マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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23話 秘境

 

 

 

 

 

 ──琴座を寄越したのは、君なのだろう? 

 

 フッ、安心したまえ。私は、かの者の生存を、聖域に報告するつもりはない。

 

 

「・・・まったく。一体、どういった風の吹き回しなのでしょうか」

 

 蒼穹の彼方を見据えながら、男は楕円の眉を寄せ、呆れるように言葉を漏らした。

 一見、悩ましげに聞こえる声である。

 しかし、彼をよく知る者であれば、その響きに込められた安堵の色に気づくことが出来ただろう。

 

「かの神は、最良の選択をしたようだ。己を"今世に存在してはならぬ虚ろ"と称したシャカの評価を、尽く塗り替えてみせたのですから」

 

 声は、平坦だった。

 そこには賞賛や感嘆、神を恐れ敬う等といった感情は含まれてはいなかった。

 彼はただ、己の感情に蓋を閉め、冷静に状況を分析する。

 盤面を俯瞰し、自らに科せられた役割を遂げるために思考を巡らせる。

 

 しかし、ふいに、

 

 ──フッ、少し見ぬ間に一丁前の戦士になりおって・・・しかし、弟子の成長をこの眼にできるとは、私は幸福者なのかもしれんな。

 

 ──なあ、そうは思わないか、ムウよ? 

 

 

「・・・・・・・・・シオン」

 

 脳裏に過ぎる師の言葉に、男は小さな葛藤を覚える。

 

 ──天照らす光は、男の足下に、物憂げな影を伸ばしていた。

 

「ハア・・・どちらにせよ、今の私に出来ることをするしかない、か」

 

 溜息をつくと、静寂に満ちる空の一点へと、視線を向ける。

 風が、後ろで結った長髪をたなびかせる。

 時が、流れていく。

 

 そして、そして。

 

 

「・・・来ましたか」

 

 

 見据えた遠い空の端。

 眩い太陽を背後にして、一頭の天馬が、その姿を露わにした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 海を越え、山を超え。

 なお墜ちること無き、その両翼。

 

「さあ、到着です」

 

「!」

 

 凜々しいオルフェの声に、半ば眠りかけていた意識が急浮上する。

 両目を思い切り瞬かせて、俺は小さく頭を振ると、眼前の景色に言葉を漏らした。

 

「ここが、異次元を超えた、シオンが辿り着いた地──ジャミール、なのか」

 

 背に日を浴び、蒼穹の世界から望む眼下には、険しい山脈と、荒涼とした大地が地平の先まで広がっていた。

 そして、真っ直ぐ視線を下げた場所には、風景に溶け込むようにして(そび)え立つ、『石造りの館』があった。

 地上から天まで真っ直ぐと伸びる、五層に分けられた館からは、俺の体感にして凡そ数刻ほど前に眷属の契約を結んだシオンの小宇宙が、しっかりと感じてとれる。

 

「・・・ああ、よかった」

 

 無事に、辿り着くことができたのだ。

 大袈裟すぎるぐらいに肩の力が抜けていく。

 万が一の事態を考えて、意識を落とさぬよう努力していたのだが、それもここまで。

 少々空気は薄いが、耐えられない程じゃない。

 エスメラルダには簡易な術で空気が行き渡るよう施したし、うん、もう何の心配もいらないのだな・・・──、

 

「──ん?」

 

 ──ピリッ、と。

 和らいだ思考を遮るようにして生じた、肌を刺すような感覚に、俺は間の抜けた声を上げる。

 殺気とまではいかないが、喉につかえるような、呑み込みきれない複雑な渦のようなものが、ほんの一瞬だが俺の首筋を掠めていったのだ。

 

「ヘリオス神、なにか気になることでも?」

 

 オルフェが、気遣わしげに声を投げかける。

 

「・・・いや、少し疲れただけだ。気にしないでくれ」

 

 軽く笑って返すと、俺は何事もなかったように姿勢を正した。

 オルフェが気づいていないのなら、俺だけを対象とした何者かの無意識の感情を、俺が偶然拾ってしまっただけだろう。

 まあ、稀によくある現象だ。

 考察の余地はあるが、悪意は感じられなかった以上、今は頭の隅に置いておくのが吉だろう。

 

「ヒヒィーン!」

 

 そうこう考えているうちに、アネモスから着陸の合図が入った。

 白翼は、大きな烈風を巻き起こして、岩で形成された大地へと舞い降りる。

 流石は俺の盟友だ、慣れぬ三人乗りでも難なく着陸完了である。

 誇らしげに思い、友の翼をぽんぽんと労うように叩くと、俺はオルフェがエスメラルダを抱えて降りるのを見届けてから、自分も友の背から滑り落ちるようにして身体を降ろした。

 

「いてっ」

 

 ──やばい、シャカに焼かれた腕の火傷と裂傷、今になって痛くなってきた。

 じんじんと痛みを訴え始めた両腕に、和んで上がった機嫌が急降下していく。

 小宇宙で簡易な治療は施したし、オルフェの頬を抓るときは痛みもなくなっていたのだが・・・流石に酷使しすぎたのだろう。

 

 よたり、よたり。

 

 エスメラルダを抱えて館へと歩み出したオルフェと、後に続くアネモス。

 そんな愉快な仲間達の背中を眺めながら、ぼんやりと傷の具合を分析していた結果だろう。

 俺の身体は、大酒をくらった酔いどれさながらの蛇行を刻むと、前方ではなく背後の"崖"へ、吸い込まれるように後退し──盛大に足を踏み外したのだった。

 

 刹那の、浮遊感。

 

 

「──あ、やべ」

 

 

「──『あ、やべ』じゃないでしょうッ!!」

 

 

 ガシィッ!! と、自らの薄い腹に凄まじい衝撃が走る。

 誰かが、俺の身体を掴んだのだのだ・・・そう理解した瞬間、()()()()()()()()()()()、崖から離れた位置にある館の目の前へと一息に運ばれることとなった。

 ぽかんと口をあけて、俺は目を瞬かせた。

 

「く、空間移動、だと・・・? ・・・ああ、サガやカノンと同じように、人の身で神通力を使える者がいるのか、凄いなー」

 

「──貴方は!! 真面目に考察していないで少しは死にかけたことに対する危機感を持ったらどうなのですか!?」

 

「ひっ・・・す、すまない。ちょっと気が緩みすぎていたようだ。・・・ええっと」

 

 地面に腰をつけて座り込みながら、俺は憤激を露わにする人間をのぞき見た。

 険しく寄せられた見覚えのある楕円の眉に、膝元で結った桃色の長髪。

 緋色の首巻きの下には、この地域特有かと思われる衣装を身に纏っている。

 

「ムウ様ー! どうしたんですか!」

 

牡羊座(アリエス)様、一体何が・・・」

 

 と、崖から俺を救った人間を観察していると、館の入り口から、新たに二人の人間が姿を表した。

 一人は、茶髪の、これもまた特徴的な楕円の眉をした、アイオリアくらいの幼子。

 もう一人は、言わずもがな、凜とした佇まいをした、美しい女人である。

 

「っユリティース!」

 

「まあ、ヘリオス様! オルフェが向ったので大丈夫かとは思っていましたが・・・ご無事で何よりです!」

 

「ああ、俺も・・・オルフェから話は聞いていたが、元気そうでなによりだ!」

 

 安堵の声を漏らしながら、俺は緩慢な動作で立ち上がった。

 つかの間の再会を歓喜しながらも、俺は、幼子とユリティースの口にした言葉を反芻する。

 "ムウ様"、"牡羊座様"。

 オルフェの演奏を聴きながら教えて貰った、ジャミールの情報のなかに、当てはまる名前はあった。

 

「そうか、お前だったのか」

 

 俺を助けた人間に向き直る。

 そして、芽吹いたばかりの若葉のような、意志の強い男の双眼を見据えながら口にした。

 

「シオンの弟子にして、白羊宮を守護する黄金聖闘士──牡羊座(アリエス)のムウ! そう、あのときアイオロスに修行の地へ行く相談をしていた、元気な金ピカちびっこ集団の中の一人だな」

 

「・・・間違えてはいませんが、最後の部分、必要でしたか?」

 

 ムウは、曖昧な表情で言うと、呆れたように続けた。

 

「既にご存じのようですが、改めて名乗らせて頂きます。私は牡羊座のムウ。この地で、聖衣を修復する者です」

 

「俺は太陽神ヘリオス。牡羊座のムウ、助けてくれてありがとうな! ・・・それにしても大きくなったな。少し前までそこの幼子と変わらないくらいのサイズだったというのに」

 

「ムウ様が、おいらと同じくらいのサイズ?」

 

「・・・貴鬼、お前はオルフェを奥の部屋に案内し、その少女を床に寝かせてあげなさい」

 

「ハーイ!」

 

 元気に声を発すると、貴鬼(きき)と呼ばれた幼子はオルフェを館の中へと手招きした。

 

「ヘリオス神。僕は一度、ここで御前を失礼します」

 

「では、この()の看病は私が。ヘリオス様、積もる話もありますが、また後ほどお礼を申し上げに参りますね」

 

「え? ああ、また後でな、オルフェ、ユリティース。エスメラルダをよろしく頼む」

 

 柔らかく微笑む女人と、ぺこりと頭を下げたオルフェを見送ると、館の前には、俺とアネモスとムウのみが残る。

 なんだか慌ただしいなあと感じつつも、俺は無言で俺を見据える人間へ向けて、口を開いた。

 

「なあ、牡羊座。エスメラルダについては、何も聞かなくていいのか」

 

「問題ありません。貴方が時を超えたことや、乙女座のシャカに生存が知られてしまったことも含め、デスクイーン島での出来事は、オルフェからテレパシーを受けています」

 

「いつの間に・・・」

 

 恐らく、俺の意識が半分飛んでいたときにオルフェは連絡したのだろう。

 話は早くて助かるが、ちょっとだけ置いてけぼりだ。

 この地が、聖衣を修復する修復師の住まう場所であることや、シオンの弟子が牡羊座のムウで、更にその弟子があの貴鬼という幼子だということは既に聞いている。

 しかし・・・。

 

「あんな亡霊で埋まる崖があるとは、思わなかった」

 

 先ほど落下しかけた崖に視線をやりながら、俺は呻くような声を漏らした。

 そこには、ジャミールの入り口だと思える、濃霧に包まれた、人一人通るのがやっとの細道があった。

 岩で出来たその道には、巨蟹宮と同じぐらい・・・いや、下手をすればそれ以上の"死した人間達の魂"が漂っており、更に足場を逸れた十数メートル下の地点には、鋭利な岩石が所狭しと犇めいている。

 常人が落ちれば、岩に突き刺さり、絶命を余儀なくされることまず間違いなしだ。

 

「聖域同様、このジャミールは秘さねばならぬ聖衣修復の要地ですからね。誰彼構わず、簡単に入ってこられては困るのです」

 

「それもそうだが・・・なあ、あそこの聖衣みたいなのを纏った魂達は、」

 

「聖衣の墓場の亡霊たち。彼等は、デスマスクの集めた巨蟹宮の亡霊達とは異なり、同意のうえでジャミールの門番を引き受けています。付け加えて、貴方の小宇宙に触れれば浄化される可能生がありますから、今後出入りの際は、先ほどのように空か、異次元を通ってください」

 

「そう、だったのか。・・・わかった、気をつける」

 

 牡羊座の言葉に、どもりながら首肯する。

 すると、よほど覇気の無い返事だったせいだろうか。

 

「不憫な思いをさせてしまい、申し訳なく思っています。ですが、この地の秘密を守るためには必要なことなのです。どうかご容赦くださいますよう」

 

 ムウは目を伏せると、恭しい一礼を加えて済まなそうに言った。

 ・・・ついさっき怒らせてしまった相手に、畏まった態度をさせてしまった。

 何だかちょっぴり複雑な心境に陥りながらも、俺は軽く笑って返す。

 

「はは、容赦も何も、新参者は俺なんだ。そう気を遣う必要はないうえ・・・まあ、俺の態度が紛らわしかったな」

 

「はい?」

 

 不思議そうな顔をするムウに、俺は声がつっかえた訳を告げた。

 

「別に不憫に思ったのではなく・・・ただ、少し・・・"おセンチ"になったんだ」

 

「・・・"おセンチ"とは?」

 

「? 今時の人間が使う言葉だと、デスマスクが教えてくれたんだが・・・感傷的という意味らしい。ムウは知らなかったんだな」

 

「・・・・・・あの男は・・・神になんていう俗語を吹き込んで・・・」

 

 こめかみの辺りを抑えながらぶつくさと呟くと、ムウは俺に向き直り口を開いた。

 

「いいですか、太陽神ヘリオス。"おセンチ"などという言葉を使う者はそうそういません。通じる相手はデスマスクと・・・まあ、よくて老師くらいでしょう」

 

「そうなのか。・・・ところでその"老師"というのは?」

 

 

「──天秤座(ライブラ)童虎(どうこ)。前聖戦を生き残り、今は廬山の大瀑布にて次代の聖闘士を育てている。私の同胞のことだ」

 

「その声は・・・──シオン!」

 

「無事でなによりだ、ヘリオス」

 

 館の中から現れたシオンは、安心したかのようにまなじりを下げて言った。

 俺は咄嗟にシオンの傷の具合を確かめようとした。

 視線を動かし、シオンの衣服から覗く肌を見るが、サガと戦った際の傷は既に無くなっている。

 

「きちんと治療ができたんだな」

 

 言うと、俺もシオンに倣う形で、顔の筋肉が緩まった。

 すると、どこか焦りを滲ませた口調で、ムウが言葉を放つ。

 

「っ・・・シオン、いけません。貴方は瀕死の重傷で、牡羊座の聖衣の元に現れて・・・いくら傷を癒やしても、立ち上がることすらできなかったというのに」

 

「そうだな。お前の言うとおり、この一月の間は話すのがやっとで、意識を保つことすら難しかったが・・・うむ、どうやら不調が治らぬ原因は、ヘリオスと結んだ契約にあったらしい」

 

「・・・なんですって?」

 

ムウが眉を顰める。

俺はシオンとムウを交互に見やりながら、ああ、と手を叩いた。

 

「なるほど。現世と異次元空間の隔たりが、契約の効力を弱めてしまったんだな。・・・これもアポロンの封印の影響だろうなぁ・・・。同じ時空にいる間は問題ないだろうから、これから異次元に向う際は同時にか、短時間の移動に用いるくらいにしよう」

 

「承知した。しかし、今気づくことが出来てよかったな」

 

「ああ、全くだよ」

 

 俺とシオンとアイオロスが、同時に異次元に放り込まれる場合は、契約者同士が同じ時空にいるので問題なし。

 また、異次元を介して行う空間移動(テレポート)も、契約の繋がりが消えるのはほんの一瞬なので、特に問題は無し。

 しかし、誰かが単独で異次元に飛ばされ分断されると、シオンかアイオロスが実質行動不能になってしまうので要注意、というわけだ・・・。

 

「・・・・・・あ」

 

 一頻り思考を巡らせてから、俺はとんでもない可能生に気がつき、目を見開く。

 不味い。

 非常に不味い。

 アネモスに預けていた背中をピンと伸ばすと、俺は両手を合わせて術を唱えた。

 

「──陽光よ、我が手に集いて道を示せ!!」

 

 弱々しい茜色の炎が灯るが、炎に変化は訪れない。

 噴き出る汗に急かされながら、俺は目を回した。

 

「っ・・・ち、ちくしょう・・・アイオロスがジャミールに居ないのはオルフェから聞いてたが、まさか現世にすらいないのか!」

 

「へ、ヘリオス神? ひとまず落ち着いてくださ──、」

 

「大変なんだ牡羊座のムウ! 探知の術が反応しないということは・・・アイオロスだけ、異次元に置き去りにされてるんだ! 俺が現世にいるってことは真面に動くこともできない! 今すぐ迎えにいかないと──、」

 

 ──視界が、歪んだ。

 力が抜け、これまで気力で保っていた意識が、溶けるように沈んでいく。

 

「ヘリオス!」

 

「ヒヒン・・・!」

 

 思えば俺も、スニオンの岩牢を壊すために小宇宙を放出してから、真面な休憩を取れておらず、限界をとうに超えているのだった。

そのうえなけなしの小宇宙を使い、追い打ちをかけた。

 

「あ、あいおろ・・・──」

 

 焦燥に駆られる意志に反して、俺の意識は、安寧を求めて暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──お前は確か、太陽の天馬・・・いや、ヘリオスの友、だったな』

 

 

 海面に屹立する人間は、静かに告げた。

 

 

『・・・・・・』

 

 ささやかで、切実な日課が、実を結んだ。

 

 空を駆け、時には海中に潜り込み、

 目の前の人間を探すことこそが、私の日課だったのだ。

 

『お前と顔を合わせてから、あれから十年も経つのだな』

 

『・・・・・・』

 

 私は、沈黙した。

 

 私を友と慕う神は、この人間の生存を、信じ疑ってはいなかった。

 ゆえに、私は、友の信じた可能性に賭けて、毎日、毎日、男を捜して世界を回った。

 それが唯一、今の自分にできることだったから。

 

 

『・・・()()()()()()()()、と風の噂に聞いたのだが。・・・アネモスよ。お前は無事だったのだな』

 

 

 緑を溶かし込んだ長髪を、海風に混ぜられながら、人間──カノンは、陰った瞳でそう言った。

 人間の言ったとおり、ヘリオスは死んだ。

 もう一人のサガに殺され、邪神と蔑まれ、寄り添ってきた人間に尊厳すら奪われて、消えた。

 しかし、

 

『クォーン』

 

『・・・・・・違う、と言うのか』

 

 私は首を横に振った。

 ヘリオスは死んだ・・・それは、人間達の中でのみ通じる事実だ。

 ヘリオスは生きている。

 残念ながら、遙か昔に友と結んだ契約の糸は、太陽神アポロンが施した封印に邪魔され、辿ることができない。

 ゆえに、明確な印はない。

 だが、私の確信が揺らぐことはなかった。

 

『・・・? これは、海水が風にすくわれて・・・』

 

 

『──我が友は、約束も果たさず滅びる神ではない

 

 

『・・・!!』

 

 操った風で海水を浮かばせ、宙に文字列を創り上げる。

 

友は生きている。友がカノンの生存を信じていたように、私も、友の生存を信じている

 

『っ・・・ヘリオスが、この俺が生きていると、そう言っていたのか?』

 

 アネモスは、深く頷いた。

 小宇宙を解除し、海水が音を立てて海面に落ちるのを見送る。

 

『・・・・・・あの大馬鹿者め』

 

 カノンは口端をぎゅっと引き結ぶと、俯いてしまった。

 

 流石に十年も経てば、背も伸びた。

 その身から溢れ出る闘気は並々ならず、神話の時代から生きてきたアネモスですら驚くほどに、磨き上げられている。

 我が友の想像通りだ。

 カノンは自らの力に驕らず鍛錬をし、小宇宙を極限まで高め続けたのだろう。

 

『ヒヒン』

 

 アネモスはカノンを労うように啼いた。

 カノンは、()()()()()()()()()、アネモスの頭に、優しく触れた。

 

『・・・お前も、苦労したのだろうな』

 

『・・・・・・』

 

 アネモスは、()()()()()()()()()()()()()じぃ、と眺めながら思考した。

 聖域の統治者シオンが、友の術を受け意識を飛ばしている間に、カノンの身に起った顛末は聞いた。

 兄であるサガの手によって岩牢に放り込まれたこと。

 それを見つけた友が鉄格子を壊した際に、手に握っていた海皇の三叉鉾(トライデント)と共に海中へと引きずり込まれたのだということも。

 

 やがて、時間はかかったが、アネモスは、カノンを見つけることが叶った。

 この人間の生命力を信じていたヘリオスの想像が当たり、後はめでたい話を土産に、友の帰還を待つだけとなるはずだったのだ。

 

『フッ・・・この鎧が気になるか?』

 

『ヒヒン・・・』

 

 だからこそアネモスにとって、カノンが身に纏う鎧は、想定外の存在だった。

 

『・・・まあ、お前の反応も無理はない。これは海龍(シードラゴン)鱗衣(スケイル)。海皇の元に集う海将軍(ジェネラル)に与えられる、黄金聖衣(ゴールドクロス)にすら匹敵する硬度をもった鎧だ』

 

 ──カノンよ、お前は誉れ有る、双子座(ジェミニ)聖闘士(セイント)ではなかったのか? 

 

『お前と再会できてよかった、アネモスよ、悪いことは言わん・・・天界へ戻れ。お前の友ヘリオスは死んだ・・・俺が巻き込み、あの悪魔に殺され、神としての尊厳まで汚されたのだ』

 

『・・・!』

 

 違う、それは、絶対に違う。

 アネモスは必死に想いを伝えようと、海水で文字を作り続けた。

 

 ──ヘリオスはきっと生きている。

 ──自らを責めるな。

 ──全ては、冥界神の策略だったのだ。

 

『・・・・・・フッ、安心しろ、アネモスよ・・・』

 

 想いが伝わったのか。

 アネモスは、穏やかなカノンの声に安堵しながら、文字からカノンへと目線を移す。

 

『──、』

 

 しかし、

 穏やかな声に反し、カノンの瞳は、殺意に濡れて、ぎらぎらと怪しい光を放っていた。

 

『冥界神がヘリオスの死に関わっていることは、既に想定していた。なにせ現状、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『・・・!?』

 

『さらばだ、天馬よ。もう相見えることもないだろう・・・"ゴールデントライアングル"』

 

 天の中心にある太陽を見据えながら言うと、カノンは鱗衣(スケイル)の手甲を腕にはめ、別れを告げるかのように身を翻す。

 そして小宇宙を燃焼し、自らの眼前に三角の図形を描く。

 

──たちまち、空間を引き裂いて、異次元への扉が姿を現した。

 

 

『俺は必ず、ヘリオスの仇を討つ・・・──サガを、この手で殺してやる』

 

 

 静止する間も与えず、

 復讐の業火に支配されたカノンは、異次元へと姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







いつも閲覧ありがとうございます。

明朝、誤ったかたちで投稿してしまったため削除をし、再度投稿しました。
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