マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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26話 光を切り裂く刃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は、館の床を揺らしかねない勢いで歩みを進める。

 その美しい水面を彷彿させる瞳には、深い焦燥の色が滲んでおり、男の心情をありありと表していた。

 やがて目的の人物を発見すると、ダンッ! と音を立てて立ち止まる。

 

「シオン様ッ! いい加減もう我慢の限界です!! 今すぐヘリオス神とムウを止めてください!!」

 

 目の前で聖衣を修復していた教皇シオンは、ぴたり、と動きを止めて肩を落とした。

 

「オルフェ、またその話か」

 

「貴方もご覧になったはずです・・・! 死人同然の容体で意識を失う、ヘリオス神の惨いお姿を」

 

「そうさな、だが、死んではおらん」

 

「・・・貴方は、あのお方がどうなっても良いと、そう仰るのですか!?」

 

 ぎり、と奥歯を強く噛み締めて、オルフェは吠えた。

 シオンは手に握った金槌を置き、目前の聖衣からオルフェに視線を向けると、静かに言った。

 

「私も、同じ事を言ったよ」

 

「・・・え?」

 

「10日前の夜。異次元空間にて行われる1日目の修行を終え、ボロ雑巾同然の姿でムウに運ばれたヘリオスの姿を見たとき、私も同じ事を言ったのだ。『ムウ、お前はヘリオスをどうするつもりなのか』とな」

 

 驚いた表情を浮かべたオルフェに、シオンは聞き取りやすいハッキリとした声で続けると、小さく溜息をついた。

 10日前に突如始まった、ムウによる、ヘリオスの修行。

 貴鬼曰く、ムウの修行は鬼らしいが、ムウは繊細な小宇宙の制御が出来る、数少ない聖闘士だ。力加減を誤りヘリオスが死ぬ心配は無い。

 しかし、その事実を理解していても反射的に声をかけてしまうほど、ヘリオスは惨い姿でシオンの前に現れた。

 シオンはひとつ、苦笑いを浮かべて続けた。

 

「するとどうだ。ムウが答えるよりも早く、意識を失っていたはずのヘリオスが目を覚ましてな」

 

 

『──ムウはちゃんと、加減してくれているから心配はいらない。ああ、それと、シオン。今更だが、異次元での修行できがついた。サガの奥義で異次元に飛ばされたときは、あんな不安定な場所で、全てを丸投げしてしまってすまなかった。俺とアイオロスの命を守ってくれて、ありがとう』

 

 

「そのように言われてしまっては・・・私にはもう、口を挟むことはできんと悟るほかなかった」

 

「・・・どういうことです?」

 

「オルフェよ。お前は聖闘士候補生や聖闘士が、命懸けの修行を続けている最中、『危ないから止めろ』などと口を出すか?」

 

「っ・・・彼等は戦士です、ヘリオス神の話とは関係ないでしょう」

 

「一緒だとも」

 

 シオンは立ち上がると、未だ解せぬと言った顔をするオルフェに、穏やかに言う。

 

「お前も一度目にしたはずだ。シャカからエスメラルダを守る、ヘリオスの姿を。“守る為に戦う者”を戦士と呼ばずなんと言う。なにより、同じ志をもった我らと肩を並べて戦うことを、ヘリオスは、己の意志で選んだ。・・・ならば我らが為すべきは、ヘリオスの心配でも、修行を止めさせることでもない。“信じて待つこと”。それこそが、あの小さくも温かい輝きで我らを信じてくれる、太陽のためにしてやれることではないか」

 

「・・・シオン様」

 

 諭され、オルフェは口を閉ざして、過去に思いを馳せる。

 オルフェにとってのヘリオスは、自らと大切な人を守り、導いてくれた、恩ある神だった。

 故に、オルフェは大恩に報いるため、ヘリオスをあらゆる困難から守りたいと願っていた。

 ・・・だが、それはオルフェの一方的な願いであり、ヘリオスの本懐とは異なっていた。

 

 自らが真にヘリオス神の恩に報いたいのなら・・・かの神の想いを尊重し、その願いに寄り添える者にならねばならない。

 

 オルフェはゆっくりとシオンの言葉を咀嚼して、自らの胸にしまうことにした。

 

「・・・しかし、待つことしかできないというのも、歯痒いものですね・・・」

 

自嘲するように俯くオルフェに、シオンは口角をあげて言った。

 

「フッ、オルフェよ、そんなことはない。我らには我らの為すべきことがある。・・・()()()()()()()()()()()()()()()、仕度はすませておくことだ」

 

「!! ・・・はい! アテナ、及び聖域の動向等──ヘリオス神が不便なく日本へ渡れるよう、準備は万全にすませておきます」

 

「うむ、頼りにしているぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──常闇の果てから、死の星光が襲来する。

 

 

「浄化──・・・くッ!!」

 

 

 咄嗟の判断だった。

 天も地もない闇の世界に浮かぶ俺は、鋭く息を吐き出すと共に、大きく身を翻す。

 

 シュパンッッ!!! 

 

 間一髪。

 正に今、宙に浮く身体を貫かんと背後から迫った光弾は、脇腹を掠めて常闇の果てへと消えていった。

 

「──はあ、はあ・・・うぐっ・・・」

 

 血が滲み熱をもった脇腹を押さえ、小宇宙での治癒を試みる。

 肩で息をしながらも、全ての感覚を研ぎ澄ませて、次の攻撃に備える。

 

 視界に広がるのは、闇一色に染まる世界を駆けていく、星屑の群れ。

 それは端から見れば、思わず見とれてしまうほど美しくも神秘的な光景だった。

 

 ──だがそんな光景も、光の終着点目線だと、たまったものではない。

 

 なにせ、美しい星屑の正体は、()()()()()()()()()()()()()()()

 聖衣もない生身で直撃すれば、内臓が破裂するか、下手をすれば身体に大きな穴を開けることとなる。

 しかも、そんな恐ろしい攻撃が、全方位から殺到してくるのだ。

 とてもじゃないが正気じゃない。

 だが、正気では生き残れない世界での戦いを、俺は自ら選択した。

 本能的な恐怖を押し込めながら、俺は全神経を研ぎ澄ませた。

 

「っ──!!」

 

 鋭く、息を呑む。

 気づけば認識をくぐり抜けて眼前に迫っていた、小さな光弾。

 なるほど、小ぶりの光弾を、通常の光弾よりも早く放てば、視界に収まる光弾は全て同じ大きさに見える。

 視覚だけに頼っていれば、遠近感覚の隙をつかれ着弾を許してしまうということか・・・やってくれる。

 

「このッ!!」

 

 寸前のタイミングで、小さな光弾を、小宇宙を込めた拳で叩き落とす。

 光弾は、ドシュッ!! と鈍い音を立てて、確かな手応えをと共に塵となった。

 そして叩き落とした勢いを維持しながら大きく前に一回転。

 死角である斜め下から迫っていた光弾を、ぎりぎりのところでやり過ごす。

 

「ここだっ──浄化炎ッ!!」

 

 叩き落として、躱して、余裕が生まれれば浄化炎で広範囲の光弾を焼き払う。

 そうして、全ての小宇宙の光弾がなくなると、今度は目の前に、一つの気配が発生する。

 

「──10日で、ここまで動けるようになりましたか。・・・なるほど、私が予想していた以上に、貴方には戦いのセンスがあるらしい」

 

「っ!!」

 

 咄嗟に身構えるヘリオスを前に、先ほどまでの光弾を放っていた張本人──牡羊座のムウは、小さく首を降った。

 

「しかし、私は全ての星屑を打ち落とすように言ったはず。六割以上を避けてやり過ごしているようでは・・・自分の身は守れても、他者を守ることはできないでしょう」

 

 厳しい言葉だった。

 だが、それを告げるムウからは敵意は微塵も感じられない。

 抗戦の意志はなし。俺は、構えていた拳を下げて、ほっと息を吐いた。

 

「そうか、自分の身は、守れるようになったか。喜ばしいな」

 

「・・・褒めたつもりはなかったのですが。何故そこで喜ぶのです」

 

 思わずといった様子で額を抑えたムウに、俺は当然のように答えた。

 

「なぜって、少なくともこれで、誰かが俺を庇って怪我を負うような事態は避けられるようになったんだろ。これを喜ばずしてどうするんだ」

 

 少なくとも、ムウと同じ黄金聖闘士であるシャカに言われた『自らを守ることすら叶わないだろう』という言葉を払拭できるくらい、前には進めたことになる。

 

「ほら次だ、次。岩石と槍の雨から始まって、飛行機やイージス艦・・・今ではお前の奥義になったが、見ての通り俺はまだまだ元気だ。もっとビシバシ鍛えてくれ」

 

「・・・・・・本気で、直接日本へ出立するおつもりなのですね」

 

「当然だ。そのためにお前に頼み込んで、こうして鍛えて貰っている」

 

 まだ及第点はもらえてないが、確実に成長できている。ならば諦めず、なんとしてもムウを納得させられるくらい、強くならねばならんのだ。

 気合いを入れるように拳をたたき合わせながら、急かすようにムウを見据える。

 しかし、ムウは「・・・はあああ」と肺の底から絞りだすほどの大きな溜息を吐き出して、沈黙してしまう。

 

「ん? どうした、腹でも痛いのか? 大丈夫か?」

 

「・・・・・・」

 

 いきなり下を向いたムウを心配して声を掛けたのだが、返答はない。

 意図をくみ取れずじっと黙って待つこと、数秒。

 

 

「・・・毎日毎日、出血多量で気絶していれば、じきに諦めると思っていたのですが」

 

 

 北欧の神もびびりそうな極低温の響きをもった声で言うと、ムウはこれまでの修行では比較にならないほど強大に、小宇宙を高め始めた。

 ──めきり、めきりと、何かが割れるような音がムウを中心に生まれ、よく見えれば異次元空間に歪みが生じていることに気がつく。

 

「・・・えっと、ムウ師匠・・・?」

 

「ええ、ええ。太陽神ヘリオスよ。お許しください。正直私は、貴方の覚悟を侮っていました。故に大抵の聖闘士なら根を挙げる程度の修行に甘んじていたのですが・・・どうやら、貴方には不足だったようです。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「エッ?」

 

「光に包まれて眠りなさい──スターライトエクスティンクションッ!!」

 

 

 この世は無常。

 言葉の意味を汲み取る間も与えず、清浄さに満たされた光の波動が眼前まで迫り来る。

 

 

「──、」

 

 

 叫ぶ間もない。

 本能が回避では間に合わないと悟ったのか、咄嗟に両手が前に出る。

 浄化炎での相殺・・・否。

 それも、間に合わない。小宇宙の炎を放とうと、掌に小宇宙を手中させた瞬間、光の濁流が俺に衝突した。

 

「ッグ、ウウウウッ!!」

 

 焼けるような痛みと、防ぎきれない衝撃に、苦悶の声をあげる。

 

 

「──そのままでは、光に消えてしまいますよ?」

 

 

 光の先から、感情のこもらぬムウの声が響く。

 そんなこと、俺が一番理解している。必死に星光の濁流を受けとめながら、奥歯を強く噛み締める。

 ・・・きりが無い。

 受けとめつづけても・・・これじゃシャカの攻撃を受けたときとまるで変わらない。

 このままでは、いずれ小宇宙がつきて、俺は光に呑み込まれてしまう。

 

「ッ・・・」

 

 思い出せ・・・シャカの光を跳ね返したあの時、俺はどうした。

 ・・・そうだ、俺は賭けに出たはずだ。防御に徹しても無意味と理解したから、攻めに転じた。

 エスメラルダの想いを束ねた小宇宙を、浄化炎として放ち・・・結果、小宇宙の殆どを失う危機的状況に陥ってしまったのだ。

 

 ──考えなしに小宇宙を放ち続ければ、直ぐに疲弊し戦えなくなってしまう。

 ならば、黄金聖闘士たちのように効率よく小宇宙を用いるために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

全力でムウの奥義を防ぎながら、高速で思考を回していく。

 

 創造しろ。

 先へ進むために。彼等と肩を並べる戦士になるために。

 皆それぞれの“我”があっただろう。

 

 ──薔薇を誇りと掲げる聖闘士がいた。

 ──雷を拳に纏う、雄々しき獅子が、身をなげうって俺を救った射手座の英雄がいた。

 ──星光を自在に操る賢者とその弟子、星々をも砕く圧倒的な破壊力を持つ者、神の如き黄金の光を纏う、理を問う者。

 

 彼等は皆一様に、自らの決意の形を持っていた。

 では、俺は? 

 今までは、我武者羅に小宇宙をふるって来た。それで、自身と、人の子達を守ることができた。

 だが、これからも奇跡のような偶然に縋うようなやり方では、本懐を遂げることなど到底不可能。

 今この瞬間でさえ、ムウの放つ星光に、行く道を閉ざされている。

 未来も、行く末も、乗り越えなければならぬ壁が幾重にも立ち並んで、俺の歩みを妨げる。

 

 ──でも、だったら。

 

「──ッ・・・そうだ、道が、閉ざされているのならッ!!」

 

「!」

 

 前方へ広げた掌を合わせて、掌に込めた小宇宙を束ね、()()

 全集中。白銀に煌めく自らの小宇宙を凝縮させて、かつて憧れた形へと成形し──、

 

 

「そんなのは、切り拓けばいいッ!!」

 

 

 ──ザアアァァンッッ!! 

 

 

 ()()

 高らかな音を響かせて、大いなる光の波は、真二つに引き裂かれる。

 左右に逃れるように光は溶け、純白の輝きに染められた空間は、異次元空間そのものの漆黒を取り戻す。

 

 開けた道の先にいたムウが、驚愕の表情で口を開いた。

 

「・・・それは、“剣”ですか」

 

 俺の手に納まる、白銀の剣。

 刀身は俺の背を超すほどにも長く、幅広い。持ち手から先は、鋭い剣尖へと収斂し、眩い燐光を放っている。

 かつて憧れていものとは大分違う。

 だが、俺の決意を露わにするように雄々しい輝きを纏う剣に、誇らしげに言葉を紡ぐ。

 

 

「ああ、父上がガイアから賜った武具たる楚真(ソーマ)太陽光剣(プロミネンスブレイド)を形取って構築した、俺の剣──名付けて光の剣(ルミナスブレイド)だ」

 

 

 奇跡のように美しい剣を見やって、一つ苦笑いを零す。

 まさか争いを嫌う自分が、戦う為に剣をとることになろうとは。

 しかも我が父ヒュペリオンが所有する太陽光剣は漆黒だし、倍以上も巨大で、放つ神力も桁違いだというのに・・・父上と同じ武器を持てるということだけで、舞い上がりつつある自分がいる。

 先程まで危機的状況にあったというのに、俺は緊張感もなく笑みを零してしまう。

 

「フッ、光の剣(ルミナスブレイド)ですか・・・なるほど、貴方の欠点を補う、良い奥義です」

 

「俺の、欠点・・・?」

 

 鸚鵡返しに聞き返すと、白銀の剣を興味深そうに観察しながら、ムウは答える。

 

「貴方の唯一の武器だった浄化炎は、連打と小回り、及び放つという特性上、小宇宙の消費が多いという欠点があった。しかし、“剣”と小宇宙を固定することにより、それらの欠点を補うことに成功するだけではなく、新たに接近戦と持久戦を可能とするまでに至った。・・・素晴らしい進歩です」

 

「そ、そうなのか」

 

 いきなり褒めちぎられて、しどろもどろに頷く。

 何故か先程までと比べても数段以上、ムウの纏う空気から並々ならぬ“やる気”のようなものを感じる。

 

「ヘリオス神、剣を振るったご経験は?」

 

「嗜む程度だな」

 

 正確には、父上の太陽光剣を振り回して遊んだり、護身術を習ったときに多少使った程度である。

 

「なるほど。理解していると思いますが、どんなに良い剣があろうとも、扱う者が使い方を知らなければ意味がありません」

 

「そうだな」

 

「ええ、ですので、これから徹底的に、貴方に剣術を叩き込みます。その奥義を実戦で使えるようになるまで、異次元空間からは出られないと思ってください」

 

「・・・は?」

 

「今度こそ、全てを打ち落としてみせなさい──スターダストレボリューションッ!!」

 

「──なっ」

 

嫌な予感がして反射的に剣を構えた瞬間、

 

──ドオオオォォンッ!!!!

 

と、怪物の唸り声を彷彿とさせる轟きと共に、これまでの数倍以上の物量をもった星屑の群れがムウから俺へと放たれた。

まるでこれじゃ、隕石の集中砲火だ。

再び純白に染まった視界に呆然となりながら、

 

「やっ、・・・やってやるううう!!」

 

俺は半ば自暴自棄になりながらも、肉薄する星屑達に、刃の切っ先を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








修行編。
思えば現実換算、半年以上ジャミールにいたなあヘリオスさん・・・。
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