マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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20話 過ぎ行く世界

 

 

 

 

 天より照りつける容赦のない陽光に、海辺に広がる砂浜は、灼熱の地獄と化していた。

 

「っ・・・うぅ・・・」

 

「・・・よし、よく頑張ったな。これで応急治療は終りだ」

 

 断崖の影により生み出された、涼やかな砂浜で、俺は、エスメラルダという少女に労いの声を掛けた。

 シオンやアイオロスが聖闘士らより受けた、常人であれば数回も命を落としてしまうような重傷の場合は、膨大な小宇宙を用いなければ治療は行えないのだが、今回は少量の小宇宙で処置が済んだ。

 少女が精神に受けた分の衝撃・・・死の恐怖を消すことはできなかったが、安静にしていれば、内面の傷も徐々に和らいでいくだろう。

 

「しかし・・・はあ、上空から見て分かってはいたが・・・どこなんだ、この島は」

 

 轟々と唸り、荒れ狂う波を眺めながら、俺は力なく呟いた。

 頭が重い。

 異次元を彷徨い、かなり長いこと意識を失っていたようだが、精神は全く休まっていないのだ。

 正直な話そろそろ休息を挟まないと、疲弊が洒落にならない段階まできている。

 ・・・この生物には優しくない気候も、体力の減少に拍車をかけているのだろう。

 島の面積の殆どを占める中央の火山に、たいへん吸い込みにくいうえ、お世辞にも美味しくはない淀んだ大気の群れ。

 現世への生還を果たすことが叶ったのは、恐らくはシオンが奮闘してくれたお陰なのだろうが、どうやら俺は、聖域から見て遠方へと飛ばされてしまったらしい。

 

「んん・・・あ、なたは・・・空から落ちてきた、ひと、ですか・・・?」

 

「むっ・・・目が覚めたか。俺はヘリオス、太陽と誓約を司る、大いなるティターンの血を継ぐ神だ」

 

「へ、リオス・・・あの、太陽神の、ですか?」

 

「そうだ」

 

「・・・でも、確か、その名前の神様は・・・()()()()()()()()()()、一輝が・・・」

 

「・・・・・・は?」

 

 何を言っているんだ、この娘は。

 謂われのない唐突な糾弾に、思わず間抜けな声が流れ出た。

 致死に至るほどの拳を腹に受け、一時的に錯乱してしまっているのだろうか。

 俺は数瞬考えを巡らせたが、情報が足りなければ考えも纏まらないだろうと結論を出し、再度少女に話しかけることにした。

 

「エスメラルダ、といったな・・・その話、俺に詳しく──、」

 

 

「──嗚呼、よもや、十三年前に死んだ者と、こんな僻地で再開することになろうとはな」

 

「ッ──!!」

 

 ぞわり、と背筋が粟立った。

 頭で考えるよりも先に、傍らで仰向けにした少女を左腕で抱え込むと、俺は砂浜から、灰色の海に飛び込んだ。

 

 ──ジュワッッ!!! 

 

 自らの小宇宙を防壁代わりに展開すると同時に、海中から見上げた海面が一色に侵された。

 それは、黄金の光だった。

 俺が失ってしまった、絶対的な太陽を象徴する、黄金の光だった。

 

 凄まじい爆風に、辺りを満たしていた海水の全てが蒸発し、彼方へと消えていく。

 

「こんのっ・・・なんていう馬鹿火力だ!!」

 

 毒づきながらも、俺は空いた片手で小宇宙を操り、巨人の鉄槌が如き衝撃を後方へと流し続ける。

 ・・・咄嗟に逃れていなければ、今頃、塵も残らなかったな。

 着弾の余波だけで、青銅や白銀の聖闘士達の技に匹敵する・・・いいや、それ以上の威力があるのではなかろうか。

 俺は左腕に抱えた少女に負荷が掛からないよう注意しつつも、後方より襲い掛かる巨大な荒波から逃れるため、比較的足場の安定した岩場へと一息に跳躍した。

 

「っ──い、一体何が・・・?」

 

「・・・すまない、エスメラルダ。恐らく・・・いや、確実に、俺がお前を巻き込んだ」

 

「ヘリオスさんが・・・?」

 

「ああ、だが必ず、お前は無事に帰すと約束する・・・絶対にだ」

 

 悲鳴を上げることすら出来ぬほどに震える少女の姿に、心の底から謝罪を告げる。

 そして、崖上に現れた、眩い光芒に身を包む者へと向かい、俺は怒声を放った。

 

「──そこの金ぴか! 大方、偽教皇に遣わされた追手だろうが、とりあえず名を告げろ!!」

 

「・・・フッ、名乗れだと?」

 

「ぐっ・・・!?」

 

 一笑が響くと同時に、肌を突き刺すような小宇宙の波動が、俺の身を襲った。

 まるで、唯一神に傅かぬ愚者を咎めるかのような、慈悲なき小宇宙の重圧に、呼吸が辛く、苦しくなる。

 

「十三年前から変わらぬその小さな頭では、一度聞いた私の名を覚えることすら難しかったらしい」

 

「っ・・・一度、聞いた・・・?」

 

 厳かな声を響かせると、その者は自らの発する威光を緩やかに抑え、内へと仕舞った。 

 光に溶け、判別のつかなかった人間の輪郭が浮き出ると、やがて、隠された相貌が露わになる。

 

 ──それは、美しくも儚い面をした、中性的な人間だった。 

 

 特徴的な額のチャクラに、固く閉ざされた二つの眼。

 声音から判断するのならば男なのだろうが、純金を鋳溶かしたかのような豊かな長髪が、金色の兜に覆われた頭部から腰の下まで伸びている。

 凡そ常人とは思えぬ、下手をすれば俺よりも神々しい人間の姿に、一瞬目眩を覚えそうになったが、男が纏う金色の甲冑が、俺の意識を縫い止めた。

 

「・・・? 何故、その鎧が・・・っ──まさか、」

 

 黄金の鎧を凝視し、その意匠の意味を理解した瞬間、俺はいっそう訳が分からなくなり、小さく喘いだ。

 だが、いくら思考を回そうが可能生を切り捨てようが、導き出される答えは、俺が否定したいと願う一点へと収束するばかりだった。

 

「我が"天魔降伏"を避けたことは褒めてやろう・・・だが、やはり、得体の知れぬ君をこのまま放って置くことは(まか)り成らん。消炭とまではいかずとも、腕の一本は奪わせてもらうぞ」

 

「・・・・・・その小宇宙に、傲岸不遜な物言い、そして乙女座(バルゴ)黄金聖衣(ゴールドクロス)っ・・・嘘だろう、お前──乙女座(バルゴ)のシャカなのか!?」

 

「フッ・・・そうだ。しかし、流石の私も驚いたぞ。異空間にて流れる異様な揺らぎを感じ、私の念力により引き寄せてみれば・・・神の名を騙り、早々に散ったはずの不敬者が降ってくるとはな」

 

「・・・・・・お前、」

 

 敵意ある言葉に、反射的に噛み付いてやろうと口を開いたが、ぐっと堪えた。

 それは身に迫った危機よりも、矛盾の多すぎる現実に、一周回って頭が冷静になってしまったからだった。

 だって、有り得ないだろう。

 十歳にも満たない小さな子が、一月も経たぬ間に青年へと成長するなど。

 

「なにかね、その惚けた顔は? ・・・十三年前、聖域を混乱の渦へと貶めるために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そして双子座のサガ──()()()()()()()()()()()()、よもや、何も知らぬなどと宣うつもりではないだろうな」

 

「・・・・・・な、に?」

 

 男の口から流れ出た言葉に、俺は唖然と掠れ声を漏らした。

 

 ──俺が、アイオロスを誑かして、シオンを殺した? 

 ──サガが現教皇で、俺は、サガに討たれた? 

 

 この人間は何を言っている。

 俺を惑わすつもりか、それとも揶揄して言っているのか。

 本気で言っているのなら、事実は全くの真逆だ。

 ・・・まさか、俺達が異次元の果てを漂っている間に、聖域ではシオンは死んだことになり、俺とアイオロスは聖域を脅かした存在として葬られたことになっているのか。 

 

「・・・・・・笑えない、話だな」

 

 思わず叫び、激昂したくなる衝動を理性で制すと、俺は拳を握りしめ、ただ懸命に、崖上の人間へと言葉を絞り出した。

 

「・・・お前は、お前達は、本当にそんな虚実を信じているのか!? 大体、何が十三年前だ。俺とお前、出会って未だ一月も経っていないだろう・・・!」

 

「・・・なんだと?」

 

 懐疑的な声を出す人間へ向い、俺は畳み掛けるようにして言い放つ。

 

「乙女座、お前は本気で、アイオロスが聖域を裏切ったと思っているのか? あの者は、修行へ向かったお前たちとの約束を守るため、たった独りで、冥界の悪霊により人格の分かたれたサガに立ち向かい、赤子のアテナだけではなく、自らを逆賊と呼ぶ同胞達ですら傷つけぬようにと守り抜いた、真の戦士なんだぞ」

 

「・・・・・・冥界の悪霊だと? ・・・君は、そんな降って湧いたような世迷い言を信じろと言うのかね?」

 

「・・・──いいや、俺の言葉は、信じなくていい」

 

「なに?」

 

「俺もお前も、互いをよく知らない。疑い深いのは余り好きではないが・・・敵地にいる者の言葉は、話半ばに聞くくらいでいいと、アルバフィカも言っていたしな。聖闘士たる者、未知に近い相手には、警戒をして然るべきなのだろう」

 

 一呼吸に言い連ね、「だがな」と区切ると、俺は乙女座へ向かい、腹の底から声を放った。

 

「アイオロスに対して、憧憬と、信頼の念を寄せていたお前達は、他者の言葉を信じるよりも先に、せめてもの誠意として、アイオロス本人に聞くべきだったんだ。『どうして裏切ったのか』とな・・・そして、真実を見定めるべきだった」

 

 そもそも、片方の主張だけを聞いて決めつけるのは、フェアじゃない。

 それも誇りある戦士の名誉を毀損するのなら、なおさら慎重に情報を精査し、考えるべきだった。

 だというのに、聖域の人間共は偽教皇の言葉を盲目的に信じ、アイオロスを邪悪なる反逆者と攻撃した。

 シオンは教皇の命令であると同時に、アテナの命がかかっているのだから仕方が無いと言っていたが・・・冤罪を被ったアイオロスのことを思うと、やはり俺は、納得することが出来ないでいる。

 

「フッ・・・まるで、正義の女神・・・星乙女(アストライア)の如き説法だな」

 

 一瞬、シャカは滑らかな眉間に皺を寄せたが、それ以上は感情の機敏を表すことなく、静かに宣った。

 

「だが、君の手に真の天秤はない。その主張は的外れだ・・・人に、死者の声を聞く権能はないのだからな」

 

 それは、至極真っ当な返答だった。

 いかに冥界へ足を運べる人間がいようとも、転生を待つ膨大な死者の中から、特定の人間を見つけ出すことは不可能に近い。

 死んだと言われた俺達の元へ、話を聞きに行こうとする人間などいないのだ。

 だが、この時点でまだ一つ、確かめなければならない疑念が存在している。

 冷然と佇む人間を真っ直ぐと見据えると、俺は低く声を響かせた。

 

「なあ、乙女座、()()()()()()()()()()()()? 俺も、シオン・・・教皇やアイオロスも、死んでいない。サガのアナザーディメンションで異次元の果てへ飛ばされはしたが、俺がこうして生きている以上、全員きちんと生きている。だったら偽装でもしなければ死体はなかったはずだ」

 

 死体もなく、教皇であるシオンや、俺やアイオロスの死を決めつけることはできない。

 神々も人間たちも、戦において敵対する将を討ち取った際は・・・首や死体そのものを、勝利の証として持ち帰るのが常だった。

 残虐極まりない行為ではあるが、『敵将は未だ生きている』などという噂が広まるのを根本から断ち切ることが出来るため、敵を討った証拠を持ち帰らぬ者は懐疑の視線を向けられることとなるのだ。

 

 ──つまり、死体が残っていなかったのなら、俺達の生存を信じる者がいたはずなんだ。

 

「・・・十三年前の事件の中心にいた者の死体は、残っていない。前教皇は君が、君やアイオロスは、双子座のサガが、塵も残さず滅ぼし尽くしたことになっている」

 

 問い掛けに対し、シャカは予想通りの回答を口にする。

 俺は間髪入れずに投げかけた。

 

「──何故だ? そんな怪しい主張、疑う者は誰一人としていなかったというのか」

 

「・・・・・・当然、いたとも」

 

「っ・・・だったら! あの騒動から何日が経過したのかは分からないか・・・アイオロスを逆賊だと決めつけるには早すぎると、お前も理解できるはずだろう!」

 

 乾ききった口を動かし、軋むような声で俺は叫んだ。

 サガに対する疑惑も、事件の違和感も、きちんと残っているというのに、それでもなおサガの言葉を信じる理由とは一体何なのか、と。

 しかしシャカは、口を閉ざしたまま、何も言わない。

 天の光球により、灼熱の地獄と化した海岸に、沈黙が満ちる。

 

「・・・・・・何日経ったか分からない、か」

 

 やがて、どこか哀れむようなる口調で、男は低く言った。

 

「大方、君の姿形が変わらないのは、人成らざる者故かと思っていたが・・・一つ、認識を改める必要があるようだ」

 

 シャカは一歩を踏み出すと、崖上から、自身が生み出した大穴の元へと緩やかに降り立った。

 すわ奥義でも放つつもりかと、俺は咄嗟に、後方にて沈黙を守る少女を守れるよう、神経を尖らせ身構えた。

 しかし、乙女座のシャカから放たれたのは奥義ではなく、迷いの混じった一言だった。

 

「私は、他者の本質を見抜く眼力を持つ・・・だが、君は、虚ろにしか映らないのだ」

 

 ──すう、と、固く閉ざされた瞼が開かれると、密やかに、翡翠の双眼が姿を現した。

 

「このシャカの眼を以てしても、君の善悪を測ることは叶わず、君の言葉の真意を知るよしはない。・・・だが、私にはどうにも、君が嘘を言っているようには聞こえないのだ」

 

 遠い空よりも透き通った、この世の無常を憂うような瞳で、シャカは言葉を紡ぐ。

 

「・・・乙女座?」

 

「ムウの言った真実・・・そして、色を持たず、虚ろであっても、人を救おうとする奇怪な君の姿。早々に天誅を下し、聖域へ連れて行こうかと思ったが・・・私自ら見定めるべきなのだろうな」

 

 人間は、翡翠の瞳で真っ直ぐと俺の両眼を捉えると、

 

「神になれぬ人でもなく、人と転じた神でもない・・・太陽を名乗る、何者にもなれぬ者よ。私はただ君に、事実を伝えよう」

 

 シャカは、数歩歩けば辿り着く距離まで近づくと、凜然と言葉を放った。

 警戒心を露わに小宇宙を燃やす、俺の目線の先で、先程までの敵意はかなぐり捨て、ただ静謐な水面のように屹立する男は、小さく息を吸い込み言った。

 

「君がいうように、悪神と呼ばれる君やアイオロスを擁護し、サガに異議立てる者はいた。だが、その者達・・・特に聖闘士は、聖域の復興の妨げになるという理由から、暫くは独房に拘禁されることとなった・・・これは、今から十三年前の出来事だ」

 

 ──その瞳に、嘘はなかった。

 

「・・・安心したまえ。彼等は一年程で釈放され、今では女神に忠誠を誓う聖闘士として、地上の平和を守るため、任務に勤しんでいる」

 

 男は、溜息のように口にすると、視線を逸らさぬまま言葉を終えた。

 まるで、俺の、何かしらの反応を待つかのように。

 だが、恐らくその答えは、既に手の届く場所に存在していた。

 男の嘘偽りのない目を見た瞬間に、心の奥底では、その可能生に気が付いていたのだから。

 

「・・・・・・なあ、エスメラルダ」

 

 俺は背後の少女に向い、問い掛けた。 

 

「一輝という少年が、俺が・・・太陽神ヘリオスが聖域を襲い、また滅ぼされたと、そう言っていたらしいな」

 

「・・・はい。女神様の命が狙われた、とても大きな事件で、聖域に関わる者で、知らない人はいないと・・・」

 

 少女特有の、転がった鈴のような声が返ってくる。

 ああそういえば、セレネもこんなふうに喋っていたなと、ぼんやりと記憶の底を攫う。

 一瞬の逃避に走ると、俺は、震える唇を動かして、再度、問い掛けることにした。

 

「それは、いつ起きた出来事なんだ」

 

「・・・・・・それは、」

 

 僅かの逡巡の後に、少女は言った。

 

「・・・──今から数えて、十三年前です」

 

「────、」

 

 ──ああ、やっぱり。

 俺は口端を引き結んで、立ち竦んだ。

 目の前の戦士を差し置いて、遠い空を仰ぐ。

 そして、眩い、友が居るであろう光球を、前髪越しに眺めながら、呟く。

 

「・・・済まないな、乙女座のシャカ。俺はきっと、最初から、その可能生を切り捨てていた」

 

 今からでも未だ間に合うはずだという、甘い考えがそうさせた。

 ちっぽけな矜持が、そうさせた

 

 そして、なによりも──()()()()()()()、時空神の管轄であり、容易に為せる所行ではないと決めつけていたから、真っ先に切り捨てた。

 

 だが、その全ては、最早言い訳にしかならないのだ。

 心の中で、なにかが、ガラガラと音を立て崩れていく喪失感を感じながら、俺は力なく声を漏らした。

 

 

「俺は、アフロディーテとの約束を、守れなかったんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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ハーメルン管理者様が読み上げ機能を実装してくださったのでわーいと思いさっそく使おうとしたら総合評価が1000に満たない作品では出来ないと知りちょっとひねくれそうになりましたが、スマホで電源を切っててもゆかりさんが話してくれるので、とんでもない革命だなあと一人驚いていました。 まだ試していない人は是非、眼が疲れてるときなどおすすめです。

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