した少年と侮っていたが、どうやらその見当は大きく外れていたらしい。
憎しみと哀しみをぐちゃぐちゃに織り交ぜ炎と姿を変えた、今の少年の心境を露わにするかのような一撃に、俺は凜然と言葉を放った。
「大馬鹿者、お前は、
「っ──!!」
片手を掲げ、少年の生み出した爆風を浄化炎を用いて打ち消し、自らと、後方にて倒れ伏す少女の被害を防ぐ。
激情により、平時よりも倍増した自らの技の威力を計算に入れ忘れるのは、実戦経験のなさ故か。
・・・それとも、少女の存在に気がつけぬほどに、怒りと憎しみに呑み込まれてしまったのか。
見たところ、幾分か老けてはいるが、アフロディーテよりも数歳上、アイオロスやサガに近い年齢といったところだろうか。
だとすれば、大切な存在を傷つけられ精神の箍が外れ、錯乱状態へと陥ったのかもしれない・・・。
「・・・どちらにせよ、俺の立ち退いた位置が悪かったな!」
大いに反省し、俺は全ての爆風を消し尽くすと、倒れ伏す少女をそっと背負い、少年を一瞥した。
「っエスメラルダ!」
「・・・迷惑をかけたな、
「なっ、待てッ!!」
「すまないが、これ以上は無理だ・・・──陽光よ、爆ぜよ」
「ぐッ──!?」
鮮やかな茜色の閃光が、少年の視界を奪い尽くした。
─────
突如現れた、
最愛の少女の亡骸を背負い、
一輝の手の届かぬ遠くへと、
陽炎のように、
消えていった。
─────
「・・・・・・・・・、」
動けなかった。
突然の乱入者が放った恐るべき光は、一輝の視界どころか、その五感全てを麻痺させ、緩やかに機能を停止させたのだ。
「フッ・・・これで分かっただろう、一輝よ。お前の心に愛などいらぬ・・・必要なのは、大いなる憎しみなのだと」
数分か、はたまた数刻か。
ただ、少女の亡骸を取り戻すことは叶わない、そんな覆しようのない時が経過してから、一輝の背に声が掛かった。
それは、エスメラルダの命を奪った、残虐で、冷徹な、一輝が師と仰いでいた男の声であるようだった。
「・・・ああ、そのようだ」
未だぼやける視界の端で、無様に地面に這う自らの師だった男へ向けて、一輝は低く応えた。
「フッフフ・・・ならば、お前の憎しみを更に完璧なものにするために、いいことを教えてやる・・・お前の父親・・・いやグラード財団に集められた百人の孤児すべての父親の正体をな・・・!」
「!!」
ドオオオンッッ!! と、島の火山が噴火する轟音と同時に、男の口から、信じがたい事実が告げられた。
それは、呪いの一言以外の、なにものでもなかった。
全身を引き裂きたくなる程の憎悪と憤激に、全身の血が沸騰する。
師の一撃を避けた際に生まれた額の傷口から、夥しい量の血潮が溢れ出る。
「この血が・・・あの男のものだというのなら! 実の我が子を玩具扱いにした悪魔の、あの男の五体を・・・ズタズタに引き千切りぶち殺してくれるッ──!!」
「・・・残念だがそれは永久にできん。あの男は五年前に既に死んでいるのだからな」
「な、なんだと・・・」
「フフフ・・・最早、お前の憎しみを受けるべき生者は、あの悪神を名乗る小僧だけとなったが・・・あの小僧を殺したとて、お前のその"血"の増悪を晴らす相手はこの世にはいない・・・お前は永久に、晴らすことの出来ぬ憎しみに、小宇宙を燃焼し爆発し、フェニックスとして最強の力を発揮することになるのだ」
「──ならば俺はその力を復讐のために使ってやる・・・あの男がこの世にいないのなら、あの男の息が掛かった者──グラード財団も百人の孤児たちも、瞬・・・お前さえも、あの男の血が流れているというのなら!! 何もかもこの地上から消滅させてやるッ!!」
激情のままに、一輝は雄叫びを上げ、憎しみに身を委ねた。
仮面の男はクツクツと嗤う。
「フッ・・・ならば、この師を殺し、あのファイヤーマウンテンの火口近くにいる暗黒聖闘士より、お前の──フェニックスの
最早、守るべき矜持も、守りたい少女も、その全てを喪失した一輝には、全てを焼き尽くす未来しかないのだ。
仮面の男は自らの死で以て完成される、最強の聖闘士の生誕を待ち、歓喜に打ち震えた。
・・・しかし、
「フンッ・・・愚かな」
「な、なに・・・?」
「貴様は最早、師に在らず──ならば、貴様の掌の上で踊るような真似を、続ける義理は、有りはしない」
一輝はどこまでも冷酷な双眼で、地に這う男を睨めつけると、すうっと右手を向け、言った。
「・・・その一生を、幻覚と共に歩むがいい──
「──ガッ!?」
避けることの叶わぬ一輝の魔拳に、仮面の男は全身を痙攣させ、やがて意識を失った。
その一撃は、一輝の心根に残った、師に対する最後の情けか──それとも、最愛の少女の命を奪った罪の前には、死など生温いと判じたが為か。
「貴様の精神が完全にズタズタになるか、貴様が改心し、二度とエスメラルダのような少女の命を奪わぬ者へと転生するか・・・未来は、二つに一つ・・・さらばだ、師だった者よ」
火山へ向い、一輝は、二度と振り返ることなく、歩みを進めた。
冷徹なる仮面の男の未来は、神のみぞ知る。
しかし確実に、歯車は歪み、また、賽は天高く投げられた。
「──その首、よく洗って待っているがいい、太陽神・・・いや悪神ヘリオスを騙る者よ。何故エスメラルダを連れ去ったのかは解せんが・・・この身体を流れる血縁ものとも、貴様の命、この
鳳凰は、天高い太陽へと、その拳を突き出した。
明けましておめでとうございます。
大変遅くなってしまいましたが、19話をお届けいたします。
一月以上前になりますが、誤字報告をしてくださったお方、本当に有り難うございました。
誤字が多すぎてもはや新手のウォーリーを探せ状態なので大変助かります。
いつも感想をくださる皆様、好き放題な内容なのに読んでくださっている読者の皆様、いつも元気と活力を有り難うございます。
・・・ところで先日、りんかけ2と、チャンピオンレッドで連載していたらしい風魔の小次郎を拝読いたしました・・・全てに目を通すことは出来なかったのですが、滅茶苦茶おもしろかったです。やっぱり御大はすごいなあと。名言しか生み出せないのかな。
それでは、皆様にとって良い一年になりますように。