マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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22話 其は、誰が為の旋律か

 

 

 

 

 

「・・・──琴座(ライラ)のオルフェ」

 

「はい」

 

 全身を吹き抜ける、爽やかな風を浴びながら。

 俺は、天馬の先頭に腰を下ろす男に、極めて冷静に問い掛けるのだった。

 

「・・・すまないが、もう一度言ってくれないか?」

 

「ですから──」

 

 口を開いた男──琴座のオルフェは、悪びれる様子も、再度の問い掛けに不機嫌になることもなく。

 何なら『昨日の夕食はハンバーグだったんだよ』と報告するアイオリアのように、軽い口調で言うのだった。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──はてさて、死とは一体、なんだったかな。

 

 いい加減限界を超えた精神を磨り減らしながら、俺は目の前でとんちきな発言をする人間の真意を測ろうとしていた。

 

 場所は海を越えた、地上の空。

 万が一、人間達に姿を見られぬよう、アネモスには一度解いた風王結界を再展開してもらっているのだが、そんな友の背には、俺と、俺達の危機を救った琴座のオルフェ、そして海上で気を失い眠りについたエスメラルダの一柱と二人が搭乗中だ。

 

 少女が意識を失ってしまった際は背筋が凍りかけたが、考えてみれば、瀕死の状態から蘇生された精神が不安定な状態で、俺の背を押すためにと意思の力を極限まで燃やしたのだ。

 むしろ、よくぞここまで意識を保っていられたものだと賞賛すべきなのだろう。

 

 ──よく頑張ったな、エスメラルダ。

 

 俺とお前、こうして無事に生き長らうことが叶っているのは、お前が未来を諦めなかったお陰でもあるんだ。

 静かな呼吸を響かせて眠る少女に、俺は最大限の労いを込めて微笑みかけた。

 目覚めた際には、きちんと礼を述べなければならないな。

 己の課題表に新たな記述を書き加えると、俺は、先程からにこやかな笑みを向け続ける男へと視線を移した。

 

「・・・それで? 琴座のオルフェ。何がどうなったら『聖域の人間であるお前が俺達を助けてくれたのか』という問いの答えが『僕は一度、死んだのです』になるんだ・・・!?」

 

「いたたたた!! へ、へりおふひん!? なぜ僕の頬をつねられるのれすか!?」

 

「痛い? この下手すりゃ赤子よりも握力の弱い手につねられて痛いわけがないだろう!」

 

「いえちゃんと痛いですから!! 林檎を潰せるくらいの力は入ってますから!! どうしてそんなお怒りになられているのれす!?」

 

「精根尽き果ててすぐにでも眠りにつきたい折りにお前がインパクト重視で順序をかっ飛ばした発言をしたから以外になにがあるんだー!!」

 

「ごごご誤解です! そんな、貴方を謀るような意図は微塵もないのです!!」

 

「ムッ・・・・・・嘘では、なさそうだな」

 

 必死に叫ぶオルフェの様子に気づくと、俺はエスメラルダ越しに男の頬へと伸ばした手を離した。

 なるほど、てっきり俺の最後の砦たる精神力を積極的に削りに来ているのかと疑ってしまったが、ただ単に説明の順番を間違えてしまっただけのようだ。

 俺は小さく溜息をつくと、朱く染まった頬を手甲で冷やそうとしている男に声を掛ける。

 

「お前、仮に林檎を潰せるくらいの力で抓られても、白銀聖闘士の小宇宙があれば、痛くもかゆくもないはずだろう。どうして小宇宙で身を守るなりして抵抗しないんだ。これじゃまるで、わざと俺の良いようにされているみたいじゃないか」

 

「ええ、もとより、僕はそのつもりでした」

 

「そのつもりって・・・なんだそれ、不健康だぞ。俺が言うのもなんだが、もう少し自分を大切にした方がいい。聖闘士が戦場以外の場所で傷を負えば、その誇りにも傷がついてしまう」

 

「・・・ですが、僕は、貴方に抓られても仕方の無いことをしたのです」

 

「・・・なに?」

 

「そも、貴方は奇妙なことを仰っています。太陽神である貴方が、なぜ聖闘士の誇りを重んじるのですか」

 

「そりゃ、大切にするに決まっている。今の俺を形作るのは、お前たち聖闘士の誇りなのだから」

 

「・・・・・・」

 

 なぜだか突然表情を曇らせてしまったオルフェに、はっきりと言って返すが、とうの相手は一瞬小さく見開いた目を伏せて、沈黙してしまう。

 

 ・・・なんだなんだ、いきなりどうしたんだ。

 

 情緒が安定していないにも程がある。

 まさか、先ほどから続く違和感のある態度からして、何か言いにくいことでも抱えているのだろうか。

 恐らく、いや、きっとそうに違いないな。 

 

「──アネモス、シオンが居る目的の地までは、まだ掛かるな」

 

「ヒヒン」

 

「そうか、よし。だったら一から順々に、話を進めても問題は無いな」

 

 友から返ってきた肯定の合図に笑顔で頷く。

 このまま話を進めていけば、オルフェが抱えている『何か』の正体も自ずと掴めるだろう。

 心の中で結論を出した俺は、眼前の男へ向い口を開いた。

 

「オルフェ。お前は一度死んだと言った。しかし、今はこうして元気に生きている。つまり、俄には信じられないが、お前は死者蘇生という奇跡をその身で体現したことになる。そうだな?」

 

「──はい、仰る通り。僕は冥界へと霊魂を落とされ、蘇った者なのです」

 

 オルフェは伏せた瞳を上げて、肯定した。

 死者の蘇生、か。

 それが、どれほどの偉業なのか、オルフェはどれほど理解しているのだろうか。

 余りにも平然調と語る男の様子に、俺は一度、己の記憶を整理し直すことにした。

 

 ──『死』とは、一般的には生命の終わりを指し示す言葉である。

 永遠の別離を死と表す例外もなくはないが・・・オルフェの言う人の死とは即ち、肉体の死により魂が冥界へと旅立ち、転生を待つ亡者と化すことを意味する。

 

 冥界は、冥王ハーデスが納める領域だ。

 

 つまり、一度死んだ人間が蘇るためには、冥王に見いだされるか、冥王を超えるほどの凄まじい神の力が必要となる。

 以前、ロドス島にて出会った魚座のアルバフィカが、死後に蘇ることができたのは、異界の太陽神アベルが、冥王ハーデスの権能を超える力を持っていたからに他ならないのだ。

 ・・・今思えば、いくらアベルが力を失った状態だったとはいえ、あの戦力差で勝てたのは正しく奇跡そのものだった・・・と、思考が逸れたな。

 

「・・・混乱してきたぞ。口振りから推測するに、お前が島を離れる際に口にした『俺に対する多大なる恩』と、お前の『蘇生』には関連があるんだろうが、俺にはオルフェを蘇らせた記憶はない。まさかとは思うが、戦神アテナが、お前を蘇らせたんじゃないだろうな」

 

「残念ながら、我らが女神の消息は完全には掴めていないのです。先日、シオン様の証言により進展はありましたが」

 

「そうか、アテナとは合流はできていないのか・・・ん? じゃあなんだ。結局、お前はどこの神に蘇生されたんだ」

 

 俺でなければ戦神アテナでもない。

 アテナの聖闘士を冥王ハーデスが蘇らせるとも思えないし、ともなれば、残るは俺に縁のある神の何者かが候補に挙がり得るが、地上に落ちてから今日に至るまでの日々を振り返ると、その可能生は万が一にもないと言えよう。

 では、誰が? 

 俺は、首を傾げながら、オルフェの回答を待った。

 

 ──待ったの、だが。

 

 

()()()()

 

 

「へ?」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「・・・・・・は?」

 

 呆気からんと放たれた理解の遠い言葉に、時が止まること、数秒。

 ついでに思考に空白が生じること、もう数秒。

 俺は、たっぷりと十数秒の間、あんぐりと開いていた口を静かに閉じる。

 そして、脳裏に浮かぶ文字列を再度なぞり、確認した。

 

 ──この人間は、一体何を言っているのだ? と。

 

 俺が、死したオルフェを蘇らせた? 

 ない、絶対に有り得ない。

 俺の記憶領域にそんな出来事の記載はないし、そもそも、死した人間を蘇らせる権能など今の俺には振るえない。

 他神の仕業か、それともオルフェがなにか、盛大な思い違いをしているのか。

 

「・・・すまない、オルフェ。もしかしたら、お前は別の神と俺を、間違えていたりするんじゃないだろうか」

 

 俺は困惑の視線をオルフェに向けつつも、慎重に言葉を選び、放った。

 しかし、オルフェは首を横に振り、断言する。

 

「いいえ、ヘリオス神よ。冥界に落ちた僕の魂を導いたのは貴方で間違いありません。ですが、そうですね。正確に言うのならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──俺の、小宇宙?」

 

 鸚鵡返しに問い掛けると、オルフェは柔らかい微笑みを浮かべ、透き通った瞳で俺を視た。

 

「ええ。・・・前置きが、長くなってしまいましたね。順を追って、経緯をお話致しましょう。──(くだん)の時は、今より十三年過去に遡ります」

 

 小さな決意を、視線に乗せて。

 もう、何度も耳に聞いた字句を継起として、オルフェは語り出した。

 

「悪神の手により聖域(サンクチュアリ)が混沌の渦に苛まれた、あの日、あの時、あの場所で。聖域は、新たに教皇となったサガを支持する者、サガに疑念を抱く者、そして・・・何を信じれば良いのか分からず、途方に暮れる者達に分かれてしまいました」

 

 それは、俺やシオン、アイオロスが、サガの奥義アナザーディメンションにより異次元へ飛ばされた直後の出来事であるようだった。

 俺は口を閉ざし、オルフェの話に意識を集中させた。

 するとオルフェは目を細め、憂いに満ちた声で綴った。

 

「・・・僕は、三番目の人間でした。一度、貴方にユリティースを助けていただいたというのに・・・『あのヘリオスが悪神なんて、嘘に決まっているわ』と訴える彼女の言葉に賛同することが出来ず、また、完全に貴方を疑うこともなく、事件直後はただ戸惑うことしかできずにいたのです」

 

 己の不義理をさらけ出し、男は、自嘲的な声で綴った。

 言わなければ、知られることはないというのに。

 正直すぎる告白に何とも言えない気持ちになり、思わず口を挟みかける。

 しかし、俺が口を開くよりも早く、オルフェが言葉を放った。

 

「やがて聖域は、亡き教皇よりも、新たな教皇を中心に纏まり始めました。僕たち聖闘士が言い争いを続けていようが、地上を脅かす者達は待ってはくれませんからね・・・。ですが、何よりも、統治者たるサガの手腕が素晴らしかったことこそが、新教皇派の力を強めた最大の要因なのでしょう。サガに異を唱える聖闘士らは、死の刑に処されることはなかれども、暫くの間は独房に投獄されたりなど、手酷い扱いを受けることとなった」

 

「・・・・・・シャカも、そんなことを言っていた」

 

「・・・! あの乙女座のシャカが、貴方に、そこまで話したのですか」

 

「ああ、色々と教えてくれた。随分と悟ったような物言いをする人間ではあったが、真摯なうえに、盤面を俯瞰できる、良い聖闘士だった・・・っとすまない、話を逸らしてしまったな」

 

「ふふ、ご安心を。僕も興味深いことが聞けましたから。・・・話を戻しましょう。そんな、教皇サガの元に聖域が纏まりつつあった、とある日の夜のことです。何事もなく一日を終えようと帰路についていた、僕と、ユリティースの元に・・・──貴方の予言通りの災厄が、姿を現したのです」

 

「俺の予言通りの災厄・・・っ・・・まさか、」

 

 一瞬緩まった頬を引き締めると、オルフェはどこか緊張した面持ちで頷き、硬い唇を動かした。

 

「その、まさかです・・・──運命神ケール。強大な小宇宙を纏うその存在は、自らの名をそのように告げました」

 

 オルフェは眉根に深い皺を刻みつけながら、低い声で言葉を紡ぐ。

 

「突然の神の降臨に驚愕する僕達に向い、かの女神は言いました。僕とユリティースは、神話の時代より引き裂かれる運命にあるのだと。しかし、本来ならば死したユリティースを蘇らせるために、僕が冥界へ下る定めにあったところを、他神が邪魔をし、運命がねじ曲げられてしまった。故にこそ、冥界の女神は僕達が正しい運命を辿れるよう、ユリティースを、直接殺めることにしたのです」

 

「・・・・・・」

 

 努めて冷静に語ってはいるが、人間の声音からは、隠しきれない怒りの感情が滲み出ていた。

 だが、それも当然の話なのだ。

 自分の恋人の命が狙われた理由が『神話の時代からの運命』などと言われて、納得できる人間など果たして存在するのだろうか? 

 否、否である。

 死別を強要する運命など、神も人も関係なく、理不尽だと憤るのが普通なのだ。

 

「フッ・・・まさか、聖闘士である僕の力を削ぐことが目的なのかと思いきや、ただ生まれ持った運命(サガ)ゆえに彼女の命をが狙われていたとは、思ってもいませんでしたが・・・かの女神は冥界の女王とは違い、慈悲無き存在でした。女神が指を鳴らした瞬間、閑散とした、僕達しかいない海岸の上空には、漆黒の毒蛇が空を埋め尽くすようにして生まれました。そして、毒蛇は死の濁流となり、僕とユリティースを呑み込まんと、一斉に襲いかかってきたのです」

 

 オルフェの、色素の薄い空色の髪の隙間から、鏡のように透明な瞳が覗く。

 まるで、オルフェが体験した過去の情景が、今、時代を超えて、男の双眼にそのまま映し出されているのかと思わせるような、そんな語り口だった。

 

「咄嗟にユリティースを背中に庇い、僕は小宇宙を込めた一撃を毒蛇の群れに放ちました。しかし、僕の渾身の琴の音は、本物の津波を剣で切り裂こうとするぐらい、無謀な抵抗にしかならなかった。連なる波の一枚をはがすことが叶っても、後に続く波には届かず、目の前が、悍ましい黒一色に侵されてしまったのです」

 

 目前に迫る、死神の遣いたち。

 哄笑を浮かべる、冥界の運命神。

 そして、抵抗虚しく不条理な運命に翻弄される、儚き命。

 

 ──絶望的な情景が、脳裏を過ぎった。

 

「っ・・・そうか、分かったぞ、お前の死因が。ケールは死によってお前達を引き裂こうとしたが、冥界へ落とす魂はお前でも問題は無かった・・・! ユリティースの代わりにお前は毒蛇の波に呑まれ、一人死んで──、」

 

 

「──いやあ! 流石の僕も、あの時は死ぬかと思いましたよ!」

 

 

 ──ずるりっ、と。

 晴れやかな男の声が響くのと、俺が体勢を崩しアネモスから落ちかけるのは、ほぼ同時の出来事だった。

 

「へっ、ヘリオス神? 大丈夫ですか!」

 

「・・・・・・・・・大丈夫だ」

 

「で、ですが・・・もしや、体力が限界に達しているのでは」

 

「・・・──いい、問題ない。だから頼むから、このまま普通に、客観的かつ冷静(クール)に温度を変えず、事実だけを話してくれ」

 

「・・・? はあ、畏まりました。貴方がそのように仰るのなら」

 

 オルフェは、心配そうな表情で「でも無理はしないでくださいね」と付け加えると、咳払いを一つ零した。

 

「そう、自らの死を確信し、何とかユリティースだけでも助けるようとした刹那の出来事です。・・・──突如として、ユリティースの髪飾りから、黄金と白銀を織り交ぜた美しい炎が立ち上り、毒蛇の群れを尽く焼き払ってみせたのです」

 

「・・・! その髪飾りは、もしかして、」

 

「はい。貴方がユリティースに授け、彼女が髪留めとして持ち歩いていた"天馬の翼"です」

 

 ・・・そうか。

 財布の礼に創った、翼の髪飾り。

 俺が渡したあのお守りを、ユリティースはきちんと持ち歩いてくれてたのか。

 アネモスの羽根を髪につける女人の姿を脳裏に浮かべ、心に温かいものを感じながら、俺は男の言葉に意識を戻した。

 

「貴方の小宇宙の発現に、女神は、非常に狼狽えた様子でした。・・・そして僕も。貴方の小宇宙に触れた瞬間に初めて、確信を得ることができたのです。貴方が本物の太陽神であり、また、聖域を混乱たらしめた真なる者の正体こそが、目の前で僕達を殺そうとしている、冥界の手勢だったのだということを」

 

 オルフェは拳を強く握りしめると、呻くような声で続けた。

 

「僕は、酷く憤りました。眼前の運命神に・・・そして何よりも、貴方のことを信じられなかった、自分自身に」

 

「・・・・・・オルフェ」

 

「毒蛇が一掃されると、運命神ケールは不気味な笑みを浮かべ、立ち去ろうとしました。しかし、二度にもわたりユリティースの命を奪おうとしたこと。そして、貴方に償うため、僕は衝動のままに女神の後を追おうとしました。・・・──それが、貴方の守護の届かぬ場所へ、僕を誘き寄せる罠だとも考えずに」

 

 オルフェは、小さく息をつくと、言った。

 

「一歩。たったの一歩。貴方の小宇宙の支配下から足を踏み出した瞬間。僕は、女神の放った闇色の小宇宙の波動に貫かれ──絶命しました。ユリティースの悲鳴が遠くに消えていく感覚を最期に、僕の魂は肉体を置き去りにして、冥界へと旅立ったのです」

 

「・・・それが、お前の死だったんだな」

 

「はい。悔いる暇も慟哭を上げる間もなく、呆気なく・・・僕の愚かさが、僕を殺めた。ですが、これで良かったのだとも思いました。僕が死ぬことでユリティースが助かるのなら、それが己にとっての、唯一の救いになり得ましたから」

 

 困ったような笑みを作り、「ですが」、とオルフェは続けた。

 

「それは、残された者のことを考えない、独りよがりの考えでしかなかったようです。冥界──音も光も失われた闇の世界に落ちて。僕は、自分という存在が徐々に薄れ、暗闇に溶けていくような、抗いようのない感覚に呑み込まれていました。しかし、全てを手放し闇に身を委ねようとした瞬間、ふと、僕の名を必死に叫ぶ、誰かの声が、天上の彼方から響いたのです」

 

 男は空を仰ぎ、眩い太陽に目を細めながら、

 

「おかしいですよね。冥界では、七感は働かず聴覚は機能しないはずだというのに。ですが、確かに音はありました。そして、懐かしい声に導かれて目を見開いてみれば・・・闇の中に、温かい、太陽が生まれているではありませんか」

 

「冥界に、太陽が・・・」

 

 ・・・──ああ、なるほど。

 ようやく、話が見えてきた。

 つまり、オルフェが語る太陽の正体こそが、お守りに込められた、俺の小宇宙だったのだ。

 眠り続けるオルフェに、必死になって声をかけ続けるユリティース。

 そして、そんな女人の叫びを、万物を良き方へと導く浄化の小宇宙が、オルフェの元まで届けたのだ。

 

「希望という光を思い出した僕は、僕を呼ぶ大切な人の元に帰るため、消えゆく(おのれ)を奮い立たせました。道中、自らをファラオと名乗る奇妙な輩に邪魔はされましたが、四十九日彷徨った後──僕は阿頼耶識(あらやしき)に覚醒し、床に伏す自らの肉体に、魂を戻すことに成功したのです」

 

「なっ、阿頼耶識(あらやしき)──エイトセンシズ、だと・・・!?」

 

 俺は愕然と声を上げ、瞼を大きく見開いた。

 

「本当に・・・いや、だが、そうか。蘇るにしては簡単過ぎるというか、重要なピースが足りていないように感じていたが、阿頼耶識か。それなら話の筋が通る」

 

 思わず上がる口角を手で抑えながら、俺は呟いた。

 

 通常人間は、視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚の五感、霊感や超能力などの第六感までを知り、ごく少数の者が、第七の感覚──セブンセンシズに目覚める。

 確か、黄金聖闘士の最低条件がセブンセンシズに目覚めることだか何だかと前にアフロディーテが言っていたので、セブンセンシズは人類最高位の実力者が有する力だともいえる。

 ──しかし、阿頼耶識(あらやしき)は、そんな最高位の更に先にある、ただ努力するだけでは辿りつけない彼方の域にあったりする。

 なにせ、本来ならば死者しか訪れることのない冥界で、生者のまま行動することができる冥界の秩序乱れまくりの力なのだ。

 人の子が、生きている内に取得するのは困難を通り越してほぼほぼ不可能。

 ものすごい大偉業と言っても差し支えのない奇跡なのだ。

 

「はは・・・オルフェ。お前、俺が導いたから生き返れたとかと言ったが、それは大きな思い違いだぞ」

 

「えっ?」

 

 驚きの表情を浮かべたオルフェに、俺は口端を上げながら説明した。

 

「お前が阿頼耶識に覚醒し、帰ってこられたのは、お前とユリティースが互いを想い合い、運命を乗り越えようと、最後まで諦めなかったからに他ならない。その証拠に、お前が生還を果たした後には、運命神ケールは姿を現さなかっただろう」

 

「・・・はい。仰る取り、あの後に冥界神が現れることはありませんでしたが・・・。一体、どういうことなのですか」

 

「言わずもがな、()()()()()()()()()()()()()()()()()。お前達が太陽神の手により運命から逃れたのではなく、お前達自身の力で神の試練を乗り越えてみせたのだと」

 

 確かに、翼の髪飾りに込められた俺の小宇宙は、オルフェの復活に貢献したのだろう。

 だがそれは、冒険者が持ち歩く地図ぐらいの機能しか有しない。

 実際に長く険しい道を踏破してみせたのは、他ならずオルフェ自身なのだ。

 

「地力で試練を超えた人間を無碍に扱えば、神の誇りに傷がつく。聖戦で相見える可能生はあるが、神話の時代からの運命というやつは、此度の奮闘で綺麗に清算された。運命神ケールは、もう、お前達を別とうとはしないだろうさ」

 

「っ・・・! それは、本当ですか」

 

「ああ、太陽神の名にかけて断言しよう」

 

 最大級の笑みをのせながら、力強く言って返す。

 すると、オルフェは強張っていた肩から力を抜き、安堵の溜息を漏らした。

 

「? オルフェ、どうかしたのか」

 

「・・・──ヘリオス神。本当に、貴方には何とお礼を言えばいいのか」

 

 突然俺の両手を掻っ攫ったかと思いきや、オルフェは涙ぐんだ声でそう言った。

 驚き固まる俺を尻目に、顔面に大洪水を引き起こした人間は嗚咽混じりに言葉を放つ。

 

「一度とならず二度までも助けていただいたこの大恩、一生掛けてでも報いてみせます・・・!」

 

「いやだから、俺は、そんな大した助力はしてないのだと・・・というか、アテナの聖闘士が他神に一生を掛けるのは不味いだろう!」

 

 だから早く、手を離してくれ・・・。

 これ以上は、俺とお前に挟まれたエスメラルダに鼻水が飛びかねない──!! 

 

「──恩有る方に不義理な者を、果たして真の聖闘士と言えるでしょうか。きちんと恩を返しなさいと、我らが女神も仰るはずです」

 

「・・・・・・」

 

 ・・・お前、アテナに会ったことないだろう。

 

 極めて真剣調と言う男に内心つっこみを入れながら、俺は盛大に溜息を吐き出した。

 オルフェの気持ちは、正直言って大変嬉しい。

 

 だが、オルフェが一生を掛けるよりも圧倒的に早く──俺は天界に戻るんだ。

 

 だから、これでいい。

 アテナを忠する人の子が、太陽の神に一生を掛けて恩を返す必要などどこにもない。

 俺のちょっとしたお節介が、上手い具合に人間達の導きになった。

 今回の騒動は、そんな一文で完結する、単純かつ明快な話でしかなかったのだ。

 

「クオォーン・・・クルル」

 

「ん?」

 

 そんなこんなと思考を回していると、突如として、沈黙を守っていたアネモスが、俺に何かを訴えかけるように、嘶き声をあげた。

 そして、風王結界の内部に、己の小宇宙で風を作り始めたではないか。

 

「・・・? アネモス、一体なにをしているんだ」

 

 いまいち意図を汲み取ることができず、俺は、翼を動かし続ける友に目を向ける。

 

 ──すると、

 

「! これは・・・天馬の小宇宙が、塊になって──」

 

 

 ──ザアアァァァッ──・・・ポロン、ポロン。

 

 

「・・・っ──」

 

 穏やかな風が。

 春の訪れを知らせる、心がじんわりと温もるような、優しい風が・・・空気を震わせ、音を生み出す。

 天馬の小宇宙が、オルフェの背負う白銀の琴に当り、弦を弾く。

 

「・・・・・・」

 

「驚きました・・・まさか、天馬が琴を弾いてみせるとは」

 

「ああ・・・俺も、驚いている」

 

 まさか、アネモスがこの調べを覚え、俺に聴かせてくれるとは。

 

「・・・懐かしいな。思えば、もう随分と長いこと、聴いてはいなかった」

 

 ──(アポロン)が奏でる、美しい、琴の音を。

 目を閉じ、振り返れば、瞼の裏には、かつての情景が黄金の花吹雪となって蘇る。

 そこには、時の流れるままに、友の琴に耳を傾けた、俺が一番幸せだった時代の記憶があった。

 もう二度と戻らない、友と過ごした楽園があった。

 

「・・・・・・なあ、友よ」

 

 ──俺は、時を超えてしまったんだぞ。

 ・・・それを、なんだ。

 地球の時間を監視する役にあるお前が、どうして俺に忠告の一つも言いにやってこないんだ。

 せっかくゼウスに言われて、お前に太陽としての役割を渡したのに、こんなことでは、俺が再び元の役割を担うことになるではないか。

 

「・・・なあ、アポロン」

 

 空に輝く、俺ではない太陽を見上げて、呟く

 

 ──お前は今、一体何をしているんだ?と。 

 

 無音の空に、自然と、眉が下がる。

 口が曲がって、胸に苦しい思いが湧き起こる。

 呑み込みきれない感情の渦が、自分の中を嵐となって通り過ぎていくのを、目を瞑りながら見送って──、

 

「・・・ヘリオス、神?」

 

「・・・・・・──うん、よし。わかった、よーくわかった。オルフェ! お前に、お願いがあるんだ!」

 

「──えっ? っ・・・はい、何なりと!」

 

 真っ直ぐ背を伸ばす男に、俺は、最大級の笑顔をつくり、言った。

 

 

「お前の琴の音を、聴かせてほしいんだ──アポロンにも負けないぐらい、とびっきりの情熱が籠もったやつをな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








お久しぶりです。閲覧してくださり誠に有り難うござます。
まず一言。
予想以上に長くなりました。そして更新まで2ヶ月かかってしまいました。
でも作者が書きたいものは書けました。
待ってくださった方々に、本当に有り難うございます。
もう少しテンポ良く話をかけるよう精進いたします。

お気に入り登録、評価や感想、誤字のご報告など!本当に、本当に有り難うございます。
大変励みになります。小宇宙を燃やしながら次話を書いていきたい所存です・・・!


さて。
前話のあとがきに書きました、オルフェとユリティースの年齢を間違えたお話をします。
というのも、一言に、わたしの思い込みが招いた事故と申し上げた方がいいのかもしれません。
「冥界下りかー・・・ん?オルフェはユリティースに琴を演奏して冥界で過ごしていたのか?じゃあ食事も冥界でしていた?でも冥界でご飯食べたら冥界の住人になるんだよな(神話のベルセポネを見ながら)・・・そうか、オルフェの時は止まってしまったんだな!(鏡月のレモン味をキメながら)そうかそうか、オルフェとユリティースは暫くの間冥界にいたから若い見た目だけど本当はサガとかアイオロスみたいに27歳とか28歳で三十路前だったんだなあ」十三話投稿ポチーッ。
21話投稿辺り
「今日も酒が美味い・・・え、オルフェ19歳?え、見た目の年齢・・・?いや、そうだ。そもそも冥界で時が止まったとか言う公式設定はないぞなにやってんだ・・・え、本当になにやってんだ?」
原作確認
「・・・パンドラさん、肩幅やばいな・・・じゃなくて、星矢がオルフェのこと数年前に行方不明になった伝説の聖闘士っていってるけど、例えば4年前にオルフェが行方不明になってたら回想シーンのオルフェとユリティース15歳とかで一輝兄さんとためになる。成熟しすぎなのでは・・・いや、じゃあこの時点で19歳であっているのか?・・・・・・・」
作者は、考えることを、やめた!

・・・はい。
本当に、申し訳ありませんでした。


それと、もう一つ。

この作品では、冥界の運命神ケールが、オルフェとユリティースに手を出したことになっていますが、これは公式で名言された設定ではありません。
ケールが出てきているチャンレを購読されたかたは知っていると思いますが、念のために。
車田先生は、ギリシャ神話に出てくるオルフェウスとエウリュデケーをモデルとして、オルフェとユリティースの設定を考えたのだと思われますが、この作品では、その神話こそがオルフェとユリティースの前世であると解釈をし、ケールが二人の前世(=死別)を運命と捉え、二人の内のどちらかの命を狙ったというように描写いたしました。

ですので、原作でユリティースが毒蛇に噛まれて亡くなり、オルフェが彼女を取り戻す為に冥界へ下ったこの神話をそのままなぞるような出来事は、正しく死の運命によるものではありますが、果たして死の運命を司るケール神が関わったかどうかは、神(車田先生)のみぞ知る領域のお話になります。

つまりこれは作者の考察と解釈の後に生まれた設定で有り、女神ケールが公式でやったことではないですよ、ということが言いたかったのです。(大事なことなのでもう一度)


長くなりました。
1300文字を超えてしまったあとがきを、果たしてここまで読んでくださった方がいるのかは定かではありませんが、巷では、いわずもがな、色々な時代の変化が巻き起こっています。作者もメンタル死んで就活がやばいです(血涙)

どうかご自愛くださいませ。皆様の健康ハーメルンライフをお祈り申し上げます・・・!
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