マイナー太陽神ヘリオス、人になる   作:歌詠

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28話 未来の選び方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──眩いばかりに光を放つ、黄金の聖衣箱の上空に現れた、一人の男。

 銀河戦争の主催者である城戸沙織と、その従者である辰巳徳丸は、混乱を極めたコロッセオ内を驚愕の眼差しで眺めていた。

 

「お、お嬢様!! 空から半裸の男が!!」

 

「見れば分かります。・・・しかし、あの者、以前どこかで・・・」

 

 落ち着きを払った普段の佇まいとは異なり、少女はその麗しい相貌を険しく曇らせていた。

 連絡の途絶えていたフェニックス一輝の、予想だにしない登場。それだけでなく、射手座の聖衣の元に現れた、謎の男。

 聖域に潜む邪悪を誘き寄せるために開催した、銀河戦争の行く末が、もはや開催者である少女ですら掴めぬものとなりつつあった。

 

 

「──二半世紀ぶりですな、アテナよ」

 

「!!」

 

 

 脈絡もなくかかった声。ここは、容易に立ち寄れぬように警備が敷かれた部屋である。

 少女は腰掛けていた椅子から勢いよく立ち上がると、後ろを振り返った。

 立っていたのは、二人の男。

 一人は、水面のような短髪に、黒を基調とした衣服を纏う、どこかさっぱりとした出で立ちの、サングラスの者。

 そしてもう一人の者は、豊かな若葉色の長髪に、ジャケットを羽織った、穏やかな印象を受ける眼鏡の男だった。

 恐らく、話しかけてきたのは二人目の男だ。

 何か言おうとする辰巳を手で制すと、沙織は静かに問うた。

 

「何者です」

 

「貴方の下に集い、戦う者です」

 

 男は、恭しく頭を垂れて言った。

 互いに、初対面の相手のはずだ。常識で考えれば男の発言は錯乱しているとしか言えないだろう。

 ・・・だが、少女は懐かしささえ覚える眼前の男の小宇宙に、確信する。

 

「貴方は、聖闘士──、」

 

「沙織お嬢様!! 会場に、また新たな乱入者が!!」

 

「っ・・・今度はいったい、」

 

 

「──あああ! シオン様、ヘリオス神があんなところに!! しかも妙に懐かしい小宇宙を感じるかと思えばっ、射手座のアイオロスまで、現世に戻ってきています!!」

 

「・・・・・・フッ、オルフェよ、幻覚ではないのか」

 

「現実です!!」

 

「・・・バカな」

 

「状況から推察するに、射手座に導かれたアイオロスが現世に戻り・・・敵と見なされたのか、フェニックスがアイオロスを攻撃したところを、ヘリオス神が庇ったのかと思われます」

 

「・・・・・・、」

 

 先程までのシリアスな空気はどこへやら。

 教皇シオンは、急に沈黙したかと思いきや、今度はふるふると全身を震わせて、ついでに死んだ魚のような目で、憎々しげに呟くのだった。

 

 

「──おのれ、間が悪いにも程があるぞ、射手座(サジタリアス)黄金聖衣(ゴールドクロス)・・・ッ!!」

 

 

 世界に散らばった神々の意志(ビッグウィル)の影響か、はたまた聖衣が、自らの奪還者を前に、真なる所有者であるアイオロスを召喚したのか。

 何故、一番秘さねばならぬ聖域に盛大にばれるような全世界生中継がなされているタイミングで、アイオロスが射手座に導かれたのか。

 

「・・・お嬢様、この者達は、なにをしにきたんです?」

 

「・・・・・・」

 

 その真実は、神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん!!」

 

「なっ、エスメラルダ!?」

 

 フェニックスと俺の間に割って入るように登場した、青銅の少年の顔を見て、俺は驚愕の声を上げた。

 先程まではうえを向いていたので気づけなかったが、この者、顔立ちがエスメラルダとそっくりだ。

 まさか、性別は異なるが、サガやカノンと同じ双子なのか。

 

「俺の邪魔をするな、瞬」

 

「どうして、僕は、兄さんと再び会うために・・・約束を果たすために、聖闘士になったのに!」

 

 フェニックス一輝と、このエスメラルダとうり二つの少年は、兄弟なのか。

 悲痛に叫ぶ瞬の様子に心をざわつかせながらも、冷静に分析する。

 

 

「邪魔をするなと言ったはずだ!!」

 

「!!」

 

 憎しみの籠もった、容赦のない一撃。

 フェニックスの放った拳圧が、瞬と呼ばれた少年へと肉薄する。

 

「っ──このっ、大馬鹿者ッ!!」

 

 叫び、アイオロスを抱え直しながら、俺は瞬の前に躍り出た。そして瞬時に空いた片手で拳圧を防ぐ。

 間一髪のところで防御に成功するが、デスクイーン島で相見えたとき以上に強大になっているフェニックスの小宇宙に、俺はゴクリと生唾を呑み込んだ。

 なんと成長の早いことか。今はぎりぎり青銅に納まっているが、すぐに白銀ぐらいなら追い越しかねない勢いだ。

 

「き、君は兄さんの敵なんじゃ・・・どうして僕を助けて・・・」

 

「・・・兄弟は、助け合うものだろう。それを、目の前で傷つけあうところなど、俺は見たくない」

 

 呻くように告げながら、前を向く。

 

「おい、フェニックス。再会を喜ぶ弟に攻撃をぶつけるなど、お前、何を考えているんだ!」

 

「──黙れ、外道の説法になど貸す耳持たん!」

 

「うわっ! だからっ!! 勘違いだと言っているだろう!!」

 

 地を蹴り、一瞬で俺の眼前に現れたフェニックスは、アイオロスを抱え身動きの取りにくい俺へと高速で打撃を加え始める。

 背後には瞬がいる。聖闘士とはいえ迷いのある少年を危険に晒す真似は避けるべきだ。俺は、憎しみの籠もった一撃一撃を小宇宙を込めた片手で防ぎながら声を張り上げた。

 

「──聞け!! エスメラルダは生きている!! 今この場にはいないが、治療は済んだ。後は精神が回復すれば、すぐに会えるようになる!!」

 

「世迷い言を抜かすな!!」

 

「事実だっ! あの少女は、黄金聖闘士を前にしても懸命に立ち上がり、生在る未来を勝ち取った!!」

 

「ならば何故貴様は逃げた! 何故、あの島に留まらなかったのだ!!」

 

「それはっ・・・あの島に残れば、俺もエスメラルダも、危険だったから、」

 

 痛い指摘に、言葉が詰まる。

 乙女座のシャカの襲撃。

 俺達はかの者から逃れ、生き残るために、デスクイーン島を離れざるを得なかった。

 それが、あの時の最善だった。あの後、ジャミールでの修行中も、アネモスにフェニックスに当てた手紙を運んで貰ったりもしたが・・・タイミングが悪かったのか、既に、デスクイーン島にこの少年の姿は無かった。

 

「・・・」

 

 ああ、だけど。

 俺は自らの犯した過ちに気づき、ぐっと奥歯を噛む。

 そうだ、俺は、修行やらアテナやらと他のことばかりを優先して、フェニックスがどんな気持ちでいるのかなんて、一度として考えてもみなかった。

 子供でも聖闘士なのだから、強い精神をもっているとか、エスメラルダに会えば誤解が溶けるだとか・・・そういう問題ではない。 大切な人を失った一輝の苦しみに寄り添おうとしなかったから、今こうして憎悪の念をぶつけられている事態に発展した。

 俺からすれば勘違い。けれど、この一輝からすれば、俺は最愛の少女の亡骸を奪った、仇。

 

 ──憎しみで実の弟を攻撃してしまうほどに、この少年が追い詰めたのは、他ならぬ俺なんだ。

 

 

「──喰らえッ!!」

 

「しまっ、」

 

 

 心の隙を、鳳凰が見逃すはずもなく。

 憎悪の炎を纏った拳が、俺のガードを抜け、急所である心の臓を狙う。

 俺には聖闘士たちのような鎧はない。だが、ある程度の攻撃ならば防げるくらいの小宇宙は、身に宿っている。

 当たっても死ぬことはないだろう。

 

 ・・・それでも、と、確信する。 

 

 ──きっと、さぞかし、痛いのだろうな。

 

 この少年の一撃は、確実に、俺の心の奥深いところを抉るだろう。

 まるで他人事のようにそう思考しながら、俺は訪れるであろう衝撃に備えて身を強ばらせた。

 

 

 ──瞬間、宙を駆け抜けたのは、黄金の閃光だった。

 

「なっ!?」

 

「──、」

 

 まさしくそれは、光の速度。

 人の限界を超えた、最高潮の聖闘士にのみ許される、奇跡の体現。

 オルフェでも、シオンでもない。今この場で、その奇跡を起こせる者など、一人しかいなかった。

 

「お前は、まさか、」

 

 俺は、フェニックス一輝の拳を受けとめる、黄金の鎧を纏う者の背中に、掠れた声で呼びかけた。

 

 

「──アイ、オロス」

 

 

 名を告げると、顔も見えぬのに、ふっ、と顔を綻ばせる男の気配があった。

 まるで最初からそこに存在していたかのように、射手座の聖衣を身に纏い、俺と一輝の間に立つ、英雄の姿。

 背中の瞬と、目の前の一輝。

 そして、会場中の人間の目を一身に集めた射手座のアイオロスは、迷いなく、凜と、紡いだ。

 

 

「──アトミック・サンダーボルト」

 

 

 最強の戦士の奥義が、炸裂する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会は一時、中止となった。

 アイオロスの放った一撃により、フェニックスの一輝は吹き飛ばされ、少年は、暗黒の聖衣を纏う者達を連れて離脱を余儀なくされた。

 しかし聖衣にはひびが入る程度で本人はぴんぴんしていたから、幾分か時が経てば、また襲撃してくるだろう。

 

 俺の窮地を救ったアイオロスは、意識を取り戻したかと思いきや、奥義を放った後、糸が切れたように地面に崩れ落ちた。

 恐らく、初めから目は覚めていなかったのだろう。無意識で・・・それでも戦いの気配を察知したアイオロスは、無理やり身体を動かして、フェニックス一輝を追いやった。

 

「・・・まったく、また助けられてしまったな」

 

 フェニックスの攻撃が当たっても、死ぬことはなかったというのに。無茶をしすぎなんだ。お前は。

 寝台に横たわるアイオロスに、術による治療を施しながら、俺は苦笑いを零した。

 

 

「・・・太陽神ヘリオス。貴方が生きていたことにも驚きましたが、まさかこのような形で(まみ)えることになろうとは、思ってもいませんでした」

 

「俺も予想だにしない再会だったさ、()()()。だが、先にシオン達と合流していてくれてよかったよ」

 

 

 と、寝台の周りを囲う、遮光の役割を果たす真白い垂れ布を閉じて、俺は部屋に集まった者達を見渡した。

 

 亜麻色の長髪をした、戦神アテナの化身たる美しい少女、城戸沙織。

 先程まで、銀河戦争を繰り広げていた六人の青銅聖闘士(ブロンズセイント)の少年達。

 そして、俺の同伴者、聖域の教皇シオンと、琴座のオルフェ。

 

 僅かに沈黙に包まれつつあった真白い部屋の中。

 始めに口を開いたのは、険しい表情をした星矢だった。

 

「・・・信じられないね」

 

 アテナと、俺を交互に見た星矢の瞳に浮かんでいたのは、困惑と、強い怒りだった。

 

()()()()()()()()()()? 十三年前の事件は嘘っぱちで、このヘリオスが神話に登場する太陽神ヘリオス・・・しかも時を超えてきた? 冗談はよしてくれ!」

 

「全て事実だ、ペガサスよ」

 

「・・・っ事実、だとして・・・いきなりそんな話をされて、俺達にどうしろっていうんだよ」

 

「ただ、聞いて欲しい。我らの話を聞いたその先は、お前達の意志に委ねる」

 

「・・・・・・」

 

 静かに告げるシオンに、星矢は開いた口を静かに閉じた。

 アテナと、彼ら聖闘士の少年たちには、俺がアイオロスの治療をしている間に、シオンの口から真実を話してもらった。

 俺達の正体、フェニックスとエスメラルダの話、そして十三年前の事件の真実。

 すぐに信じて貰えるとは思っていなかったので、訝しむ彼等の反応は仕方が無いと思うが、意外だったのは、アテナと青銅聖闘士たちの関係性だ。

 なんと、青銅の少年たちは、城戸沙織がアテナである事実を知らずに、アテナの下で戦いを繰り広げていたのだ。

 それも全ては聖域に潜む邪悪を誘き寄せるという、アテナの作戦によって。

 

「沙織お嬢さん、あんたは、この者達の言葉を信じるつもりなのか」

 

 少年達の中でひとりだけ目立つ金髪をした少年が、低く言葉を投げかける。

 アテナは、ひとつ瞬きをしてから、真っ直ぐな意志の籠もる瞳で答えた。

 

「──信じます。私は、十三年前の惨劇で、射手座のアイオロスにより命を助けられた身。お爺さまにも、聖域で語られる事件には裏があると、よく聞かされてきました。そしてなによりも、邪悪さとはかけ離れた彼らの小宇宙を見て、確信しました。彼らの語ることこそが、十三年前の真実なのだと」

 

「・・・ふん、あの城戸光政に、ね」

 

「俺も、ヘリオスの話は、真実だと思う」

 

「なっ、紫龍、お前までどうしちまったんだよ」

 

 青銅の少年達の中で唯一人、揺るぎのない意見を発した紫龍に、星矢は慌てたように言った。

 俺も驚いて、紫龍の顔をまじまじと眺める。

 意外そうにしている俺の視線に気づいたのか、紫龍は笑みを浮かべながら言葉を放った。

 

「理由は二つある。一つは、大恩ある老師が、十三年前の事件を語る際、一度としてヘリオスやアイオロスを悪く言わなかったことだ。老師のことだからなにかあると思っていたが、ヘリオスの話が事実なら、納得がいく」

 

「ムッ、確かその者は、」

 

「俺の師、天秤座(ライブラ)童虎(どうこ)。皆親しみと尊敬の念を込めて、老師と呼んでいるのだ」

 

「ああやっぱりそうか! アネモスの傷を治療してくれた男は、紫龍の師でもあったんだな」

 

「アネモス・・・そう、先ほどの十三年前の話に登場した、天馬(ペガサス)。かの者が二つ目の理由に該当する」

 

 紫龍は落ち着きを払った口調で、昔を思い出すかのように口角をあげる。

 

「聖闘士になるための修行を始めてまだ間もない頃、麓の村からの帰り道に、崖から足を踏み外してしまったことがあってな。・・・老師も近くにおらず、死を覚悟したとき、俺は空を駆ける一頭の天馬に助けられたのだ」

 

「・・・なるほど、アネモスとはそのような経緯で出会っていたのか」

 

 納得したとばかりに頷くと、紫龍は困ったように眉を下げて言う。

 

「出会った・・・ああ、出会いはしたのだが、なかなかアネモスは俺の前に姿を表してくれなくてな。修行に明け暮れる日々の中、近くにその気配を感じることもあったが、ここ一、二年はすっかり気配すら感じられなくなっていた」

 

 ふむ、だからさっきは、あんなに慌てた顔をしていたのか。

 多分アネモスは、本来ならば姿を隠さないといけないと分かっていても、崖から落ちた紫龍のことが心配で、時間を見つけては近くで見守っていたのだろう。

 そして、紫龍が力をつけてからは、もう心配は要らぬとそっと側を離れたのだ。

 アネモスの心の内を想像しながら、俺は紫龍に向けて安心させるように笑みを湛えた。

 

「だったら、紫龍が真実を知った以上、アネモスが隠れる意味はなくなったはず。機会があれば、また会えるだろう」

 

「! そうか・・・まだきちんと助けて貰った礼を言えていなくてな。そのときが来るのが楽しみだ」

 

 つられたように笑う紫龍に、俺もまた微笑ましいなあと頬を上げた。

 元気かなアネモス。まだそう長く離れたわけではないが、留守番と聞いたときはだいぶ落ち込んでいたから、少しばかり心配だ。

 

「コホン・・・積もる話もあるのだろうが、本題に戻るぞ」

 

 と、話が脱線する気配を察知したのか、シオンが咳払いを零して、軌道を修正する。

 慌てたように緩まった顔を戻すと、シオンが聞き取りやすい声で言葉を放った。

 

「話したように、我々は紆余曲悦を経て、アテナの下へ訪れた。皆、思い思いの意見があるだろうが・・・そろそろ、聖域の者達が動き出す頃合いだろう。フェニックス一輝の件もある。ゆえに、お前達の意志を問いたい」

 

 一人一人の少年達の瞳を見据えて、シオンは問うた。

 

「今、この場で退くか。それともアテナの下で、我らと共に戦うか。二つに、一つ。自らの望む道を選んでくれ」

 

「「「・・・・・・」」」

 

 真剣な表情でそう言ったシオンと、重苦しくなった青銅の少年たちの空気。

 俺ははて、と内心首を傾げた。

 そういえば青銅の少年達は、城戸沙織がアテナであることも知らず、またアテナもその事実を告げていなかったようだが。

 ふつう、自らの奉ずるアテナの正体が知れたのなら、敬意や恭しさを態度に出すと思うのだが、そういった様子の者は約一名黒髪の少年を除いて一人もいない。

 

「・・・なあ、オルフェ、俺たちが合流する前に、アテナと少し話をしたらしいけど・・・もしかして、アテナと青銅たちって、仲が良くないのか?」

 

 こそこそとオルフェの横に移動して、周りには聞こえないように小声で聞いた。

 俺の問いに、オルフェはサングラスを外して、困ったような笑みを浮かべて言った。

 

「・・・ヘリオス神にはまだお伝えできていませんでしたね。既に、テレビにて放映された情報ですが、説明いたします。彼ら青銅の少年達は皆一様に、グラード財団に集められた、孤児なのです」

 

「・・・孤児?」

 

「はい。アイオロスがアテナを託した城戸光政という男を覚えておいでですね? かの者は、百人の孤児を集めると、聖闘士にするため強制的に世界の各地へ送りこんだのです。・・・そうして、そのうちの十名の少年が、青銅の聖衣を持ち帰り、大会への出場を余儀なくされた」

 

「オルフェ・・・?」

 

「申し訳ありません、アテナに会う前には、きちんと伝えるつもりだったのですが・・・」

 

「い、いや、いい。・・・しかし、そうなると、この少年達は、自らの意志で聖闘士になったわけでは、ないんだな?」

 

「・・・そうなりますね」

 

「・・・・・・」

 

 オルフェの語る真実を前に、俺は口を閉ざさざるを得なかった。

 どくどくと五月蠅くなり出した心臓の音。得体の知れない感覚に震え出す、小さな指先。

 ふと、嫌な思い出が蘇る。

 

 ──これではまるで、アベルの傀儡にされたアルバフィカと、何ら、変わらないではないか。

 

 人を駒としか見ていないからできることだ。

 城戸光政。既に死したかの者よ、いったい何が、お前をそうさせた。

 神の意志なら・・・アテナか? それとも、別の何者か。

 

 それに、百人の内の、帰ってこなかった残りの九十人の子供はどうなった? 

 

 どろどろと、心の奥底に黒く淀んだものが生まれるのを感じながら、俺はハッと周囲を見渡した。

 眉を下げ、気を遣うような問いを投げかけた、シオンの真意。

 六人のうち、重く口を閉ざした五人の少年。

 そして──、

 

「──いいえ、シオン。彼等の道は、既に定まっています」

 

 沈黙を守っていたアテナが、口を開いた。

 

「ここで逃げたとて、彼らに聖域から逃れる力はありません。戦うほかに、選択肢は残されていないのです」

 

 アテナは、十代前半とは思えぬほどに冷酷な声音で、裁定を下した。

 戦神らしい。どちらかといえばアテナよりも、戦神アレスに近い残酷さがそこにはあった。

 シオンが開いた口を閉じて、なにやら考えを巡らせている。オルフェは沈黙を守り、青銅のうち五人の少年は憤りにも近い空気を醸し出す。

 アネモスの話をしていた際はにこやかだった紫龍も、今は既に表情が無い。

 

 

 俺は、耐えられなかった。

 

 

「──駄目だ、そうではない、それでは、意味がないんだ・・・!」

 

 

 俯きながら、しかし重苦しい空気を吹き飛ばす勢いでもって、言葉を発する。

 肩が震える。手の指先が、冷たい。だけど、後悔の無い未来をつくるために、今ここで、変えなくちゃならないものがある。

 

「いきなりどうしたんだ、ヘリオス。大丈夫か?」

 

 迷子の俺に声をかけてくれた時と同じ、心配するような星矢の声。

 そう、優しかった。この少年も、紫龍も。兄を心配する瞬も・・・大切な人のために憎しみに心を奪われた一輝も。青銅の少年達はみんな、優しい心を持っていた。まだ話していない者もいる。だけどわかることがある。それは、彼らが自分の力で立ち上がって、ここまで頑張って、生き残ってきたということだ。

 

 俺は。

 

 俺は、まずは彼等の想いを尊重したい。そして、アテナに知って欲しい。彼等の優しさと、勇気の在り方を。

 ざわつく自らの心を落ち着かせるように大きく深呼吸をして、勢いよく顔を上げる。

 全力の決意を言葉にのせて、放つ。

 

 

「──シオンも、アテナも、そもそもが違うんだ」

 

 

「・・・違う、とは?」

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「・・・は?」

 

 ぽかんと口を開けるアテナと、シオン、目を瞬かせる少年たちに、俺は当然のように続けた。

 

「だってそうだろう。順当にいけば、もう一人のサガによる俺とアイオロスの抹殺命令、あと銀河戦争につられて、聖域から聖闘士達がやってくるのだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「・・・・・・・・・」」」

 

 

 真剣な眼差しで言い終える。

 静寂。

 誰も言葉を返さない。

 

 理解は、している。俺の発言がいかに馬鹿らしいことなのかは。

 だって、初めから戦わずに済むのなら、誰だってそうしたい。だけど、話し合いによる解決ができない相手が存在するからこそ、彼らアテナと聖闘士達は存在する。

 

 でも、だからこそなんだ。

 

 もう既に対話では解決不可能だから戦わねばならぬという前提条件。彼等の存在理由(レゾンデートル)に、俺は異を唱える。

 何故なら、今回の相手は、冥界神ハーデスでも邪神エリスでも戦神アレスでもない。

 聖闘士だ。

 人の子だ。

 仲間だ。

 ならばまずは、言葉をつくせ。言葉という人智をつくして、和解しろ。

 拳という手っ取り早い解決手段ではなく、苦しくても哀しくても、言葉での解決を優先しろ。

 

 ──だって、地上の平和を守りたいという最大の願いを、お前達は既に共有しているのだから。

 

 

「・・・ん?」

 

 

 するとふいに、視界の端に、肩を震わせるシオンの姿が目に入る。

 

 

「──くっ・・・ハハハハハ!」

 

「!?」

 

 シオンは、腹を抱えて爆笑していた。

 

「ヘリオス、お前っ・・・フッ、アハハ! 流石、教皇宮に魚をもってきてぶちまけただけはある!!」

 

「・・・はあっ!? ちょっ、お前、シオン!! どうして今その話をするんだ・・・!?」

 

 唐突に黒歴史を暴露されて顔を真っ赤にしながら抗議すると、今度はオルフェが、どこか愉快そうに言葉を放つ。

 

「実際、妙案かと。いずれ避けては通れぬ道。それも、こちらから攻め込むのではなく、向こうから来てくれるのであれば、我らは万全に()()()()()()()()()、構えていればいい」

 

「・・・正気で言っているのですか」

 

「正気だ。それに、話し合いによる解決は、もとよりアテナの一番の望みなんじゃないか」

 

「それは・・・そうですが」

 

「自信を持て戦神アテナ! お前がその気になれば山だって空を飛ぶ。神話の時代より地上を護り続けてきたお前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。困ったときは俺達がなんとかするから、だから諦めずに一緒に頑張ろう!」

 

「・・・・・・、」

 

 アテナの瞳が、揺れる。

 終始一貫して迷いのなかった少女の相貌に、始めて、逡巡とも呼べる感情が浮かび上がる。

 俺は、ようやっと緩まった場の空気に、小さく安堵の息を吐き出した。

 

「・・・まあそういうわけで、星矢たち。もう、望まぬ戦いをする必要はなくなった」

 

「エッ? でも、ヘリオス・・・神。これからどうするつもりなんですか?」

 

「どうするつもりとは?」

 

 辿々しく発せられた瞬の言葉に、俺は鸚鵡返しに言った。

 瞬は、戸惑い混じりに続けた。

 

「具体的にです。こちら側は君・・・じゃなくて貴方と、白銀の聖闘士一人、教皇のシオン様に、意識のない黄金聖闘士が一人。・・・そして、沙織お嬢さん。しかし相手は、一輝兄さんと暗黒聖闘士、加えて聖域からの刺客たち・・・多くの聖闘士がここに攻めてくるかもしれないのに、これでは。どう見ても戦力が足りていない」

 

「そうか? 別に戦わないなら、なんとかなるだろ」

 

「和解に失敗したら戦うことになるんですよ!?」

 

「そこはほら、頑張れ俺たち! ってことで・・・・・・駄目?」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 口を開けたまま眉をハの字に固定する、残念なものを見るような瞬の顔に、思わず閉口。

 おかしいな。よく見れば、瞬だけでなく他の人の子達からも、凄く呆れた空気を感じる。

 

 

「──ハア・・・仕方がない奴だな」

 

 

 そう言って、星矢が一歩、歩み出す。

 

「・・・星矢?」

 

「付き合うぜ、ヘリオス。あいにく、ペガサスの聖衣は破損して纏えないけどな」

 

「!!」

 

「フッ、俺も乗った」

 

「・・・紫龍まで、いいのか!」

 

「アネモスの件もあるが、なによりも、力を失いながら聖域を守ろうとした者の名誉が毀損され、命まで狙われている事態だと聞いて・・・黙っていられるほど、俺は腐った人間ではない」

 

「・・・二人とも」

 

 じんわり涙ぐみながら、俺は星矢と紫龍をみやった。

 ニッコリ頼もしい笑顔を浮かべると、星矢は他の青銅の少年に声をかけた。

 

「それで、お前達はどうするんだ? ・・・邪武(じゃぶ)は聞かずとも答えは出てるんだろうが」

 

「はっ、分かってるじゃねえか。言われなくても、俺は最初から沙織お嬢さんに着いていくつもりだぜ。・・・那智(なち)、お前は?」

 

「俺も戦うかね。大会を滅茶苦茶にしてくれた一輝の野郎が戻ってくるなら、あの黒い聖衣を纏った奴ら同様、一発殴ってやらないと気が納まらん」

 

「・・・血の気の多い奴らだ」

 

 金髪の少年が、呆れたように息を吐く。

 

「私闘を繰り広げる聖闘士を粛正するために、聖域より使わされて・・・よもや、聖域を相手取る事態になろうとはな」

 

「っ! 氷河も戦うの?」

 

 瞬が驚いたように言う。

 すると、鋭い視線で、氷河と呼ばれた少年が答えた。

 

「勘違いするな、瞬。俺はお嬢さんも、このヘリオスを名乗る者たちも、信じてはいない。ただ真実を知るためには、迫り来る戦場に参じる必要があると判断したにすぎない」

 

「そっか・・・氷河も皆と一緒に戦うんだね」

 

「・・・・・・俺の話、聞いてたか?」

 

「僕も、戦います。未だ信じられないことばかりだけど、兄さんを説得するためにも、ヘリオス神、微力ながらも協力します」

 

 真っ直ぐとした瞬の瞳に、俺はしっかりと頷いて返した。

 アテナが、どこか驚いた様子で青銅の少年達を見つめている。

 

「貴方たち・・・」

 

「・・・人の子が、自らの意志で助けてくれる。これほど頼もしいことはないな、アテナ」

 

「・・・・・・」

 

 思ったままを口にすれば、アテナも思うところがあったのか、硬い表情を和らげて、一人一人、強さと優しさに溢れた少年たちの姿を目に映していく。

 ・・・このアテナは、力を失った神たる俺とは違う。人として転生した女神なのだ。

 どのような生を送ってきたのかはわからないが、人としても神としても生きねばならない分、想像も絶するほどに多くの因果と使命を背負っている。

 それも今代のアテナは、赤子の頃に命からがら聖域を逃れるという経験をしているのだ。

 ・・・聖闘士たちだけでなく、俺もできるだけ助けになれるよう気を遣った方がいいかもな。

 

 心の中で独りごちて、記憶の中にあった恐ろしく強い戦神アテナのイメージを修正していく。

 そしてあらかた記憶の整理を終えると、今度は青銅の少年達にも感謝と、一人の少年に謝罪の言葉を伝えようと思い、口を開いた。

 

「有り難う、青銅の少年たち。・・・そして瞬。俺の不手際で、お前に兄の拳を向けさせてしまって、すまなかった」

 

 頭を下げる。

 しかし、返ってきたのは意外な一言だった。

 

「・・・いえ、ヘリオス神。多分、貴方も、勘違いをしています」

 

「なに?」

 

「僕を攻撃したときの、一輝兄さんのあの目。あれは間違いなく、僕自身に向けられたものでした。きっと、貴方のいうエスメラルダさんの一件以外にも、兄さんをあそこまで追い込んだ()()がある。だからどうか、独りで責任を背負い込まないでください」

 

「・・・瞬」

 

 ニコ、と美しい相貌を綻ばせて力強く言った瞬に、俺は感極まって声を震わせた。

 

 

「フッ、どうなることかと思ったが、話は纏まったようだな」

 

 

 シオンが紫の眼に優しい光を浮かべながら、言う。

 

「──丁度、ムウからテレパシーがあった。聖域に動き有り、と」

 

「っ、とうとう聖域が動き出したか・・・!」

 

 いよいよだ。

 俺はいつの間にか温かくなっていた拳を強く握りしめる。

 

「ならば早速、準備を始めるといたしましょう。ここが戦場(いくさば)になるか、和睦の地となるか・・・アテナ、全ては貴方のご意志の下に」

 

「──オルフェ。・・・はい。アテナの聖闘士たち。シオン、星矢、紫龍、瞬、氷河、邪武、那智・・・」

 

「・・・お嬢さん?」

 

 名を呼ばれたのが意外だったのか、自然と、一同の視線がアテナの元へ集まった。

 

 

「──そして、眩い太陽の神、ヘリオスよ。地上の愛と平和を守るため、皆、どうか(わたくし)に、力を貸してください」

 

 

 まさしく地上の護身者と呼べる、温かい希望の宿った瞳で、少女は願いを口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









28話をお届けいたします。

現在、ギガントマキアの盟の章を拝読しているのですが、もう文字がシュパッと、簡潔なのに戦う星矢達の情景がありありと浮かんでくる素晴らしい小説で、自分の描写のつたなさや課題にぶちあたっております。

なにやら、星矢の新シリーズがこれから始まるようで、しかも冥界で異世界転生系の話と聞いて、「ナニソレハーメルン??」と疑問符が乱立してしまっています。
界隈は阿鼻叫喚だったりたのしみ!な意見もあったりと、様々ですが、個人的には、聖闘士星矢という作品が時代に合わせて残り続けていくことが、たいへん嬉しく、また楽しみでもあります。

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