マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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21話 積み重ねてきたもの

 

 

 

 

 

 ──お前が居ない分は特別に、このヘリオスが聖域を守護してやるから、安心して研鑽してくるんだぞ、アフロディーテ。

 

 軽口混じりに宣った、重き、誓いの言葉。

 

 脳裏に過ぎるのは、あの少年が別れ際にみせた、邪気の混じらぬ微笑みだった。

 

 ──そうか、最後に、良い知らせを聞けた。

 

 あの瞬間。

 俺はきっと、心底緩まった表情を浮かべていたのだろう。

 嬉しかったのだ。

 不敬で不遜な、俺を守り導いてくれた少年が、このヘリオスを肩を並べるにたる同胞と認めてくれたことが、酷く嬉しくむず痒く。

 また、なぜだかとても、救われた気持になったのだ。

 

 俺は、同胞たる少年が向けてくれた信頼に、応えなければならなかった。

 ・・・否、応えたかった。

 

 俺が、誓約の神であるからではない。

 この果てない世界に生まれ、何かしらの縁により引き寄せられ、出会い、等しい目的のために力を合わせ合う同胞へとなれた・・・この奇跡的な人間との繋がりを、失ってはいけなかったから。

 アフロディーテが与えてくれた多くの親切に、俺は、報いたかったから。

 

「・・・だが既に、誓約神の誇りは地へと潰えた」

 

 俺は約束を守れなかった。

 アフロディーテが不在の間に、聖域は冥界神の策略により混沌の渦へと追いやられ、人間たちの間に結ばれた絆は、目も当てられぬほどに踏み躙られた。

 現世(うつしよ)では、取り返しのつかぬ程の時間が経ち、太陽神ヘリオスは、聖域を守ることが出来なかったのだ。

 

「随分と、気落ちに暮れた面持ちだ」

 

 前方から、感情を悟らせぬ声が届く。

 

 俺を虚ろと評し、また見定めると宣った人間、乙女座のシャカ。

 この男が何を考え、また何を狙っているのかは想像することしかできない。

 だが、あの馬鹿火力を開帳することもなく、俺に十三年の時の経過を知らしめさせた態度から察するに、この人間は聖域に対し、盲目的な忠義を示している訳ではないようだ。

 

「・・・乙女座のシャカ、お前に一つ、確認しなければならないことがある」

 

 俺は、重い口を切り開くかのように、男へと視線をずらし言った。

 

「お前の口振りからして、聖域や近郊に住む民達・・・人の子達は、無事なんだな? 一時の混乱に見舞われはしたが、現状、冥界神共の侵攻もなく、聖域は淀みなく機能している。違うか?」

 

「フム・・・"無事"の定義にもよるが、君が言うような事態には陥ってはいない。この十三年間の時の間は、双子座のサガが身を粉にして指揮を振るい、地上の平和を守ってきたのだからな」

 

「サガが?」

 

「そうだ」

 

 俺の疑問符に一つ頷くと、人間は怜悧な声で言葉を紡いだ。

 

「前教皇の死により、統率の潰えた聖域を束ねたのが、あの男なのだ。君が言うように、サガの主張に疑念を抱き異議立てる者は大勢いた。だが、サガの指揮により多くの命が救われたのも、覆すことのできぬ確かな事実なのだ」

 

「・・・・・・」

 

「十三年。君がその時を如何様に判じるかは分からないが、幼き人の子が、皆の憧憬を集める戦士と成長を遂げるほどの時が流れたのだ。君の言葉が真実であったとしても、人々の認識を覆すことは容易ではない。例え女神アテナであったとしても困難な事象だといえよう」

 

 聖域の人間であるというのに、男の言葉は余りにも客観的な色味を帯びていた。

 まるで遙か高き天空から俯瞰しているかのような、言うなれば、一級神共を相手にしているかのような感覚を覚える物言いだった。

 一瞬、嫌な思い出が蘇りかけ、反射的に眉根に力がこもる。

 だが、乙女座により語られた聖域の現状を知り、俺は安堵の溜息を吐き出すに至った。

 

「ハッ、そうか。サガが地上の平和を守っていたんだな・・・それを聞けて安心したよ」

 

「・・・なに?」

 

「お前の言うことが正しければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 なにせ、シオンの謀殺を企て、アイオロスを逆賊に仕立てた二人目のサガが、大人しく地上の平和を守る役目を為すとは思えないからな」

 

 男の懐疑の視線に笑みで返しながら、俺は言い切った。

 しかし、シャカは未だに解せない様子で、翡翠の眼に強い懐疑の光を宿す。

 

「君は、己の命を奪おうとした者を、信じるというのかね」

 

 それは、この男の立場からすれば、当然の疑念だった。

 俺は、真っ直ぐとシャカを見据えながら、間髪入れずに言葉を連ねる。

 

「俺達を殺そうとしたのがサガならば、俺達を助けてくれたのもまたサガなんだ。だから俺は、俺達を信じてくれたサガを信じたい。・・・それに、乙女座のシャカ。お前のお陰で希望も生まれたからな。これ以上、こんなところで足踏みをしているわけにはいかなくなった」

 

「私のお陰で、だと?」

 

「精度は定かではないにせよ、お前のその眼は他者の本質を見抜くのだろう。そして、お前は今の教皇サガを擁護する立場をとっている。つまり、お前から視たサガは悪霊により生まれたサガではなく、俺の知るサガだという裏付けになる」

 

「・・・愚かな。私が君を騙そうと、虚言を吐いている可能生もあるだろう」

 

「それはない。これでも神だ。お前の目を見れば、嘘ではないと分かる」

 

「本気で、言っているのかね?」

 

「ああ。だから、お前の親切に感謝する。ありがとうな、乙女座のシャカ。問題は山積みだが、お前のような聖闘士が聖域にいると分かって、俺も安心した」

 

「・・・・・・」

 

 シャカは真実を述べると言った通りに、真摯に事実を教えてくれた。

 ならば、誠実な人間の態度に対し、敬意を表し礼を述べるのは当然の行いだろう。

 初めから、諦めるつもりは微塵もなかったが、サガが無事だと判明し、心根に巣くう憂いの一つが断てた。

 これで、少しは真面な歩調で前へと進むことが出来る。

 

「・・・・・・ハア、気が削がれるとはこのことか。・・・太陽を名乗る者、ヘリオスよ」

 

 やがて、重い溜息の後に、乙女座のシャカは俺の名を呼んだ。

 

「私は本来、暗黒聖闘士を誅するために、この島へと足を運んだ。しかし、聖域を混乱たらしめた者の生存を確認した以上、放っておくことはできん。君の主張は聞き届けたが、口にするだけならば、誰にもできる。君が私を信じようが、私は君の味方にはなりはしないのだ」

 

「だろうな、そう言うんじゃないかと思っていた。だけど、俺も大人しく掴まるわけにはいかない。言葉は尽くした・・・後は、全力で抵抗させて貰うとしよう」

 

「あくまでも、抗う道を選ぶか・・・いいだろう」

 

 シャカは翡翠の眼をすう、と細めると、

 

 

「──ならば存分に、力で、語るとしよう」

 

 

 男は恐ろしい勢いで、内に納めていた小宇宙を燃焼させ始めた。

 チカリ、と星の瞬きの如き閃光が弾けると、天を穿たんばかりの勢いで、人間の全身から黄金の焔が噴き上がった。

 背後から、鋭く息を呑む音が聞こえる。

 

「──先程の爆発と同じ、黄金の光・・・!?」

 

「エスメラルダ。巻き込んだ挙げ句に、恐ろしい目に遭わせて済まない。だが、お前は絶対に守ってみせる・・・約束する!」

 

「っ・・・わ、たしは・・・」

 

 背後の少女に向かい力強く返し、俺も魂の小宇宙を爆発的に燃やし始める。

 ゴウッ!! と、シャカが発する黄金の闘気に対抗するように、白銀の焔が渦を巻く。

 ここから先は、尊厳と矜持を賭けた戦いだ。

 だが、間違えるな。

 俺の勝利条件はシャカを倒すことではない。

 少女と共に生き残ること、それこそが俺の掴むべき未来なんだ。

 

「──天魔降伏(てんまこうふく)ッ!」

 

「──浄化炎(メギドフレア)ッ!!」

 

 二つの咆吼が、小宇宙が。

 超新星の爆発のように弾け、衝突する。

 

 たちまち、灼熱の海岸に、二度目の災厄が顕現した。

 

「っ・・・ぐううぅぅ──ッ!!」

 

 苦悶の叫びを上げ、俺は前方から押し寄せる金色(こんじき)の濁流を必死に堰き止め続ける。

 なんて出鱈目な火力なのだろうか。

 純粋な力の暴力に圧倒され、俺の放つ小宇宙は徐々に後退、儚く霧散し虚空へと溶け消えていく。

 

「・・・どうして、なんです」

 

 負荷に耐えきれず、全身の至る箇所から鮮血が舞い上がった。

 

「もう、やめてください」

 

 黄金の小宇宙の奔流が、容赦なく浄化炎を呑み込んでいく。

 

「私は既に一度、貴方に命を救って貰った・・・十分過ぎる程のものを受け取りました! だから、もういいんです。私に構わず逃げてください、ヘリオスさんっ!!」

 

「・・・っ・・・」

 

 ──ああ、やはりそうだ。

 エスメラルダ。

 この少女はどこか、妹、セレネに似ているところがある。

 優しさの下に、花のように気高い心を持ち、どこか放っておけないところがあって。

 兄である俺よりも覚悟が決まっていて、苦しい未来であろうとも、決断を下せる、勇気がある。

 笑っていられるような状況でもないというのに、思わず頬が緩まる。

 吹き荒ぶ猛流を必死に耐え凌ぎながら、俺は少女へと言った。

 

「腰が抜けて、立てないんだろう・・・!」

 

「っ・・・どうして、それを」

 

「逃げようと思えば、いつでも離脱はできたからな。出来ない理由があったんだろう・・・! なあ、エスメラルダ・・・俺も以前、今のお前のように聖闘士に庇われ、命を救って貰った事があるんだ!」

 

「えっ・・・?」

 

 困惑の混じる声に、俺は笑みらしきものを浮かべて叫びを上げた。

 

「その者は言った。聖闘士とは、民の盾となり、鉾となる存在なのだと! 俺は神だ。戦神アテナの聖闘士ではない。だが、聖闘士たちから多くのものを受け取った・・・志は共にある!」

 

 人は儚い。

 だが同時に、眩い可能生を秘めた存在でもある。

 夜空を駆ける流れ星たちのように、誰かの心を惹きつけて、願いを背負い命を燃やす。

 俺も、一緒だ。

 この太陽は、父上やアポロンに比べれば脆弱な存在だ。

 だが俺は、俺に課された使命を遂げるために、魂の炎に想いを()べ、力と成す。

 弱くとも、人の世の平穏を望む同胞たちの願いを共に背負い、抗い戦う道を選択した。

 

「俺は、アフロディーテとの約束を守れなかった・・・だが、まだ冥界神が地上へと攻めあぐねているのだと判明した以上、例え惨めであったとしても、俺は前へと進まなければならない・・・! ここで怯めば、本当の意味で、大切な者達を喪ってしまうのだから!!」

 

 俺は叫んだ。

 今にも張り裂けてしまいそうな、胸の痛みを必死に耐えながら。

 空白の十三年の間に、あの誇りを重んじる少年が、どのような待遇を受けていたのかを、想像しながら。

 

 俺は血を吐き、嘆きを呑み込みながら、魂を燃やした。

 この手をすり抜け、海へと連れ去られた人の子の生存を、強く願いながら。

 独りにはしないと宣誓しながらも、長きに渡り独りにしてしまった、双子の片割れに思いを馳せながら。

 

「エスメラルダ! お前は、お前は必ず、あの一輝とかいう少年の元へ帰してみせる! だからどうか、未来に生きることを、諦めないでくれッ!!」

 

「・・・・・・ヘリオス、さん・・・」

 

 視界が黄金に染まっていく。

 最早、浄化炎を放つために前方へと大きく開いた掌で、直接、シャカの天魔降伏を防いでいるような状態だ。

 

「フッ・・・我が天魔降伏を防ぎ続けるとは、大きな口を叩くだけのことはある。・・・だが、限界らしい」

 

「ッガ──ああああああッ!?」

 

 ドッッ!! と、黄金の奔流は大きく脈打つと、一瞬にして威力を倍増させ・・・──あろうことか、俺の腕を肘まで喰らい、焼け焦がしていった。

 血の赤、眼前で弾ける、微細な光の粒子たち。

 浄化炎を突破したシャカの小宇宙が烈風となり、全身を切り裂く刃と化す。

 

「ぐうぅぅ・・・!」

 

 苦痛に耐えかね、片膝が地に落ちる。

 それでも、浄化炎を維持する腕は曲げない。

 真っ直ぐと突き立てて、金色の波動を防ぐ盾で在り続ける。

 

「ヘリオスさんッ!!」

 

「諦めたまえ。意地を張って何の益がある。ただ、苦しむだけだ」

 

「っ──いいえ、違います・・・!」

 

「なに?」

 

「決して、苦しみだけなんかじゃない・・・そうでしょう、ヘリオスさん」

 

「エスメ、ラルダ・・・ッ!?」

 

 シャカに異を唱える痛切な少女の叫びに、俺は掠れ声を漏らした。

 呆気にとられていると、血に濡れ感覚が薄れつつあった右腕に、仄かな温もりが優しく触れる。

 

 ──それは、華奢で白い、少女の掌だった。

 

 腰が抜け歩けないというのに、恐ろしい死の閃光が目の前まで迫ってきているというのに。

 少女は懸命に砂浜を這い、数歩先にいる俺の元まで自らを運んだのだ。

 

「・・・詳しい事情は分かりません。ですが、大切なお方との約束を守れず、辛く苦しい思いをしたヘリオスさんが、今再び、私を守ってくださるのだと約束を結んでくれた。・・・苦しみの先にある未来に、確かな希望を見いだしていなければ、このような重き覚悟・・・背負うことなど、決して出来ません!」

 

 凜と響く声で言い切ると、少女は真剣な表情で俺を見た。

 

「見ず知らずの私を助けてくれた、優しいお方。誇り高き、太陽の神様。──私は、貴方を信じます」

 

「っ・・・にん、げん・・・」

 

「あの黄金の聖闘士さまに、証明して差し上げましょう。貴方の覚悟が、言葉だけではないことを・・・!」

 

 少女は、俺の背を押すように、毅然と言葉を発してみせた。

 瞬間、俺の魂の奥深いところに、新たな熱が濁流となり流れ込んだ。

 それは、少女の意志そのものが生み出す想いの力、個の隔たりを超えて伝う、魂の共振だった。

 

 

「・・・ああ、神の誇りにかけて、示してみせよう」

 

 

 確固たる意志を込めて、宣誓した。

 そして、一つの決断を下す。

 ──防御に傾いた浄化炎の性質をねじ曲げることで、攻めに転じることを。

 一切の防御を捨てさる行為だ。

 一撃で決めることができなければ、敗北は必然。

 リスクは大きい・・・だが、

 

「守るべき者をもつ神は、強い・・・そうでしたよね、母様ッ!!」

 

「!!」

 

 苛烈に笑い、俺は光の衝突の先で目を見開いた男に、真っ直ぐと両手を合わせ、標準を決める。

 

「優しさも、厳しさも、温もりも・・・全てをくれた者達を守る、未来の為にッ! 貫けッ──光槍・浄化炎(メギドフレア)あああッ!!」

 

 全身全霊を込めて、俺は吼えた。

 瞬間、天地を揺るがさんばかりの衝撃波と共に迸った、一条の閃光は──黄金の奔流を撃ち抜いて、シャカへと迫った。

 

 ──ガガアァァンッッ!! という大音響が響き渡り、少女を抱えた瞬間、俺は押し寄せてきた爆風により後方へと吹き飛ばされた。

 

「・・・っ・・・賭けには、勝てたか! エスメラルダ、怪我はないか?」

 

「わたし、は、無事です・・・!」

 

「そうか・・・」

 

 か細く絞り出された声に安堵の息を零し、よろよろと立ち上がると、俺は爆心地へと視線を向ける。

 砂塵が舞い、まだ白い輝きが仄かに舞う地点には──黄金の鎧を纏う人間が、静かに屹立していた。

 

「・・・・・・」

 

 沈黙を貫く人間──乙女座のシャカは、涼しい顔で俺を視ていた。

 男の足下には、黄金の兜が転がっている。

 どうやら全くの無傷という訳ではないようだが、この場からの逃走を測るにはまだ足りなかったらしい。

 ・・・直ぐさまにも次の手を、考えなければならない。

 焦燥に駆られる心を制し、冷静さを失わぬよう努めながらも、俺は懸命に思考を回転させ始めた。

 

「・・・なるほどな」

 

 しかし、ふいに、

 気落ちをしてしまうほどに殺気の抜けた声で、男は言うのだった。

 

「覚悟も、小宇宙も十全だ。だが君は、戦う術を知らない。そのままでは他者の命どころか、自らを守ることすら叶わないだろう」

 

「なっ・・・」

 

 シャカは悠然と歩みを進めると、金色の闘気を纏わせた掌を、再び、俺へと向けた。

 

「フッ・・・私の説法は終わりだ。後は己で判断し、行動に移すことだ」

 

「ッ──!!」

 

 ぞくり、と背中が粟立つのを感じながら、俺は、迎撃のためにと浄化炎を生み出そうとする。

 しかし、度重なる負荷により痙攣した腕は、俺の意志に反し動いてくれない。

 ああ、不味い。

 このままでは、皆の願いが、水泡と帰す。

 

 ──積み重ねてきた、想いの全てが、無駄になってしまう。

 

 

「──ストリンガーノクターンッ!!」

 

 

 ──刹那の絶望を、打ち消すように。

 壮麗たる旋律が、花吹雪となり、世界を席巻した。

 

「っ──琴の音、だと」

 

 一瞬、友の奏でる旋律が脳裏を過ぎり、呻き声を上げるが、シャカを強襲した参入者を確認するためにと、俺は声がした方へと視線をやった。

 すると、遙か高い海上に浮かぶ影が、俺とエスメラルダを目指して()()()()()()()()()()()()

 

「ヒヒィィーーンッ!!」

 

「っ!! ああ・・・アネモス!! よかった・・・無事だったんだなっ!!」

 

「お久しぶりです、太陽神ヘリオス。──白銀聖闘士(シルバーセイント)琴座(ライラ)のオルフェ、お迎えに参りました」

 

「お前は、あの時の・・・!!」

 

「到着が遅れてしまい、申し訳ありません。貴方の敵を討ちたいところではありますが、流石の僕も、乙女座のシャカが相手となれば分が悪い・・・──離脱します。ご両名共々、天馬の背にお乗りください」

 

「っ分かった・・・エスメラルダ」

 

「ふふ、大丈夫ですよ、ヘリオスさん。難しいことは分かりませんが、今この場に残る方が危険なのだということは、私でも分かります」

 

「っ・・・ああ、感謝する」

 

 余程情けのない顔をしていたのだろう。

 少女は柔らかく微笑むと、オルフェに抱えられ、身を低く伏せたアネモスの背へと腰を下ろした。

 俺も次いで盟友の背へと腰を預けると、アネモスは一つ嘶いて、雄々しき双翼で空を叩き、上昇していく。

 

「・・・この場に近づく小宇宙に、よもや、と思えば。琴座(ライラ)のオルフェ。数週間前から姿を消していた君が、聖域の敵たる存在を庇うとはな」

 

「退くがいい、乙女座のシャカ。例え十三年前の真実を知らずとも、真実を見抜くその瞳が盲目でなければ、少女を守るために戦ったこのお方が、邪悪なる存在ではないと分かるはずだろう」

 

「・・・・・・」

 

 オルフェは、上空へと向い放たれたシャカの言葉に厳しく返すと、白銀の琴に手をかけて、

 

「天馬よ、頼んだぞ! ストリンガーノクターンッ!!」

 

 叫びを上げると、竪琴の旋律を奏でさせ、奥義を放つ。

 美しい音色に反し、高らかな小宇宙の一撃は射線上の砂塵を尽く吹き飛ばすと、シャカへと着弾。

 最早何度目かも分からぬ爆発が発生し、元の地形を失った砂浜は、海面との高低差を失うほどに削られ、やがて海水が流れ込む海の一部と化した。

 

「クオオオォォォン!!」

 

 アネモスは咆吼を上げると、小宇宙を燃焼させ、風王結界を生成しながら水平線目掛けて翼をはためかせた。

 

 追撃もなく──死の女王(デスクイーン)島が、徐々に小さくなっていく。

 

「・・・乙女座のシャカ、あいつ、」

 

「ヘリオス神、いかがなさいましたか?」

 

「・・・・・・いいや、何でもない。助かった、ありがとうな。アネモス、琴座(ライラ)のオルフェ」

 

「ヒヒン・・・!」

 

「当然の行いです。僕は貴方に、多大なる恩がありますから。・・・お疲れかとは思いますが、貴方のことをお待ちになっている方がいらっしゃいます、急ぎましょう」

 

「俺を待つ者?」

 

 前方に座る少女が落ちぬよう留意しながらも、先頭に座る人間へと向かい問い掛ける。

 オルフェは暫し後方へと意識を向け、シャカが追ってきていないことを完全に確認してから、一つ頷いた。

 

 

「──異次元より、貴方よりも一月早い時間軸へとお戻りになられた、教皇シオン様が、貴方の無事を祈っておいでなのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──フッ、盲目でなければ、か。言ってくれるな、琴座(ライラ)のオルフェよ」

 

 崖上から、遠い空の果てを眺めながら、シャカは独り呟いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()()

 だが、シャカは、遠ざかっていく者達の背に奥義を放つことはしなかった。

 最早、ヘリオスが言葉と小宇宙で以て、己の正義を証明した瞬間に、追撃をする理由は失われていたのだから。

 

「この眼に映る君が、虚ろであることに変わりはない。しかし、何者にもなれんという評価は、大きな間違いだったらしい。・・・何者でもない君は、何者にもなることができる。少々人を見る目が甘い嫌いはあるが、私に打ち勝ったあの眩い光のように、邁進を続けたまえ」

 

 片手に抱えた金色の兜を装着すると、シャカは、透き通った声で告げた。

 やがて踵を返し、猛る火山へと歩みを進める。

 

「望んで進んだその果てに、どのような結末が待っているのかは、君の選択次第だ。・・・私に迷いを抱かせた者、ヘリオスよ──君が己を獲得するその瞬間まで、その旅路、見届けさせてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








お久しぶりです、21話をお届けいたします。

前回の後書きを読んでか、多大なる応援をしてくださった皆様、本当に有り難うございます。読み上げ機能に必要なハードルが下がったことも相まって、散歩をしながらでも小説の内容を確認することができるようになりました。本当に本当に有り難うございます・・・!

誤字報告や感想、お気に入り登録や評価など、大変励みになります。
あとあれですね・・・投稿して直ぐのタイミングで最新話にしおりがつくのを確認すると、なんかこう、ぐっときました。感謝いたします。

作者がやらかしたこともあって、今話に登場したオルフェの年齢は原作より高くなってしまっています。詳しくは次話のあとがきで説明いたします。申し訳ないです・・・。

次の投稿もいつになるかは定かではないのですが、時間を作って書いていきたい所存です。
巷では危ない感染症もはやっています。どうか皆様ご自愛くださいませ。
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