・・・それから、幾ばくかの時が経過して。
──どうかお気をつけて、いってらっしゃいませ。
──いいですね? けっして無茶はなさらぬように。・・・健闘を祈ります。
──アネモスのことはオイラに任せてくださいね!!
──・・・フルル、ヒヒーン・・・。
頼もしい仲間の激励と、目立つからと言う理由で留守番を余儀なくされた友の嘶きを受け、ジャミールの地を出発してから数日。
俺は生と死の間を行き来しながらも、なんとか鬼・・・いや
「・・・話には聞いていたが、あっぱれ驚いた。ここが日本の東京なんだな」
ぽかんと口を開けながら、辺りを見渡す。
天を穿つように屹立する赤い塔や、忙しなく動き回る様々な衣装に身を包んだ人の群れ。馬車のように行き交う鉄の塊など。
これが、日本の中心にある都、東京か。
自前にオルフェから、日本とは大きな戦いの後にめざましい発展を遂げ、今では地上のなかでもとりわけ高度な文明を築くことに成功した国なのだと聞いていたのだが・・・まさかこれほどまでに隆盛を極める都市が存在していたとは。
この地に来る際も、飛行機とかいう空飛ぶ鉄の塊に乗ってきたのだが、まるでびっくり箱を連続で開けるぐらい驚きの連続だ。凄いぞ人の子。
「──っ! なんだあのビッグな建築物は!」
落ち着きのない動作で周囲の事物に目を輝かせて歩いていると、半球状の形をした、巨大な建物が目に飛び込んできた。
「あれこそが我々の目指す場所、グラードコロッセオですよ」
苦笑いの混じった声で、背後から説明がなされる。
「フッ、活気のある
「ええ、僕も任務の都合で他国へ渡ったことはありますが、この国の発展はめざましいものがあります」
微笑ましそうに語らっているのは、東京の町並みに合わせた衣服に身を包む、シオンとオルフェの二人だった。
本当なら、聖域で着ていた簡易な衣のまま訪れる予定だったのだが、町に溶け込めるようにとわざわざユリティースが服を選んでくれたので、俺達は今まで袖を通したことのない衣服を着ているのだ。
因みにオルフェはサングラスという黒い硝子に、黒いスウェットのシャツと、デニムの下履き。シオンと俺は眼鏡とかいう視力を補う医療器具と、色の違うジャケットという上着を羽織っている。後の下履きなどの名前は忘れたが・・・とにかく衣服にも種類が多いことは理解した。
俺と、シオンと、オルフェ。
これが今回、日本に訪れたメンバーだ。
ムウは聖衣の修復や情報収集、またいざというときのために待機。大分具合は良くなったが、未だ目覚めぬエスメラルダの看護は、ユリティースが。アネモスは日本では確実に目立つため、拠点を確保できていない現状では待機がいいだろうと泣く泣く留守番。貴鬼はアネモスの励まし役を買って出てくれた。ジャミール待機組はこんな内約である。
まあ今回は戦いに行くわけでもないし、戦うにしても戦力としては申し分ない一柱と二人と、いざというときに戦えるムウとアネモスで別れたので、バランスは悪くない。
あと、一体どういうことなのか。既に俺の存在が乙女座のシャカにより聖域へ報告されているだろうと思いきや、ムウ曰く、現状“蘇った邪神ヘリオス”の噂は一切流れていないとのこと。教皇サガとその側近にのみ伝えられて秘密裏に捜索がされている可能生もあるので慎重に動かねばならぬことに変わりは無いのだが・・・うん、それにしたって奇妙だ。
まさか、本当にシャカが報告してないなんてことも有り得るのか? ・・・わからん。
考えても仕方なし、と思考を切り替えて、上の方にたっぷりとボリュームのある帽子のつばを押さえると、俺は真剣に言った。
「いいか二人とも、遊びに来たわけじゃないんだからな。俺のせいだが予定より5日も到着が遅れてしまっている。早くアテナの元に行くとしよう」
そう、本来ならば遅くてもアテナと思われる少女が開催している大会──
俺としては、別に空間移動で日本へ飛んでもそこまで負担はないと思ったのだが、シオン曰く「まあ今の人の世を見ながら移動することにも十分、意義はあるだろう」とのことだったので、その提案に乗ることにした。
実際、到着が遅れた分、得られるものはあった。
チベットにあるジャミールから、日本の東京までを渡り歩いて・・・アテナや聖闘士たちが守り、また未来に繋げたいと願い戦ってきた人の営みの一部を、自らの目で見て、肌で感じることができたのだ。
「おとうさん、おかあさん、早く行かないと試合が始まっちゃうよ!」
「こらこら、あまり走るとはぐれてしまうぞ」
「そうね、手を繋いで行きましょう」
「もう、私迷子になるような子供じゃないもん!」
ふと目を向ければ、幼い少女と、その両手を握る、夫婦の姿が眼に映る。
慈愛のこもった眼差しで我が子を見守る二人と、そんな両親の愛を疑いなく一身に受け、向日葵のように微笑む幼い少女。
切り取られたように景色に浮かぶ、理想的な家族の姿。
じっくり眺めてから、目を逸らす。
すると今度は、ずらりと並んだ屋台と、見たことのない食べ物を売る者が元気に客寄せをしている姿が眼に映る。
道の先にある巨大なコロッセオに向けて楽しそうに歩く、お祭り気分の、賑やかな人の子達。
なかには何か辛いことでもあったのか、大声で泣きわめく子供と、困ったように笑う大人や、つまらなそうに溜息を吐く女人や、煙をふかして空を仰ぐ男もいる。
・・・色々な者が、ここにはいる。
「・・・・・・」
なんだろう。言葉にし難い、この感覚は。
羨ましいのか、微笑ましいのか。心が、落ち着いてしまうのか。
胸中で複雑に渦巻く感情を俯瞰的に観察しながらも、俺は、自然と笑みのようなものを浮かべて、零れるように呟いた。
「・・・これが、お前が命をかけてでも守りたかった世界の景色なんだな」
一瞬、脳裏に過ぎった空色の長髪をした少年に、共感にも近い感情を向ける。
あの少年が見てきたものと、今俺の瞳に映る世界は、別のものかもしれない。
だけど、たった十歳だった子供が守りたいと信じたものが、ここにはある。・・・そんな確信にも近い予感を肌で感じてから、俺はそっと、自らの中から溢れそうになった感情に、蓋をした。
「ヘリオス神、なにか仰いましたか?」
「・・・気のせいだ! そら、アテナの元まであと少し。色々と興味をそそるものが目白押しだが、兵は拙速を尊ぶともいう。急ぐとしよう!」
「エッ? ちょっ、待ってください!」
慌てるオルフェの声を背景音に、俺は眼前の一本道の先にある“グラードコロッセオ”へ向けて、強く地面を蹴り出したのだった。
「──・・・・・・・・・、」
おかしいな。
さっきまで人が沢山いたはずなのに、どうしてこの辺りはここまで閑散としているのだろう。
「オルフェー、シオンー、どこ行ったー?」
しかも一緒に居たはずの二人の姿も、いつの間にか見失ってしまった。
カアカア鳴いている鳥の声を聞きながら、とぼとぼと歩く。
いやあ、二十数歳と二百数歳で迷子とか、あの二人も案外うっかりしてるところがあるんだなー。まったく、困った人の子達だ。
いくら聖域の人間達に出会っても問題がないよう小宇宙を押さえているとはいえ・・・迷子とか、うん。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「・・・・・・あれ? もしかして迷子は、俺・・・?」
世の中には気づいてはならないこともある。
冷たい、灰色の地面に座り込みながら、呆然と綺麗な空を仰ぐ。
・・・嘘だろ。神だぞ俺は。もう数えるのがばからしくなるくらい長生きしているんだぞ。それで、はしゃいで迷子? 嘘だろ。
「・・・・・・」
・・・いや、何となく、かなり希薄ではあるが、契約者であるシオンの気配は探れる。この俺の後ろに聳え立つグラードコロッセオの中だ。うん、よし、中にさえ入ってしまえば合流できる。最悪、最終手段として探知の術もある。大丈夫、慌てるには未だ早い。なんとかなる。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
──多分、いや、確実にシオンには怒られるし、後からムウにも怒られるな、これ。
「あー、お前、大丈夫か?」
「・・・大丈夫じゃ・・・ない・・・気づけば迷子・・・このままではまた、怒られることに・・・」
「迷子? もしかして、コロッセオの入り口を間違えたか?」
「・・・なに、入り口?」
「人の多い方が一般入場口で、こっちの裏の方が関係者入り口・・・ってそうだ、説明してる暇はないんだった」
「うわっ」
腕をひっぱられ、体育座りの状態から、強制的に立ち上がらされる。
驚きながら目を見開くと、俺と同じくらいの身長をした、黒髪の少年と目線がかちあった。
この国の人間らしく少し幼い印象を受ける顔立ちをしているが、意志の籠もった良い眼をしている。恐らく十代前半の、アイオロスより数歳若いくらいの年齢だろう。
「星矢、連れて行くにしても、急がねば・・・」
「わあってるよ。だけど、流石に迷子の子供を放ってはおけないだろ」
目の前の少年──星矢に、焦り混じりに言ったのは、腰まで黒い長髪を伸ばした、異国の衣装を纏う少年だった。
なにやら二人とも急いでいるらしいが、星矢と呼ばれた少年は頭に包帯を巻いているし、もう一人の少年も動きにどこかぎこちなさがある・・・恐らく俺同様、服の下は傷で覆われている余りよろしくない容体なのではないか。
そう、まるで、苛烈な戦いを終え休息をしている最中の戦士の様な──、
「その緋色の長髪、外国から来たのか。名前は?」
「・・・・・・俺は、ヘリオス、ギリシャから、友の妹に会いに来た」
「「っ──!」」
名乗った瞬間、二人の少年は鋭く息を呑み込んだ。
ああ、思った通りだ。
隠すことのなく熱く燃える、少年たちの、聖闘士の小宇宙。そして今の反応。
なるほどこの者達が、このグラードコロッセオで
聖闘士であれば、十三年前の事件──邪神ヘリオスのしでかしたこともよく言って聞かされたはず。
まあ冤罪なのだが。しかしフェニックスの時もそうだが・・・悪評も当時生まれたかどうかの子供にまで広がれば、さすがに少し落ち込むぞ。
内心ため息を吐き出しながらも、俺は素知らぬふりで会話を続けることにした。
「どうした、星矢とやら。急いでいるんだろう。それとも何か困り事でもあったのか?」
「! ・・・いや、悪い。お前には関係ないんだが、“ヘリオス”っていうのは、俺たち聖闘士にとっては因縁のある名前だったから」
「聖闘士、そうか。二人は大会の出場者だったんだな」
「ああ。・・・ん、紫龍?」
懐疑的な星矢の声に、釣られて目をやれば、なにやら険しい表情で俺を見る長髪の少年──紫龍の姿があった。
怒っているというよりかは、どちらかというと、焦燥に近い面持ちだ。
どうしたのだろうか。思い当たるふしがなく首をかしげると、紫龍はハッとしたように顔をあげた。
「すまない、一瞬、君から懐かしい小宇宙を感じたのだが・・・」
「懐かしい小宇宙とは?」
「
「・・・・・・」
これは、試されているのだろうか。
じっと紫龍の双眼をのぞき、真意を探るが・・・・・・うん、悪意は、ないな。
だとすれば、どういった経緯かはわからないが、紫龍は風の
質問の意図はわからないが・・・まああとからシオン達を交えて確認をすればいい。
「紫龍、いきなり何を言い出すんだ。まさか俺の他にペガサスの聖闘士がいるとでも言うのか」
「いや、それはない。ペガサスの聖闘士は世界にお前唯一人だけだ。・・・ヘリオスよ、後から時間のあるときで構わないから、俺と話をしてはくれないか」
「ああ、わかった。とりあえず今は、互いに急ぎの用をすませるとしよう」
「承知した」
「・・・二人とも、あとから俺にも説明しろよ」
蚊帳の外だと言わんばかりに口を尖らせた星矢に、紫龍は苦笑交じりに頷いた。
ひとまず話を切り上げて俺達はコロッセオの中へと足を速める。
「──そういえば、急いでいる様子だったが、今は大会中だよな? なにかお前達でないと対応の難しい問題でも起きたのか」
コロッセオ内の通路を走りながら、かねてよりの疑問を口にする。
会場に近づくにつれて、眼に映る人の子たちの顔に焦りや困惑といった感情が浮かび始めてきたし、予期せぬ事態が起きたのは確実なのだが・・・。
「・・・死んだはずの男が、蘇ったかもしれんのだ」
「なんだって?」
「信じられないかもしれないが、俺も確かに嫌な小宇宙を感じて病院を抜け出してきた。ヘリオス、やばくなったらお前は逃げろよ」
緊張により強張った忠告の言葉。
いったい、何が待ち受けているというのか。
通路に差し込む会場内部の光が、大きくなる。
関係者用かと思われる出入り口を抜ける。
──ワアアアアァァァ・・・。
「──きゃあっ!」
「うわあ!!」
叫び声。
コロッセオ内の観客席に押し込まれた人の海が、大きくうねる。
試合中だったのか。鎖を装備する甘栗色の髪をした少年と、星矢と似た野性味溢れる黒髪の少年が、呆然と上を見ている。
導かれるように、全ての人の目が、会場内部のとある一点へと向けられている。
「・・・あ」
見たことがある。いや、あれこそを俺達は探していたはずだ。
会場の天高いところに眩い光と圧倒的な存在感を放ち、鎮座するあれは、間違いない。
──
「バ、バカな!!」
「黄金聖衣の箱が開くぞ!!」
「だ、だれか黄金聖衣の箱の中にいる!!」
「あ・・・あいつは!!」
誰かが、その名を口にする。
「──フェニックス!!」
銀河大戦、大会の最中に、突如として・・・いや、満を持して登場したのは、
しかし、隠された顔を見なくても、はっきりと分かる。
かの者は、俺がデスクイーン島で出会い一時的に五感を麻痺させた、
「・・・──お、おい!!
「うわあ!
「・・・ッ!?」
混沌を極めたグラードコロッセオの空気が、再度、極度の緊張状態へと高められていく。
黄金の
突如として発生したそれは、まるで、空間を侵食するかのように少しずつ光の面積を広げていき──、
──パリイイィィィィンッ!! と、甲高い破壊音を響かせて、空間を引き裂いた。
粉々に砕けた黄金の破片が鳳凰座に降り注ぐなか、驚愕に染められた、俺達の視界に飛び込んだのは、見知った、血塗れのバンダナ男。
かつて英雄と称えられ、今では冤罪により、その名誉を傷つけられた、射手座の黄金聖闘士。
かの者の名を、
「──アイオロス」
冷静に見届けるさきで、黄金の光に包まれたアイオロスは、ゆっくりと地面へ落下していく。
どうやらまだ意識はないようだが、射手座の聖衣が、無事にアイオロスを導いてくれたらしい。
ああ、ひやっとした。危うく飛び出すところだった。
俺はほっと息を吐き出した。
これでようやく仲間もそろう。少々面倒ごとが増えた気もしなくはないが、なんとか誤魔化すなり時間を稼ぐなりすれば、なんとかなるだろ──、
「なんだ、貴様は?」
低く唸るような声とともに高められる、鳳凰座の、赤黒い小宇宙。
──冷静になれ。アイオロスは、死なない。俺が死なない限り、死ぬことはない。
「貴様は、この黄金聖衣と縁のある者か?」
──でも、聖衣も纏わず、攻撃を受けてしまったら? 死ななくても、痛みはある。あまりに巨大な苦しみは、いつか人間に戻った時のアイオロスを、苛むだろう。
「まるで聖衣に認められたかのように黄金の輝きを纏う様、気に食わん」
──・・・そうだ。全世界に中継されているんだ、目立った行動をとることは許されな──、
「──消し飛べ!! 鳳翼天翔ッ!!」
「──ッやらせるわけがないだろう!!!」
身体が、勝手に動いた。
気を失うアイオロスの元まで一息で空を駆け、その身を拾い上げる。
瞬間、ドオオオォォンッ!! と重低音を轟かせて、鳳凰座の放った奥義が、会場の一角を吹き飛ばした。
余波に煽られ、被っていた帽子と眼鏡が地面に落ちる。
刹那の静寂。
舞い上がった灰色の煙が、ちりちりと赤く光る火花が、地に落ちていく。
やがて、ゆるやかに視界が開けていく。
「なっ・・・き、貴様は──ッ!!」
俺の姿を確認した瞬間、驚愕から一瞬で憎しみに瞳を染め上げた鳳凰座の一輝。
なんてタイミングの悪い。いや、これもまた、星の導き。ひとつの縁なのだろうか。
「──ヘリオスッ!! 貴様、エスメラルダの死を冒涜しておきながら、よくもぬけぬけと姿を現したな!!」
「──久しいな、
両手で自分よりもでかいアイオロスを抱えながら、俺はどこにぶつければいいのか分からない怒りと後から受けるであろう説教の苦しみで心を殺しながら、死んだ目で答えるのだった。
27話をお届けします。
読んでくださった貴方に感謝を。おかげでやっとこさ原作に突入することができました。1年かかりました。20万文字かかりました。
ちなみに蘇りし戦士は、紫龍と一輝とアイオロスです。
余談ですが原作星矢の「消えるな龍よ!!」のコマがめっちゃ好きです。車田先生ほんとうありがとう。